世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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今回でバーゲスト編終了であり、この小説の始まりでもある。
みたいなお話です。

楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。



幕引きと幕開け

トールが厄災の獣の中に飛び込んでから数分。

 

突然に厄災の獣を包み続けていたプラズマが弾けた。

 

一瞬の静寂が訪れる。

 

獣には目立った外傷は無く、それこそ、何事もなかったかのようだった。

 

その場に残っていた者達からすれば、嫌な予感は拭えないその静寂。

 

先程のトオルの行動に意味は無かったのか。そのような考えが思い浮かんでいく。

 

モルガンとアルトリア。

2人は先程の見るに堪えないようなやり取りを胸にしまいこむ。

人並み外れた精神力を持つモルガンと、とある理由によって様々な事情を知るアルトリア。

 

厄災という共通の敵を前に、2人は取り乱すような愚行は犯さない。

 

それぞれ槍と杖を構え、獣へと構える。

 

その時だった。獣の正面。モルガン達を挟むような位置に、どこからともかく稲妻が迸る。空間そのものから直接現れる稲妻の奔流。それはやがて1人の人間の形へと変化する。

 

目も眩むような光の本流から現れたのは。件の青年。トオルだった。

 

2人の目に微かながらも喜色の表情が現れた。

 

再びの静寂。

 

獣と青年が向かい合う。

 

獣は警戒するように唸り、青年は静かに右半身を一歩下げ、開いた左手を獣に向け、僅かに開いた右手を腰だめに構える。

彼にしては珍しく、構えを取った。わかりやすく明らかな戦闘態勢。

 

目線が交差し、一触即発の状態を呈している。

 

闘気は高まり、正にどちらかが動こうとしたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

厄災の獣の上空から、その頭を砕く程の一撃が、振り落とされた。

 

凄まじい轟音。

 

余波により砂塵が舞い、その一撃の凄まじさを物語る。

 

その一撃を見舞ったのは妖精騎士ガウェイン。またの名をバーゲスト。

 

トオルの闘気に当てられた事により、それ以外には全く警戒をしていなかった獣への、正に戦況を決める程の意識の外からの一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――上出来だよ。バーゲスト」

 

あまりにも鮮やかな一撃を決めた彼女を称賛する。バーゲストを切り離した以上、傷つけないように戦う必要もない。

 

後は彼女が獣を討伐すればこの一連の戦いは終止符を迎える。

 

覚醒した厄災の獣と彼女を切り離す事に成功したものの、あくまでそれは一時的な処理に過ぎない。

 

あれはバーゲスト自身であり、そしていつでもバーゲストから生まれ出る可能性のある存在だ。

 

万全の自分であればその存在ごと変革する事が出来たのだが、その力の根源が異世界である以上、その能力には限界がある。

あのセカイから雷を無限に呼び出す力は今のトオルには存在しない。

 

だからこそあの獣がまた出てこないよう。彼女自身の精神的な面でのフォローが必要となる。

 

アドニスへの愛と誓いによって、呪いから来る破滅願望は乗り越えた。

生命の醜さを自覚し、生命への愛を持ち、命を繋ぐという救いへの道を見出し、清濁合わせ呑む度量を持ち得た事により、陰と陽。どちらも理解し、選択する事のできる彼女に精神的なブレは見受けられない。

 

だからコレは最後の一押し。

 

彼女があの獣を討伐したという事実が、呪いを乗り越えたと言う実績と信頼となる。

 

更にあわよくばではあるものの、あの内なる厄災の獣にバーゲストには逆らってはいけないという、恐怖を植え付ける事が出来れば、その対策は万全のものとなる。

 

既にその話は通達済み。その企みに、バーゲストは力強く頷いてくれた。

 

だから後はその結果を待つだけだ。そして、トオルの見立てでは勝利は確実。後はどう獣を蹂躙し、徹底的に敗北感を味合わせるかの問題になる。

 

事実バーゲストは正面から獣の攻撃を受け止め、左腕の鎖によって、力尽くで獣を拘束していた。

 

 

 

「――あー、疲れた……」

 

