もう1つの交響曲   作:恋音

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七曲目、ゴング、鳴り響く。

 

 天使になるということは、人ではなくなるということだ。

 

 

 火の封印を求めて、コレットたちは旧トリエット跡へ向かった。

 ひび割れた石床に刻まれた古い仕掛けをひとつずつ解除しながら進むその道のりは、外の砂漠とはまた違う熱を孕んでいた。

 湿り気を帯びたマグマのような熱風が洞窟内部をうねり、肌にまとわりつく。息を吸うたび喉の奥がじりじりと焼けるようで、誰もが額に汗をにじませていた。

 

 

「我が娘コレットよ、見事な働きだった」

 

 無事クトゥグハの試練を乗り越え、祭壇に祈りを捧げたコレットの元に天使レミエルは降臨した。

 天使レミエルは程なくイフリートが目覚める、といい。天使の力をコレットに与えるというのだ。

 

 天から三つの光がコレットの周りを照らし、コレットの体に吸収される。光が肌に吸い込まれると同時に、コレットの背から光の羽が芽吹くように現れた。

 ピンクから紫色にかけたグラデーションの光でできた羽。コレットはその羽で空を浮かぶ事が出来た。

 

 神託では、海を越えた東の大陸に次の封印があるということ。レミエルはそれだけ伝えると、光の粒子となってまた消えていくのだ。

 

 

 コレットはまだ扱いきれないながらも羽を生やしたり消したりしてみせる。

 ただそれだけの動作にジーニアスは大はしゃぎで飛び跳ねた。反対にリフィルは船旅という新しい問題に眉間へ深い皺を刻んでいた。

 

 しかし、旧トリエット跡を出た一行は、街へ戻るよりも先に思いがけない事態に足を止めることになる。

 

 天使への一歩。

 それはコレットの身体に大きな負担をかけることになるものだった。

 

 

「天使疾患、とでも言うべきものね」

 

 コレットは遺跡を出た瞬間倒れてしまったのだ。

 

 呼びかけても返る声が弱々しく、吐息すら頼りない。天使化による急激な肉体変化の影響だとリフィルはそう判断した。

 その場での移動は危険と判断し、一行は街へ戻るのを諦めて野宿をすることにした。

 

 焚き火の赤い揺らぎが、コレットの俯いた横顔を照らす。すぐに回復したとはいえ、どこか元気がない。

 

 マーボーカレーを食べながらコレットを心配しつつ、皆は雑談をしていた。

 

 ジーニアスやロイドは料理がそこそこ出来る。むしろ有り合わせで作るならばロイドが1番得意だろう。

 クラトスやニケは知らないが、一番料理ができそうなリフィルは、実はとんでもないものを作るのが得意だし、ジーニアスはお菓子やきっちり食材が揃っていれば料理人もかくやという料理を作れるが、あり物で何かをつくるというのは苦手だ。

 コレットは食材を砂漠に撒いて、魔物の餌にするのがオチだし、どのみちあの状態では料理などできるはずもない。

 

「どうして一気に天使にさせないのだろうって考えたけど、負担が大きいからなのね。神子様のことを気にするならゆっくり変化して行く方がいいと思うけど、もし私なら辛いことは早く終わらせたいものね」

「これが一気となると、恐ろしいわね。気絶所の話では済まないと思うわ」

 

 肉体の変化は精神にも少なからず影響はある。

 ニケとリフィルの会話は少々難しく、ロイドは気になっていることを問いかけた。

 

「そういえばクラトスもだけど、ニケもエクスフィアを付けているのか?」

「うん、付けているよ」

「二人はどうやってエクスフィアを手に入れたんだ?」

 

 ロイドの質問にまず答えたのはクラトスだった。

 

「私はディザイアンから奪った」

 

 続いてニケが口を開く。が、妙に困った顔をしていた。

 

「私は…………あれっ、なんだったっけ……。やばい本当に何が理由で手にしたんだっけ……?なんか当時の恋人か旦那か婚約者か運命の出会いをした色男に貰ったってことにしておこうかな」

「ニケさぁ〜……」

 

 呆れたロイドの声を遮るようにクラトスが再び声を上げた。

 

「私からも聞いていいか?」

「別にいいけど……」

「どういう経緯でドワーフに育てられたのだ?」

「森で母さんとノイシュと一緒に行き倒れてたところを親父に拾われたんだ。実際はディザイアンに襲われたってことだけどな」

 

