恋愛小説担当編集者が、露伴先生に漫画を描いてもらうためにいろいろあってホストクラブへ行く話です。
好きに書いていますので何でも許せる方のみよろしくお願いします…
ひょんなことから岸辺露伴はホストクラブへと来ていた。一人でここへやって来ているわけではなく、共に来た露伴の隣に座る男も気まずそうに顔色を悪くしていた。一応客でやってきているわけだが普段は女性客相手に商売をするホスト達は、男客、それも同年代ほどの客二人にどう接していいのか戸惑っているようだった。
どうしてここへ来たのか。
事の発端はこうだ。
ある一人の編集部の男が僕の家の戸を叩いた。いつものあの騒がしい、泉京香ではなく眼鏡をかけた若いスーツの男だった。
「どちら様」
「はじめまして岸辺露伴先生。私は小説編集担当の真辺と申します。あの、先生の担当編集者の方からお話を通させて頂いたのですが…」
「何?小説編集?なんでそんなやつが漫画家のところに来るんだ」
「あれ?泉さんから聞いてませんか?」
「僕は何も聞いてない」
おかしいな、と真辺と名乗った男は首を傾げる。別の泉って名前のやつに話したんじゃないのかと言ってみる。しかし彼は「いやまさか、泉京香さんですよ。女性の、服装とかふわふわってした方です」と言って業務用のスマートフォンの画面を見せて、メッセージのやりとりを見せてくる。
『この間お話しした案件なのですが、明後日岸辺露伴先生のところへお伺いしてもよろしいでしょうか?』
真辺がメッセージを送っている。
『はい!全然大丈夫です!私の方からも露伴先生に話しておきますね〜』
泉がそれに返信している。
『はい!よろしくお願いします』
真辺がそう締め括って、話は終わっていた。
何度見返しても露伴先生とはっきり書いている。これはおそらく自分の担当編集者であるあの泉で間違いない。
私の方から話しておきますなどと言っているが、その泉からそれらしい話は何も聞いていない。
ちなみに泉は夏休みらしくしばらく休暇中だと真辺は答えた。
「聞いてない仕事の話をされても困るよ。僕には僕のスケジュールがあるんだ。スピンオフを描く予定があるからね」
「あ、そのことも泉さんからお聞きしました。スピンオフの締切はもともと余裕のあるものだったので、さらに調整したと聞きました」
あいつ勝手にそんなことやってたのか。露伴は真辺の前で思わず怒鳴りそうになる。
真辺はそんな露伴の怒りに気づかないまま、実はですね、と話を進めて行く。
「待て、僕はやるとは一言も言ってないぞ」
「え、でも…編集部は話が進んでいて…プロの、天才の岸辺露伴先生じゃないと達成できない案件だと…」
「当然だろ、僕はプロだ。天才だって?君に言われなくてもデビューした時から知ってるさ。プロだからこそ聞いていない案件の仕事に安易に手を出すことはできない。てことで、泉くんには『何も知らされていない仕事をやる気はないと断られた』と言っておけばいい。じゃあな、帰ってくれ」
ドアの前に立っている真辺を気にせず、玄関のドアを思い切り閉めようとすると、真辺は「待ってください!」と足と腕でそのドアを押さえた。背が高いだけのひょろっとした男かと思っていたが、割と力があるようで押さえたドアはびくともしない。
「何してる、ドアが壊れるじゃあないか。ぶっ壊したら弁償してもらうぞ。僕を恨むなよ、恨むなら泉くんと薄給の会社を恨め」
「そ、そう言われましても、お仕事の話は進んでるんです!ドアは弁償します、壊してでもお話を聞いて頂きたいんです!」
「本気で壊す気か、君は!」
嫌な音がし始めたドアの命を守るために、露伴はドアを引くのをやめた。馬鹿力らしい真辺もドアを抑えることをやめる。
「………なんの仕事の話なんだ。聞くだけだぞ」
「それはですね?」
にっこりと笑った真辺は、次の瞬間とんでもないことを言い出した。
「恋愛小説の漫画化を、ぜひ露伴先生に描いていただきたいんです!」
「実は…うちの担当作家は露伴先生の大ファンでして…自分の作品を漫画化するというお話が出た時に『露伴先生に絶対描いてもらう!それ以外の先生ならこの話はなし!』…と梃子でも動かないほど強い意志でいらっしゃって…」