 

 

一仕事終え、張り詰めた精神が弛緩する。

 

言葉にでた気軽さとは裏腹に、立ち上がることすら出来ないほど、身体に異常を来していた。

 

(あ、ヤバ――)

 

突然に足から力が抜け。そのまま後ろへと倒れていくのを感じ取る。不思議と他人事のような感覚だった。

 

既に生きる為の力すら残ってはいない。あの雷は、トオルの生命そのものだ。

 

怪我の類であれば、ただの雷なりで回復はするが、根本的な生命力は無限城から吸い出す必要がある。

そして、今の自分には、特定の次元を繋げる力も方法も無かった。

 

受け身を取る力すらない。諸々を諦め、そのまま背中から大地に倒れるかと心の準備だけしておいた。

 

歯を食いしばる力すらない為、ただただ痛みの衝撃が訪れるのを待つ。

 

しかしその衝撃が訪れる事はなく。代わりに柔らかい感触をその背中に感じ取った。

 

誰かに、後ろから抱き止められたらしい。

 

トオルを抱き止めた人物はそのまま膝を地面につけ。

両膝の上に座らせそのままトオルをその身に預けさせる。

その人物の肩に自身の後頭部が置かれたのを感じ取る。

 

顔を傾けて、右側を覗けば、黒いヴェールに包まれた碧の瞳と目があった。

 

 

「――――――っ」

 

 

多分、力が残っていたならば、悲鳴を上げていたかもしれない。

 

 

 

 

何でここに? とかハルクバスターに運ばせたはずでは? とか。瑣末な疑問も全て吹き飛んでいった。

 

 

 

距離があまりにも近い。それこそ彼女のヴェールが風に揺られて若干顔に当たる程で、ヴェール越しの彼女の呼吸を感じ取れる程の近さだ。

背中から当たる柔らかい感触も、諸々の思考を狂わせる。

 

 

女神のような美しさなどと、女性の容姿を揶揄する者もいるが、成る程、その例えに間違いはないと、心の底から実感している。

 

そんな彼女の瞳に、涙が滲んでいるのに気づいてしまった。

 

 

「全く、あなたはいつも無茶ばかりするんですから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう、トール君はいつも無茶するんだから――』

 

 

 

 

 

 

 

 

――その言葉に既視感があった。

 

 

 

 

そう、()()はいつもこうやって倒れそうになる自分を支えてくれて、こうやって叱るのだ。

 

2人きりの長い旅。

 

厄災を戦い、妖精達を相手取る。

思えば殆ど報われる事のない旅路だったが、彼女のおかげで充実していた。

 

彼女のおかげで自分にも誰かを守る力があるのだと実感出来ていた。

 

彼女を支える事が自分の生きる理由だとも考えていた。

 

ずっと一緒にいられると思っていた。

 

そう、彼女の名は――

 

 

「モル、ガン……?」

 

あぁ、何故忘れていたのだろうか。

 

その名前を呟いた瞬間、彼女は、嬉しそうに微笑んだ。

 

「やっぱり、アナタはトールなんですね」

 

「あぁ、あぁ……っ」

 

何故忘れていたのだろうか。を何故思い出せなかったのだろうか。

 

トネリコという名前は疎か、本名さえも記憶になかった。異世界等の記憶は思い出しても、彼女の事に関しては全く思い出す事ができなかった。

 

「泣いているのですか? トオル」

 

「それは、そうだろ……っ」

 

後悔の念が推しかかる。

 

やむおえず命からがら逃げだして、異世界へと旅立った。

異世界はどれもこれも貴重で素晴らしい体験を与えてくれた。後ろ髪を引かれる思いで、この妖精國に戻って来た。その1番の理由がモルガンだった。

 

そのモルガン(1番の理由)を忘れていたのだ。

 

他の事は思い出せたのに、肝心の彼女の事を、今思い出したのだ。

 

そして、思い出した今、色々な事が手遅れだった。

 

「こんなに大切なのに! 実際に逢えたのに! 今の今まで思い出せなかったんだ……っ!」

 

「ですが、今は思い出してくれました……」

 

