書かれた反省点が誰の手にもよらず改善されていく、そんな不思議なノートのお話です。※その日の気分で適当に書き殴った推敲皆無の超粗雑小説です。ご了承。

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反省ノート

 

 

 

「いらっしゃいませーっ!!」

 

 俺の名前は堂本蛍(どうもとけい)。現在高校3年生。

 長い長い受験戦争を乗り越え暇を持て余した3月の春休みに、俺は近所のファミレスでアルバイトを始めた。

 俺自身何度か利用したことのある店で、混雑時は傍から見てもなかなかにハードワークそうな職場ではあった。だけど手持ち無沙汰に時間を浪費するよりは俺の性に合っているだろうし、なにより時給がいいのだ。迷うことなく面接を申し出て、無事採用されて今に至る。

 

「いらっしゃいませーっ!!」

「うおっ、ビクったー……」

「あっ、す、すみません!」

 

 おっと。声を張り上げすぎてお客様を驚かせてしまったらしい。長年打ち込んできたサッカーでの声出しの習慣が仇となってしまった。バイト初日、幸先が悪いが仕方ない。

 

「いらっしゃいませーっ!」

「ひっ……」

 

「いらっしゃいませーっ!」

「うわっ!」

 

「い、いらっしゃいませー……」

「……」

 

 しかしその後も野太く大きなこの声量の調節は存外に難しく、単なる接客も意外と繊細な仕事なのだということを痛感した。

 

 

 

 

「おつかれ、堂本君。どうだい?アルバイト初日を終えての感想は」

 

 この人は店主の田島さん。物腰が柔らかくって若々しい、打ち解けやすそうな雰囲気の男性だ。しかし社会に身を乗り出してからわずか数年で脱サラを決意し、こうしてお店を開いて繁盛させている辺り、かなりのやり手なのだろう。

 

「いやあ、大変というかなんというか……難しいなって思いました」

 

 俺が素直にそう答えると、田島さんは引き出しの中から一冊のノートを取り出して、それをそのまま俺に差し出してきた。

 

「じゃあ、はい」

「?えっと、これは?」

 

 なにか記録係でも任されるのだろうか。無論、やれと言われればやるつもりだが、俺の字はまあその、率直に言って汚い。履歴書なんかは見れなくもない程度に仕上げたが、適任とは言い難いだろう。

 

「これは反省ノートだね。1日の終わりに仕事での反省点とか、どういうところに問題があったとかを書いてほしいんだ」

「ああ、なるほど」

 

 研修の一環みたいなものか。そういうことならと俺は今日特に印象に残っている自身の反省点を書き上げた。

 

「おつかれさまでーす。あ、堂本くんおつかれー」

「あ、おつかれさまです!」

「相変わらず声大きいねー、体育会系って感じ……お、反省ノート?どれどれー?」

 

 そう言いながら俺の反省ノートを覗き込むこの女性は、俺と同じくこのファミレスでアルバイトをしている遠藤さん。有名な私立大学に通う大学1年生。わずか1日の付き合いだが性格は朗らかで愛想が良く、見た目も可愛らしいという、今のところ非の打ちどころのない先輩だ。……いや、他人のノートを勝手に覗き込むあたり、デリカシーには欠けているところがあるのかもしれない。俺は別に構わないが。

 

「ふむふむ。声が大きすぎてお客さんを驚かせちゃうと……え、下げればよくない?」

「調節が難しいんですよ……」

「はあ、そういうのもあるんだね」

 

 いまいちよく分からないといった反応をする遠藤さん。たしかに彼女ならその辺の要領はよさそうだ。

 

「ぷふっ」

 

 と、そんな彼女を見てなぜか店長が吹き出した。

 

「?なに笑ってるんです店長?」

 

 遠藤さんが理由を尋ねると、田島さんは俺からしてみるとなかなかに衝撃な話を切り出した。

 

「いや、遠藤さんも最初の頃は接客に苦労してたんだよ、この子の場合は声が小さすぎてね」

「えっ」

「ちょっ、言わないでくださいよー!」

 

 恥ずかしそうに顔をしかめる遠藤さん。頬は先ほどよりほんのりと赤く染まっていた。

 

「ああもうっ、退散退散!お先に失礼しますっ!」

「おつかれー」

「あ、お疲れ様です」

 

 とっとと逃げ帰る元気はつらつな遠藤さんを見て、やはり俺は店長の話を信じきれずにいた。

 

