昨日、結局は友達になることもできず、どころか提案する前に却下されてしまった俺ではあったが、それでもあの部室の空気を気に入っていた俺は、どこか早足であの部室を目指していた。
ドアを開け、軽く会釈をすると、昨日と同じようにちらりと目配せをされ、同じようにシカトされてしまった。
そうか、そういえばそうだったな。
「こんにちは」
そう言って椅子に座り、カバンから本を取り出して顔を上げると、彼女は昨日と同じようににっこり微笑みながら喋りかけてきた。
「こんにちは。
たかがこんにちはの一言を言うのにこれだけの時間を要するなんて、ペットと同じように躾が必要なのかしら」
「会釈も挨拶のうちに入るだろ」
「それは親しい間柄でするものよ。
私とあなたは友達ではないのだから、友達ではないのだからちゃんと声に出して挨拶をするべきだわ」
「友達ではないって二回言う必要あった?
ていうかお前だって自分から挨拶しようとしないじゃねえか。
もしかして自分から挨拶するのが苦手なのか?」
雪ノ下はあざ笑うように髪を手で払うと、足を組み腕を組んで見下すようにしながら口を開く。
…わずかに覗く太ももに目を奪われそうになりながら、俺は耳を傾けた。
「私は部長で救いの手を差し伸べる側、あなたは部員で更生対象。
この時点でパワーバランスは明確だし、そうでなくとも孤独体質の更生には積極的なコミュニケーションをするのが必要でしょう?
あなたから挨拶をするのが更生のためにもなるじゃない。
そんなこともわからないのかしら」
「コミュニケーションが必要なら一時的にでも友達になってくれたほうが俺にも自信がついていいと思うんだけど」
「無理よ。ストーカーになられるのは勘弁だわ」
「あーあ、なんかデジャブを感じるなー」
「ペットの躾には、芸を覚えこむまで何度もムチを入れることが大切だもの」
そこまで口撃が続き、俺がまた一つ言い返してやろうとしたところで、ドアを荒々しく開ける音がした。
「雪ノ下、邪魔するぞ」
「先生、ノックを…」
「悪い悪い、実は比企谷の更生の件で話があってだな」
平塚先生は教室の壁に寄っかかって話を続ける。
「孤独体質の依頼とはいったが、実質はこいつの人格矯正を頼み込んでるようなものだろう。
しかし、苦戦していそうだな雪ノ下」
「ええ、予想以上にねじれ曲がっていて修復可能なのか自分を疑っていたところです」
本人を前にしてそこまで言えるなんて、こいつも案外ねじ曲がってるだけじゃないだろうか。
「ははっ、確かにな。
そこでだな、一つ追加注文をしようと思ってこうしてきたわけだ」
「追加注文?」
「そう。
具体的に言うとだな…」
すると、平塚先生は、人差し指をビシッと擬音がつきそうな感じで突き付けてこう言った。
「明日までに、比企谷に一人、仲のいい相手を作って連れてこい」
「すみません。
できそうにありません」
「早すぎるだろ。
せめて考えるふりくらいしてみろよ」
実際のところ、俺も刹那に無理だなと思っていた。
しかし、どういうことだろうか。
友達を作って連れてこい、ではなく、仲のいい相手を作って連れてこい。
そして明日までにという時間制限。
平塚先生が国語教諭である以上、考えがあってそんな言い回しをして、期間を設けたわけだろう。