そう言って、トオルの肩に置いていた手を胸の前に回し、より背後から抱きしめるような形になる。お互いの頬が触れ合い、より体温を感じる体制になった。

 

「私こそ、あなたの事を諦めていました。あなたはいなくなってしまったものだと思っていた。貴方の事を何もかも忘れて、振り切ろうとしていた。だから、お相子です」

 

その優しさに、抱きしめたい衝動に駆られるが、もう体は動かない。

 

見た目もちろん、口調さえ変わった彼女。冷酷な女王として君臨する彼女。

 

しかし、その優しさは変わることは無かった。

 

女王としての圧政、その理由を察する事ができるだけに、優しいままの彼女の苦しみに絶望を感じる。傍に入れなかった事がどうしようもなく悔しい。

 

バーゲストの精神世界を通じて彼女が見聞きした事を共有してわかった事ではあるが、モルガンに味方がいるようには見えなかった。

 

彼女はどうしようもなく孤独だ。

 

今の彼女に、本当の意味で信頼できる者はきっといないのだろう。背中を預けられるような仲間はいないのだろう。

 

そんな孤独な彼女が酷く辛くて。

 

そして()()()()()()()()()()()どうしようもなく悲しい。

 

 

敵は、このブリテンの呪いだけではない。

 

当然と言えば当然ではあるが、圧政を敷くモルガンに対し、國民のほぼ全員が彼女を殺す救世主を求めている。

その求めていた救世主とやらが、この國を破壊しようと画策する異世界の人間達であるのだから始末に悪い。

 

彼らはこの國を崩壊から救いにきたとモルガンと交渉したが、それはあくまで異世界を巻き込んだ崩落から救い出すと言う意味で、本当の意味でこの國を滅びから救おうと言う気はさらさら無い。

 

現に、バーゲストに対してノアの箱舟を気取って交渉を持ちかけたのがその証拠だ。

 

彼らにとって、この妖精國は間違った歴史で。尚且つ滅ぶのは確定済み。その事実を認識しながらも救ってやるから武器をよこせなどと持ちかけて来たようだった。

静かに滅びを迎える権利をやるから武器を寄越せなどという傲慢な交渉に、モルガンは挑発で持って応えてしまった。その崩落はモルガンによるものだと、彼らに大義名分を与えてしまった。

 

彼女自ら、自身を滅ぼす名目を与えてしまったのだ。

 

彼らは、モルガンを殺し、圧政から救うと言うその大義名分を経て、妖精國を滅びの道へと誘導している。

 

ノアの箱舟を気取り。残った妖精達はせいぜい圧政から解放し、静かに滅んでもらう事で救ってやった事にでもする気なのか。

 

この事実を妖精國中に広めれば良いはずだが、モルガンはそれを実行しない。

 

それは間違った歴史を維持してしまっている負い目からなのかはわからない。

だが、世界の取り合いにすら非常な手段を選ばない彼女の優しさと甘さが、彼女自身を破滅に追い込んでしまう。

 

滅ぼす國の救世主として正義をかざし、滅ぼす國の住人を取り込むと言う手段を選ばぬ侵略に対抗するには、彼女は甘すぎる。

 

事実、その甘さ故に、その國でも随一の戦力である妖精騎士に裏気られようとしていたのだ。

 

孤独な彼女のままではその侵略者は愚か、この妖精國の妖精達に殺されてしまう可能性もゼロとは決して言えはしない。どんなに強かろうと1人では勝てはしない。

彼女を心酔する妖精(ウッドワス)がいるが、アレはダメだ。確かにモルガンに忠誠を誓ってはいるが、あの妖精の愛は別の妖精に向いている。そしてその妖精は侵略者側についている。バーゲスト目線から見てもあの関係性は危険だ。明らかにオーロラ(侵略者側につく妖精)の方が知能が高い。体良く利用される未来が見える。

 

 

圧政を敷く悪の女王。

それを打ち倒す異世界からの救世主。

何とも定番な英雄譚。全くもって清々しくて、気持ち良い物語だ。

 

 

