もう1つの交響曲   作:恋音

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八曲目、マグニス様だ、豚が。

 

 一行は、パルマコスタの総督府へ向かうことになった。

 学問所とマーテル教会の正面に位置するその建物は、港町らしい実用性と権威を併せ持ち、白い石造りの外壁がひときわ目を引く。

 

 応接の間で彼らを迎えたのは、総督ドア、その娘キリア、そして部下のニールだった。

 当初こそ警戒の色を隠さなかったドアだったが、偽の神子一行に再生の書を渡してしまった経緯を知るや、みるみるうちに顔色を変えた。

 

 再生の書は天使言語で書かれているため誰も読めない。そのため内容も把握していなかったのだ。

 

 かつてイセリア聖堂で修行をしていたというパルマコスタのマーチ祭司長の話によれば、最初の神子導師スピリチュアルが行った世界再生の旅は、すべて一冊の書に記録されていたという。

 

 再生の旅に関する書はバラクラフ王家に納められていたが、王朝滅亡の混乱の中で持ち出され、現存する記録はこの一冊のみ。

 そして、それを代々管理してきたのがパルマコスタ総督府だった。

 

 パルマコスタは、スピリチュアルが最初に説法を行った地であり、同時に世界最大級の都市でもある。

 その象徴として、再生の書はこの地に置かれていたのだ。

 

「ニケがたまたま、再生の書をカツアゲしたからいいもの……これだから人間って」

 

 アウト寄りの発言をしたジーニアスをリフィルはしばき倒した。

 

 ともあれ。

 再生の書は無事に神子達の手に渡ることが出来たのだ。

 

 

「では、水の封印に向かうべきだな」

 

 

 クラトスの発言により一行は再生の書に記された情報を元に向かうところだった。

 

 ノヴァという旅の者達が光る鳥を見かけたという話を聞いていた。オサ山道で見かけたという情報を聞きつつも、彼らは次の目的地、ソダ間欠泉に向かおうのが自然の流れだった。

 

 一行は旅の無事を祈るため、祈りの小屋に立ち寄る。その時だった。

 

「あんたら……パルマコスタから来たのか?」

 

 祈りの小屋の入り口に立っていた男は、旅慣れた風体だった。

 声は低いが、脅すような調子ではない。むしろ、どこか急かすような響きだった。

 

「……そうだけど」

 

 ロイドが一歩前に出て応じる。

 

「なら、しばらくここに留まった方がいい。間違っても今はパルマコスタに戻らないことだな」

「……パルマコスタに、何かあったのか?」

「ディザイアン達がパルマコスタへ向かったらしいんです」

「なんだって!?」

 

 空気が一変した。

 さらに、近くの人間牧場の主、マグニスも同行していたという。

 

 一行は即座に踵を返し、パルマコスタへ戻ることになる。

 だが、ロイドの足取りはあまりに早く、焦りが隠せていなかった。いる。

 

「冷静さをかくと誤った判断や行動をしかねんぞ」

「ロイド、貴方の気持ちは真っ直ぐなただしいものよ。だからといって仲間の言葉に耳を傾けないのはいただけないわね」

「そうよロイドさん、まずは落ち着いて。とりあえず賢者タイムになりましょ」

 

「……ニケ、気が抜けるから真面目なところでちゃらけるのやめてくれよぉ」

「大真面目なのに?でもねロイドさん。パルマコスタも心配だけど、それ以上にクラトスたちは貴方のことをとっても心配しているの」

 

 ロイドは、はっとして足を止めた。

 

「……ごめん」

 

 そう呟いて、クラトスを見上げる。

 

「クラトスも……ありがとう」

 

 短く頷くクラトス。

 

 こうして一行は、気を引き締め直し、再びパルマコスタへと戻るのだった。

 

 

 ==========

 

 

 広場には多くの人々が集まり、遠巻きにしているのを見て、ロイドは革手袋に包まれた拳を怒りに震わせた。

 

「──酷すぎる……!」

 

 遅れて追いついたジーニアスが息を詰まらせ、コレットは胸元で手を組んだまま、視線を逸らすことが出来ずにいた。

 

 広場の中央には簡素な処刑台が組まれている。左右に渡された柱、その間に下がるロープの輪。

 そこに立たされているのは、四十代ほどの女性だった。両手は背後で縛られ、顔色は青白い。足元に視線を落としたまま、震える呼吸だけがはっきりと見て取れた。

 

「どけ! マグニス様のお通りだ!」

 

 怒号と共に人垣が割れる。

 

 現れた男は、他のディザイアンとは明らかに違っていた。兜は被らず、筋張った身体を晒すような服装。縮れた赤い髪を後ろで束ね、左目には深い傷痕が走っている。

 その風貌だけで、力と暴力を信奉していることが分かる男だった。

 

「東の牧場のマグニスだ……」

 

 そう呟いた男を耳聡く拾ったマグニスは、軽々と首を掴んで持ち上げた。

 

「マグニス様、だ。豚が……」

 