だが、俺は生まれてこのかたまともに家族以外と会話をしたことのないボッチの王である。そんな相手に友達でなくとも仲のいい相手を作るなんて、学年トップの成績を誇るがぼっちである雪ノ下にはとても無理な話だ。
そのうえ今は放課後。仮に明日の最終下校時刻までがリミットとしても、部活動ぐらいでしか顔を合わせない間柄なのだから大した時間も取れない。
平塚先生は何を考えているのだろうか。
「まぁかなり難しい依頼であるから、二人でうまく話し合って考えてくれ。
君たちなら答えに気づけると信じている。
軽いレクリエーションのようなものだと思って頑張りたまえ」
そう言って平塚先生はコツコツとドアに向かって歩いて行く。
雪ノ下も納得がいってないようで、立ち上がって抗議をする。
「待ってください。依頼の内容があまりに支離滅裂です。
それに期間があまりにも短すぎます。
話し合いをするにも、なんの結論も出なくては意味があるとは思えません。
到底無理です」
「無理かはともかく、意味ならあるさ。
支離滅裂だからという理由で切り捨てるのではなく、その中から核を見つけて、そこに焦点を当てて答えを探す努力をしてみたまえ。…とはいえ、確かに期間は短すぎるだろう。とりあえずは今から話し合いを開始して、帰宅後は比企谷と連絡先を交換して、家に帰った後も夜通し通話してみたまえ。そうすれば時間も稼げるだろう。
これは二人への依頼でもあるんだ。話し合う時間を貴重にするところから始めるんだな」
そう言うと、平塚先生は部室の外に出て、話はおしまいだと言わんばかりにドアを閉めてしまった。
雪ノ下は椅子に座り、頭に手を当てて一つため息をつくと一人で考え込み、声を掛け辛くなってしまった。
しょうがないので、俺は読もうと手に取っていた本をカバンにしまい、雪ノ下同様に考え始める。
支離滅裂なものの中から核を見つけて、そこに焦点を当てて答えを探す。
何にでも通じる解決策だが、今回に限っては、俺に仲のいい相手がいない、という核は見つかってるし、交友関係を作る方法を見つけるということに既に焦点が当たっている。ただ答えを探す時間が足りないという、それだけの問題なのだ。
探す時間が足りないということこそが核である。
そう言う見方もできないことはないが、仮にそうであるのなら、わざわざあんな依頼をするだろうか。
例えば、明日までに新入部員を一人作れとか、そういう依頼でもいいはずだ。敢えてこの依頼を選んだ理由はなんなのだろうか。
俺が頭をかき回し始めると同時に、雪ノ下も一つ大きなため息をついた。
なんとなく目を向けると、同じように雪ノ下もこちらに目を向けている。
二人とも、行き詰まってしまったようだ。
「こんな弱音をあなたに聞かれるのは屈辱だけれど、さっぱり方法がわからないわ」
「安心しろ、俺もわからないし、誰にもわからないだろ」
わかる奴がいるなら教えてほしいものだ。
「そうね…とりあえず、比企谷くんは今日の放課後空いてるかしら。
これは一応私たち二人への依頼なのだし、猫の手より柔な比企谷くんの意見でも聞きたいのだけれど」
「元気だな、お前。
まぁとりあえずは連絡先、交換しとくか?」
雪ノ下は体を抱えるようにすると、引いたような表情になる。
「…あなた、やっぱりストーカーなの?」
「もうやめてくれ、勘弁してくれ」
もうそのやりとりは面倒臭い。
そう思って顔をしかめると、雪ノ下は満足そうに笑った。
「ところで、連絡先の交換の仕方知ってる?