だが、例え誰もが彼女を愚かだと蔑もうとも、例え、世界がどんなに彼女を悪役にしようとも。

俺は、どんな手を使ってでも彼女を護らなければならない。

 

滅びゆく間違った歴史などというふざけたルールなど関係無い。

 

例え、侵略者(藤丸立香)達がどんなに善人で、どんなに正義で、世界を取り合うと言う大事の為の苦肉の策だったとしても、バーゲストを救おうと本気で動いてくれていたとしても関係ない。

 

モルガンを殺そうと画策するのであれば、それはただの敵でしか無い。例えモルガンが望まなくとも、向こうが手段を選ばないのなら手段を選ぶわけにはいかない。

 

だからこそ、このまま消えてしまう前に、彼女の為にできる事をしなければ。

 

 

 

「モルガン、伝えなきゃいけない事があるんだ」

 

その言葉に、彼女は何を察したのだろうか。

 

息を呑んだのを感じ取る。

 

「――嫌です」

 

絶対に逃がさないとでも言うかのように、抱きしめている腕はより一層強くなる。

 

「そんな、別れの言葉など、受け取りません――」

 

「頼む……」

 

もう少し言葉を交わしたいところだったが、今はそれすらも惜しいのだ。

 

「もう喋らないで。今は体に負担をかけないように――」

 

「バーゲストを、君の側に就けるんだ」

 

予想外の提案だったのだろうか、彼女の言葉はそこで止まった。

 

「君はあまりにも孤独すぎる。君がどんなに強くたって、たった1人じゃこの國は、守れない」

 

彼女の味方を一人でも増やす。

 

「そんな、そんなの――」

 

それが自分にできる唯一の事だ。

 

「バーゲストの記憶を覗いたからわかるさ。君を心酔している妖精は、、ウッドワスとトリスタンって言う娘ぐらいだ。違うか?」

 

バーゲスト視点で分析するならば、明らかにモルガンに従おうとしているのはウッドワスという狼人間と、娘だと言うもう1人の妖精騎士。

トリスタンのみ。ランスロットも怪しいもんだ。

 

どこがで見た事があるような少女だが、戦力的には微妙そうだし、側に控えるモルガンの夫だという男に良い様に操られているきらいがある。

 

彼女のマスターだとか言うあの男。

彼女がここにいるのはその男によるモノだと言うが、夫か……いや、いまは何も言うまい。

 

「今すぐに信頼しろってのは難しいだろうが、今のアイツは、妖精國の為に生きる事を心に誓ってる。アイツの愛した人間の為に、愛した人間が生まれたその妖精國を守ろうと。心の底から思ってる」

 

「止めて……っ」

 

今にも消え入りそうな小さい声だとしても、密着しているモルガンの声は、良く届く。

 

その言葉に込められた感情も理解するには容易かった。

 

「妖精など、信頼できるはずもない……!」

 

「妖精全部がああな訳じゃない。お前にとっての例外もいる。違うか?」

 

「バーゲストは私を裏切ろうとしていた……!」

 

「それは、あいつにとってマンチェスターの妖精と恋人が大事だったからだ。色々あって、今のあいつの愛は妖精國に向いている」

 

「そのような心変わりこそ、妖精達を信頼できぬ証でしょう!」

 

「きっかけがあれば心変わりなんて誰だってするさ。俺だってあるし、モルガンだってそうだろう?」

 

「なんで……何故なのです……!」

 

今の彼女は、駄々をこねる子供のようだ。

 

彼女に対して自分が無理を言っているのはわかってる。

 

この提案が彼女の心を追い詰める事になっているのはわかっている。

 

「いいか、モルガン。俺が保証する。バーゲストはきっと力になってくれる。ブリテンを愛するお前の信念に、きっと付き合ってくれる。だから、せめて話くらいは聞いてやれ」

 

だが、それでも、飲み込んでもらわなくてはならない。

 

「何故——あなたが……あなたが傍にいてくれれば良いのに……っ」

 

もう、俺は彼女のそばにいられないのだから。

 

