共喰い少女の彷徨譚   作:コットン・コットン

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04-04.ザルグの推測


 

「えっ?」

「それって、こう言う論理だろ?」

 

 ザルグが示した論理は次のようであった。

 


 

 依頼発注当日に依頼を受注した者が居る。この者は、依頼が発注されることを知る手段がある(≒ギリアとの繋がりがある)、あるいは足繁く暗部に通っているか、さもなくば偶然に訪れたかのいずれかに当てはまる筈だ。

 

 エルザ司祭が受注者ならば、現職の聖職者に後ろ二つはほぼあり得ない。よって、エルザは何らかの方法で依頼発注を知り得た。それは、エルザが発注者ギリアと繋がりがあるからだ。

 

 しかしだ。ここで俺たちは論理の循環(ループ)に陥っていることに気づかなくてはならない。

 

 この論理は、「エルザ司祭が受注者ならば」から始まっている。現状、「エルザが受注者」であるから「ギリアとエルザが繋がっている」と言いながら、「ギリアとエルザが繋がっている」から「エルザが受注者」であると主張しているのだ。これは、この論理の外から、いずれかが真実である事を示さねば解決しない。

 

 したがって、エルザとギリアに繋がりがあることを示そう。

 まず一つ、エルザはリコリスと知り合っている。これはリコリス当人から聞いた事実である。

 二つ、リコリスは実名を残したままこの都市に生活している。「G」格のアイリス家の権力を相手に、これは通常不可能である。

 

「ここで憶測1、アイリス家はリコリスを追跡していない()()()()()()。まあ、「G」の家ともなれば上の家以外に対しては大抵の自由が効くから、これは確証が無いだけで俺も賛成ではある」

 

 そして、しかしながら、長女の出奔に際し何の対処もしないことも考え難い。

 

「ここで憶測2、エルザはリコリスの出奔への対処であった()()()。つまり、リコリスのお目付役であると言う憶測」

 

 さらに、証明その3。ギリアがこの街に来ている。ここまでの論理が全て正しい事を前提とすれば、この時点でアイリス家次女ギリアと推定アイリス家の従者エルザに主従に近い関係があることは自明だ。

 

 この論が崩れない限り、先述の循環(ループ)論理(ロジック)循環(ループ)から解放される。

 

 さて、元の論を膨らませよう。

 エルザはギリアを通して、リコリス・メイヤー殺害依頼の発注を知り、受注したと考えよう。今、俺たちは矢文…ならぬナイフ文を何者かから得た。このナイフ文の送り主は誰か。

 

「エリー、お前はそれがエルザ司祭だって確信しているんだよな?」

「え、ええ…そうよ。他にそんなことをする理由のある人が居ない」

 

 消去法は有名だが、それは列挙された選択肢(カノウセイ)の中に必ず真実が含まれている場合に限るのだ。

 

「じゃあ、まずは肯定的に行こうか。エルザ司祭はこれを俺たちに送った。状況的に、「この件」とはリコリス殺害依頼のことだろう。俺たちは客観的には、この依頼を受けた暗殺者集団の一つに見えるだろうな。エルザ司祭はその暗殺者に向けて、こんなメッセージを送った。それは、何故?」

 

 選択肢を列挙し、消去していこう。

 

 1.暗殺者としての手柄を横取りされないため。

 

「これはすでに否定したな。もはや暗部を生業としていないエルザ司祭が手柄やお金にこだわる理由が少ない」

 

 2.特にエリーにリコリスを殺害されたく無い理由がある。

 

「うん?これってアリなの?その理由を探しているんじゃないの?」

「ナイフ文の文面をよく見てみろ。それは宛先すら指定されていない」

 

 ナイフ文はこうだ。『この件から手を引け。次は無い。』

 

「つまり、ここからは次のような分岐が考えられる」

 

 3.特に俺、ザルグにリコリスを殺害されたく無い理由がある。

 4.エリーと俺、どちらにもリコリスを殺害されたく無い理由がある。

 5.そもそも、誰にもリコリスを殺害されたく無い理由がある。

 6.送る文面を間違えた可能性。

 

