世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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今回最大のアンチ。ヘイト要素となっております。

度々警告はしておりますが、改めて、そういったものが苦手な方はご注意を。


過去(バッドエンド)編
オベロン


「ハンバーグにかける時のソースって皆何が好き?」

 

食事をしながら、今後の旅の作戦を練ろうと話し始めた矢先に、突然、青年。透がそんな事を言い始めた。

 

「あのねぇ、透? いまから真面目な話を始めようって時に話の腰を折るのはどうかと思うよ」

 

「逆だろオベロン、こんな飯時にモルガンを殺すだのなんだの辛気臭い上に堅苦しい話をする方が問題だ。飯がまずくなる」

 

呆れたように苦言を呈すオベロンに対して、あっけらかんと反論する透。

 

彼は度々こういう不真面目な時があるが、それはそれで正論ではあった。

 

「あ、あの、私は別に肩は苦しくないので!」

 

「うんうん、ホープは可愛いなぁ」

 

「え?……あう……」

 

そういって一同を癒してくれる右隣にいるホープの頭をなでるトール。

それを見やってハッと何かに気づいたように透の左隣に座るアルトリアが思い切り立ち上がった。

 

「私! 私も!肩はダイジョーブ!!」

 

「アルトリアはそうだろうな」

 

「どういう意味だソレー!!」

 

「冗談だって!」

 

憤慨するものの、どうどうと頭をぽんぽんと叩かれ、アルトリアは赤面しながら大人しくなる。

 

既に今後の方針を真面目に語る空気ではなくなってしまった。

 

「で?何ソースが好きなんだ? アルトリアは?」

 

「私は断然デミグラス!! ホープは?」

 

ふんすと鼻息荒く答えるアルトリアは、ホープへと話を投げる。

 

「私は、その、オーロラ様ソースが、好き……かも。えへへ」

 

恥ずかしそうに答えるホープ。わざわざ別の物なのに、様付けをする辺り、やはり風の氏族と言ったところか

 

次に答えたのは藤丸立香だ。

 

「俺は、おろしポン酢かなぁ」

 

「お、いいねぇ。日本人の和の心って感じ?」

 

「あはは、まあね。トールさんは?」

 

「俺はガーリックソースだな。思いっきしガツンと来るのが良い!」

 

「ハッ」

 

透がそう答えた途端オベロンから失笑が漏れた。

見れば、オベロンは意地の悪い笑顔を浮かべ、

 

「迷わず臭いがキツイものを上げる辺り、君の女性遍歴が伺えるねぇ」

 

先ほどのお返しとばかりに、からかうように話の腰を折った。

 

 

度々起こるこのやり取り、オベロンがからかい、トールが怒って飛びかかり、じゃれあい始める。

 

「なんだとクソ虫!」からのそのやり取りを誰もが予測していたのだが、しかし、透はいつもよりも大人しかった。

 

 

 

「うぅ、グスッ」

 

「トール君!?」

 

何とみっともない程に大げさに涙を流していた。鼻水のおまけつきだ。

 

「え?え? これマジ泣きかい?」

 

これは想定外だったらしい。あのオベロンが動揺している。

 

「どうぅっぅぅぜぇぇ、俺は童貞だよぉぉぉぉぉ!!」

 

「と、透さん!? おちつ、落ち着いて!! そんなに気にすること無いですよ!!」

 

「うるぜぇ、上から目線でなぐざめんなこのクソヤリチン野郎!! マシュだけじゃなく。めちゃくちゃ女を侍らせてんの知ってんだぞ!!」

 

「ヤリチン!? いやいや! 侍らせてるわけじゃないし! そんな事全然してないって!!」

 

「あっはっは! 可哀想に! その年で女性経験がないのかい? むしろ珍しいくらいだねぇ!誇るといいよ!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

遠慮の無い追撃に、透はさらにみっともなく涙を流す。

 

「だいじょーぶだよトール君!! 私ニンニク臭いのとか気にしないから!!むしろその匂いでごはんとか食べれちゃうから!!」

 

「アルトリアは何を言っているの!?」

 

「そのトールさん、元気を出してください……トールさんは素敵な方です。希望はきっとありますよ。ホープだけに……あはは、このあいだ教えてもらったジョークです」

 