言いたい事は言い切った。あとはモルガンとバーゲスト次第。

最低でもバーゲストさえ味方につければ、戦況は大きく変わるだろう。

そういう確信がある。

 

 

だから後は――

 

動けない身体に鞭を打つ。

 

俺の力の源であり、生命の源でもある無限城の雷は、使い尽くしてしまっていた。

大本の雷があれば電流を体に流せば回復するが。そもそもの器ごと使いつくしてしまったのだからどうにもならない。

 

腕に力を入れ、胸の前にある彼女の手を掴む。

 

綺麗な手だ。感触も滑らかで、ずっと触れていたいと、そう思う。

 

「あ……」

 

その手のひらに指輪をそっと置いた。

 

「これ、受け取ってくれ」

 

指輪をじっと見つめているのか。お互い顔が横に有り、目線が同じの為、指輪を乗せたその手はしばらく透の前で静止していた。

 

しばらくの沈黙。

 

動いたのはモルガンだ。俺の手を掴み、指輪を握らせ。

 

「貴方が、はめて下さい……」

 

左手を目の前に差し出した。

 

女性へのプレゼントに指輪なんて、そういう意味になるのは当然なのに。

 

本当にムードもへったくれもない。

 

「貴方は本当に、こう言うコトが不得手なのですから……」

 

懐かしんでいるのか、呆れつつも嬉しそうなモルガン。

 

「ああ、ほんと。悪いな」

 

やらかした恥ずかしさと、これから行う行為への気恥ずかしさに、戸惑いつつ、彼女の薬指にその指輪を通す。

 

「ありがと、うございます……」

 

指輪を通した後、今一度強く抱きしめられる。

 

本来であれば機能的なものではなく、純粋な愛の証として、別の指輪を嵌めてやりたかった。

 

これは普通の指輪ではない。

彼女の助けになる為に、ありとあらゆるモノを詰め込んだ、何らかのデバイスだ。

細かいところまで覚えてないのが悔やまれるが、いざという時きっと役に立つという確信があった。

モルガンの眼からは涙が溢れ、もう応えられる気概も無いようだ。

 

「キミの幸せを願ってる」

 

その言葉が今の自分に出せる最期の言葉だった。

もう少し話していたいとも思っていたが、もう限界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

今までにない程の轟音と、断末魔が響く。

掠れた視界の先では、バーゲストが、裂帛の気合いと共に厄災の獣を討伐したところだった。

 

やり切った表情のバーゲストがこちらに駆け寄って来る。

 

「トール! 陛下!」

 

 

俺達の格好に差したる疑問を持たず。忠義を尽くす騎士のように。俺たちの前で片膝立ちになる。

 

「モルガン陛下! ――っ……っ」

 

「良いだろう。申して――よ――」

 

「モ――ガン陛下……、陛下が、救世主ト――様だったのですね――」

 

薄れゆく意識の中、バーゲストと丸モルガンの会話が耳に入って来る。

 

(俺がバーゲストの記憶を覗いたように、バーゲストも俺の記憶を覗いてたのか……)

 

それならば話は早い。モルガンのブリテンへの貢献と、ブリテンへの愛を知れば、今の、バーゲストならば忠義を尽くすだろう。

 

後はモルガン次第だが、そこはバーゲストの懐柔に期待するしかないが、モルガンがバーゲストを殺そうとしない限りは、大丈夫だろう。

例え助力を断られようと、陰ながら主君を支えようとする。バーゲストはそういう奴だ。

 

厄災に関しても問題はないだろう。

 

自分が渡した指輪も、きっと役に立つ。

 

少なくとも、妖精國の反乱と侵略者。どちらにも対抗できる要素はこれだけで十分だ。

 

――あぁ、本当に。最後まで一緒にいたかった。

 

二人が、こちらを見て叫んでいる気がする。

 

それに応える事もできないまま、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全くもって忌々しい。

 

異邦の魔術師と予言の子が揃ったこのタイミング。最大のチャンスだと思っていた。

入念な準備をしていた。

 

