世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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はじまり

「う、あ、クソ…」

 

体に力が入らない。

 

立ち上がることができない。

 

腹部にあいた大穴が、原因なのは明白だった。

 

 

戴冠式。あの日に全てが狂い始めた。

 

 

ブリテンの平定の要であった騎士達。彼らは毒殺され、その罪を被せられた彼女と自分は逃げ出した。

 

結論から言えば、その逃亡は失敗した。

 

魔術の天才である彼女だけならば何の苦労もなく、逃げ出せたかもしれない。しかし戦いの知恵と力しか持ち合わせていない自分にはそれができなかった。

 

この世界の人間ではないからなのかは分からないが色々な魔術が――魔術に限らず、呪いなどの類も含めてだが――自分には効きづらいのだ。

 

逃亡に使えそうな幻影の類が効きづらい。相手にこちらを見えなくするような幻影の魔術を使ってもポッカリと自分だけ浮いてしまう。

 

だからこそ、魔術やそれに近い能力だけの敵には圧倒的だった。

 

だが、今回、自分を追い詰めているのは魔術等とは全く関係のない相手だ。

 

男を追い詰め、襲いかかるその爪はライネックという獣人のもの。その武器は圧倒的な力から繰り出される牙と爪。

 

魔術や呪いの類とは全く関係のない、物理的な死の奔流が迫る

 

一度、トネリコとのブリテン平定の折、死闘を演じ、その時は勝利してみせた。

 

人間にはない、あの爪もあの牙も、確かに早く、力強いが、勝てないという程でもなかった。

 

ライネックの戦闘は本能を剥き出しにした暴力的な物だ。対等な相手もいなかったのだろう。技を磨き続けたような研鑽による強さではない。

 

であるならば、たとえスペックが劣っていたとしても、どうという事はない。そもそも、身体能力という観点で言えば劣ってはいないのだ。

違いは爪と牙の有無と体躯の形の違いのみ。

 

逆に言えば、本能のまま、大した戦略もないまま、このレベルでの戦闘ををこなすのは驚愕に値すると言ったところだが、自身の戦闘経験がその戦いを互角、あるいは優位に運ばせていた。

 

戦いはチェスのようなもの、とある男が言っていたが、まさしく当時の勝利はそこが根底にあった。

 

 

 

 

力強く振われるその爪をその手首を弾く事で回避する。強靭な肉体から放たれる上段蹴りを、体を後ろに反り、そのまま背後に倒れ込んで、掌で地面に着地、体を縮め、バネのように解放する事で、下からのドロップキックで胴体を蹴り飛ばす。

 

片手でパワーが足りないのであれば加速をつける。防御しきれなかった衝撃を利用する事で攻撃の加速に使う。

細かいフェイントを入れ、手数を増やす。

 

ライネックの爪による攻撃は、腕を振るった事すら気付かせない程のスピードで、常人であれば理解が及ばないモノに見えていたかもしれない。

しかし、トオルもまた常人とは言えない能力の持ち主だ。

 

前回と同様、戦いは苛烈を極め、お互いに無視できない傷が増えていく。

 

ただ、今回ばかり違うのは、お互いに戦いを望んでいなかった事だ。

 

ライネックにとってもトオルにとっても、できるのであれば、お互いに傷つけたくないと思っていた。

 

それ故にその戦いは精細さを欠いていた。

 

 

 

 

 

 

 

ライネックにとって、一度目のこの男との戦いは、今思えば心躍るものがあった。自身は牙の氏族としての誇りをかけ、目の前の男、トオルはこの妖精國の調停の為に戦った。今思えば、愛する彼女の為というのが正確だろうが。

 

モースとも違う、他の妖精達とも違う。不可思議な動きとまるで操られているのではないかと疑うような戦術及び戦略の幅、その口から紡がれる言葉さえ攻撃の一種で、自身の力を流され、いなされるのは不快だったが、だからこそ戦い甲斐があった。

 

結果的には敗北したが、並ぶ者のいなかったライネックにとっては、得難い経験で、自身はまだ強くなる余地があるとも気付くことができた。次にやり合えば勝てる。とも思っていた。このままお互いに成長出来るかもしれないという希望があった。

 

それは、ライネック本人に自覚はないものの、基本的な性質が変化しない妖精という存在にとっては得難いものだった。

 

 

 