「そいつは本当に僕のファンか?こういうことは自分で言いたくないが、僕の絵柄が恋愛ものに向いているとは思えないね。適材適所って言葉があるように絵が活きるストーリーや描写ってものがある。マーガレットの担当漫画家が少年ジャンプに移ったケースが今まであったかい?」
玄関先でそのまま会話をしているとドアをいつ壊されるか分からないので、家まで上げることにした。彼は礼儀正しく背筋を伸ばしてその仕事とやらの話をし始めたが、その口から出てきたことに驚いて淹れた紅茶を吹き掛けた。
「…全文おっしゃる通りです…あ、でもファンであることは間違いないですよ!これは先生の作業部屋なのですが『ピンクダークの少年』の限定…」
「知らないよ、君の担当が僕のファンであることが嘘かホントなんてどうでもいい」
携帯を操作してその作業空間を撮ったとされる写真を見せようとしたが、興味がなくて断った。
真辺は露伴の徹底した「関係ない」「知らない」という態度に、ピンと伸びていた背筋をぐったりとさせて頭を下げ始めた。
「どうかお願いします…漫画化決定の話はSNSでも割と騒がれていて…映画化もしたものですから、とても期待度が高く…後に戻れないといいますか…」
「尚更僕に描かせるのはお門違いだろ」
「でも露伴先生に描いてもらえないなら白紙に戻されてしまうので…」
「それは作家の気持ちや出版社側の都合だろ?大事なのは読者の方だ。僕のファンも君の担当作家のファンも、その漫画を描いてウィンウィンになると思えないが?」
露伴は読者がそれだけ期待しているのならば余計に自分が描くべきものではないと真辺に強調して説得させる。しかし真辺はめげなかった。それでも、と顔を上げて露伴を見返す。
「でも、露伴先生はプロですよね。だったらどんなストーリーでも、自分の絵に馴染ませて描くことはできるはずではないでしょうか!」
言葉の選び方に思わず露伴の眉が上がる。煽られた、ように感じたのか露伴は真辺を見下ろして言い返す。
「言うじゃあないか。描いてやるよ、そこまで言うならね。責任は取らないからな。ちなみにどういう話なんだ?王道学園もの?ハーレムもの?」
「あ…ありがとうございます!えっと、小説の内容ですが…最初は遊んでるだけだったホストが主人公の女の子にだんだん本気になるという展開の話でして…」
こういうことがあって、露伴達はホストクラブへと足を運んでいた。
もちろんクラブの店長には事情あって店に来ていることを事前に説明して許可を貰っている。
当初は女性客を接待するホストを見学にするだけだった。しかし小説を読んだ上で漫画を描くと決めた露伴は、読み終えた後に「女性客の高揚感や興奮具合…これは実際に体験してみないことにはわからないぞ」と言い出した。
真辺は泉が言っていた『生きた資料で漫画を描いている』という言葉を思い出す。実体験や、自分がそこで感じた感情、痛みや緊張などを漫画に投影するからこそ、露伴の漫画は現実味を帯びているのだという、どこかで聞いた噂話も思い出しながら、こういうことかぁと真辺は実感していた。
そんな露伴の強いこだわりから、冒頭のように真辺と露伴は女性客同様に接客を受けていたのだ。
店長が出勤しているホストたちに説明を入れようとしたが、露伴が「知らされていない方が普段の接客通りにするだろう。それを見たい」と断った。
しかし普段通りも何も、地獄のような空気がテーブルの間で流れている。
露伴と真辺は、金髪の派手な男に挟まれて接客を受けているのだが、男4人無言でテーブルを囲っているだけである。異様な光景過ぎて周りの客が数分おきにこちらを見ている。おそらく冷やかしだと思われているだろう。唯一音を鳴らすのはテーブルの上に置いてある酒割り用の氷だけであった。
「ふ、二人は友達?こういうとこは初めてくるの?」
露伴側に座ったホストがこの沈黙が辛いと言わんばかりに、話の口火を切った。
彼は露伴に聞いたのだが、相手は答えを返さない。喋らないホストは最悪だが会話をしない客も論外だろう。ホストクラブやキャバクラという場所は会話を楽しむところだというのに。
「とっ、友達ではないです!同僚と言いますか…」
「同僚だって?」
(露伴先生!少しは会話をしてください!同僚と勝手に言ったことは謝りますけど…)
(会話ってなんだ、今してるじゃあないか)
(僕とではなくホスト相手にしてください!会話をしながら高揚感とか感じるんですよ、ここにくるお客さんは!)