俺やったことないから頼みたいんだけど」
「…そもそも交換をしたことがないわ」
「…まさか俺以外に連絡先の交換の仕方を知らない奴がいるとはな」
「私も、まさか高校生活で必要になるとは思わなかったわ。
しょうがないけど、こうするしかないわね」
そういうと、雪ノ下は教室の後方に積んである机を一個取り出してそこに椅子をくっつけ、俺を手招きしてこう言った。
「一緒にやりましょう」
それから一時間ほどかけて、俺と雪ノ下はようやく連絡先を交換することができた。
というのも、二人ともやり方がわからなかったので、ネットで検索しながらやってみることにしたのだが、ワイヤレス交換はどうやるのか、手打ちの交換はどうやるのか、今時の主流の連絡アプリはなんなのか、なんでも電話料金がかからないアプリがあるらしいだとか、話が逸れて逸れ放題になって、結局、二人とも著名な連絡アプリをダウンロードしてビデオ通話に目を輝かせているところまでに行き着き、今に至っては、じゃんけんに負けた方がジュースを買いに行き、自動販売機のメニューをビデオ通話で見せるという、些細な遊びにまで発展していた。
「さて、時間も勿体無いし、比企谷くんがどうやって明日までに友達を作るのことができるのかを考えましょう。
わたしはその右上の野菜生活にするわ」
時間が勿体無いといえば、この遊びにこそ当てはまるのではないだろうか。
「ああ、120円な。
つーか、作るのは友達じゃねえ、仲のいい相手だ。
まぁ、正直俺たちがそんな相手を作るなんてのは、無理な課題ではあるが」
「揚げ足を取ったあとで話を逸らさないでもらえるかしら。
とはいえ、無理というのは事実…なら、平塚先生の発言からヒントを得るしかなさそうね。
その二つには、何か違いがあるのかしら」
「さぁな、さっきネットで少し調べてみたが、正直さっぱりわからん」
ガコン、と、紙パックが取り出し口に落ちてくる音が会話を区切った。
「あなた、最初からそんなところに目をつけてたの?
国語学年三位の賜物かしら」
「それは皮肉か?」
「そんなんだから三位なのよ」
「繕うことを止めるな。傷ついちゃうだろ」
「頭も悪い上に気持ち悪いのね」
最早ただの悪口になってるじゃないか。
俺が黙り込むと、雪ノ下も黙り込む。
なんだか、嫌な沈黙ではない気がした。
他の自動販売機まで行き、マッカンを購入する。しかしいつの拍子に通話が切れていたようで、走って教室に戻っていくと、そこには怒った顔の雪ノ下がいた。
「なによ、一方的に通話を切るとはいい度胸じゃない」
「悪かったよ、奢りってことで勘弁してくれ」
そういうと、雪ノ下は渋々引き下がった。
「あなたは何を買ったのかしら」
こいつはそんなことが気になるやつなのか。
「マッカンだよ。
コーヒーで目を覚まして、甘さで糖分補給をしようって寸法だよ」
雪ノ下に紙パックを手渡し、マッカンを机におくと、雪ノ下はまじまじとそれを見た後で、話を再開した。
「そう、まぁいいわ。
ところで、さっきの平塚先生の会話中から、意味がありげなところをピックアップしてみたのよ。
言われてみれば、なぜそれが依頼の解決に必要なのかわからないものもあったし」
机の上のノートを覗き込むと、そこには綺麗な字で先ほどの会話が書き下されており、いくつかのワードにはマーカーが塗ってあった。
「すげぇな、全部覚えてるのか。
この『支離滅裂だから』からの一節はいらないのか?」
「はじめはいるかと思ったのだけれど、考えてみればこれから話し合うこと自体がその行為に等しいと思ったのよ。
ここでは、話し合うという努力を惜しむな、ということを伝えたかったんじゃないかしら」
なるほど、そう考えることもできるのか。
「なら、夜通し通話で話しあえ、っていうのは、わざわざわかりやすく言い直したってことか?」
「そうかもしれないわね。
とはいえ解決しそうもないのも事実ではあるし、あなたが良ければ私もそうしたいのだけれど」
「ああ…そのために連絡先を交換したんだしな。
でなけりゃ、さっきの時間が無駄になる」
「私もそう思うわ」
ほとんど反射的に、その相槌が聞こえたところで目を前に向けると、やわらかい表情の雪ノ下と目があった。
なんとなく、なんとなくではあるが、雪ノ下がそんな相槌を打つのが意外だと思った自分がいたのだ。
相槌をするのは、会話の中で必要なことだ。
相手の会話をちゃんと聞いている、という姿勢を示せるし、会話中に相槌を打たないのは感じが悪いとさえ考える人もいる。
それを彼女が言うのは、どこか不自然に感じたのだ。
雪ノ下が目を逸らしたので、俺も仕切り直しにプルタブを開けてマッカンを流し込むと、一つ伸びをして、考察を始めた。
「平塚先生は、なぜ『君たちなら』といったのかしら」
「俺たち二人に対する依頼だからだろ」
「それはそうなのだけれど、何か他にも意味がある気がするのよ」
「なら他のやつらと違うところでもあげてくか?
