ゴールドシチーが無双する話です。
ゴールドシチーをネットで検索して可愛いと感じた人は開いてみてください。

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※競馬初心者です、温かい目で見てください
※アニメやゲームシナリオとは殆ど関係はありません



黄金の逃亡者

ウマ娘、それは人以上の身体能力を持ち獣耳や尻尾が生えていたりと不思議な存在。

そしてそんな世界で最も好まれている娯楽がウマ娘達のレース、競バだ。

各々が研ぎ澄ませた魂をぶつけ合う至高の競技は見るものを引き摺り込む、かく言う私も引き摺り込まれた側の人間ではある。

 

と言っても、引き摺り込まれ方は少し違うのだが。

 

現在は中央トレセン学園、ウマ娘としての養成所であるここでトレーナーをし始めて3年がたった。

まだまだ若輩者ではあるが、この業界でメシを食わせてもらっているのが私だ。

 

そして入学シーズンとなった今は4年目の仕事を片していると。

 

「先輩、ニュース見ましたか!?」

 

勢いよく扉が開けられ、入って来たのは後輩だ。

 

「この私の机を見て、見てると思うか?何なら君に分けても良いんだが」

 

「結構です!」

 

「君はなぁ……いやこんな奴じゃなきゃ私のサブトレーナーなんか来ないか」

 

そして昨年からサブトレーナーとして働いている彼女だが、いつも気の抜けた天然タイプとは思えない程に興奮している。

大抵こういう時はウマが絡んだ時なのだが。

 

「モデルのゴールドシチーがウチに入学したんですよ!」

 

「へぇー、意外だな」

 

思っていたよりも大きめのニュースだ、ただ何故か報告に来た後輩の方が驚いている。

しかし、驚きはしても仕事の手を止めるほどではない。

 

「あれ、先輩ってレースしかテレビも見ないのに知ってるんですね。てっきり解説から必要かと」

 

「合コンの話題で出てきたな、名前と容姿ぐらいならわかる」

 

確かモデルをしている美形なウマ娘だ、その容姿の淡麗さは謳い文句である100年に一度の美少女ウマ娘と言われても納得がいく。

 

「先輩、合コンなんて行く人でしたっけ……?いやだとしても何で僕も誘ってくれないんですか!?」

 

「年齢を考えろ、バ鹿」

 

ただ何故かゴールドシチーの事を瞬間で忘れて食い付いてくるこの後輩は、本当に私と同じく飛び級でトレーナーになれたのかと疑うぐらいウマ娘からの話から簡単に逸れていく。

そもそも現在16歳の最年少トレーナーを合コンに連れて行くのはマズイのだが。

 

「数合わせで仕方なくだ、大学時代の友人の頼みで断れなかったんだが……引き立て役だったし、楽しくもなかったぞ」

 

トレセン学園にトレーナーとして入るには専門の大学を卒業してから資格を取らなければならない、私は17歳で飛び級して卒業はしたが一応他学科で友人はいた。

その友人本人の代役として来て欲しいと言われれば、流石に断りづらかったので、普段は誘われもしないが行ってきただけなのだ。

周りが一流大学の院生やら大手企業の社員だったりと普通に肩書きが良かったのもあり、私的にもストレスフリーで時間は過ごせていた。

 

「なんか、その割には顔色めちゃくちゃ悪いっすね」

 

だが後輩が察するように、良くはなかった。

身分を偽って参加していた時は誰も話しかけて来なかったので平和であったのだが、ちょっとしたきっかけでそれは崩壊した。

 

居酒屋でやるカジュアルな合コンだったのだが、そこを失念していた。

 

「途中でトレーナーなのがバレた、そこから相手側が全員私に狙いを変えて来てな……地獄だった」

 

URAファイナルズで優勝した時のインタビュー映像が居酒屋のテレビにバッチリ映ってしまったのだ。新生レースとは言え、あの規模のレースを勝ったトレーナーというのは流石にマズかった。

一口にレースで走るウマ娘と言っても千差万別であり、G Iなんていう賞金も知名度も破格のレースに勝てるウマ娘は殆どいない。

ましてや、それを担当するトレーナーはさらに少なくなる。

 

医者や弁護士といった社会的ステータスと肩を並べるトレーナーの中にあるG I優勝経験のあるトレーナーなぞ、ほんの一握りなのだ。

そしてG Iと遜色ないどころか超える規模の新生レースの初代王者のトレーナーだ、後はもうお察しである。

 

「あぁー……キツいっすね」

 

「教え子と結婚するトレーナーが出てくる気持ちもよく分かる、お前も結婚したいなら相手は慎重に選べよ」

 

5対5の合コンだったのに、トレーナーバレをしてから5対1の合コンに変わったからな。なんなら男側の敵意や畏敬の念を含めれば9対1だった。

 

普段から男女問わずに人が寄って来そうな程に美形の女性も居たが、露骨過ぎてきつかった。世の男達はなぜあれに騙されるのか、気持ちは分からんでもないが分からない。

 

「で、君は仕事を手伝うわけでもないのになぜここに?」

 

だが、こんな新入生にモデルが入ったぐらいで来る程ミーハーな奴でもない。なんとなくその理由は察せる。

 

「選抜レース見に行くと思ってたんで、お供しに」

 

「あぁ、今日は行かないぞ。来週ぐらいに行く予定だが」

 

新入生は既に入学している、件のゴールドシチーも入学済みだろう。今頃は多少なりとも騒がれているかもしれないが、そのうち落ち着くだろう。

 

「何でです?言い方アレですけど、才能ある子持ってかれますよ?」

 

だが後輩が今日来たのは、初日だからだろう。選抜レースは言ってしまえば才能をトレーナーが見極める、品評会だ。語弊は生みそうな表現だがそこからスカウトをするウマ娘を選んでいく、そしてこの見極めは早ければ早い方が良い。

 

1週間後に選抜レースを走るウマ娘は、言ってしまえば他のトレーナーから才覚は並かそれ以下と見なされた者達しか残っていないのだから。

 

だが、私はあえてそこを狙う。

 

「昨年暴れ過ぎたからな、程々にいきたいんだよ」

 

今デスクにある仕事、実は全て同じウマ娘から生まれた仕事なのだ。URAファイナル初代王者であったり、宝塚記念でやらかしたりと話題に事欠かない超問題児、才能だけで選んだ本物の怪物だったが、今はそこまで大きな問題は起こしていないので、こう見えても仕事は落ち着いている。

 

「まぁ、その仕事量見たら気持ちは分かりますけど……」

 

ただ新米トレーナーが色々と実績を出しまくっていた3年間だったので周りのトレーナーからの風評は最悪とまでは言わないが良くはなかったので、今年もやらかせば間違いなく荒れる。

私が三年でベテラントレーナー並に築いてしまった実績をひけらかせば、間違いなく今年1番のウマ娘は取れるだろう。

だが、ヘイトを買い過ぎているのにここで押し通せば不和が出る。

それで理事長や秘書のたづなさんに迷惑をかけるのも憚られる。

 

なので才能の怪物を磨き上げるのは、他に任せたい。私としては才能をいかに引き出し、引き伸ばすかをやってみたいのだ。

 

そうこうしていると、ドアがノックもなく開けられる。ノックせずにこのトレーナー室に入ってくるのは後輩以外には一人しかいない。

 

「お、トレーナー!そんな忙しいなら息抜きしに遊び行かねーか?」

 

黄金の不沈艦と呼ばれたこともあるそのウマ娘は、覇者としてのオーラがレース中にある。それこそ皇帝、シンボリルドルフに匹敵するほどのものが。

しかし、今の彼女はそれとは別の意味で異彩を放っている。

 

格好がおかしい。

 

浮き輪にゴーグルで海に行くように見えるが、今は4月だ。だがそれだけじゃない。スキーのストックに登山鞄、酸素ボンベまで背負っている。

 

こいつはどこに遊びに行くつもりなのか、だが私に暇が無いのに彼女に暇があるわけがない。

 

「ゴルシ!今日こそ雑誌の記事を書いてもらうぞ!!それとこの前学祭でやらかした反省文書け!」

 

「おっと、ゴルゴル星から緊急要請だ!またなトレーナー!」

 

 

ゴルシに記事を書くように色々任せると地獄だったので、適当にゴルシっぽく記事を書いてから1週間が経った。

 

「先輩、遅いっすよ」

 

後輩は既に選抜レースの会場まで来ている、他にも数人トレーナーが見受けられる。

そして直ぐに作るように頼んだ資料の束が渡される。

 

「時間はちょうどだろ、そのまま見るぞ」

 

後輩は今日走る子達の資料を作っているのは良いのだが、実際は見た方が早い。

あくまでも補足で見るぐらいで何とかなる、ただ作らせているのはこいつが働くのが嫌だからトレーナーなったとかいうモノグサ野郎だからだ。

才能はある上で能力値も高い、ただ怠け癖があるのが玉に瑕なのだ。

 

後輩の育成なんていうゴルシの面倒を見る次に面倒な仕事は今年限りの予定なのでまだ許せるが、こいつに時間とか社会人として的な事を言われるとたまにピキッと青筋が頭に出てしまう。

 

社会人としては五分前行動ぐらいはしたいのだが、いかんせん仕事が多すぎるのだ。給与は貰っているがそんな私を見ていかに仕事逃れをしようと考える後輩はいつか締めた方が良いだろう。

 

「今日の目玉は?」

 

「個人的には……」

 

そう言って聞いてみれば末脚はあるがスタートが弱い子、気性の荒い子、体力の無い子と何かしら欠点を抱えながらも光るものがある子は多い。

かく言うゴルシも残り物、と言っても選抜レースには出てなかったが色物枠ではあったのでそういった掘り出し物というと失礼ではあるが、見つけるのもトレーナーとして試されている能力ではある。

 

「あれは……」

 

そうこうしていると、ある子が目に留まった。

それには後輩も気付いたようだ。

 

「あぁ、ゴールドシチーですね」

 

てっきりさっさと売り切れていると考えていたウマ娘が残っているのだ、それも周りから特に見向きもされていない。

 

「末脚はある程度ありますが、能力は良くも悪くも突出してないので平凡ですね。走るウマ娘としては、見向きもされてなかったみたいです」

 

天はニ物までは与えなかった、という事か。少なくとも彼女は誰の目にも明らかな突出した才覚は持ち合わせていないようだ。

その証拠に、始まったレースもゴルシやその対策ばかりして目が肥えているのもあるとは思うが、良いとは言えない。

 

「勝負の世界だからな、何もないなら残る事が出来ない世界ではある」

 

走れないものには、居場所がない。いや、なくなってしまうと言った方が適切だろう。観客の目には留まらず、忘れられる。糾弾されるわけではないのだ、それで毎年何人もの子が引退する。

昨年は特に、酷かった。逆に今年はその原因が居ないので豊作らしいが。

 

お遊戯のような走りがしたいならば、地方に行けば中央に入る才能を持った子達ならば可能だろう。

自分に限界を決めて辞めていく子は残念ながら非常に多いこの業界、生き残るには多かれ少なかれ何かが必要だ。

と言っても才覚だけで成り上がれる世界でもない。

極論、プロ意識を持たない子は大成することはありえない。

 

何故かゴルシは大成してしまったが、それは考えないものとする。

 

「ただ君は資料で判断する節があるからな、もう少し現場で見るように」

 

レースは終わった、ゴールドシチーは8着だった。

 

「映像越しじゃ、分からないこともある」

 

だが、彼女に限らないがこの選抜レースで全てが決まるわけでもないし全てを知るわけではない。

 

「ゴールドシチーは先行、それと差しもいけるようだな。ただ逃げも不可能では無さそうだから書き足しといてくれ」

 

「え、逃げは絶対合わないですよ?」

 

「可能ってだけだ、私なりに相当ピーキーに育てればだけどな」

 

私の場合、見た方がよく分かる。脚質なんかそれこそ一目見れば分かる、だがそんな事はある程度トレーナーとしての経験を積めば誰でも出来る事だ。

ただ私はこれが子供の頃から出来る、流石にこれは天職だとは思って今に至るが、出来過ぎも問題なのは色々と学んできた。

 

「でも、先輩ならここにいる子達全員GIIまでなら一勝させられるんじゃないんですか?」

 

「私の事を魔法使いとでも考えているのか?」

 

後輩が私にサブトレーナーとしてそばに置かせて欲しいと直談判して来たのも、この時期だったか。

私の実力を過剰に評価している、ウマ娘を見る目はあっても人間を見る目はないらしい。

 

GIIは2番目に格式の高いレースだ、GⅠに出るウマ娘も調整で走ることなんてザラにあるレベルだ。無論それを勝てるウマ娘もGⅠ程ではないにしても一握りなのだ。

 

……まぁ、不可能ではないのだが。

 

「GIIで一勝に絞れば、出来なくはないが……そんな事して彼女達は『ターフの中で生き抜いた』と言える筈がないし、私もしたくないぞ」

 

注意書きとして、徹底管理して人生で一つのレースに絞った調整をしたとしての話だ。私と同じ事をすれば三年でメンタルが強い以外に何の才覚もない地方のウマ娘をGⅢで一勝ぐらいは出来るだろう、ただ本当にスパルタで行くことになる。

一時期ゴルシに実戦して耐え切った彼女の3年目は敵無しになるぐらいにやばかった、たまにデカいポンをする彼女だが、メガ進化させたのはやり過ぎだった。

ゴルシが居なければ引退しなかった子どころかタイトルが取れた子は相当多かったので、私個人がいつか刺されてもおかしくない年だった。

 

なのでオールデイズメガ進化訓練させればここにいる誰でも精神がぶっ壊れなければタイトルは取れるだろう。

 

「じゃあこの中でGⅠ取れそうな子は誰ですか?」

 

だが、GⅠはそういかない。才能が欠片も無いならば同じ土俵に立つ事すらできない。そして運も絡む、確実に勝たせる事はできない。

 

そして、ここにいる子達には確実に勝たせるほどの大きな才覚はない。だが、出来ないわけでもない。ただその子が後輩の後ろで、中堅のトレーナーが話しかけているのを見る。

 

「もう全員取られたし、見当たらないな」

 

私としては今の立場上話しかけるつもりは無かったので、トレーナーが見つかったようで良かった。

今年は名目上は私の名前を使って、後輩に任せても良いかもしれない。

 

 

選抜レースを見てから3日後、後輩は今日の選抜レースでスカウトする子を決めてくると張り切っているのでトレーナー室は珍しく静かだ。

 

「おぉトレーナー!新入生連れてきたぜ!」

 

だが、そんな時にうるさくしてくるのがうちのゴルシである。しかし今日はいつもと違う、いつも孤高の魔王のような彼女だが連れがいる。

 

「……ゴルシ、どこで拾ってきた」

 

そして、その連れてきた子には見覚えがある。

 

「えっと、その……ここは?」

 

ゴールドシチー、度々目や耳にしていた子がそこにいるのだ。無理矢理連れてきたようで、本人はもの凄く動揺している。

 

「じゃ、後はお若い二人に……またな!」

 

お前は私より若いだろ、若いよな?と詰問をする間もなく去っていくゴルシ、置いていかれて空気が凍っている。時間が止まる瞬間とはこんな時を指すのだろう、居た堪れない。

 

「ゴ、ゴールドシップですか?今の人」

 

「……そうだな」

 

「あの、宝塚記念で二年連続ゲートを乗り上げた?」

 

「……そうだな」

 

ゴルシはここ直近2年はレース業界どころかバラエティにも勝手に出ていたりとテレビで引っ張りだこだったのもあり、彼女を知らない者はいないだろう。

良くも悪くも、有名人だ。

 

「もしかして、その……あの人のトレーナーって……」

 

「……私だな」

 

この状況で名乗り上げたく無いが、仕方ないので答える。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「私が1番聞きたいよ、彼女に」

 

いつも摩訶不思議な行動をするゴルシだが、その2割は意味のある行動をしている。誰かを巻き込む事は基本的に何故か一方的に絡むメジロマックイーンぐらいしかしないので、今回もその類かもしれない。

 

ちなみに残りの8割は意味のない行動か理解出来ない行動である。

 

「すまなかったな、うちのゴルシが。直ぐに君のトレーナーに」

 

だが唐突に連れてこられても何も出来ない。

 

「トレーナーは、居ない」

 

だが受話器を取ろうとしていると食い気味に答えられた。内線でたづなさんからトレーナーが誰か聞こうと思っていたのだが、彼女がそう答えるのは少し疑問が残る。

彼女はこの前スカウトされていた、彼女の魅力に何かしら見出したのだろうと思ったのだが、様子がおかしい。

 

「アンタも私をお人形さんだと思って関わりたくないってだけでしょ。走れないウマ娘に、用はないって」

 

綺麗な人形、凡才の走り、トレーナーという存在への過剰な反応、少しのやり取りではあるが、分かってきた。

 

気性も穏やかではなさそうだ。

 

「……なるほど、ゴルシが連れてきた意味がわかった」

 

何を考えたかは分からないが、ゴルシは私なら何とかすると思って連れてきたのだろう。何故彼女かはわからないし、何故私なのかもイマイチではあるのだが。

 

「ゴールドシチー」

 

「何よ」

 

「うちに来てくれ」

 

「はぁっ!?」

 

今の彼女は選抜レースの売れ残りであり、恐らくトレーナーと一回問題が発生している。大方、走り方を魅せる走りにするよう矯正しようとしたのだろう、見てくれの良い彼女ならばさぞ映える事になる。

だが、あった事に関しては正直どうでもいい。

仮にトレーナーが悪くとも、その問題は彼女自身も良くない印象を与えかねない。

 

「ゴルシの頼みだ、あいつ直接言葉にしない癖に投げっぱなしでなぁ……」

 

このまま彼女を送り返せば、どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。トレーナーはまず付かないので、満足に走ることすら出来ずに中退、元のモデルに戻る事になる。

少なくとも、走りたいと願いやってきた彼女の目的が達する事はない。

 

「ど、同情なら……」

 

「同情する程君が弱いなら、私はここを出て行くように勧めるが?」

 

だが、ここまで落ちているならば私でも拾える。いや、拾っても誰も何とも思わない。

 

「ただ地獄は見る事になる。でも、君の求める走りがしたいなら……明日もここに来てほしい」

 

