共喰い少女の彷徨譚   作:コットン・コットン

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※タグにある通り、この小説には残酷な表現が含まれます(大遅刻告知)
※この小説は複数の結末を想定しており、現時点で作者にもどの結末に行き着くかは分かっておりません


死者どもの日常-1
02-01.尊厳の前提



 

———俺は、どうしてこの化け物に縋り泣いているんだ。

 

 半狂乱で少女を殴り続ける俺を止めたのは、あろうことか、殴られ続けていた少女であった。訳が分からない。俺はコイツを殺すつもりで何度も何度も石で殴りつけた。実際、俺はコイツの頭蓋が弾け、脳髄が溢れ散る様を見た。何度も見た。即死のはずだ。しかし、俺を止め、抱きしめて止めたのは他でもないその少女だ。

 

 コイツは、不死身だ———。

 

「だいじょうぶ…なんともない…なんともないよ…」

 

 やめろ。耳を貸すな。コイツは不死身の化け物だ。気も確かじゃない。正気の人間がどうして自分を殺そうと———いや、殺したヤツに優しくするんだ。耳を貸すな。耳を貸すな。耳を———。

 

「盗賊になって、どれだけ経つの?」

「ひと月、くらい…」

 

 ああ、ダメだ。

 身体も、心も、言うことを、聞かない。

 

「どれくらい、殺したの?」

「一人…」

 

 だってそうだろう。一度、俺は殺されたも同然だ。今だってそうだ。コイツは俺を殺そうとすれば殺せるんだ。今さら強がって何になる?身も心も屈服させられた犬は従順に隷属するのがお似合いだ。

 

「どうして?」

「馬から、落ちて…ああ、事故だったんだ。殺したら追っ手が来る、殺す気なんて無かった…殺す気なんて」

 

 俺の言葉を遮るように、少女は「でも」と続けた。

 

「貴方が殺したんだよ」

「っ……」

 

 少女は無慈悲に事実を突きつけてくる。

 

「貴方たちが襲ったから、その人は落馬した。事故でも、過失でも、殺した命は帰ってこない」

「……ああ」

 

 いつしか俺は、半狂乱でも無く、泣いてもいなかった。この、容易く命を奪う不死身の化け物に抱かれて、背と頭をポンポンとあやすように叩かれて、俺はどうしようもなく安心していた。きっとこのまま突然に首を絞められても、それを受け入れてしまうだろうくらいに。

 

「でも、私より善いわ」

「え…?」

 

 また俺は、俺のことが分からなかった。コイツは何もおかしなことなんか言ってやしない。数から見て、一人を殺した俺と、何人もを殺した———恐らくは今までにも殺してきたであろう———コイツでは、コイツの方が残虐なはずだ。けれども、今の俺の心には、コイツが心底善い奴で、本当は人殺しなんてするはずもないのだとしか思えなかったのだ。俺はやっぱりおかしくなってしまったのだろうか。

 

「私ね。人を食べて生きているの」

「……」

 

 本当なのだろう。いや、お頭たちの死体は燃やしていたから本当に字のままの意味で喰らっているのでは無いだろうが、そう言い表せるような方法で日々の糧を得ているのだ。

 

「人を殺さないと、死んでしまうの。生きるためには、殺さないといけない。ひと月に一人…さて、私は何ヶ月、この生活をしていると思う?」

 

 さっきの戦いの様子を見るに、戦いにはもう慣れていた。人を殺すことにも慣れていた。ひと月ふた月の話では無いだろう。

 

「半年…いや、一年か?」

「違うわ」

 

 少女は耳に口元を寄せて、囁いた。

 

———ひ、と、つ。

 

 唖然。馬鹿な。

 初めて戦場に出た兵士は、その一戦だけで、殺されるかもしれない恐怖と殺してしまうのだという恐怖からトラウマを抱えるという。俺だって、一方的に追い立てる側で、ただ一人を…ただ一人を誤って死なせた時には怖かった。やはり俺は食い詰めても人殺しでは生きられない半端者だと痛感した。だと言うのに、コイツは。

