転生最高司祭ちゃんが行く原作再現   作:赤サク冷奴

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およそ一年ぶりなので初投稿です


裏話 カーディナル&クリスチャン&アドミン

 

 

「ぅ、うぎゃぁぁぁぁ…………!!」

 

 ゴロゴロ、ドンドン、じたばた。

 

 日記を両手に、カセドラル最上階の床を転げ周り、頭を叩きつけているのは、己にとって二百年来の宿敵……である筈の、最高司祭アドミニストレータ。

 

 一旦止まったかと思えば、日記をじっと見詰めて、先の奇行に逆戻りし、顔を真っ赤にしながら奇声を上げていた。

 

 ──この歳にもなって、どこぞの若い乙女か貴様は!

 

 叫びたくなる気持ちを抑えると、眉間を揉みほぐしながら、カーディナルは目の前の惨状から目を逸らした。

 

 アドミニストレータ、もといクィネラのフラクトライトが転写されていたカーディナルであるので、彼女の性格や好み、趣味は勿論のこと、擬似的な前世の記憶も所有している。

 

 擬似的、というのは、クィネラになってから、前世の記憶の情報を思い出したりノートに書き留める事で、新たにフラクトライトの記憶として刻み込まれたものだ。

 

 長年の思索により、クィネラもカーディナルも、前世の記憶はフラクトライトではない不明な領域にあると結論付けており、確証もある。

 

 ただ、記憶とは常に更新されるものだ。過去の記憶を思い出補正で新しく上書きするように、クィネラが前世の記憶を振り返る度、その記憶は少しずつライトキューブという保存領域に記憶されていった。

 

 それが、カーディナルの保有する擬似的な前世の記憶の正体である。

 

 クィネラとてその存在を知っていた為、転生してからの痴態と共に、その蓄積された前世の記憶も予め消去しておいたのだが……カーディナルは、クリスチャンによって記憶を取り戻すキッカケを得て、その大部分を修復させるに至った。

 

 だからこそ、カーディナルは呆れていた。

 

 大した特徴の無い、サブカル好きで甘味好きな一般男性の魂に、まだ純粋さを秘めていたクィネラの魂は、あまりに相性が良かったのだろうか。

 

 結果的に、クィネラに備わる女の子らしさを助長することになり、こんな好きな人にラブレターを貰った思春期少女の如く悶絶しているという訳だった。

 

 つまりクィネラには、普通に恋愛できる女々しさを、当たり前のように持ち合わせていたのだ。

 

「…………はぁ」

 

 それに比べて、自分はどうかと考える。

 

 クィネラの自我が崩壊した為、あくまでも〝カーディナル・システムのサブプロセス〟としての自己を形成しているこの魂は、逆上せあがってしまうような恋を知らない。

 

 カーディナルの心にあるのは、「ああ、好きだな……」と、どこか遠くを見るように思う、淡い恋心。

 

 それを長年温め続けてきていた。

 

 元は同一存在だ。理由が様々あるにせよ、好きな人が同じであるのも、きっと道理なのであろう。

 

 しかし、こうして出来上がった三角関係を終わらせるには、どうすればいいのか。

 

 それは簡単で、引ける者が引けばいい。この場合、引ける者に当て嵌るのは、自分だった、と言うだけなのだ。

 

 ──そう、納得すればいいものを。

 

 心の奥で、火が燻った。

 

 たかが自分如きの身勝手で、努力の果てに得た幸せを奪う訳にはいかない。

 

 真に彼女の想いを知っているからこそ、どうにも出来ないのだ。

 

「ひぁぁぁぁぁ…………!」

 

 そんな苦悩など知る由もなく、アドミニストレータは頭を地面に打ち付け、一瞬シャッキリしたと思えば、直ぐにでへでへと顔を緩ませる。

 

 そんな光景を延々と見させられては、複雑な気持ちも段々とイライラへ転じ始める。自分の存在に気付いていないのだから、これ見よがしに、という訳ではない。

 だがどうにもこちらに見せつけられてるようでならなかった。

 

 いつまでも見ていると、その内自分まで発狂しそうだ。

 

 カーディナルは光素を生成して、逃げ帰るように昇降盤から下階に下りた。

 

 

 

 

 人界暦381年6月2日……アドミニストレータは一週間ほどの眠りに就いた後、目を覚ました。

 

 逆に言えば、目が覚めるのに一週間の猶予があったので、戦いを終えたカーディナルらが好き放題するのは掌を返すよりも容易かった。

 

 先ずは此度の事情の説明と周知の為、整合騎士長ベルクーリの懐柔から始めることになったが……

 

 ──そうか。猊下もようやく吹っ切れたのか。整合騎士を全員追い出すもんだから、何かあるとは思ったが、そりゃ良い報告だな

 

 娘の成長を喜ぶ父親の如くしみじみと頷き、顎髭を撫ぜるベルクーリの反応に、ユージオとアリスがまさかと驚いていた。

 

 どんなに厚い仮面で覆おうと、クリスチャンに次いで傍にいる時間の長いベルクーリが、気付かないはずも無かった。

 

 当然、カーディナルはこの事を分かっていて行動を起こしていた。記憶に刻まれている原作の流れを踏襲すれば、多少のイレギュラーはあろうと、確実に最終負荷実験を乗り越えられる筈だと。

 

 よってカーディナルの目標は、整合騎士とキリトらの間に余計な軋轢を生むことなく大戦を開始させることだった。

 

 ベルクーリとクリスチャンの呼び掛けで果ての山脈の防衛任務に就いていた者も含め、一旦全整合騎士が集められた後、説明がなされた。

 

 ──最高司祭は、長く生き続けたが故に心を病み、民の半分を兵器に転化するという恐ろしい計画を立てていた

 

 ──食い止めたのは、キリトとユージオ、アリスであり、三人の尽力の末に、最高司祭が正気に戻られた

 

 ──しかしキリトは戦いの末に、長い昏睡状態に陥ってしまった

 

 シンセサイズの秘儀については、アドミニストレータの口から語るまで伏せることとした。言うまでもなく大きな混乱を生む真実で、本人不在のままでは何かしらの誤解も生まれること請け合いだろう。

 

 しかし、アドミニストレータが正気を失い、かつ、カーディナルの助力を受けたとはいえ、下位整合騎士二人と整合騎士アリスのみで戦い、勝利した事は、あまりにも衝撃的過ぎた。

 

 最高司祭の敗北は、三百年に渡り人界を支配してきた彼女が、決して完全無欠などでは無いことを証明してしまったのだ。

 

「おや、カーディナル様。今日もクィネラ様のお見舞いで……?」

 

 九十九階に降りると、まさにクリスチャンが階段から上がってきた所だった。カーディナルが少し嫌そうな顔をして、クリスチャンの言動を訂正させた。

 

「阿呆ゥ。何が見舞いじゃ。ただの確認に決まっておろうが」

「それはそれは。……では、まだお目覚めではありませんか?」

「奴は起きておるぞ、とっくに」

「え」

 

 一言素っ頓狂な声を上げてから、クリスチャンが無言で横を通り過ぎようとする。その腕をカーディナルが掴んで引き留めた。

 

「…………離してくれ」

「ハァ……いま会うのは止めておけ、馬鹿者。お主が書いた遺言返しに悶絶している所じゃ。お主に見られでもしたら今度こそ自死しかねんぞ」

「は? 何それめちゃくちゃ見たいんだが」

 

 キョトンと、真顔で言っているが、カーディナルは分かり易く顔を顰めながら忠告する。

 

「奴の名誉の為じゃよ。貴様とて、分からないなんて事はあるまい」

「……どういう事だ」

「決まっておろう。毎日毎日、裸のあやつと一緒に同衾する度に、背中を見せながら丸まりおって。盛りのついた猿か全く……」

「…………!? そ、そそそんな訳ないだろ馬鹿にするな! 大体俺は、一度は年老いた身だぞ!」

 

 カーディナルは思わず噴き出した。動揺っぷりのなんと激しいことか。背を向き肩を震わせる様子に、クリスチャンが顔を赤くして睨み付ける。

 

