幼いころから人と目を合わせるのが苦手だった。
会話をするとなるともっとダメで、言うべきことは頭に浮かぶのに口から出るのは「あ」とか「えっと」ばかり。
一人で生きていけるほど人間として強くない私が、コミュニケーションを取らずに育つとどうなるか。
本当の自分を隠し、仮面を被って生きてきた私には心の底から友達と呼べるような存在に出会ったことがない。
私は一人で大丈夫。孤独でもへっちゃら。
でもいつか。
いつか私もそんな人に会ってみたい。
だからこれはその第一歩なのかもしれない。もちろんカメラの修理という建前はあれど、自分から人を誘う、しかも相手が男の人なんて私を知っている人からすれば明日雹が降るのかと疑われるレベルだ。
「ふぅ~~。よし!」
緊張はするけれどやっぱり電話の方がまだマシ。気合をいれてボタンを押した。
「もしもし」
「こっこんばんは。こんな時間にすみません、桂木君...で合ってますか?」
携帯を持つ手が震えているのを自覚しながらコール音を聞いていると、思っていたよりもすぐに出てもらえて安心した。最悪繋がらないのではと心配だったけど杞憂だったようだ。
「そうだけど、誰だ?お前」
「同じクラスの佐倉...です。あの...分かりますか?」
「僕にしては珍しいことに知ってるよ。そっちこそ何で僕の連絡先知ってるんだ?」
「えっと...櫛田さんに教えてもらいました。すみません勝手に...」
当然の疑問を投げかけられた。いきなり電話かけるなんてやっぱり気持ち悪い?
だめだ深く考えると体調悪くなりそうだしやめやめ。
「それで、用件は?」
「あ、はい。実は日曜日にカメラの修理のためにケヤキモールに行こうと思うんですが」
「ああ、今日派手に壊したアレね」
「はい。それでその...私初対面の人と話すのがすごく苦手で」
「それはまあ、見てたら分かるけど。何だ、もしかして僕に着いてきてほしいってことか?」
「とっ突然で迷惑なのは承知なんですが、どうしてもお願いしたくて...」
「言いたいことは分かったけど何で僕なんだ。お互いの存在を認知したのすら、今日が初めてみたいなものだろ僕たち」
少なくとも私は桂木君のこと知ってましたけど...あれだけ目立ってたら嫌でも目につきますし。
それに、桂木君にお願いしてるのは理由がないわけじゃないんだけど...うーん、説明が難しい。
「桂木君は目が怖くなかったから...」
「そうか?自分で言うのもなんだが、優し気な目つきではないと思うけど」
「い、いえ。見た目の話ではなくて...何というか瞳の奥を見ればその人のことがなんとなく分かるっていうか...」
男の人は特に顕著なんだよね...でも桂木君はなんとなく大丈夫な気がした。
「まあなんとなく事情があるのは察するが。とにかく、日曜日の昼前にケヤキモールに行けばいいのか?」
「え、来てもらえるんですか?」
「ちょうどその日ゲーム買いに行く予定だったんだ。ついでだし手間はかからないからな」
微妙に上から目線な感じですが、そんなことも気にならないくらいほっとした自分がいた。
「それと、妹も連れてきていいか?」
「妹ってエルシィさんですか?」
「ああ。日曜は暇と言ってたし、それに佐倉も僕より同性の友達作った方がいいぞ」
「それは...」
「『友達』、欲しいんだろ?」
「.....」
まるでこちらが思っていることを見透かされているようにそう言われた。そんなに分かりやすかったのかな私...
エルシィさんはいい人だ。クラスで完全に孤立する前からたまに話しかけてもらっていたし、私が会話を苦手そうにしているのが分かっているのか、話を長引かせることはなかったし。
「わかりました。桂木君からエルシィさんに連絡をお願いできますか?私連絡先を知らなくて...」
「わかった連絡しとく。それじゃ」
そう言って桂木君は電話を切ってしまいました。マイペースな人です。
それにしても、私がクラスの人とお出かけするなんて数年前の自分に言っても信じてもらえないだろうな。どうせ直前になったら緊張するんだろうけど、とりあえず今はこの小さな達成感に浸りながら気持ちよく寝ようと決心した。
*
日曜日のお昼前、私は佐倉さんとのショッピングのためにケヤキモールにやってきました。
突然にーさまから連絡があったので、なにごとかと思ったのですがどうやら普通に買い物をするだけのようで、大変珍しいことです。
休日ということもあって人通りが多いので、佐倉さん見つけられるでしょうか。波瑠加さんと一緒に来たことはあるんですが、大体学校帰りだったので休日のケヤキモールは意外と新鮮な感じがします。
にーさまと寮から一緒に来てもよかったんですが、どうやらにーさまは開店と同時に駆け込んでるみたいで、そんなに欲しいゲームがあったんでしょうか。
というわけで、とりあえず佐倉さんと合流しなければならないんですが...見つからないですね。クラスの中でも一人でいる方ですから、そういう意味ではにーさまと同じタイプです。けれど、にーさまとは根本的なところが違う感じがします。
「あの...エルシィさん、こっちです...」
「うひゃあ!びっくりした!」
「す、すみません、驚かせてしまって...」
「え、いやいや大丈夫です!ちょっと予想外のところから声が聞こえたのでびっくりしたというか...」
私がぼーっと立っていると、いつの間にか後ろにいた佐倉さんに驚かされる格好になってしまいました。全く気が付きませんでした...
