やってみせろよダービー!なんとでもなるはずだ! 作:てっちゃーんッ
すごく助かっています。
本当にありがとうございます。
遠征と言えども、やってることは殆ど観光に近い。 もちろん練習もしている。
てかそもそも遠征を始めた理由が過去に夏の強化合宿に参加できなかったことが原因だ。 反対派の独裁によって合宿と言う楽しいイベントに参加させてあげれなかったミスターシービーのために半ば無理して遠征したことが始まりである。 今となってはあの苦労も懐かしく思いつつ、釜臥山展望台から離れたビーチまでやってきた。
前日もこの砂浜でヘリオスと練習を行い、汗を流してから釜臥山展望台までキャンピングカーで移動して、むつ市が鮮やかに彩る光のアゲハチョウを見に行った。 呪いに苦しまなくなってからはカボチャ頭も外せる状態になったのでマフティーを一度忘れてこの眼で見た。 遠くから来たかいはあった。 青森も中々良いところだな。
まあ、その道中で宇宙ネズミでオルフェンズしてそうな元中央のトレーナーに会ったけど。
やはりどう見ても希望の花しそうな人だったよな?
てか名前がまんま『イツカ』で、そのサブトレーナーが『三日月』って苗字だった。
なんなら雰囲気までもがまさにソレだったからマジで異世界オルガしてるのでは?と疑ったけど、よく考えたら俺も憑依者だった。 どうやら、この世界は案外なんでもアリみたいだ。 なんだったら俺の場合は前任者の願い、または三女神から施された因子継承によって降り立った魂だけど。 ウマソウルがあるようにオカルトが許されたこんな世界だから考えてもキリがないのだろう。 元がアプリゲームだからこの世界はそんなものだと受け止めるほか無いとして…
「君とはよく会うな? そんなにマフティーが気になるのか?」
「こ、これは、たまたま、だから…」
俺よりも、ダイタクヘリオスよりも、小さなウマ娘。 その物憂げな表情はよく覚えていたから、その子は14時間前の夜に出会ったウマ娘だとすぐにわかった。
一人でランニングして、この場所まで来ていたらしい。 そして本当にたまたまこの場で出会った。
「一人で鍛えてるのか?」
「…悪い?」
「いや、別に? 一人で良くやってると思う」
「当たり前……私は一人で走ると決めたから」
物憂げな表情だけど、その眼の奥には強さを秘めていた。 しかしそこに危う気さを隣り合わせにしている気がして、どこか自分と重なる。
「ねぇ、貴方がマフティーなら昨日の質問の続きして良い?」
「?」
普通の会話。
だけど、語りかけるその眼は普通じゃない。
マフティーに答えを欲するそんな眼だから、俺はマフティーとして受け止める。 そこに子供も大人も関係ないから。
「貴方のそれは使命感だとしたら、その先で果たされたモノはあるの?」
「果たされた…か。 それなりにあったな。 まず救われた。 そう感じた。 あと
「!」
「けど、それは現時点での話だ。 まだ俺は終点に行きついていない。 報われたと思ったそれはもしかしたら、報われてなかった事になるかもしれない。 だからその意味が自分にとって裏切りで無いように、そうで有るように独りよがり続けるんだ。 俺はこの器でマフティーたらしめ続けられるまでこのカボチャ頭を被り続ける。 何故ならマフティーはそうだから」
「………そう」
「欲しい答えは貰えたか?」
「………多分」
そう言うと彼女は立ち上がってまた走り出す。
方向は釜臥山。
その歳で随分とまた遠くまで走る。
しかし走り慣れたように彼女は足を進める。
だからその後ろ姿を見て理解する。
彼女はミスターシービーとは正反対。
好きだから走るのではなく、走らなければならないから走っている。 それは孤独な使命感に見えたから痛々しく感じた。
__貴方にとっての
__私にとってのマフティーもそこにあるから。
「小さな子供が抱えるような眼じゃないな。 何が一体そうさせてしまう?」
健気さとは程遠い。 宇宙を見るときのそのウマ娘はどこか嬉しそうだった。 だが今日出会った彼女はそうじゃない。 ナニカにこだわり続けて、縋ることをやめた、哀 戦士な大人のようだった。
「ヘリオス、そろそろ終わろう」
「いやまだ2時間よ?まだバリバリ行けるっしょ!」
「けどそろそろ暑くなってきた。 それに…」
タブレットを開いて時刻の11時を見せる。
人が多くなる頃だろう。
つまり…
「なぁ、あれってマフTか?」
「いや、ただのファンでしょう」
「けどあのウマ娘って…確か」
「ダイタクヘリオスじゃないか?」
「もしかしたら、もしかしたらかも…」
「日曜日は流石に増えてきたな」
「やはりカボチャ頭外してくれば良かったんじゃね?」