「2はエリーがエルザに諭されたって話を考えるとあり得る。近い関係にある俺についても同じだろう。だから3、4もあり得るな。聖職者であるから5もあり得る…と言いたいが、先に言った通りにエルザがリコリス殺害依頼を受注したのだとしたら、これはあり得ないだろう。エルザはリコリスの生存を重要視していない。6は…まあ、否定はできないが、これを認めると論の全体が偶然で話をつけられてしまうので棄却(リジェクト)

「じゃあ、エルザは私たちが相手だからこの文を送って来たって事?」

「ああ。そう考えられる…ことになる」

「端切れが悪いじゃない。何かあるの?」

「まあな———」

 

 ここまで滔々(とうとう)と語り続けたが、その全てを台無しにしてしまう”何か”を俺は持っている。この推理はまだ憶測に過ぎないどころか、現状、単なるこじつけと言ってもいいのだ。

 

「———だってさ、お目付役がエルザである必要あるか?」

 

 その一言を喰らったエリーの表情は、面白いほどに混乱していた。自分が信じていた、行動の理由全てが基盤のない砂上の楼閣でしか無かったことを悟ったのだ。

 

「え…いや、だってリコリスとエルザは、知り合いで…あ」

「分かっただろ?」

 

 そうだ。リコリスも知らない、アイリス家の他の臣下を差し向けてもいい。むしろ、出奔するような娘につけるならその方が自然ですらある。さらに、アイリス家はリコリスを連れ戻すつもりが無いという憶測に賛成こそしたが、では何故?現状からそう考えざるを得ないだけで、連れ戻さない理由は不明なままだ。

 

 循環(ループ)は、再び閉ざされた。基礎を失った楼閣は、今にも砂の海に倒れ伏そうとしている。

 

 残念ながら、これは全て、リコリスがエルザと知り合いである、という一点を論拠に拡大された妄想でしかない。

 

 司祭という高位聖職者であること、暗部の経歴があること、そう言ったエルザの特殊性がエリーに(もたら)した、錯覚なんだ。少なくとも、このままでは。

 

「じゃ…じゃあ!この緊張感は?ザルグ、貴方のような観察眼と狩人の才を持った人ですら感じられない、死に慣れた私でようやく分かる程度の死の気配は?こんな恐ろしい暗殺者がエルザ司祭の他に居るっていうの?」

「いや…分からない。だが、その可能性は低い」

 

 それでも確かなこととして、リコリスを狙った依頼は発注され、受注されているのだ。

 

 要塞都市ガストは確かに大規模な都市だが、しかし商業よりも軍備のための都市であり、実質この街が一つの砦のようなもの。指揮系統の混乱を防ぐ意味合いもあって、ここに本拠を置く貴族は少ないだろう。大きな商会も無く、ほとんどの店は支店か、または八百屋のような小さな商店だ。

 エリーの暗部初依頼の報酬で有力者の情報を粗方買えてしまったことからも分かるように、この街には恨みを買うような権力者が少ないのだ。優れた暗殺者がこの街に留まるのは、自然ではない。

 さっきエリーの考えを否定するような口調でものを言ったが、こういう背景も考えれば、実は安易に切って捨てられるほど荒唐無稽でもないのだ。

 

「何か、まだ見落としている情報があるはずなんだが」

「でも、もう、時間が無いわ。あと2日、いえ今日は依頼の準備、明日は依頼の遂行について行かなくちゃいけないでしょうからもう1日すらない…手遅れよ。いずれにせよ、私たちはリコリスが殺される所を見ている訳にはいかないわ。このまま警戒を続けるしか無い」

「そう、だな」

 

 暗雲立ち込める事件。

 

 俺たちは何を見落としているのか。エリーの論理を成り立たせるための、パズルの最後の1ピースなのか。それとも———すべてをひっくり返すような何かなのか。

 

 未だ、真実は(よう)として知れぬままであった。

 

 


 

 

 それでも時間は進むもので。

 

 私たちは釈然としない悩みに頭を抱えながら、漠然とした不安を抱きつつ、漫然と『遠路洋々』を追い続けていた。瞭然としているのは、街並みを明るく照らす太陽のみであった。それも傾き始めていたが。

