共喰い少女の彷徨譚   作:コットン・コットン

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=ヒトに仕事をぶん投げる。


02-03.家から出ずに仕事をするたった一つの賢い方法

 まず、教会関係者と話をしなければ始まらないので。

 

「あのー、すいません」

「あ、当教会に御用ですか!」

「ごめんなさい今立て込んでるんです!御用件は!」

「あの、飼い猫が屋根に登ってしまったみたいで」

「後にして下さい!」

 

 さもありなん。

 

「いや、仮にも助けを求める小市民がいるのにそりゃないだろ」

「ううん、違うのよ。第二位の出現ってそれだけ冷静さを欠くようなことなの」

「なんてことしてんのお前?」

「本当に反省しております…」

 

 軽く見ていた。教会のてんやわんや上へ下への大騒動を見れば、そう反省するしかない。とりあえず机の下をひっくり返しても第二位神官には会えないと思います。鐘の中にも居ません。

 

 先も述べた通り、第二位奇跡の行使権限所持者というのは非常に稀だ。国に1人か2人と言ったが、これは2人居た歴史もあるというだけで実際にはせいぜい1人である。いない時期もあった。というのも、これはただ敬虔に修行をし、信仰心を高めればよいというものではないのだ。それで辿り着ける境地は第三位である。アルベルト司教も、努力の限界地点であるから結構すごい人なのだ。

 第二位の条件、それは『澄んだ透明な魂』そして『信仰を捨てる』ことである。もちろん、前提として第三位相当の敬虔な信者であることを忘れてはならない。

 

「…ん?それって無理じゃん」

「そうでもないのよ。信者であることと、信仰を抱き続けることはイコールではないから」

「???」

 

 …まあ、まともである程に難しいことかもね。

 

「存在を信じている。けれど、信頼してはいない。こういうことよ」

「?…神さまって、居るもんだろ?」

「知識としてはそうね。けど、その認識と信仰を切り離せる?」

「…いや、無理だ。そういうことか」

 

 そう。つまりこの条件を満たすためには、()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()必要があるのだ。信仰ありて後に神あるのではない、神ありて後に信仰ある。「実在すると教えられた」とか「神の存在の証拠を本で読んだ」では、これは信仰と大差ない。この認識を真に人が得るためには、もはや神に直接会うか、または対話するより他にない。人は、体験した物事以外は全て疑い得る生き物だ。究極的には自らの体験の記憶すら疑える以上、体験せずに知るはずのない神の姿や声を知っている、という情報が無ければこの域には至れない。

 

「神が実在し、万能ではなく意思あるものであることを知る。これが、第二位に求められる条件よ。敬虔でなければ神に会う機会など無く、しかし会った後に敬虔は失われる。その時初めて、神は授ける者で無く、代行する者として人を見る」

 

 さらに、生まれ持っての魂の在り方が関わってくるのだから、これは非常に狭き門となるのだ。

 私はこの点、裏道とは行かずとも正規から逸れた道で高位になったと言わざるを得ないだろう。魂は確かに透き通っていたが、敬虔であるが故に神を見た訳ではないのだから。

 

「ってことはエリーは…いや、いい。それよりさ、じゃあ第一位はどうなんだ?」

「何もないわ」

「え?」

「明確な条件はないの。第一位はもう人の域にない、神の使者としての力。そもそも人が自らの力と意思でそこに辿り着くことを、神々の法は想定していない。神が、神の意思によって、生命から選び出して与えるものよ」

 

 だからこそ、私の最高位権限は異常だ。

 

 第一位すら霞む奇跡を、魔法の一種ではない、世界を変える力を行使できることになるのだから。はっきり言って、これが一応は最高位『神官』、つまり人に与え得る力として定められているのは神々の不手際なのではないかと思っている。これだけは、まかり間違っても、たとえ私が狂って正気を失ってしまったとしても行使するわけにはいくまい。濫用すれば本当にこの世界が終わりかねない。

 

 カルネラ様の愛、重すぎ。

 

「ということで突発、神様講座になったわけだけど。そこの隠れて聞いている受講生たち、何か質問ありますか?」

「えっ!?いや、その…あの…」

 

 まあ、そうなるわよね。

 こんな騒動(第二位の出現)、収まるまでに10日はかかる。つまり時間切れになる。こっそり屋上に行けるような技術は私にはないし、もう名乗り出て協力を仰ぐしか無い。ああ、私の考え無し。

 

「その、知識。嘘を言っているようには見えません。…先ほどの奇跡は貴方が?」

 

 教会の扉の影の修道者の群れを掻き分けて出てきたのは、司祭*1服を着た女性だった。

 

「はい」

「何か、示せるものはありますか?」

「…では、別の第二位奇跡を」

 

———『第二位奇跡行使権限執行(AFFECTION)聖別(familiarize)

 