「……ふぅ、度し難いほど、滑稽極まりないのう。その程度、自分で発散すれば良かったものを」

「してたに決まってるだろ! 裸で抱きつかれたらムラムラするんだよ、俺でもな……」

 

 そこまでになって、なぜ襲わないのかとカーディナルは呆れた。

 

 クリスチャンは、よく言えば貞操がしっかりしていると言えるが、悪く言えばヘタレているだけだ。

 

 アドミニストレータ自身でもあったカーディナルだからこそ言える。アレは、クリスチャンになら無理矢理にされようと喜んで啼くと。

 

「そこは無理にでも手篭めにするのが男じゃろうが」

「どうしてそうなるんだよ。一番ダメだろ。俺はそんな鬼畜外道にはなりたくない」

「……遅くなってからでは知らんぞ?」

 

 暗に、《魂の寿命》の事を示唆してやると、クリスチャンの顔に翳りが現れた。

 

 そもそも原作のアドミニストレータの記憶容量は、ほぼ数年分しか残っていなかった。それよりももっと濃密な生き方をしてきたこのアドミニストレータとクリスチャンには、もはやその猶予すらない。

 

 それを自覚してのことか、クリスチャンはそこから動かなかった。

 

「残り少ない時間をどう使うか、それを決めるのは貴様じゃろう」

 

 ふん、と鼻を鳴らして歩き去ってから、元老院に通ずる狭い廊下で立ち止まった。

 

 左拳が、金属質の壁に叩きつけられる。

 

 じんじんと痛んだ。

 

 それこそ、泣いてしまいそうなくらいに。

 

「私なら…………私なら、絶対に…………」

 

 

 

 ──こんな想い、さっさと割り切れれば良いのに

 

 

 

 そう思えど、簡単に断ち切れるものではなく。

 

 ましてや、その気持ちを告げる事なんて、あってはならないのだ。

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

「……クィネラ様」

「──ふあっ!? い、いきなり耳許で囁かないで!」

 

「クィネラ様? お顔が赤いようですが……」

「あ、当たり前でしょ……! ひうっ、顔近づけないで……!」

 

「お疲れですか、クィネラ様。さぁ、こちらへどうぞ」

「ちょっ……誰も居ないからって抱き着かないでよぉ……!」

 

 

 これは、ここ数日における、カーディナルが記憶する限りのアドミニストレータとクリスチャンの暮らしぶりだ。

 

 さも当然のように鬼畜(ドS)っぷりを発揮するクリスチャンと、イヤイヤ言いながらも満更でも無さそう(ドM)なアドミニストレータ。

 

 正直に言うと、そっちがその気なら、こちらにも用意はあるぞ? とまで思っていた。目の前で熱素を解放(リア充を爆発)してやろうかと思った瞬間が何度あったのかも、十から先は数えていない。

 

 ともかく、人目を憚らずにベタつきあっているのは確かだった。整合騎士達の内でも、「最高司祭様、また元老長に悪戯されてるなぁ……」と、暖かい目で見るのが常となってきている。

 

 よって、カーディナルとしては、とっくに告白から交際まで済ませているものと考えていたのだが……

 

「……は? まだ早いじゃと? 舐めておるのか、貴様」

「いや、よくよく考えたら、クィネラ様とまともにデートしていないなと思ってな……」

「本当に何を言っておるんじゃ。むしろ今までが常にお家デートみたいなものじゃろう。そんなの無くても問題あるまい」

「アリアリだよ。俺が小さい頃、クィネラ様にそう教わったんだ。人が結婚するまでには幾つかのステップがあるって。これを破ったら怒られるだろうが」

「……わしの記憶には、彼奴がそう言った記憶は無いぞ」

「粗方記憶を消したんなら、そんな細かい事わざわざ憶えてないだろう」

 

 告白どころの話ではなかった。自ら進むべき順路を逆戻りして、わざわざ再スタートしようとしている。

 既に告白まがいの事をして、クィネラもクリスチャンの気持ちには気付いている筈なのに。

 

 馬鹿じゃ、馬鹿がおる、と内心罵倒の嵐が吹き荒れた。

 

「それならデートにでも勝手に行けばいいじゃろう」

「……その、だな。どうやって誘えばいいんだ?」

「普通に誘え、そんなものは! 『私と央都まで出掛けませんか?』とかな!」

「ええぇ……それで断られたら気まずいだろ。俺、その場で崩れ落ちる自信があるぞ。いい方法は無いのか?」

「無いわ! ああもう、さっきから人がこう言えば、ああだこうだグチグチと……」

 

 まるで、どこぞの《黒の剣士》の様だ。いや、彼よりも酷いだろう。ハーレムは作れども、愛すべき(アスナ)に告白して、キスまでした。あの短期間で、遠くなった距離を縮めたキリトは、間違いなく女誑しと言える。

 

 が、こちらは何の成果も無し。剣の才能が随一の優秀な執事と元引きこもりのゲーマーのはずが、一体全体、何がここまでの差を生んでしまったのか。

 

 ──かの川原礫がこんなキャラクターを書くとしたら、もっとマシなヘタレ具体であったに違いあるまい

 

 どこぞの世界(アクセル・ワールド)においても、ぽっちゃりなゲーマー(有田春雪)が恋人を作ってしまったくらいだ。

 彼のヘタレさが如何なものかが窺える。

 

 この、どうしようもなくヘタレな執事を後押しすべく、カーディナルは長考の末、これを最終手段として採る事とした。

 

「……もう良いわ。会議を開くとしよう。今から名を呼んだ者を可能な限り招集するのじゃ。場所は95階、《暁星の望楼》にて行う」

 

 ……自分でも案が思い浮かばなかった、と素直に言ってやるつもりは、仮にも賢者を自称するカーディナルの中には無かった。

 

 

 

 

「って言われてもねぇ……。先ずはそのヘタレを何とかしなさいよ。男でしょ?」

 

 円卓の向こう側。カーディナルと正反対の席から右に数えて二つの所に座るイーディス・シンセシス・テンは、会議早々、クリスチャンの不甲斐なさを罵った。

 

「……私、元老長のこと割と尊敬してたのよ? その評価返してくれない? あんなに誠実な人間だと思ってたのに、ヘタレとか信じられない」

「もっと言ってやるのじゃ、イーディス。あんな奴を尊敬する価値など無いと」

「お前は頼むから黙ってて下さい……」

 

 流石は、自分が最初に見出した対教会用の戦士だと、内心カーディナルは絶賛する。

 

 一方、事実であるので反論もできなかったクリスチャンがみるみるうちに縮こまっていく。

 

「……うーん、イーディス姉様の言う通りよ。クリスチャンが最高司祭様を大切にしようって思ってるのは、色んな形で伝わってると思う。でも告白しなきゃ、付き合えもしないわ!」

「……そう、ですかね」

 

 いくら愛を囁いたとしても、アドミニストレータという人間はどこまでも卑屈だ。付き合っているという認識さえしないだろう。

 

 アドミニストレータの自己評価が低過ぎる事が原因であるから、やはりクリスチャンが勇気を出す他に無い。

 

「アリスちゃんいい事言うね〜! 流石私の妹!」

「えへへ……あ、でも、クリスチャンに告白なんて出来るのかしら」

 

 アリスの言葉に、その向かいにいる人物が、人差し指を差しながら頷いた。

 

「そう、それそれ。なんでズバッて言わないの? 自信無さすぎじゃない? ねぇ、ネル」

 

 うぐっ、とクリスチャンに声を漏らさせたのは、両手を頭の後ろで組んで、脚をプラプラとさせる短髪の少女、フィゼル・シンセシス・トゥエニナイン。

 

 カーディナルが専ら、クリスチャンに対する攻撃要員として呼んだ整合騎士見習いの片割れだ。

 

 そのもう片割れも、フィゼルの言葉に激しく同意した。

 