 

「ああ…いい日差しね」

「そうだなあ…これくらい、現実もハッキリしてたら良かったんだが」

 

 燦々と降り注ぐ陽光。ああ、太陽よ。光の神よ。全てを見ておられるならば、我らにその一片(ひとひら)を授け———。

 

 ん?…全てを見る…。

 

「ああーーーーっ!?」

「わあっ!なんだなんだよ急に叫ぶなよ!」

「忘れてたのよ!忘れてたのよお!」

「何を!?」

「神の奇跡ぞ、我にあるッ!」

 

———『第五位奇跡行使権限執行(PLAY)眼光(follow)!』

 

「見えるじゃん…」

「…ああ、あったな、そんな技」

 

 今、他ならぬ私によって、この街の教会は聖域となっているのだ。

 

 つまり、その中の様子は全ての神官に筒抜けであるということを、私はすっかりと忘れていた!

 

「……エルザ司祭、居ないや」

「他の神官や修道士たちの様子は?」

「いる…いつも通り?何も起きてない、かな」

「司祭が居ないのに?あらかじめ不在を伝えてあったってことか…?」

 

 エルザ司祭の不在。動揺のないその他の修道士。

 

 …分からない。自信がない。私は、私の行動決定のプロセスに信頼を置けなくなっていた。今でさえ、重要な情報源を1つ忘れていたのだから。

 

「なあエリー、さっきはああ言ったが、お前の言ってたことは1から10までデタラメだったって訳じゃないんだぞ?」

「そう、そうよね…それは分かってるんだけど…」

 

 せめて、ギリアの屋敷に忍び込む余裕があったら良かったんだけど…。

 

「ねえ、帰ったらギリアの屋敷を聖域にしてみていい?」

「いや、効果的ではあるけどそれやったらまた色々と大騒ぎだろ」

「教会には話通ってるし、案外そうでもないかも」

「住処を聖域に指定された素晴らしい貴族サマを犯罪者として突き出す方法があるなら考える価値もあると思うがな」

 

 そりゃそうよね。

 

「もっと静かに、地味に発動できないのか?」

「神さまってみんな派手好きなのかしらね…」

「無理なんだな…あ、店に入った。あれは、鍛治工房か」

 

 『遠路洋々』の御用達店を図らずも知ってしまった。

 

「あー…なんかデートみたいね。これ」

「ただ歩いてるだけじゃんか」

「いいじゃない、お散歩デート」

 

 不思議と…こないだの癇癪のおかげもあってか、ザルグも話していると震えが収まるようになって来たのだ。

 心を、許しているのだろうか。実際にコイツと恋仲として付き合えるかは別として、そのように見られること自体は嫌ではない。

 だが、絶対に本物になることもないだろうなと思う。なんか、嫌じゃないが、そうじゃないのだ。もちろん、飛び越して夫婦だとか言う話でもない。姉よりは大事じゃないし、それほど深い感情でもないだろうから…うーん。

 

 今まで読んだ物語の表現の中に、この感情を表せる言葉は無かったなぁ。

 

「そういうものなのか、デートって」

「そうよー。恋人じゃなくたってするものだし、何したってデートはデートよ…昔はお父さんやお母さんともデートしたわ。懐かしいなあ」

「…そっか」

「んん?なんか変な顔…」

「そう見えるのか?」

 

 複雑ねえ。私よりよっぽど乙女な心してそうな顔。

 

「乙女みたいな顔」

「げっ、やめろよ!」

「あははっ!」

 

 緊張と恐怖の中ですら、背中を預けられる人が居るなら人は楽しく笑えるらしい。それとも、緊張と恐怖が楽しいのかしら…いや、少なくとも今はまだ、そこまで狂ってないみたいだ。

 前にカウントに急かされた時より、ザルグという外付けの余裕があるからだろう。

 

「はは、ま、家族に愛されてるなら良いことだ。早く顔出せるといいな」

「顔を…」

「やっぱりダメか?」

 

 ザルグは、どうして。

 

「どうして、そこにこだわるのかしら」

「う…それを聞くか」

「私の秘密を知ってるんだから、貴方のも話しなさいよ。知りたいわ」

 