 司祭の着ている司祭服を対象に、奇跡を行使する。『聖別』は、一般的な神官ならよく見慣れた奇跡のはずだ。それもそのはず。同様の現象が起きる奇跡として、各神それぞれの第五位特殊奇跡に『聖別の儀(consecration)』が存在するのだ。

 『聖別』と『聖別の儀』の差は、能動と受動にある。即ち、『聖別の儀』が物品を対象に祝福を()()()奇跡であるのに対して…。

 

「祝福を()()()、『聖別(familiarize)』…ああ、まさに」

 

 第二位は代行者。もはや、何者に与えるべきなのかを選定する立場である以上、必要なものは神への祈りではない。言ってしまえば、祈ることで判断を仰がずとも、現場の判断で祝福を与えて良いという裁量権を得たようなものである。一見、『聖別の儀』と効果が同じに見えるこの奇跡だが、祭壇などの祭具を必要としない、神への祈りが届かないような穢れた場所でも行使できる、というような細々とした違いが存在する。…地味だというのは正直否定できないが、それも仕方のないことだ。

 この奇跡は、その効果よりも()使()()()()ことの方が重要な証明書のようなもの。だからこそ、このような場面では相応しい奇跡だ。

 

 司祭が跪く。

 

「跪くことをお許しください。貴方を一目見れたこと、聖職者として光栄に思います。代行者よ」

「司祭、私は代行者としての扱いを望みません。私は信仰者ではなく一人の探索者(クローラー)、この力は眼前の憂いを払うためにこそ在る」

「存じております。史上、代行者の多くは()()()()()()()のですから」

 

 一通りの言葉の後、司祭は立ち上がった。

 

「もしや、とは思いましたが、やはり教会からではありませんでしたか」

「お騒がせしてすみません…目的のため、どうしてもこの教会を聖域とする必要があったのです」

「目的というと?」

「猫探しです。『眼光(follow)』を使いたかったので」

 

 司祭の後ろがざわつく。当然だ。彼らからしてみれば、聖域を作るなどという未曾有の奇跡が、たった一度第五位の奇跡を使うことの下準備のため、それもただ1匹の飼い猫を見つけるために振るわれたのだから。蟻1匹を殺すために国軍を総動員し徴兵令を発動するに等しい。

 

 いや本当、オーバーなことをしたのは自覚してるので見ないで!ごめんなさい!すみませんでした!

 

「なるほど。…ふふ、貴方が代行者である理由が、少しだけ腑に落ちました」

「そうは見えないのは自覚しています…」

「ええそうですとも。だって貴方…」

 

 ここで、司祭がこちらに歩み寄り、私の耳に手をかけて囁くように言う。

 

「血に、塗れていますから」

 

———はっ?

 

「分からないと思いましたか?…まあ、私でなければ分からないでしょうね。暗部上がりなんですよ、私は」

 

 …どうする。いや、実際私は自分から殺すために殺したりはしていない。全て、自分が襲われた場合、または相手が人の法の外にある罪人である場合だけだ。だが追及され詳しく調べられれば私とザルグの身元が割れる。特にザルグはまずい、彼は弁解の余地なくならず者なのだから。

 

「怯えないで?貴方を敬う心、それは本当です。もし貴方が奇跡を欲のために振るう偽りの代行者であったなら、この手にかけることも厭いませんでしたが…そうではなさそうです」

「殺せると?」

「何やら自負があるようですが…何も、人が死ぬのは心臓が止まった時だけではありませんから」

 

 怖い。偽りの代行者という言葉を否定できないことが尚更に怖い。私は別に、百戦錬磨の戦士ではない。このように研ぎ澄まされた恐怖を突きつけられれば、それを受けずにはいられるものではない。

 

 身体を離し、微笑みかけながら司祭は言う。

 

「安心しました。代行者の記録を見る限り、彼らは奇跡を単なる手段としてしか見ていない。だからこそ、必要な時に、必要なように力を振るい、人々を救ってきた。貴方にもその心があるようですね」

 

 重圧から解放され、背中にドッと汗をかく。

 

「そ、そのように見えたなら、嬉しいものです…」

「…エリー?」

「なんでもない、ザルグ。司祭、一つ頼みがあります」

「なんでしょう?」

「探していた猫は見つかったのですが、どうやらこの教会の屋根に居ます。尾っぽにリボンの付いた、茶ぶちの猫ですが、どうやら降りられなくなっている。彼女を助けるため、この教会の屋根に登らせては頂けませんか?」

「いいですとも。それに、皆には教会の周りを見張らせて落ちたり逃げたりしないよう囲んでおきましょう。聞きましたね、皆さん?猫さんを助けるため、力を貸してくれますか?」

「「「はい!司祭様!」」」

 

 司祭の命に応じ、修道服が教会の周りへ散っていく。

 