(ふーん。そういうものか)
(そういうものですよ…女性版のキャバクラと思ってください)
真辺は先行きが不安になる。結局話がうまく続かなかったホストたちは再び無言に戻ってしまった。不憫すぎる…と思っていると、二人のホストは女性客から指名が上がったそうで、自分たちのテーブルから離れて行った。彼らのホッとしたような、解放されたような顔が忘れられない。
「どうするんですか…肝心のホストが行ってしまいましたよ」
「指名されちゃあねぇ、しょうがないさ」
「それ以前にここに着いてることがしんどそうでしたけどね…」
「結局こういうのって、女性じゃないと分からないな。『甘い言葉をかけられるとドキドキする』とか書いてあったけど、これって担当の実体験?」
「さぁ…知り合いに聞いたとかなのかな…でも、先生の妄想ありきなところは一部あります、何しろ男性なので…」
「なに?男が書いてたのか?…はぁ〜、なるほどな。通りで甘ったらしいわけだ、夢見過ぎだろと読んでる間何度も思ったよ。あまりにも現実味がない」
「恋愛ものは大抵夢を見るものですから…」
「世の女性すべてがそうとは限らないだろ?君の担当の書いてる女の子、実在する女性ではないことがよくわかる…実話ならモデルとなった女性の性格や容姿、その人間がどうやってそんな思考になったのか、背景が普通はある。だがこの主人公にはない。君も思うだろ?こんな都合の良い女がいるかってさ。ただ女の子がイケメンに惚れた話ってだけじゃあないか。これ、よく映画化したね」
「その…読者の需要としては、恋の駆け引き…の部分が強く求められているので…主人公の背景よりも恋愛描写に重きを置いたといいますか…」
「の割に心情表現が薄っぺらいなぁ!僕がしてもしょうがないが感情移入し辛いよ、コレ。児童書ですらもう少しまともだぞ?」
「もう…あの、その辺りで…」
露伴の手厳しいコメントは書いた本人でもないのに聞いている真辺の心をグサグサと刺してくる。
やっぱり見学して終わりにしましょう、と真辺は提案しようと思いたった。しかしそれを遮るように露伴が真辺にとんでもないことを提案してきた。
「目的のホストがいないから…僕がホストになりきってみるかな」
「は…はい?」
「女性側の気持ちはどうやっても僕には分からない。だから逆に、ホスト側の気持ちになってみるとするよ。『ただの客だったのに、俺以外にドキドキしてるあいつをみるとイラつく』…とかいうこの一文、本当かどうか試してみたい。現実味はないが、全部嘘だとも言えない」
「それは作中の流れがあって担当がそう表現してる一文ですから、本気にしては……え?いまなんと仰いました?ホスト側の気持ちになる…?」
「僕がホスト役になるってことだ。一度は試してみてもいい職だと思うしね。君は女性客の立場になって接客を受けてくれ。本当に甘い言葉でドキドキするのか否か?後で君に聞くから、身も心も女性になったつもりでいてくれよ」
「え、えっ、露伴先生?!」
そういうと露伴は立ち上がり、ボーイの間を割って入って、控えの方へと消えて行った。なんて行動が破天荒なんだと思って、彼を担当する泉のことを考えて、彼女はすごい人だなと感心する。でもむしろあれぐらいふわふわとしてる方がやりやすいのだろうか…そんなことを思った。
数十分後、テーブルに戻ってきた露伴に真辺は驚愕して大きな悲鳴をあげた。うるさいな、という顔をされたが、それを気に留めず真辺は露伴のホストっぷりを褒め称えた。よくホスト役やらせてくれましたねと真辺は驚くが、この店の店長は寛容らしく、露伴が友好的に頼んだら衣装などを貸してくれたという。
「すごいですね!まさか露伴先生がこんなに化けるなんて…これは女性客が殺到しますよ!」
「僕はこの店の正式なホストじゃないから女性客は相手にしないよ」
「えぇ??勿体無い…」
「僕がここに来た本来の目的は女性客の気持ちを理解する、だからな。さ、早く座れ」