様々な策謀達。その中でもかなりの重要度を占める獣の厄災。あの哀れな獣が生まれるその時から仕込んでいた呪い。

本来であればこの國の女王を殺害し、後釜を処理した上で入念な準備を経て、ここぞというタイミングで目覚めさせる予定だった。

故にその欲望に負け、恋人を喰らったその時も、今はまだその時では無いと愚かで幸せな夢を見せてやる事で忘却させた。

にも関わらず、予定を何もかも吹き飛ばして、あの獣は今まさに目覚め、暴れまわっている。

 

原因はあの男だ。

バーゲストに飼われていた人間。

魔力すら持たず、何の力もない。チェンジリングでこの妖精國にやって来たであろう唯の人間。

 

あの男が全てを狂わせた。

バーゲストに喰われて死ぬ恋人の1人ぐらいの立ち位置になるであろうと思っていた人間。

それこそ名前すら語られないような端役だと、そう考えていたのだ。

 

それがどうだ。どういう訳かバーゲストを早々に目覚めさせ、機械仕掛けの赤い巨人へとその姿を変え、殺さずに止めようなどという意味不明な選択肢を選び取り。

お人好しのカルデア達はまだしも、あの女王モルガンを戦場に立たせた。しかもその無謀な作戦を承諾させた上でだ。

 

挙げ句の果てには、魔術でも科学でもない。それこそ権能とでも呼べるような。いや下手をすればもっと上位的な概念を有する稲妻をその体から発し、バーゲストの体内へと侵入を果たした。

 

 

 

――あり得ない。

 

 

 

自身の仕込んだ厄災が、その根本から変革していくのを感じ取る。

 

 

 

――全く馬鹿にしている。

 

 

 

同一存在であるはずのバーゲストと厄災が、切り離されるのを感じ取る。

 

 

あの男は、理解不能な力で以て、バーゲストを厄災から切り離して見せたのだ。

それはまさしく()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

あの赤い巨人。そしてあの力。この状況。機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とでも言うつもりか。

剣と魔法の國に、あのような兵器を持ち出して、この妖精國の物語を編纂し始めた。

 

あれは汎人類史からきた何かでもない。異星の神の使徒でもない。

並行世界すら超えかねない、この宇宙の更に外から来た何か。根幹から異なる全く別の世界(作品)から来た何かだ。

 

それが、女王モルガンの絵本にまさしく飛び入り参加を決め込んだ。

 

食い荒らすはずだった絵本が徹底的に汚されてしまった。

 

他人の物語に土足で入り込む最も度し難いその行為に憤りを覚えつつも、今後の展開を冷静に分析していく。

 

まだ全てが終わったわけでは無い。仕込みはまだ色々とある。

 

まずは、遠く離れてしまったカルデア陣営や予言の子の状況を把握しなければ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、思考した矢先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空から聞こえる空気を切り裂く音。視界に入ったのは巨大な赤い鎧。

 

機能美を持ちながら、娯楽性に富んだ矛盾したギミック。

 

自身の知る世界ではおよそ考えられないような構造をした。

憎むべき機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)もどき。

 

それが、今まさに自身の真上に存在していた。

 

何かを口にする暇すらなかった。

 

その巨大な腕でうつ伏せに組み伏せられる。

 

『ここにいたか』

 

その巨人から聞こえた声はあの忌まわしき男ではなく、女性のものだった。

 

『この國の妖精も度し難い部分はあるが――』

 

背中の羽をなんの感慨もなく毟り取られる。

 

『貴様の企みの厭らしさ程では無いな害虫』

 

仰向けにされた後、身動きが取れないように、膝から下を握り潰される。

 

『貴様の在り方も、目的も、私個人としては気色が悪いだけで、どうでも良い存在ではあるのだがな』

 

掌から出る光線に両腕を焼かれる。

 

『我が〇を害した罪は贖ってもらおう』

 

その機械の腕は、その言葉通りの行為に最適な形へと変形する。まるでロードローラーのようになったその右腕で既にひしゃげ、原型を留めていないひざ下を改めて押しつぶした。

 

『下らぬ運命に抗う事すらできん価値の無いクソ虫は、すり潰すのが処理としては最適だろう?』

 