だが今は、目の前の男との戦いが苦しかった。

 

異変を感じ、戴冠式に駆けつけた頃には全てが遅く、彼らは、逆賊となっていた。この國を取りまとめる騎士達を毒殺したという話だ。

 

だが、それは他の妖精達による謀だと言うことは分かりきった事だ。

 

今すぐにでも彼を庇い、味方をしてやりたい。だが自分達は妖精側、そして逆賊という謗りは妖精全体の共通認識となってしまっている。

 

立場上、断ることが出来ないのだ。明らかに戦闘を避けた場合自身の氏族がどういう扱いを受けるかはわかりきっていた。

だからこそこの戦いは全力であると示さなければならない。

周りの妖精の目を騙しながら加減するという事は残念ながら不可能だった。

 

加減ができない自身が恨めしい。可能であれば、自身を退けて欲しいとひたすらに思う。

 

認め合えたあの時の戦いとは違う。お互いに、その表情には苦悩しかなかった。

 

望まない戦闘。かと言って加減することもできない。力は拮抗し、全力で殺し合う。

 

だが、戦いは苛烈を極めるが、ライネックの攻撃によって、相手が死ぬことは無いと確信していたし、彼もそう思っているだろう。

それ程に自分は彼の実力を信頼していた。そして信頼してくれていると感じている。

 

例え全力でやりあったとしても、自分の攻撃を確実にいなしてくれる。彼もまた同じだ。

 

だからこそ遠慮なく、力を出し合っていた。むしろ加減をした方が危険だとすら思っていた。

 

しかし、やはり望んだ戦いではないのだ。お互いに戦いたくはないのだ。その戦いへの拒否感は、どうしても、僅かながらも、その動きに制限をかける。

 

言ってしまえば、それが原因だった。

 

終わりのない攻防に変化が訪れる。

 

大きく、鋭利なものが肉を貫く音がした。

 

 

「――バカなぁ!!」

 

 

鋭利なものは自身の爪だった。貫いたのは彼の腹だった。

 

戦いたくなかったのだ、このまま自分を退いて、上手く逃げて欲しいと思っていたのだ。

 

その気持ちが戦いに綻びを生み出した。本来であればお互いに弾き、回避する。決め手にかける妙手同士のぶつかり合い。その果てに、どちらかの体力切れ。それが互いにとっての理想だった。

 

だが、戦いに対する迷いが、どうしようも無い悪手を生み出した。ライネックの攻撃は隙だらけのもので、彼にライネックを殺す気持ちがあれば、悪手を利用し、反撃の手でそのまま致命傷を与えられるような、戦闘を決定づける最悪の手。

 

男の方も戸惑った。戦闘経験上手加減はライネックよりも得意だが、それでも、戦いの中、コンマ1秒以下の思考の中で、その悪手に反応せざるを得ない。

 

しかし、ライネック同様、相手を殺したくなかった彼にとってもそれは望んでいない事だ、お互いに加減ができない間柄だからこそ、加減が効かない自身の反撃を全力で止めることに終始した。

 

そのお陰で、本来であればライネックに死をもたらしたはずの悪手を回避する事は不可能だった。

 

結果的に言えばライネックの敗北を生むはずの悪手は、彼、トオルの敗北を決定づける良手となった。

 

 

「ああ、あああああぁ、何故、何故だぁ!」

 

――何故攻撃を止めたのだ……!

 

 

この状況はこちらが全部悪いのだ、自分達妖精の誰かが起こした事なのだ。

 

その犠牲者でしかないお前が、何故手を止めたのだ――!

 

 

ライネックはむしろ自身を倒して欲しいとすら思っていた。あの時の戦いで、命を拾われたと思っていた。見逃され、協力の申し出を受け、生き残った今では、トールの行く末を見守っていきたいと、その上でいつかはこの男を越えたいと、そう思っていたのに。

 

それなのに、それなのに何故――!