「店長、本当に遠藤さんって声が小さかったんですか?」

「うん。すごくおとなしい子で愛想も悪くって、お世辞にも接客に向いてるタイプじゃなかったね」

「い、今の遠藤さんからは想像もできない……なにか切っ掛けとかあったんですかね?」

「ああ。それなら、これだよ」

 

 何の気なしにそう聞いてみると意外な答えが返ってきた。

 

「えっと……反省ノート、でしたっけ?」

「そう。彼女もこれに色々と書いてひとつずつ自分を良くしていったんだ」

「へ、へえ……」

 

 正直に言うと、自らの問題の改善や克服に、この手の物が役立つとはあまり思えない。こんな物でよくなるくらいなら結局ただの意識的な問題であって、いちいちそれを可視化することにはたしてどれほどの意味があるというのか。

 

「あはは。納得いってないみたいだけど書くだけタダだしさ。面倒だろうけどこれからもお願いね」

 

 まあ、大した手間というわけでもない。それに周りから注意を受けるより先に自分の反省点を自覚できているということをアピールできるのも、気持ち的に楽だろう。

 

「はい。なにかあったら書いておきます」

 

 そのとき店長が浮かべた怪しげな微笑に、俺は気づけないでいた。

 

 

 

××

 

 

 

「なんだ、普通にできるんじゃん!昨日は緊張してたとかかな?」

 

 2日目のアルバイトを終えて更衣室から出ると、遠藤さんがそう声をかけてきた。彼女が言っているのは俺の声量のことだろう。

 

「緊張、はあまりしないタチだと思ってましたが、そうかもしれませんね。昨日の今日でここまで上手いことできるとは思っていませんでした」

 

 そう。バイト2日目の今日、俺は昨日のように接客に苦労するだろうと気が乗らないでいたのだが、いざ始めてみるとすんなりと適正な、落ち着いたトーンで会話ができるようになっていたのだ。

 

「うん、よくできていたよ堂本君」

 

 店長からもお褒めの言葉を貰えて、自然と口角が上がる。

 

「ただ、次はそれだね」

「へ?それ?」

「愛嬌っていうのかな。もう少し表情を柔らかくできたらいいかなって」

 

 ああ。それはたしかに心当たりがある。こちらが笑顔を浮かべているのにさっと目を逸らされてしまったり、レジで顔を二度見されたりなんかもあった。

 

「じゃ、さっそく反省反省っ」

 

 言うが早いか俺の反省ノートを目の前に差し出してくる遠藤さん。

 

「堂本くんが今日うまくできたのは反省ノートのおかげだよきっと!だから今日のもしっかり書いて、明日はもっと一人前の堂本くんになろう!」

「ははっ、怪しげなセールスみたいですよそれ」

 

 俺は苦笑を浮かべつつ、愛嬌について反省を綴った。

 

 

 

××

 

 

 

「いやぁ、今日はちょっとたいへんだったねー」

 

 いくらか覇気を失いながらもいつも通りの明るい笑顔を振りまく遠藤さんと、そんな彼女に慰められながらうなだれる俺。

 

「いきなりの厨房作業は、やっぱり早すぎたかな?」

 

 今日のバイトでも反省ノートが活きたのか、今までと違って自然に笑顔を浮かべられている気がしていた。実際、昨日までより客との会話にゆとりを感じたし、俺と接して笑顔でいてくれる人もかなり多くなった。

 しかしシフト後半に試しにと任された厨房作業、これがマズかった。

 不器用で太い俺の指先じゃ難しい繊細な盛り付けや、俺の鍛え上げられたガタイでは大きくスペースが潰される狭い厨房。日頃調理に馴染みがないこともあって注文がどんどん滞っていってしまった。

 結局俺は接客に専念することになり、それから爆速で捌かれていった注文に遠藤さんの手際の良さを痛感することになった。

 

「ひとつずつできるようになれば十分だからね。私見てたよ、堂本くん接客はもう完璧だったじゃん!」

「はは、ありがとうございます」

「気に病むことないよほんとに。遠藤さんだってここに来た時は包丁の握り方も知らないくらいの料理ド素人だったんだから」

「ええっ!?」

「店長、また……いえ、これも後輩を励ますため。その辱め、甘んじて受け入れましょう」

 