今年は波風を立てたくなかったが、ゴルシの事だ。もっと暴れ回れという遠回しのエールなのだろう。

選抜レースで誰も走者としては見向きもしなかった彼女ならば、周りから大きなヘイトは買わずに引き取れる。

 

「格好付けてるところ悪いけど……明日は仕事の日だから無理なんだけど」

 

「……ん?仕事?」

 

「私、モデルも両立させると決めて入ってるんだからね。それでも良いなら明後日来るわよ」

 

「……マジか」

 

 

「先輩、どうやって彼女落としたんですか」

 

「さぁな、とりあえず今年もサポート頼む」

 

後日、ゴールドシチーは放課後すぐにやって来た。今は一通りのストレッチをさせているが、今日は本格的なトレーニングをするつもりはないようだ。

準備を終えた彼女を呼び出す。

 

「調子はどうだ?」

 

「普通ぐらい、特に不調も無いわよ」

 

普段からマネージャーとしっかりとした体調管理をしているのか、彼女は何かしら不調を抱えているというわけではなさそうだ。

だが走りに関しては調整はまだ熟知していないようなので、まだまだ調子は上げられるだろう。その分、素晴らしい走りも期待できる。

 

だが、その上であえて言う。

 

「ゴールドシチー、君は正直言って……ゴルシと同じ才覚はない」

 

ゴールドシチーはこの世代の中で、総合点では恐らくちょうど真ん中程の才能を持ったウマ娘だ。全く才能がないわけではないが、とてつもなく走れるウマ娘でもない。

 

「正直言って、勝る所があるかも分からない」

 

ただ、現段階での評価はこうなる。

ゴールドシップはとんでもない問題児であり天才であり、比べるのも間違いなのかもしれないが、それでも今の身体能力を比べれば育て上げる前のゴルシには遠く及ばない。

 

「とりあえず1週間、それで君の身体能力と特性を見極める。マネージャーに言って予定はとれたんだよな?」

 

「一応ね、ただ保証はできないから」

 

しかし、そんな事は分かりきっていると言った具合で全く反発せずに「何するの?」と急かして来るほどだ。

とりあえず中距離を走らせる為に一応一周回ってこさせる、それで軽く走るルートが分かるだろう。

 

「ストップウォッチの準備は?」

 

「できてますよー」

 

そして今のうちに後輩に記録表の準備をさせる、当然真横でこれから始める走りを見る。体内時計で何となくペースは分かるが、やはり直に時間を知った方がわかりやすい。

 

そして、走らせてみるまで暇なのか後輩は気になっていたのか問いかけてくる。

 

「で、先輩はどう走る予定なんですか?」

 

急にゴールドシチーを育てると決めたのだ、それも後輩に伝えたのは実は今日の朝だったりする。一応後輩は後輩で育成をさせようと考えていたのだが、若過ぎるのもありスカウティング出来なかったからなのだが、まさかゴールドシチーを引き取るとは思いもしなかったからだろう。

 

「ハッキリ言って、今年は粒そろいです。厳しいなんてレベルじゃないですよ」

 

そして、今年は天才が一応去っている年なので、ゴルシに及ばなかった天才が固まっている。ゴールドシチーをこの世代の真ん中の才能と評価してはいるが、並の世代ならば普通に評価はされるだけの能力はある。

 

だが、この世代で走らせるのは難しいなんて話ではない。

 

「まずは11月のデビュー戦だな、それまでにある程度仕上げる」

 

だがそれは分かっているようで、調整期間はかなり長く取るようだ。普通のトレーナーは4月に取った子を早くて3ヶ月、遅くても半年以内に一度走らせるが、その時間も全て仕上げに使うつもりなのだ。

 

だが、11月は何度もデビュー戦で負けている子達が集まる。ランナーとしての実力も上がってくる頃合いだ。そこで勝てるならば間違いなく埋もれる事はないのだが。

 

「で、そこで順当に勝てれば……ホープフルステークスに出る予定だ」

 

「いきなりGⅠですか?」

 

続けて告げられた目標は、高い。

ルーキーウマ娘No.1を決めるレースと言っても良い、最高格式のレースだ。

無論、この世代の有力なウマ娘達が参戦するだろう。最悪の場合はそこで心を折られてしまうのだが。

 

「先にあの雰囲気を経験しておかないと、ダービーには勝てないからな」

 

その挑ませる目的が、更に高かった。

 

「ダ、ダービー挑ませるんですか!?」

 

東京優駿。俗に言う日本ダービー、最高の栄誉の一つと言えるこれもGⅠレースである。

2,400mのこのレースだが、ホープフルステークスより400mも長い。この差は大きく、ホープフルステークスで調整した後にまた再調整の必要がある。

 

「もしかしてクラシックを……」

 

クラシック三冠、皐月賞・東京優駿・菊花賞の全てを勝つことで手に入る栄誉。この栄誉を得たウマ娘は数える程しか居らず、直近ではゴールドシップがこの栄誉を掻っ攫っている。

 

ゆえに勝ち方は分かってはいる、しかし。

 

「いや、菊花賞の3,000は無理」

 

彼女の練度では、まだ3,000を走れる者達には届かない。いや届かせる事は可能ではあるのだが、その土俵に立てても勝てない。今の頭の中にある構想では、皐月賞には間に合わずギリギリでダービーに届くか否かといったところである。

 

「ただあいつには唯一、ゴルシの欠けてるものがありそうでな」

 

しかし、それでも届くかどうかは彼女次第だ。

 

「どうせゴールドシチー取った時点で多少なりともヘイトは買うことになるんだ、買えるだけ買わせて貰おう」

 

幸か不幸かヘイトを買って変わるような人間関係は持ち合わせていない。動機なんてもってのほか、周りから嫉妬の嵐が吹き荒んでいる。

一般的なトレーナーの欲する栄誉なんてものは、ほぼ全て手に入れてしまっている。今後数十年はこのような事は起こらないと断言出来るだけの存在のトレーナーをしてしまった故に、未練がない。

彼女が暴れ回りまた何か問題が起きた時は、少なくともやり残した事は無いという意味では何の憂いもなく引退できるほどだ。

 

「何より、走ることを望む子には全力で走って欲しいからな」

 

だから、走る事だけに集中して欲しいのだ。

それ以外の障害を取り払うのが、限られた条件の中で走らせるのが、トレーナーの仕事であると、彼は考えているから。

 

「先輩って割と顔も肩書きも性格も悪く無いのに、何で彼女居ないんですか?」

 

「女性は苦手なんだよ、特に顔がいいのが」

 

顔が良いほど性格が悪くなりやすい気がするのだ、彼の自論ではあるが。実は哲学者などがちゃんとした名前を付けてるんじゃないかと探しているようだが、それらしき法則はなさそうだ。

 

「え?そっち系ですか?通りでセクハラもしてこなかったわけですね」

 

「違うしぶっ飛ばすぞ」

 

 

夢が、そこにあった。

 

ある天才が生まれた、そしてその天才を覚醒させた天才も居た。

 

URAファイナル、新設された3年に一度しか開かれない特別なレースの発表がされ、それは全てのレースを走るウマ娘の夢となった。

参加条件は一つ、過去3年間でGⅠレースで2勝以上を挙げる事。凡人には高過ぎるハードルを潜り抜け、選りすぐりのウマ娘達が魂をぶつけ合っていた。

 

本能的に、刺激されてしまったのだろう。でなければ彼女、ゴールドシチーはモデルをしながらトレセン学園に入るといった事はしていない。

 

彼女も天才のような才覚はなかったが、天からの恵みを得た者の1人ではあった。

 

『尾花栗毛』尾がススキの穂のようにも見えた事から名付けられたそれはプラチナブランドの髪色を持つ彼女の美を表す言葉の一つである。

 

巷ではその特徴が美貌と相まって100年に一度の美少女ウマ娘と呼ばれている。

 

天からの施しを得た者であり、それを崩さぬように努力してきたのがゴールドシチーである。

 

「アタシは、人形なんかじゃない。走りたいだけなのに、何でそれすらさせて貰えないのよ!!」

 

だが、現実は甘くなかった。

 

新入生の選抜レースを走れば8着以下が殆ど、見向きもされず自分よりも速い子達にはトレーナーのスカウトがかかる。

ウマ娘の本能として走りたい欲はある、だがそれでも走るのが辛くなるほど誰も彼女の走りを必要としていなかった。

 

新入生は毎年200人以上いるが、そのうちの半数は卒業迄に去ると言われているのがここ、トレセン学園だ。その現実を見せつけられていた。

 

しかし、そんな彼女にも声がかかった。選抜レースを走り始めてから1週間、毎日出走しトレーナーの1人から声がかかったのだ。

 

待ち侘びていた、中堅だとかそんな事はどうでもよかった。自分の走りを必要とする人が現れた事に、無くなりかけていた自尊心が蘇った。

 

だがそれは、3日後には消失する。

 

違和感はあった、走り方の指導が入っても走りづらくなっただけで劇的な変化というのがなかったのだ。しかしそれも慣れれば速くなるのだと、信じて練習を行った。

 

違和感が確信に変わったのはその練習が始まって3日後、練習中に周りで見学していた子達からの歓声が聞こえた。だがそれだけならば気にする事はなかった。

ただその日のものは選抜レースをしていた時よりも大きく、多かった。すぐに今の走りが早く走るためではなく、魅せる走りである事が分かった。

 

トレーナーに詰問してみれば、否定はされなかった。むしろ思い通りに走らない事を揶揄して気性が荒いとまで言ってきたのだから、ここでは自分の求める走りは出来ないと思い走り去り、今に至る。

 

街灯も少ない日も落ち始めた森に向かって、彼女はその鬱憤を叫んでいたのだ。

 

しかし現実として、走りで彼女を拾うトレーナーはいないという事でもあった。

 

「……走りたい、ターフを……ウマ娘として」

 

お人形としてのウマ娘、それ以外に求められていない。この勝負の世界で、走れない彼女は求められていなかった。

 

「迷えるウマ娘よ、ちょっとこっちに来なされ」

 

そんな時、不意に声がかかる。

 

振り向くとそこには胡散臭い奴が居た。

グラサンにマスク、そして霊媒師や和尚さんにも見える着物と帽子を被っている。

トレセン学園の外れではあるが、外れだからこそとんでもない奴がいたのだろう。

 

「私はハイパーメディアクリエイターのスーパージーニアスウマ娘のゴルシ様だ、困ってそうだな」

 

何か色々と頭が痛くなりそうな事がごちゃごちゃ言われて分からないが、とりあえず不審者だろう。

 

「あの、何ですか?あたし忙しいんで」

 

出てきた涙もいつの間にか止んでいる、だが心の傷はまだまだ痛む。

今日は厄日だ、無視してさっさと帰ろうとした時だ。

 

腕を掴まれた。

 

「まぁまぁ」

 

たまに、無作法なファンは彼女の周りにも現れる。しかしこれほど美形な彼女であっても護衛のような立場の人間が居ないのはウマ娘だからだ、逃げようと思えば車より早く走り、訓練をしていないウマ娘ならば弾き返すぐらいの事は可能だ。

 

そして、腕を振り解こうとするが。

 

「(力強っ……うそ、全く抗えないんだけど!?)」

 

微動だにしない、腕がコンクリートで固定されたように動かない。良く見れば獣耳や尻尾があるのでウマ娘ではあるようだが、ここまで抵抗ができない事は初めてである。

 

「アンタ、こんな事してタダで済むと思ってるの!?」

 

「大丈夫大丈夫、どうせなんかあってもトレーナーなら何とかしてくれるからな」

 

そう言ってなされるがまま、連れて行かれる。もう寮の門限も近い時間だ、だが構わずに彼女は引っ張り続ける。

 

「おぉトレーナー!新入生連れてきたぜ!」

 

日も落ちて来た時間なのに、あかりのついている部屋が一つだけあった。誰かいるのだろう、カタカタとPCを叩く音の響くここはトレーナー室、ではあると思うのだが少し狭い。

いや、狭く感じる程に物が多い。何かの資料にレースビデオがつきっぱなしのテレビ、山のようにデスクの上に盛られた紙束など、整理されているにしては息苦しい空間がここにある。

 

そして数刻して、書類の山の奥に居たこの部屋の主が現れた。

 

「……ゴルシ、どこで拾ってきた」

 

若い男だった、トレセン学園で見てきたどのトレーナーよりも。だがそれよりも大きな情報が脳内で反響し続けている。

 

ゴルシ、そう聞いてすぐに頭の中に浮かんできた。

ゴールドシップ、芦毛のウマ娘の中で規格外の結果を残したレース界で皇帝シンボリルドルフに並ぶとも言われる実力者。

 

今のふざけた格好をした不審者に投げられた名前だ、そして彼女は芦毛のウマ娘である。

だが、特に名乗りもせずに本人は嵐のように去っていった。

 

「ゴ、ゴールドシップですか?今の人」

 

「……そうだな」

 

そして確認してみれば、合っていた。

 

「あの、宝塚記念で二年連続ゲートを乗り上げた?」

 

「……そうだな」

 

悪夢の宝塚記念、それは2年連続でゲートを乗り上げて全く違う結果を出した事から言われるゴールドシップの事件だ。

当時から頭角を現していたゴールドシップは2年目に隣のウマ娘に難癖をつけられてゲートを乗り上げてしまう、結果は最下位ではなかったが下から2番目で当時の彼女の唯一の黒星であった。

 

そして3年目、もはやレース界の覇者となっていた彼女を何とか落とす為なのか宝塚記念にて同様の作戦で挑発したウマ娘が居た。そしてゴールドシップは同じくゲートを乗り上げてて反発した、しかし結果は悪夢としか言えなかった。

 

スタートを遅れた彼女は反転して走り始め、その直後からスパートし優勝してしまったのだ。本人にも疲れは見えていたが、それ以上に周りのウマ娘達の顔は憔悴しきっていた。絶対に彼女には届かないという事を叩き込んでいたようにも見えた。

この頃に大量の引退者が現れたのも事件に含まれている。

 

そして当然そのウマ娘を育て切り、URAファイナルすら制覇させたトレーナーがいる。

 

「もしかして、その……あの人のトレーナーって……」

 

「……私だな」

 

メディアにも殆ど顔を出していない若き天才、存在すら怪しまれていたトレーナー。URAファイナルでの記者会見の時に少し顔を出した時は実在したという事でネットどころか街中でもその話題で持ちきりになっていた。

 

だがその後は雑誌でたまにコメントしている程度で、むしろゴールドシップの方が遥かにメディアへ露出していた。

 

そんな彼の元へ何故連れてこられたのかは分からない。そしてそれはトレーナーも同じのようだった。沈黙の時間が少しばかり過ぎると彼はすぐに受話器を取った、トレーナーに引き渡す為か寮に連れていくためだろう。

 

トレーナーとしては当然の対応だ、今は時間としても遅いし、正しい行動だ。

ただ何故かは分からないが、誰にもかけてほしくない。

 

「トレーナーは、居ない」

 

咄嗟に、口に出てしまった。

面倒くさそうにされていると、勝手に感じてしまったのかもしれない。

 

「アンタも私をお人形さんだと思って関わりたくないってだけでしょ。走れないウマ娘に、用はないって」

 

ゴールドシチーは走れるウマ娘として評価されていない。それは一流のトレーナーには見抜かれており、彼が見抜けていないはずがない。

 

いくら見かけが良くとも、評価されないのがトレセン学園だ。そして、彼も評価するはずがない。

 

「……なるほど、ゴルシが連れてきた意味がわかった」

 

だが、何かを察したのか。受話器を元に戻すと、改めて向き直られた。カウンセリングでもする気なのか、はたまたモデルに戻るように現実的な話をするのか、もうやけっぱちの彼女に。

 

「ゴールドシチー」

 

「何よ」

 

「うちに来てくれ」

 

「はぁっ!?」

 

スカウティングをしてきた。

 

「(ありえないでしょ、あのトレーナーが?スカウトしてきたの?この、私を!?まさか、体目当てとか……)」

 

あまりにあり得ない提案に思わず邪推をする。それも仕方ない、彼が唯一コーチングしたのはあのゴールドシップである。同じゴールドの名を持つがその才覚の輝きは桁違いである。

しかし、それはその後の様子を見れば見当違いであったと分かる。

 

「ゴルシの頼みだ、あいつ直接言葉にしない癖に投げっぱなしでなぁ……」

 

ため息を吐きながら、普段からあの奇行が出ていたことが察せられる。テレビでは演出だと思っていたが、リアルでもあの調子ならば恐らく相当の気苦労を重ねているのだろう。

 

だが、正直それよりもトレーナー自身がオファーをしているという事には変わりはない。

 

「ただ地獄は見る事になる。でも、君の求める走りがしたいなら……明日もここに来てほしい」

 

求める走り、その言葉に耳が思わず立つ。

 

彼女に求められているのはレースに勝つ走りではない、魅せる走りであったからだ。誰もが優雅であったなど走りの感想を美しく良いものを見たとは言うが、良い走りをしたとは言わないし、そこまで求めていない。

 

「ど、同情なら……」

 

「同情する程君が弱いなら、私はここを出て行くように勧めるが?」

 

だが唯一、トレーナーの中で彼だけはお人形ではないゴールドシチーとして、見てくれた上で、スカウティングしているのだ。

 

皆が凡才だと、特に欲しくはないなと見限ったこの脚を。

 

しかし、この流れを断ち切るようで申し訳気持ちもあるが。

 

「格好付けてるところ悪いけど……明日は仕事の日だから無理なんだけど」

 

「……ん?仕事?」

 

返事待ちをしていたトレーナーは、考えていない答えだったのか少しだけ固まる。

 

「私、モデルも両立させると決めて入ってるんだからね。それでも良いなら明後日来るわよ」

 

今もゴールドシチーはモデルを続けている。最近はマネージャーとの衝突も多いが、共にトップを目指している。そっちを蔑ろにする事は、今の彼女には出来ない。

 

「……マジか」

 

露骨にガッカリしているトレーナーに、黙っておく事はできない事だ。ただでさえ実力が足りていないにも関わらず、練習に制限まで出来始める。

そんな身勝手なウマ娘なのだ、そんな子を欲しがる筈がない。話は終わりだと、ゴールドシチーはその場を去っていく。

 

だが、その背中にトレーナーは告げた。

 

「なら明後日、待ってるぞ」

 

足が止まった、いや止まってしまった。それだけの魔力がこの言葉にあった。

 

遠回しに、厄を引き受けるのはやめておいた方がいいと忠告したにも関わらず、そんな事を気づいていないのか気にしていないのか、当たり前のように、告げたのだ。

 

「(何でよ、何でそんな何でもないように言うのよ)」

 

しかも、モデルをするという条件を認めている。

モデルを続けた上で、走れるウマ娘にする、そう言っているのだ。自分の目指していた、ランナーとして育て上げると。

 

振り向いて見れば、特に何か葛藤があるようには見えない。当たり前のように、また自分の仕事に戻っている。

本当に多少の障害としか思っているのだろう、でなければすぐに戻れるはずもない。

 

「明後日よ……絶対に、途中で辞めたなんて許さないんだから!一度でもお人形扱いしたら、理事長やマネジに無茶苦茶言ってやるんだから!」

 

無理難題、それを見せると約束された彼女はそう言うと足早に部屋を去っていく。

この興奮が、冷めぬうちに、夢に落ち、明後日が少しでも早く呼び込む為に。

 

 

『ゴールドシチーとかいう美少女ウマ娘がいる件について』

 

1:名無し

ホープフルステークス3着

皐月賞5着

→日本ダービー出場決定

 

これでモデルってマ?