「カワイイ」

 

「うん、カワイイ」

 

「すごくカワイイ」

 

「馬鹿ばっかだなぁ」

 

これは、かつての記憶。過酷な旅の中にあったどうでもいい日常。物語に入れる価値の無いような、なんてことの無いやり取り。

 

誰にとっても輝かしかった。穏やかな日常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最期の記憶はオベロンとの対話。

 

異聞帯は間違った歴史であり、汎人類史から来た藤丸立香達は、ブリテンを救うと言いながら、結局の所、本当の意味で救うつもりはないと。

彼らにとっての救済とは予言を成就させ。”正しい歴史のブリテン”に戻す事だと。そう言った。

 

そして、それは、”今のブリテン”の滅亡に他ならないと。

 

アルトリアも反乱軍も。結局の所救済という名の滅びの為に踊らされているのだと、そう言った。

 

そのせめてもの救済措置として彼らが明示しているのが、妖精500人の移住。

 

モルガンを殺せば、結局ブリテンは滅びていく。

 

彼らはその後のブリテンの事など考えもしていない。

 

女王モルガンの圧政の理由も考えないまま。予言成就の最期を考える事もしないままだと。

 

タチが悪いのは、自身を悪と微塵も考えず、本当に自身の行いを妖精國にとって良い事だと考えている。

自身を悪だとも思っておらず、本気で、それこそがブリテンの救いだと思っている事。

 

そんなはずは無いと、思っていた。

だが、彼らがその単語に関して極力こちらに聞こえないよう計らっている事は感じ取っていた。

 

思えばすべての流れが異常だったのだ。

 

ハベトロットの言う通り、預言にはどこにもモルガンを殺せ。などと書かれていない。にもかかわらず、カルデア全員が不思議な程に、モルガンさえ殺せば解決だと。

それさえできればその後の統治はどうでも良いかのような反応だった。

 

この旅路で、妖精という存在の問題点はいくらでも浮き上がって来たというのに。

 

妖精國を救い、その後の平和を望むものとは思えないその態度。

クーデターを起こしながら、その先は知った事ではないというその態度に、違和感は確かにあったのだ。

 

だが、その全てを信じる気は無い。

 

だから自分で調べるのだ。

 

ここが、カルデアの用意した医療施設だという事を把握する。飛行船だろう。空中にいる感覚が体を包む。だが、不思議な事に施設は暗く。飛んでいるというよりは何かに吸い込まれいるような感覚だった。

 

 

 

 

壁にある丸窓から下をのぞけば――

 

 

 

 

そこには、ありとあらゆる建造物が崩壊し、ブリテンの大地が剥がれ、その一部や妖精が、空へと舞い上がる光景が広がっていた。

 

 

 

 

――吐き気を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

四つん這いになり、床に吐瀉物を吐き出す。

 

何だこれは、目覚めたと思ったら、故郷が滅んでいるなど、ありえない。

 

――滅べ

 

何故こんなことに

 

――滅べ

 

頭痛が止まらない

 

――滅べ

 

頭の中に何かが響いてくる。

 

――滅べ

 

 

施設の壁を力づくで引きはがし、内部にある夥しいケーブルを鷲掴む。

 

身体の電子を操り、この施設に電気を通す。そして施設のハッキングを開始する。

 

この施設にある電子データを閲覧し、建物の概要を把握する。電子を操り、カルデアの組織形態。技術。そしてこれまでの記録を閲覧し、ボーダー内の音響設備を駆使し、設備内の会話履歴すらも盗み取る。

 

一瞬で、全てを理解し、そして、オベロンの言っていた事が間違いでは無かったと把握する。そしてアルトリアが犠牲になったことも全て――

 

――滅べ

 

既に、冷静さは失っていた。

 

――滅べ

 

体中の電子を操り、電子風を飛ばし周辺全てをスキャンする。

 

――滅べ

 

 

施設内の全ての人間は昏睡しているようだが、一人、いや、人間でないものを入れればもう数人、生命の鼓動を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈落の虫と呼ばれる。渦の中。