 

 

「何故私を殺さなかった――!!」

 

 

戸惑いにより叫ぶことしかできず、動けないライネックの代わりに、後ろに下がる事でトオルはその腕を腹から引き抜いた。

赤い液体がこぼれ落ち、栓を抜いた葡萄酒のように勢いよく地面に広がっていく。

 

腹に穴を開けた男は、苦しげに口を開いた。

 

「だって……さ、友達だったからさ……」

 

口から血を吐き出しながら、喋る男の目から涙が溢れていく。

 

「今まで、友達って……いなかったからさ、初めての友達だったんだ……君や、あいつがさ……」

 

その言葉に感情が昂っていくのを感じる。目から熱いものが垂れ流れるのを止めることができない。

 

男の手が放心しているライネックの頭に触れた。しつこいぐらいに撫でさせろと言ってきたが、いつもその手を払いのけてきた。

今の今まで触らせる事を許さなかった。気恥ずかしかったのだ。

 

この男とは常にそういう関係だった。戦いを経て認めはしたものの、いつも罵り合っていた。からかいあっていた。

 

その男に初めて、触れられた。トネリコのものとは違う、硬い手だった。

だがその撫でる動作はトネリコよりも優しくて、弱々しかった。

 

 

「きもちいい、な……もっとさわってみたかった……」

 

 

 

「ああ、あああぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

「ライネックのせいじゃ……ないからな、」

 

 

死にかけてなおこちらを気遣う強くて優しい男。人間としてはあり得ないほどに強い男。

 

 

「トネリコを…モルガンを頼む――」

 

 

その男は、たたらを踏んで、後ろに倒れこむ。

 

その背後には崖があった。

 

 

「ま――――」

 

 

 

放心していたライネックの制止を許す事なく、崖を飛び降り、下の激流の中に飛び込んでいった。

 

直後、凄まじい咆哮がその場に鳴り響いた。

 

その咆哮には悲しみが篭っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「は、あ……」

 

トールは運よく海岸に流れ着き、再び海に流される事のないように、波の届かないところまではいつくばって進んでいく。

 

腹の傷は致命傷だが死ぬとは思っていなかった。

 

ひと眠りすれば、少なくとも立ち上がるくらいはできるだろうと思考する。

 

寝ている間に誰かに見つかるかもしれないが、まあ、その時はその時だろう。

 

滿汐を計算し、海に投げ込まれなさそうな場所まではいつくばって移動する。

 

そろそろ意識も限界だった。もう眠ってしまおう。

起きたら、トネリコを、モルガンを探せば良い。

そう考えた矢先、頭に謎の情景が浮かんできた。

 

「これ、は」

 

見たこともない建物の中で惨殺されかけている女性が一瞬映り、次いで、こちらを見て涙を流している蒼い瞳の女性を映し出す。

 

その頬にあるのは、何度も見ている自分の手だ。

 

『女王モルガン』『予言の子』『異邦の魔術師』

 

頭の中にながれている情報は映像となり単語となり文章となり、記憶となった。

 

その情景を見終わった頃には全てを理解した。

 

今眠ってしまった場合どうやら自分は2000年以上目覚めないらしい。

 

その結果、異邦の魔術師のクーデターによって國は荒れ、圧政を敷いたモルガンはその混乱を利用した妖精達の反乱を受け、虐殺寸前までされるらしい、遅れるに遅れた自分が介入をしたものの弱った状態で尚傷を受けた事によって、自分は死んでしまうようだ。

 

 

この情報が本当かはわからない。

だが、過去、偶然にも記憶の共有をした時に知った。汎人類史のモルガンのした行動に状況は一致する。

 

となればこの情報を流したのはモルガンに他ならない。

 

つまり――

 

「モルガン……」

 

 

ますます眠るわけにはいかない。

このままでは、命をかけたモルガンの行動が無駄になる。

 

だが、今この場ではどうにもできない。

気合で立ち上がれるほどの傷出はない。

 

唯一、この状況を変える策はある。だが、下手をすればこの世界との永遠に分かれる可能性がある方法。

 

だが――他にどうしようもない。

 

 

 

俯せだった体を反転し、仰向けに寝転がる。

体中から電気エネルギーを生み出していく。

 

バチバチと鳩走る紫電はやがて数字を羅列した立体画像を空中に出現させた。

 

その雷は創造者達によって与えられた。創世の神として君臨した男の力と同じもの。

 

 

 

滅びの確定した世界のバックアップを作る為、並行世界すら内包した世界そのものを作り出した自身の創造主達。

 

その集団はブレイントラストと言われる人間達だった。

 

 

神のごとき偉業を成し遂げた彼らはバックアップ世界の反乱という一つの失敗を経験した。殆どの人間はその世界を運営することを諦めたが、一部の者達はその限りではなかった。諦めきれなかった者達は反乱が起きた世界とは別の世界を作り出した。