ぼっちとか…」
「奉仕部に所属してる、くらいかしら」
雪ノ下はノートをめくると、それらをメモしていく。
俺も手伝おうとしたが、手で制されてしまった。
「そうだな、あとは『依頼を解決できる』ではなく『答えに気づける』と言ったところも違和感を感じるな」
「確かに、言われてみれば少し妙ね。
まるで、平塚先生は答えを知っている、そんな雰囲気が感じられるわ」
そこから俺たちは、それぞれの発言をピックアップし、いろいろと意見を出し合った。
しかし意見が出たはいいものの、それ以上の議論に発展できるほどの肉付けは進まず、時間だけが過ぎていった。
「人と仲良くなる方法もわからないし、平塚先生の真意もさっぱりわからないわ。
どうすればうまく答えが出せるのかしら」
雪ノ下はうんうん唸りながら、ノートを食い入るように見つめている。
俺は俺で、ネットで『友達を作る方法』やら『人と仲良くなる方法』とかを調べてみたはいいものの、今日の明日で実践できそうなものは予想通り一つもなく(時間制限など関係なく、俺にはどれも無理そうではあるが)、だんだんと集中力も途切れていく。
ちょうどそんなタイミングで、またもノックされることもなくドアが開かれた。
平塚先生はドアから顔を覗かせながら声をかけてくる。
「君たち、熱中するはいいが、後少しで下校時刻だぞ。
そろそろ帰る準備をしたまえ」
いつのまにそんな時間になっていたのか。
無駄に一時間消費したとはいえ、たいした時間は経ってないように感じていたが、そうでもないようだ。
雪ノ下も同じなようで、もうそんな時間なのね、と呟くと、帰り支度を始める。
俺も机と椅子を片付け始めると、平塚先生は首に手を当てて満足そうな顔をしている。
「実に熱心じゃないか比企谷。
君を奉仕部に入れて正解だったかもな」
「はぁ、まぁ話し合いは初めてなんで、うまく言ってるのかはわかりませんが」
「うんうん、その調子で頑張れよ」
その調子でと言われても、たいして話は進んではいないのだが。
その後、平塚先生と雪ノ下が一言二言言葉を通わしたあと、三人で部室を後にした。
先生は下駄箱で別れ、雪ノ下とは校門の前まで行ったところで今晩の約束をし、俺はいつもとは違う夕焼けの中を家路へと着いた。
家に着くと、小町が出迎えてくれて、小町が沸かした風呂か、小町が作ったご飯か、それとも小町にするかを聞かれたので、迷わず小町を選んで小町に抱きついた。
しかし、「お兄ちゃん臭い」という小町の小町的にマイナスな言霊が放たれ、俺は泣く泣く小町の沸かした風呂に入り、小町の待つ小町の作ったご飯の席に着いて、小町とともにいただきますをした。
とりあえず汁物を飲んでおかずに行こうとすると、膝に、ツン、ツン、と何かが当たる感触がした。
カマクラかと思ってのぞいてみれば、細い素足がのぞいてる。
「なんだよ」
「さっきは臭いって言ったけどさぁ、お兄ちゃん、今日女の子とくっついたりした?