「座れ?」
「君が僕を指名した体でやるんだ」
絵面最悪ですよ!!と真辺はもう一度叫ぶが、露伴は勝手にソファに座っていた。どうやらそういう体が始まっているらしい。ほかに移動するわけにも、勝手に帰宅するわけにもいかないのでそのままソファに座り直した。
「ここに来るのは初めて?」
「そりゃまあ…初めてですが…」
「初めてか……」
会話が途切れる。
もしや…と思って、真辺は恐る恐る聞いた。
「露伴先生、もしかして接客とかしたこと…」
「君の担当が書いた絶賛大人気の小説の通りに進めてるつもりだよ」
「…それはどうもすみません…」
少し苦言を呈せば、倍返しだと言わんばかりの皮肉が返ってきた。
かく言う自分もホストらしい会話とはどんなものか知らない。しかしそんなことはどうでも良くなるぐらいに、ホストに扮した露伴がいまこの店にいる誰よりもかっこいいと思えた。男の自分から見てもそう思う。女性の意見を聞く一環として泉さんがこの場にいれば見てもらいたい…などと思っていると、いつの間にか露伴は距離を詰めてきていた。
「小説じゃあ、ここら辺で色々囁くらしいね。お前は誰の女なんだとか」
「うわぁあ!!」
「おいおいおい、少しは照れるとかそういう仕草してもらえないか?主人公は叫んでないぞ」
「きゅ、急に耳元で喋り出さないでくださいよ…」
「耳元で話すって書いてあるんだよ」
突然そんなことをされて声を出さない方がおかしいだろう。早く彼が納得して終わって欲しい、そう思いながらじっと耐える。
「どこ見てるんだ、よそ見するなよ」
「…棒読みすぎて女性客の気分になれません」
「僕も男相手に言うのは身が入らないね」
「もうやめませんか…」
「まだ始めたばかりだぞ」
本人のやる気のなさと棒読みが酷いせいで小説の一節を読まれてもなんの臨場感もないが、見た目だけはとても良いので、真辺は目を合わせられずにいた。まさかこんなに決まる人だとは思わなかったと、心境の誤算に困惑していた。
「おい?さっきから何故向こうばかり見てるんだ?」
「そ…そんなセリフありましたか?」
「ない。向こうに何かあるのか?」
「虫が…いるなぁ〜…」
その後も悪ふざけは続き、その小っ恥ずかしさと言ったらひどいものだった。こういう場所に来たからにはお酒を嗜むのもホストらしく、客らしくいる一手でないでしょうか…と提案するも、「飲むな。酒を飲んでる描写はほとんどない。酔った勢いで二人の気持ちがそうなった、と指摘されないためだろうね」と冷静に真っ向から否定された。素面でやるから余計に耐えられない。
「あぁ、このホストって俺様系なのか」
あらかた小説の中の描写を試して特に何も成果を得られなかったあと、もうやれることがなくなったのか露伴はそろそろホストごっこに飽きたような素振りを見せていた。
真辺はようやく恥ずかしさと妙な緊張から解放される…とホッとした時だった。
泉くんにも何か似たようなことを言われたな…と思い出したように露伴はそんなことを呟いた。
「確かにそんなキャラクターですけど…」
「どんな感じでやるんだろう?」
「えっ」
多分素のままでいいと思います、と言いそうになった言葉をなんとか飲み込んだ。
「僕の漫画には俺様系とかいうキャラクターはいない。身近にもいないぞ、どういうキャラクターなのか気になってくるじゃあないか」
「そうなんですか(自覚がないのか…)」
もはや疲れから露伴への返答が支離滅裂になってしまう。もういい時間だろうから、そろそろ店を出ましょう、露伴先生は着替えてきてくださいと言いながら、ソファから立ち上がった。はずだったが、突然腕を下に引っ張られて腰はソファの上へと逆戻りした。腕が引かれた勢いで思わず露伴の方を見てしまった。
「あ、」
「僕がまだ残るって言ってるんだ、付き合えよ」
いつもつけている特徴的なヘアバンドを外して、前髪を前に垂らし、その前髪の間からはっきりした目が覗いてこちらを見上げている。
