共喰い少女の彷徨譚   作:コットン・コットン

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黒の眼差し
03-01.陽下に響く鐘の音



 

「ミシェル。ミア。準備できたの?」

「うん、お母さん!」

「そう。じゃあ、お父さん」

「ああ。ミア、今度はもう勝手にいなくなったらダメだぞ?」

「ミー」

 

 リボン付きの猫と、お揃いのリボンを付けた女の子が、両親に手を引かれて歩き出す。今日はお出かけ。とある親切な探索者(クローラー)が、教会の見学を取り次いでくれたのだ。

 

「しかし、親切な人が居たものだな。ミアを探すだけじゃなく、こんな風に気を利かせてくれるなんて」

「ええ。この街の教会は立派ですもの、きっとミシェルのためになるわ。ミシェル、失礼の無いよう、いい子にするのよ?」

「うん!」

「はは、頼んだぞミアー。ミシェルはやんちゃなところがあるからな」

「ええー?そんなことないのに」

「ミィ…」

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、教会へ。お待ちしていましたよ。私はここの司祭をさせて頂いております、エルザです。今日はよろしくお願いしますね」

「は、はい。よろしくお願いします、司祭様!」

「貴方がミシェルさんですね。そこまで畏まらなくても良いのですよ?他ならぬ彼女の頼みですから、今日は教会の中をいっぱい案内して差し上げますね」

 

 この教会のトップであるエルザ司祭の案内は細やかで丁寧だった。

 この街の教会は建物も大きいが、その敷地も広く、設備も充実している。正門から入ってすぐの空間は石畳で舗装された広場のようになっている。左には居住施設と思われる長屋、対面の右側にはいくつかの小屋が並んでいる。おそらく、各行事に使うための祭具などが収められた倉庫だという。

 その他にも花壇や木々がこまごまと庭園を彩るように配置されており、見て歩くだけでも楽しめそうである。

 

「そして、ここが本堂です。私たちが日々祈りを捧げ、聖歌を練習する場ですね。懺悔室もあります。一般の方の懺悔も聞き届けることができる場ではあるのですが…あまり外から訪れる方がいらっしゃいませんね」

「それは…懺悔するような罪を犯してしまった者に、懺悔するような反省の意思があるなら、まずは衛兵に出頭するのでは?」

「そのようですね。しかし、懺悔というと、重く、後ろめたいような印象を抱かれるかも知れませんが、少なくともこの教会の懺悔室というのはどちらかというと人生相談所のようなものですよ?」

「そうなのですか?」

「ええ。例えば、困っている人を見たけれど勇気が出ずに見逃してしまったとか。或いは、些細な嘘をついてしまったとか。悪行の告白だけでなく、最近でいうなら恋の相談を受けたこともあります。まあ、()()()修道女のようだったので背徳感があったのでしょうけれど」

「へぇ…思っていたより身近にあるものなんですね」

「恋…エルザお姉さんも、恋するの?」

「ちょ、ちょっとミシェル!」

 

 聖職者に対して放たれた無邪気な質問に、母親が慌てて叱ろうとするのをエルザが止めた。

 

「恋ですか?…ええ。私も乙女、時に心を弾ませるような出会いを得ることもありますよ」

「そうなの?どんな人?」

「色々です。日々を清廉に生きる人、雄々しく剣を振るい魔を払う人…時に、殿方でないことも」

「との…?」

「お兄さんではない、ということです。女の子だって、カッコいいお姉さんに魅力を感じることがあってもいいでしょう?」

「…!わあ…お姉さん、大人だね!」

「うふふっ」

 

 口元に手を当てころころと笑う姿はひらりと舞う蝶のようで、清らかな司祭服の下に艶麗な美しさを秘めていた。

 

「え、その、恋愛に制約とかってないんでしょうか?」

「あることもあります。ですが、序列神のうち半分くらいはそのあたりを縛ってはいませんね。我が主、カルネラ様は少しだけ言及がありますが、殿方同士の恋愛を禁じるくらいのものです」