「そしたら走ってるウマ娘がダイタクヘリオスとバレて、俺の顔もバレてしまうだろ? 君はマフティーのウマ娘として有名なんだ。 残念だけど時間切れだな」
「マ、マフティーのウマ娘……! え、えへへ、そ、そっか! ま、昨日はかなり走ったし!んじゃ今日はエンドって事で!」
「じゃあ軽く汗ながしたらそのまま帰るぞ。 それで途中人気の少ない温泉でも行こうか」
「了解しマングース!」
尻尾ブンブンさせながらぴょこぴょこと軽い足取りでキャンピングカーに戻るダイタクヘリオス。 俺はその後を追いかけたが…
「あ、あの!」
「このビート板にサインください!」
「マフTさん! 水着にサインを…!」
「すみません私もこちらにくださいな!」
軽く囲まれた。 一応サインの練習とかしてるので書こうと思えば書けるが…
「悪いが、今日は俺の大事な担当ウマ娘のために時間を割いているんだ。 また今度にしてくれ」
そう言って強引に進む。 人混みは滝のように割れて俺はヘリオスの後を追いかけた。 ミスターシービーほどファンサービスが出来ないつまらない野郎で申し訳なく思っていたが…
「あれこそがマフティーだ…」
「か、カッコいい…!」
「ウマ娘のためのマフティーは本物だ!」
「やっぱり本物だった! すごい…!」
「うおおお! めちゃくちゃかっけぇー!」
「興奮しすぎだ。 鼻血出てるぞ」
非難はそこまでなかった。
ホッとしながらキャンピングカーに戻るとダイタクヘリオスが外で待っていた。 日差しの中にいたのか少しだけ顔が赤く焼けている。 待たせたか?
「マ、マフTってやっぱりウマたらしだと思うんよ」
「へ?」
そういった彼女はキャンピングカーの中に消えて行った。
軽く暑さにやられているせいで彼女の言葉が理解できなかったが、とりあえず俺は車の鍵を閉めてヘリオスのシャワーを待つことにした。 そう言えばウマたらしってどう意味だったか?
タブレットを開いて調べようと思ったが熱で失われたマフティー性のチャージが先だ。 そして冷却スプレーで涼んでいるうちに調べることも忘れた。 思い出せないと言う事はおそらく大したことでは無いのだろう。 そう考えて時計を見た午前11時半。 もう九月だけどまだ暑さは健在だ。 対マフティーの季節はまだ続くらしい。
♢
_わたしが、いもうとを、うばったの?
残酷な言葉。
純粋な疑問。
そこから弾き出された答えは「違う」だった。
_なら、なんでわたしは、ひとりなの?
妹の命を奪い、私は生まれてきた。
言葉に出して、疑問をぶつけて、そう感じた。
命の重さは理解できる年齢だった。
寡黙な父が初めて大声を出して否定する。
「1人じゃない!君の中にいる!いるんだ!」
小さな私を抱きしめてそう答えが返ってきた。
伝わるその震えは理解できた。
そうであって欲しいと言う……淡い望み。
星に求めるような淡い願い。
_なら、わたしが、かわりに、はしるよ。
涙を流す父に抱きしめられながら、覚悟する。
この体には亡き妹の分が備わっている。
なら、その分を私が走るんだ。
震える父に抱きしめられながら外を見る。
今も覚えている。
その日の夜は織姫星が良く見えていたから。
…
…
…
「………ん」
揺られる車の中で目を覚ます。
旅館を出るギリギリまで走り込み、急いで汗を落とす。
少ない荷物をまとめてからチェックアウトする親の元まで向かい、そして車に乗り込んでから釜臥山を遠目に眺めてむつ市を出たことを思い出す。
助手席に座る私は横の運転席を見る。
父親が運転している。
そのかわり母親は居ない。
生きてるけど、母親は側にいない。
都内の大きな病院にいるから。
そして私たちは引っ越しの途中だ。
私が数時間前まで青森にいたのは良く知ったその土地から離れる前にその宇宙を見たかったから。 都内は明るすぎて星が見え辛いと聞いたから、わがまま言ってむつ市で一泊して、走って、星を眺めて、走って、思い残さないようにするため。
そして、そこにいたマフTはまぐれだ。
「起きたか」
「……」
父に声をかけられて小さく頷く。 必要以上に喋ろうとしない可愛げない娘だけど、父も寡黙であまり喋らない。 そこら辺は似てしまったかもしれないが、姉妹として一人になってしまった私を愛してくれる。 だから私は今の家族に不満も無い。
揺られる車の中で不意にカーナビを見る。 目的地まであと2時間だが、目的地の東京では無いところにピンが刺されていた。
「ここは?」
「水戸だ。夜ご飯は此処で取る。 風呂もある。 引っ越し疲れは溜めると面倒だ。 少しでも休めよう」
特に意見も何もない。 茨城も一度は行ってみたいとは思っていた。 展望台はあるだろうか? そこの星は綺麗だろうか? 潮風は優しいのか?
