ジーニアスは新しい風を感じていた。
胸が、わずかに高鳴る。
それは恋というには少し違う。けれど、同族としての親近感や好奇心が、少年の胸を静かに揺らしていた。
この村で、いやこの世界で決して明かしてはいけないはずの事実を、涼しい顔で告げた少女。
しかも彼氏通り越して婿探しを宣言しているところから正直、ぶっ飛んでいる。まかり間違っても巻き込まれ事故を起こしそうなので見うちにはしたくないのだが。
でも彼女のおかげで、ハーフエルフも案外、ロイドみたいな人間には受け入れられるんだってことが分かって安心したしホッとした事は確かだった。
「ニケはどこから来たの?」
「アスカード辺りなの」
「アスカード?」
「海を越えた先にあるのよ」
あぁ、この子は世界を知っている子なんだろうな。
その答えはさらりとしていて、けれどどこか物語のように遠い場所に感じられた。あまり旅の記憶が無いジーニアスにとって知的好奇心を擽る言葉だった。
ターコイズブルーの髪が光を弾いて揺れるたび、ジーニアスは思う。
「(婿探し、か。僕も長寿種だし、探すのなら早めにお、お嫁さん、見つけた方が……)」
絶対にニケでは無いことだけはたしかだ。
先程、信託の光がで降り注いだからか教室は浮き足立っている。
聖堂の様子をリフィルが確認しに教室を出ていった。コレットは一緒に行こうとしたが、リフィルは、「本当に神託なら、司祭たちが迎えに来るはずよ。ここで待っていなさい」とだけ言って、去っていった。
ニケと話をしていたジーニアスだったが……。
「ロイド、どこ行くの?」
ジーニアスが目敏く教室を出ていこうとするロイドを発見した。己の姉の怒り具合を想像してげんなりしたのだが、ロイドは『やべー』と苦い顔をするだけだった。
「だって気になるだろ?昔から予言の日にはコレットが再生のみことして信託を受けるとか言われてるけど、実際どんなこと起きるのか全然知らされてないし……」
「でも姉さんは自習しろって言ってたよ」
「課外授業の自習だよ」
自信満々の言葉にジーニアスはガックリ肩を落とす。
「そんなの屁理屈だ!」
「屁理屈だって理屈だろ?お前も一緒に行くよな?親友だもんな!」
いたずら小僧のような笑顔で腕をつかまれ、ジーニアスは観念したようにため息をついた。
ロイドはすぐに振り返って、もう一人の幼なじみに声を掛ける。
「コレットもいかないか?」
「え、あ、うん。えっと、どこへ?」
ふわっと瞬きする金のまつげ。内容を理解していないまま「いいよ」と言ってしまう当事者意識のないコレットの様子に、ジーニアスは何度目かの深い深い溜息を吐いた。
「ロイドは気になるの?」
「気になるつーの!」
「じゃあ、私も気になることにするね」
幼なじみの3人組が聖堂へ向けてドワーフの誓いを胸にすすもうとしたとき、乱入者があった。
「私も行ってもいい?」
ひょっこりと現れたターコイズブルーの髪。
本日の特大トラブルメーカー、ニケである。
「ニケまで……!」
「だって私、別にここの生徒じゃないもの」
その言い分はもっともすぎて、逆に反論できない。
リフィルが聖堂に向かい、自分たちも聖堂に向かう。なんと恐ろしいことか。
正直、不可侵条約を結んでいるのにイセリア村にディザイアンがやってきたことより、激おこ状態のリフィルに会う方が怖い。
鉢合わせないことを祈りつつ、不穏な気配に怯えながらジーニアスは『やれやれ、僕が見張らなきゃ』というスタンスで向かうことにしたのだった。無駄なあがきではある。
ニケは不思議な女の子だった。
「きゃあ、こわぁい……」
「……あのさ、ニケ。俺、初対面のお前が『どっかに色っぽい男いないかな〜!』って声張り上げてるのに知ってるんだけど」
悲鳴を上げているけど、なんか、すごく騙す気がないのか演技が下手なのか分からないがぶりっ子だって凄くわかる。
「むぅ……」
コレットが小さく頬を膨らます。
ニケは分かりやすく『ロイドに媚びを売ってた』のだ。
ロイドの双剣、ジーニアスのけん玉を用いた魔術、コレットのチャクラム。3人に対してきゃあきゃあと褒めたたえた。
タチが悪いのは『え、なんでチャクラムでそんなに攻撃できるの……?すごすぎない……?神子様って天才?』と、コレットに対してはガチトーンで、零れたように褒めていたところである。
「オタオタくらいではビビらないだろ」
「さっすがぁ!」
「へへ、これでも家が山ん中だからさ」
「しらなかったあ!」
「知らなかっ……? まぁいいや。ジーニアスの魔術だってすごいだろ?」
「すごぉい」
「ニケはどんな風に戦うんだ?」
「せ、せっ、セックス?」
「???」
「そうなんだぁ……!」
なんか今聞こえちゃいけない言葉聞こえたな。ジーニアスは年齢的には低いけど、ロイドとコレットに比べて知識があるので遠い目をした。
モテる女のさしすせそ。
ニケが使うにはあまりに邪道だった。邪道も道だよね。
「……クラトス・アウリオン……っ!?」
「……ニケ……っ!?」
聖堂で、まさかちょっとややこしい運命の出会いがあるとは、まだ知らなかった。