「全くもってその通りですよ、ゼル。今回の議題がデート内容じゃなければ、ゴリ押しで告白して無理矢理押し倒すという完璧な計画を提案していました。元老長、あんまりに情けないと、いつかアドミニストレータ様に呆れられますよ?」

「それは言い過ぎです、リネル。……元老長様がお可哀想ですよ」

 

 苛烈な指摘をしたお下げの少女、リネル・シンセシス・トゥエニエイトを諭すのは、神聖術師団団長アユハ・フリア。五等爵家出身ながら、高位の術式を扱えるとしてカセドラル勤めとなり、現在はフェノメア枢機卿直下の師団長として活躍している優秀な人物だ。

 

 最近ではフィゼルとリネルの教育係もしているようだが、全くクリスチャンを擁護してないようにも聞こえるのは、きっと気のせいではないだろう。

 

「……元老長のヘタレ具合は、もうこの際治らないものとして考えるわ。それで、本題は二人の逢い引きなんでしょう?」

 

 この際治らないものと言われて、流石のクリスチャンも筋がピキリと立った。

 

 それを気にするものは、誰もいなかったようだが。

 

「そうじゃな。どのように告白に持ち込むか、これが重要となろう」

「でも私、央都の事なんか全然分からないわよ?」

「それを言えばあたしもだなぁ。あーあ、行ってみたいんだけどな〜」

「ですです。整合騎士でも、修道士でしょう? なら行っても構わないと思います」

 

 整合騎士であるイーディス、フィゼル、リネルの三人は、そもそも人界の民と関わる事が許されていない。よって、頼りになるのはその他の人間のみとなる。

 

「私は出掛けた事があるわ。北セントリアの夏至祭なら一通り回ってきたし、任せてちょうだい!」

「私も諸用で向かう事が多いので、央都に関して幾ばくかの知識がありますし、現在も夏至祭の催し物にも携わっておりますよ」

 

 その為にカーディナルが抜擢した内の二人が、このアリスとアユハだ。カセドラルの修道士は、特別にセントリアまで下りる事が許されている。

 

 しかし実のところ、アリスは夏至祭に行った頃、まだ見習いの修道士であったので、セントリアに出るのは原則的に禁じられていたりする。実際にその事でクリスチャンにお叱りを食らっており、生意気呼ばわりの原因となっているのだが、今は消沈のせいか口を挟んでくる様子もない。

 

 ふふん、と胸を張っているアリスを見て、アユハも苦笑して、特に咎めずに話を続ける。

 

「夏至祭は、アドミニストレータ様が公理教会を創始なさった日でありますから、私たち神聖術師団も盛大に祝福をします。宣伝になってしまいますが、八時の鐘には、神聖術を使った曲芸を行ったり、花火を打ち上げたりもしますよ」

「それに、食べ物も凄いのよ? 六区なんか通ったら、スコーンとかマドレーヌとか、色んな匂いに釣られてついつい食べ過ぎちゃうくらいなの。はぁぁ……跳ね鹿亭の限定ミルフィーユ、もう一度食べたいなあ……」

「うわあ、なにそれ……!」

 

 聞き慣れない単語の数々に、イーディスが目が輝せながら興味津々に聞き入っている。しかも食べ物はと言えば、アリスが嘆息してしまうほどの美味しさ。それを想像して、しかし行けないのだと思うと悔しさが沸いてくる。

 

「はぁ〜……行ってみたくなっちゃったじゃないの……」

「残念ですが許可はしかねますよ、シンセシス・テン」

「分かってるわよ。分かってるけど、クリスチャンってあいっかわらず変な所で融通利かないなぁ」

 

 ダメ元での発言だったが、にべもなく断られる辺り、クリスチャンの中でそこの線引きはしっかりしているのだろう。

 そんなクリスチャンの塩対応に、あーあ……と両肘を付いて、つまらなさそうに顔を乗っけた。

 

 すると、そう言えばとフィゼルが首を傾げた。

 

「あれ? 毎年夏至祭っていつやってたっけなぁ……」

「今月の25日ですよ、ゼル」

 

 へぇ! とフィゼルが感心したように声を上げる。ニヤニヤ顔で、隣に座るクリスチャンを肘で突いた。

 

「なら丁度いいんじゃないの? 元老長、夏至祭に逢い引きすれば?」

「ニヤニヤしながら肘鉄はやめて下さい。……思えば、この時期に二人で降りた事は無かった気もしますね」

「ふふっ、この時期に会議を開いてくれたカーディナルさまに感謝しなきゃ」

 

 特にそんな意図があった訳でないにせよ、これはカーディナルにとって使えるイベントだ。これ程好都合な機会はそうそう無いだろう。

 

「ふむ……じゃが、夏至祭の目玉は食べ物でも花火でも、大道芸でも無いじゃろう? そこを触れなくとも良いのか?」

 

 頬杖を突き、カーディナルが視線をアユハに向けられると、他の四人は「え」の口のまま、半開きで固まった。

 

 アユハの話を聞く限りでは、それこそが夏至祭の楽しみ方なのだと言わんばかりだ。

 なのに、目玉があるとはどういう事なのか。

 

「そんなものがあるの? 初めて聞いたわ」

「それも其のはずでしょう。あれは成人のみが参加できるものですから」

 

 成人と聞いて、何を思ったか、修道女三人組が顔を真っ赤にしている。カーディナルは紅茶に口をつけながら、呆れた物言いになった。

 

「何を勘違いしておる。ただの踊りじゃ、踊り」

「ふぇ?」

 

 座学で学んだ大人のあれこれを想像していた三人の頭が冷静になる。

 

「元々は、三神の加護を賜る為に、人々が供物を奉るという儀式でしたので、農村的要素の強い祭りでした。踊りを奉納する文化もそこから来ています。ですが、それを私達や元老が、教会の権威を維持する為に捻じ曲げた……その時の風習が、今でも残り続けているというだけですよ」

「げ、元老長閣下……それはあまりに明け透けでは」

 

 ぎょっとしてアユハが咎める。

 

 整合騎士とて教会が一枚岩では無いことは知っているが、敢えて貶めるような発言を、わざわざ彼女らが居る場で言うの必要は無い。

 

 もしかして、元老長は……と勘繰った思考を振り払い、溜息混じりに、カーディナルの意図を汲んで説明した。

 

「……元老長閣下の仰る通りなのですが、この踊りには、もう一つ、踊りあった男女が結婚するという伝統的儀礼も含まれておりました。その名残で、恋が実ると言い伝えられているのです」

 

 あくまでも、言い伝え。

 それこそ、『この木の下で告白したら……』でレベルの話だ。

 

 しかも、わざわざそんな事を、記憶領域の切迫しているクィネラが覚えている訳が無い……そうクリスチャンは考えていた。

 

 ただ、自分自身から明かせば、かなり効果的に意識させる事もできる。ここで改めて、自分がクィネラを好きなのだという事を自覚させなくては、すんなりとお付き合いもできない。

 

 真面目に思考をめぐらす傍で、赤眼が爛々と煌めいた。イーディスである。

 

 彼女は興奮気味に円卓に身を乗り出して、とち狂った事を口走った。

 

「つまり、私とアリスが踊れば、アリスと結婚できる、ってコト……!?」

「い、イーディス姉様……結婚は司祭の術式を用いないとできないし、そもそも同性同士なんて禁忌目録違反になっちゃうわ」

「いいのよ。整合騎士は禁忌目録に縛られないんだから」

「シンセシス・テン……私の前でよくそれを言えましたね」

 

 クリスチャンが眉尻をピクピクさせながら注意するも、馬耳東風とばかりに聞き流している。

 

 他の人なら冗談に聞こえるが、イーディスが禁忌目録を破った理由が理由(妹のため)なのだ。放置すると本当にやりかねないのである。

 

 とんだシスコンを連れてきやがって……と、今更になってクィネラを軽く恨み、呆れて溜息を一つ。頬杖をついて、逸れた話を戻す。

 

「まぁ、その案は悪くないので、それを主軸に考える事とします。後はこちらで調整するので、本日は解散という事で」

 

