「エリー!起きなさいエリー!遅刻するわよ!」
「ぇぇ…あと少し…」
「ええいこの寝坊助妹め!もっとしゃきっとしなさーい!」
ああ、サリーお姉ちゃん待って…。
…?
あれ、どうしてここにいるんだっけ。
「寝ぼけてるんじゃありません!もうっ、今日は貴方の成人式、
あ、そうだった。えへへ、これで私も大人になるのかあ…。
「お姉ちゃんが家を継ぐんだからいいじゃーん…私はほら、この家で魔法顧問になるから…」
「こんな小さい家に私兵なんて要るわけないでしょ!まったく、魔法と料理ばっかり上手くなって」
「あ、じゃあ料理人になる」
「お母さんより上手くなってから言ってよね!」
「あー、それは難しいかなあ」
お母さん、あれで昔はパティシエール目指してたらしいからねえ。お父さんと結婚してその夢は諦めたっていうけど、今でもお菓子作りは磨いてるし…。お陰で社交会のママ友界隈では人気者らしいね。
「…よし、準備おっけー」
「ど、こ、が、よ!アンタ、その普段着見たいな格好で行けるわけないでしょ!スティ!スティさーん!助けてちょうだーい!」
「はいはい、居りますよ。どれ、着付けてあげましょうかね」
「お願いします、スティお姉様」
「ほっほ!おばさんでいいんですのにお嬢様ったら…ほれ、できましたよ」
「おばさまの手際はやっぱりすごいですわね…ドレスの着付けがこんなに早いなんて」
わかってましたとばかりにドレスと装飾品一式を持って入ってきたウチの家令の手により、見る間に私の肉付きの薄い華奢な身体は煌びやかかつ慎ましやかな蒼のドレスに包まれた。
うむ。馬子にも衣装というものだ。私、かわいい!
「テンション上がってきた」
「ようやくですのね…」
「サリーお姉ちゃん、早く行くよ。遅れちゃうじゃん」
「エリーの言うことかァーッ!」
式場に着いた。王都ほどではないが、主要都市の教会だけあって大きい。私と姉以外にも、階級問わず多数の貴族たちが参列しているが…たしか、一日につき40の家について儀式が行われるはず。成人している家の者が同席する決まりであるから80人は既に収容している。にも関わらず、教会の中はさらにもう一つか二つはこの貴族の群れが現れても余裕で入れそうなくらい広い。そんな教会の壁をほぼ占めているあのステンドグラス、どうやって作って嵌めたんだろう…?
さて見魂の儀だが、これは貴族の風習である。私、エルスティス・U・オブリビアス、愛称エリーは曲がりなりにも貴族の生まれだ。であるならば、16を迎える、または迎えた年の見魂の儀には必ず出席し、その魂が健全に育っているか、そしてどのような力を宿しているかを見なくてはならないのだ。
一体どうやって行われるのかと言うと…。
「これより見魂の儀を執り行わせて頂きます。こちらは本教会の司教、アルベルト・G・ブライトであります」
「皆さん、ご紹介に与った、アルベルトです。これより始まる見魂の儀では皆さん一人一人の魂を、我らが輪廻の神の前に照らし、自身の清らかなる魂の姿を、そして在り方を知ることになるでしょう。魂の姿とはあなた方の現在。在り方とは、その本質、つまり過去の結晶というべきもの。これを知ることで、貴方たちは自らをより良く知ることになります。ですが、忘れてはいけません。映し出される魂から読み取れることは過去と現在でしかないのです。その魂という彫刻に、どのように手を加え、土を塗り、削り出してゆくのか。未来はあなた方それぞれの手にあるのです。この儀式は、そのための第一歩をより良く歩み出すための、ほんの手助けでしかない事を、どうか忘れないでください。……では、これより名を呼びます。呼ばれた者は答えず、静かに、祭壇を挟んで私の対面にお越しください」