ブリテンの大地が吸い込まれ、無限に落ちる奈落の空洞。

ストームボーダーの上に、藤丸立香とマシュ。そしてオベロン・ヴォーディガーンと聖剣として覚醒したアルトリア・アヴァロンが対峙する。

 

まさしく最終決戦の最中。そこに珍客が現れた。

 

雑に切りそろえられた黒髪。妖精國には似つかわしくないTシャツにGパン。

 

これまで、妖精國を共に旅し、そして、中盤で謎の昏睡状態に入った、青年。

 

トールだった。

 

「ここにいたのか……」

 

「トールさん?」

 

その名を呼んだのは藤丸立香だ。まさかの登場に動揺は隠せない。

 

それはマシュも、アルトリアにとっても同じ事だった。

 

元よりいつ目覚めるかもわからない昏睡状態だった人物である。

 

さらに、奈落の虫の効果によって、目覚める事でできないはずなのに、何故突然目覚め、ここにいるのか。

 

そう考えていた一同だが、その中で唯一、オベロンだけが彼を歓迎しているようだった。

 

この異常事態に、ゆっくりと立香へと歩みを進める透に、オベロンは気さくに声をかけた。

 

「やあやあ、失意の効果なんて君には無いだろうに、思ったより遅い目覚めだったねえ。」

 

その様子に、アルトリアはこれも企みの一つかと睨みつける。

 

「オベロン。あなた」

 

「俺は彼に何もしちゃいない。汎人類史と異聞帯の真実を伝えて、その後少し眠ってもらっただけさ。まあ、彼には俺を認識しない為のオマケはしておいたけど」

 

「汎人類史の真実——?」

 

まさか、とアルトリアの脳裏に最悪の展開が思い浮かんだ。

 

「いけない!」

 

「おっと、アルトリア。俺に背を向けて良いのかい?」

 

にやにやとしたオベロンの言葉に、改めてアルトリアは彼を睨みつける。

 

「事ここに至っては、俺達は傍観者。彼らの対話に、俺たちが乱入する権利はないんだよアルトリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を騙してたんだな」

 

「え……?」

 

既に、立香の目の前に立っていた透はそうつぶやいた。

 

彼の言葉を理解しようと立香が聞き返した時には、既に胸倉を掴まれ、押し倒されていた。

 

「透さん……!? 何を――!?」

 

マシュがたまらず駆け寄るが、信じられない程の殺気に、体を一瞬強張らせてしまう。

 

「何が救済だ!! 最初から! ブリテンを救う気なんて無かったくせに!!」

 

「な――」

 

その叫びの内容に立香は目を見張る。

 

「何が異聞帯だ! 何が間違った歴史だ!! この國を維持していたのは他でもないモルガンだった!!」

 

「最初から、ブリテンが滅びるってわかってたんだよなぁ!! 」

 

言いながら凄まじい力で、立香の胸倉を持ち上げ、そのまま床に叩きつけた。

 

「その為に、アルトリアまで利用して、お前らの武器に挿げ替えやがって!!」

 

後頭部を強打し、立香はたまらず痛みに声をあげる。

 

「止めてください!」

 

それを見かねたマシュが、心苦しくもその盾で透を吹き飛ばした。受け身も取らず、無様にゴロゴロと転がっていく透。

 

「大丈夫ですか!? 先輩」

 

「あ、ありがとう、マシュ」

 

2人のやりとりをよそに、透は幽鬼のように立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。

 

たまらず吹き飛ばしてしまったマシュの攻撃により、片足は折れ、歯は折れ、鼻血は垂れ、目からは涙が垂れ続けていた。

その姿はあまりにも無様で、敗者の様相を呈していた。

 

そのような怪我にも関わらず、近づいてくる様が、逆に恐ろしかった。

 

「ずっと、ずっと騙してたんだな。俺を騙して、ブリテンの妖精を騙して、ロンディニウムの住民を騙して」

 

「違う。俺達は本当にブリテンを救いたいと…!」

 

「それだったら、この國を維持していたモルガンを殺した後、どうするつもりだったんだ?」

 

「――っ」

 

「お前等は武器だけ奪って帰っていくって言ってたけどな。その後ブリテンは結局どうなってたんだ? なあ?」

 

それはある意味では確信にせまる問いだった。

 