 

2:名無し

>>1 と言っても気付いたら5着とかそこら辺に居たって感じだからどうなのか分からんくね?

 

3:名無し

>>2 デビュー戦をするのは遅めだったけど普通ぐらいだったな

 

4:名無し

普通なんじゃね?末脚はありそうだけどそこまでって感じ。

走りは無茶苦茶映えるけど。

 

5:清掃員A

>>4 いや、実はそうでもないらしい

 

6:名無し

>>5 そうなん?

 

7:名無し

あれ、Aさんじゃん。

 

8:名無し

>>7 誰なん?有名なん?

 

9:名無し

説明しよう!

 

10:名無し

清掃員Aさんはたまにトレセン学園やレース場で掃除をしている一般清掃員で、20年以上スレに顔を出し続ける生きてるレジェンド。

年齢不詳、性別不詳、ウマ娘かどうかも不詳、その癖何故かウマ娘達の好みや秘密まで知っているし、何故か無茶苦茶話してるのにURAから捕まらない訳わかんない人。

好きなウマ娘はナリタタイシン、過去のGⅠレースで勝ったウマ娘を暗唱できるらしく、その担当トレーナーの名前も暗唱できるらしい。

 

11:名無し

10>> 三行で頼む

 

12:名無し

11>>すっごく

レースに詳しい

清掃員

 

13:清掃員A

なんか最初彼女見た時、新入生選抜レースで売れ残ってたんだよね。暫くしたら中堅ぐらいのトレーナーがオファーしてたけどすぐに縁切れしてたし、あそこまで走れる子じゃなかったんだよね。

 

14:名無し

>>13 選抜レースではどのくらいだったん?

 

15:清掃員A

>>14 真ん中ぐらい、1番良くて7着かな?

 

16:名無し

新入生選抜レース7着で皐月賞5着って取れないん?

 

17:名無し

>>16 時期にもよるけど、出れたら御の字のレベルじゃね?ちなみに新入生は毎年200人超えてるし、最初は18人のレースだとしても13レースぐらいするから13×7で90番目付近の実力って事だな。

 

18:名無し

90人抜きぐらいしてて草

 

19:名無し

じゃあ何で走れてるん?

 

20:清掃員A

噂だけど、ゴールドシップを担当したトレーナーが今教えてるっぽいよ。

 

21:名無し

ふぁっ!?

 

22:名無し

それは色々な意味でダメなのでは!?

 

23:名無し

ゴールドシップって、誰?

 

24:名無し

>>23 にわかどころかウマ娘を知らないのかって疑うレベルなんだが

 

25:名無し

>>23 半年Romってろ

 

26:名無し

説明しよう!

 

27:名無し

え、いる?

 

28:名無し

三行で良いよ

 

29:名無し

レース無茶苦茶

勝ちまくった

化け物ウマ娘

 

30:名無し

マジでゴルシと同じトレーナーなんだけど、そこまで気にしたことなかったんだが。

でもトレーナーの名義は一緒でも、会見居た人は違くね?若過ぎん?童顔なだけ?スーツ着たJKにしか見えんが?

 

31:名無し

あれサブトレーナー、今16歳の最年少で中央のライセンス取った天才。ちなみに本人は出たがらないが、今は21ぐらいだぜ。あとサブトレーナーに破られるまでは最年少記録持ってた。

 

32:名無し

トレーナー陣も化け物かよ

 

33:名無し

あの成績残すトレーナーって、若くても30歳ぐらいだと思うんだけど、ちがったけ?

 

34:名無し

>>33 合ってる、壊れてるのはゴルシとそのトレーナーだけ

 

35:名無し

何回人生やり直したん?

 

36:名無し

なら日本ダービーってワンチャンあるか?

 

37:名無し

>>36 流石にない

 

38:名無し

>>36 漫画の読みすぎ

 

39:名無し

>>36 順当に他の子、特に皐月賞取ってた子が有力

 

40:名無し

>>36 ぶっちゃけそのトレーナーもゴールドシップとかいう特大の天才引き当てただけの奴だぞ?若いだけでもてはやされてるけど、経験不足過ぎるし無理

 

41:名無し

>>40 ゴルシトレーナーのアンチスレはここじゃないぞ

 

42:名無し

逆に聞くけど、何したら18歳からトレーナー始めて3年でクラシック三冠やら色々取れるん?

 

43:名無し

>>42 ゴールドシップを引き当てる

 

44:名無し

>>43 その上で走ってくれるように祈る

 

45:名無し

>>43 その上で真剣になって貰うことを祈る

 

46:名無し

>>42 今思っても無理くさくね?何で取れてるん?

 

47:名無し

>>46 ゴルシだからやろ

 

 

東京優駿、日本ダービーとも呼ばれるそのレースに出れるウマ娘は限られている。

皐月賞で5着以上のものに優先権が与えられるこのレースは、基本的に皐月賞の上位5人が出場する。

最も仕上がりが早いものが勝つと言われる皐月賞、そこから僅か1ヶ月と少しの間で開催されるこのレースには最も運の強いウマ娘が勝つと言われている。

 

そして、その場に彼女……ゴールドシチーも立っている。

 

「シチー!バッチリ勝ってこいよー!!」

 

スタンドでは先輩であり、過去にクラシックにも出ているゴールドシップが声援を送っている。焼きそばを売っていたのかのれんが背にあり分かりやすく、隣には売り子姿のサブトレーナーがいる。

そして目を凝らして見れば、そこから離れた所に一人でトレーナーも観戦している。

 

「(ゴールドシップ、本当に目立つわね……逆にトレーナーは目立たなすぎと言うか……)」

 

今思えばこんな所に立てるとは半年前はカケラも考えていなかった。勝つ事すら頭の中に思い描くことが出来なかった。

 

すると何故だろうか、頭の中に今までの記憶が溢れ出て来る。

 

「これ、学園にいる時は必ず履いて」

 

「ロングブーツ?にしては……何か機械っぽいと言うか」

 

「それで屈むと太ももの辺りで固まるだろ?それで座る時は必ず空気椅子な」

 

「えっ!?」

 

仕掛け付きのロングブーツをサブトレーナーに作らせて授業中も昼食中も空気椅子を続けさせられた半年間。

 

「ハイこれ」

 

「何これ?ガスマスク?」

 

「今度からの練習中はこれつけてやって貰うから」

 

「えっ……!?」

 

果てしなく辛い練習に慣れて来た瞬間に渡されたガスマスクで死ぬかと何度も思いかけた4ヶ月間。

 

「ハイこれ」

 

「……それ、何?」

 

「重し、腰につけて」

 

「……分かったわよ」

 

その練習にも慣れ始めた瞬間に装着された重しをつけ始めてから2ヶ月、思い返せば練習をしていた事しか思い出せない。

ウイニングライブの練習は全てレース前日に詰め込むとかいう無茶振りもされてきた。

ストレスが溜まりに溜まった半年間だった気がするが、蕁麻疹などは出ていないのでそこも調整していたのかもしれない。

1日オフの日の午前中はサブトレーナーにマッサージをされていたし、徹底的に管理されていた。

 

「(何か、思い出したら腹立って来たわ……絶対勝って無茶苦茶高い料理を奢らせないと)」

 

トレーナーというよりプログラミングされた機械だと思う事も、多かった。

 

しかし、トレーナーはトレーナーだ。

 

「ハイこれ」

 

「今度は何……よ」

 

「衣装だ、出し切ってこい」

 

普段は厳しいだけのあまり多くを語らないトレーナーではあるが、いつもゴールドシチーをどう走らせるかだけを考えている。モデルの仕事で1日潰れる日もある、マネージャーと話さなければ予定は決めれないし、その予定通りになるとは限らない。

 

にも関わらず、一度として文句を言われた事はない。それありきで全てを出し切ると決めて、厳しく練習を指導をして来たのだ。

 

その上でマネージャーや衣装の担当と話し合い、彼女に合った衣装も準備している。それら全て当然であると、言い切っているようなトレーナーだった。

 

ただ伝えてもいないのにスリーサイズを知っている事だけは今でも納得はいかないが。

 

「(もしかしてアタシって結構チョロい?まさかね……でも)」

 

ただ、言い切れる事がある。この世代の中で誰よりも辛く、練習に向き合い、この日の為に半年を過ごして来たと。

 

「私が勝つ」

 

 

「お、始まるぞ」

 

「お前はいつの間に……」

 

気付けば隣にいるゴールドシップについては触れず、3人で見守る日本ダービー。ゴールドシチーの人気は14番、皐月賞5着ではあるが印象に残っていなかった故の評価だろう。

 

「で、どうなると思う?」

 

「勝つ為にやれる事はやった、後はシチー次第だ」

 

ゴルシはワクワクしたように念を送っているが、もうやれる事はそれぐらいなのは確かだ。

ゲートインし、間もなくレースは始まる。

 

「正直、先行や差しだとパワー負けする。脚力と体力を上げれるだけ上げたが、それじゃ勝てない」

 

デビュー戦ではギリギリ先行で走り切り、1着。そこからホープフルステークスも皐月賞も先行で走らせたが、同期の壁は厚かった。皐月賞は仕上がりが早いウマ娘が勝つとは言うが、ゴルシに及ばなかったとはいえ天才達が仕上げて来た中でよく5着をもぎ取ったと言える。

 

「じゃあ勝てねえのか?」

 

そして、レースが始まった。

 

「まぁ……だから、逃げで育てたんだが」

 

誰よりも早く、先頭の位置にゴールドシチーは向かっていった。周りのウマ娘達は予想外であったようで特に皐月賞で共に走っていた子達は驚いている様子だ。

 

今まで先行であったのに逃げにするのかと疑問に思うかもしれないが、別に先行も走れるだけで逃げをさせなかっただけに過ぎない。

 

ホープフルステークスは雰囲気を学ばせる為に、皐月賞はライバル達を知る為に、あわよくば優先権が貰えるように走らせたのだ。

確かに彼女には先行や差しが合っている、でも逃げが出来ないわけではないのだ。そう教えれば、走れる子である。

 

そもそも、この世代が悪いのだ。今の状態では先行や差しの土俵で戦えば返り討ちにしてくる子が多過ぎる、これはゴルシの強烈なパワーで抜き去っていく事例が出てしまった影響だろう。

とてつもない成功例を見れば、どのトレーナーでも試したくなってしまう。それである程度は勝てるのだから皆パワーを上げてくる。

だから限られた時間で勝ち筋を通すには、逃げで競り合わずに走るいう戦略を取らざるを得なかった。

 

「2,400は2,000とは遥かに違う、距離はもちろんのことスパートのタイミングもそうだし……スパート出来る距離も短くなる」

 

ゴールドシチーを先頭に縦長の状態でレースは進む、つまりゴールドシチーがこの集団のリズムを作っているとも言える。

だが他の子達も直ぐに自分のペースを思いだしたのか冷静に走り始めている。

 

「例外な君に聞くのはアレだが、走っている時はどのタイミングでスパートする?」

 

「1番気持ちいい時だろ?」

 

「まぁ、半分合ってる……かなぁ?」

 

ゴルシは感覚派なのでなんとも言えないが、気持ちよく走れるタイミングというのは分かっている。

そして、当然そのタイミングは皆持っている。

 

「自分の全力を出し切れる地点、俗に言う理論値の場所でスパートをかけるが、それはみんなわかってる。だけど2,000の感覚が抜け切ってない子達だ、だから……お、そろそろか」

 

100%を出し切れる場所でスパートし始める、極論スタート直後からスパートして走り切れるなら、それが出来るウマ娘が必ず勝つだろう。

スパート距離が長くとも、走りきれれば勝てるのがレースだ。

 

ゆえに、ゴールドシチーは誰よりも早くスパートした。

レースの二分の一の地点、残り1200mの地点から。

 

「シチーは唯一、ゴルシに優ってるところがある」

 

ただでさえ自分のペースを考え続けている彼女達にとって、予想外にも程があった。残り1200mでスパートし始めるなぞ自殺行為でしかない、一般的には早くても800mが限界と言われている。

と言ってもスパートとは全速力を出すタイミングではない、ギアを入れるタイミングだ。それでも体力の消費スピードは格段に速くなる。

 

しかし、徐々に開いていく差と落ちてこない走りに皆焦り始めている。ただでさえ頭に回す酸素が足りない中で、予想外の動きをされれば戸惑わないわけがない。

 

「根性の強さ、はっきり言ってこの才能だけはこの世代どころか業界内でも有数だと思う」

 

ゴールドシップの場合は根性がなさ過ぎるのだが、ゴールドシチーのそれは明らかに高い。選抜レースを見ただけでは見極められなかった能力だ。

残り200mの時点で周りを置き去りにし、体力も切れた状態で魂を燃料にして走っている。

 

そして他はというと、スパートのタイミングを完全にずらされており体力が無くなるものやスピードが激減するものが多くいる。

 

「先輩、この作戦やっぱ批判やばそうじゃないですか?」

 

「知らん、対策しない奴が悪い」

 

「まぁ、そうですけど……ここまで崩れるんすね」

 

「今は理論よりも体ってトレーナーが今は多いからな、頭でっかちは逆に折れやすい時もあるけど、個人的には自分のペースを周りに惑わされずに考えられるぐらいは欲しい。その点シチーはその頭の土台はあったから楽だった」

 

言ってしまえば、これは奇襲でしかない。いや、奇襲だった故にここまで荒らし回ったのだ。

かかり過ぎたとも勘違いされるゴールドシチーについて行こうとは誰も思わない、それで何バ身も差は開いていく。

 

「ただスパートが長いって事は苦しい時間が長いって事になる、それが出来るウマ娘なんて稀有なもんだ」

 

根性を鍛えるというのは簡単ではない。半年の間空気椅子が出来るウマ娘なんてそうそういるわけもないし、ゴルシならば1日もたたずに投げ出している。

 

「最も運の良い子が勝つなんて呼ばれてたのも20人以上で走っていた時の話だ、本当に強い子しか菊花賞同様勝てない」

 

残り100m、彼女の走りを邪魔する者は居ない。気合だけで上がって来た体は起こさないようにしてるが、魅せる走りとは程遠いフォームになりながら、ゴールへと向かう。

 

「この世代の顔に、彼女はなる」

 

ゴールと同時に失速し、ゆっくり倒れ込み空を仰ぐゴールドシチー。大歓声が彼女を包み込む。ウィニングライブが出来るのかと不安になる程満身創痍な彼女ではあったが、片腕だけを真上に掲げる。

 

後に語られる『黄金の逃亡者』その伝説が幕をあげたのだった。

 

 

『ゴールドシチーとかいう新しい怪物ウマ娘が現れた件について』

 

1:名無し

誰だよ流石にダービーは勝てないみたいな事言ってたやつ、漫画の世界じゃないとか色々言ってた奴らみんなどこ行ったんだよ。

 

圧勝だったじゃねーか。

 

2:名無し

モデルに負けるとか最弱世代か?

 

3:名無し

>>2 えっとぉー……実は近年稀に見る豊作年でしてー……

 

4:名無し

何で勝てたん?

 

5:名無し

ウマの差というより、トレーナーの作戦勝ちって感じじゃね。記録タイム自体は早いっちゃ早いけど騒がれる程じゃないし。ゴルシが塗り変えたから麻痺してるだけかもだけど。

 

6:名無し

あの子元は先行バだろ?掛かって逃げウマになってたと思ったんだけど、違うん?

 

7:名無し

>>6 恐らく元から逃げで育て上げてたんだと思う、スパート早かったけど意図的に見えたし結果後ろは追い込み以外の子が全員失速してたから。皐月賞まで作戦に含んでるならやばい。

 

8:名無し

ウマ娘はトレーナーに似るっていうけど、この子のトレーナーゴルシやってた時と変わり過ぎじゃね?ベクトル違うやばさなんだけど。

 

9:名無し

ゴルシはやる事なさ過ぎて才能を隠していた説

 

10:名無し

>>9 本当にありそうだからやめて

 

11:名無し

え?まだ彼女ニ年目なんですか?

 

12:名無し

ゴールドって名前つく子は何かやらかさないといけないのか?

 

13:名無し

誰だよゴルシにおんぶに抱っこのトレーナーとか言ってたやつ、ゴルシと並走してるやべーやつだろ。

 

14:名無し

逆にゴルシを御して……いや、御してはないな。でも肩並べてるんだからそりゃぁなぁ……?

 

15:名無し

このままだと延々に絶望するだけのスレになるんだが。

次のレース何走ると思うよ?

 

16:名無し

菊花賞?

 

17:名無し

まぁ順当に行くなら菊花賞か。

 

18:名無し

でもあの走りしてたら足壊しそう

 

19:名無し

3,000だからな、逆にダービーは奇襲だったから今後はあんな事にはならないだろ。

 

20:名無し

>>19 実はそう言ってそうならなかった子がいまして

ゴールドシップって言うんですが

 

21:名無し

誰か居ないのか!?この子を止めれる子は!?

