「猫探しですか」
「はい。こっちのザルグが
「お願いします」
「なるほど、それならちょうどいい。一つ来ていますよ」
結局、何事もなく同衾*1して朝を迎えた我々は、パーティとしての初依頼を受けるべくこの街の組合支部へとやって来ていた。
「なるほど…じゃあ、それ受けます。期限は?」
「昨日来たばかりで、あと9日ほどですね。本人達も探しているようで、10日経って見つからなければ諦めるしかないと言っていましたが…」
「じゃあ、依頼人にそのあたりの情報も聞いてみます。依頼人にはどこに行けば会えますか?」
「こちら住所です。子連れで父母ともに健在、日中は少なくとも母が家にいるとのことですから、今から行っても大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます」
「…あ、ひとつ聞きたいんですが。この街で最近大きな工事とか、災害とかってありました?地図が変わるような」
「ふむ?いや、無かったはずですよ」
「地下も含めて?」
「地下ですか…ちょっと待ってください……いえ、特に無いみたいです。最後に行われた大規模な作業は先月末の定期下水道点検ですね」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。ザルグさん、初依頼頑張ってくださいね」
「はい。何とかやってみます」
さて、ここからだけど。
「とりあえず、住所の所まで行くけれど…ねえ、ちょっとだけでも
「つってもなあ…どちらかと言うと
「たしかに」
というわけで、例の家にて。
「お邪魔します」「失礼」
「いえいえ、依頼を受けてくださってありがとうございます」
家はトイレや浴場を除いて空間がひと繋がりになっている。それなりに調度品が揃っており、生活には余裕がありそうだ。部屋の隅には軍服と思われるカッチリした制服がある。父親は勤務中とのことだが、これは予備だろうか。
「良いお宅ですね」
「うん…わたしもミアも、おうちが大好きなのよ」
「そう…ミアっていうのは猫の名前ね?」
お話を伺った所、まず逃げ出した猫は茶色のぶち模様の女の子だとか。尻尾はカギになっていて、耳はピンと立っていることが多い。身体を動かすのが好きで、体型もすらっとしており活発に動く。人懐っこい性格だが悪戯好きなので、捕まえようとすると逃げ出して追いかけっこを始めるかもしれないとのこと。
これまでにも行方が分からなくなることはあったらしいが、毎度2日もしないうちに帰ってきては泥だらけになった身体を洗って欲しいとせがむようだ。しかし今回はすでに4日が経過しており、どうやらいつも通りではないと決断して昨日の夜に依頼を出したとのこと。
「そうか…なにか、猫の匂いが付いたものとか、猫が好きなものとかはあるか?」
「匂いなら、尻尾につけるリボンがあります。いくつかを付け替えて使っているので、そのうちの一つを持っていってください」
「あ…あのね!ミアはこの鈴が大好きなの!この鈴の音がすると、いつも駆け寄ってきて遊んでくれるの…でも昨日おそとでいっぱい鳴らして歩いたのに出てきてくれなくて…だから…っだから…!」
「よしよし、いい子よ、いい子。よく頑張ったわ。私たちに任せなさい。貴方の想いを無駄になんかしない、絶対に見つけてみせるから」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お願い…」
「…ああ。最善を尽くす。必ず見つけるよ」
「私からも、お願いです。どうか見つけてあげてください。あの子は、この子より賢いくらいですから街の外には出ていないと思うんです。きっと迷子になっているんです。何か気になることがあったら、いつでも聴きに来てください」
「…ザルグ」
「ああ」
たかが猫探し、されど猫探し。
何事もなく生活していた人が、関わりのない
「行こう。街中ではあるが、狩りには心得がある。何とでもしてみせる」
「それでこそ、ね。頑張るわよ」
