「これは緊急要請の…!伝達ありがとうございます!」
返事も待たず、受付嬢がカウンターを飛び出して「係員専用」扉へ消えていく。
「2通とも渡して良かったんだよな?」
「大丈夫よ。同じ人が書いたんだし」
1分も経たない頃、常備しているポーチに入れていた
警鐘が鳴ってからで言うと、だいたい30分くらいだろうか。もっとも計ったわけでもなく、体感での判断なのであまり当てにはならないが。
「ここにいる皆さんで、戦える方はいらっしゃいますか!」
来た。手を挙げる。
「はい!」「おう!」「いいぜ!」
私以外にも幾人かの
一方、ザルグは手を挙げなかった。戦えないと本人も言っていたが、そうなると彼を街に置いて行かねばならないだろうか。それは…どうしよう。
「ザルグ、街に残るつもり?」
「…いや、俺も行こう。何ができるかは分からないが、戦力だけでなくとも人手が要るかもしれないからな」
「分かった」
彼は私が守ろう。
「なるほど、先遣隊として送るには十分な戦力のようですね…先程、当支部はこの城塞都市ガストから緊急の協力要請を受け、受諾しました。情報は少ないですが、西方面からヴァンパイアが率いる魔物の群れが迫っています」
「ヴァンパイアだと?今は昼だぞ」
「はい、しかし特徴が合致するとの事です。率いる魔物の群れは主に狼型の魔物で構成されており、また少数の翼竜が確認されています。群れの総数は概算で約300、対する本都市は王国駐屯兵が50、ガスト所属の市兵が300です。都市の西側は蛇行する川の向こうに湖沼が広がっており、また急襲であることから都市の戦力を展開するためには時間を要します。
「推定ヴァンパイアの位置は分かるか」
「捕捉された時点でおよそ6kmとのことです。現在、集結しつつあるのみで接近して来ているわけではないようですが、いつ近づいてくるかは分かりません」
その後も、
「妙な話だな。魔物の集団での襲撃は不定期に起こることだが、湖沼に狼の魔物、それに昼間だと言うのに率いているのはヴァンパイアか」
「ヴァンパイアなら問題ないわ。不浄なる者が相手なら何とでもなる」
「それは、能力からすればそうだろうが…見せてしまってもいいのか?」
「浄化の効果をもつ奇跡は射程の制約がないものが多いわ。神の目が届く限り、こちらが相手や場所を示しさえすれば届くのよ。だから後方から目立たないように行使すれば問題なし」
「そううまくいくのかね…まあいい、隠蔽なら任せろ。視線の切り方や気配の隠し方なら分かる」
「やっぱり貴方シーフというよりハンターよね」
「まあな。ただ弓は使えないぞ。ノーコンだ」
「罠は」
「そりゃ使えるが、猟具としての罠と戦いのための罠では物が違うからな。それに、俺は…」
「俺は…何よ?」
「いや、何でもない」
何だったんだ?…まあいいや。言いたくないことなんだろう。
しかし、とことん攻撃手段ないなコイツ。私が殺傷力お化けだからサポートと暴力でバランス取れるけど
「なあ、組織として参加するって言ったが、誰が指揮を執るんだ?」
「誰も?」
「は?」
それに、各支部には1人、あるいは1パーティ、エースが居るものだ。
「遅くなった!この私ももちろん参加するぞ!」
「私
「ええ、あなた方を先遣する予定でしたから。お待ちしておりました、パーティ『遠路洋々』のお二人」
自信満々に支部の扉を勢いよく開け放ち入って来たのは、一振りの大斧を背負った全身鎧で金髪の偉丈夫だった。続いて、革製の丈夫な装備を纏った女性が扉を静かに閉める。
「やっと来たか!」
「待ってたぜ主力さん」
「この人達が、あの…!」
「随分な歓迎具合だな」
「そりゃそうよ。彼らこそ、この支部の最優秀
「見るからに頼もしいな」
実際強い…らしい。私も生で見たわけではないし
「ではこれより派遣を開始します。