 

22:名無し

スッー……

 

23:名無し

ゴールドシップ……ですかねぇ……?

 

24:名無し

ゴルシは年末は走らないって春の天皇賞取った後に言ってたんだよなぁ。

 

そもそもクラシック走れないし

 

25:名無し

一応いるにはいるが、全員漏れなく心はポッキリ折れてるな

 

26:名無し

あれは勝負というよりは蹂躙だったからな、ゴルシの年ほどじゃなかったが。

 

27:名無し

会見してる時のゴールドシチー可愛くね?あの残り200m鬼みたいな顔で走っていた子と同じとは思えないんだけど。

 

28:名無し

逆に他の会見してる子達の顔は……うん、目に光がなかったね

 

29:名無し

>>28 そりゃ1ヶ月前に勝てた相手に揃いも揃って惨敗したんだぞ、新入生選抜レースも含めたら眼中になかった子に負けたわけだろ?

会見開けただけメンタルよくもたしたと思うが……トレーナーは大変そうだな。

 

30:名無し

菊花賞出ないなんて言う子がいるくらいだからな、この世代じゃなきゃ天才って言われる子がそう言うぐらいにやばかったって事なんだが……。

 

31:名無し

実はゴールドシチーってゴルシ並みに才能があったというオチは無いん?

 

32:清掃員A

>>31 ない、なんなら才能だけで語ればダービーで勝てるはずがなかった。

 

33:名無し

そんな絶望的な情報伝えるためだけに浮上してこないでくれ。

 

34:名無し

あれ、ニュース見たらゴールドシチー出てるんだけど。

 

35:名無し

マジやん、なんか発表するみたいやけど。

 

36:名無し

え、菊花賞出ないん!?

 

37:名無し

故障か?

 

38:名無し

ジャパンカップまで調整する……なる、ほどぉ……?

 

39:名無し

どゆこと?

 

40:名無し

えっと、つまりあれやな。菊花賞は好きに走ってくださいって気遣ったんやな。

ライバル達に調整期間を与えたとも言える。

 

41:名無し

ゴルシは全部勝つって言って絶望させに来てたからなぁ……。

 

42:名無し

3週連続でレースは出してなかったけど、全部勝ったよな

中距離以上で取ってないGⅠあるん?

 

43:名無し

>>42 ダートなら

あと一応エリザベス女王杯と天皇賞(秋)も取ってなかったとおもったら昨年に両方取ってたわ。出たレース全部連覇してるからマジでダートしか残ってない。

3年目に無双してたのに、4年目はあかんな。2年目はちょっとやばい子いるよねって感じだったのに。

 

44:名無し

でもジャパンカップか……え、それはそれでやばいのでは?

 

45:名無し

昨年は全員ゴルシにぶっ飛ばされたあの国際GⅠレース……大丈夫かなぁ……唯一の救いはゴルシが年末のレースは出ないって明言してる事だけやけど。

 

46:名無し

居ないのか!?誰かあの子を止められる子は!?

 

47:名無し

流石に海外の壁は厚い、余裕

 

48:名無し

>>47 フラグ建てんな

 

49:名無し

いや、事実ゴルシがやばかったから昨年出てなかった子も居るし普通に強い子は多いぞ。対ゴルシで育てられてる子も多い筈。

 

50:名無し

むしろ奇襲も出来ないし海外はパワーも強いし、ゴールドシチーがどう戦うつもりなのか気になるわ

 

 

会見を終えた後、マネージャーとサブトレーナー、そしてゴールドシチーがやって来る。

記者からの質問攻めにあっていた3人であるが、それをデスクワークをしながらトレーナーは出迎える。

 

「お疲れ様」

 

「本当ですよ、何時間かかったと……」

 

サブトレーナーはヘトヘトといった様子で、横向きにソファーに倒れ込む。

 

トレーナーは後輩である彼女にいつもメディア向けの仕事を任せているが、一応理由はある。

彼女自身にメディア慣れさせるという側面もあるが、いかんせん仕事が多いのだ。常にトレーナーがデスクワークに走らないと間に合わないぐらいに、仕事が積まれている。

基本的に分析と日程などの練習管理、それを他チームのウマ娘と比較しながら資料を作っている。

 

だが、忙しいのはトレーナーだけではない。

 

「ダービーを圧勝したって事で取材やら色々激増したんですよ、今は何とか調整できてますけど、ジャパンカップ前はどうなることやら……」

 

なんだかんだゴールドシチーの事で関わることが多くなり、今ではゴールドシチーやサブトレーナーの次に会う時間の多いモデル時のマネージャーだ。

日本ダービーであまりにあまりな結果を出したおかげでメディア露出が多くなり、今では練習をしない日の全てが予定で埋まっている。

以前迄は何日か休暇を設けられていたが、今はその余裕がない。

 

「菊花賞は無理だったな、流石に調整は出来ない」

 

日本ダービーを取ってしまった影響だ、予期出来た事なので菊花賞を諦めるプランニングをしていた事もあり、皆納得している。

練習日を10日に1日削り休暇にしなければならない程に、今の彼女には時間の余裕を作る事はできないのだ。

 

「それで、今度はどんな練習するの?」

 

のだが、当の本人はまるで平気といった様子で受け答える。

今でも空気椅子を当たり前のようにこなしながら話をしているのだから、その言葉は本気なのだろう。

 

「特に変わらないな、少しスタミナに重きを置くぐらいだ」

 

奇襲の成功は勝ちを確実なものにした。しかしスタミナ量は意識して伸ばしてきた割にはダービーを走っていた子たちに比べれば並より少しある程度である。まだ足りて無い。

パワーは同世代の天才達と張り合えば負けるだけで、前を取る逃げとしては妨害する程度の最低限は持ち合わせている。

そして今の練習のままでも十分にも伸びていく。

 

「それだけで勝てるの?」

 

だが、ゴールドシチーは今迄の練習のハードさからかまだ足りていないらしい。

 

「言っておくが、今の状態でも相当ハードなんだぞ?君の体は壊したくない」

 

「でも、ゴールドシップはやったんでしょ?」

 

「彼女は頑丈過ぎる」

 

ゴールドシップは怪我をしたことがない、URAファイナル後の身体検査で不調が一切なく舐めプしていたのではと言われる程に頑丈なので、規格外なだけだ。

 

「ただ、今までと練習で違う事は一つ設ける」

 

「また重しでも増やすの?」

 

それでも不満そうな彼女に、まだ人は足りていないが今後の追加予定を話す。

 

「ゴルシと毎週、本気で走ってもらう」

 

「おう、ゴールド対決だな」

 

何処からともなく現れたゴルシがいつものふざけた格好ではなく、勝負服で現れる。

 

「距離は2,400、ちなみに……」

 

現役最強、総獲得賞金は数えるのもアホらしく、中距離以上のGⅠレースはほぼ全て獲得、クラシック三冠など数多くの称号を僅か4年で手に入れたシンボリルドルフやテイオムオペラオーと並ぶ天才。

 

そのゴールドシップと、ジャパンカップを想定した走りを行うのだ。

 

「ハンデとしてゴルシ達には重りを付けさせる、そしてシチーが勝つ度に重りを外してもらう」

 

しかし、そのゴールドシップと戦っても今のゴールドシチーでは惨敗する。いくら入学した時から遥かに成長したとは言え、彼女の実力は2年目のゴールドシップに劣る。

 

「仮に、100kgの重りを付けたゴルシに勝てるなら今年のジャパンカップはまず勝てるだろう」

 

だが、ジャパンカップは国内で行われる為調整などの点で多少有利ではあるが世界を相手にするレースだ。

特に今年はゴールドシップを避けてきた海外のステイヤーが集まって来る、簡単なレースとはいかないだろう。

 

「と言うわけで、最初は300kgからで頼むぞ」

 

「えぇー、軽くね?」

 

「重過ぎると、バ場が荒れる。君の踏み込みなら尚更な」

 

隣で「3……っ!?」と驚いている様子だが、実際ゴールドシップで無ければこんな重りを付けた状態で走れる子はいない。

それ程パワーが大きく、それで走れるだけの体の頑丈さがある。

順当にゴールドシチーが育ったとしても、同じ事は出来ないだろう。

 

「ただ追い込みのゴルシと逃げのシチーだけだとレース練習になるとは言えない」

 

しかし、走り方が真逆の2人では得られる経験値は少ない。

すると、その話の最中に扉がノックされる。

 

「来たか、お入り下さい」

 

中に1人の男性が入ってくる、トレーナーのようではあるがこの部屋の主とは対称的に歴戦の猛者といった印象を受ける。

 

「御足労感謝します」

 

「呼び出すとは偉くなったものだな」

 

サブトレーナーを退けて座らせる、トレーナーが珍しく敬語で話しているのでただ者ではないだろう。ただゴールドシチーは何度か見かけた記憶はあるが思い出せない。

 

「私が学生時代に師事していた中村トレーナーだ。ゴルシは割と見覚えあるだろ」

 

「あぁー、スペとエルのトレーナーか!」

 

「っ!?」

 

その言葉にあまりの衝撃で声が出ないゴールドシチー、果ては同席しているマネージャーでも驚いている。

その2人の正式名称はスペシャルウィークとエルコンドルパサー、共にゴルシよりも少し早くに前者はステイヤーとして、後者は2,400も走れるマイラーとして活躍しているウマ娘である。

 

「そうだ。過去のジャパンカップで先行と差しの両方で優勝しているその2人を借りる事になった」

 

また4年前にエルコンドルパサーが、3年前はスペシャルウィークが共にジャパンカップを勝利している。特にスペシャルウィークは日本総大将と呼ばれてもおり、ジャパンカップでの活躍は当時大きな反響があった。

 

そして昨年と2年前には、最強ステイヤーであるゴールドシップが取っている。

 

つまり、これは直近4年間のジャパンカップを制したレーサーによる超ハイレベルな模擬レースになる。

 

「まぁ私達からしてもゴールドシップと走る経験値は大きい。それと2人ほど今年の子達を連れて来るが、構わんな?」

 

「シチーも分かるだろ、皐月賞とホープフルステークスで1着とられてるし」

 

そう言われてゴールドシチーは思い出す。何処かで見たと思ったが、彼女がそれぞれ取れなかったレースで1着をかっさらった2人のトレーナーであると。そのリベンジは東京優駿で果たしたが、向こうもその気という事だろう。

 

「今は菊花賞を目標に走らせてはいるが、終わり次第ジャパンカップにも準備させる。ライバル達に走りを見せる事になるがこちらも手の内を晒すんだ、今度こそジャパンカップはうちに取らせてもらうぞ」

 

スペシャルウィークもエルコンドルパサーもジャパンカップから進化している。当然だ、寝て過ごしていたわけでもないのだから。同世代のウマ娘とは比べ物にならない経験値と、能力を持っている。

 

「これでも不満足か、シチー」

 

そして、そこまでの役者を揃えられて不満な筈がない。

 

「……ずるいじゃんトレーナー、そんなの隠してるなんて」

 

余りに高い壁、ハンデをもらうとは言え到底叶うはずのないレース。しかし得るものは多いだろう、だが負けるつもりで走るウマ娘はここにいない。

 

「つまり私が全員に勝てば、勝てるって事でしょ」

 

 

『ジャパンカップ当日同時視聴枠&感想枠』

 

1:名無し

ジャパンカップ当日となりました、皆さんの一押しをどうぞ

 

2:名無し

2番人気のドイツの子

 

3:名無し

6番人気のイギリス一択

 

4:名無し

1番人気、北アメリカ以外ない

 

5:名無し

まぁ頭抜けた子は居ないけど、海外の子全員強くね?

明らかに昨年の子達より仕上がってない?

 

6:名無し

インタビューとかほぼ全員が打倒ゴールドシップの為に準備して来たとか引き摺り出してやるとか色々言ってたからな。マジで仕上げて来てる。

 

今年はゴルシ居ないけど。

 

7:名無し

我らが日本からは3人か

 

8:名無し

皐月賞、東京優駿、菊花賞をそれぞれ取った子達だな。

え、クラシック世代だけやん。今年キツくね?

 

9:名無し

菊花賞まで仕上げた中村トレーナーってジャパンカップ2回も制覇してるんだろ?じゃなきゃ4番人気にはならんて。

 

10:名無し

皐月の子もそうだからな、菊花賞では2着で5番人気。どっちも中村トレーナー担当の子で、今年の天才達の中で頭抜けてる。

 

11:名無し

でもその2人を破ったダービーの子もいるじゃん、一時期クソほど話題にしてなかった?9番人気だけど。

 

12:名無し

何かあのレース色々解析されて、今はそこまでだったって結論だされたからやろな。

 

13:名無し

でも、ジャパンカップってゴールドシップが連覇してるだろ?そことトレーナー一緒だし勝ち方は分かってるんじゃない?

 

14:名無し

単純にダービーに比べて菊花賞の子達の方が時間が経ってるから当たり前ではあるがかなり良い走りをしてた、ゴールドシチーは最近走ってないしあんな無茶な走りしてたから故障説もある。だから事前評価で9番人気なんだと思う。

 

15:名無し

いや、でもあのゴルシトレーナーだしなぁ。

 

16:名無し

>>15 せめて本名で呼んでやれや

 

17:名無し

いやだって、あのゴルシ担当出来る人は後にも先にもこのトレーナーぐらいだろ。むしろ愛称やで。

 

18:名無し

お、パドック出て来たな。

 

19:名無し

あっ……

 

20:名無し

スッー……

 

21:名無し

……さて、2着予想でもするか

 

22:名無し

優勝決まったか、ゴルシには勝てんと思うがタイムは気になるな

 

23:名無し

え?お前らどうしたん?

 

24:名無し

>>23 逆に何で1着予想できんの?

 

25:名無し

>>24 わかんねぇーよ、レース歴2年のまだまだ勉強中の一般観戦者だわ。誰が勝つん?正直1〜5番人気の子達の足を見た感じ出来はいいでしょ?甲乙付かないんだが。

 

26:名無し

いや、どう見てもゴールドシチー一択だから

 

27:名無し

>>26 なんでなん?

 

28:名無し

ワシも思うわ。ダービーで色々問題浮き彫りになってたやろ?

 

1.スパートは早いがスパート速度が速いわけではない

2.残り200mで体力が切れて速度は3割落ちる

3.その状態の時は周りを確認できる余裕はない

 

この状態で通じるのか?半年で多少は改善出来ても難しいと思うけど。

 

29:名無し

>>28 いや、それらの問題は理解できるし難しいのも分かる。分かるんだけどねー……もう勝つのがわかるんですよ。それで多分問題は無理矢理解決してる。

 

昔彼女を人形みたいとか月のように美しいとか言ってやつは一度見て欲しいわ。

 

30:名無し

すまん、見直して分かった。これは勝つわ。

 

31:名無し

末恐ろしいとかじゃなくて化け物にしか見えない。

 

 

「トレーナーさん、先に戻ってますね!」

 

「エルも良い走りが出来ました、また会いましょう!」

 

「ダウンはしっかりとするんだぞ」

 

模擬レースが始まって3ヶ月が経ったあたりだろうか、ゴールドシチーは若干マンネリ化しつつあったレースを終えながらも汗を拭っている。スペシャルウィークとエルコンドルパサーは重りや脱いだ靴を持ちながら去って行くが、その背中には余裕が見える。

 

「……遠いわね」

 

「当たり前だ、うちのエース2人だぞ。そう簡単に追いつかれてたまるか」

 

まだまだ遠い世界に想いをハせながらも、更に遠くにある芦毛の壁が浮かんでしまう。まだ自分は発展途上と考えても、それでも先が見えないほどの距離があれば頭を抱えたくなってくるものだ。

 

「中村トレーナーって、トレーナーの師匠なの?」

 

週に一回の模擬レース、毎日時間を作ってくれてはいるがゴールドシチーのトレーナーは毎回定刻通りに現れてくれるわけではない。

具体的な理由としては書類の手続きなどを1人でこなしているからだ。

 

レース場の利用申請に学園に提出するスケジュール資料、レースの申請など多岐に渡る資料の殆どを個人で処理している。雑誌の取材など地方のトレーナーからの質問状などまで含めればその仕事量は凄まじいものとなる。

 

その上でトレーニングメニューを組んでいるのだ、時間的な都合がつかない時は実のところシチーよりもある。

 

「まぁ、部分的にはな。ただアイツからすれば親子って方があってるかもな」

 

逆に、中村トレーナーは必ず出席している。サブトレーナーが多くいる影響だろう、必要な仕事のみ自分がしているのかもしれない。

 

「トレーナーって全然自分の事は話さない癖にズルいのよね、何か面白い話とか無いの?」

 

レースに集中させたいのかゴールドシチーについては色々と知っているがトレーナー自身について彼女はよく知らない。

そもそも話す内容がトレーニングの説明などで偏っており、他愛もない話をするきっかけが基本ない。

あったとしても、彼自身が聞くことがない。

 

「面白くはないが、何であいつがトレーナーをしてるか教えてもいいぞ」

 

「良いじゃない、そういうの聞きたいのよ」

 

まぁ、みんな知ってるしな。と前置きはするが、初めてトレーナーの事を知るという事でレース後のダウンをしているが、ワクワクしながら目を向けてくる。

 

「あいつの家は色々と荒れててな、母親はえらい別嬪さんだったが浪費はするわ家事はしないわ浮気はするわで大変だったらしい」

 

「……は?」

 

が、これは面白い話ではなく思い話である。

出だしの重さからか、ゴールドシチーは一瞬で輝かせていた目を暗くする。

 

「その癖して学校で結果を出すようにあいつを扱いていたらしいぞ、そのせいか病気がちなやつでな……」

 

「ちょっと、それ……」

 

ゴールドシチーも求められてきた側の存在ではある。子役もやっていたが、それは少なからず親の意思が混じっていても自分の意思もあった。

 

だが、それは身勝手過ぎるように聞こえる。

優秀な自分の息子がいるという肩書きを求めているようにしか見えない。

 

「私があいつの父親伝いに初めて会ったのは10歳の時だが、テレビとかレースとかでも兎に角顔のいい女性を見るだけで気分を悪くしててな。酷い時は吐き気で20分トイレの中に篭ってた」