「また走っていい?」
「……なら、泊まるとしよう」
「良いの?」
「ああ。 元々3日は掛けて向かう予定だ」
父は私を止めない。
1秒でも多く、強くなろうとする私を止めない。
そして父は私を止めようと口を出さない。
何故なら私は一人で強くなると決めたから。
だから父には止めないで欲しい。
別に、父が嫌いだとかそうではない。
ただ、私はこの体が二つ分だから、そこにもう一つ加えるなんて強欲は……痛いから。
だからそれを振り払うように走る。
わたしは一人で強くなる。
あの日そう決めたから。
…
…
水戸に到着した。
比較的山奥で人は少ない場所。
古そうな旅館地。
検索すれば隠れた名店だった。
お風呂もそこまで大きくないがそれは良い。
静かなのは好きだ。 父も同じように。
騒がしくない館内を歩き、脱衣所で服を脱ぐ。
独占状態な温泉に浸かる。
お風呂は二つだけ。
一人だけ入っていたが気にしない。
夕焼けの空だ。
引っ越し業者は既に都内に居るみたいたが、私たちはゆっくり向かう。 最初からそう予定されてるから急がずに。 けどわたしは一人急ぐように強くなる。 お風呂を上がったらまた走ると思う。 体は休める。 でもその分追い込んで、追い込んで、二人ぶんを追い込むんだ。
そうでなければ、私が存在する意味なんて無いから。 そう考える。
「……」
思い出す。
たまたま出会えた"あの人"に。
_独りよがる使命感。
_背負い続けると決めた名前。
_使命感に駆けてしまった哀れな生き物。
あの人は……マフティーは狂っていた。
いや、狂うフリをした狂人だった。
なぜなら『独りよがり』と認識して、そこに身を落としているから。
でもマフTは大きかった。 それは体の大きさではない。 存在の大きさ。 危うさしかないそれは人によって、ウマ娘によって、救世主となる。
そう感じさせて、希望を抱かさせる様な雰囲気。
その異質はテレビ越しでもそう感じていた。
だから展望台で言葉を交わした時、この人は『本物』で『本気』なんだと感じた。
ウマ娘に狂うトレーナー。
狂うことを良しとて、ウマ娘に狂えることがマフティーだと飲み込み、そこに狂える変人。
彼が狂わなくても良いはずの役目を勝手に背負う。 なのにそれを「使命感」と言った。
ぐちゃぐちゃなトレーナーだ。
故にわたしとすこしだけ違った。
彼は、分かっていて、背負うことを決めた。
私は、分かったから、背負うことを決めた。
マフTは、マフティーを背負う。
そこに狂いたいだけ。
でも私は、あの一等星を背負わなければならない。
それが此処にいる意味だから。
彼は狂い、私は狂う。
同じようで、これは違う。
けど、けど…
けれど……
彼には聞いて欲しいと思った。
私の覚悟はそんな彼からどう見えるのか?
だから答えた。
__わたしは、あの星を背負って生きていく。
「うぇぇ、へへ、ま”ぁー、ふぅー、でぃー、ぅぇへへへ」
のぼせているウマ娘の声。 一人で浴場を占領できなかったことは少しだけ残念に思う。 そう思って夕焼け雲を見る。 今日は一等星が見えるだろうか? あとで走りながら見上げてみよう…
♢
「すみません、情けないところを…」
「いえ、大丈夫です。 お疲れですか?」
「はい。 引っ越しの最中でして…」
「それは大変ですね。 どちらへ?」
「東京の方です。 妻が都内に入院しているので、北海道から…」
「そうですか。 それはかなり遠くから。 そうなると都内までは高速を使って水戸から2時間程度でしょう。 しっかり休んでください」
「はい」
本当はあまり見知らぬ人と接触したくないが、NTの勘が働いて後ろを振り向いたのが運の尽きだ。 風呂場でよろけて倒れそうになった男性を見かけたので紙一重で支えた。 危なかった。
見た目暗そうな人だけど、それは疲れが後押ししているからだろうか? とりあえず俺はその人を支えながら湯船に案内したところだ。
いや、この場合上がらせた方が良いのか?