なんか知らない匂いがしたよ、それも女の子っぽいの!」
「お前、俺の匂いと他人の匂い判別できるの?犬なの?」
「当たり前じゃん。
お兄ちゃんと一緒に寝転がったりするんだから自然と覚えるよ。
今の小町的にポイント高い!」
小町はあざとかわいい笑顔を向けてくる。うん、かわいい。
実は俺も判別できる、ということはさておき、知らない匂いといえば十中八九雪ノ下のことだろう。
考えないようにはしていたが、雪ノ下と机で向かい合って座ってる間、柔軟剤か香水かはわからないが、ほのかに甘い香りが何度かしたのだ。
とはいえ、まさか制服から香るくらいだったとは…あとで確認してみるとしよう。うん。気になるしな。やっぱ俺も年頃の男子だし、匂いとかに気を使おう。
「まぁいろいろあってな。
お前が考えてるようなことじゃねぇよ」
「え〜小町なんも言ってないけどぉ〜?
何考えてると思ったのぉ?」
ムカつく笑みを向けてくるが、小町であると言うだけでそれも可愛く見えてしまう。
「なんでもねぇよ」
この際、小町にでも聞いてみるか。
「なぁ、友達と仲のいい相手の違いってなんだと思う?」
俺がそう聞くと、小町は「うわっ」と小声で言いながら、引いたような顔を浮かべた。
表情がコロコロ変わるな、こいつ。
「お兄ちゃん、高二病が悪化してるよ。
そんな変なことまで考え始めたなんて…小町悲しいよ、お兄ちゃんが重度の中二病を卒業したと思ったら重度の高二病になってて」
「そんなんじゃねえよ。
ただ授業の中で、先生がわざわざ友達って言葉じゃなくて仲のいい相手って言葉を使っててな。
わざわざそっちを使う必要があるのかと思ってだな」
「ふーん、それでねぇ。
それがさっきのことと関係あるの?」
「ああ、そんな感じだ」
その後、俺は小町に、事の粗方と、雪ノ下とした話のことを掻い摘んで話した。
丁度話し終わったのは、食事も終わり、ソファに移動して、デザートの苺をつまみながら転がっている時であった。
「なるほどねぇ。
お兄ちゃんはその、学年一位の頭だけどぼっちな女の子といっしょにずっと考えていたわけだ。
仲のいい相手をすぐに作る方法を」
「ああ、先生は話し合ってればわかるとはいっていたんだが…なんかわかるか?」
そう言うと、小町は少し考えた後でハッと気づいたと言わんばかりの表情をし、俺の目の前に大きく熟した苺を掲げてきた。
「いやー小町わかっちゃったなー。
確かにこれは、ぼっちであるお兄ちゃんとかその女の子にはわかんないかもねー」
そういうと、小町は大きく口を開けて、苺を丸々頬張った。
もぐもぐしているのがかわいい。
「なんだよ、一体どう言う事だよ」
「んー、そうだなー。まぁ多分そういう事だとは思うんだけど…
まぁお兄ちゃんはさっき小町に抱きついてくれたし、特別に教えてあげるのであります!」
小町は俺に寄りかかってくると、苺のヘタを摘んで、くるくる回しながら話し始める。
「そもそもさ、お兄ちゃんもその女の子も生粋のぼっちなんでしょ?」
「ああ」
「だったら、友達とか仲のいい相手の作り方なんて、どれだけぼっちの二人で話し合ったところで作れるわけないじゃん。
そんなの、無から何かを作り出そうとするだけなんだから、時間の無駄に決まってるよね」
それはそうだ。
だから俺たちは、わざわざ平塚先生の発言に着目してまで道筋を探っていたのだから
「ならさ、話し合いをすることに意味があるっていうのを、答えを出すために意味があるっていう風に解釈するのはおかしいよね。
だってその答えが出ないことなんて、先生も分かりきってるんだから」
「つまり、どういうことだ?」
「先生は、話し合って答えを出すことじゃなくて、話し合うこと自体に意味があるってことをいいたかったんじゃないの?」
話し合うこと自体に意味がある。
言い換えれば、話し合いが起きた時点で、すでに目的は達成されているということだ。
そこで俺たちが何を話し合おうと、その中身ではなく行為自体に重きが置かれるのであって、得られる結論に深い意味はない。
それを始めるまでの過程こそが山場であると、そういう意味になってくる。
雪ノ下の解釈通りなら、平塚先生はひたすら俺たちに話し合いの場を設けるように言っていたことになるし、どうしても話し合いをさせたかったという思いがあったと考えられなくもない。
「でも、ぼっちである二人を長時間話し合わせること自体に意味があるっていうのは、どういうことなんだ?」
「ぼっちであるお兄ちゃんたちにはわからないだろうけど、普通の人が、放課後から帰るまでの時間までずっとおしゃべりする相手って、普通は友達くらいだよ?