 

言われてもそんな事気づきもしなかった。いや、彼女自身避けられているというとは感じた事はなかったのだが、そんな闇を抱えている人間といわれれば、そうとも感じられる。

 

「ただ恨みを買っていたのか母親が刺されて亡くなってから、今はそんな事は無いが……父親の方もそんな相手と一緒にいれば狂ってしまってな」

 

「……どうなったのよ」

 

ここまで好転する様子が見えない、むしろ精神病院で治療を受けていてもおかしくないぐらいだ。だが仕事のない日以外はトレーナーとほぼ毎日顔を合わせる彼女には病院に行っている素振りはない。

 

「引き取ったわけではないが、施設へ週に3回程様子を見ることにした。幼い頃から聡明な子でな、借金さえ無ければウチで引き取れたんだが」

 

「どういう事?」

 

むしろ、良くない情報が増えた。聞けば聞く程、良くない方に転がっている。

聞きたくはないが父親の治療費も嵩んでいるのではないかと推察出来てしまう。

 

「私にも家族が居るのでな、当時の私ではとても払える額でないしまだ幼い子も2人いた。妻の説得も出来なかった」

 

そして、何年もトレーナーとして第一線に立っている中村トレーナーですら払えないほどの借金があるなどと考えた事もなかった。

 

「じゃあトレーナーが……トレーナーしてるのって」

 

思い返してみれば仕事量が多い、とても2人のウマ娘を担当しているとは思えない程に。更に言えばたまに休暇をもらう彼女ではあるが、トレーナーが休暇をとっている記憶はない。

 

「トレーナーは専門の大学を卒業した後に試験を合格する事で正式にライセンスが交付される。ちょうど日本にも飛び級制度ができたのも後押しになった」

 

飛び級制度、まず前提としてトレーナーは常に人手不足だ。仮に今の中央のトレセン学園で各トレーナーが5人を担当しても余りが出てくる。

医学的、スポーツ学的知識の他に数学的な知識など様々な観点の知識をハイレベルで要求される。

そんな人材が大量に手に入る事はないので毎年大量の受験者は居ても中央のライセンスを取得できるものは少ない。

 

そして文字通り彼女達の命を預かる仕事だ、その要求値を下げるわけにはいかない。だが人は足りない、故に少しでもその状況を好転させる為にURAは大学への入学条件から年齢を取り払った。

正確には高校の卒業検定さえあればどれだけ若くても試験に受かれば入学できるようにしたのだ。

 

こと日本においては飛び級という概念が薄かったので反発の声は今でも大きいが、現在では施工されてから10名ほどの10代の中央ライセンス持ちのトレーナーが生まれている。

 

「今時の施設は15歳になれば働きに出る子が多い、彼の場合はその時に高校は飛び級していたから、そのまま私が推薦して大学に向かった」

 

つまり、僅か2年で専門大学を卒業し中央のライセンスを取得した事となる。ちなみに大学は本来4年間通う事になるのだが、これも飛び級制度により必要単位が取れれば卒業が可能となる。

 

だが、至難の業なんてものじゃない。ただでさえ一握りの存在であるトレーナー職を選ぶというのは、15歳には重い選択のはずだ。そしてそれをやってみせたのだ、並大抵の努力では辿り着けない。

 

「しかし、念願叶ったトレーナーと言えど正直風当たりが強い。URAの会議で資格剥奪の話が上がるほどにな」

 

「待って」

 

話を続けるほど、知らないことばかり出てくる。彼女も自身の事に手一杯であったという理由はある、だがそれでも知っておかなければならないことが知らないとあれば、聞き流す事はできない。

 

「何よそれ、資格剥奪とか知らないわよ」

 

ライセンスの剥奪は例がないわけではない。1番分かりやすい事例で言えば重罪となる犯罪行為を行った時は問答無用の剥奪が行われる。

しかし、そんなニュースになるような事をトレーナーがしでかした記憶はない。

 

「昨年のゴールドシップ、素晴らしい走りだった。故に……多くの敗北者を生んだ」

 

だが、ゴールドシップの話題が出た時に察する。

 

「特にまずかったのは宝塚記念だ、妨害してきたとは言え勝てない試合を勝ってしまった」

 

「それは相手が悪かったからでしょ、処罰もされてたし」

 

レースは公平で公正にいかなければならない、故に妨害したウマ娘は公式レースの出場停止処分を受けている。

しかし中村トレーナーは「そこじゃない」と言う。

 

「その時の指導がな『君は君のままで行け、売られた喧嘩を買うのがゴールドシップならそれで勝ってこい』と言ったそうだ。トレーナーとして適切なモラル指導が出来ていたとは思えないと判断されたわけだ」

 

「は?そんなの……」

 

「ゴールドシップには良いコーチングだ、彼女の本来の力はそういったところから引き出される。だが罷り通って良いかは話が違う」

 

ゴールドシチーやゴールドシップの気性はかなり荒い、しかし押さえ込めと言われても逆にストレスになるし自分を殺してまでレースに出ろと言われれば嫌だと言うだろう。

そもそも、周りが邪魔しなければ良い事なのに責任を転嫁しているともとれる。

 

だが、その理論が罷り通れば『勝つ為ならば何をしても良い』ともとられかねない。

 

「ゴールドシップは良くも悪くも目立ち過ぎた、URAから査察が来た時もあったがまたいつ剥奪の話が出てくるやら」

 

話は長くなったが、色々と衝撃であった。

特に彼女にも関係のある話が出た時の冷や汗は止まらない、本人はサブトレーナーに引き継ぐから問題ないとでも言うかもしれないが。

 

「何で、そんな事話したのよ」

 

「ゴールドシップは知っていて、君が知らないのでは可哀想だろ?」

 

これはみんなが知っている事、だから特別ゴールドシチーに話さなかったわけではないと前置きはあったが、それでもトレーナーをぶっ飛ばしたくなる事情だった。

 

「ねぇ、ジャパンカップって勝ったらいくら貰えるのよ」

 

「そうだな……確か、ダービーの1.5倍だ」

 

ゴールドシチーはダウンを終えたのだが、おもむろに立ち上がった。彼女の視線の先にはダウン中のスペシャルウィークとエルコンドルパサー、そして中村トレーナーの教え子であり同期のライバル2人。

 

「そう……負けないから」

 

それだけ言うと、ゴールドシチーは去る。蹄鉄の着いた靴は、まだ脱いでいなかった。

 

 

「おっ、始まるな」

 

「君は本当にどこからともなく現れるな……」

 

ゴルシとレースを見るとどこからともなく現れるが、もう慣れているようだ。

前は焼きそばを売り歩いていたが、今回は季節なのかお汁粉を配っていた。そのついででトレーナーにも渡されるが、よく見るとコンポタージュに白玉が入っているし、ストローがついている。ちなみに熱々だ。

背中ののれんにはでっかくお汁粉ととうもろこしのイラストはあるが、まさか合体させているとは思いもしなかった。

だがトレーナーは特に気にせず啜り始める。

 

ゴルシの奇行に慣れているのかあまり触れないトレーナーに最近ようやく慣れ始めたサブトレーナーは無視して、上がってきた選手たちを見る。

 

「そう言えば先輩、シチーは3人に勝てたんですか?」

 

サブトレーナーはゲートに入っていくランナー達を見ながら言う。

実はサブトレーナーはここ1ヶ月ほどは練習のサポートを殆ど出来ていないのだ、理由としては来期に入ってくる新入生達について調べているから。

彼女も来年からサブが取れてトレーナーとして活躍する事になる、その為に誰よりも先にスカウトができるように活動を優先していたからだ。

 

「いや、全敗。合流して来た新人2人には勝ててたけど、ゴルシどころか2人にも殆ど勝ててなかった」

 

ゴルシは胸を張ってドヤ顔をしている。それもそうだ、サブトレーナーが見ていた期間でもゴールドシップが負けている時はほとんど見なかった。特に重りが120kgになった辺りからは同じく重りを50kg程付けていたエルコンドルパサーやスペシャルウィークにも、そして殆どの確率でゴールドシチーは4着であった。

 

「まぁ、ゴルシ以外は重りなしの場合でだが」

 

「でしょうね」

 

レースが始まった、ゴールドシチーは前回と変わらず逃げで走り始めている。

ダービーと同じく2,400mのこのレース、先頭は前回と違い逃げの先頭を譲らない戦いが始まっている。

 

「4番のイタリアの子って確か相当大逃げで有名な子ですよね、競り勝ってません?」

 

「あぁ、上手くブロックしてるな」

 

先頭をキープするゴールドシチーは後ろの子を気持ち良く走らせないように全体のペースを作っている。パワーはゴルシには及ばないが空気椅子や日々のトレーニングの影響もあり海外のウマ娘であろうと弾いている。

元々国内勢の方が有利な国際大会ではあるが、それを加味しても良いリズムを押し付けている。

 

そして、他の日本勢、もとい中村トレーナーの教え子達も同じようだ。

 

「中村さんも狡いよな、あの才能の子に声掛けたら二つ返事で入るんだぞ。良いペースで走れてる」

 

「僕なんか話しかけても会釈されて終わるか、酷い時は無視されましたからね……」

 

皐月賞と菊花賞を取った子達だ、とても良い走りをしている。全体の流れに呑まれず、自分のマックスを引き出せる走りを展開しているのが分かる。

あそこまで打算的な冷静さを持ちながら走らせるのは難しい、頭の良さはそれだけ悪い方にも目を行かせるという側面もある。その分強靭な心が育っていなければならないのだが、そこまで仕上げている。

 

仮に同じ事をしろと言われても、中村トレーナーと同じ状態まで育て上げるには時間が足りないだろう。

 

「来たか」

 

「あれ?スパート早くないですか、早過ぎますよね?」

 

残り1300m、レースの半分も届いていない部分でゴールドシチーがスパートを始めたのだ。後ろのイタリアの子も釣られて速度を上げているが、後続との距離は離れ始めている。

 

「シチーのトップスピードは今以上に届く事はない。こればっかりは才能でどうしようもないからな、後続もダービーに比べれば離され過ぎてない」

 

今でこそゴールドシチーはレースの目玉にもなる走りをできているが、別に彼女の才能の上限を突破したわけではない。スタミナは心肺機能などの強化でかなり上昇しているし、パワーも高い水準にあるにはある。

 

しかし、及ばないのだ。仮にゴールドシチーと全く同じ水準のトレーニングが敢行できるならば、中村トレーナーの教え子達の方がスタミナもパワーもスピードも上を行くだろう。

 

天才とは初期ステータスが優秀な者を指す時もあるが、同じ努力量で得られる経験値に大きく差を作る者も指す。能力限界値が高ければなお届かない、それが世に言う才能で走る者達であり、ゴールドシップがこれに当て嵌まる。

 

ゴールドシチーは努力量でカバーしたい能力に限界が見え始め、その上で努力量に対して得られる経験値が他よりも劣る。だから質の高いトレーニングを高密度で出来る限り行うのだ、それをしなければ同じ世界には立てない。

 

「他の子もスパート来たな、末脚の強さはここにいるだけあって皆凄い」

 

特にスピードの限界は大きな問題であり、短距離程問題にはならないが中距離でもラストスパートの際に大きなハンデを負う事になる。同じ体力を消費しても、進める距離は違うのだから。

 

「そんな奴らばっかだ。だったら鍛えるよな、スパートの持続力と航続距離を」

 

故に、ゴールドシチーは他を伸ばしに行った。彼女の中で最も光る才能は根性、つまり耐え抜く力だ。どれだけ苦しい時間であろうともその反骨心でトレーニングをこなして来た、ゴールドシップどころか他のウマ娘でも同じ事は出来ないだろう。

 

彼女だからこそ、今あそこに立てている。

そして全速力を誰よりも早くするのではなく、長く続けるようにトレーニングを行ってきたのだ。

 

ダービーでは残り200mで大きく失速もしていたが、スタミナを伸ばしたおかげで現在は1割程度に抑えている。

 

「それに、うちのシチーは元から末脚には光る物があったからな」

 

そして、何よりも体力の切れた後に出てくるもう一歩が彼女の根性に次ぐ能力だ。確かにそれ単体ならば並ぶランナーは多いし、それを超える者も多い。

 

だが、体力が切れた後に根性で引き出せる者はそういない。

 

「なぁなぁトレーナー」

 

ふいに、ゴールドシップが隣から声をかける。レース中は応援をするが周りに話しかける事のない彼女では珍しい事だ。

いつもふざけた様子の彼女ではあるが、真剣な場所でまでふざけるようなバ鹿ではない。

逆に、こんな時に何を話すのかと耳を傾ける。

 

「年末って出たらまずいか?」

 

時間が止まったようにその言葉が反響すると、大歓声がその言葉を掻き消していた。

 

 

147:名無し

すまん、誰か答え合わせを頼む。現実を受け止められない。

 

148:名無し

ゴールドシチーの走りは凄かったなぁ……そんなに早く無いのにずっと体傾けて全速力なのは鳥肌立っちゃったよ。2着は菊花賞の子だけど7バ身差はやばいね。

 

149:名無し

別スレから来たので説明願いたいです

 

150:名無し

>>149 ええけど観戦歴は言うんやで

 

151:名無し

観戦歴5年、なぜ皆ゴールドシチーが1着と予想出来たのか教えて欲しいです。

 

152:名無し

>>151 そんな難しいことじゃないぞ?

腹筋が割れてたからだし

 

153:名無し

腹筋が割れてたから

 

154:名無し

>>152 >>153 ……すいません、もう少し解説お願いします。

 

155:名無し

説明しよう!

 

156:清掃員A

まず前提として、ウマ娘と人間では体の作りが全く違う事から。骨格の頑丈さとか燃費の良さとか色々あるけど特にその筋肉量と質は人とは別物。

スペシャルウィークなんかで食べ過ぎでお腹が出てた時とかもあったけど、あれでも腹筋の強さで言えば人間のモノとは比較にならない。

そして何よりも、筋肉がゴールドシチーのように見える程発達する事は殆どない。

 

157:清掃員A

ウマ娘の筋肉はとてつもなく強いけど、発達しづらいという側面がある。思い返して欲しいが、過去のヘソ出しの勝負服で走って来た子達の中で腹筋の割れていた子は殆どいない筈だ。

だがそれは育たないというわけではなく、単に傍目には分かりづらいというだけなのだ。ゴールドシップやシンボリルドルフなんかは力めば腹筋が現れると言われているので、腹筋を割るという事は理論上では不可能ではない。

 

ただゴールドシチーは何もしてないのに腹筋が割れてた。

 

158:名無し

あ、はい。先に言われましたが全部Aさんが説明した通りです、腹筋割れたウマ娘は過去に数人いた程度でその全員が無双してます。

 

159:名無し

>>156 >>157 >>158 回答ありがとうございます、つまりゴールドシチーは化け物って事ですか?

 

160:清掃員A

>>159 いや、一概にそうは言えない

 

161:名無し

ん?それはワイも気になるんだが。

 

161:清掃員A

どんな子でも個人差がある、ゴールドシチーの場合の腹筋が割れるまでの閾値が他よりも低いっていうのも恐らく要因としてある。現にゴールドシップよりもパワーやスピードがあるわけでもない。

歴史に名を残しても腹筋が割れていないウマ娘がいるのはそういう側面があるから。

ただ腹筋を割るほどのトレーニングを積んでいるのは事実、化け物って事は間違ってない。

 

162:名無し

シチーの情報繋がりで、実は幼馴染がトレセン学園通ってるから聞いてる情報あるんだけど

 

163:名無し

>>162 kwsk

 

164:名無し

彼女、ずっと空気椅子してるらしい

ちなみに入学して少し経ってからほぼ毎日

授業中に空気椅子で普通に勉強してる

 

165:名無し

……あの、有識者の方。これはウマ娘だから可能なのでしょうか?

 

166:名無し

>>165 無理、足首壊れる

 

167:名無し

>>166 ワイも気になって聞いたら、ロングブーツで何か仕掛けあって膝辺りで固まるらしいから大丈夫だって

 

168:名無し

訂正しよう

無理、精神が壊れる

君は筋力があっても延々に逆立ちを出来るかと聞きたい

 

169:名無し

まぁ、あの腹筋が出来た要因の一つやろな。

 

170:名無し

すまん、色々意味わからんくて絶句してた。

つまりゴールドシチーは異常な努力家って事?

 

171:名無し

>>170 その認識であってそう

 

172:名無し

だとしてもその練習を課すトレーナーもヤバいだろ……。

 

173:名無し

ライブ楽しみではあるんだが、足は大丈夫なんかな

 

174:名無し

テイオーみたいに折れてました、はキツいしな。でも大丈夫そうには見える。

 

175:名無し

これ有マ記念走るだろ

 

176:名無し

ライブまで暇だな……。

 

177:名無し

あれ、中継にゴルシ映ってね?

 

178:名無し

たまに観戦してるし、珍しくなくない?

 

179:名無し

いや、レポーターからマイク奪ってる

 

180:名無し

>>179 ふぁっ!?

 

181:名無し

ゴルシですら珍しいな、リポーターの周りでトランポリン飛んだりブレイクダンスを披露する事はあるが。

 

182:名無し

待て、これやばいぞ

 

183:名無し

え、ゴルシ有マ出るの!?今年の年末走らんって言ってなかったか!?