 きっと地雷だろうが、敢えて踏むのだ。そうして私に近づいた、ザルグのやり方に則るなら…それで上手くいけばいい。行かなかったら、その時だ。

 

「で?多分どっかの三男でしょ」

「残念、ハズレだ。これでも長男なんだな、これが」

「へ?そんなんで?」

 

 なんて勇ましくない長男なんでしょう。剣の一つも握れませんわよ奥様。

 

「そんなんでもだ。当然、家に都合が悪いんで…居なかったことにされた。次男が、対外的には長男だ」

「あれ…?これ聞いて大丈夫なやつ?」

「ダメに決まってんじゃん。分かってて聞いたんだろ?」

 

 地雷ってそう言う意味(お前は知りすぎた)だとは思わなかったなー!私は!

 

「でもま、それで息子を殺せない程度にはまともな…いや、俺と同じで小心者だったんだろうな。俺を表に出したら、どうなるか。息子を殺すなんて、どんな(ばち)が当たるのか。恨まれて、呪われたら。そう思えば、俺を殺せなかった。そうして、俺は飼い殺しにされた」

「…あれ、一つ質問」

「はい、そこの君」

「先生、出産を隠すことができたってことは、飼い殺しが始まったのは誕生直後の話ですよね?どうして攻撃力ほぼ皆無の平和男だと分かったんですか?」

「ふむ。良い質問だ生徒E」

 

 誰が生徒Eだ。名有りのメインキャラに相応しいお嬢様を捕まえて。

 

「先に言うと、俺はこの点、エリーに親近感があるんだ」

「親近感?」

「ああ。例のクソ儀式だ」

 

 見魂の儀、かしら。

 

「って、仮にも私の主の授けた奇跡なんだからクソって言わないで頂戴」

「主を捕まえて”仮にも”って言ってる時点でお互い大概だろ。…小心者の両親は生まれたばかりの俺の能力を見たんだ。彼らは臆病で、だけど正しかった」

 

 何かしらを持っていた、そういうことね。

 

「俺の能力は…平和主義、って名前だ。実際そのまんまの能力だよ。臆病な両親の子供に相応しい、ある意味では正統な子孫なんだろうなあ」

 



 

○平和主義

 

 保有者は、他者に対し、殺害し得る行動を試みた時、必ず失敗する。

 保有者と友好関係にある者は、文化的な充足感を得た時、より強い幸福を感じるようになる。

 

 



 

「だから、お前を殴りつけて、殺せた時…誰よりも俺が驚いた。パニックだった。何をしたって、エリーが、目の前の恐ろしくも儚い少女が、俺の手で死ぬことなんて無いと思っていたから。本当に、何をしても()()()()から殺せてしまうなんて、予想できるわけがない」

 

 ああ。貴方だけが残っていたのは、そういうことだったのね。

 

「エリーとの関わり合いで、この能力も捨てたもんじゃないかもしれないって少しだけ思うよ。俺はエリーの獲物を奪わないで済むし、エリーが何かを間違えた時は殴ってでも止められるし…あとは」

「うん…そうだったのね。私が、こんなにも落ち着いて居られるのは本当にザルグのお陰だった」

 

 ザルグは少しだけ、照れ臭そうに鼻を掻いて、目を逸らしてはにかんだ。

 

「だから思うんだ。こんな腑抜けた男にすら怯える俺の親を思えば、エリーはもっと家族に会って欲しいって。だから何度でも言うと思う。鬱陶しいだろうけど」

「はあ。私が…会えるまで?」

「だろうな」

「それじゃ一生じゃない」

「何とかしようぜ、そのうちに」

 

 そのうちに…できるだろうか。

 いや、できると思おう。ザルグの喉が枯れてしまう前には、解決しないと。

 

「駄弁るのは終わりだな。『遠路洋々』が出てきた」

「そうね。斧が変わってる…整備に出したのかしら」

「襲撃の時にも、酷使しただろうからな。無理もない」

 

 明日が過ぎ、明後日の夜になれば…その時にこそ事態は動く。リコリスを守らないと。私のために。

 

 

 

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