もちろん、お兄ちゃんとその女の人は言われて話し合っただけなんだからその枠組みには入らないのかもしれないけど、これまでずっとぼっちで、初めて他人と下校時刻まで長話をして、そんな二人が次に顔を合わせたら、またお話をしたいって思っちゃうのってありそうなことじゃない?
そういう相手って、仲がいい相手とも言えるんじゃない?」
「…そんなもんか?」
「そうでしょ。
よかったねお兄ちゃん、春が訪れるかもよ!」
「うるせえよ」
そう言って小町の口の前に苺を持ってくると、小町はそれを咥え込んだ。
こっそりと練乳を塗り込んでいたので、喉がイガイガして話し辛くなる。
これでしばらく口が塞がるはずだ。
平塚先生は、小町の言ったようなことまで考えていたのだろうか。
あの少年漫画好きな先生のことだから、部員同士は関係良好であるべきだとか、君たちが仲良くなれば解決だとか、そんな感じで締めくくるつもりだったのだろうが。
敢えて友達という言葉を使わなかったのは、雪ノ下が、友達になろうと提案した俺の態度とそれを自分が断ったということを、依頼の進捗として報告したからか、はたまた昨日の会話を陰で聞いていたからなのだろう。
明日までという時間制限は、余計に時間を取りすぎることで会話が停滞し、うやむやになってしまうのを避けるため、といったところか。
他にも、わざわざ余計な言い回しをしたのは、そこを会話の起点にしてみろと、そんな意図があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。
友達にはなれずとも、仲が悪くない、仲のいい相手くらいにはなれる。
公私混同をするつもりがない会社員でも、話しをする同僚くらいは作っておこうとするのと同じように。
生まれてこのかた孤独であったものでも、話しをしたいと思えるくらいの相手は持っておいた方がよい。
それがぼっち同士なら、互いに話し相手はいないのだから、話題に事欠かないだろう。
長いぼっち生活のレクリエーション、気晴らしとしては十分なものではないか。
きっと、それくらいがちょうどいいのだ。
インスタントコーヒーを入れて、一つは小町に渡して残りを持って部屋に行く。
机の上に置かれた携帯を取り、初めて入れた連絡アプリを開いて、初めて自宅から他人に連絡をかける。
約束の時間には少し早いが、まぁいいだろう。
どうせ結論は出ないのだから、時間を貴重にしたっていいだろう。
1コールする間も無く、通話はつながった。
「…まだ九時まで十分くらいあるのだけれど。
あなた、時計の見方すらわからないの?
それとも私ともっと会話がしたかったのかしら?
醜い欲が透けて見えるわ、もっと外面を作ろう努力をしなさい」
…このアマが。
もとは、八幡と雪乃二人の対話パートが欲しいと考えてのものです。
締めをこれにしてよかったでしょうか。
一応自分の中では、次の日の朝、寝不足の頭でコーヒーを買いに行ったらマッカンを眺めてる雪ノ下と会う、という展開を考えて自動販売機の件を作ったのですが、小町との会話で八幡なりの答えを出して終わるという想定していた展開からそこにつなげようとするとグダグダになってしまい落とし所が見つからなくなって、両立が難しくてこんな感じになりました。
両立できそうな展開があれば教えてください。