自己管理できない大人は少し嫌だな。
「……」
「……」
会話は無く、天井を眺める。
ヘリオスも大人しく天井を眺めてるだろうか?
男湯に二人だけしかいないココは隠れた名館。
夏休みも終わったから人は少ない。
だからこそ、俺はカボチャ頭をキャンピングカーに置いてここまでやって来れた。 そして思いっきり湯船に浸かることができた。 正直言ってかなり感動している。 シービー。 本当にありがとうな。
「あー、寝てませんよね?」
「……大丈夫です」
心配だな、この人。
大丈夫か?
いま危なかったのでは??
疲れた体に温泉は気持ちいいかも知れないけど、そのまま寝ちまわないでくれよ?
「話し相手になりましょうか? そしたら眠らないで済むと思います」
あと、何故か…放って置けなかった。
俺よりも目上な方だが、弱さが見えたから。
「……少しだけ、良いですか?」
「はい」
俺はうなずく。
するとその男性は湯船を両手で掬い上げると顔を洗って軽く目を覚ます。
それから虚げに…
いや、物憂げに上を見た。
その目線は既視感。
どこかで見たような気がした。
「私には娘がいます。 ウマ娘です。 そんな私は元トレーナーでした。 地方レベルでしたが、数年ほどトレーナーとしてウマ娘を育てていました」
「立派じゃないですか」
「ありがとうございます。 ですが元トレーナーの私は…娘を止める事は出来ません」
「?? トレーナーなら暴れたウマ娘を抑えるための技術も知ってるのでは?」
「いえ、そうではないのです。 私は…娘に強いてしまった。 強いてしまった故に止める権利も資格も無い。 親である私たちの弱さが娘を縛ってしまった。 そして娘はそこに囚われる事を良しとした」
「……なにがあったんですか?」
後悔する様に。
それしか選択が無かったように。
不器用な自分が弱くて悲しむ男。
元トレーナーとしてウマ娘を指導していた面影もなく、自身の過ちに怯えているように見えた。
男は言った。
「…マフティーと同じですよ」
「!!」
湯船が静かに。 だが重く揺れた気がした。
「娘はマフティーのようになってしまうかもしれない。 いや、もしかしたらもうマフティーの様になったのかもしれない。 その
男は目線を下げる。
揺れる湯船に映る顔は歪みきっていた。
水面は後悔と共に揺れ動く。
「私はマフティーを意味や概念、または覚悟と聞いた。 それはこの世に有りもしない名前だが、それをマフティーと言葉してカボチャ頭を被った。 私はそう学びました」
間違ってはいない。
ミスターシービーが初めて走ったG1ホープフルステークスで初めて報道陣の前に出てマフティーの意味と、カボチャ頭の意味をインタビューに応えた。 前任者に対する反省の促しも込めて、俺自身もマフティーすると決めた。 それはミスターシービーのトレーナーとして最初の覚悟。 それは今も続けているつもり。
「狂人は見たことあります。 ですがマフTはウマ娘のトレーナーとしてマフティーを演じようとした。 それも中央の世界で。 それは誰も真似できないような、とてつもなく重たい覚悟の現れだった。 私は同じトレーナーだった者としてそこに慄きながらも、マフTの強さに感心を抱きました。 彼はURAに於いて危険人物ですが、ウマ娘の為にある心は本物だった。 結果としてミスターシービーを無敗の三冠バにした。 そして有マ記念で証明に証明を重ねて皆を認めさせた。 そこには確かにマフティーがあった」
なんか褒められてこそばゆい。
これまでいろんな人が「マフTは凄い」とか「マフティーは本物だ!」など褒め称えていたが、マフTである事を隠した状態で言われたのは初めてだ。 あと男がマフティーの話をすると少しだけ微笑んでいた。 しかし直ぐ物憂げな表情に変えて続ける。
「ですが、それは地獄の様な道だ。 踏み外せば二度と戻れない。 想像できない程の苦しみが舞い込む。 カボチャ頭を被るだけならそれは簡単だ。 遊びのように子供でもできる。 しかしマフティーは簡単じゃない。 マフティーはもっと人が思うよりも異質だ。 アレは…とんでもなく重たすぎるモノだ」
この世のマフティーとは、ウマ娘の為に狂える存在になった。 俺の働きによってこの世界ではそのように形作られた。 なぜならマフティーはそう言った概念図として人に見せつけたら、地球の重力に引かれた生き物たちはマフティーをそのように受け止めた。
その証拠として、新たな理事長として就任した秋川やよいがその断片を見せていた。ウマ娘の幸せを第一に考えるウマ娘狂いな理事長から始まった夏合宿前の大粛清は怒涛の勢いだった。
