世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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断章:楽園の妖精との出会い②

拳を振るう。

雷撃を放つ。

 

あの日、雷の力に目覚めた幼い少年は青年へと成長していた。

 

毎日、闘いに明け暮れている。

 

倒しても倒しても無限に湧き出る怪物達。

 

休むことも無く、挫ける事も無く、毎日毎日戦い続け、経験を増し、体を鍛え続ける。

 

自身を世話してくれていたあの青年の恩に報いる為、与えもらったあの優しさを一人でも多くの人に分け与える為のその闘い。

 

 

 

 

 

だが、これまでの間、実に10年。ただの一度も、救う事のできる人間に会う事は無かった。

 

 

 

 

軒並み怪物が既に殺害しており、生き残った人間はどれも怪物と変わらない残虐性を有していた。

 

無限城は陰陽でいう『陽』の気が異様に強い場所である。

成長は早く、身体能力はごく自然に高まっていき、怪我や病気からの回復も早い。

 

住人の大半が身体能力が高いのはコレが理由である。

その効力は、才能や程度の差こそあれ、鍛え方によっては音を置き去りにする程の身体能力を有する者もいる。

 

だがその反面負の要素も多い。免疫が乱れれば、『陽』の病気である癌などに蝕まれて死に至り、貪欲で攻撃的な性格へとなっていく。

善人であった者も、死と絶望の空気だけでなく、その『陽』の要素によって変質していく。

 

善人のままであれば、よほどの才能が無い限り生き残れず、

無限城で生き残れるほどの力を有する頃には、残虐性は増しきっている故に、そもそもとしてまともな感性を持った人間が少ないのだ。

 

だから、当時、透のいたあのグループは奇跡と言っても良い程の存在だった。

 

 

 

無限城を巡っても巡っても、『救う』という行為はできず。

 

ひたすらに無限に湧く怪物と、ある意味では怪物よりも残虐な人間達と殺し合う。

 

凄まじい戦闘経験と日々の鍛錬によって力を増しては行くものの、肝心の目的は1歩も進んでいなかった。

 

元より曖昧でゴールのない目的であり、そもそもとして”とりあえず生きる”という理由で生き続けていた彼にとって。

もはやそれは日常と化している。

 

そして、透の持つその力はこの無限城においてはまさしく無敵だった。

不死身であるはずの怪物は、その雷に触れれば存在そのものが消失していく。

電子を操り、形成されるプラズマは万物を蒸発させる。

脳に直接作用する電磁波が仮想現実を作り出し、トールにとって有利な状況を作り出す。

 

まさしく無限城の申し子と言っても過言では無かった。

 

精神的に挫ける事も無く、肉体的に限界が来るわけでもない。

目的の為動くその姿は、信念を持った強者と言うよりは、機械のようであった。

 

 

 

そんなある日である。

 

不死身の怪物を打倒していく。その繰り返しの最中。

 

鍛え上げた肉体も、使い方を研究し尽くした雷も、これ以上進歩する事は無いのではないかと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その瞬間は訪れた。

 

予兆は無かった。それは突然だった。

 

なんの前触れもなく、透のとある感情が異常なほどに増幅していく。

それは、怒りと悲しみである。

 

(なん――だ……?)

 

誰に対してかもわからない、理由すらわからない。

だが、その感情は、濁流の如く、透の精神を支配していく。

 

 

透の体が変質する。

雷が透の体を纏い、光を発する。

あまりの電気量に自然と斥力が働き、帯電によって、透の体が空中に浮いていく。

 

既に透に体を動かす権限は無かった。

 

普段であれば放出するだけの雷が、まるで充電するように透の体内を駆け巡る。

 

そして、内に貯まった雷が、爆発するかのように一気に放出された。

 

透を中心に、360度すべてが、雷によって破壊されていく。

それは、電熱による蒸発でもなく、雷撃による分子崩壊でもない。

 

物理現象ではありえない。存在そのもの消失であった。

 

 

その後雷の爆発が放出され切ったかに見えたその時。

 

そこにいたのは、最早透という名の青年では無かった。

常に紫電が滞留し、常に無表情だったその顔は激情に駆られ。面影はもはや無い。

 

この世界における終末が始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「俺、は――?」

 

 

気付けば横になっていた。

見れば、毛布を掛けられているようだ。

誰かが寝かせてくれていたらしい。

 

周りを伺えば見えるのは布の壁。テントの中のようである。

 

何故自分はここに、と考えたところで――

 

「あぁ、良かった。ようやく起きたのですね」

 

一人の少女が、テントの中に入って来た。

 

見眼麗しい少女だった。

 