「空想樹ってやつがないから勝手に滅んでいった。違うか?」

 

「それは――」

 

「500人だけ妖精を連れて行って、ノアの箱舟を気取って、救ったつもりになってたか?」

 

足を引きずりながら、無様に、しかし確実に歩みを進める。

やがて透の体から雷が迸る。

 

「どうせ間違った歴史だからって、滅びは決まった世界だからって、モルガンが無理やり維持し続けているみっともない國だって、そんな國であがく俺達を、内心見下してたんだなぁ」

 

もはや透に説得は通用しない。

 

「何がモルガンは悪だ。正義を語って、クーデターを起こした俺達の方が、よほど、悪だったじゃなないか!!」

 

思考回路は既にショートし、インプットされた怒りのまま付き動く怪物となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を遠くから見ていたオベロンが感嘆の声を上げる。

 

「へぇ、体から稲妻が出てるよ。ただ者じゃないとは思ってたけど、電気ウナギの類だったとはねぇ」

 

「あなたは何をしたいのですか!?」

 

「別に? 何にも知らずに、救済の旅だなんて信じ切って。正義の皮を被った侵略者についていく彼が哀れで面白かったから、駒として使ってやろうと思っただけさ」

 

「あなたは――!」

 

「キミに怒る権利なんてないんだぜアルトリア」

 

過剰な演技を入れながら、オベロンは会話を続ける。

 

「キミも俺に同意してただろう。死したモノが生き続ける世界は、見苦しいって」

 

オベロンの冷笑は止まらない。

 

「彼は妖精國(故郷)と同じくらい君のことを愛していたのに、君が妖精國を見苦しいと切り捨てた。滅びの道だとわかっていながらモルガンを殺す旅を止めなかった。最終的には汎人類史なんていうもう一つの醜い世界の為に自害と来たもんだ」

 

その嘲笑にアルトリアは何も答えることが出来なかった。

 

「彼からしたら間違った歴史なんていう認定は、人理による勝手な理屈でしかない。彼、汎人類史でもロクな目にあってなさそうだったからねぇ。世界の醜さ認定で言えば、あいつからしたらトントンだ」

 

クツクツと相変わらずオベロンは笑い続ける。

 

「巡礼の旅を諦めて、モルガンに与しておけば、最低限の生活は望めただろうに。どのような形であれモルガンが死ねばブリテンはおしまい。彼にとって最悪の結末になるのは変わらない。せめて君が生きていて彼を慰めてあげれれば良かったのに、それすらも放棄した。ほら、彼をああしたのは君自身だろう?」

 

クルクルと腕をかかげ、オベロンは愉快そうにその場で回る。

 

「まあ、そうなるように誘導したのは俺なんだけどさぁ! いや本当、君達には感謝してもしきれないよ。おっと、誘導したのは俺だけど、他でもない人理の為にモルガンを殺す選択をしたのは君達だ。楽園と人理の操り人形として身を捧げ救うと称して、彼にとっての”滅び”を呼んだのは君達なんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が人理だよ……」

 

パチリと一瞬、彼の体に電気が走る。

 

「何が使命だよ……」

 

それは徐々に強くなっていく。

 

「なあ、返してくれよ」

 

「透……さん」

 

「お願いだからさぁ」

 

身体中に稲妻を迸らせながら、折れた足を引きずって藤丸立香に迫っていく。

無様に歩く姿に、大して脅威は感じられないが、その姿を見た立香の顔面は蒼白になっていた。

 

「ブリテンを、アルトリアを、返してくれよぉ!」

 

力としては大した事は無いのだが体に流れる電流は無視できない。

透の接近をマシュは盾で受け止める。

力尽きて膝をつきながら、透はその盾に縋りつく。もはや何を目的に動いているのかわからない。

その盾を爪で引っ搔きながら、みっともなく喚き続ける。

 

「やめて……下さいっ」

 

その感触を盾越しに感じるマシュはたまらず声を上げる。

 

「お願いだから、頼むからぁ!!」

 