「男性だけ?」

「輪廻の神である以上、子孫を残せない組み合わせが信者から出るのは容認できないようです。と言っても罪ではなく、あくまでカルネラ様の助けにはなれないので神官としての力を失う、というだけですが。カルネラ様の懐胎の奇跡があれば女性のみでも子孫を残せるのですが、母胎が無いことには流石に出産できませんから」

「はあ…」

「そもそも、例え何かを”してはいけない”と禁じていても、それは神の役目に反するためであって、罪を定めている神は居ませんね。それは人の役目である、というのが共通見解のようだと神託記録にはあります」

 

 両親とも、中々踏み入った話を聞いてしまったという面持ちであった。宗教家とは言ってしまえば宗教のオタクでもあるので、この手の話を振るとどこまでも深みに入っていくのであった。エルザの言葉が少しずつ速くなっていき、聞き取るのに集中を要する頃に修道士の一人から止めが入った。

 

「あの、司祭。その辺りで…」

「あっ…すいません、つい熱が入ってしまって」

「い、いえ!貴重なお話でした」

「そっそれでは鐘堂に上がりましょうか!景色がいいので、お茶でも飲みながら!」

 

 赤面した司祭に続いて教会内部を登っていく。階段を使って壁際の空中に走らされた回廊へと上がる。教会の入口側を右としてコの字を描くような回廊のちょうど中間、鐘堂の真下となる地点まで来ると、螺旋階段があった。4人と1匹、四角い鐘堂塔の壁面に張り付くように登って行く。

 

「皆さん大丈夫ですか?この階段はやや急なので、疲れを感じたら無理せず言ってくださいね」

「へいき!」「ミー」

「まあ、ミシェルちゃんも猫ちゃんも元気ですね。素晴らしいことです」

「ミァ。ミ、ミァー!」

「ミアって言うのよ。私たちなかよしなの」

「見れば分かりますとも。お揃いのリボン、かわいいですよ…あ、着きました。ここが鐘堂です」

 

 景色がいい、と言う言葉通り、鐘堂からは街の全体が一望できた。外壁よりも僅かに高いため、山や地平の遠景も楽しめる。

 また、鐘堂内のスペースも見た目の印象より広い。5、6人で囲めそうな大きさの簡素な丸テーブルが立てかけてあるが、これを置いてもあまり狭苦しくはならない空間がある。

 

「わあ!すごーい!お母さん見て、高いよ!壁より高いよ!」

「あ、ミシェル!あんまり急ぐと危ないわよ!」

「おお…こりゃすごい。大きな教会だと思ってはいたが、こんなに遠くまで見える高さだったとは。…ああ、司祭さん手伝います。テーブルはここで良いですよね」

「あ、はい。ありがとうございます。……おや、あれは……?」

 

 置かれたテーブルにティーカップを置き、準備を進めていたエルザが、ふと景色の一点を睨むように目を細める。

 

「どうかしましたか?」

「あの黒点…なんだと思います?」

「黒点?…たしかに、何か宙に浮かんでいるような…。少し待って、今双眼鏡で見てみます」

「双眼鏡をお持ちなのですか?」

「ええ。私、ここの見張りの兵士をしているので…非番でもこれは持ち歩くようにしているんです。さて、ええとどの辺りだったかな…」

 

 


 

 

「あー、晴れてるなあ…」

「エリーってさ。口調、ころころ変わるよな」

「あ、これ?クセなんだクセ。今が素だよ」

「へぇ。たしか、一昨日俺に色々話してきた時も最初はそうだったよな」

「あの時は目が覚めてすぐだったからねー。気が張るとお嬢様みたいになるんですのよーオホホホホ」

「それはわざとだろ」

「もちろん」

 

 脱力しながら街を歩く。一昨日、昨日と依頼をこなしたので今日は休日にしたのだ。ザルグもどうやら役に立つようだと分かったし、()()()()もまだ大丈夫。たまには心に良いことをしないと、ね。

 

 現在は正午。…脳裏に浮かぶカウントは670を示している。そろそろ50時間経つらしい。

 まだ余裕でいられる。これが480を切ると落ち着かなくなる。360を切ると、周りからも何か心配されるようになる。それでもまだ平静ではいられるけど…120を切ったことは無い。一番減った時、何か自分でも分からないようなことを叫びながら斬りかかっていたような気がするけど…はっきり覚えてない。