「エリーさん…どうやら貴方には、まだその手を血に染めなければならない理由があるようですね」

「……はい。死ぬわけにはいきませんから」

「ならばせめて…その主義を貫いて下さい。確かに、殺しは殺し。正当化される謂れはなく、されるべきでもない。それでも、貴方のその意思の部分は変わるべきではない。その強ささえ捨てなければ、いすれ光明も差すと、私は信じています」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、ですよ。代行者エリー。ではこちらへ。屋根裏から屋上へ上がれます」

 

 

 

 

 

「なんか、置いてけぼりになっちゃったな?チロ」

「シュー…シュルシュルシュル…」

「お連れ様?貴方は上がらないのですか?」

「あ、はい!今行きます」

 

 


 

 

 教会の屋上に、その猫は座って居た。

 風の中、鉤型の尾は凛々しく立ち、破けて口に咥えられた可愛らしいリボンがはためく。私たちが上がってくるのを「待っていた」とでも言うかのように静かに4本の足で立ち、振り向く。眼は鋭く細められ、こちらを値踏みするかのようだ。

 

「ミー」

 

 一鳴き。挨拶だ。

 カーテシーができるような服装じゃない。片腕を胴に当てるように、男性式の礼を以て答える。対等な者として。

 そして、ポーチから例のリボンと鈴を出して見せる。信用に足る者であることを示す。

 

「お迎えにあがりました。ミア様」

「ミァー…ミィ」

 

 名残惜しそうに背後の街並みを見返る。この教会はこの街で最も背の高い建築だ。

 

「…あの子が心配していますよ。安心させてあげられるのは、貴方だけです」

「…ミャア」

「おっと…」

 

 隣に立っていたザルグが、胸に飛び込んできたミアちゃんを受け止めて抱える。依頼完了、ね。

 

 一目見た瞬間に気がついた。この猫、降りられなくなっていたのでは無い。そんなバカ猫ではないのだ。ただ降りたくなかった。普段から外出を繰り返していたのは、きっとこの街を一望できる場所を探していたのだろう。何のために、それはミアにしか分からない。

 けれど恐らく、この猫は喋れない自分の代わりになる誰かを待っていたのだ。私のように、猫を探しに来て、それなりに機転の効く探索者(クローラー)を。

 

「司祭…」

「エルザ、と。代行者」

「…では、エルザ司祭。明日、この教会に子連れの家族が訪れるでしょう。彼女たちを、この教会の鐘堂に案内してあげてはくれませんか?」

「ふふ、では紅茶とクッキーを用意しておかなくては」

「ありがとうございます」

 

 

 ザルグの腕の中で、茶ぶちの猫がミャアと鳴いた。

 

 ご期待に添えましたか?お猫様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 依頼者のお宅に戻るなり、ミアちゃんはザルグの腕を飛び出して女の子の元に駆け寄って行った。どこ行っていたの、心配したんだよ…猫の鳴き声と幼く高い声がお互いを確かめるように繰り返される。

 

「ありがとう、ありがとう…」

「どういたしまして。それと一つ…明日、何か用事などありますか?」

「いえ、ミアの捜索が続いた時のために空けてあります。主人も、明日は空けてくれたはずですが…それが何か?」

「では、あの仲良しの姉妹を教会に連れて行ってやって下さい。ミアちゃんが、こうまでして見せたかったものがあるみたいですから」

「…?分かりました…」

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 背後からの声に振り向くと、笑顔の女の子がいた。

 

「わたし、ミシェルっていうの!ありがと!またね!」

「うん。またね、ミシェル」

「おう。元気でな。ミシェルちゃん」

 

 

 

 

 

 

「しかし、あの猫も対した()()だよな」

「ネコだけに?」

 

 静寂。

 

「……ごめんなさい」

「宜しい。で、だ。どうしてあんなところに登ったりしたんだろうな」

「鈍いわねえ、高いところから見た街並みは綺麗なものよ」

「…でもさ。教会に登るくらいなら、街を囲う壁でも良くないか?」

 

 あ、確かに。

 この街で最も高い場所は教会の鐘堂塔の先端、外壁と鐘堂は同じくらいだ。さっき見た感じでは、鐘堂の方が外壁より少しだけ高いみたいだった。

 教会の屋上、鐘堂塔の根元は、外壁より低い。

 

「何かあったのかしら…」

「猫の気まぐれ、かねぇ」

 

 

 

*1
司教、司祭は助祭と合わせて聖職者の階級を表す言葉。この世界においては、第三位奇跡行使権限を持つ神官のうち、人が各儀式を執り行う役職を管理するために区分したものであり、一種の職業資格名に過ぎない。一応、助祭→司祭→司教の順に階級が上がるが、儀式の実績による昇級制となる。




格好つけていたエルザ司祭ですが、彼女も冒頭の大慌てでは机をひっくり返していました。
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