昨日時点で、あの女の子が鈴を鳴らして回ったのは依頼主の家がある住宅街の全域。そう、全域だ。齢6つかという頃、この小さくはない街の住宅街ひとつを回るのは並の根気ではない。まして、今は冬に近づきつつある季節。強くはないが風も吹いており、体力の消費も多くなっていたはずだ。
「灯台下暗しとは言うが、多分この辺りにはいないだろうな」
「どうして?」
「すでにあの子が探して回ったからってのも理由だが、何度も出かけてはひとりでに帰ってきていたという話があったろ?この近辺で最近大きな工事があったようでもないのは組合で聞いた通りだし、この辺りで迷うとは思えない。迷ったにせよ、攫われたりしたにせよ、近辺にはもういないだろう」
「何か用事があるのかもしれないじゃない。迷ったわけじゃないけど、帰るわけにはいかないか、あるいはその場を離れられないか」
「それもあり得なくはないが…そうだとしても、鈴を鳴らした時に顔も出さないと思うか?あんなに仲良さそうなのに」
「猫だからねえ、断言はできないわよ…でも、確かにここで時間を使うのは後で良さそうね。私が言ったような理由なら、すぐに事態が動くとは考えにくいもの」
「商店街も普段から連れ歩いていたから、可能性は低い。まず行くべきなのは…」
「行ったことが無いであろう場所から。…あら?この街珍しいわね。貴族街が住宅街に隣接しているわ」
普通、貴族の住む区画は警備や必要になる設備の関係上、あまり平民の住宅区画とは隣接しないことが多い。日々の生活に忙しい民衆は教会なんて中々行かないし、商店街が貴族街の隣にあったところでわざわざ自分で買い出しに行く貴族なんて少ない…ウチは例外だったけど。
「本当だ。だがどうする?俺たちもまあ、元は貴族とはいえほとんど身分なぞ無いようなものだろ。とても入れないぞ」
「そうねえ…貴族街の周辺地域で、聞き込みをしましょうか」
そうして集まった情報はこちら。
その1。猫の目撃情報はあるが、捜索対象の特徴に合致する情報はない。
その2。この街で猫が見られることは少なく、飼い猫も少ない。上記の目撃された猫も、珍しいためによく特徴を覚えられていた。
その3。この街の貴族街は守衛と手続きをすれば平民でも入れる。
「いや入れるんかい!警備緩くないか!?」
「はは、この街はそこんとこ、関係が近くてね。まあ警備は大変だし問題も起こらないでもないんだが、そもそも貴族というのはそれなりに強いものだからな。結局のところ、あとはあちらがどれだけ寛容なのかに依るということだろう」
朗らかに笑う守衛さん曰く、そう言うことらしい。
貴族は能力を持つことが多く、そうでなくとも幼少期から護身
それでも、基本的に貴族というのは支配し統治する側であるから、意識の問題だけでなく政治的・統治的観点からもあまり民衆と親しげにはしないものなのだが…この街ではそうではないようだ。興味深い。
とにかく、実際に足を運べるというならそれ以上のことはない。早速お邪魔させて頂こう。
「しかし、猫がいないのか…」
「他に猫が少ないのなら目立つでしょう。すぐ見つかるんじゃない?」
「だといいんだが。俺はむしろ状況は良くないと思っている」
「え?」
「猫が少ないということは、この街でどのような場所が猫に好かれるのか、分かりにくいということだ…俺は野外でなら動物の行動もある程度分かるが、街中で狩りをしたことなどないぞ」
それはそうだ。なるほど、集団から行動を予測するという手が使えないのは確かに痛い。
「あの目撃された猫を見つけられたらいいのだけれど」
街並みを見渡す。
貴族街だけあって、先の住宅街と異なり整然とした印象だ。各家には整えられた庭園が見受けられ、館も2階建てのお屋敷ばかり。人通りもあまり多くない。
こうして平民の立場から眺めてみると、生活というか、住む世界が違うのだと実感する。ウチですら屋敷は2階建てであるし、庭師が素人の母とは言えそれなりに綺麗な庭があったのだ。
敢えて街並みを公開するのも、それなりの効果があるのだな、と感心する。
「流石に、ここで聞き込みするわけには行かないな」
「ひたすら足に頼るしか…いや、待って」
我らがナンバーツー、チロちゃん。
野生の勘を見せてはくれまいか!