 

「もっと言うなら、それは()()()()という話で…ちゃんとひと月経つには、あと五日あるけれど」

 

 やはり恐ろしい。もう俺はコイツを怖がれないが、コイツは誰かに近づけちゃいけないヤツだ。

 

「初めて殺したのは、私を犯そうと押し倒してきた相手。締め殺したわ。次に殺したのは、その隣でゲラゲラと笑っていた男。もっとも、一人目が死ぬ頃には泣いて逃げ出そうとしていたけど。ねえ、この人、どうやって死んだと思う?普通じゃないわ」

 

 コイツに出会って死ぬ時点で普通でなんかあるものか。

 

「最初の男とね、私を使いまわそうなんて話をしていたから。お望み通りに押し倒して、跨ってやったの。搾り尽くして殺してやろうと思っていたから一回目で死んだわ」

 

 ああ、思ったよりはいい思いして死んだんだなソイツは。

 

「それでね、それで…次は…ふふ、あはは」

 

 

 

 

 

 それから。

 俺はコイツが殺した、お頭たちを含む総勢9名の悪人の死に様を聞き届けた。それは狂った自慢話のようでいて、その実はどうしようもないほど苦しくて擦り切れそうな悲しみに満ちた懺悔だった。気づいたら、コイツは泣きながら笑っていた。どっちがどっちを抱き締めているのかも分からないまま、もうろくに力も籠っていない腕から逃げることもなく、俺はずっと懺悔を聞いていた。

 

「ね。私より貴方の方が(貴方より私の方が)ずっと善いでしょう(ずっと悪いでしょう)?」

「……ああ。お前に比べたら、盗賊なんか修道服来た姉さんと変わらねえだろうさ」

「だよね。良かった」

 

 なんでこうなったのか、今でも分からない。

 ただ、俺とコイツ、ろくでなし2人組が、しばらくは一緒に生きて行くことになったのは間違いなくこの瞬間だった。多分俺は、どうしようもなく殺す相手がいない時の延命装置にすぎないんだろうが。

 でもな。悪人に裁きを求めるお前は、どれだけ優しくて善良だとしても、やっぱり、間違いなく悪人なんだよ。

 

 


 

 

 何故かは分からないけど、狙い通り絆されてくれたから、これでペット2匹目。もしかしたら私、人に好かれる素質があったりして。無いか。

 

「他の盗賊たちは…」

「居ねえな。皆んな逃げちまったか」

 

 うーん。

 

「ねえチロ。貴方ニオイとか追えないかな」

「シュー」

 

 無理っぽい。

 

「うおっ毒蛇じゃねーか!」

「いい子よ?ね、チロ」

「シュルシュル」

 

 すすっとチロが男の首に巻きついて、顔の横から覗き込んで舌を出し入れする。

 いやまあ、チロがいい子かどうかなんて今朝あったばかりだから知らないけど、この分なら本当に素直な子みたいね。

 

「お、おお…ザルグだ。よろしくな」

「あ、そういえば貴方の名前知らなかった」

「俺もお前の名前知らねえな。自己紹介するか…ザルグだ」

「エリーよ。この子はチロ、今朝起きたら私の腕を食べてたわ」

「いや大丈夫かよ」

「大丈夫じゃない?」

 

 痛いのは好きじゃないけど、まあ最悪食べられても死なないし。あ、でも…。

 

「チロ。お腹空いてもザルグは食べちゃダメよ?どうしても欲しいなら私にしなさい」

「シャー」

「いやいやいや…」

 

 あれ?なんでそんな反応…ああそうか。ザルグにもう能力のこと言った気になってたけど、部分的にしか言ってなかったわ。

 