白い洋服に青い該当。胸に付いた大きな黒いリボン。

美しい金の髪を同じ黒いリボンが結わえている。

 

安堵の表情を浮かべてる彼女の整った顔立ちは碧の眼が特徴的で、いつまでも見ていたい衝動に駆られる程に美しかった。

 

「? 大丈夫ですか?」

 

「……あ、ああ。大丈夫」

 

訝しげな少女の問いに簡潔に答える。

 

「俺は、倒れていたのか?」

 

「覚えていないのですか?」

 

「あぁ、君と会った覚えは……ないな」

 

「そうですか……」

 

視線を合わせながら会話の中、気まずそうに目線を逸らされる。どこかホッとしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「その、貴方は私の目の前で突然倒れたんです」

 

その説明に何となく他意を感じるような気もするが、続きを聞けば、原因は栄養失調の類のようで。

 

一先ず倒れた自分を世話してくれたらしい。

 

「そう、なのか。ああ、ありがとう。助かった」

 

「――っ」

 

「どうかした?」

 

「い、いえ、何でもありません」

 

コホンと咳払いする少女。

 

では改めて。と一度話を区切り、

 

「はじめまして。私はモルガン」

 

自身の名を告げた。

 

「そしてここは妖精達の島、ブリテン。貴方の名前を教えてくれますか。見知らぬ方」

 

そんな少女、恩人であるモルガンの丁寧な自己紹介と質問に、応えない理由は無い。

 

「俺は(とおる)日本の、無限城って所から来た」

 

「トール。と言うのですね。よろしくお願いします」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「では、貴方の住んでいる国には、妖精はいないと……」

 

「ああ」

 

「しかし不死身の怪物に無限城ですか。聞いたこともありません」

 

お互いの情報の擦り合わせに入る。

モルガンはにわかに信じ難いと思いつつも、トールの言葉が真実である事を看破する。

 

日本という国に関しては()()()()()()()()()()()()()()()それはあくまで自分では無い為に、混乱させないよう知らない程で話を進める。

 

「ただ貴方の知識の中にブリテンという国は存在すると……」

 

「あぁ、俺にとってはイギリスって名前の方がなじみ深いけど」

 

モルガンはその情報を吟味する。

教えてもらった情報の限りではやはり彼は――

 

 

「となると、やはり貴方は、異世界からやって来たのかもしれません……」

 

「……そう、なんだろうな」

 

モルガンをしても俄には信じ難い話だが、彼は何処か納得をしているようで、酷く冷静だった。

 

「貴方は、ここにやって来た事に心当たりがあるようですね……」

 

「ああ。ただ……俺が、ここに来たのは事故だと思う」

 

「事故、ですか。その、詳細を聞いても?」

 

「――っ」

 

トールの表情を見て、

モルガンはしくじったと反省する。

何せ最初に見かけた時があの状態だったのだ。

 

ここに来る直前のあの状態を見れば、彼にとって絶望的なナニかが起こったことは明白だ。

 

辛い記憶は思い出すだけでも辛いもの。

ましてや口に出して説明するなど……

 

無理に話さなくて良い、と伝えようとしたところで、

 

トールは、絞り出すようにポツポツと喋りはじめた。

 

「俺は、元の世界で、1人になってしまって……」

 

――本当

 

「俺の世界は、別の世界の人達に管理されていて」

 

――本当

 

「管理している人達の世界に行って、どうにかしてもらおうと思って」

 

――嘘

 

「その世界に行こうとしたら、ここに来て……」

 

――本当

 

「気が付いたら君に保護されてた」

 

――本当

 

 

確認したい事は様々あった。

 

1人になってしまったとはどういう事か、友人や家族を失ったと言う意味か。

()()()()()()()1()()()()()()()()

 

別の世界の者が別の世界を管理するとはどういう事か。

彼にとっての世界とは家や土地や国単位を指しているのか、それとも、()()()()()()()()()()

 

管理者の世界に渡ってどうにかしてもらおうとしたというのが嘘というのはどういう事なのか。

 

そもそもその世界を渡る技術はどう言ったものなのか。

あの雷と関係があるのか。

 

聞き出したい事は色々あるが、これ以上問いただして、彼を苦しめるのも本意ではない。

 

彼がこのブリテンにとって害となる存在がどうか。

今の所はグレーだが。

それを判断する為に聞かねばならない事もある。

 

「貴方は、()()()()()()()()()()()()()

 

その質問に、彼はすぐには答えなかった。

眼を見開く驚いた反応を見せた後、彼は俯き、額を手で覆う。

 

 

「わからない……」

 