 

184:名無し

後輩ぶっ飛ばしたいから投票頼むぜって、とんでもないんですが……。

 

185:名無し

有マは投票だもんな、いやもう出るの確定したようなもんだけど。

なんなら優勝も。

 

186:名無し

血が騒いじゃったかぁ

 

 

レースも終わり、日も落ちてきた中で今日の1着であるゴールドシチーを中心にライブが開催されている。

疲労困憊でありながらあそこで歌って踊れる彼女達には凄いとしか言えないが、サブトレーナーがダウンを行なっているのでしっかりと動きにキレがある。

 

思えば新入生の頃とは比較にならないほど育ったなとぼんやりと見ながら感じていると、隣に気配がある。

 

「お前に預ければ、どんな子でも化けそうだな。自信を無くしてくるよ」

 

「中村さんが居なければ、今の私はありませんよ」

 

同じくライブを見に来た中村トレーナーだ。海外勢はうまく抑えて2着と4着につけたようだが、やはりゴールドシチーには及ばなかった。

と言ってもこれは準備期間の長さや模擬レースの質の高さなど勝つべくして勝ったレースでもある。

要因は簡単に説明できる、だがあそこまで伸びるとも思っていなかったのも事実だ。どこかで中弛みし成長曲線が緩やかになると感じていたが、むしろ途中からピリピリとしていたほどで、そうした影響もあり圧勝できたのだろう。

 

スペシャルウィークやエルコンドルパサーはゴルシで取れなかった天皇賞(秋)やエリザベス女王杯に出ていたのも大きな要因の一つだ。でなければもう少しレースは誰が取るかわからなくなっている。

 

「思えば私が初めてGⅠを取れたのも、君のアドバイスがあったからだしな」

 

「スズカさんですか、懐かしいですね」

 

中村トレーナーと会い、施設に行った時は毎日のようにレースについて気になる事をメモしては聞いた。その中で当時彼が担当していたサイレンススズカを逃げで育てないのはなぜかといった質問をしただけなのだ。

 

ちなみに当時の勝てる子は先行や差しが流行だったのもありスズカもそう育てられていたからで、特段こだわりがあったわけではないらしい。

 

「『異次元の逃亡者』そう名付けられた彼女の影を、あの子からも感じたよ」

 

「全く参考にしなかったわけではありませんから、スパート距離は違いますが」

 

そして逃げに転向した瞬間からあっという間に化け物に早変わりした。元のトレーニングは高水準で保たれていたにも関わらず勝てないとい状況だったので、レースにおいて作戦というのは重要であることを知った時でもある。

 

「君の初恋でもあったか」

 

「普通に去年結婚してましたね、相手が羨ましい限りです」

 

そして、今でこそ普通に生活を送れているが精神が安定しているのは彼女の存在があったからだ。レース場でトレーニングを見させてもらう事は多く、その度にスズカを含めた女性に対するトラウマも平気になってきた。

 

「顔が良いからといって中身が最悪とは限らないと教えてくれましたからね」

 

「今でも多少はあるんだろ?」

 

「上手く隠してるつもりではあるんですけどね」

 

「君は隠すのは上手いが、詰めが甘いからな」

 

走るのに真摯な人はいる、少なくとも夢を追う姿を見るのは気持ちが良かったのだ。だから能力的に天職だとは考えていたが、追いかけてみたくなったのだ。

 

「ゴールドシップ、出るんだな」

 

そして、日本でその夢の頂を全て得たステイヤーが手元にいる。次に頂き立とうとしている者を、はたき落とす為に立ち塞がる。

 

「本人が望んだなら、手伝うのがトレーナーの仕事なので」

 

「良いのか、お前も時間は無いんだろ?」

 

ゴールドシチーは良いステイヤーになった。能力の伸び値で言えば初期値の大きかったゴールドシップよりも伸びている。

だが現段階では、どちらが勝つかは明らかだ。スペシャルウィークやエルコンドルパサーにノーハンデの状態でほぼ勝てない彼女は、ゴールドシップが100kgの重りを付けた状態にも勝てなかった。

 

わずか1ヶ月で埋められる差ではない、だが今日のジャパンカップでゴールドシチーは模擬レースのどの内容よりも良い走りをしていたのも事実だ。

 

ゴールドシチーは本番に強い、最大限を本場に発揮出来るステイヤーだ。現時点での勝率はカケラもないが。

 

「最後にあの2人がぶつかる瞬間、見たくありませんか?」

 

最高の才覚を発揮するステイヤーと、最高の努力を重ねてきたステイヤー、どちらが勝つかを見届けたい気持ちはあるのだ。

 

「そう言うなら止めんよ」

 

 

ジャパンカップから数日が経った。ライブもうまくいき、モデルとしての仕事も順調に行っており、今ではモデルの仕事以外にもレース関係の仕事が振られるようになってきた。

具体的に言えばスポーツニュース番組のゲストの仕事がかなり増えており、週に一回は準レギュラーとして出ている程だ。

 

一方でレース練習の方だ。

 

「有マ、どう走れば良いの」

 

「距離は2,500、その感覚が掴めれば大きな調整は必要ない」

 

「そう、なら良いわ」

 

有マ記念、投票されたウマ娘達によって行われるレースでG Iの格を持つ年末に行われる最も熱いレースだ。その性質上この年の顔となるウマ娘が集まるこのレースは、走れるだけでも大きな誉となる。

 

しかし、ゴールドシチーを含め皆頭の中で勝ちを求めたい一方で。

 

「どうせゴルシが勝つわよ、届かないのもわかってる」

 

ゴールドシップが出ると言ったのだ。年末のレースは出ないと春頃には周知していたのだが、ここに来て出バを表明したのだ。既に投票は始まっており、ダントツで票を得ている。

 

「どうかしたのか、最近ちょっと変だぞ」

 

「べっつにー」

 

それに、1着を目指す理由が彼女には薄くなってしまっている。

 

「(ゴルシが出るなら優勝賞金は取れるし、狙うなら2着よね)」

 

今の彼女にとって重要なのはレースの内容ではなく、結果だ。その結果として得られる賞金が1番大事にしている。

別にお金にがめついと言うわけではない、それならばゴルシにも勝ちに行く。

彼女の走る理由の一つにトレーナーの借金の返済という理由があるからだ。

 

賞金のうち80%は走っているウマ娘に入る、そして残りのうち所属している学園に5%入るが残りの15%はトレーナーに入る事になっている。

 

仮に1億円の賞金を得たならば、トレーナーには1,500万円が入るという事だ。しかしそれだけの収入を得てもトレーナーがお金を持っているような人間には見えない。

高いスーツを年柄年中着ている訳でも、高級な腕時計をしているわけでも、外車を持っているわけでもない。

 

中村トレーナーは言った、当時の自分では到底返す事の出来ない借金があったと。まだ4年目のトレーナーが返せていない可能性はあり得る、むしろそう考えた方が辻褄が合う。

 

「(話逸らしとかないと、鋭いから気付きそうね)」

 

ネイル切ったのか?など言っていない事ですら気づくトレーナーだ、これ以上思惑を知られて『お前可愛い奴だな』と煽られても困る。

 

「ねぇ、なんでアタシを引き受けたの」

 

「一応伝えるが、目は付けてたんだぞ。ただ先に取られただけだ」

 

「それだけ?」

 

「……正直、私の風聞は良くないからな。スカウトは君以外の誰かにするつもりだった」

 

ゴールドシップのトレーナーにスカウトされたいと考えるウマ娘はどれだけ居るのか、100か0の答えになりそうだがまさかトレーナーどころかゴールドシップその人から紹介されるとは思いもしなかった。

 

ゴールドシチーにとって人生の転機であるのは間違いない、だからこそ口には出さないがトレーナー共に走り続けている。

 

「まぁ除け者同士、仲良くでき……ゴホッ、ゴホッ」

 

「ちょっと、暖房の効いた部屋にばっかいるからじゃない?」

 

以前ではしづらかった他愛もない話も、前よりはするようになってきた。

機械みたいな人間かと最初は思いもしたが、ゴールドシップと絡む彼を見れば人間らしい表情を見せてくれる。そんな姿を隣で見ていればまだゴルシほど打ち解けられていないのは付き合いの差なのは分かるが、彼女も自分から打ち解けてくれた言えるような素直な性格はしていない。

 

「いやー、私も年なのかね」

 

「まだ21でしょ、気が早過ぎるわよ」

 

だからゆっくりと知れば良いのだ、まだまだ彼女のレース人生は始まったばかりなのだから。

 

すると、部屋にノックが響く。

 

「失礼するぞ、有マ後の予定について……」

 

急ぎの用事なのか、珍しく返事を待たずに中村トレーナーが入ってきた。手元に抱えた紙束は何かの資料か、詳細は分からないが彼はゴールドシチーを横目に見ると。

 

「ダメそうだな、また来るよ」

 

そう言って部屋を出ようとする。

生徒には話せない内容の話という事だろう。

 

「いえ大丈夫です、済まないがシチーは席を外してもらえるか」

 

しかし、急務なのかトレーナーは呼び止める。

今日はトレーニングの日では無く調整日なので余裕はあるが。

 

「長くなるの?」

 

「ちょっとな、カフェテリアでも行って時間を潰してきてくれ」

 

その日は特に気にせず、ゴールドシチーは部屋を出た。

 

なお、その話の内容を知るのは、レースの後になるのであった。

 

 

「あ、ごめんシチー。ちょっと先輩に呼ばれたから少し待ってて!」

 

「はいよ、こっちもアップ済ませておくわ」

 

有マまでちょうど1か月を迎えただろうか、トレーニングはいつもと変わらない。変わったことといえばレースに合わせて100m走る距離が増えた事、そしてトレーナーではなくサブトレーナーが練習を見る事になったことぐらいだろう。

 

たまにライバル達に並走を頼まれる程度で、特別何か変わっていないし変える必要がない。

 

「(トレーナー、何してるのかな。最近忙しいのかもしれないけど、レース場にも顔を出してこないし……)」

 

ただジャパンカップを終え、世界のステイヤーと戦い自分は成長できたのかと言われれば間違いはない。得難いものを手に入れただろう。

 

しけし、そう思ってもなぜかぽっかりと穴が空いている気がする。エルコンドルパサーやスペシャルウィーク、そしてゴールドシップに圧倒的な差を見せられたからか。

前者2人に対しては勝率は体調が良い時で2割以下、ゴールドシップに至っては120kgの重りをつけられても勝てなかった。そしてそれにスペシャルウィークやエルコンドルパサーは捲れる力があった。

 

「(サブトレーナーが見てくれてるのは単純に忙しいから、それと大きく変わるところがないから。別に私を見限ったとかそんな事する人じゃない……と思うけど)」

 

なぜか最近感じる寂しさ、それは周りからの賞賛の大きさによる温度差から来ているのかもしれない。

テレビに出れば持ち上げられ、モデルとしては認知度が爆発的に上がり雑誌の売れ行きは好調、SNSのフォロワー数は20万人を超えている。

 

一年前には想像も出来ていない、誰からも持て囃されてはいる。しかしそれに見合う程自分は偉大かと問われた時ゴールドシチーは胸を張って答える事は出来ない。

 

それを答えるほど、強いステイヤーと名乗れない。

 

「なんだよシチー、練習全然じゃねーか」

 

そうこうしていると、神出鬼没のウマ娘が現れる。

 

「ゴルシ……アップよ、トレーナーがいない所で練習は控えてるわよ」

 

最も今の時代に、かつてのシンボリルドルフやテイエムオペラオーを思わせる力を発揮するステイヤー。彼女自身が強いステイヤーであると名乗れない最大の理由がそこにいる。

 

芦毛が走らないなんて迷信はオグリキャップやタマモクロスによって吹き飛ばされているが、その事実を大きく周知させたウマ娘の1人でもある。

 

次に戦わなければならない、最強だ。

 

「最後にお前と走る所、トレーナーに見せたかったんだぞ?どうせなら良い勝負しようぜ!」

 

「どうやって良い勝負を……待って、今なんて言った」

 

そんな最強とノーハンデで戦えるウマ娘がこの世に何人いるというのか、皮肉めいた言葉を投げかようとするがそれは彼女の発した言葉が引っかかって止まる。

 

「最後って何よ、別に幾らでもゴルシとは走れるでしょ」

 

ゴールドシップとはジャパンカップの時では週に一回走っていた、その時ほどではないにしろ並走する事ぐらいはいくらでも出来るだろう。

 

「あ、ぁー……トレーナー言ってねぇのか」

 

だが、それを突っ込んだ時のゴルシは普段見せたことの無い顔をしながら目を逸らした。まるで、言ってはいけないことがうっかり出てしまったように。

 

「ゴルシ、話して。何隠してるの?」

 

「いや、知らない方が良いぜ。それにトレーナーが話さないんなら、私からは話さない」

 

「最後にトレーナーに見せるって何よ、最後って何?」

 

同じ仲間であるが、ゴールドシップはいつもは雲のように軽い口は結ばれている。

だが詰問の手を彼女は緩めない。

 

「トレーナー、最近咳き込むし目の下に隈はできるし、練習も指示ばかりでサブトレーナーしか見に来ないわね。何か関係してるの?」

 

最近のトレーナーの動向は不自然なものが多い。以前と何かが変わっているのならば分かるのだが、少なくともゴールドシチーの知る限り何かが変わったわけではない。

 

するとその様子に、ゴルシは少しだけ考え込むとシチーとは目を逸らしながら答える。

 

「トレーナーには時間がない、とだけ言ってやるよ」

 

それを耳にした瞬間、考えがたくもないことが頭の中を巡っていった。

ゴルシが向いている方向はトレーナーの部屋がある校舎の方だ、時間がないとは何故かは分からないが、彼女がこのようなふざけていないゴルシを見るのは初めてである。

 

「トレーナーに問い詰めてっ……!!」

 

「辞めとけ、それがあいつの為にもなる」

 

病気か、借金か、精神的なものかは定かではないがどれも想像がつく。ゴルシの静止で踏みとどまるが、頭の中はぐちゃぐちゃにされている。

 

ゴルシの言う通り、トレーナーは何を言っても知らぬ存ぜぬで通しレースに集中させる人間だ。担当しているウマ娘にとって不要ならば、要らぬストレスを与えるならば、絶対に話す事はない。それは長くない期間とはいえ共に過ごしてきたシチーには分かる。

 

「(あいつ、いっつもアタシに隠し事してる癖にこんな事まで隠す気なの!?時間がないって意味がわからないじゃない!!)」

 

ちなみに隠し事と言っても写真集を買ったなどと言う些細な事でばれている程度のものだ、しかしそこらの隠し方は本気で隠す気もなかったようですぐに見つかった。

 

しかし、今回は悟る事すら出来なかった。自分自身が最近の不安定な気持ちを悟らせたくなかったというのもあるが、それでも気づけないというのは心にくるものがある。

 

「悔いの残らない走り、待ってるぞ」

 

ゴルシはそれだけを伝え、去っていく。これ以上は口を滑らすと考えてか、はたまた居た堪れなくなってか。ちょうどタイミングが良くか悪くか、入れ替わりでやってくるサブトレーナーは空気感が少し変わった事に戸惑いながらやってくる。

 

「ごめんシチー、遅れちゃって。今日も先輩は来れないけど……」

 

申し訳なさそうに言うサブトレーナー、彼女はこれを知っているのか。ゴールドシップの事だ、いつもはおちゃらけていても鋭い彼女ならば1人だけ勘づいてしまったとしてもおかしくはない。

変に話し、荒立てればそれはトレーナーが望まぬ結果を生むだろう。それはシチーとしても避けたい事だ。

 

「(何も知らないふりするのが、多分良い……だからと言って、何もしないのは癪に触るけど)」

 

だが、このまま飲みこんで何事も過ごせるような、穏やかで大人な対応をする事は、彼女にはできない。

 

「サブトレーナー」

 

「シチー、どうしたの?」

 

ゆえに、彼女なりにこのフラストレーションを発散する。

 

「アタシ、ゴルシに勝ちたい」

 

この時代の最強を倒すことは、トレーナーですら想像した事はないだろう。その気持ちを裏切りたいと、トレーナーの見ないこの都合の良い時間にそれを成し遂げる力を得たいと。

 

「どんな辛いことでも壊れそうな事でもやるから、走らせて」

 

 

『黄金対決・有マ記念観戦スレ』

 

1:名無し

始まってしまいました、GⅠ2,500m

1番人気は当然ゴールドシップ

2番人気にスペシャルウィーク

3番人気にエルコンドルパサー

4番人気にゴールドシチー

・となっております。

 

2:名無し

ゴールドシップって今年何出てたっけ?

 

3:名無し

>>2 G Iだと天皇賞(春)と宝塚記念、どっちも記録更新してる。

 

4:名無し

国内で敵無しなのにまだ進化するってマジ?

 

5:名無し

『黄金の不沈艦』は伊達じゃないからな

 

6:名無し

でも今年は『黄金の逃亡者』もいるぜ

 

7:名無し

>>6 ゴールドシチーの事か?その二つ名は初めて聞いたけど何か聞き覚えあるわ。

 

8:名無し

>>7 多分『異次元の逃亡者』やろ

 

9:名無し

>>8 それだわ、サイレンススズカの二つ名

 

10:名無し

ススズは凄い大逃げだったからね。シチーもその影を感じなくもないし、ワイは良い二つ名だと思うわ

 

11:名無し

ただ、勝つのはゴルシやろな……。

 

12:名無し

まぁ、ゴルシだし。レース歴で語っても倍以上はあるし。

 

13:名無し

スペシャルウィークとエルコンドルパサーの2人も期待したいけど、ゴルシは相手が悪いからなぁ……。

 

14:名無し

ただシチーの前回のタイム良かったから、2〜4着くらいはあり得そう。

 

15:名無し

>>14 そうだな、相手が悪いだけで普通に今一番注目されてるウマ娘だし。無茶苦茶努力家なのもわかっちゃったしな。

 

16:名無し

>>15 あー、ウマパカスポーツで練習風景撮られてたな。まさかガスマスク付けてるとは思いもしなかったけど。

 

17:名無し

何食わぬ顔でガスマスクをしながら練習してたやつか、アレを日常的にしてるし腰回りに無茶苦茶重りつけてるしでビビりまくってたわ。ちなみに知り合いで地方のトレセン学園にいるウマ娘にこれを聞いてみたら「常軌を逸してる」との褒め言葉が出てきました。

 

18:名無し

>>17 畏怖の言葉なんだよなぁ……。

 

19:名無し

>>17 わざわざテロップで『真似はしないでください』って書いてあったからなぁ。

 

20:名無し

>>17 でも朝練しに行く時のシチーが寝起きくそ不機嫌で笑ったわ、可愛い

 

21:名無し

お、パドック来たぞ。

 

22:名無し

なんか、ゴールドシチーさん修羅が宿ってる気がするけど。筋肉増えた?