 そう言って、クリスチャンは立ち上がる。

 

 これだけ情報があれば、夏至祭の予定を組み上げるのは造作もない。

 と言うよりも、正直こいつらと居るのが疲れた、と本音の所で思っている。

 

 そうしてお暇しようとしたクリスチャンの腕が、くいと引っ張られる。

 

「……なんだよ、カーディナル」

「なんだとはなんじゃ。クィネラの好みを把握するわしが居なくてどうする。しかも、ただでさえ女心に疎いのじゃから、選択を誤って、クィネラに嫌われる可能性もある」

「……ッ!?」

 

 女心。

 

 クリスチャンには一生解せない、複雑怪奇な代物だ。

 

 今のクィネラは男要素が欠片ぐらいしか残っていないので、以前と勝手が違って、少し困っているくらいだった。

 

 距離が近いと顔が赤くなる……のは昔からそう変わらないが、突然ぷいっと顔を背けられたり、頬をぷくっとして不機嫌になりやすくなった。まぁ、そんな所が可愛いのだが……

 

 クリスチャンの趣味趣向はさておいても、クィネラの心が分からない時が多くなってしまったのは事実。

 

「じゃあ、カーディナルは後で執務室に──」

「ちょっと、あたし達も混ぜてよね」

 

 更に、反対側からもぐいっと手を引っ張られる。

 

「全くです。大体、何をするのか具体的に決めてないのですから、地図を確認して、順路を定めて、どんなお店を周っていくのか考えないと」

「……それを決める上で重要な今年の出店情報を握っているのは、監督役である私のみですからね。ここで話し合った方が、より計画が煮詰まるのでは?」

 

 フィゼルに続き、リネルとアユハがそんな事を言い出した。まさかのアユハの裏切りに、ブルータスお前もかとは斯くの如きか……と、かつてクィネラから教わった言葉を思い出してしまう程。

 恨めしい目で見ると、苦笑いで返された。後でフェノメアの仕事でも一つ押し付けてやろうと決意した。

 

 この場には、クリスチャンの味方はいない。

 イーディスも肩を竦めて、降伏を促した。

 

「観念することね、元老長。ここにいる子は、恋愛事に飢えてるんだから」

「わしまで恋愛に飢えているという言い方はやめて欲しいのじゃが……」

「あれ、違うの? 少なくとも、誰かに恋してるふうには見えるんだけど」

「それは……多分お主の目が腐っておるからじゃな、うん」

「酷い!?」

 

 少し前まで絶賛していたのに、見事なまでの掌返しだった。イーディスは泣いていいだろう。

 

 注目が集まってしまったので、コホン、とカーディナルが咳払いする。

 

「そういう訳じゃ。わしらで、完璧な戦略を企てようではないか」

 

 ニヤニヤする面々に辟易しつつも、クリスチャンは大人しく、席に着いたのだった……

 

 

 

 

 人界暦381年6月25日。

 

 この日、央都セントリアでは、大きな催し物が行われる。

 

 その名も、夏至祭という。

 

「…………」

 

 俺は、そこらの貴族が着るような上等な服で、この場に臨んでいた。

 

 セントリアに下りる時、俺はともかくとして、クィネラ様は変装をする。教会の司祭ほどになれば一目で分かってしまって、セントリア中に厳戒態勢が敷かれてしまうためだ。

 

 前回下りた際は、フード姿でのお忍びとなったのだが、今回は果たしてどうなっているのやら。

 

 北セントリアの噴水広場に、十五の鐘が鳴る前……14時50分にやって来てみると、噴水付近を遠巻きに囲むようにして、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 

 ──間違いなく、クィネラ様のせいだろうなぁ

 

 頭を抱えたくなるのを堪え、眉間のしわを解しながら人混みを掻き分けていく。すると、何かの本を読んでいたらしいクィネラ様が顔を上げて……

 

「……ん? あれ、もう来たの? まだ十分前なのに。律儀ね」

「ちょっと待った」

「えっ、どうしたの?」

 

 一旦、クィネラ様に背を向ける。でないと、この動揺は隠しきれそうに無かった。

 

 叩くような胸の鳴動を手で抑えながら、歯を食い縛る。

 

 

 ──いや、いやいやいや。クッソなんだよあれ、反則過ぎじゃないか

 

 

「クリス、どうかした? 具合でも悪い?」

 

 俺の謎行動を不審がったのだろう。クィネラ様がいきなり目の前にやってきて、俺の両肩に手を置いた。

 

 そうすれば必定、芳しい沈丁花の香りが鼻を掠めて、こちらを見上げる眼が視界に入る。

 

 鳥打帽から垣間見える銀髪は、地面に付くまで長かった筈が、耳が見えてしまいそうな程短く切り揃えられている。

 しかも、羽織ってる上着の袖も、穿いているズボンの丈も短くなっていて、二の腕や太腿が露わになっていた。

 

 術式で年齢を下げたのか、ほっそりした身体が惜しげも無く晒されて、健康美というか、少年じみた格好なのに、何故か可愛く見える。

 

 というか、可愛すぎる。美的な印象じゃなくて、純粋に可愛いのが俺の心に響いてしまった。気を許しているからか、少し男っぽい振る舞いになっていて、そこに生まれる隙だらけな雰囲気が服装とよく合っている。

 

 あークソ、このままカセドラルに持ち帰って四六時中眺められたらなぁ……!!

 

「い、いや、気にするな。少し、目に毒というか……」

「……へぇ〜? そうなんだ?」

 

 顔をちょっと赤らめると、からかうような勝気な笑みで迫ってきて、仰け反ってしまう。

 近距離攻撃はちょっとシャレにならないぞ、本当に。

 

「ふふん、この格好、良いでしょ? 絶対似合うからって、フェノメアがオススメしてくれたの」

「……服とかは分からないが、似合ってると思うぞ」

 

 ──フェノメア、グッジョブ!

 

 普段、過去のアレコレで、主に俺が気まずくなるからと避けてしまっているが、良い仕事をしてくれたなら話は別だ。

 今度何か礼をしてやろう。

 

「そうでしょ? この服の為に、わざわざ髪を短くして、14歳の見た目になったんだから。これなら最高司祭ってバレる心配もないわよね」

「まあ……そうだな。大丈夫だ、大丈夫」

 

 周囲の目を惹き付けている時点で、かなり危ういと思うが。

 

 でも、ちょっと自慢げなクィネラ様を見ていたら、そんな事を言う気も失せてくる。

 守りたい、この笑顔。

 

「今日はある程度回る所を決めているんだが、クィネラは行きたい所はあるか?」

 

 俺がそう言えば、クィネラ様は一瞬だけ気を取られたように見つめてきて、嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「んー、特に考えてないわね。それじゃ、エスコートはクリスがお願いね?」

「……承りました、クィネラお嬢様」

「んなっ……そういうのはナシって言ったでしょ」

 

 冗談めかしく、仰々しいお辞儀をした俺の胸を小さな拳で小突くと、右腕に抱き着くように掴まって、にひっと笑った。

 

 ──くっ、さっきから何なんだこの理性への直接攻撃は……!?

 

 ──クィネラ様は俺を殺す気か? そうなんだな!?