それが彼の答えだった。

 

「どうすれば良いかわからない。どうしたいか分からない」

 

額のみを覆っていた手は顔全体を覆い始める。

 

「ごめん、色々と突然で、、整理がついていないんだ……」

 

彼の言葉に嘘は無い。

その苦悩する様は問いを投げたモルガン自身でさえ、心痛くなる程だった。

 

無理も無いだろう。

そもそもとして充てもない異世界にやって来てしまったのだ。

そして、きっと彼は元の世界に帰れるとも、帰りたいとも思っていない。

 

少なくとも、何か企みがあるようにも()()()()

ひとまず、このブリテンを害しようとしているわけでは無いという事は判断できた。

 

「でしたら、何をしたいか、ひとまずは探してみてはいかがでしょう」

 

「え――」

 

それは、モルガンにとっては何気ない提案。

 

「……アテがないのでしたら、保護はさせていただきます。人間の住む集落に案内しましょう。私も受け入れてもらうよう取り計らいますから、」

 

彼にたいして出来る限りの提案を投げかける。

 

「事故とは言え、せっかく異世界であるこの妖精國に来たのです。元の世界に帰るにせよ、ここにいつづけるにせよ、このブリテンで今後の事をゆっくり考えてみても良いと思います」

 

モルガンの提案に、トールの瞳に光が宿る。

だが即座に困った表情を作る。

 

「迷惑、じゃないか?」

 

申し訳なさそうに発したのは、意外な言葉だった。

なによりその言葉に嘘が無いことも意外だった。

 

自分こそが一番大変だというのに、他人を慮るその気質は、この妖精國において、そしてモルガンにとって何よりも貴重なもので。

 

「いえ、そんな事は気にしないでください」

 

だからこそ、彼を放っておくことはできはしない。

 

モルガンは、腰をあげ、トールへと手を差し出す。

 

「改めて、よろしくお願いしますね」

 

トールは、一度迷いを見せながらも、何かを決意したのか、彼女の手を掴む。

 

「あぁ、よろしくたの――お願いします。モルガン、さん」

 

改めて世話になると言うことで意識をしたのだろうか。

ぎこちないその言葉に、モルガンは一瞬キョトンした後、思わず吹き出してしまう。

 

「フフッ、無理に言葉遣いを変える必要はありません。自然な言葉遣いで結構ですよ。トール君」

 

「あぁ、ありがとう。よろしく頼む。モルガン」

 

そのまま、モルガンに手を引かれ、トールは立ち上がった。

 

多少は、気持ちも楽になったのだろうか。立ち上がって尚覇気の無いトールだが、モルガンが最初見かけたよりはマシだった。

 

「ただ先に一つ警告しておきます。詳細は道中説明させていただきますが、私はある理由があって妖精に嫌われております。場合によっては襲われる事もあるかもしれません。100年に一度の厄災もいつ出てもおかしくない時期に入っています。精一杯お守りさせていただきますが、いざと言うときの事は覚悟しておいて下さい」

 

「……わかった」

 

気になる事は多々あるが、説明不足はお互い様だ。

トールは不信感を抱くことも無く、迷いなく答える。

 

そんな警告をあっさりと受け入れるように()()()トールに好感を感じつつも、素直すぎて、心配になって来てしまうモルガン。

 

まあ、そこのところはおいおい話して行けば良いかと、テントを片付ける。

 

「では行きましょう!」

 

こうして、短い間ではあるものの。

異世界から来たらしい人間との旅が始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「つまりモルガンは魔法使いなんだ」

 

「正確には魔術師ですけど」

 

「魔術に、魔法……あんまり差がわからないな……」

 

「気持ちはわかりますけど、聞く人が聞けば怒られますから気を着つけてくださいね」

 

旅の道中。互いのよもやま話を交わす中。そんな会話が始まった。

きっかけは、夜のキャンプの際、焚火に火を灯す際に、モルガンが唱えた魔術に興味を持ったのがきっかけだ。

 

極端に言えば、科学で再現できるレベルなら魔術。再現できないのが魔法であるらしい。

過去では火を灯すという魔法が、現代では魔術となる。どうやらそれは呼び方のみならず、魔術的価値——神秘に影響があるらしい。

知識の無い身からすれば魔法だろうが魔術だろうが火を灯すことに変わりは無いが、彼女達にとっては重要なのだとか。

 

ガスコンロもなさそうな妖精國で魔術の定義がどうなのかはわからないが、少なくともトールがいたセカイでは、大半の魔法は”魔術”扱いになるのだろうか。

 

「トール君のセカイには魔術のようなものはあったんですか?」

 