その顔の精悍さといったら、さながらモデルや俳優のそれだ。眼鏡を外しておけば良かった、と真辺は後悔した。これ以上直視できない。
露伴の肩を押して自分から遠ざける。
「ろ、露伴先生、もう帰りましょう。ホストごっこ楽しかったですね〜…」
「…おい、おいおいおい!そのリアクションはなんだ?小説の中になかったぞ!照れてるのかい?君、いまどんな顔してる?見せてくれよ」
「露伴先生!!!いい加減にしてください本当!!」
「ぅっ……か、肩が…力が入りすぎだぞ…!漫画家の肩を壊す気か…!!」
肩の痛みから抜け出したい露伴が「わかったよ!」と諦めて、着替えに向かっていった。露伴の背を見送りながら、「顔見られなくて良かった…」とホッとした。
退店後、露伴の家へ戻された真辺はようやく一息つくことができた。元の格好に戻った露伴を前にしてやっぱりそっちの方が良いですよと真辺は思わず呟いた。「僕もそう思う」と同意される。
「では…原稿の方は…」
「泉くんに渡すよ。それで良いね」
「はい!よろしくお願いします」
では今日のところはお疲れ様でした、とお礼をもう一度告げて帰ろうとした真辺の背を「ちょっと待て」と露伴は引き止めた。
なんでしょう、と振り返ろうとした真辺は、露伴の姿を見ることなくソファに倒れ込んだ。
「ここからが僕の本当の目的なんだ。君の体験を読ませてもらうぞ」
特に最後の顔を逸らしたところは何があったのか気になる。と呟きながら真辺の記憶のページを露伴はペラリとめくった。
「真辺くん!」
「あ、泉さん」
昼食時、食堂に居た真辺は泉に声をかけられた。隣の席を引きながら、ここ座っても良い?と聞く泉にどうぞと答える。
「大丈夫だった?露伴先生の相手」
「僕は全然……ってほどでもなかった、かな…大変だった。泉さんってすごいなぁと思ったよ」
「私?まぁ、露伴先生ってこっちが畏まるだけ疲れるし…」
「泉さんが先生との付き合い方が上手なだけだよ……そういえば大丈夫だった?仕事の話は聞かされてないって言ってたけど」
「あー!もうあれほんっと大変だったの!鬼みたいな顔しててね、こんな顔!」
泉は指で目を吊り上げて、その時の露伴の顔を再現する。
「『君、担当編集者としての自覚があるのかい?仕事の連絡を一切しない編集なんて初めて見たよ。ホウレンソウは社会人の常識だろ、小学生みたいに連絡帳に書いてみたら?』…とか言うの!一回ぐらい失敗するでしょぉ、人間なんだから」
「あぁ…絶対言ってるだろうね…」
その時の露伴の表情は声音が容易に想像つく。泉は「そんなことより!」と話の舵を大きく切りだす。
「先生の出来上がった漫画見た?」
「もう原稿上がったの?!」
「露伴先生は筆が早いで有名だから」
「一週間も経ってないのに…」
筆が早いと一言で言ってもいいのかと思うほど恐るべき速さだ。まだ見ていない真辺は、どんなふうに仕上がったの?と泉に続きを催促する。
「小説よりヒロインの描写が多かったかな」
「えっ」
「照れたりとか、顔逸らしたりとか!小説じゃ想像するしかなかったところが絵で表現されててすっ…ごい良くなってるよ!あと俺様キャラが増し増しになってる!」
「そ…そうなんだ」
泉の説明に、あの時の恥ずかしさが甦る。まさかあの時の自分を資料にして描いたのかあの先生は、これが刷られたら書店に自分の恥ずかしい経験が並ぶことになる。しかしもう描いてもらった以上、描き直しなんて手間のかかる真似はできないし、何より露伴を担当する泉が良しと言ってるならどうしようもできない。
「真辺くん?熱いの?赤いけど…」
「ぁ、熱いね!ここのうどん!」
「え?う、うん」
無理のある誤魔化しの言い訳を吐きながら、顔を手で仰いた。
結局単行本の出版は…小説の発行部数よりも増えて、どちらのファンも盛り上がって良い結果に収まったが、真辺はいつまでもその原作を読む気になれなかった。