敵を倒しながら聖堂に向かった一行。
コレットは胸の中に渦巻く感情があった。
想い人ロイドのそばに急に現れたライバル。ニケの存在である。
「きゃあ、ロイドさん、すごぉい」
「なんだかなー……」
ロイドやジーニアスが微妙な顔をしているのだけが救いかもしれないが。
「神子様?」
コレットの表情が明るくないせいか、ニケは彼女に声をかけた。
「あっ、ニケさん」
「ニケでいいですよ〜。見た目は歳下ですし」
「あ、なら私もコレットでいいですよ」
「んー。じゃあコレット様?」
軽やかに飛び越えてくる距離感。
ニケの口調には悪意も棘も感じられないのに、胸の奥がざわりと波打つ。
「それにしてもジーニアスさんって、どうして剣玉使ってるの?」
「僕、これ使ってるとリズムで集中力がさ、高まるんだ」
「すごい……。コレット様のチャクラムもすごいけど剣玉もすごいな……」
先程までのおべっかと比べ、嘘偽り無いであろう言葉での賞賛にジーニアスは照れたように微笑む。コレットは、それを傍らで眺めていた。
「(私は……)」
複雑に絡み合う感情は形を成さず、心の中でゆっくり沈殿していく。
そんな時、視界の先に聖堂の白い尖塔が姿を現した。
聖堂の頂点からは、黄金の光が天へと伸びている。
それはまるで世界を祝福し、これから始まる救いを象徴するかのような神々しさだった。
思わず見惚れかけたその瞬間、隣のニケが口を開く。
「……聖堂の方から斬撃が聞こえるわ」
祝福に似つかわしくない、鉄の匂いを孕んだ言葉。
空気が一瞬で張り詰め、ロイドたちは弾かれたように駆け出した。
階段を駆け上がった先、祭司長らしき老人に向かって、ディザイアンと思しき影が鋭い刃を振り下ろしていた。
「やめてぇ!」
コレットは足がもつれそうになりながら駆けだした。
だがその叫びも、伸ばした手も届くことはなく──。
鋭い刃が振り抜かれる音。
白髪の祭司長が、聖堂の入口で崩れ落ちた。
「祭司長さま!祭司長さましっかり!」
「神子様……お逃げ、ください……」
「コレット……!なぜ来たんじゃ、早く逃げるのじゃ」
震える声と共に吐き出された言葉は血の匂いにかき消される。
祭司長の胸元には赤黒いしみが広がり、床石を濡らしていった。
祖母でもあるファイドラはコレットを庇うように敵対するものたちの前に出ようとした。
「──貴様が神子か」
低く、重圧的な声がコレットの頭から降り注ぐ。
「よし、神子よ。命を貰い受けるぞ」
「ディザイアんなんかにやらせるかよ!」
「ディザイアンか……ふははは!!!」
「なっ、何がおかしいんだよ」
「なら、その憎きディザイアンに殺されるがいい」
「コレット様、場所変わって!」
襲い来る敵を相手にロイドが皆を守ろうとし、ジーニアスが魔術の詠唱を始める。
祭司長の傷口を必死に抑えていたコレットは、ニケに押し出されて混乱したものの、チャクラムを手に取った。
「ニケ……、祭司長さまは」
「──くらえ!〝ファーストエイド〟!」
ニケの手から弱々しい光が放たれた。ファーストエイド。それはリフィルもよく扱う魔術であった。
回復魔術だ。
ニケは汗を流しながらチィッ!と舌打ちをする。
「だから回復は苦手なんだよ……このスットコドッコイ……!踏ん張りやがれよジジイ!もういっちょ、〝ファーストエイド〟!」
おしとやかなニケとは思えない治安の悪い言葉が聞こえたような気がしたが、コレットは一旦敵と向かい合った。幼なじみ二人にだけ任せてはられない。
巨大な鉄球を振り回す敵に苦戦している。
しかし、コレットが参戦したとて焼け石に水程度の抵抗でしかなかった。
──その時、燕尾が視界を遮る。
「あんたは……?」
「下がっていろ」
明るい茶色の髪が靡く一瞬。
ズドン、と音を立てて敵が崩れ落ちた。
「すごい……!」
子供たちの前に立った燕尾服を着た男が一撃で苦戦した相手を倒してしまったのだ。
「ボータ様、まずいです」
「……まさか貴様が現れるとはな。くっ、一時撤退するぞ!」
ボータ、と呼ばれた敵の大将らしき男が苦々しい顔をして男の顔を見た。
退避命令を下し、去っていく姿を見て歓声を上げたのはジーニアスだった。
「めちゃめちゃ強いよ、あのおじさん!」
「……そ、そうだな」
「無事か?無事のようだな」
その瞬間、彼の手元で何かがキラリと光った。
光は、血と煙の匂いの中で、妙に鮮やかに見えた。
「ふぅー……。重ねがけだけどようやく一命取り留めたって感じかもぉ。よっこらどっこい……しょ……」
その時、治癒が終わったニケが顔を上げた。
「……クラトス・アウリオン……っ!?」
「……ニケ……っ!?」
「──なんでここに!?」
「──なぜここに!?」
同時だった。
==========
神子は天からの審判を受ける。
それはただの儀式ではなく、魔物が巣食う聖堂の奥で行われる危険な試練だった。
聖堂内は何百年も差し込むことのなかった陽光を拒むかのように薄暗く、空気は重く淀み、石壁に残る冷気は肌を刺す。
そんな場に向かう神子の護衛に選ばれたのは、祖母ファイドラと意識を取り戻した祭司長の願いによるクラトスと──なぜかニケだった。
「拗ねるな」
