もう1つの交響曲   作:恋音

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二曲目 正義のない言葉。

 

 ロイド・アーヴィングは、未知との遭遇の結果──遅刻した。

 

 そのため、当然のように怒られていた。

 

「で、貴女が道端で出会った、という子?」

 

 イセリア村で唯一の教師、リフィル・セイジは、眉間にしわを寄せてロイドの隣に立つ少女を見つめていた。

 村でも珍しい教養の担い手である彼女の視線は、まるで天秤のように冷静かつ慎重だった。

 

 

「はい、こんにちは」

 

 少女はにっこりと清楚な笑顔を浮かべ、手を軽く振った。

 ターコイズブルーの髪が肩のあたりでふわりと揺れ、見た目だけなら上品で人懐っこい印象すら与える。

 

 リフィルは己の弟と似たような年齢の、この辺りでは見たことがない少女に訝しげな顔をした。

 

「ニケです、婿探しに来ました。この際年齢は問いません、長生きしてくれるイケメン探してます。ハーフエルフなので長生きします。老後はまかせて!」

 

 ちょっとごめんなんて言ってるか分からない。

 

 清楚な笑顔でにこりと微笑むのに、にじみ出る何かが邪魔をして『わー!可愛いー』とならない。なんなら彼氏じゃなくてすっ飛ばして婿探しの時点で頭が追いついてこない。

 

 ロイドはというと、隣で『ああ、やっぱり紹介しない方がよかったかも……』と、ほぼ現実逃避気味に壁の染みを見つめていた。

 さっきは困ってるっぽいから放っとけないな、なんて思って手を差し伸べたが、今はなぜあの時、己の脳が優しさを選択したのかを問い詰めたい気持ちだった。

 

 

「……。」

 

 リフィルは言葉を失っていた。

 驚いたでは済まない。本能的な衝撃だった。

 

 この少女は、ハーフエルフだと、堂々と名乗った。

 

 人前で。

 イセリアの教室で。

 教壇の前で。

 何の躊躇もなく、まるで「こんにちは」くらいの気軽さで。

 

 リフィル・セイジ、ジーニアス・セイジはイセリアの村でエルフとして暮らしている。

 だが、真実は違う。彼らは差別の中に生まれたハーフエルフである

 

 それは村の誰にも言ってはならない秘密だった。

 たとえ親しい人であっても。

 ハーフエルフであるというだけで、ディザイアンと同じ目で見られるこの世界で、それは命綱に等しい。

 

「(何故、この子はそれを名乗れる?)」

 

 

 ふと、教室の隅で視線が合った。

 ジーニアス。弟の顔は、明らかに強張っていた。

 

 彼も同じ衝撃を受けたのだろう。

 もしかしたらまだ多感な少年の困惑は、リフィル以上かもしれない。

 

「え……ハーフエルフって、ディザイアンの仲間!?」

「やばくない? え、でも……どういうこと?」

 

 ざわっと、生徒たちがざわめき始めた。

 明らかに警戒の色を含んだ動揺。怯えと差別が染みついた反応だった。

 

 しかし、そんな中あっけらかんと、カラッとした晴天みたいな言葉がひびいた。

 

「ちげーよ。なんか、親がエルフと人間なんだってさ。ディザイアンとは違うって言ってた」

 

 ロイドの声は無邪気だった。

 それゆえに、何より強かった。

 

 彼の中にあるのは、経験や知識ではなく、ただの『聞いたままを信じる素直さ』だった。それは善悪も、正義もない。素直さだった。

 

 

 その一言が、教室の空気をほんの少し緩めた。

 ざわめきは残っている。警戒も残っている。

 

 ──だが確かに、敵意は後退した。

 

「(こんな、簡単なことで……?)」

 

 『素直に言うこと』『素直に信じること』がどれだけ恐ろしく、どれだけすごいことか。

 

 

 

 そして、同時に思い出す。

 

 今日は、その日だ。

 世界が再び動き出す、特別な一日。

 

「信託が下ったわ……!神子!」

「はい、先生」

 

 神子コレット・ブルーネルが、女神マーテルの神託を受ける神託の日。

 

 教室に痛々しいほど眩い光が入り込んでいた。

 

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