 

「じゃあ早速、連れてってくれる?」

「もちろん」

 

 だが、今日はあくまで、単なるデートだ。関係性を改めて確認するだけで、決してカセドラルにお持ち帰りして可愛がる訳ではない。

 いや、それはそれでめちゃくちゃしたいが。

 

「くふふっ……今日は全力で遊び呆けるわよ」

 

 何より、クィネラ様はもっと自分の容姿に頓着すべきだと思う。

 もう、俺の心臓の天命はゼロだ。頼むから死体蹴りはやめてくれ……

 

 

 

「クリスは、夏至祭は初めてなの?」

「あ、ああ。どうにも一人で行く気にはなれなくてな……」

 

 こうして二人で出る時、いつもクィネラ様は俺を愛称で呼んでくれる。

 

 本人が言うには、お忍びは名前で正体を悟られないよう、愛称で呼んだりして、カモフラージュ……? するものらしい。

 

 俺も様付けしなくていいし、特別感というか、対等な男女の仲って感じがして、とにかく最高なのだ。

 俺もこれみよがしに、人前でクィネラ様の名前を呼びまくる。

 

「クィネラは何回か来てるのか?」

「そうね……でも、今はあんまり記憶が無いの。前の整理の時にでも消しちゃったのかしら」

 

 むむむ、と頭をぐりぐりする様子は非常に可愛らしいが、この人が思い出そうとしても出ないという事は、そういう事なんだろう。

 

 ……やはり、《魂の寿命》か。

 

 現在進行形で俺をも悩ませているそれは、避けられない死を意味する。

 

 記憶というものは蓄積していく。いくら増えていく度に消していっても、それは存在の停滞に他ならない。

 

 俺としては、このまま死ぬなど真っ平御免なのだが、当のクィネラ様はどうも真面目に考える気は無いようだ。

 

 まるで、自分の命がここまでだと言わんばかりに。

 

 残念ながら、あちらの世界の知識ついて、俺はまだまだ浅学だ。

 

 そんな自分が考えられる手段は限られている。

 

 たとえば、記憶を保持したまま容量を増やす方法なんて、誰でも思いつく話だ。だが、それをどう実現するのかか問題となってくる。

 

 この世界の人々は、全てフラクトライトという、言ってみれば情報の集合体によって思考する。

 それは、あちら側の世界の人間とて変わらない。

 

 ただ、こちらにはライトキューブがある。

 

 ライトキューブは、人の手で作られたフラクトライトの格納庫。幾らでも増産が利いてしまう。

 つまり、ライトキューブを幾つも連結して、小分けのドロワーの様にするか、規格そのものを変更し、格納庫を大きくすれば良い。

 

 ただ、これはあちら側の協力が前提となる話ばかり。現実的ではないし、あちらも何をしてくるか分からない。

 

 であるなら、逆転の発想だ。

 

 容れ物の容量を増やせないのなら、中身である記憶そのものの量を縮小化する事ができれば……

 

「……この私の前で考え事なんて、お前はいつからそこまで偉くなったの?」

 

 思考の中を揺蕩っていた俺を引き摺りあげたのは、クィネラ様の冷たい声だった。

 

 何気に、そんな声を久しくに耳にしなかったのもあるのだろう。

 

 しまった、と思いつつも、俺の脳は盛大なるパニックを起こしていた。

 

 そもそも、俺はあまりクィネラ様に怒られた事がなかった。

 寧ろ俺の方がクィネラ様の不用心を叱ったり、奔放さを咎めたりする機会が多かったように思える。

 

 怒られ慣れてない、とでも言うのだろうか。

 

 だからこの時だけは、衝撃のあまり、硬直してしまっていた。

 

「……く、クリス? さっきのは冗談、アドミンジョークよ? だからその、そんなに真に受けなくても……」

 

 とは言え、俺も伊達に三百年生きていない。すぐに立ち直ったとは知らず、クィネラ様は、そのまま無言を貫き通す俺の反応を見て、わたわたあわあわし始めた。

 

「ごめんね!? そんなに傷付くとは思わなくて……あの、だから……!」

「……ぷふっ」

 

 あのクィネラ様が必死に弁解しようとしていると思うと、もう堪えきれなかった。

 

 へ? と目をぱちくりさせて、現状を認識していない様子。

 

 笑いをそのままに、ネタばらしをした。

 

「くく、ふはっ……! 見事に引っ掛かったなぁ。さっきのお返しだよ」

「っ!? こ、このっ……私にやっていい事と悪い事があるんじゃなぁい……!?」

 

 ツカツカと近寄ってきたと思えば、眦を吊り上げ、めいっぱい背を伸ばしてガンを飛ばしてきた。

 

 しかし、これが18、20歳モードならまだしも、背も到底俺には及ばない14歳の姿で怒ると、威厳もへったくれもない。

 

 というか、単に可愛いだけだった。

 

 そういう意味も込めて、クィネラ様の前髪を掬い上げると、額にそっと口付けをした。

 

「……ふぇっ」

「ほら、時間も無くなるから早く行くぞ」

「えっ、ま、待って……!?」

 

 一挙一動に振り回されて、慌てふためくクィネラ様の姿と言ったらもう……最高だった。

 

 クソッ、可愛過ぎる……!

 

 俺の心臓、まだ持ってくれ……!

 

 

 

 

 ……どうにか気を取り直して、心臓を落ち着けると、やっと穏やかに店を見て回る事ができた。

 

「賑わってるのねぇ……夏至祭に来るのは久し振りだけど、前はこんな賑わってなかったわ」

「人口も増えたからな。計算上、セントリアにはライトキューブクラスターの半分のライトキューブ分の人口を確保してある。まだまだ増えるはずだぞ」

「へぇ……ここで半分も使ってしまうなんて、アンダーワールドの総人口も大した事無いのね」

「元より、ここまで大規模な箱庭にする予定はラースには無かったんだろうな」

 

 A.L.I.C.E.。正式名は、Artificial Labile Intelligent Cybernated Existence(人工適応性知的電脳存在)とか言ったか。

 

 それを生み出す為だけに、ここは創られた。

 クィネラ様が言うには、A.L.I.C.Eは現在、アリスとユージオのみ。彼らは自分の意志でコードを破り、クィネラ様に剣を向けたのだ。

 

 ……その一方で、俺は行動に支障が出ないようコード871を解除されているから、彼らのように真正の知能にはなれないのだろう。

 

 その点、クィネラ様は生まれついてのA.L.I.C.Eだ。前世の記憶という物の影響とはいえ、目上だと自覚する存在の命令を跳ね除けられ、制約に縛られる事は無いのだ。

 

 ……俺では釣り合わないな、と思わない日は無い。

 

 そもそも、俺はクィネラ様に拾われ、育てられてから、こうしてクィネラ様に仕えている立場だ。

 

 こんな思いを抱く方が間違っているのかもしれない。

 

 でも、クィネラ様も、少なからず想ってくれているのだ。

 それは、あの日記を見ても明らか。

 

 ……押しに弱いと言っても、どうしても怖いものがあるな。

 

「あの軽業、凄いわね。魔物の素材でできたボールを使っているとはいえ、あんなに飛んだり跳ねたりして……生まれついての権限が高いのかしら?」

「いや、そうとも限らない。南帝国だと、軽業師の天職を輩出し続ける家もあるくらいだから、単純に個人の技量かもな。俺は曲芸じみた動きをしようとすると、どうしてもソードスキルありきになるから、ああいうのができるの人は尊敬するな」

 

 思考をしてしまわないよう、披露される絶技の数々に見入っていれば、ピクッとクィネラ様が震えた。

 

 そして何を思ったか、手をわしゃわしゃとさせて、隠しアドレスから取り出した《敬神(パイエティ)モジュール》に心意を込めて、フワフワと浮かせて、形をぐにゃりと曲げたり、分裂させたり、ポンと消したり、召喚したりしている。

 

 なんだか、子供が一生懸命粘土を捏ねているのを見守っている気分だ。

 

 実年齢、俺とあんまり変わらないんだがな。

 見た目が見た目なだけに、とても微笑ましく見える。

 

 心は体に引っ張られる──それは決して、決して体の生理反応のあれこれではなく、単に心の有り様の話であるが──とはよく言われるが、本当にそうだと思う。

 

 俺も一度は耄碌した身。老いさらばえるにつれて、情熱や羞恥という物に無縁になっていった。

 

 ただ若返ったら若返ったで、クィネラ様への愛情は加速するし、しょっちゅう身悶えるし、今こうして年甲斐もなく浮かれきっている。

 

 ベルクーリぐらいの年齢にしてくれた方が、こうして悩むことなく諦められたものを。

 

 鬱屈とした気持ちが戻ってきて、溜息の一つでも吐いてしまいそうになる。

 

「……で、何をやってるんだ、それ」

 