 

23:名無し

前より体のラインがはっきりしてる気はするけど、凄いな。

 

24:名無し

まぁ、相手はゴルシだし難しいだろ

 

25:名無し

うん、ゴルシはなぁ……エルコンドルパサーやスペシャルウィークに勝てたら御の字だよ。解説もそんな感じで言ってる

 

26:名無し

せめてレースになる事を祈るわ。

 

 

天気は快晴、芝の状態は良好、溢れかえる観客、その全てがウマ娘達の全力を発揮できるような環境になっている。

パドックにて軽いウォーミングアップを行うウマ娘達、ゴールドシチーもその中に混じっていると見知った顔も多い。

 

「あ、シチーさん!久しぶりですね!」

 

「えぇ、今日はよろしく」

 

「エルも居ますよー、頑張りましょうね!」

 

スペシャルウィークやエルコンドルパサーは以前の模擬レースで勝てなかった相手だ。

厳密には彼女達の調子が良くない時などで勝ち星を拾う事は出来たのだが、トレーニング当初は大きすぎる差があった。

120kgの重りを待たされてもダービーで圧勝したゴールドシチーと互角だったのだから、その偉大さがわかるだろう。

 

だが、今のシチーは以前とは違う。その様子はスペシャルウィークやエルコンドルパサー、果てはここにいる全てのウマ娘が察している。

 

ジャパンカップで走っていた彼女とは、別物であると。

 

「おっ、準備はしてきたって感じだな」

 

そんな様子の彼女に、また別物である存在が割り込んで来た。

誰よりも目立つ赤い勝負服を纏い、レース界の覇者としてのオーラを纏って現れた。

 

「ゴールドシップさん、今日も調子良さそうですね」

 

「おぉ、絶好調だ。だからこのゴルシ様に勝てたウマ娘は最強になるぜー?」

 

この環境でどのウマ娘でもマックスを引き出せるだろう、無論この絶好調のゴールドシップもだ。彼女の覇気で周りが黙り込んだというのもあるが、パドックに声はよく響いておりその言葉に顔色を悪くするものや逆に興奮で顔を赤くするものもいる。

 

だが、そんな周りの様子を気に止めずにシチーはゴールドシップの前に立つ。

 

「最強に興味はないけど、今日は絶対勝つ」

 

堂々宣言するシチー、だがそれは虚勢でない事がわかる。引き締められた体も、意思も、何もかもがゴールドシップに噛みつこうとしているのだ。

 

「良いぜ、受けて立つ」

 

もはや敵無しと言って良い彼女は快く勝負を引き受ける。と言っても元はシチーと走りたくなったのはゴルシの方だ、だがチャレンジャーはゴルシ以外でしかなり得ない。

 

「じゃ、後でな。みんな楽しもうぜ」

 

そう言って去っていくゴールドシップ、去っていくだけでも残っているその覇気は多かれ少なかれ、パドックにいたランナー達に影響を与えているのであった。

 

 

有マ記念の会場は大いに盛り上がっている。それもそうだ、ここでは大きな目玉となる戦いが起こるのだから。

観客は昨年よりも多くトレーナーへの優先権が無ければ来場が出来ないほどだ、それだけ大きな存在に彼女達はなったという事だ。

 

そんな晴れ舞台で、トレーナーは。

 

「イテテテテテ、すいません先輩!本当にすいません!謝るので頭を離しててててて!!?」

 

サブトレーナーの頭に無言でアイアンクローをきめつけていた。

 

「何しとるんだ、お前たちは……」

 

「中村さん、お久しぶりです」

 

呆れてやってくる中村トレーナーに会釈をするトレーナー、しかし手の力は緩めてないのかサブトレーナーの叫びは収まらない。

 

「相当やつれたな、体は大丈夫なのか」

 

「こいつの頭を握りつぶすぐらいなら大丈夫です」

 

「あぁぁぁ!僕の天才的な脳が!脳細胞がぁぁぁ!?」

 

中村トレーナーもまた出場する子達の観戦に来ている。その出来は菊花賞やその後の模擬レース、ジャパンカップでよく理解している。スペシャルウィークやエルコンドルパサーも含めればここに4人も輩出しているだけ、彼も十分な名トレーナーなのだろう。

 

「まぁ待て、どうしたんだ?」

 

「中村トレーナー……!!」

 

そんな彼の慈悲深さが、トレーナーとしての彼を支える柱なのかもしれない。流石に側から見れば女子高生に暴力を振るうクズ彼氏にしか見えなかったというのもあるかもしれないが。

 

「このバ鹿、シチーにあの練習をさせたんです」

 

「そうか、遮ってすまなかったな。続けて良いぞ」

 

「中村トレーナーァァァァ!!?」

 

そしてその分別のつき方や容赦の無さも彼のトレーナーとしての柱なのだろう。

 

「気づかないと思ったか、いくら最近会ってなくてもあの出来上がり方はやった以外にないだろ」

 

最近、トレーナーはゴールドシチーに構えていなかった。代わりに見ていたのはサブトレーナーだ、と言っても練習の指示は基本的に変わらず怪我をしないように調整をするという内容であった。

 

それがここまで化ける事はない、成長曲線を大きく逸脱している。そして、その可能性にトレーナーは確信があった。

 

「だって、仕方ないじゃないですか!ゴルシに勝ちたいって言ったんですもん!!」

 

「それこそアホか」

 

メガ進化練習などと、過去に名付けたゴールドシップに施した超濃密なトレーニングである。圧倒的な力を手に入れるために行われた、トレーナーとして天性の才覚を持つ彼が考えに考えて導いた文字通り命懸けの練習だ。

 

具体的な事をいえば倫理的にも社会的にもアウトなので、大っぴらに言うのが憚れるようなものだ。

 

そもそもこれには限界と超えてはいけないラインを見極める能力のあるトレーナーにしか出来ない練習だ、中村トレーナー1人でも出来ない。天性のものと経験値の両方を兼ねそろえて、初めて出来る練習なのだ。

 

しかし、残念ながら、このサブトレーナーは天性のものでその全てをカバーしやってしまえたのだ。

真似するバ鹿が現れてもおかしくない、そのトレーニングを。

 

「今のゴルシには絶対勝てない、私の知る限り勝てる可能性があるのはそれこそ全盛期のオグリキャップやタマモクロスぐらいだ」

 

だが、それを無駄とはまでは言えないがそれをしても『勝てるような差』ではないのだ。

 

「あの壁は、秀才ってだけで突破は出来ないんだよ」

 

ゴールドシップとは、才能で走る怪物なのだから。

 

 

逃げウマで最も重要な事、それはスタート、ひいては位置取りである。誰よりも早く前に行くと言う性質上、コンマ数秒の遅れはレース順位に影響する。

先行や差しの子に遅れ前を塞がれてしまえば、巻き返すことはできなくなるからだ。

 

「(よし、出だしは上々)」

 

しかし、今日の集中が出来ている彼女ならば問題なく突破できる。ゲートが開いた瞬間に、飛び出せている。

 

だが、今日に研ぎ澄ましているのは彼女だけではない。

 

「(スペシャルウィーク!?アタシを逃さない気か……!)」

 

「(前より早いのは分かってますよシチーさん、逃したら危ないこともわかってます!)」

 

先行である彼女が前をブロックしようと競り合って来たのだ。模擬レースを行って来た時も同じような事をして来た、そしてそうなった時は惨敗をしている。

ゴールドシチーの事を認めているのだろう、明確な脅威として。

 

「(強い、でも今日だけは……!)」

 

だが、シチーとて何も対処をしていないわけではない。スペシャルウィークが競り合ってくる可能性は充分に考えていた、故に前回は序盤で入れられなかったギアを一つ入れる。

 

「(よし、抜け出せた。後はこのまま)」

 

スパートに入ったわけではないが、上手くスペシャルウィークをかわして前に出る事に成功する。また競り合った影響で隊列は縦長になり、少し距離的な余裕が出来ているので後ろをチラリと確認する。

 

スペシャルウィークは元の先行の位置まで後退、追いかけてくる逃げの子達より後ろだ。

 

「(エルのことを忘れてもらっては困りまーす、すぐに追い付き)」

 

そして、中盤に差し掛かりギアを皆入れ始めてくる。特にエルコンドルパサーは前に出たがっているのがよく分かり、すぐ前に居る集団を差しにかかった。

 

だが、その真後ろに白い影が現れる。

 

「(嘘、早くありませんか!?)」

 

ゴールドシップだ、追込みである彼女は最後尾にいたはずであるが既に差しの集団にまで追いついて来たのだ。

まだ差しの集団がスパートすら考えていない位置で、当たり前のように並走してくる。

 

「よぉ、エル。悪いが先行くぜ!」

 

差し集団を追い越し、次の標的である第二集団へと猛進していく。その踏み込みの強さからか、芝は大きく抉れ上がっている。

 

「(ダメだ、この速度だとラスト200m迄に追いつかれる!)」

 

そして、その気配は先頭を走るシチーにも届いていた。瞬間、彼女はまたギアを入れた。全速力に近いスピード、ほぼ彼女のマックスを中盤で使い始めたのだ。

 

「(シチーさんのペースが前より早過ぎる、これについて行くと共倒れし……っ!?)」

 

当然、そんな速度を出されてしまえば逃げの子達は着いて行けるはずもなく突き放されていく。そしてそれにペースを合わせている第二集団、その先頭を行くスペシャルウィークは冷静に自分のペースを守っていると。

 

「(このペースでもう追いついて来たんですか!?)」

 

第二集団の中に、ゴールドシップがいた。しかも大外を回るのではなく、真ん中をこじ開けながら走っている。

第二集団は6人ほどの団子状態の集団だ、それに入れば埋もれてしまうので外側を回っていくのが定石になる。

だがその力の無いものは大外を回れずにレースが終わってしまう、大きく体力を使うし時間のロスは生まれてしまうからだ。

 

だからと言って、ど真ん中を貫こうと考えるウマ娘は殆ど存在しない。競り合っているウマ娘が複数人もいれば、勝つ事はできないのだから。

 

しかし、クラシックで活躍した2人に挟まれようがゴールドシップは容易に弾き、前に出る。

 

「(ゴールドシップさん、前よりパワーもスピードも……!!)」

 

そしてその集団の中で1番力量差が少ないスペシャルウィークとの競り合いが始まる。

前に出ている分、スペシャルウィークがやや有利な状態であるが徐々にその領域は割り込まれていく。

 

「すまんな、スペ。今日はあたしの日だ」

 

スペシャルウィークもまた、この時代を作るステイヤーの1人だ。先程抜かれたエルコンドルパサーも同じく時代を作っているウマ娘ではあるが、いかんせん相手が悪い。

100kgの重しを付けても2割も勝てなかったのがゴールドシップなのだ、その枷のない彼女とは次元が異なる。

 

そして、そんな彼女をシチーについて行けない逃げの子達が止められる筈もない。

 

残り600m、終盤戦にて2人の一騎討ちが始まる。

 

「(何よ、ここまで来て……!)」

 

今のゴールドシチーはいつもとスパートタイミングは同じではあるが、スパート速度は違う。自分の過去最高速度で、走れる土台をこの1ヶ月で作り上げていた。

ゴールタイムは間違いなく彼女の過去最高が出るだろう、しかしその背後には芝を抉る巨人の足音が迫っている。

 

「(才能にあぐらかいてて行ける場所じゃないのはわかってる。ゴルシだって練習はしてるし、アタシより長く走ってる)」

 

ゴールドシチーの実力はある程度限界が見えている、その少ない手札の中で最も上手くいく組み合わせをトレーナーが出してくれた。

スペシャルウィークに条件付けではあるが競り勝てるようになり、エルコンドルパサーのような差して来るウマ娘も技術である程度抑え込めるように成長した。

 

だが、たった2年だ。後ろにいるのはそんな強者達と4年間戦って来たステイヤーである、強くないはずがない。どれだけ血の滲む努力を重ねても届かない世界がある。

 

「(どうあがいても、ふざけた差が……)」

 

残り200m、失速の始まるタイミングだ。途端に距離が詰まっていく、全速力で走り始めて1,000mだ、もう足も今の回転を維持するので精一杯と叫んでいる。

金剛石のように硬い彼女の心と言えど、ヒビが入る。本物の怪物と同じレースに走れた、それだけでも良いじゃないかと擁護に入る自分が現れ始める。

 

ただ、それを受け入れてしまえば、諦めてしまえばシチーはここで終わってしまうことが何となく分かっていた。今の自分があるのは諦めてこなかったから、鼓舞し続けていたからだ。

 

「(辛い、きつい、もう……)」

 

砕けた心は、元に戻らなくなる。だが、そのヒビはもはや彼女には止められない。

 

「走らねーのか?」

 

聞こえるはずのない言葉が、彼女へ届いた。

振り向く余裕もない、だがそれが誰から届いたのかは分かる。

 

実際に口に出したのかは定かではない、幻聴の方があり得る。

だがまだまだゴールドシップはレースに全力なのが分かる、その走りだけでまだシチーが走れると信じているのが分かる。

 

「(……何よ、あたしの事わかった気になって)」

 

ここ1ヶ月で、ゴールドシップにその仕上がりを見られたのは今日のパドックだけだ。不自然なほどに会わなかった、だがそれは互いに気遣っていたからかもしれない。

 

だが、ゴールドシップがこの日、この瞬間を望んでいたのは間違いない。

 

「(ここで走れないなら、死んだ方がマシね……!!)」

 

気付けば、ゴールドシチーの知るはずのなかったギアが入っていた。

 

 

「マジか」

 

残り200m、ゴールドシチーとゴールドシップの2人が先頭を走り続けている。

と言ってもまだ2バ身はシチーが前を行っている、だがトレーナーが驚いているのはそのレース内容にではない。

確かにゴールドシチーは今までのレースに比べれば早過ぎるペースで前に出れている、だがその後が問題なのだ。

 

「うわっ、またスピード上がりましたよ!?」

 

ゴールドシチーが更に速度を上げた、それはトレーナーやサブトレーナー、果ては中村トレーナーですら予想出来ない領域へ到達した事に他ならない。

この三人は経験や才能からそのウマの能力を推察する事が可能だ、その能力以上のものをシチーが引き出しているのだから驚かないわけがない。

 

「あれに入るウマ娘を直に見るのは、3人目だ」

 

トレーナーは呆然としながら2人を見て呟く。熾烈なデッドヒートを繰り広げる2人に対して、畏怖しながら呟く。

 

「まさかゴールドシチーまで、領域(ゾーン)に入るとはな」

 

中村トレーナーもまた、予想外であると頭を抱え始める。

 

「ゾーン?何ですかそれ」

 

「お前、ゴルシをあんだけ見といてそれ言うか……?」

 

だがサブトレーナーは中村トレーナーから出てきた単語に聞き覚えがないようだ。

 

「ゴールドシップは他のウマ娘とは一線を画している、それは素質が良いっては勿論だが、己の力を100%引き出せるからだ」

 

実を言えば、この三人をもってしてもゴールドシップがどこまで走れるのか言い切る事は出来ない。それは傍目に見える能力以上の走りをするという矛盾した状況を作り出せるステイヤーだからだ。

 

だが、それは自然発生するという事はない。これはゴールドシップであっても。

 

「あの練習は元々、それを目指すのに必要な下地を作る為のものだ。そしてそれを耐え切ったゴールドシップは、本当の怪物になった」

 

他にトレーナーの目にした領域(ゾーン)に入ったウマ娘の1人にサイレンススズカがいる。大逃げをする彼女であるが、その速度もまた圧倒的であった。彼女曰く観客や周りの音は消えて自分の心音や呼吸音しか聞こえなくなり、走る事だけに集中できる状態に入れるらしい。

 

つまり、自身のリソースを全て走りに注ぎ込めるのだ。走りに真摯に向かっていた彼女だからこそ到達できた場所だ、他にもタマモクロスやオグリキャップが当て嵌まる。

 

ちなみにシンボリルドルフは才覚的には入れるが周りに競い合えるライバルが居なかったりと、領域(ゾーン)に入っている映像は残っていない。この領域には入るにも条件が必要になる。なので過去のウマ娘でも入れる存在は一握りどころか、その中を親指で撫でて引っ付く程度にしか存在しない。

 

「まさかまさか、ゴールドシチーまでそこに至るとは思わなかったがな」

 

ゴールドシチーはそこに至るための土台を作る練習はしている、だがそれでも届くかと言われれば話が違う。

才覚を持った者だけが領域(ゾーン)への挑戦権を持っているのだ、その視点から言えばその権利は持てるウマ娘ではなかった。

 

「断言できるが……根性でその壁上ったウマ娘は、彼女だけだ」

 

だが、根性で掴み取ったス本物であるのは間違いなかった。

 

 

残り200m、徐々に距離を詰めていくゴールドシップは急に距離が縮まり辛くなるのを気づく。瞬間、ゴールドシチーがどうなっているのかも。

 

「(マジか、シチーも来やがったか!!)」

 

自分以外にこの領域にまで沈み込んできたステイヤーを、ゴルシは見た事がない。そもそもここまで入らなくても誰でも勝てる、そんなレースばかりだったので張り合いがなかったのだが。

 

ゴールドシチーは、そこにしがみついて来ていた。

 

「(初めて入ったか、ありゃ走る以外は余裕ねぇな)」

 

斜め後ろから彼女の顔を見るが、その目は前しか向いていない。据わった目付きは勝利を貪欲に求めている。

断言できるだろう。ゴールドシチーは、自身の限界以上の全てを吐き出していると。

 

「(ただ、それはこっちも同じだぜ!!)」

 

だがゴールドシップとて領域の住人だ。芝は深々と抉られ、トップスピードでシチーの前に向かう。

 

「(ははっ、足重っ……良いな!)」

 

残り50m、ついに2人が並んだ。後ろはかけ離れており、2人の邪魔するものは居ない。

最後の瞬間をかけた戦い、2人の足の回転は大きくなっていく。両者共に長距離を走りガタガタの足が唸りをあげる、自分の心音が大きく高鳴っている、その眼光は互いを見ていない。

 

絶対に勝つという信念と信念、魂と魂が火花を散らし続ける。

 

だが、その瞬間は気づいた時には過ぎていた。気づいたのは隣で急に失速するゴールドシチーを目にした時である。

 

「おっとと、あぶねーぞシチー」

 

自身も力を出し切ったが、ゴールドシチーは虚な目でただ息をするのに精一杯という様子だ。

それだけレースに全てを出し切ったという事だろう。気付けばレース場が揺れるような歓声が響いている。

 