__中央を無礼るなよ…??
彼女はそう言った。
これは誰からそう言われた訳でもなく、誰から指示された訳でもない。 ただひとつだけ近くにあったソレが、理想の後押しになると信じたから、生き物として正常な感情を力に変えて言い放った。 彼女はカミーユ・ビダンのようにその身を通して訴えかける。
皆から見えた秋川やよいはウマ娘の為に狂えるマフティーのようだった。
マフティーは簡単ではない。
その通りだ。
誰もが秋川やよいのように映せない。
または俺のように狂える筈がない。
この世界にとってのマフティーはそうだから。
しかし、それを…
「娘はまだ子供だ。 まだ子供なんだ…」
マフティーになるとは言わない。 だがマフティーのように狂い出すとしたら、それは間違いを犯さなくなる。 リセットボタンのような救済処置は用意されてない。 後戻りだって許されず、足場を外すことも論外である。
トレーナーだったこの男はわかるのだろう。 人生経験的にも、トレーナーとしての苦労を知る先駆者だからこそ、マフティーを背負った上で歩むビジョンは耐えがたいと。
ああ……そうだな。
……俺は、耐えがたかったよ。
「もし娘が中等部で、トレーナーの目がある環境の中で慄えるなら、それはもう構わない。 既に遅いから。 だがそこにある心は、娘自身を苦しめる。 蝕んでしまう。 だがそうしてあげなければ娘は生まれた意味に疑問を感じて苦しむ…」
話が、ほんの少し。
ほんの少しだけ見えてきた。
しかし原因がわからない。
何をそこまで駆り立てるのか?
「娘さんには何があったんですか?」
俺は尋ねて……少しだけ後悔した。
「死産……です」
「!」
目を見開く。
「娘は…双子です。 姉です。 しかし妹は産まれてすぐ亡くなりました。 妻は悲しみ、弱ってしまいました。 私は不器用だからそばにいてあげる事しか出来ませんでした。 しかし亡くなった妹娘を忘れることができない。 だから妹娘の名前を姉娘に重ねました。 どうか健やかに、亡くなった妹娘の分も共に生きて欲しいから。 しかし…ソレが間違い……だった…!」
男は湯船の中で手を握りしめる。
物憂げな眼の色は濃くなる。
「私の娘はとても賢い。 そして強いウマ娘です。 まるでそれぞれが二人分あるように。 だからある日尋ねられた。 どこから聞いたのか分からない。 亡くなった妹の事を。 娘は母親譲りの優しい子ですから、自分だけ生まれたことに悲しみ、そして苦しむ。 いつまでも自分を攻め続ける。 私はどうしようもなく不器用な父です。だから娘に…言ってしまった。
___君のなかにベガは居るんだと」
「……………」
__俺はマフT、またはマフティーだ。
呪いのような言葉だ。
俺は、それをよく知っている。
俺は、それがどれだけ残酷か理解してる。
だからこの男の言った事はわかった。
そして理解した。
その娘さんは、ひどく重たいモノを背負った。
下ろせないモノを背負ってしまったんだ。
背負い続ける必要があり、それがこの世に降り立った役目として、亡き者の代わりを進む。
それでは、まるで…
__前任者の過ちは、マフティーが粛正する。
「っ…」
その痛みと、残酷さを良く知ってる。
良く知ってるとも、俺は。
マフティーしなければ歩めなかったあの日々を。
何度も吐いて、何度も魘され、マフティーとして誤魔化し続けたあの苦しみを、しんどくてたまらなかった最初の一年を俺は知っている。
誰かの代わりを、その命と時間と名前を、己が果たすべき使命感として背負うと言うのは、そういうことだと。
「妹娘に与えるはずだった織姫星の名前がこうなるとは思わなかった。 ただ私達は健やかに生きて欲しかった。 しかし…それは二つ分の願いだから娘は二つ分の苦労を背負った」
「……」
「娘は本当に凄い子です。 勉強も運動も完璧と言えるほどです。 しかし娘は体に二人分だから備わったから出来るんだと言った。 なら二人分を捧げないとダメだと言った。 そうでなければ自分が産まれた意味が無いと言った。 幼いその瞳にそう覚悟させてしまった。 ああ…何故なのです…」
【鉄華団】って組織を思い出す。
団長を筆頭に止まらない組織だった。
背負ったモノの数が多すぎた。
だからそれを背負い続けた。
背負わないと、前に歩けないから。
だから命を降ろすことなく進み続けた。
その先は破滅だった。
当然の結末だった。