というか気づかないのも無理ないですね。佐倉さんいつものメガネにマスクまでつけていて更に帽子も被っていますし、パッと見誰だか全く分かりません。
「あの、佐倉さんそのマスクはどうしたんですか?もしかして風邪ですか?」
「いえ...目立つのが嫌なので着けてるだけなんですが...」
なんというか、典型的な不審者の格好すぎて逆に目立っている気がしますが...
「勿体ないですよ、佐倉さんかわいいんですからもっと自然な感じでいいと思います!」
「え、あ、ありがとうございます...とりあえず帽子とマスクは外しておきます...」
そう言っておもむろにメガネ以外のアイテムを外していき、いつもの学校で見る佐倉さんに戻った。
うーん、それにしても佐倉さんメガネあんまり似合ってない気がするのは、私の気の所為でしょうか?世の中にはメガネが良いというタイプの人もいますからわからないですけど。
「にーさまは先に行ってるみたいなので、私たちだけでとりあえず行きましょう!」
「そうですね...あの桂木さん」
「はい、どうしました?」
「今日はありがとうございます、私のわがままに付き合わせてしまって」
「いえいえ、そんなお礼を言われるほどじゃないですよ。にーさまの頼みですし、それに私も佐倉さんとお出かけできてうれしいですから!」
お話しできる人が増えると毎日が楽しくなります。そう思ってなさそうな人もいますけど、にーさまとか。なので私から無理に誘うことはなかったんですけど、今日は佐倉さんからということなので私もルンルンです。
というわけで、「そ、そうですね...」と遠慮がちに微笑む佐倉さんと並んで、張り切ってお買い物と洒落こむことにします!
「神にーさま曰く、用事が終わったら連絡するとのことなので、とりあえずお買い物しませんか?カメラとか詳しいにーさまがいる方が良いと思いますし」
「そう、ですね。といっても私は特に買いたいものはないんですが...」
「大丈夫です!そういうときのための『ういんどうしょっぴんぐ』?です!」
ちひろさんや、歩美さんとショッピングしたときに教えてもらいましたが、どうやらお品物を見ながらあれこれ想像して楽しむそうです。確かに私も消防車の模型を見ながらあれこれ想像して楽しんでますから、人それぞれ想像したもの勝ちなのかもしれません。
というわけで『ういんどうしょっぴんぐ』を全力で楽しむために、ケヤキモール内のあちらこちらに佐倉さんを連れ回すことに。
こういうことにあまり経験がなかったのか、面白いくらい挙動不審になりながら、でも興味津々な様子で服やアクセサリーを眺める佐倉さんを見るのは、私としてもとても新鮮です。
そんなこんなで私たちは本屋にやって来ていました。最近椎名さんのおかげで読書が楽しいので、本屋に寄るのもいいものです。
「佐倉さんは普段本とか読みますか?」
「本ですか?私はあまり小説は読みませんね...雑誌とかはたまに読んだりしますけど...」
「雑誌ですかー。それは経験がありませんでした。消防車の雑誌とかありますかね?」
「しょ、消防車ですか?さあ、どうでしょう...」
ということで、隅の方にあった雑誌コーナーへ。
こう見ると雑誌も色々と種類がありますね。スポーツ、料理、芸能、などなど...あ!ありましたね消防車特集。
見てください!このフォルム。ポンプ車ですよ!しかも水槽付き!はぁ〜〜~かっこいいです一家に1台欲しいくらい!!
「佐倉さん水槽付きとハシゴ付きどっちが好きです...かってあれ?」
消防車に夢中で佐倉さんが居ないことに気づいていませんでした。どこにいったんでしょう。
とりあえず他の雑誌の棚の辺りを探していると、芸能コーナーのところに人影が。あれ、多分佐倉さんですよね。なんかすごい真剣に見てますけどなにかあったんでしょうか?
「佐倉さん!」
「ひゃい!!」
「あ、すみません驚かせちゃいましたか」
佐倉さん、今まで見たことの無いくらいの飛び上がり方でびっくりしてましたけど大丈夫でしょうか?
目の前の棚にはグラビア雑誌が。えーっと『インターネットグラビアアイドル雫ちゃん特集』...有名な方ですかね?
「佐倉さんこういうのに興味が?」
「え!?あ、いやその...」
ピリリリリリ
「あ、電話ですね。すみません佐倉さんちょっと出てきます」
「は、はい」
佐倉さんをその場に残して本屋さんを出ました。
これはタイミング的に、神にーさまからでしょうか。
「もしもし、エルシィか?」
「そうですけど、にーさま用事終わりましたか?」
「あぁ。とりあえず例の家電量販店に集合で」
「はい!わかりました!」
にーさまらしく用件だけ言って切ってしまいました。というかにーさま今まで何やってたんでしょう?
「佐倉さん、にーさま用事が済んだようなので合流しましょう!」
「そ、そうですか!早く行きましょう!」
ということで妙に急いでいる佐倉さんと一緒に家電量販店へ。それにしてもさっきの雑誌には何かあったんでしょうか?