続いて、名を呼ばれた少年が木組みの長椅子からスッと立ち上がり、緊張した面持ちで壇上へ上がり、司教の前に立ち、手を組んで両膝を突き祈る。
「主よ。我が主よ。神々の第6位、輪廻の神カルネラ*1よ。ここに見魂の儀を受けんとする若人が祈りを捧げました。どうかその御力で彼の魂を照らし、現世に映し出し給え」
司教の言葉に応えるように、祭壇に光が差す。神々しく照らされた祭壇の上には何も見えないが、見魂の儀を受けている本人と儀式の執行者である司教にだけは魂の形が見えるのだと言う。
そして、その姿を見れば、その者の本質と、現在もつ能力が直感的に理解できるのだとか。
そう、能力だ。この世に産まれた者は、全員ではないが多くが特別な力を持っている。これは貴族だとか平民だとか、果ては人間かどうかすら関係のない生命共通の特徴だ。もちろん、多くが、と言ったように持たない者も居るのだが。
たとえば、最も有名な例であるこのメタフィス王国の建国者イルメリア・A・メタフィスは剣に関する能力を持っていたとされる。剣身を伸ばしたり、切れ味を良くしたり、軽くしたり重くしたりなどだ。また、その握る剣はどのような
ここまで強力な例は少ないが、空を飛んだり、魔法も無しに火を吹いたりなど、その例は様々だ。だが固有ではなく、似たような例が多く見つかる能力もある。「絶対に転ばない」「一発芸で滑らない」みたいなネタ能力もあるので、まあ無いよりいいくらいの認識である。でも一発芸で滑らないのはちょっと便利かもしれない。
「汝の行く末に、大いなる幸福の在らんことを」
「カルネラよ、感謝とともに祈りを捧げます」
締めの言葉と祈りを終え、少年が壇を降りる。これで一人だ。だいたい5分程度だろうか。
貴族の家名の真ん中にある文字は、その家の格を表している。例えば、先ほどの建国者イルメリアはもっとも格の高い「A」であった。今儀式を行っているアルベルト司教は7番目の「G」である。これは家ごとの固有というわけではなく、どこだったか、他にも「G」格の家があったと思う。
ではウチの家はと言うと…私の名はエルスティス・「U」・オブリビアスだ。
つまり、21番目となる。
言うまでもなく、かなり下の方である。というか、22番目以降となると「V」「W」は勲功による名誉貴族や騎士爵位のための枠であり、最後の方の「X」「Y」「Z」は例外にあたる特別な格となるので、実質最下位だ。
したがって、呼ばれるのはほとんど最後の方なのだ。
一人あたり5分、40人なら3時間ちょっと。ああ、暇だなあ…。
「ちょっと。ねえちょっと!」
横腹を強めに突かれ、ハッと頭を起こす。お姉ちゃんの小声が耳に心地いい。
「もうすぐよ。いい加減起きなさい」
「あ、ご、ごめんお姉ちゃん…」
「いいのよ。…正直、貴方が寝てなかったら私も危なかったし」
珍しい。あの真面目でしっかり者のお姉ちゃんが。
「…では、次。エルスティス・U・オブリビアス」
「……」
立ち上がる。
…あれ。
なんだろう。行ってはいけない気がする。なにか、良くないことがあった、ような…。
既視感…。
「エリー。早く」
「あ、うん…」
何か、警鐘がなるような感覚。強い抵抗感を覚えながら、足を進め、祭壇の前に立つ。ドクッ、ドクッ、と、心臓が早鐘を打つ。震えが止まらない。汗が滲み出し、背筋が冷たくなるような怖気に襲われる。
「…エルスティス。祈りを」
「…はっ…はぁ…はぁ…!」
「…む。どうかしましたか?」
「いぇ…祈ります…」
———祈ってはいけない!
両膝を突き、両手を組み、目を閉じる。
「主よ。我が主よ」
———やめて!もう見たくない!
「神々の第6位、輪廻の神カルネラよ」
手が、震える。手だけじゃない、全身が震え、滝のように汗が噴き出す。
———お願い、夢ならもう覚めて!