 クラトスはその言葉に、短い沈黙で応えた。

 焚き火の音だけが、パチ、と乾いた音を響かせる。

 

「なるほどな。その話を聞く限りでは……父親も生きてはいまいな」

「じゃあ貴方が父親代わりになればいいんじゃない?」

 

 火の世話をしながら、ニケがさらりと口を挟む。

 悪気というより、完全に思いついたから言ったというような雰囲気だ。

 

「は……」

「いいじゃない。クラトスは子供と一緒に暮らしていないんでしょ」

「だっ、だが、ニケ、やめろ」

「このパーティーのお父さん役、よろしくね。お義父さま」

「や!め!ろ!」

 

 クラトスは焚き火の熱よりずっと強い拒絶を全身で示し、ニケはそれを楽しむかのように肩を揺らして笑った。

 ロイドは、この二人がどれだけ険悪そうに見えても絶妙に噛み合っているのを見て『仲良いなぁ』と思いながら眺めていた。

 

 

 ふと、ロイドはポケットにしまいっぱなしだった小さな包みの存在を思い出した。コレットの誕生日に渡すはずだった手作りのネックレス。

 このタイミングで出すのはどうかとも思ったが、少しでもコレットが元気づけばと、ポケットの中に突っ込んだままだった包みを取り出してコレットに差し出すと、コレットの顔に作り笑いではない笑顔が浮かんだ。

 しかし包みを開けた瞬間息を飲んだ。首飾りは壊れてしまっていたのだった。

 

「あ……壊れちゃってるね」

「いつ壊れたんだろう……ごめんな、作り直すよ」

「ごめんね、何度も手間をかけさせちゃって」

「いいんだよそんなの。それよりお前、全然食ってねーな。まだ具合悪いか?」

「ううん、もう平気。でもなんか食欲がわかなくって」

「食わねーと体が持たねーぞ」

「うん。そだね……」

 

 小さく頷くと、コレットは立ち上がった。

 

「私、ちょっと散歩してくるね…」

「ついて行こうか?」

「ありがと。でも、だいじょぶ。ロイドはご飯をたべてて」

 

 

 

 

 風がコレットの髪を持ち上げる。

 その身体は、人ならざるものへ変わり始めている。

 

「私……どうしちゃったの……」

 

 小さくこぼれた声は、夜風にすぐ溶けてしまった。

 

 先日の不調が嘘のように回復したコレットと共に、ロイドたちは次の封印へ海を越えた先にある新たな大陸を目指し、トリエットで物資の補給をした後、砂漠を後にして海を目指すのだった。

 

 

 ==========

 

 

「うわ……っ!誰だ!」

「今ロイドさんの部屋から菊の花を狙われた瞬間の悲鳴みたいな声が聞こえた気がする……!」

「ニケ……やめんか……」

 

 トリエットの宿でロイドが何者かに襲われるというトラブルはありはしたが。

 

 

 ==========

 

 

 世界最大の都。港町パルマコスタ。

 マーテル教会の聖堂がそびえ、港には大きな商船が絶えず往来し、学校まで備える活気に満ちた街だ。

 

 そこ向かうにはオサ山道という場所を超える必要があった。砂漠から平原を遮るオサ山道では謎の暗殺者が現れた。

 

「この中に、マナの神子は居るか?」

「あ、それ私です」

「……覚悟!」

 

 そう宜言をしたはいいが、運は良くなかった。

 

「「「……あ」」」

 

 コレットがいつものドジで、迫られた拍子に転んだ時に、その山道管理用の隠し通路の開閉スイッチを入れてしまい、謎の暗殺者は暗い坑道の中へ、長い悲鳴を残して落ちていってしまったのである。

 コレットは『あぁ〜!ど、どうしよう、やっちゃった』と心配していたが、結局出口付近でボロボロの姿の暗殺者と戦闘をすることになったのだった。

 

「ディザイアンの一員なのかな」

「いつの時代も、救いを拒否する者はいる、ということだ」

 

「……あの服」

 

 明らかにハーフエルフではなく、あの女は人族であるのに、世界再生を阻止しようとしたことになる。そんな人間がいるというのが衝撃であったし、驚きだった。

 

 

 

 

 結局、彼らがパルマコスタへ向かうには、どうしても海を渡らねばならなかった。

 トリエットにもっとも近い漁港、イズールドという、潮の匂いと静けさが支配する小さな村で、無理を言って船を出してもらった。村の青年マックスが舵を握り、波を割って進むこと三日。