 ただ一つ。その2度目の殺人を犯した時…私には罪悪感よりも、生きることができること、殺すことができたことへの、喜びの方が大きくなっていたことは覚えている。あの自分は、怖い。

 

「…ねえ、本当に良かったの?」

「なんだよ、突然」

「私についてきちゃったこと。あの時、私が昏倒してる間に逃げちゃったら良かったんじゃない?まあ、貴方も冷静じゃなかったから無理だったかもだけど」

「どうだろうな。初日を入れてもまだ3日目だし」

「…それもそうよね」

「ただ、いざとなった時は…エリーのためになら、好きなようにしてくれて良い」

「…え?」

「その時は俺も抵抗するがな。精一杯抵抗して、あがいて、それでもって言うなら仕方ないさ」

「どういうこと?私がザルグのなんだっていうのよ」

「何なんだろうなあ…どう言えばいいと思う?」

 

———なにそれ。私に分かるわけ無いよ。

 

 それきり無言のまま、真顔の2人で通りを進んでいた。

 

 好きなように。それって、殺して良いってこと?どうして?

 

 そりゃあ、私も半分くらいはそのつもりで懐柔して、連れ歩いている節はあるけれど…そんなの分からない。大体、殺すにしても簡単にできるわけないでしょ。これから探索者(クローラー)として共同で動いて、そのうちパーティとして申請して。そしたら、元盗っ人のザルグだって立派に人間扱いだ。それがいきなり殺害なり失踪なりされたら、いくら死亡率の高い冒険するタイプの探索者(クローラー)と言ってもパーティ組んでた私にくらいは調べが及ぶ筈だ。

 それに抵抗ってなにさ。ザルグだって、私が一瞬で人のこと殺せちゃうのを見てたじゃん。そんなの、できっこないって思ったからああやって狂ったように襲いかかって来たんでしょうに。

 

 分からない。誰かの気持ちって、こんなによく分からないものだったっけ。私、お母さんにはよく、優しい子だねって褒められたのに。おかしいな。

 

 

———ゴォン…ゴォンゴォンゴォン……。

 

「…え?今の、鐘の音?」

「教会の方だ。なんだ?まだ昼だが」

 

 教会って…今日はミシェルちゃんたちが見学に行ってるんじゃ…。

 

———ゴォン…ゴォンゴォンゴォン……。

 

「…っ!?おい、行くぞエリー!」

「い、行くって…」

「警鐘なんだよ!この鳴らし方は!」

 

 えっ…?

 

「走りながら話す!いいから!」

「う、うん…どういうこと?」

「ミシェルちゃんの父親は多分兵士だ。昨日上がらせて貰った時、軍服があった」

「ええ、私も見たわ」

 

 予備かと思ったアレだ。

 

「あの軍服、前に実家で見たことがある。ここの制度が同じなら、父親はここの防衛、それも警戒・監視を行う部隊のはずだ!」

「軍の仕組みって国のどこでも同じなの?」

「あの軍服は特別なんだ!この街ではなく王国に所属する兵士でなければ着れないし、無断での複製も禁じられている!その予備を持たされているとなれば相応の立場にある!例えば…」

 

 小・中隊長クラスならば、緊急事態にあると判断した場合、独自の判断で軍としての命令を市民に下すことができる。もちろん、それによって起きた事態に責任を負わねばならないし、判断が誤りであれば処罰もあり得る。

 

「このメタフィス王国の繁栄は先鋭的な軍制度による魔物対策があればこそだ。貴族なら常識じゃないのか!?」

「ウチは木端貴族なんです!知らなくてもしょうがないでしょう!」

「とにかく、ミシェルの父親が教会の鐘を警鐘として緊急に利用しているはずだ。他にも軍関係者が向かっているだろうが、俺たちも教会に急ぐぞ!」

 

———ゴォン…ゴォンゴォンゴォン……。

 

「…分かったわ」

 

 一介の探索者(クローラー)とはいえ、事態を察知したのなら止まってはいられない。私に、まだ少しでもまともな人間のつもりがあるのなら。

 