不気味な機械音とともに右腕のローラーが回り出す。

地面にこすりつけながらすり潰すように、その仰々しい凶器とは裏腹に、精密機械のようにゆっくりと、下半身から上半身へとすり潰しながら昇っていく。

 

所詮端末としての肉体ではあるが、嫌悪感と痛みは拭えない。

ただ苦しめるための処刑方法。

この行為がどれ程長く続くのかと、考えたその瞬間。

 

『飽きた』

 

ゆっくりと迫りくると思われた終末は、その一言で、何の感慨もなく訪れた。

その呟きと掌から出る熱と光が、その肉体の最期の記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『憂さ晴らしにもならんとは、つくづく度し難い存在だな』

 

國を喰らう害虫を処理素終わった赤い巨人ハルクバスターを操るV2Nは、早々と空へと飛び上がる。

 

眼下を見れば、目に付いたのは、数体の妖精達。

 

その姿は奇妙な事に後ろ向きで歩いていた。

 

『発動したか……』

 

その不可思議な現象にさしたる疑問を持たず。右腕を掲げてみれば、緑色の魔法陣がその腕を囲んでいた。

 

『全く持って、凄まじい力だ。宇宙の覇権を握る力というのも頷ける』

 

呟きながら、ハルクバスターの装甲が複雑に開けば、その中には、美しく光る緑色の石が収められていた。

 

 

世界そのものが躍動し、時間そのものが巻き戻っていく。

 

 

ハルクバスターも、その影響を受け始め、今来た道を巻き戻るように戻っていく。

 

『何度やり直す事になったとしても、何度お前が死んだとしても、例え今度は私を思い出すことがなくとも、お前の望む結末まで、最後まで付き合うだけだ』

 

その呟きと共に、赤い巨人は元のブレスレットへと戻っていく。

 

だんだんと世界が巻き戻る速度が上がり始め、ありとあらゆる生物が、その現象を知覚することが出来なくなる。

 

世界はある地点まで戻り。そしてまた時間は繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼にも美しき妖精國、圧倒的な自然が広がり、夕焼け空は見る者の心を癒す力を持ち得ている。

 

そこの丘に一人、男が立っていた。

 

 

「さて、とりあえず何ヶ月かは最低限の生活ができる装備はあるし、ぼちぼち住むところを探しながら、旅でもしますか」

 

 

ポケットから音楽プレイヤーを取り出し、プレイリストを操作する。

 

 

幾度も繰り返されたその行動。

 

しかし、本人にその自覚は全く無い。

 

次は一体どのような旅になるのか。

 

本当の目的を思い出す事はできるのか。

 

希望と絶望に満ちた旅が、また再び始まった。

 




・時を巻き戻す魔術:至高の魔術師が使用する時間を操作する魔術。タイムストーンと呼ばれる宇宙より前より存在していた特異点が宇宙誕生の際に結晶化したものによりその力を行使することができる。
自由に時間を操ることができるが、下手に使用すると時間軸がおかしくなり、世界が滅ぶような物質であり、現在では、至高の魔術師であるドクター・ストレンシが補完しており、彼しか操ることもできないはずだが、何故か異世界である妖精國に存在し、今は実質V2Nが所持。使用しているように見える。





最期までお読みいただきありがとうございます。

バゲ子編のラストと言う名のこのお話の概要説明。みたいなお話でした。

つまり『記憶のない死に戻り』による『ルート分岐』がこのお話の主軸になります。


今後はこのルールを軸に、色々と物語を進めていきたいと思います。



ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます。


ひとまずは一区切りという事で。
改めまして感想やお気に入り登録、誤字報告など本当にありがとうございました。


今後も皆様の貴重なお時間を無駄にしないよう精進して参りたいと思います。



よろしければご意見ご感想。お待ちしております。話の矛盾点や違和感。キャラについてなど、ご質問。ご教授いただければ幸いでございます。よろしくお願い致します。

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  • MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
  • MCUの映画は全て視聴済み
  • MCUの映画を1本以上観た事がある
  • 一度も触れた事がない

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