「では、先陣は私達が行こう!」
「準備のできた者から、続いて下さいね」
開拓や討伐の依頼をこなす方の
蒼く広がる草原地帯。都市からはおよそ300mほどの地点だ。未だ昼過ぎであり、陽も降り注ぐ快晴だ。緩く吹くそよ風が心地良いが、戦場になることを思えば気を抜いては居られない。周囲の
遠くに見える湖沼地帯には、葦が大量に生えて視界を遮っている。多分、私の背くらいの高さはあるだろう。あそこに飛び込んで戦うのはナシだね。
「着いたが…まだ魔物の姿は無いな」
「…ううん。居るわ」
視界には捉えられない。しかし、与えられた輪廻の神の神官としての力が齎す感覚が、その存在を伝えてくる。
———『
瞬間、世界が反転する。白は黒に、緑は赤に、空はくすんだ橙色に。この世のものではない視界の中、先程までは見えなかった人影の群れが見える。
ゴースト、つまり幽霊だ。あまり日中に現れるものでは無いはずだが、特に日光に弱くも無い。不可視、不可触。五感に対する完全なステルス性と物理攻撃への完全な耐性は存在を知らなければ脅威だが、神官でさえあれば第五位…最下位ではあっても察知できる。カルネラ様の神官ならば、より鋭敏に。そして、実体を持たない彼らはこの世に留まる力が非常に弱い。奇跡でなくとも、単なる魔法によって存在を乱されれば容易く霧散しカルネラの御許に送られるほどに。
彼らは通常、もはや自我を持たない思念の存在だ。当然ながら陣形も何もなく、ただ一団となってゆっくりと前方から接近して来ている。…神官で
「還りなさい」
手のひらを遠く翳し、念じて祈る。
———『
『オオオォォォォォォ……』
ゴーストの群れは声無き声を上げ、一斉に昇天した。ゴーストの声は神官で無ければ聞こえないため、これに気づいた者はいないだろう。奇跡行使のために使った魔力の動きに気づく者はいるだろうが、周囲の
「…目。光ってたぞ」
「へ?」
「やっぱり気づいてないのか…昨日もそうだったけど、神官の力を使ってる時のお前、目が薄青く光ってるように見えるんだよ」
え、何それ知らない。神官にそんなことが起こるなんて『寵愛』から得た知識にはないんだけど。エルザさんも何も言わなかったのに。
「目元とか照らされて無かったし、光って見えるだけで本当に光ってるわけじゃないと思う。目を瞑って使えば良いんじゃないか?」
「つ、次から気を付けるわ…」
なんだかザルグと一緒に行動するようになって、寂しく無くなって浮かれている気がする。思えばこれまで、人前で神官の力なんて使わなかったのに。
「来たぞ!狼だ!」
「やはりただの狼じゃないな!魔物だ!各自、狼の行動に十分警戒するんだ!」
魔物は個体ごとに力が大きく異なる。それもそのはず、彼らは貴族のような能力を本能的に使いこなしているのだ。既存の生物の形に似ることが多いので「〜型」という呼び方をするが、その形に捕らわれていると思わぬ痛手を受ける。形からは体の可動域の制限と、さっきのゴーストのような共通の弱点くらいの情報しか取れないと思って良い。
最初に受けた依頼で大きな蝶々の魔物が目にも止まらぬ超高速の空中機動をしながらその余波の暴風で鱗粉を撒き散らし始めたのを見た時、私は魔物に対する固定観念を捨てた。
ほら、この狼も。
湖沼地帯の葦の海を抜け、遠くに現れたのは真っ黒な狼の群れ。瞳は獰猛に赤く輝き、毛皮から滴る水を弾こうとぶるぶると身を震わせている。そして群れの長と思われる個体は、なんと飛んでいた。
「おい、一頭デカいやつが飛んでるように見えるんだが」
「能力よ。魔物はみんなびっくり箱みたいなものよ、気をつけなさい」
「マジかよ…」
姿を見せて尚ゆっくりと進軍してくる狼の群れ。…翼竜はどこだろう。あちらの方が速いだろうから、そっちも見えていないとおかしいのだが。
———ゥオオオオオォォォォォ———ン!