 

 幸い、海の魔物に襲われることもなく、鮮やかな暖かい海を抜けた船は無事に大きな港町へと到着した。

 

「ここんとこ急に、海の魔物が増えてきて交易が滞るようになってきたんだ。俺たちも、なかなか滴に出られなくて、このままじゃいずれイズールドも廃村さ」

「ま、パルマコスタもなかなか大変だろうけどね。あそこは交易の街だから。それに、ディザイアンの人間牧場も傍にあることだし」

 

 恋敵への手紙を届けるために無理矢理船を出すことになったマックスの言葉の端に、諦めにも似た疲れが滲んでいた。

 

 そうして──。

 

 

 

「でかい街だなあ……」

 

 パルマコスタの港に降り立った瞬間、ロイドの口から漏れた感想はそれだった。

 

 港には巨大な帆船がいくつも停泊しており、船大工や商人、旅の者、魚を競り落とす漁師の声が入り混じっている。

 潮風と人の熱気で空気が賑やかだ。街の奥に広がる石造りの建物群は、イセリアとは比べものにならない規模だった。

 

 港を見回したロイドは、思っているより活気づく街に驚いた。とても、すぐ傍にディザイアンがいるとは思えない。

 イセリアの人々は、口には出さなくても常に連中の影に使えていた。だが、この街の人々の顔にはそうした暗い影はない。

 

 イセリア、パルマコスタ、アスカード。

 

 クラトスが船旅の道中で教えてくれた人間牧場の三つだ。傭兵や旅業の人間にはよく知られているようで、旅の途中に間違っても近づくことがないようにしているらしい。

 村から出ない人間には関係のない話だ、知らなくても当然だ。と言うが、やはりイセリアとは雰囲気が違っていた。

 

 

「──きゃあ!」

 

 パルマコスタの曲がり角で、コレットが一人の女と正面衝突した。

 弾かれた衝撃で、女の手にあったパルマコスタ名産のワインが石畳に落ち、甲高い音を立てて砕け散り、鮮やかな赤が地面へ広がり小さな血溜まりのように染み込んでいく。

 

 またやってる、とジーニアスはコレットのドジに肩を竦めるが、ここはいつものイセリアでは無い。

 女の連れである赤黒い髪の男が眉間に皺を寄せた。

 

「おいおいねーちゃん。こいつは大事なワインなんだぜ。それを割っちまうなんて──どう落とし前を付けてくれるんだ」

 

「じゃあ今すぐ代わりのワインを持ってきますね」

「代わりのワインだと?お前…──舐めた口聞くとただじゃおかないぜ」

 

 

「そんな物で──俺の怒りが収まるとでも思ってるのか?」

 

 完全にテンプレート通りのチンピラだった。

 ロイドは呆れ半分、苛立ち半分で口を開き、物の見事に綺麗な毒を吐いた。

 

 

「バカは因縁の付け方も品がねぇよなぁ」

「なんだと小僧!俺たちを誰だと思ってやがる!」

 

 その怒声の前に、スッと影が割り込んだ。

 

 ロイドの前に立つのは可憐な少女、ニケ。

 怒り狂っていた男は幼いながらも美しさの浮かぶその少女を前にして少し頬を赤らめたその時。

 

──ドカァン!

 

 男の体が派手に舞い上がり、内臓ごとふわりと浮いたかと思えば石畳に叩きつけられた。

 蹴り飛ばされたのだと気づいたのは、数秒後のこと。

 

 クラトスは、遠い目でそっと天を仰いだ。

 

「え…?」

 

 驚きの声を浮かべたのは誰だっただろうか。しかしながら、ニケの耳には届かなかった。

 

 ゆらりと歩み出た彼女は、蹴り飛ばした男を見下ろし──低く呟いた。

 

「ワインを割ったのはこちらの落ち度かもしれねぇけどなぁジャリガキ……、『どう落とし前を付ける』だの、『舐めた口』だの、終いにゃ『俺の怒りが収まるか』だと……?」

 

 声が変わっていた。

 澄んだ清楚な響きではない。獣の唸りのように荒く、刺々しい声音だ。

 

 一体どこの誰から出ている言葉なのか、一人を除き理解がワンテンポおくれた。

 