 その瞬間、バチンッという静電気のような音がマグニスの手から鳴り、マグニスは思わずといった様子で手を離す。

 マグニスは一瞬だけ不思議そうな顔をして自分の手を見下ろしてから、興味を失ったように群衆へ視線を向けた。

 

「この女は偉大なるマグニス様に逆らい我々への資材の提供を断った」

「よって、規定殺害数は越えるものの、この女の処刑が執り行われる事となった」

 

 ディザイアンがまるで罪状を読み上げるように言う。胸糞の悪い攻撃にロイドは握りこぶしをかためる。

 

「クソ!この街の兵士たちは何をしているんだよ!」

「演習でほとんど出払っているんだよ」

 

 小声で街の人が答えた。隙を狙ったディザイアンの襲撃に怒りが込み上げる。

 

「母さん!」

 

 一行の脇から絞首台に駆け寄ったのは子供だった。子供は目に涙を浮かべ、でも希望を見失っていない光を持っていた。

 

「あんたなんか、ドア総督が許すもんですか!」

「ドアか……ガハハ!無駄な望みは捨てるんだなあ!奴には何もできん!我々に逆らえばどうなるか、思い知らせてくれるわ!」

 

 マグニスは腕を上げた。それが下ろされた時、女性の足元の床が開くのだ。

 

「やめろ!」

 

 叫んだのは、そして剣技を飛ばしたのはロイドだった。

 まだ決めきれていないのはリフィルだった、彼女は仲間の方が大事で、世界再生の旅の方が大事だ。むやみやたらと危険に身をさらし

 

「ダメよ、ロイド。この街を襲わせたいの?」

 

 これに尽きる。抵抗をすれば酷くなり、そしてその被害を受けるのはこの街の人々だ。

 

 ロイドは双剣を抜いていた。

 

 パルマコスタでロイドは強い敵と戦うためには知らなければならないことが多いと考えていた。

 それを漏らしたロイドにクラトスは答えた。

 

──思慮の伴わぬ剣を振るい続けるのは容易だ。並の敵ならそれでカタも付こう。だが、本当の強敵と相対したときには通じはせん。ロイド、おまえはそれがわかりつつある。だから、おまえはもっと強くなるだろう。

 

 思慮した。

 だからロイドは、屁理屈の回答を持っていた。

 

「──目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!」

 

 その言葉に、迷いはなかった。

 

「私も、こんな処刑を見過ごすことはできません」

 

 コレットが、ロイドの隣に並ぶ。

 小さな肩は震えていたが、一歩も引かない様子を見てリフィルは呆れるように眉間に皺を寄せた。

 

「……お前は手配ナンバー0074のロイド・アーヴィングだな!」

 

 ディザイアンが確認するように言う。するとマグニスはちょうどいいと言わんばかりに顔に笑みを浮かべた。

 

「お前が例のエクスフィアを持っている小僧か。こいつはいい!ここでお前のエクスフィアを奪えば五聖刃の長になれる!──だが、この俺様をコケにしたやつの処刑が先だ」

 

 マグニスの号令で ディザイアンの手が動き、女の足元の床が抜けた。

 

 だが、首を締めるはずのロープは、次の瞬間、断ち切られていた。

 

 甲高い音を立てて、コレットの投げたチャクラムが回転し、ロープを切り裂いたのだ。

 

 女は腹を打って、微かにうめきはしたが、命は助かった。

 

 クラトスはその姿を見て薄ら微笑むと、その長剣を引き抜き、マグニスに切りかかる。そしてわざととも思えるような大きな声で言った。

 

「ならば、神子の意思を尊重しよう!」

 

 広場の隅々にまで響いた声に、人々の中に変化が起こった。

 

「神子様?」

「あれが、神子様なのか?」

「神子様が、わしらに力を貸してくださるのか!?」

「神子様が…」

 

 人々の様子がはっきりと変わった。怯えるだけだった顔に強い意思が浮かび、隠し持ってはいたが出すことができなかった、棍棒や、ナイフや、包丁などを、次々と取り出し、じりじりとマグニスたちに近づき始めた。

 マグニスのこめかみに太い血管が浮かび上がり、怒りに震えた。

 

「皆分かっているの?ディザイアンに逆らえばこの街が襲われるかもしれないのよ!」

「そうさ、分かっている。イセリアみたいに、今度は俺が牧場ごと叩き潰してやるさ!!」

 

 とんでもない屁理屈である。

 

「きゃー!ロイドさんかっこいい!抱いて!」

「ニケ!」

「嫌だわ、パパのお出ましみたい……。障害物はあればあるだけ燃えるけど、こんなうるさい姑は嫌ね」

 

 しぶるリフィルだったが、ロイドやコレットがディザイアンに狙われていることには変わりない。

 彼らはそれぞれの武器を手に、戦い始めた。

 

 

 

 

 

「本当に、皆かっこいいよ」

 

 眩しいものを見るようにニケは微笑んだ。

 それはなんの曇りもない晴れやかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

「──ニケ、話がある」

「告白?」

「……違う。私とお前のことに関しての話だ」

 

 

「告白だ……!」

 

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