「来る!」
十分近づいたと見たか。空を飛ぶ黒狼の遠吠えを合図に、黒狼が一斉に疾り出す。私たちを含め、第一陣は総勢20名足らず。私の居る場は後方ではあるが、あの数では抜けてくるだろう。
しかし、自分を「戦える」と評する
「よーし、『遠路洋々』の晴れ舞台と行くぞ!リコリス!」
「はいはい。ちゃんと守って下さいよ?キルター」
「応とも!ッラァ!」
上体を目一杯に使い、団扇のように刃を寝かせて振り抜かれた両刃の大斧が烈風を巻き起こす。いかに奇々怪々の能力を持ち合わせて居ようとも、それを振るう機会が無ければ無意味。豪風に巻き込まれた狼が一絡げに蒼空へと吹き上げられる。
「よぅし!やれぃリコリス!」
「
「
四の言。真っ直ぐに撃ち出された光の矢は、バラバラに落下する狼の脳を全て的確に貫いた。絶命。
「撃破6。次が来ますよキルター」
「頼もしいものだ!負けんぞ?」
「張り切ってペースを乱さないで下さい」
その他のパーティ達も彼らほどの殲滅力では無いにせよ、少なくとも負傷の気配を感じさせない安定感を覚えさせる。陣を組むでもなく、防衛が得意なわけでもない
そろそろ、私たちの方にも狼がやってくる。経験の浅い私たちは後方を自然と与えられたため数は少ないが、それでも一ヶ月も経たない駆け出しには脅威には違いない。…普通なら。
「相手が魔物なら気が楽で良いものね。さ…死になさい」
私の戦い方は、魔法、奇跡、そしてあの呪いだ。しかし、あのリコリスという人ほど魔法は上手くないし、神の奇跡はこのような正面戦闘にはほとんど使えない。あれは一部を除いて戦略的に用いるべき力だ。
けれど、呪いはこれらと組み合わせることも出来る。何しろ、殺害方法として正しいのなら即死するのだ。つまり、例え威力の低い魔法でも殺し得るのなら殺せる。
「
前線を抜けて向かって来た狼は2頭。呪い殺すには明確な殺意が必要になる。相手の全てを、明確に、その方法によって殺すよう決意する…私の認識能力の問題で、出来るのは一度に一頭までだ。
「爆ぜろ」
ギャウッ、と狼が叫んだような気がした。気のせいだが。
緩やかに浮かんでくるだけの水球を脅威と見なかったか、黒狼は爪でそれを引っ掻いて押し通ろうとした。結果、弾けた水球は見た目と明らかに不釣り合いな威力で狼の皮膚を穿った。強度を無視して食い進む水の礫。ブチ、ブチ、と肌が裂け、肉が裂け、血が吹き出していく様を、私は殺意を込めた瞳で全て捉えていた。至近距離で爆ぜた水球は、黒狼の全身をズタズタの千切りにし、赤い水たまりとなって草原に消えた。
隣を走る同胞があまりに不可思議な死に方をした事も気にせず、血走り輝く赤い瞳で私に迫るもう1頭の狼が、同じ運命を辿ったのは数秒後のことだった。魔物に理性や知性が無いとは限らない。しかし、多くの場合、彼らに生存のための知恵というものは無いのだ。少なくとも、先天的には。それが、チロのような動物と黒狼のような魔物を分ける明確な差なのだ。
魔物は生きているが、生きていない。
「流石だな」
「作業よ。当てなくたっていいんだもの」
第一波は過ぎた。悉くの狼は殲滅され、ゴーストは誰も知らぬうちに去った。さて、長のような
「…総数にして100は狩ったはず。皆は消耗を考えると同じ波があと1回で撤退したい所でしょうけれど、そう単純に来るかしら」
「シャー」
「あ、外だけど出て来ちゃダメよ。今は危ないから潜ってなさい。ね?」
「こいつも肝が据わってんなあ…」
新たな波が、葦の海から這い出て来る。波状攻撃。もし首魁が知恵を持っているならば…長期戦を覚悟するべきだろう。