 

だが、それも失敗だった。

 

当然だ。世界の創造はブレイントラストのメンバーが全員いたからこそ成し遂げることが出来たのだ。いくらコピーデータを用いようと。その世界に綻びが生まれるのは当然の事だ。

 

バックアップとなるはずだったその世界には元の世界とは異なる怪物が現れ始めた。

人間も凶暴性を増していき、もはやまともな世界とは言えない失敗作と化した。

 

すでに、新たな世界を作り直すリソースも存在しない。

 

故に残党が選んだのは、その世界の住人というリソースを使ったリセット。

 

それに選ばれたのがトールである。

 

だが結局その試みも失敗し、最終的には、半ば事故のような形で、トールをこの異世界へと辿り着かせた。

 

今まさに、同じ事をやろうとしているのである。

 

このまま眠ってしまえば2000年の眠りにつき、同じ事が起こってしまう。目覚めた後の行動を変化させればとも思ったが、いくらシミュレーションを重ねても、思うような結果を得ることはできなかった。

 

希望が無いわけでは無い。

 

自身の創造主たちは世界を作り出す程の力を持っているのだ。これから行く異世界にもそういう技術や、時を渡り、世界を自由に渡るような力を持った者がいるかもしれない。

 

もちろん、その先で死んでしまう可能性もあれば、二度とこの妖精國に戻ってこれない可能性もあるだろう。

 

だが、少なくとも、今のこの状態よりは有意義と言えた。

 

ロジックを組み立てる。それに従って自身の中にある電気エネルギーを操作していく。気絶しそうだが、どうにか気合で意識を押し留める。

一度やったことだ。二度目であれば簡単だった。

体中から紫電がほとばしり、雷の奔流円を形作る。

さらにプラズマが中心に生み出され、拳大だったそれはみるみる内に大きくなっていく。

 

やがて、広がったプラズマは急激に収縮し、消え去り、その代償とばかりに一瞬で、目の前に黒いワームホールが出現した。

 

なんの工夫も変哲もないないただの黒い穴が空中に現れた、それは、だからこそ異様な雰囲気を放っていた。

 

中に何があるかは把握することは出来ないが、前回と同じという安心感に、戸惑いは無かった。

 

その穴に向かって、再び俯せになり、這いつくばって進んでいく。

 

 

「絶対に戻る。どれだけ時間がかかっても」

 

 

決意の言葉を最後に、彼、トオルは一度、この世界から消失した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……っ」

 

妖精國に来た時と同じだ。間抜けな声で穴から這い出し、地に這いつくばる。

 

下の地面の材質は鉄かコンクリートか、整備された文明的な地面のようだ。

 

一抹の希望が生まれた。

 

仰向けになって様子をうかがう。

 

足元の先を見れば、複雑な機械につながった、青いキューブが見える。

 

不思議と目を引くその物体は、ファンタジーの集大成のような妖精國ですら感じなかった凄まじい力を内包している事が見て取れる。

 

 

 

それを訝し気に眺めていると、やがて、上から自分をのぞき込む者と目が合った。

 

「君は、人間か?」

 

それは人間だった。黒人で、黒いレザーコートを羽織っており、左目の眼帯が特徴的な男だった。

 

「……」

 

言葉を選びながら周りを見渡す、こちらを警戒しながら銃を構えている者が数人、その背後には様々な機械が並んでいる。

 

一目見るだけで高度な機械だとわかる。その周りには白衣を羽織った研究員のような者達がこちらを注視していた。

 

ひとまず、意思の通じる世界だと判断し、安堵する。

 

十分に思考し、かけるべき言葉を選択していく。一瞬の思考の後、こう投げかけた。

 

「悪いんですけど、電気を分けていただけないでしょうか――」

 

妖精國を救うため、モルガンを救うため、始まった異世界冒険。それが最初の言葉だった。

 

 

 




ブレイントラスト:科学や魔法分野などに限らず、ありとあらゆる人類の叡智を終結させた集団。自分達の世界が滅びると予測し、ならバックアップを作っちゃお!と言って、マジで作れちゃったやばい奴ら。

眼帯の黒人:長官

トオル:最強系主人公。SHIRO育ち。ただし今の所負けっぱなし。設定上は最強。設定上は。

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