当然ながら、こちらのセカイの話題にもなる。

 

魔術。と言われれば、凶暴化した人間の中にもそういった技術を使っていた者もいたかもしれないが、会話を交わしたことは無い。

 

だが、倉庫(アーカイバ)から仕入れた知識ならある。

 

「魔女の一族だなんて言うのは歴史の影ではいたらしい。1分間の幻影を見せる『邪眼』使いなんてのもいたんだとか」

 

邪眼、目を合わせた人間に1分間の幻影を見せる力。

術者のセンスにもよるが、夢を夢だと気づかせないままにかける事のできるその幻術は、ただの幻ではなく、脳に直接作用する力だ。

人間は脳に支配されている存在である。例え肉体に損傷がなくとも、脳が直接傷つけられたと認識すれば、実際に傷ができたという一例が存在する。

邪眼を使い、死の幻影を見せれば、かけられた対象は、死を免れることは出来ない。

非情に便利な力だが、様々な制約があり、その禁を破れば、セカイの根幹に影響するようなデメリットもあると言うデータがあった。

 

「成程、では魔術師のような存在は少なくとも歴史の表舞台には出ていなかったという事ですね。ふむふむ成程。なんとなくわかってきました」

 

魔術の事、トールの世界での科学技術の進歩具合。

そんな話をするうちに気づいたことがある。

何というか、ファンタジー世界でありがちな、車や飛行機なんかの技術に興味をもつような素振りが薄い。

話を聞く限り、妖精達に出来ない事は無く、そういった意味では必要のない技術故なのかもしれないが。

少なくとも、モルガンの反応にはそれ以外の理由を感じる。

異世界から来たことに関してもそこまで追求してこないというか。

あるいは、俺が来た時の状況から鑑みて、気を使ってくれているようだが、それにしても、そういった点に関して興味があるようにも見えない。

 

そんな話の中、彼女の希望で、一つ寄り道をした。

 

「先日、雲も無いのに、ここに雷が落ちたんです。ちょうどトール君を見つけた数日前の話なんですが、心当たりはありますか?」

 

目の前には落雷の跡。

凄まじい衝撃があったのだろう。

地面が衝撃で抉れており、大きなクレーターが出来ていた。通常の雷ではありえない現象。

 

ご丁寧にその中心部。明らかな焼け焦げがあった。

それは特殊な形になっており、明らかに、仰向けに倒れた人の形をしていた。

 

心当たりと言われれば当然ある。

何となくそこに合わせて、寝てみた。

 

「あの、突然なにを――?」

 

モルガンがこちらを見ながら何をやっているんだと、言いたげな視線を送られる。そんな馬鹿を見るような目で見ないで欲しい。

 

焦げに体を合わせてみれば、完全に形が一致した。

 

 

「……俺だな」

 

「ですね……」

 

形は完全に一致した。

 

その後、夜も更けて来たので、キャンプの準備を終えたところで、トールの力の話になった。

 

自身の体を発電させる。

 

掌に紫電が走る。

両掌を剥き合わせ、その間に電流のイルミネーションを作り出した。

 

「雷の力……」

 

「俺は、人間に流れてる生体電気を自由に操れる力を持ってるんだ。俺が、ここに来る直前、この力を使っていたから、その影響かもしれない」

 

「成る程。異世界から渡る際、トール君のこの力が副作用的に働いたのかもしれませんね」

 

安心しましたと喜ぶ彼女をじっと見る。

 

「?どうしました」

 

「いや、その雷の力の事、あんまり聞かないんだなと思って……」

 

何せ異世界からの来訪者。しかも特殊な力を持っているのだ、怪しむのは当然だし、安全の為、問いただすべきだろう。何故この力を持っているのかとか、異世界へ渡る技術だとか。

 

その問いに、彼女は優しげな表情を作り出す。

 

「いえ、雷の力は確かに気になりますが、話す気がなければこちらも無理やり聞き出そうとは思いません。トール君がこの國を害する気は無いという事はわかっていますから」

 

(本当に優しい()なんだな……)

 

それだけでは無い。この気遣い。彼女はまるで心を読んでいるかのようだ。

 

この雷。雷帝の力。ここに来る前までは、あの時からずっと、誰かの役に立つ為の力だと信じていたが、今となってはその出自からして悍ましい。この力を、今は好きにはなれなかった。

隠すつもりはないが、あまり思い出したくもなければ口に出すにしても辛い。

何より、この事実を話した時に彼女に嫌われるのが怖かった。

 

彼女は、俺のそんな心情を察しているのか、様々な事について、深く聞こうとはしなかった。

 