「拗ねてない」
理由は単純、クラトスの強い推薦である。
命を救われた経験のある祭司長も渋々首を縦に振った。
もちろんロイドも護衛役に立候補したが、大人たちから一斉に却下された。
意外にも、その反対派にはニケも含まれていた。
『いい男は、長生きするものよ』
要するに『死ぬからやめときなさい』ということだ。
クラトスの「足手まとい」発言よりはるかに胸に突き刺さった。
しかし、機転をきかせたコレットが「ロイドも一緒に」と頼み込み、結局同行が許可された。
巻き込まれたジーニアスは「またか……」という諦めの顔で抵抗を放棄した。
「しかし、暗いなぁ」
ロイドの呟き。
太陽の光が入らない聖堂は、魔物の気配がするし薄暗い。
「ニケ、は、神子達の知り合いなのか」
「今日出会ったばかりなの。ね、ロイド」
「おう」
「…………。ニケ、お前そんなお淑やかだったか?お前は口元に手を当てて笑うというよりは大口開けて」
「──クラトス・アウリオン?」
「……お淑やかだったかもしれないな」
軽口を叩き合う姿に、三人の子供は顔を見合せた。
「ニケって、えっと、クラトスの知り合いなのか?」
なんだかついさっき同じようなことを聞かれたな、などと思いながらニケはロイドの方を見た。
「知り合いっていうか、腐れ縁?これでも婿探しで世界中放浪してるから……時々会うのよね」
「……傭兵として様々な土地を転々とするからな」
「昔は一緒に旅したこともあるけど、最近は本当に無かったから」
クラトスがふいにロイドへ視線を向ける。
「時に──ロイドと言ったか」
「なっ、なんだよ」
「その剣は我流か?」
ロイドがクラトスの言葉に頷くと、クラトスは古ぼけた初級の戦術指南書を取り出してロイドの手に置いた。
「剣を扱うなら基本くらい学んでおけ、神子を守りたいのだろう」
その声音には妙な重みがあった。
ロイドは一瞬むっとしたが、すぐに素直な頷きに変わった。
ギミックを解きつつ、迷いながら聖堂を進む。
戦闘が連続し、疲労も溜まり始めた頃、ソーサラーリングを手にした。マーテル協会の聖具と言われる火が出る指輪をロイドは嬉しそうに使った。
「そういえば、ニケはクラトスに興奮しないんだな」
「……興奮?」
「婿探ししてるんだろ?クラトスって、剣術も上手いし、かっこいいだろ?」
「やだよ。妻子持ちだもの」
「「「クラトス(さん)って結婚してるの?」」」
三人の声が見事に揃った。
「……いや、まぁ、そうだが」
珍しくたじろぐクラトス。
子供たちの目は期待と興奮でキラキラと輝く。
「試験を続けるぞ」
話題を力ずくで終わらせるように、クラトスは歩き出した。
──最上階。
そこはドーム状の天井に淡い光が点る、荘厳な空間だった。
コレットは何度か訪れたことのある場所だったが、今回は「神子」として立つ起点。
胸の鼓動が早鐘のように響き、足先まで熱くなる。
祭壇の中央で、クルシスの輝石が脈動するように光を放っていた。
するとドームの上から、白い羽を背中から生やした男性が舞い降りてきた。
「な……なんだ、あいつは」
「アレが天使だろう」
「じゃあ、まさかあの人がコレットの本当のお父さん?」
「我が名はレミエル。マナの血族の娘コレットを新たな神子として天に導くクルシスの天使」
クルシスの輝石が舞い上がる。
「世界の中心で眠るマーテル様を目覚めさせる時が来た」
授業で習っていた通りだ。
ジーニアスの興奮を尻目に、クルシスの輝石がコレットの方向へ飛んでくる。
「──素人質問で恐縮ですが」
「ニケぇ!?」
「レミエルサマに教えていただきたい事がありまして。マーテルを目覚めさせる、と言いますが封印された肉体のない女神をどうやって起こすんですか?神子にしかできない理由とはなんですか?耳元でラッパでも吹けば目覚め」
「黙っていろ」
スパーン!とクラトスがちゃちゃ入れし始めたニケの頭を力の限り叩いた。
「お前は神子の邪魔をしたいのか」
「邪魔したいわけじゃないけど」
「……。今、この時よりコレットは再生の神子となる」
レミエルは動じることなく、淡々と宣言を続ける。
「我々クルシスはこれを祝福し、シルヴァラントに救いの塔を与えよう」
窓の向こうに、雲を突き破る塔がいつの間にか出来ていた。てっぺんが見えない、大きな大きな塔。
「再生の神子コレットよ。救いの塔を守る封印を解き、かの地に刻まれた天の
「神子は確かにその任を承りました」
「よろしい。我らクルシスはそなたが封印を解放する事に天使の力を与えよう。そなたが天使として生まれ変わった時、この荒んだ世界は再生される」
コレットは手を握りしめて感謝の言葉を述べた。
次の目標は南の方角にある火の封印だ。
「あ、待って!お待ちくださいレミエルさま!」
去ろうとするレミエルを慌てて引き止めるコレットは、緊張した様子で手を握りしめていた。
「レミエルさまは、本当に……私のお父さん……」
「まず火の封印だ。よいな、我が最愛の娘、コレットよ」
「……!」
その一言に、コレットの瞳が潤み、輝きを増す。
レミエルは光の羽根を撒き散らしながら、静かに消えていった。
──こうして、世界再生の旅が幕を開けた。