夜。
寝付けそうになくて、仕方なくベッドから起きて勉強することにしました。数学はやっぱり何回も解かないと、感覚を忘れそうな気がして落ち着きません。
30分ほどやった頃、喉が乾いて何か飲もうとしたのですが、丁度飲み物を切らしていたので、仕方なくロビーにある自動販売機で買うことにしました。
エレベーターで1階に降りてお茶を買って帰ろうとした時、寮の入り口付近に綾小路さんの姿を見かけました。誰かを追っているように見えます。
何となく気になったので、羽衣で透明化して私も追ってみることにしました。
寮を出て曲がってすぐの所の路地で立ち止まったので少し覗いてみると、堀北さんと眼鏡をかけた男の人がいました。遠くから見ても物々しい雰囲気が伝わってきます。
すると突然眼鏡の男の人が堀北さんの手首辺りを握りました!その瞬間綾小路さんが物陰から飛び出して眼鏡の人の手を握り、何か言いました。おそらくやめろよとか何とか言ったのでしょう。
しばらく話したと思ったら、今度は急に眼鏡の人が攻撃してきました。でもそれを綾小路さんがうまく避けています。スゴいです。
まるで映画のワンシーンのような戦闘が終わった後、眼鏡の人は帰っていきました。私は遠くから見ていただけなので、会話の内容はうまく聞き取れませんでしたが、どうやら堀北さんと眼鏡の人は兄妹のようでした。そういえばこの学校の生徒会長さんの名字は堀北だったような気がします。
そんな私の物思いをよそに2人は周りを伺いながら帰り始めました。
...すみません2人とも。盗み見てしまって。
帰りながら2人は勉強会はどうするのかとか実力がどうとかそんな話をして帰っていきました.....
「っていうことが昨日の夜あったんです!」
「ほー」
「綾小路さんとっても格好良かったです!こう...シュッシュッっと避けて、とにかくスゴかったんですよ!」
「...綾小路ねぇ」
「にーさま?」
登校中に昨日の夜のことをにーさまに話していたら、突然にーさまが考え込み始めました。私の話そんなに考え込むほどのことだったんでしょうか...?
「エルシィ、綾小路ってのは普段どんな感じのやつだ」
「え?綾小路さんですか?う~んと、殆ど話したことはないですけど、目立たなくておとなしい方です。隣の堀北さん以外あんまり教室で話しているのは見かけませんね」
「そうか」
そう言ったきり、登校中にーさまが話すことはありませんでした。何だったんでしょう...?
今日は月曜日ですので、テストまであと2週間をきっています。Dクラスでは当初の予定どおり平田さんを中心にした勉強会が開かれています。私も誘われましたが、にーさまとやるのでやむ無く断りました。私たちの他にもその勉強会に参加してない人はいますが、その多くが小テストで赤点ラインだった人たちです。心配ですが勉強が極度に苦手な方々は、基本的に勉強自体嫌いなことが殆どなので無理もない気がします。ただ今日は少し様子が違うみたいです。
昼休みが終わった後の5時間目の授業後のことです。
「エリー、あそこ何か始めるみたいね」
「え、どこですか?」
「ほら堀北さんとかのとこ。ノート広げて何かやってるよ。須藤君たちの勉強見てるんじゃないかな」
「あ、ホントですね!でもあの堀北さんが勉強教えるなんて珍しいです」
「先週も勉強会やってたしねぇ」
「え、そうなんですか?」
「ああエリーいなかったんだっけ。先週やってたんだよね。でもすぐ須藤君とかが怒っちゃって、お開きになってたんだよ」
「はえ~」
それにしては真剣な顔して皆さん勉強してるように見えますが、何か心境の変化でもあったんでしょうか...?
*
*
今日は水曜日だ。
時刻は現在昼休みの時間である。
そして僕は1人で山菜定食を食べていたはずだ。はずなのだが、何故僕の前に人が座っているのだろうか。しかもずっとこちらを凝視してくるのだが...
構わん。こういうのは無視に限る。また面倒事に巻き込まれたら嫌だ。
...
.......
..........
「だああああ!何の用だ坂柳!」
「ふふふ。やっぱりあなたは面白いですね。いえ大した用ではないんですが、1つご提案がありまして来た次第です。あなたと少し取引をしたいと思いまして」
「...何だその取引って」
「私とまたチェスをしていただきたいのです。してくだされば、勝とうが負けようがDクラスにとってもあなたにとっても耳寄りの情報を差し上げます」
またあ?どんだけ好きなんだチェスが。
しかし情報か...悪くはない。情報はいくらでもほしい。僕のゲームの邪魔にさえならなければ。
「いいぞ1回だけ付き合ってやる。いつどこでやるんだ」
「今ここでやります」
「...はあ?まさかお前持ってきたのか」
「はい。まあ簡易なものですが。それに時間も少ないので、指し時間を最初から30秒にしてやりましょう。あ、あとここに契約書もあります。言わずに逃げることもないのでご安心を」
妙に用意周到だな、オイ。
さてはこいつ僕が断らないの前提で来てたな。まあいいけどさ。無駄な手間暇をかけないのは僕好みだ。
すぐに契約書にサインをしてセカンドマッチ(簡易型)がスタートした...