デミ・サーヴァントであり、妖精騎士としても覚醒している彼女に一切の問題は無い。

縋りつく力は想像以上に強く、透の爪は剥げ、指も数本折れ、その部位の肉はちぎれ。その盾に赤黒い汚れを残していく。

力強いが弱々しい、という矛盾。盾越しに感じるその独特な感触に、マシュの体は震えていた。

 

 

 

やがて力も入らなくなったのか、その場で透はうずくまり、喚き始めた。

 

「人を騙して、世界を滅ぼす手伝いをさせておいて! お前等は、自分の世界に帰っておしまいか!? 滅ぼした”罪を背負う程度”ですませようとしているのか!?」

 

透のお陰で楽しい旅になった。彼の明るさに助けられてた。そんな彼にもはや面影はなく、身を呈して他人を守るような、快活な姿はどこにもなかった。いまの姿はどうしようもない事を喚く子供のようで。

 

 

「うぁぁ……っ」

 

 

それが逆に自分のやって来た事の罪を浮き彫りにした。

 

藤丸立香は、確かに世界を滅す罪は持っていた。自分はきっと日常には戻れないだろうという絶望もあった。悲惨な運命に巻き込まれたという苦しみもあった。

だがそれでも、それでも生きる為に足掻いて前に進もうと、そう心に決めていた。

 

だが、そんな決意は身勝手なものでしかないと、自分が感じていたはずの、世界を滅ぼした罪とやらをどれだけ軽く思っていたのかと、改めて、ここに来て痛感させられた。

 

今までの旅で出会わなかった。世界を滅ぼされた本当の被害者の姿。

あるいは自分だったかもしれないその姿。

自分にはカルデアがいた。生き残り続ければ世界事救えるかもしれないというわずかな希望もあった。

だが彼は違う。世界を滅ぼされた悲しみを共有する者もいない。黒幕を倒して、世界が取り戻せるかもしれないという希望もない。

何より、その滅びを迎える為に、自らが協力していたというオマケ付き。

 

もはや泣き喚くことしかできない本当の被害者の姿が、そのあまりの無様さが、そのあまりのみっともなさが、どうしようもない程の絶望を体現している。

 

モルガンを直接殺したわけでも、ノクナレアを殺したわけでもない、立香達にとって、今回の闘いは、むしろ救ってやるくらいの気持ちだった。

だが、たまたま他の妖精がモルガンを殺しただけで、彼女を殺す最有力候補であったのは、間違いなかった。

モルガンを殺して世界を滅びに向かわせようとしていたのは事実なのだ。

 

ノクナレアの統治が成功し。全てがうまくいったところで、モルガンが死んだ以上、結局のところブリテンは滅ぶ。仮にノクナレアが妖精國を維持しようと同じ選択を取ったのならば、結局はカルデアとしては滅ぼさなければならない。彼が絶望に耽る未来になるのは変わらないのだ。

 

そんな立場の自分に彼の手を取るなどという傲慢な選択は出来ない。

藤丸立香は声を賭けることもできず。ただただ震えて彼を見続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「ほら見ろよ。君の言う、見苦しい終わった國に縋りつく。哀れな男の姿がアソコにあるよ。全くもって見れたもんじゃない」

 

もはや冷笑すらも収まり、冷ややかに無感情で透を見つめるオベロンに、アルトリアはうつむきながら歯を食いしばることしかできなかった。

 

「あーあ、思ったよりも情けなかったなぁ。拳の一つくらいはお見舞いしてくれるかと思ったのに。ただ泣きわめくだけなんてみっともない」

 

退屈そうに手を後ろにやるオベロン。

やる気がなさそうに、彼はアルトリアへと一つの提案をする。

 

「いいや、アルトリア。もう飽きちゃったよ。いい加減見れたもんじゃないし、君の手で彼を殺してやりなよ。安心してくれ。後ろからズブリ! なんて事はしないからさ」

 

「オベロン――!」

 

「おいおい怒るなよ、彼をあんなにしたのは君とカルデアって言っただろ? この妖精國の滅びは妖精達の自業自得だけじゃ成り立たない。間違いなく君たちの貢献によるものだ。そこは誇ってくれよ?」

 

フンと鼻を鳴らし、心底バカにしたように立香達を見つめた。

 