 切り替えるように、さっきからずっと行われている行為に突っ込むと、ぐぬぬぬ……と顔を顰めていたクィネラ様が心意を解いて、《敬神(パイエティ)モジュール》を元の三角柱に戻した。

 

 かと思えば、ドヤ顔で、見せつけるようにモジュールを猫型に加工した。

 非常に綺麗だし、細部にまで心意を浸透させる技倆は流石の一言だが、クィネラ様は何か致命的な勘違いをしている気がする。

 

 クィネラ様が誇らしそうにしている所に悪いとは思うけれども、ここは心を鬼にして指摘しなければ。

 

「……こう、心意でゴリ押せば、私でも似たような事はできるわね」

「それなら、寧ろ奇術師の芸じゃないか?」

「えっ!? そんな事は……」

 

 奇術師と軽業師は、やり方こそ違えど客を盛り上がらせるのが仕事だ。その為どちらも体を使った派手な演出をするが、軽業師を危険なこと、つまりスリルを求められるが、奇術師は危険性より意外性や神秘性を求められるので、必ずしも体を張らなくていい。

 クィネラ様のそれは、明らかに奇術師の技と言えた。

 

 ……いや、心意行使はかなり体力を使うし、やり過ぎれば天命を損耗しかねないから、ある意味、体を張っているといえなくも無い。

 

 ただ、客からどう見えるかは別問題だが。

 

「な、なら、軽業を学ぶしか……」

「いや、本当にどうしたんだ」

 

 ふんす、と変なやる気を出し始めた。一度こうなったら止まらないのがクィネラ様という人である。

 

 一時期、心意の修得を思い立った時も大変だった。なまじ俺の方が飲み込みが早かったせいで、クィネラ様が長い間拗ねたのだ。

 

 いや、日記によると、俺を頼るのは負けた気がするから、助け舟を出してこないよう関わりを避けていたかららしいが。

 

 前例が示すように、こういう時のクィネラは自滅するまでがオチだ。何かやらかしてからでは遅いので、まあまあと宥め、惜しみつつもショーから離れていった。

 

 

 

 

 

 北セントリア六区。

 

 そこは、かつて下界に下りたクィネラ様が数々のデザートや料理を広めて廻った区画であり、数々の老舗料理店が軒を連ねる商店街だ。

 

 今日は夏至祭に乗じて、様々な店が本日限定という看板を上げて、特別な料理を振舞っている。

 

 ほぼ全部の店に人が列を成しており、そうであるならと、俺たちは良さげなデザートを探していた。

 

 カーディナル曰く、『クィネラなぞ甘味でホイホイついてくチョロい少女(ガキ)』。六区に誘い込めた時点で、こちらが勝ったようなものなのだとか。

 

 と、俺があれこれ探すまでもなく、クィネラ様がくいくいと袖を引っ張って、その店を指差した。

 

「ねえ、あそこのあれ美味しそうじゃない?」

「えーと……夏至祭限定、パンナコッタ。……パンナコッタ?」

 

 そこには、赤いソースが重なった杏仁豆腐のような食べ物を持って店から出てくる人の姿と、絵付きの看板が置かれている。

 

 しかし変な名前だな、パンナコッタ……

 

「パンナコッタは、香辛料──特にバニラエッセンスとかコーヒーを入れた生クリームをゼラチンと混ぜて熱して、型で固めたデザートなの」

「へぇ。要するにプリンの一種みたいなものか」

「……そ、そういうこった」

 

 突然、夏至どころか冬至の風が体を通り過ぎた気がした。

 

 え、と思い横を見てみると、全力で顔を逸らして、耳まで真っ赤にしたクィネラ様が。

 なるほど。さっきの激サムギャグの出所はここか……

 

 ──なんだよ可愛過ぎだろ、それ

 

 誰しもがこの名前を聞いたら、一回は想像しそうな事を赤面覚悟で言うとか……ちょっと出血大サービスでは?

 

 クィネラ様の声で、男みたいに「そういうこった」って……まずい、じわじわ来た。

 

「……く、くく……クィネラ様がギャグ……なんてこったパンナコッ────ゲフッ!?」

「……ふんっ」

 

 普通に殴られた。

 

 結論。

 クィネラ様をからかいすぎるのは良くないが、パンナコッタはとても美味しい。

 

 それから、パンナコッタに留まらず、クグロフ、カイザーシュマーレン、メドヴィクなる様々なデザート類を食べて回った。

 

 全て、クィネラ様がリアルワールドにあったものを再現し、レシピを伝授したものなのだとか。

 

 本人からすると、伝授してから歳を重ねる毎に自分の味を超えてくるから、あまり心地の良いものでは無いらしい。

 とは言え、クィネラ様もとても幸せそうに食べてたから、何の説得力も無い。

 

 六区を出ると、不思議な寂寥感に襲われた。

 

 これを食べられるのは、また来年だからか。

 自分でも気付かないうちに、多少の食い意地が生まれていたらしい。

 

 ――来年も、二人で食べに来よう。

 

 そう言うと、クィネラ様も、ええ、と答えた。

 

 

 

 

 ……その時の微笑みが、とてもぎこちないものであったことだけが、僅かな心残りとなって、喉元に突っかかった。

 

 


 

 

 

「もう日が落ちたわね。そろそろ後夜祭かしら」

 

 祭りの提灯が明々と石畳を照ら始めたくらいには、ソルスが姿を消していた。

 

 しかし夏至なだけあって、もう七の鐘が鳴り終えているが、まだ夕方と言っても違和感は無い。

 

 ……そして、カーディナルの考えたプランの最終段階が、今発動しようとしていた。

 

「後夜祭?」

「あら、クリスは知らないの? この祭り、各セントリアの中央広場で盛大にダンスをして締めくくるの」

 

 言うまでもないが、後夜祭の存在は知っている。

 

 敢えて知らない体で話を合わせ、最後にドッキリ、という仕掛けを行うのだとか。

 

 正直、カーディナルのノリが十二分に混じっていたからあまり信用してはいないが、そのアイデア自体は悪くない。

 

 なので、一部だけやり方を変えようと思っている。

 どこまで上手くいくかは分からないが、なるようになってくれ……

 

「ダンスまで時間はあるみたいね。こんな軽装じゃ決まらないし、服でも見て行きましょう?」

「服屋か……三区の方にならあると思うが、貴族街でもなければ、仕立てのいい所はそうないんじゃないか?」

 

 この服も、そういう店から適当に見繕ったものだ。

 

 しかし、クィネラ様は肩を竦める。

 

「社交ダンスでもないし、そんな気取らなくていいの。それに庶民の服だってそう悪いものじゃないわ。ほら、こっちよ」

「あ、ああ」

 

 手を引っ張られて、されるがままに歩き出す。

 

 情けない事に、エスコートされてるのは俺の方だ。もっと対等でいようと思っているのに、中々俺からものを勧める機会が無い。

 

 俺にも、コミュニケーション能力とかいうのがあれば、どうにかなったのだろうか。

 

 そんな疑問の中で時間は過ぎていって。

 

 とうとう、舞踏会は始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が北セントリア中央広場に着いた頃、クィネラ様の姿は未だそこに無かった。まあ、予想はしていたが。

 

 自分のは店員に見繕ってもらったので、服選びに手間取る事も無かったのだ。

 

 隅っこにある長椅子に座ると、まだ点火もしていない焚き木を囲む人々の姿を目で追っていく。

 

 ここに集っているのは男女一組のペアばかりだ。誰も彼もがパートナーを引き連れ、あれが楽しかった、素晴らしかったと今日の思い出を語り合っている。

 

 そして目につくのは、皆が農民の装いに身を包んでいることだ。昔からの伝統を踏襲している。

 これが何百年と途絶えずにあるのは、ある意味で、クィネラ様による停滞の時代が長く続いたからだろう。

 

 文化を守り受け継ぐ。

 その大切さは、密かに教えられ続けてきたようだ。

 

「は……」

 

 なればこそ、何としても守らなければならない。

 