「そうね。貴方には教えておくわ、私の能力」

「…それって、一ヶ月に一度誰かを殺さないと死ぬってヤツか?」

「ええ」

「能力ってことは…お貴族様だったのか」

「木端もいいところよ。本名はエルスティス・U・オブリビアス」

「最下格じゃねえか」

「お父様もお母様も、資金繰りには苦労してたわ…」

 

 死の呪いについて。虚弱体質について。そして、カルネラ様の…愛情について。

 カルネラ様には感謝しています。浄化の魔法に、聖域の魔法。いくら不死身みたいな身体でも、流石に夜通し魔物に襲われたりしたら寝てもいられないもの。本当はもっと色々できるけれど、今のところこれだけで足りている。

 …殺した彼らが、安寧を得られているというそれだけで、少しは気が楽になる。

 

「なるほどな。720時間…今はどうなんだ」

「716時間よ。この場合、少なくとも716時間ある、という意味ね」

「そこまで正確に分かるのか」

「…頭を離れないの。ふと呪いのことを気にした瞬間に、パッと浮かぶわ。お前を離さないって言われているみたいね」

「…すまん」

 

 …ふむ。

 

「貴方…盗賊という割にものを知っているし、頭も良いように見えるけど」

「ああ、俺も似たような立場だったからな。元貴族だ」

「へえ?」

 

 貴族が盗賊に。似たような格の家の三男坊とかかな。

 下働きとか、野垂れ死ぬとかは分かるけど、盗賊なんて生き方を選んで一ヶ月生き延びれる貴族っていうのも珍しいような。

 

「人より生き汚いだけさ。今日にも死ぬところだったしな」

「死んでないじゃない。私みたいなのに遭っておきながら」

「…お頭だよ。もちろんロクなやつじゃなかったが、一度引き入れると決めたら面倒見は良かった」

「そう…悪かったわ」

「何も悪くねえよ」

 

 …本当、なんでこんな風に語らっていられるのか。

 

「で…いや、そもそもなんでここに来たんだエリーは。俺たちの討伐か」

「できたらそれも、ね。本命はこのブローチを取り返せって依頼よ」

「それは…はあ、幸運のブローチってんでお頭が獲ったヤツか。誰にとっての幸運かって話だな」

「依頼人もこのブローチがあって盗賊に遭ってるのよ。ほとんど呪いのブローチだわ」

「所詮はおまじない、か」

「あるいは、この世に偶然なんてあり得ない、幸運の入る余地なんてないってことかしら…まあとにかく、依頼も最低限はこなせたから街に帰るのだけど、問題は貴方よね…」

 

 盗賊だし。元貴族とか、顔割れてないでしょうね?

 

「顔は知ってるヤツいないと思うぞ。ぶっちゃけ、逃げたヤツらと今まで襲ったヤツらくらいしか問題にはならないと思う」

「ひと月よね。そんなに襲った数はないでしょう?」

「お前の依頼主と…死なせちまった奴が居たところの連中だなぁ」

「…印象に残ってそう?」

「どうだろうな…止まれ、ってお頭が叫んだ時に馬が驚いて落馬したんで、特に俺だけが目立ってたわけじゃないが。馬車の中から人は出てこなかったし。2頭曳きだったから、死ななかった方の御者くらいだな」

「そ、なら多分大丈夫でしょ」

「軽いな」

 

 そりゃあ、ねえ。

 

「その人の分は、貴方の背負うものであって私のものではないもの」

「違い、ないな」

「じゃ、行くわよ。貴方のことは、途中で出会った探索者(クローラー)志望の男ってことにする。多少は身なりが整ってて助かったわ」

「ああ」

「シャー」

 

 …あ。宿、どうしよう。

 

 


 

 道中一泊し、翌日の昼。

 

 意外にも難なく街の門を通過し、依頼達成報告を済ませ、ザルグの探索者(クローラー)登録まで済ませることができた。

 

探索者(クローラー)か…」

「なに?…そういえば、貴方探索者(クローラー)は選択肢になかったわけ?」

「ないでも無かったが」

「…?歯切れが悪いわね。なんでもいいから言ってみなさいな。胸の中でさんざん泣いといて惜しむ恥なんてないでしょ」

「それは言わないでくれ…えっとだな。戦えないんだよ、俺」

「………は?」

 