「そもそも最初から事情を彼に説明していればここまで拗れる事もなかったんだ。ハッ! 本当の出身が汎人類史だから後で説明すれば納得してくれるなんて、舐めた事を考えてたんだろうねぇ。彼にとっての故郷は間違いなくここだったのに、君が彼にとっての生きる理由だったのに。彼がああなったのも、妖精國がこうなったのも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが原因さ。まあ、元から滅亡に巻き込まれるのが迷惑だからやってきただけの身分だっけ? いやぁ、モルガンとの交渉なんて最高だったよ! 滅ぼす予定の癖に、滅びから救済するから武器をよこせだなんて。あれは笑ったなぁ!正しい世界の住人らしい、上から目線の傲慢な交渉だったよ! 色々と楽しませてくれて、その上、最高の滅びを迎えさせてくれた!お互い、良い協力関係だったな。アルトリア」

 

 

手を広げ、相も変わらす劇を演じる役者のように長台詞にも戸惑わず。アルトリアへと語りかける。

 

「ほら、ああやって生き恥を晒し続けるくらいなら愛する君の手で殺してやりなよ。滅び去るべき醜い世界の一般人。人理の使者。正義のカルデアを悪者扱いした顧客のヘイトを貯めるだけの哀れで愚かで小物な登場人物。読み手も気分が悪くなるだけだろうし、報告書にすら残らない存在だろうさ。どうせそうやって消化されて終わるんだから。せめて君の手で殺してやるのが救いってものさ」

 

そんな台詞を吐き出すオベロンの表情は、彼を気の毒に思っているようにも見える。しかしそれが本当の表情かどうかは誰にもわからない。

 

「君もわかるだろう? あのまま倒れても、起き上がったらまた同じ事が起こる。彼の絶望を癒すなんて不可能さ。殺してやるのが救いだよ。ホラ、早くしてくれよ。それとも、俺がもっとえげつない方法で彼を殺すかい?」

 

その言葉にアルトリアは、何を思ったのか。オベロンへと背を向け、彼へと近づいていく。

 

「そうそう、そうやって、君の手で殺してやって、せめて彼らの印象に残るようにしてくれよ。まあ、所詮、苦い思い出程度の印象ぐらいにしかならないだろうけど」

 

どうにもできず、棒立ちするマシュと立香の横を通り過ぎ、うずくまる彼の前に立つ。

 

マシュにも、立香にも、アルトリアが何をしようとしたのかは理解できた。

 

だが止める事は出来ない。止める権利もなければ、止めたところでどうすれば良いのかすらわからない。

 

アルトリアは剣を両手に持ち、刀身を下へと向ける。そのまま下げれば、透の背中越しに心臓を突き刺すことができる位置。

 

「ごめんなさい」

 

世界を守る。彼女はその責任を果たす為、冷淡に、無慈悲に、剣を振り下ろした。

 

 

 

――ザシュリと、不快な、肉を切り裂く音が響いた。

 

 

 

その音と共に、一瞬だけ響いた苦し気な声を最後に、泣きわめいていた声は止み、静寂が辺りを包む。

 

アルトリアは無表情のまま剣を引き抜き、少し離れた位置にいるマシュと立香へと近づき、声をかける。

その剣にはドス黒い血が滴っていた。

 

「あなた達が悪いわけではありません。つらいでしょうが、世界を守る為、今は乗り越えるしかありません」

 

後悔はある。トールへの憂いもある。だが、彼も所詮はブリテンの一部であり、醜く生きあがいていた滅ぶべき存在だった。

 

そして、アルトリアに絶望は無い。失意の庭を乗り越えた彼ならば、きっとトールの死を乗り越えるだろう。

奈落の虫をどうにかできれば、人理は守られる。

 

そして、そんな奈落の虫をどうにかできる自信もあった。

この時、この瞬間までは、そう思っていた。

 

そう、彼の体から夥しい稲妻が降り注がなければ。

 

世界の滅亡まで後わずか――

 

 

 




主人公をどれだけみっともなく書くか。
どれだけドン底に叩き落とすかだけ考えました。
しんどかったです。

MARVEL作品をどれくらい触れていますか

  • MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
  • MCUの映画は全て視聴済み
  • MCUの映画を1本以上観た事がある
  • 一度も触れた事がない

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