彼女の優しさは、彼らを思い出す。

結果偽物ではあったが、あの時の楽しいという思い出は、俺にとっては確かなもので。

 

どうにかして、彼女に恩を返したい。彼女の役に立ちたい。そう考えるようになっていた。

 

そんなある日の事だ。

 

モルガンの案内で、人間の集落に向かう途中。

 

悍ましい、獣の咆哮が、響いた。

 

「――っそんな、前兆も無いのにいきなり厄災が……!?」

 

その咆哮に心当たりがあるのか。

何らかの気配を察したのか。

モルガンは1人叫ぶ。

 

今の方向はさほど遠い場所でも無いようだ。

俺たちが歩いて来た道の途中。

雷が落ちたであろう場所の方。

咆哮はそこから届いていた。

 

そして、その音だけでは無い。國に来たばかりのトールでも感じられる程の悍ましい()()()の気配が、その方向から届いていた。

 

 

「トール君、連れて行くと言った手前申し訳ございませんが、一度お別れです」

 

モルガンによる当然の提案だったが、トールはさしてその指示に疑問は抱かなかった。

だが詳細は聞いておきたいと問いを投げかける。

 

「……何が起こったんだ?」

 

「厄災です。100年に一度、この土地を滅ぼそうと現れる極大の呪い」

 

「モースのもっと大きいやつみたいなのか。獣の声みたいな感じだったけど」

 

 

モースに関しては、ある程度話を聞いていたが厄災については、そこまで詳細を把握してはいなかった。

呪い。トールの知識ではブーディストという集団による呪術が思い浮かぶ。

彼らの放つ術は基本は形を持たないものだ。

あのように咆哮を上げるなど、理屈が理解できなかった。

 

「厄災は色んな形で現れますから。形は見てみないとわかりませんが、今回はそう言った厄災なのだと思います」

 

説明している間に、再びの咆哮が響く。

 

「トール君は、そのまま目的地の集落の方向に逃げて下さい。私は厄災を払った後で貴方を追いかけます」

 

咆哮が響く方向とは反対側を指差し、指示を出すモルガンに、トールは待ったをかける。

 

「……君は逃げないのか?」

 

「えぇ、このまま厄災を放っておけば、妖精達も殺されてしまい、この土地も滅ぼされてしまいます」

 

迷いなく答えるモルガンにトールは疑問を抱く。

妖精に出会った事は未だ無いが、彼女は、自身を嫌い襲いかかってくる事もあるらしい、妖精の為に戦おうと言うのだ。

 

「姿は見えないけど、素人の俺でも分かるくらい嫌な雰囲気だ。土地の呪いなんて、一人で相手をできるようなものなのか?協力してくれる仲間は?」

 

「……いません。前に言った通り私は妖精達に嫌われておりますし。人間ではどうにもなりませんから」

 

「なんで、そんな一人で……自分を嫌ってる妖精とやらの為に戦う必要なんて……だって、その、別に報酬が貰えたりするわけでも無いんだろ?」

 

「ええ……」

 

モルガンは一度考える仕草をした後。

 

「でも、それが、私のやりたい事ですので――」

 

そう迷いなく答えた。

 

「――っ」

 

その碧の目には、強い決意が灯っていて。

 

「大丈夫です! こう見えて、私は厄災を何度も払って来た『楽園の妖精』ですから!」

 

トールはその力強さに圧倒され。動くことができなかった。

 

「では、また後で会いましょう」

 

別れの言葉と共に、厄災の方へ駆けていく彼女を、トールはただ黙って見送るだけ。

 

「俺、俺は……」

 

指示された場所に逃げることも無く。

かと言って、彼女が進んだ方向へ進むことも無く。

ただその場に立ち尽くすのみだった。

 

 

 

 

 




邪眼(Getbackersより):美堂蛮の持つ魔眼(?)本人曰く。中世ヨーロッパでは割とポピュラーな能力との事。目が合った瞬間1分間の幻影を見せる。現実では一分間だが、描写される内容から判断するに、かけられた側の幻影の内容は明らかに一分どころではないので、脳の体感すら操っている節がある。

見せる夢の内容にもよるが、かけられた本人は邪眼にかかった事にすら気づかない。
丸々一話邪眼の内容だったりすることもあるので読者にもどっちかわからない。

本編では、美堂蛮の人柄もあってか、邪眼によって即死する者はいないが、廃人になった者はチラホラ……

美堂蛮は、基本的に戦闘において使用する事は無く、逃走に使ったり、ギャグに使ったり、牽制目的で使う場合が多い。対象にとって良い夢を見せる事で、救いを与える事も多い。

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