徐々に他のウマ娘もゴールし始めてきた、電光掲示板ではレースの結果が出始めている。そこにはレコードが更新されたとも書かれている。

 

「あーぁ、マジか」

 

黄金対決の決着がそこに記されていた。

 

「負けちまったか」

 

ハナ差2着、ゴールドシップ。2年ぶりの黒星が刻まれているのであった。

 

 

歓声がまだ響いている。控え室まで歩くゴールドシップは流石に汗で蒸れるのか、被り物も取っている。重々しい足取りは疲れからだろう、表情は負けたとは思えないほど澄み切っている。

 

だが、それは一瞬だけ曇る。

 

「おっ、トレーナー!あたしじゃなくて先にシチーの方行ってやれよ!」

 

控え室の中にトレーナーが居たのだ、直ぐにいつもの飄々とした様子に戻っているが、トレーナーはため息付きをつきながら彼女の足へ指をさす。

 

「靴、脱げ」

 

「あはは、バレてた?」

 

ゴルシは靴を脱ぐと、それを床に置く。だがバランスが悪かったのか倒れる、それは大きな音をたてていた。

 

「あんだけ芝を抉っといて、気づかないわけないだろ」

 

「なんだよ、あのシチーが勝っても不自然じゃないだろ?」

 

ゴールドシップの足につけていた蹄鉄と靴は、模擬レースでのトレーニング用にサブトレーナーが作った片足25kgの特別な靴であり、両足で50kgにいたるが見た目は本来の靴と見比べても大差ない。

芝を荒らし回っていたが、いくら彼女と言えど走りながら撒き散らすといったことはできない。

だが気づいた最大の要因は、そこではない。

 

「君が負けるわけないだろ、私はトレーナーだぞ?」

 

ゴールドシップが負ける筈がないと、誰よりも信じているのだ。それは限界超えた程度のゴールドシチーでも、届かないと。

 

そもそもゴールドシップが特別なのはその領域に自由に入れるからだ。偶発的に侵入する過去のウマ娘達とはレベルが違う、コントロール出来るステイヤーだ。

初期値も異なれば経験値も多い、ゴールドシチーが勝つのは不可能であった。

 

故に重りを使って少しでも良い勝負ができるようにと勝手なことをしたのだろう。だがそれで100kg背負うのは周りへ簡単にバレてしまうし、シチーの成長を考えればつけれなかったのだろう。

それで壊れないほど頑丈な事は分かっていても、シチー本人は知らない事なのは間違いない。

 

「ゴルシ、前から聞きたかったんだが」

 

ふと、良い機会だったのでトレーナー聞いた。

 

「何でシチーを連れて来たんだ、私以外でもよかっただろ」

 

ゴールドシップがゴールドシチーを連れて来た時、その場の流れでトレーナーは引き取りはしたが別に中村トレーナーや他のトレーナーに引き渡しても良かったのだ。

特別彼女を連れて来る理由がない、理事長やその秘書であるたづなに任せた方が流れは上手くやってくれるだろう。

 

「あー、そうだなぁー。シチーが困ってたのはもちろんだけど……」

 

困ったように頭をかくゴルシ、特段深く考えていなかったのか忘れていたのか、記憶の引き出しを開けていると少し恥ずかしいのか照れながら言う。

 

「あたし以外にも美人でいいやつは居るって教えたかったからだな」

 

「……気づいていたのか、やっぱり君はすごいよ」

 

ゴールドシップは鋭いウマ娘だ、トレーナーが彼女を見るように彼女もトレーナーをよく見ている。

トレーナーが皆に思うがままに走って貰いたいと考える様に、彼女もトレーナーに縛られずに生きて欲しいと考えていたのだろう。

 

似た者同士なのに、反発する事もあれど引き合ったのは、必然であったのかもしれない。

 

だが、その関係は今日で終わる。

 

「この後か」

 

ゴルシは背を向けながら言う、トレーナーと蹄鉄を使った影響などを確認しに来ただけなので、もうここに用はない。

 

「あぁ、予定通りな」

 

「そっか……そっか!」

 

すると、何かを納得したのか笑顔を見せる。

 

「じゃあな、トレーナー」

 

去りゆくトレーナーの背へ、別れの挨拶をする。

 

「体は大切にしろよ、ゴルシ」

 

トレーナーも振り返らず、その場を後にするのであった。

 

 

「うっ、気持ち悪い……」

 

「でしょうね!限界どころか魂削って走り切ったんだから!」

 

「うっさい……じゃなきゃ勝てなかったんだから……」

 

ゴールドシチーの控え室にて、サブトレーナーは体の動かないシチーのダウンを行なっていた。

全力を振り絞れとはよく言うが、立つ力も無くなるほど搾り出したのだからこうなるのも当たり前である。

 

その控え室だが、もう1人来客がいる。

 

「ゴールドシチー」

 

中村トレーナーだ、結果としてはスペシャルウィークが3位ではあるが2人にレースの主導権は握られていた。様々な条件が絡まったからこそあのゴールドシチーは顕現したが、同期の2人には大きな差を見せつけていた。

 

「おめでとう、君にはいつかリベンジさせて貰うよ」

 

だがまだ彼女の走りは始まったばかりなのだ、リベンジの機会も成長する時間もまだまだある。

 

「……いつでも受けて立つわよ」

 

だが顔を上げて言う余裕もないのか、声だけで答える。しかし彼女は勝ったのだ、あの無謀と言える存在に勝てたのだ。

もう一度あの走りができるかと言われれば、難しいが成し遂げたのだ。

 

「ところで、トレーナーはどこにいるの?」

 

「あー、先輩は……」

 

しかし、それを伝えたい相手はまだ現れない。ゴールドシップを慰めに行っているのかと考えていたが、それにしても遅い。どうしたのかと考えていると、控え室にあったモニターから聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「トレーナー?なんでテレビに映ってるの?」

 

有マの結果を流す為につけていたテレビに、何故かトレーナーが映っているのだ。それもニュースのインタビューを受けているような様子ではなく、会見を開いている。テロップには何かの重大発表があるとも書かれている。

 

「ねぇ、トレーナーはどこ?」

 

「ちょ、ちょっとシチー。今はダウン中で……」

 

「トレーナーはどこ!?」

 

サブトレーナーにくってかかるシチー、疲れの残る体を起き上がらせている。

 

画面の先に映るトレーナーの姿はやつれている、意図的に会わなずにこっそりパワーアップしたかったシチーはほぼ一月ぶりに見るが、健康体とは思えない。

ここまで変わるのかと、何か自分の知らない事を隠しているとは感じていても、ここまでとは考えていなかった。

 

「ここの3階だ」

 

だが、代わりに中村トレーナーが答えた。それを聞いた瞬間、シチーは部屋を出て行く。

 

「中村トレーナー」

 

「いつかは知る事だ、どうせなら直接聞きたいだろう」

 

「……そうですね」

 

 

フラッシュがたかれている、その中心には若いトレーナーがいる。

 

「今回、お時間をいただきありがとうございます」

 

記者達に挨拶をする姿からは、メディア慣れしているようにも見えるが表舞台に姿を現すのはこれで2度目だ。初めて目にするものはその若さに驚いている。

 

「以前から考えていた事ですが、年の締めくくりでもある有マ記念の終わりと共に発表させていただきたいと思い、皆さまには集まっていただきました。喜ばしい事に私の担当している2人は歴史に残る走りを見せましたが、その件についての質問はあとで受け付けたいと思います」

 

記者達が固唾を飲んで見守る。以前現れたのは新設レースの初代王者となったからであり、それ以外はどのような時でも現れる事はなかった。

逆に言うならば、それに比肩する何かを話しに来たことが分かる。

 

その内容に耳を傾けていると。

 

「今回、私は」

 

「トレーナー!!」

 

ドアが、勢いよく開け放たれていた。既に会見は始まっており、テレビの中継もされている。記者達は誰が来たのかと目を向けると、そこにはここにいる筈がない者がいる。

 

「シチー、どうした。このあと授与式とライブの準備があるだろ?」

 

「関係ない!」

 

ゴールドシチー、格好は急いでいたのか勝負服のままである。有マの覇者がなぜここにと皆考えているが、その間にシチーはトレーナーの前まで詰めていく。

 

「トレーナー、辞めるつもりなんでしょ」

 

「……誰から聞いた」

 

ヒントは、いくつもあった。誰から聞いたわけではない、だがそう考えれば辻褄は合ってくる。

ゴールドシップが深く語らずにいたのも、深く体調を崩していたのも、最近シチーの練習にも顔を現さなかったのも、トレーナーを辞めざるを得ないほど病んでいたとすれば説明がつく。

いつからこの覚悟を決めていたのかは想像もつかない、相応の決断である。

 

故に、彼女に出来る事は一つだけだ。

 

「アタシは、トレーナーが居なきゃここには居なかった」

 

ゴールドシチーというウマ娘は、このトレーナーなくして存在しない。周囲の目はあるが、そんなの関係ない様子でシチーは続ける。

 

「走りたくても誰も走らせてくれない、お人形として扱われて来てうんざりしてた。でもトレーナーが走れるウマ娘にしてくれた、みんなの認めるステイヤーにしてくれた、ターフの中で生きる楽しさを教えてくれた」

 

思い直させたいのだろう、トレーナーが残して来たものは偉大であると。シチーを走るウマ娘として認めてくれた最初の人間として、彼は自分にとってはかけがえがない存在になっている。

 

「借金だったら私がこれからいくらでも返す、病気なら治るまでいくらでも待つ、だからトレーナー!ずっと私のトレーナーのままでいてよ!返せてない分返すまで、居なくならないでよ!!」

 

トレーナーがいなくなる事は考えたこともないし、考えたくもない。そんなのは認められないし、自分はまだまだ何も返せていないと考えている。

 

ゴールドシチーの今まで伝えられなかった、心の本音だった。

 

「シチー……」

 

思わず、彼女の意思に気圧されている。彼女からここまで思われているとはトレーナーは考えていなかったのだろう。辛い練習を強いていたし、辛い走りを強いていた。だが、それこそが彼女にとって救いであったのだろう。

 

ただ、それでも気不味そうに、重苦しそうに、口を開く。

 

「私、トレーナー辞めないぞ?」

 

不思議そうに、トレーナーは首を傾げていた。

 

「……は?」

 

「誰から聞いたんだ、そんなデマ」

 

シチーの顔には予想外な言葉だったようで、頭が混乱しているように見える。レース終わりで頭の疲労も抜けていないのに、何を言っているのかとトレーナーは心配そうに声をかけている。

 

「だ、だってアタシとゴルシが戦うのを見るのは最後って……」

 

「そりゃ、ゴルシは海外行くし最後にはなるだろ」

 

「……海、外?」

 

海外、そう聞いて更に頭の中がこんがらがっているのか、彼女は取り乱し始める。

 

「待って、意味がわかんない!整理する時間が欲しいんだけど……!?」

 

頭を抱えるゴールドシチー、だがこの状況を理解できる者など1人もいない。

 

「お、タイミングバッチリだな」

 

筈なのだが、もう1人のウマ娘が扉を開けてやって来る。

 

「ゴ、ゴルシ?そのプラ板……まさか」

 

シチーは来訪者に目を向けると絶望したように、目を白くさせていく。全てを悟ったのだろう、表情も病的なほどに青ざめている。

 

ちなみにプラ板には『ゴルシ伝説第二章 英国編!』と書かれている。

 

「今日の会見って、トレーナー引退とかじゃなくて……」

 

嫌な予感がしながらも、ゆっくりとトレーナーの方へと目を向けるシチー。

 

「ゴルシの海外進出の発表だ」

 

「おう、何かジャスタウェイが海の向こうで暴れてるみたいだろ?あたしも思いっきり走りたくなっちゃってな!」

 

後ろに垂れ幕があるわけでもなく、重大発表とだけ告知されたそれであるが、その言葉に記者達は『やっとか』など口々に納得した様子を見せている。

 

「さ、最近アタシの練習にも来なかったのって?」

 

「海外移籍の手続きだ、有マを出た影響で予定も狂うし色々と仕事が増えてな。構えなかったのは申し訳ないと思う」

 

思えばゴールドシップが年末に走らなかった理由をゴールドシップだからと勝手に納得して聞いていなかったが、それは海外に行くまでの調整の為だったのだろう。

有マに突然出ると言い出していたのもゴルシだからと納得していたが、それはトレーナーからしてもイレギュラーだったのだ。

 

「体調が良くなさそうだったのも……?」

 

「ほぼ徹夜続きだったんだ、体調も悪くなる」

 

思い返してみると、トレーナーはずっと部屋に篭っていたと記憶にある。いつも部屋に灯りはついていても、消えている瞬間を見た記憶はない。

 

「借金とか、資格の剥奪とか、そんなのは?」

 

「私は法も倫理も犯した事はないぞ、あの練習も前もって理事会に伝えている。それに借金なんてゴルシが走ってれば何億あっても気付いたら返ってるし、返済したのは割とみんな知ってるぞ?」

 

確かに、中村トレーナーは当時の自分では返せないとは言っていた。しかし、シチーを焚き付けるためにわざと返し終えていることを言わなかったのだろう。ライセンス剥奪についても、査察が入っただけで別にそれ以上が起こったわけでもない。

それに冷静になって考えててみればゴールドシップの獲得賞金の合計額はGⅠを10個以上制覇してる時点でとてつもない額なのは確かだ。

 

「つ、つまりアタシの……勘、違い?」

 

絶妙に噛み合わない所をゴールドシップに繋げられ、様々な可能性が渦巻いていき、作られた虚構が見せつけられていたのだろう。

意図的とはいえ、何か少しでもカスっていないかとトレーナーの方へと目を向けるが。

 

「……そう、なるな」

 

居た堪れないように、トレーナーは言った。

同時に、多くのカメラがシチーに向いた。普段は撮られ慣れている彼女だが、今だけは表情を作る余裕はない。

 

「ゴ、ゴルシなんて、ゴルシなんて……」

 

先程レースで打ちまかしたというスッキリとした気持ちは、もうどこにもない。

プラカードを持ちながらニヤニヤと笑う彼女に向けて、絞れるだけの力込めて言い放った。

 

「ゴルシなんて、大っ嫌い!!」

 

瞬間、会場から走り去って行くゴールドシチー。

心無しか、出る瞬間にフラッシュの音が多くなった気がする。

 

「ゴルシ、後で謝っておけよ」

 

「海外行くし有耶無耶にできねーかな?」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

『速報・黄金の逃亡者さん、全国放送でトレーナーに告白してしまう』

 

1:名無し

ほい、告白動画のUAR

→ &g_##a/jpmapmdumgqmd

なお、レース後にも関わらずトレセン学園まで爆走する姿も見つかる。

→dtdpw#&/mpdxp.dtxdp

 

2:名無し

いやー、可愛いですねー。

 

3:名無し

なお、本人は授与式もライブもばっくれて3日間寮から出なかったらしい。

 

4:名無し

出られないよなぁ、でも後日ライブとかもちゃんとやってたし処罰とかなくてよかったわ。

 

5:名無し

黄金の逃亡者さん、ゴルシからはレースでは逃げ切れても番外では差し切られてたなぁ。

 

6:名無し

で、いつ結婚するんですか?

 

7:名無し

>>6 黄金の逃亡者さんはその話題からも大逃げ中です

 

8:名無し

ちなみにトレーナーは全く動じず普通に仕事しているそうです。

 

9:名無し

>>8 下半身何もついとらんのか……あんな愛嬌あってトレーナー一筋の子おらんぞ

 

10:名無し

今回の有マ記念、色んな意味で伝説になったなぁ

毎年年末辺りにテレビでレース界の歴史、事件みたいな感じで取り上げてるじゃんか、これ取り上げないわけないよな?

黄金の逃亡者さん、これ逃げられないやん。

 

11:名無し

一方その頃、ゴルシは『ぱかチューブっ!』なる動画チャンネルを作っていた。

 

12:名無し

>>11 ちなみに登録者75万人いる

 

13:名無し

>>11 あの白いのは後輩をレース外でボッコボッコにしてまでどこに行くつもりなんですかねー……。

 

14:名無し

でも黄金の逃亡者さん、逃げきれないと分かったからか吹っ切れからか、ガンガントレーナーに差し切ろうとしてるんだよなぁ。

 

15:名無し

>>14 色んな意味で頑張ってほしい




Q.なんで逃げウマにしたの?
A.史実で逃げでも走った事があるから+成り行き

Q.清掃員Aって誰?
A.中村トレーナー、過去にトレーナーとして受かるまでの学生時代のバイトでトレセン学園の清掃員をしていたのでその名前を付けている。今では学園で5本の指に入るトレーナーと言われている。

Q.シチーってトレーナー好きなん?
A.本人がわかってない

Q.ゴルシってどうやってトレーナーと知り合ったん?
A.最年少トレーナー誕生を新聞で知った瞬間に狙いを定めていたので運命的な出会いではないし、トレーナーはそれを知らない。

Q.中村トレーナー、何でシチーいた時に話さないでトレーナー室出て行こうとしたの?
A.ゴルシが出て行くと知ってレースに影響が出ると考えて

Q.ゴルシトレーナーが色々教えなかったのも?
A.ゴルシとの対決に影響が出ない為

Q.中村トレーナー何で会見の場所にシチー行かせたの?
A.ゴルシが海外行くから、それ以外に理由はなし

Q.ゴルシはシチーを騙すつもりで色々隠してたの?
A.YES、トレーナーがシチーにゴルシの海外移籍について話していなかったので焚き付ける+面白がる為に嘘をつきました。後で謝って許してもらったそうです。

Q.シチーって何で才能無いのにゴルシにハンデありとは言え勝てたん?
A.努力と根性の天才だったから、能力は何回か天元突破している。

Q.ゴルシのステータスどんな感じなん?
A.スピードS+ パワーSS スタミナSS+根性E 賢さS

Q.シチーは?
A.スピードA パワーA+ スタミナS+根性SSS 賢さC(能力値はほぼカンスト状態)

Q.ゴルシトレーナーってどのくらい優秀なの?
A.非常に優秀でGⅠ勝てる子なら時代の覇者に出来る(本物の天才には勝てない)。でも、後輩のサブトレーナーの方が才能はある。

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