 元より、俺は死ぬだけだった人間だ。

 クィネラ様と人界を救えるなら、この命なんてくれてやろう。

 

 元老長クリスチャンの存在意義は、きっとそこにある。

 

「――そんな所に居たのね」

 

 横を向くと、さっきまで頭の中にいた人物が現実に浮かび上がっていた。

 

 見た目も、いつの間にやら十八歳の姿に戻っていて、髪は一つに結んで下げられるまでに長くなっている。

 

 ただ、服は農民の素朴なドレスだからか、美麗というより、可憐な雰囲気が出ている。

 ほんと、何でも似合うな……

 

「どう? この衣装、結構下町の少女っぽくていいと思うんだけれど」

「そ、そうだな……よく似合っている、と思う」

「なぁにその反応? キリトじゃないんだし、私相手に同じ言葉ばっか使わないでよね」

 

 そう言ってクスクスと笑った。

 

 比較対象としてキリト殿が置かれているのが非常に気の毒に思うが、要するに気の利かないヘタレ──なお、クィネラ様から聞かされたキリト殿の人物像──と言われたのだ。

 

 これで黙っているようでは、元老長としての俺の面目が無い。

 

 椅子から立ち上がって、片膝を突き、クィネラ様の手を取る。

 

「とてもお可愛らしいですよ、クィネラ嬢。……よろしければ、私と踊ってはくれませんか」

 

 その作りものの様な手の甲にそっと唇を寄せて、顔を仰ぎ見る。

 

 ……暗闇でも分かるくらい、頬が熟れていた。

 

「え、うそでしょ……なんで、こんな」

 

 こんなにも初々しいのは、三百年以上も、自分が男であるという認識だったからだろうか。

 

 女性としての精神年齢は成長しないまま、ここまで来てしまったのが原因だと結論付けているのだが、それにしても慣れてくれない。

 

 あまりに初心だから、これまで散々背後から囁き声を出したり、急に抱き締めてみたり、あれやこれや(イチャイチャ)してきたのだが、俺の満足感が得られただけで全く改善は見られなかった。

 

 もう初心とかそんな問題ではないのでは……と思っていたが、この反応を見る限り、やはりそんな事は無いらしい。

 

 段々と、嗜虐心をそそられる。

 

「……ふゃっ!?」

 

 腰を抱き寄せるだけで、クィネラ様はおどおどとし始めた。

 されるがままより、自分にはこっち(ドS)が性に合っている。

 

 それに、男は女性をエスコートするものだ。

 今だけはクリスじゃなくて、元老長にして執事……クリスチャンとして振舞おう。

 

「無言は肯定と看做しても、よろしいですね?」

 

 そうは聞いたが、何か反応を期待していたんじゃない。

 このまま強引にと思っていたのに、クィネラ様と来たら顔を背けて、控えめに頷いてきて……

 

「ん……」

 

 ──ったく可愛いが過ぎるんだよ、このっ

 

「……では、こちらに参りましょう」

 

 夕闇と焚き火の明かりで顔色が紛れている事を願いながら、彼女の手を引いて、舞踏会に躍り出る。

 

 軽やかな笛の旋律が聴こえてきて、自然と足が乗った。

 周りの人を見る限り、足は間違っていないようだ。

 

 そんな踊りのこなれた様子を見てか、灯りの火を映した瞳が揺れている。

 

「……練習、してきたの?」

 

 口を結んだまま肩を竦めてやれば、クィネラ様は半目になって呆れていた。

 

「そういう所、直さないと嫌われるわよ。……アリスちゃん達みたいに」

 

 アイツらは元々俺を嫌っていたんだから仕方ないだろ、と言いかけた言葉を飲み込む。

 

 整合騎士は強かではあるのだが、《敬神モジュール》もあってか、俺に真っ向から反抗するような生意気な奴も少ない。

 

「……一応、からかい甲斐のある人にしかやってないからな」

「それ、私のこと貶してるでしょ」

「クィネラがからかいたくなる性格してるのが悪い」

 

 足を踏んづけられた。

 

 ……痛い。

 

「じゃあ何? こうして踊ってるのも、クリスが単に私をからかってるだけなの?」

「……そうだったなら、俺の気も楽なんだけどな」

 

 そう言うと、クィネラ様の動きが止まった。

 

 繋いでいた手を俺の胸に当ててやれば、分かりやすく体を跳ねさせて反応してくれる。

 

「……知ってるか? この後夜祭で踊りあった二人は、結ばれるらしいぞ」

「……知ってるわよ。私が誘った側なんだから、知らないはず無いでしょ」

 

 そうは言いながらも、顔を背けて、絶対に目を合わせようとしてこない。

 

 ……それでも身体に引っ付いてくるのは、何なのだろうか。

 

「……心臓、さっきから凄い事になってるわよ」

「お前のせいだからな。……こんなの、緊張するに決まってるだろ」

 

 胸に顔を預けながら、クィネラ様がそう宣う。

 

 そもそも、こんな眼下に透き通った銀髪が掠めて、いい匂いが絶え間なく鼻を過ぎているのに、落ち着いてられると思うのか。

 誰だってそんなの無理だ……多分、ベルクーリ以外は。

 

 ……だから、俺も我慢しない。

 

 

 

「クィネラ。俺は────」

 

 

 

「────あれ、最高司祭様じゃないか?」

 

 

 

 その声は、やけに明瞭に聞こえてきた。

 

 それもそのはずで、踊りはとうに終わっている。

 俺が気づかない間に、音楽も終わっていた。

 

 お互いにしか向いていなかった目が、周囲へと向けられるようになったのが運の尽き。

 

 俺もクィネラ様も、俄に騒ぎ出す民衆を呆然と見ていた。

 

「えっ……でもあんな銀髪で髪が長い人、普通いないし、もしかして本物!?」

「うおっ、俺、絵姿で見た事あるぞ!」

「嘘でしょ、滅多に外に出てこないのに……」

「踊ってた相手は誰だ?」

「あの黒髪の人、最高司祭様の想い人なんじゃ……?」

 

 これはまずい。

 非常にまずい。

 

 このままでは、公理教会という組織そのものの存続に関わる。

 

 公理教会のイメージには、最高司祭アドミニストレータが大きく影響する。その神性が損なわれるような事があれば、余計ないざこざが起こるだろう。

 

 戦争前に、そうなる訳にはいかない。

 そうなっては、クィネラ様の計画が全て台無しになる。

 

「クィネラ様、申し訳ありませんが」

「……分かってるわ。こればっかりは、止むを得ないし」

 

 腕を離すと、そこからスルリと抜けたクィネラ様が広場の中央へと向かう。

 

 頭に着けていた巾と髪留めを外し、銀髪を惜しげも無く晒す。驚嘆の声が上がる中、クィネラ様が冷ややかに目を細めた。

 

「我は公理教会最高司祭、アドミニストレータである。今回の件、今後一切の他言を禁ずるわ。……いい?」

 

 その言葉を受けた者達が、恭しく片膝を突き、頭を下げていく。

 

 セントリア家が潰えた今、銀髪銀瞳をした人間はこの世界でもクィネラ様のみ。最高司祭の容姿は様々なところで教え広まっているから、彼らが目の前のクィネラ様を最高司祭と認識するのに、そう難しい事ではない。

 

 そもそも、この人界で最高司祭と詐称する事は禁忌目録違反の為、必然的に最高司祭を名乗れる人物はクィネラ様だけなのだが……

 

 まあ、その最高司祭の命令となれば、人工フラクトライトの特性上、逆らえる人間はまず居ない。

 

 一方で、元老長は公理教会でも裏方の役回りだからか、民衆の印象はかなり薄い。まだ整合騎士を名乗った方が影響力があるというものだ。

 

「……行くわよ、クリスチャン」

「はっ」

 

 その時、色とりどりの、神聖術の花火が打ち上げられた。

 

 ……そう言えば、夏至祭の最後に、いつもやっているとアユハが言っていたか。

 