「ここに……見魂の儀を受けんとする若人が祈りを捧げました」
———お願い、覚めて…。
手の先から、足の先から、さーっと血の気が引く。頭痛が酷い。
「……どうかその御力で彼の魂を照らし、現世に映し出し給え」
———いや、いやぁ…。
そうして、光が差す…。
ああ、思い出した。これは夢だ。この後にあったことも、どうして今、夢を見ているのかも思い出した。
神の声が聞こえる。
『エルスティス。呪われし乙女よ。哀れなる子よ。辿り着いてしまったのですね』
「神さま…?」
もう、私の意識は身体を動かせない。夢だと分かって…もうこれは、ただの記憶の再生だと理解して、身体は過去をなぞるように動くだけだった。
『既に、儀式は完遂されました。私は神として、貴方の魂を照らし出さねばなりません』
『ああ、運命の神よ。なぜ斯様な仕打ちをするのです。この娘に、生きとし生けるものが共にする罪以上に何の罪がありましょうか』
『エルスティス。他の何を失おうと、誰が貴方を見放そうとも、私は貴方を見守りましょう。貴方には、きっと輪廻の加護があるべきです』
『たとえ、この加護が貴方を苦しめるとしても…貴方には、力が必要です』
『運命の神ならぬ私には、行く末を知ることは能いませんが…主神よ。せめて、この穢れなき少女の道筋に救いの在らんことを…ああ、主神よ…』
そうして、私は目を開ける。
開けて、しまう。
「こ、これは…っ!」
「え…?」
魂の、形。
私の形を映し取ったような、半透明に光る少女の形に…黒く、ただ黒い闇が絡みついている。
知識が、流れ込んでくる。
目を覚ますと、男が私の上に跨っていた。
あ、なんだか懐かしい。最初の夜もこんな感じだった。当てもなく、彷徨い歩いて、喉も乾かないことに気づいて泣いて。
あの人どうしてるかな…あ、違う違う。そんなわけないよ。だって私が初めて殺した人なんだから。
生きるために。
あの時は、全身脱がされて、ひどいことされてたけど。
「あなたは、ひどいことしないんだね」
「死ね!死ねよ!なんで死なないんだお前!頼むよぉお!」
何度も、何度も、私が寝ている間もずっとかな。半狂乱で石を私の頭に叩きつけている。
何度目かの時に知ったことなんだけど…一度死んで、それから目が覚めてしまうと、しばらくは死ぬような目にあっても気絶しないんだよね。ぼーっとして、痛いなあ、くらいにしか思わない。私ってホントに生きてるのかな。
「死ね、死…ひっ」
腕を、掴んで止める。人の頭ほどの石を振り続けて、腕が腫れ上がってしまっていたから。
…なんて、そんなこと今さら理由にはならないのは分かっているけど。
「だいじょうぶ、だから」
それこそ今さら…人らしい道に戻るつもりもないし。
自分を犯そうとしたり、殺そうとしたりした相手なら、殺したっていいし…許したっていい。抱きしめたっていい。
大した理由は、ない。ただ、そうしたら、きっと絆されてくれるかなあって。
そうしたら、もしかしたら、この地獄に付き合ってやくれないかな、なんて打算くらいはあった。どうせコイツもアウトロー、私が人殺ししてたって気にしないだろう。
腕の中で、男が恐怖に震えながら…なぜか安心したように力を抜く。なんだ、蛇も人間も同じじゃん。
傷つけて、驚いて、許されて、懐く。
「一緒に、帰ろうか」
「ああ、ああ…はい…っはい…」
懐に手を入れる。よかった、ブローチは壊れていない。
収穫が多い旅だったなあ。
依頼はこなせたし。命も頂いたし。新しいペットが、2匹も増えた。
また
○エルスティス・U・オブリビアスの能力
☆超虚弱
魂が現世に留まろうとする力が非常に弱く、生命力が極端に微弱である。
保有者は、僅かな傷によって生命維持を大きく妨げられる。重大な病に非常に罹りにくい代わりに、通常死に至ることのないような軽度の病気によって重篤な症状を引き起こすことがある。
また、保有者は魔法および魔力の扱いに凡夫の追随を許さぬ程の天賦の才を得る。
☆死の呪い - 後天付与
保有者は、この能力の詳細を認識してから720時間が経過した瞬間に死亡する。保有者はこの能力以外の要因で死亡せず、生命活動を致命的に阻害するような損傷や異常は最低限の生存が可能な段階まで即座に治癒する。保有者自身の同族、または近縁の種族を殺害することで、死までの猶予を720時間に戻すことができる。
保有者が明確な殺意を以って攻撃し、その方法が対象の殺害手段として有効である場合、命中せずとも対象は即座に死亡する。非生命体の場合、復帰不可能な状態で機能停止する。
この能力による死はいかなる手段によっても回避できない。
☆輪廻の神カルネラの寵愛 - 後天付与
保有者は死後、絶対の安寧を約束される。保有者が輪廻をもつ生命を殺害した時、その生命の死後の安寧を望む場合、これにも適用される。
また、神々の定めた法の上で、保有者が他者を殺害した時、それが自己、近親、および極めて深い交友関係にある者の生存のためであるならば、これを罪としない(人の法とは独立であるが、序列の神に神官が問うのであれば神は答えるだろう)。
また、神々の法の上で、保有者は輪廻の神を信仰する最高位神官と同等の奇跡行使権限を得る。
Q.つまりどういう状態?
A.誰かを殺さないとひと月で死ぬけど、それ以外ではHP0になったとき必ずHP1で復活するよ。最大HPが1固定だから全快するよ。
Q.最後のはどういう能力?
A.あんまり可哀想だから神さまが憐んで愛してくれたよ。色々な奇跡を振るえるけど、結局はだれかを殺さないと生きられないよ。
不幸にも得た力が、幸運にも自らの力と噛み合っている。
この呪いに理由はない。ただ巡りに恵まれなかったのだ。
その脆さ、その純粋さが、気まぐれな悪魔の目に止まってしまっただけなのだから。