「に、ニケ……?」

「──ドタマかち割ってやろうかアァン!?てめぇこそ眼球付いてんのか!?そのしょーもねぇ金玉ぶら下げてるだけで目ん玉落っことしてんのかよ!?不注意でぶつかってんのはオタクじゃねぇんか?オォ?」

 

 罵詈雑言の塊だ。

 思わず誰もがその少女から距離を1mくらい置いた。

 

「おいおいおいおい兄ちゃんよぉ。てめぇのせいで私の腹の虫が治まらねぇよ、ちっせぇ玉で何舐めた口抜かしてんだゴラ奥歯ガタガタ言わせたりますがおい?誰に向かって物言ってんだクソこぎたねぇチンピラ風情でよぉ?」

 

「ニケー!?」

 

 恐ろしい顔はロイドたちから見えないのだけど背中から溢れ出る剣幕と怯えるチンピラの男の表情からどうなっているのか想像つく。

 

 

 思わず、といった様子でイセリア出身の四人はクラトスの元へ集まった。リフィルとて流石にちょっと引いている。嘘だ、かなり引いている。

 

「な、なぁクラトス……あれ……」

「にっ、ニケが壊れちゃった……!」

「どうしよう……私のせいで……」

「……あれがニケの本性って言うこと、かしら?」

 

 クラトスは頭が痛いと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「……ニケは、ガラが悪い」

「ガラが悪い。」

「あぁ、特に売られた喧嘩に関しては値下げされても値上げされても買うくらい、とても喧嘩っ早く、こういった典型的なチンピラはニケにとって玩具同然。別に楽しんで喧嘩しているわけではなく、普通に不愉快だからしているのだが……」

 

 説明のどこをどう切っても物騒だ。

 

「ヤツに『穏便に話し合いで解決』という言葉は存在しない。あるのは『穏便に暴力で沈める』だ。喧嘩だけは売らないように。それだけ避ければ、基本平和だ」

 

 説明の節々から物騒がとめどなく溢れてきて、ちょっともう完全にクラトス任せにする他ならなかった。

 

 

 

「で?てめぇはどこの誰なんだ?今すぐ開幕村焼きしてやるからよぉ、今すぐ落とし前付けろやおいガキ。いっそ人間牧場に放り込むか?」

「きゅ……、っ、だっ、誰に向かって舐めた口…─!」

「だから、どこの誰かって私が懇切丁寧に聞き遊ばしてやがるんだからとっとと答えろ」

「おっ!俺たちゃ再生の神子だぞ!?いっ、いいのか!?」

 

「……はァ!?」

 

 流石に聞き流せない言葉があった。

 突然始まった喧嘩に周囲の視線が集まっていた中で、男が言った言葉は圧倒的に『ニケを悪者』とする空気に変えた。

 

「──コレット」

 

 ご指名である。

 

「はっ、はい!」

「コレット。羽。」

「わ、分かったよ」

 

 しかしながらこちとら第一の封印を突破し、目に見えて天使になる道のりを進んでいる少女が居る。

 

 それは偽神子一行にとって最悪な状態に違いなかった。

 

 普段は『神子様』と呼ぶニケの変貌にちょっとドキドキしながら、コレットは羽を広げた。

 

「おぉ……」

 

 歓声が周りから広がる。

 明らかに『目に見えて神聖な証拠』が出てきて、周りの態度は一気に変わる。

 

「──で、誰が神子だって?」

「まっ、まさかあんたら……」

「神子を騙るクソ野郎共。お前らがそうなら遠慮は要らねぇなぁ?持ち物全部置いてけ、さもなくばてめぇのけつ毛丸ごとファイヤーボールで燃やしてやるからよぉ」

 

 おら飛び跳ねろやぁ!と、男だけではなく一行に対してターゲットを変えたニケ。

 クラトスはロイドとコレット。リフィルはジーニアスの目を塞いだ。教育に悪いので。

 

「ん……?天使文字……?」

 

 半泣きになりながら偽神子一行の懐から書物があったのを発見した。再生の書、と天使言語で書かれた本だ。ニケはこれを見せようとコレットを振り返った。

 

「クラトス、これ」

「あ、あぁ。それよりニケ……。子供たちの前だ、そろそろ被れ」

 

 あっ、戻れじゃなくて被れなんだ。じゃあ正気はそっちなんだぁ。

 

 ロイドとジーニアスはしみじみとそんなことを思った。

 

 

 

「は……!えっと、その……──こ、怖かったぁ」

 

 もう遅いよ。

 

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