 ひとり覚悟を決めたらしい遠藤さんをよそに、店長は過去の遠藤さんを暴露していった。

 塩と砂糖を間違えたなんて初歩的なものや、手を滑らして仕上がった盛り付けを台無しにしたことなど、それはもう詳らかに語ってくれた。

 

「まあそんな彼女でもしばらく続けてれば立派な戦力になるわけですよ」

 

 そして最後に店長ではなく遠藤さん本人がそう締めくくった。やや無理矢理な感もあったので、もしかしたら彼女の羞恥心はここらが限界だったのかもしれない。

 

「さあ!そんな悩める新米の私は、当時いったいどうしたかっ!」

 

 そしてお決まりのこの流れである。もはや様式美と言っても過言ではない。俺は渡された反省ノートを開いた。

 料理の技術はもちろんのこと、手先の不器用さにも言及しておく。厨房の狭さを直接書くのは失礼な気がしたから、自分の体格が大きすぎる云々と理由をすり替えてスペースの問題にも触れておくことにした。

 

 

 

××

 

 

 

 そうして僕はシフトに入る度に従業員として順調に業務をこなせるよう成長していった。

 

 ふとした拍子に荒っぽい口調が漏れたり。

 字の汚さで連絡事項の確認に不便を来したり。

 お客さまに身嗜みを指摘されたり。

 

 どれもその翌日には、すっかり修正が済まされていた。

 そんな自分に薄気味悪さを感じ始めたある日のシフトで、僕は終わりを迎えることになった。

 

 

 

××

 

 

 

「堂本君、遠藤さんにあがっていいって伝えといて」

「はーい」

 

 お客さまも減りだした頃、どうしてか遠藤先輩は見当たらず、僕はあそこかここかと店内を隈なく探し回った。

 

「あ」

 

 少しして、1番奥にある更衣室のカーテンが閉まっているのに気づいた。先輩はここでもう着替えをしていたんだ。

 

「先輩。一応ですが、店長がもうあがっていいって……」

「っ!!堂本くん!?」

「わっ!?ちょっ、先輩!?」

 

 なんと先輩は着替えの途中、つまりは下着姿のままでボクの前へと飛び出してきた。

 

「せ、先輩!服を」

「そんなことより早く逃げなきゃ!店長に勘付かれる前に……!」

 

 ここまで焦燥感のある先輩を見るのは初めてだった。いったいどういうことなのか。

 

「よく聞いて堂本くん!私たちは、あの人に奴隷にされてるの!!」

「ど、奴隷?」

 

 遠藤さんの話によると、僕らがいつも書き続けてきたあの反省ノートには不思議な力が宿っているらしく、そこに『反省』が書き込まれると、現実世界でそれが誰の手によらずとも改善されてしまうのだという。

 ただ反省を書いて修正してもらうというだけであれば便利な道具に違いない。しかし、その効用を把握している者の悪意が介入すると、それは途端に他者を催眠へと陥れる悪魔の道具に変わってしまう。

 店長は度々僕らに誘導尋問を仕掛け、自らにとって都合の良い奴隷になるようけしかけていたらしい。

 

「そ、そんなおかしな話……」

「あるんだよ……じゃあ聞くけど、堂本くんってたしか大学1年生だよね?」

「は、はい。そうですけど……」

「そうだよね。でさ、受験の終わった春休みにここに来て、バイトに精を出して……それで今はもう5月だけど、君は一度でも大学に行った?講義を、1回でも受けた?」

 

 僕は首を横に振り……振って、違和感に気づいた。

 

「あ、あれ?なんで僕、大学に行かないで……いやでも、え?」

「君にとってここでのアルバイトが絶対って、そういうニュアンスの反省を、書いたことがあるんじゃないかな?」

「……」

 

 そういえば以前、店長たちとの雑談の中で趣味は仕事にするべきか否かって話をしたことがあった。

 そのとき僕はたしか、趣味にできるくらい楽しめるものが仕事だったらいいな、みたいなことを口にしたはず。そんな僕に対して店長は、このバイトが僕にとっての1番だったら毎日が幸せになると冗談を言って……その冗談を、冗談として反省ノートに記入したような気がする。あの日から、僕にとってこのバイト以外のすべてが無価値に……。

 冷や汗が噴き出る。ようやく僕は事の大きさを理解した。

 

「さ、早く逃げよう!あの人に気づかれないうちに」

「気づかれないうちに、どこに逃げるというんだい?」

 

 僕らの背中に、冷たい声が突き刺さった。

 

「あ、店長……」

 