 嘘でしょ?盗賊やってたのよねこの男?なんで戦えないのに盗賊やってたの?嘘でしょ?というか探索者(クローラー)って戦えなくてもやれるし。子供でも出来るお使いみたいなのもあるわよ。

 

「そんな目で見るなよ!仕方ないだろ、貴族で探索者(クローラー)って言ったら傭兵の亜種みたいに見えてたんだよ!」

「まあ…分からないことも無いけど…」

 

 そういえば、私を殺そうとした時も剣とか斧とかじゃなくて拾った石で殴ってきてたなこの男。武器持ってなかったのか。

 

「剣術とか、昔からダメなんだ。腰の動きって奴がまるで分からない。腰ってそもそも独立して動く部位なのか?」

「…宿で実演してあげてもいいけど?」

「うん?腰を?どうやって?」

「え、そりゃあ…えっと、あれ」

 

 通じない?馬鹿な。この男、見たところ私より2つか3つ上のはず。貴族なら跡継ぎとかでそういう話は避けられない筈だし、というかさっき私の話でエグい場面出てきた筈だし。

 いや待て。そういえば、私の上に跨ってマウントポジション取っておきながら殴りつけるばかりで何もいやらしいことしなかったなコヤツ。

 知識はある上で、精神的にピュア…?あり得るのか?そんなことが?

 

「あの。質問があるのですが」

「なんだ突然。いいけど」

「ええと、まず舞台設定として、宿があるとします」

「おう」

「そこに年頃の男女がペアで泊まるとします」

「おう…人目とか気にならないのか」

「気にならないわけでは無いですが、むしろ見せつけていますね」

「見せつけ…?」

「夜、その部屋からガダゴト、ギシギシと音がします。翌朝、2人ともやや疲れた様子で宿を出ます」

「?…何してたんだ?」

「………」

 

 嘘だろ…。

 

「………あー、えっと、何してたと思います?」

「ええ?そうだな…夜に音立てる時点で非常識な感じだが…翌朝疲れてたから、多分徹夜だろう?よっぽど手間のかかることを、わざわざ夜に…ああなるほど」

「ああ…!分かってもらえました?」

「ああ、百物語*1でもしていたんだろう?どちらかが怖がって暴れていたんだな」

「なんと言うこと…」

 

 分かった。この男ピュアだ。知識と現実が全く結びついていない。信じがたいことだがもはや疑う余地もあるまい。

 

「ど、どうしよう。教える?それとも放っておく?純粋なのは美徳かな。でも流石にこの年でこの貞操観念は…いやでも、教えるとしてどうやって?現実と結びつけるって、教材が無いし…()()()?私は別にいいけど、こんな爛れてしまった娘から適切な観念を教えられるとは思えない…うーん、うーん」

「お、おい。どうしたんだ。こんな通りのど真ん中で頭抱えて」

「黙らっしゃい!貴方がピュアボーイなせいよ!」

「はあ!?」

「シャー…」

 

 …いいや!思考放棄!なるように任せる!知らない!

 

「あ、溶けた」

「さあ、ここが私が借りてる宿よ。2部屋借りる余裕は無いからね」

「…百物語でもするのか?」

「ち・が・う!!」

 

 

 

 

 

*1
夜に複数人で集まって沢山の蝋燭に火をつけ、怪談を語り合う遊び。怪談を一つ語る毎に蝋燭を一つ消し、最後に全ての明かりが消えたら終了。




 最初の経験と、その後の出来事による心労に加え、能力で死ななくなっていることが影響して、エリーは自分自身の扱いが非常に雑になっています。話中に出てきた貞操観念の話のみならず、その他生活の方法などもおざなりです。ザルグがいなければ、この宿もいずれ引き払って完全に山姥のような暮らしを始めていたかもしれません。
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