 

 

 

 

 教会前には、市民からの通報もあったのか、シンプルな軽装鎧の衛兵が居た。そして他にも、鎧ではなく良質な布とレザーが使われている軍服を着込んだ軍人もいる。デザインは昨日見たものと違うが、なんとなく雰囲気に統一感がある。恐らくこちらは王国所属の軍人なのだろう。

 

「む、息を切らせてどうしたというのだ君たち」

「は、はあ、えっとですね…」

「お、俺たち、ここから警鐘が聞こえたので…今日、ここに居る予定のある知人がいたので、心配になって来たんです」

「そうか。それなら安心するといい、街の衛兵が調べて居たが教会では何も起きていないようだよ。私の部下が詳しい事情を聞きに行っているところだ」

「大隊長!」

「君!平静を崩すな!」

「すいません、ですがお耳に入れたいことが…」

「………なに?確かなのか?」

「中に非番のフォンセ中隊長が居りました。警鐘も彼の行動です」

「分かった。これから私は直ちに駐屯地へ戻らねばならん、この場の収集を任せる」

「はっ」

 

 …不穏だ。非番のフォンセというのは、恐らくミシェルの父親となるのだろう。場を任された軍人に話を聞いてみる。

 

「何かあったんですか?」

「…あなた方は?」

探索者(クローラー)のエリーとザルグです。知人が教会にいるので、心配になって来たんです」

探索者(クローラー)…それならば、少し頼みたいことがあります。少々お待ちを」

 

 そう言うと、懐から何か手のひらほどの書類を2枚取り出し、何事かを鉛筆で書き込み、手渡して来た。

 

「これを組合まで持っていって頂きたい」

「これは?」

探索者(クローラー)組合への安全保障協力要請です」

 

 安全保障協力要請…!

 

「簡易のものですが、受付の方に見せれば伝わるはずです。その2枚は同じものなので、お二方それぞれで持ち運んで必ず届けて頂きたい」

「分かりました。必ずお届けします…あの、ミシェルちゃんは大丈夫でしたか?」

「ミシェル…ああ、フォンセ中隊長のお子さんなら、元気そうでしたよ。強い子です。警鐘を鳴らす父親に代わって、私を鐘堂まで案内してくれたのですから」

「良かった…では、行きます。ありがとうございました!」

「いえ、こちらこそ。頼みましたよ」

 

「エリー、安全保障…ナンタラって、何だ?」

 

 安全保障協力要請について。

 これを説明するためには、そもそも探索者(クローラー)組合が何を目的に設立されたものかを説明せねばならない。

 

 探索者(クローラー)の役目とは、その名が示す通り()()()()ことである。人々の生活圏の内外を問わず、あらゆる地点を探索し、探索者(クローラー)バッジを置くことで地理情報を収集・更新することが探索者(クローラー)に求められる本来の活動である。もちろんこれだけでは組織を存続させることができないため、ビジネスを兼ねて依頼というシステムを構築し、資金を確保しつつ探索者(クローラー)を行動させる動機付けを行なっている。

 そして探索者(クローラー)組合は、探索者(クローラー)の活動を通して人類の活動範囲を拡大し、文明を発展させることを理念として動いている。

 この文明発展という理念に基づき、探索者(クローラー)は支部が設置されている国や街の防衛への協力を行っている。災害や魔物の襲来に際し、所属自治体からの要請を受け、救護や防衛に依頼という形で組織的に参加するのだ。

 当然ながら、これは人類同士の戦争などには原則として適用されない。例外として、文明や文化の破壊を目的とした根絶戦争(ジェノサイド)のような状況に対しては介入することもできるが、自治体から要請がなければ組織としての参加は無いという点は徹底されている。

 

「…つまり、この紙を組合に持っていけば何が起きてるのかは組合に伝わるし、私たちもその解決に動けるってことよ。2通あるからってなくしちゃダメだからね」

「なるほどな、当然だぜ」

 

 私たちだって、何が起きているのかを知りたい。否が応にも持って生まれたこの力の使い所があるなら、使うべきだから。

 

 

 

 

 

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