わかりきった結果。
しかし過程は輝かしかった。
囚われながらも、潰れるしか無い未来しかなくても、そこに狂えるから鉄華団は素敵だったんだ、当事者たちからしたら大事な居場所で、心の在りどころだから。
【マフティー】も同じだ。
大人になれない子供なハサウェイ。
独りよがりにトリガーを引き続けた。
苦楽の中で争ってきた。
故にテロリストの終わりは破滅だった。
当然のように奴らの物語は終わった。
しかし過程は輝かしかった。
囚われながらも、打ち滅ぼされる未来だとしても、そこにたらしめる事に意味を感じたから素敵に思えて、当事者たちからしたら革命の響きは、どうしようもない愚かな形だとしても、それは存在意義だったんだ。
だから織姫星と言う輝かしい一等星を背負ったそのウマ娘は、同じ未来を辿るかもしれない。
それでも救いは、まだ準備期間であること。
俺はホープフルステークスで定めた。
それまでこの世界におけるマフティーとしての在り方を確かめつつ、ミスターシービーとターフを描き続けた。 結果的にミスターシービーってウマ娘を通してマフティーたらしめる理由を得た。 ウマ娘の為に狂える存在として。
URAの危険人物で、中央の異端児としてカボチャ頭で描き続けた。 道化の如く俺はマフティーたらしめた。
でも、たらしめる前に道はもう見えていた。
どうなるのか聞こえていた。
___ こ こ か ら が 地 獄 だ ぞ ? ?
「娘さんは、分かっているんですね…」
「ええ、分かってます。 これから厳しい世界で織姫星と共に駆けることを。 だからタイミング的に私は妻が入院している都内まで引っ越す事にしました。 娘もそこを目指している。 それに…あそこなら、中央なら、少しでも救われる気がしたから」
「……」
「私はもう娘を止められません。 止める権利も何も無い。 ただの親として、その道を選んだ子を見守るだけ。 背負わせてしまった家族の弱さと、託してしまった願いが果たされるように。 星に願うようにその下で…」
後戻りはできないようだ。
いや、マフティーに後戻りはない。
役目を捨てることは出来る。 でもその責任は間違いなく自分に降り注ぐだろう。 そうなれば己は潰されてしまう。 落としてしまった、降ろしてしまった、踏み外してしまった、そんなペナルティーのように苦しむ。
だから後戻りの先に希望はない。
でも…
そのウマ娘が、もしマフティーのようなら。
それが使命感になると言うのなら。
彼女は間違いなくたらしめようと進み続ける。
鉄華団のように、ハサウェイのように。
「もし……」
男は声を溢す。
「もし、マフティーの様になってしまう娘に、理解してくれる者が居たとしたら。 それは…」
叶わないと思う願いでも、言わずにいられなかった自分の弱さを噛み締めながら、呟く。
「マフTだけだろうか…」
湯船が揺れる。
いや、俺の中にある役割が揺れる。
それが、水面に浸透しただけ。
だから、呼吸する様に自然と……俺は。
「__それは、求めている…のですか?」
「………かもしれません」
まるで夜の宇宙を見上げるように答える。
男の物憂げな眼は既視感を残して。
つづく
もうバレているとおもけど、あの一等星なウマ娘です。ぶっちゃけ実装されたらどのようなストーリーになるか楽しみで仕方ない。多分重たいシナリオになりそうだけど、それ系も重要だから実装はよ。
メジロドーベルは引けましたか?(震え声)
-
単発で引いた。
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10連で引いた。
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20連以上で引いた。
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100連以上で引けた……
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爆死ッン!バクシーン!!
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親の顔よりも見た天井。
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今回は見送り(差しのコツ)