約30分後
41手。有栖の勝利。
くそおおおおおおおおおおお!!!
「ふふふ。やっぱり桂木君はお強いですね。私をここまで手こずらせるとは」
こいつナチュラルに煽ってやがるな!?てかお前この前は僕に負けただろ!
勝ち逃げは許さんぞ。ゲームの神の名においても敗北は許されん!
「勝ち逃げするわけではありませんが、昼休みももうすぐ終わってしまいますし、時間がないのでここまでです。また今度やりましょう。さて肝心の情報ですが」
そうだ、そういえばそんな約束だったな。もう正直どうでもいいが。
「Dクラスのみ、テスト範囲の変更が通達されておりません。他のクラスは先週の金曜日に知らされています」
...は!?
「おい、それホントなのか」
「真偽のほどはご自分でお確かめを。では私はこれで」
.....マジか。
昼休み終了5分前。
さすがにもう次の授業の準備でいないかと思ったが、幸いなことにまだ職員室に残っていた。
「おい、茶柱」
「ん、何だ桂木か。何か用か?そろそろ昼休み終わるぞ」
「それもそうなんだが、急ぎで確認しないといけない事がある」
「何だ?」
「テスト範囲の変更伝えてないだろ。はよ変更点を教えろ」
「む.....ああそうだったな。失念していた。これが変更後の範囲だ」
そう言って手元の付箋に範囲を淀みなく書き、僕に渡した。
...白々しいな。
「じゃ、もう用はない。さよなら」
しかし僕が言わなかったら、いつ言うつもりだったのだろうか。茶柱の妙に苦々しげな表情が頭に残った。
さて、さすがにもう時間がないので、次の授業が終わった後に櫛田か平田辺りに全員に伝えさせよう.....
いやここは敢えてあいつらに直接言うか。須藤たちの性格を鑑みてもそっちの方がいいな。
授業が終わって、堀北の机に向かう。
最近あいつらは授業が終わると堀北の机の周りに集まるので好都合だ。
「おい、櫛田」
「え、桂木君?どうかしたの?」
まあそりゃ驚くか。クラス内で僕から話しかけたのはこれが初めてだ。
「さっき茶柱に確認してきたんだが、テスト範囲が変更されていた。他のクラスは先週の金曜日に知らされていたらしい。はいこれ、変更後の範囲」
「そ、それ本当なの!?」
「ちょっとかしなさい」
僕が差し出した付箋をひったくるように堀北が取った。
試験範囲を食い入るように見つめ、そして大きくため息をついた。
「これは...また練り直す必要がありそうね」
「おい、桂木!他のクラスは金曜に知らされてたってどういうことだよ!」
「僕に聞くな。茶柱がただ忘れてただけなのか、何か理由があったのかは知らないが、取り敢えず変更に合わせて勉強し直すしかないな」
「桂木君あなたのおかげで早く気付くことが出来た。感謝するわ」
まあ僕のおかげというか坂柳のおかげ...ていうか何であいつこんな敵に塩を送るようなことしたんだ?
まさかホントにただチェスがしたかっただけ?そんなアホな。
「堀北、俺明日からテストまで部活を休む。それで何とかなるか?」
須藤はしおらしくそう堀北に言った。
「...それは...」
やはり僕の読みは間違えてなかったみたいだ。
「本当に構わないの?凄く苦労することになるわ」
「須藤、本気かよ?」
「ああ。今すげえムカついてんだ。担任にも、この学校にも」
そう言って須藤が啖呵をきったことで、他の奴らも触発され、やる気が出たようだ。めでたしめでたし。
しかし1つ気になるのは...今まで一言も喋っていない綾小路がこちらに視線を向けていることだが...まあいいや。いちいち気にしてもいられん。 こっちもこっちでエルシィ達用のテスト模擬問題の作り直しだ。面倒だな...
「じゃあ僕はこれで」
そう言ってそそくさと立ち去り自分の席につく。またやることができたな...
「桂木」
「ん?」
声をかけてきたのは綾小路だった。
「テストの範囲が変わっていること、どうやって知ったんだ?」
「ああそれはたまたまだ。他のクラスの知り合いから聞いた。僕が気付かないでも直に誰か気付いていたさ」
「そうか」
「それだけか?」
「ああ」
そう言って綾小路も自分の席ヘ去っていった。
その後櫛田からクラス全員に試験範囲の変更が伝えられ、クラス中が騒然となったのは言うまでもない。
それにしても綾小路か...
わからん奴だ
次話かその次で1巻内容終わります。