 しかし、クィネラ様はそれに見向きもしないまま、作り出した《心意の扉》をくぐり抜けようとする。

 

 鮮やかに照らされた横顔が、まるで察して欲しいと言わんばかりに、寂しげに映った。

 

 そんな、心に突っかかりを感じながら通った《心意の扉》の出口は、カセドラルの最上階へと繋がっていた。

 

 居室の明かりは消えていたから、真っ暗なホールの中からは、カセドラルと同じくらいの高さで咲く花火が煌びやかに見えていた。

 

「クリス」

「……なんだ?」

 

 突然のクリス呼びに少し狼狽える。

 

 円い寝台の端に腰を下ろしていて、同じように座る俺の方から、表情を窺うことはできない。

 

 ただ、なんで呼ばれたのか、それだけは判然としていた。

 

「……さっきの続き、聞かせてくれないの?」

 

 ああ、来たなと思った。

 

 一度言いそびれたことを、再び言うのはそう難しいことではない。

 

 難しいことではない、のだが。

 

「……で、何て言おうとしたの? 私、結構気になってるんだけど。……ねぇ?」

 

 なんだろう、この妙なうざったさは。

 

 ここで告白でもしようものなら、ムードなんてあったもんじゃない。

 

 あれが一番いいタイミングのにな……計画が甘かった。

 

「ねーねー、話聞いてる? さっき何言おうとしたのって聞いてるんだけど~」

 

 クィネラ様が、あれだけの反応をしておいて気づいていないはずはない。

 

 踊りの事だって、直前まで分かったそぶりしてたのに、今更何を白々しい。

 

 俺をからかって遊んでいるというのなら、こっちにも考えがある。

 

「分かっていらっしゃらないとは。今度こそ、俺が教えてますよ――」

 

 そして隣に座るクィネラ様に目を向けて、俺は……

 

 

「っ……!?」

 

 

 ……花火が、静かに俺達を照らす。

 

 一センの距離も無いところで見る彼女の瞳には、その輝きが残滓のように映っていた。

 

 その出来事は、それこそ、打ちあがる花火のように瞬いて、気の遠くなる時間の中に、二人共ども囚われたようだった。

 

 最後の花火がパラパラと散ったのも忘れて、どれくらいか。

 

 驚きのあまり茫然とする俺に、クィネラ様もくしゃりと破顔させた。

 

「これは、私の気持ち。……また、来年の今日に、貴方の口から直接聞かせてくれる?」

 

 どうも、クィネラ様に付け入る隙を与えてしまったらしい。

 まあ、それが人生で一番の褒美になってしまったんだが。

 

 ……こう言われては、告白もおちおちできない。

 

 寝台に倒れ伏して、あからさまに息を吐いた。

 

「これでも機会、狙ったんですがね」

「ふふ。最後の最後、惜しかったわね」

 

 クィネラ様も体を投げ出す。

 

 あーあ……お互い、好きだってのは分かってるというのに。

 

 肝心の所で、逃げ切られてしまった。

 完全に、自分の落ち度だろう。

 

「……次は、さすがに逃げられないかしら」

「ははっ、散々待たせておいてそれですか。本当に、貴女という人は残酷ですね」

「あのね。私だって、結構複雑なんだから」

 

 だからこそ、ちょっとした戯れ合いでイヤイヤしていた訳なのだが。

 

 クィネラ様が俺を好きだと知った時の気持ちは、嬉しいなんて言葉じゃ済ませられなかった。

 

 何せ三百年の恋だ。天界にも上っていくような心地だった。

 

 一年くらい、どうということはない。

 

「ねぇ、クリスチャン。ちょっと横に倒れて」

「……はい?」

 

 どういう意図かは分からないが、横に倒れた。

 

 すると、同じく横になったクィネラ様と目が合った。

 途端にクィネラ様の顔がぽっと染まる。可愛い。

 

「ち、ちーがーうっ! 反対の方向いて!」

「は、はぁ」

 

 バシバシと胸を叩かれたので、残念がりながら転がる。

 

 すると、首に細っこい腕を回してきて、ギュッと抱き着いてきた。

 

 背中全体……特に肩甲骨あたりにぽよぽよした何かを感じ取った。

 

「……!?」

「なぁーに? そんな体仰け反らせちゃって」

 

 クスクス、と笑って、髪に顔を埋めた。

 

 こ、こいつ……!

 

 俺から何かするのは恥ずかしがる癖に、こっちが下手に回ればとことん付け上がりやがる。

 いくら上司とはいえ生意気にも程がある。

 

 しかし、何ができるという訳でもなく、気付けばクィネラ様はぐっすりと寝ていて、俺だけ悶々としたまま眠れない。

 

 しかも、かなり品の無い話だが……昂りが一向に治まってくれなかった。

 

 お互い、服を着ているというのに。

 

「どうしたものか……」

 

 ここで劣情を鎮める訳にもいかず……結局、そうこうしてるうちに夜が明けた。

 

 しかし。

 

「うー……」

 

 クィネラ様は、今日も寝るらしい。

 

 確かに、ここ一週間は必要な業務も無い。いつもの俺ならば、このまま入眠していただろう。

 

 ……端的に言うと、俺は寝られなかった。

 

 そもそも、ずっと昂りも治められないせいで、痛みに転じ始めたのだ。こんな状態で寝るのは苦行過ぎるというもの。

 

 無礼を承知で、未だ抱き着いたままのクィネラ様の肩を揺らした。

 

「……んぅ〜? なぁにぃ……」

「すみません、自室で寝てきても宜しいでしょうか」

「…………え」

 

 跳ね起きた。

 やっと解放されて、俺も体を起こす。

 

 俺の顔を見ると、クィネラ様は寝惚け目をパッチリと開けた。

 

「あ……その」

「では、失礼します」

 

 振り返らず、そのままに。

 

 下半身のそれを気取られないよう、昇降盤を起動させて、元老院まで逃げていった。

 

 

 

 

 …………ふぅ。

 

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 人界暦381年6月25日

 

 

 やってしまった。またしてもやってしまった。

 

 正真正銘、ファーストキスだ。

 

 勢いでやってしまったけど、本当に何やってるんだろうか、《わたし》。

 

 しかも、一分くらいずっと。このままベロチューまで発展しないのかなとか頭の片隅で考えてた。

 脳内ピンク過ぎる。なんで変な所で自信満々になってんの? 馬鹿なの?

 

 この余裕をいつも持とうよ。なんで持たないんだよ。

 

 でも、キスは本当に良かった。

 

 好きな人とする行為が、どんなに心地いいのか。世の中のカップルがする理由がよく分かる。

 

 ただ、クリスチャンには悪い事をしてしまったな。《わたし》の勝手で、来年の夏至祭まで待ってくれって言っちゃったし。

 

 でも、これで良かったと思う自分()もいる。

 

 今回の大戦は、原作通りにはいかない。

 この身を犠牲にしてでも、阻止しなくてはならない事が山ほどある。

 

 それでも、俺が生き延びていたら、その時は。

 

 

 

 

 

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 ◯ ✖️ △ ◆

 

 人界暦381年7月28日

 

 

 

 

 結局、これは書き直すことにした。

 

 カーディナルとの対話で、一つ希望を得たからだ。

 

 あの告白は、わたしにとっても意外なものであった。

 クィネラとしての自我は無いだろうに、どうしてこんな所だけ似るんだか……

 

 でもカーディナルなら、きっとわたしが居なくても、クリスチャンの傍に居てくれるだろう。

 

 ここの所、予感がしていた。

 わたしはたぶん、来年を迎えられる気がしない。

 

 ベルクーリじゃないけど、何か、とても強い力を感じた。

 

 わたしか、カーディナルか。

 答えを聞かないまま逝く前に、どうか選んで欲しい。

 

 もし、わたしを選んでくれるのなら、きっと生き延びよう。生き延びて、好きだって言われたいな

 

 

 

 

 




ふぅ……(体の若さに振り回される図)

所々細かい所が変わってるので、是非とも一番最初から見てやってください(え
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