「シャー!…スゥー…シュル…」
「やっぱ無理よね」
「…いや、待てよ。おい、チロ。お前、この街で狩り場を作るならどこにする?」
「?…シャー!」
「ちょっ…待ってチロ!一人で行くと捕まっちゃうから!」
「これは当たり、か?」
どういうわけか、急に腕を抜け出してうねうねと進み出したチロ。森ならばともかく、この舗装された地形で遅れをとるほどの速さではないので見失うことはない。だが、明確に何か目的を感じる動きをしているのが気になる。
「え…どういうことよ」
「蛇はな、猫を食うんだよ」
「ええ?!」
「もちろん全部の種がってわけじゃないぞ。あの蛇がどうかも分からないが、もしも蛇の狩りの習性の範疇だというなら、チロが狩り場候補にするような場所は行ってみる価値があるとは思わないか?」
「いや、えっと、私いま猫が食べられる光景を想像しちゃって無理」
「シャー!シャー!」
「首振ってるぞ。食べたりしないってさ」
「食べられないとは言わないのね…」
大蛇というほどじゃないとはいえ、私の細腕くらいはあるものね。体の太さ。
「さてと?なんだか奥まったところまで来たな」
「路地裏ね…いかにもって感じの場所。他の路地裏じゃなくて、ここなのね?」
「お、この家新築か?壁塗りが真新しいな」
「シャー。シュルシュル…」
「…ん?おい、あれ!」
「猫!…対象じゃなくて目撃されてた方ね。こっちには気づいてなさそう」
貴族街のはずれ、路地裏の突き当たり。区画を囲う壁の上に、ちょんと座る黒い猫の姿が見える。時どき身を屈め、壁の向こう側を覗いているようだ。この向こうの区画は確か、教会があるはず…。
「ちょっと待って…向こうを見てみるわ」
「どうやってだ?」
「カルネラ様の魔法に良いのがあるのよねー」
———『
壁の向こう側に薄く光のカーテンが降りる。長方形に区切られたような形のそれは、恐らくは教会の敷地をぴったりと囲っているだろう。
「お、おい…」
「続いて…っ!」
———『
その光景を、私は
「ちょっと…随分派手じゃないか?」
「大丈夫よ。あれが見えるのは、何かしらの序列神を信仰している人だけ…貴族になら見えるでしょうけど、音はしないからあまり多くの目撃者は居ないわ」
ただ、教会の中はちょっとした騒ぎかもしれないけれどね。
『聖域策定』は、
『眼光』は、最も近い聖域の様子を上空から一望する魔法だ。聖域を探知可能な距離の限界は術者の支払った魔力の量に依る。あまり融通の効かない奇跡だが、視界だけは異なる。聖域の範囲外は上空からでもモヤがかかったようで見ることができないが、範囲内であればかなりの解像度で理解でき、障害物も無視して覗くことができる。…無論、神の奇跡であるからには、神によって視界が検閲されることもあるが。
聖域の作成条件は、聖域の強度や大きさを度外視すれば簡単なものだ。どちらも使える私にはそこそこ便利使いできる奇跡だが、本来はそんな気軽なものではない。第2位の奇跡というのは非常に高位のものだ。例えばアルベルト司教は輪廻の神カルネラ様の特殊奇跡である『見魂の儀』を行使していたが、これは第3位に相当する。こちらも高位ではあるが、大きな街なら一人は使える者がいるだろう。しかし第2位はと言うと、国に1人か2人、と言う希少性になる。ぶっちゃけ、最高司祭とか教会組織のトップ級でなければ使えないだろう。
なので、私がやったことは壁一枚隔てていなければ大ポカなのである。私だって衆人環視の中で本物の奇跡を行使したりなんかしないわい。
…ということを、ざっくりと、奇跡の希少性あたりを省いてザルグに説明する。
「ふーん…で、猫はどうなんだ?」
「興味あるのかないのかどっちよ…待ちなさい。猫、ネコ、ねこ…あ?あっ!居たわ!」
「でかした!」
塀の上の第二の猫が眺めていた、ちょうど視線の先だった。教会の鐘付き尖塔の根本、屋根の上だ。きっと、登ったは良いが降りられなくなったのだろう。よくある話だ。
「ふう…心配かけさせやがって!」
「でもどうする?屋根の上に猫がいますって言って登らせてもらう?」
「…いや、無理じゃないか?誰かさんのおかげで教会は今騒がしいみたいだぜ」
壁一枚隔てた向こうからでも、「神の奇跡だ!」「この教会から第二位が出たのか…?!」と言った歓声が聞こえる。
「…そうね」
「エリー、お前普通にも凄いんだな」
「”も”ってなによ。”も”って」
「自覚あるだろ?」
「まあ、うん」
…壁一枚隔てていても大ポカかもしれない。