 遠藤先輩の震えた声なんて気にも留めず、店長はスタッフルームに入るなり脇に置き捨てられていた2人分の反省ノートに手をやった。

 

「遠藤さん、水筒でもこぼしたのかな?なるほど、堂島君のも少し濡れちゃってる。それで効果が弱まっちゃったのかぁ」

 

 がっくしと肩を落としながらも、店長はその薄ら寒い笑みを絶やさない。

 

「けど、まるっきり無効ってわけでもないみたいだね。僕が近くにいる影響かな?これは一安心」

 

 手持ち無沙汰なのか、それともなにか意味があるのか、パラパラとノートをめくりながら、店長は呟く。

 

「知ってるかい堂本君。彼女は昔、人の話をあまり聞かない子でね。ある日の反省ノートに『店長の言うことが聞けなかった』って書いちゃったんだよね」

「っ!!」

 

 そして、話に出てきたページを開いてみせた。たしかにそこにはそのままのことが書かれていた。

 

「で、でも店長、それ、遠藤先輩の字と違くないですか?」

 

 そこにあるどことなく無骨な文字列は、僕が見覚えのある先輩の小綺麗な丸っこい文字とは一致しそうにない。

 

「ああ、これは彼女が『彼女』になる前に書いたやつだからね……まあそんなこと今はどうだっていいか。じゃあ、遠藤さん、こっちにおいで」

 

 すると遠藤先輩は苦悶を浮かべた表情で、店長のほうに歩みを進め始めた。

 

「ちょっ、先輩!?」

「だ、ダメなの!身体が、言うことを聞いてくれなくって……!」

「よしよし、じゃあここに座って」

 

 言われるがままの先輩を、僕はただ黙って見ているしかない。

 

「この新しい反省ノートに名前と、そう。あと、水筒をこのノートにこぼしちゃったことと、反省ノートの催眠から後輩と一緒に逃れようとしちゃったことを書こうか?」

「あ、うう……」

 

 その呻き声にまるでそぐわず、その手はすらすらと文章を書き記していく。

 どうする。どうしたら、先輩を助けることができる?

 最後の一文を書き終える直前、先輩が僕を見た。僕を見て、

 

「ーー逃げてっ!!」

 

 そう、叫んだ。

 

 僕が足を動かすことはなかった。動かせなかったからだ。

 

「彼は僕が視界にいるとき、僕の指示なしに動くことができないんだよ。前に、そういう反省をしたからね」

 

 先輩にはせめて僕だけでもといった思いがあったんだろう。だけどもう遅かった。僕らは等しく、同じ蜘蛛の巣に掛かった獲物だった。

 そうこうしているうちに、先輩が最後の一文字を書き終えた。すると一瞬彼女の目が虚になり、しかし瞬きをするとまた元の輝きを取り戻した。

 

「調子はどうだい?」

「はいっ、以前よりいい感じです!」

 

 そういって店長に満面の笑みを浮かべる先輩は、もういつも通りの彼女だった。

 

「じゃあほら、君も先輩としてなにか後輩にアドバイスしようか」

 

 こくりと頷いて、下着姿のまま僕の目の前に立つ彼女。

 

「最近思ったことなんだけど、堂本くんがここにきてから私いちいち更衣室を使わないといけなくなったのが、案外面倒だなーって」

 

「もちろん、いつ異性の誰かが入ってくるかもって考えたら更衣室で着替えるって当たり前のことだよ?でももし従業員が全員私とおんなじ女の子だったら、そういう心配もいらなくなるわけじゃん?」

 

「別に堂本くんが悪いってわけじゃないんだけど……やっぱり先輩が不便してるってことでさ、どうかな?書いてくれないかな?書いてくれる、よね?」

 

 僕は店長の言うことを聞く旨の反省は、多分したことがなかった。そういう意味では、催眠の効果が弱まった今、店長と僕とは千日手の関係にあるのだと、そう考えていた。

 『先輩の言うことを聞く』とは、以前どこかで書いた気がする。

 意に反して動き出す自らの右手を見て、僕はそれが気のせいじゃなかったことを悟った。

 

 

 

 

 

 

 

「これからもよろしくね、堂本さん」

「一緒に頑張ろうね!ほたるちゃん!」

 

 

「はい!先輩!店長!女の子になった私を、どうぞよろしくお願いしますっ!」

 

 わたしのアルバイト生活は、まだ始まったばっかりだ。

 

 


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