色々鑑みまして、もう少しマーベル色を出しても良いかなと思いまして。
こちらも以前投降した内容と大筋は変わらないのですが、マーベルキャラの登場は殆どダイジェストで会話のみだったのですが、もう少し深めても良いかなと思い、一部改訂させていただきました。
以後、マーベルキャラが割と登場する話は、Interludeとタイトルに表記させていただこうかと思います。
よろしくお願い致します。
《モハーヴェ砂漠》
とある建物の一室。
妖精國では存在しない、特殊な鉄で出来た壁。
トールの元いたセカイでは殆ど朽ちていたが、時代考証的にはそちらの方が近いだろう。
一見なんて事ない建物に見えるが、警備システムから、迎撃兵器に至るまで、トールの知るどちらの世界よりも上等なものが装備されている様だ。
ここで迂闊な行動を起こせば即座にそれらが牙を剥くだろう。
座り心地の良い椅子に着きながら、辺りを見回す。
テーブルを挟んだ向かい側。
目の前には眼帯をした肌の黒い男性。
この世界に来た際。死にかけだったのを救ってくれたのが、彼だ。
名前は『ニック・フューリー』
この建物を管理している組織。
戦略国土調停補強配備局('''S'''trategic '''H'''omeland '''I'''ntervention, '''E'''nforcement, and '''L'''ogistics '''D'''ivision.)
通称『S.H.I.E.L.D.』の長官である。
「つまり、君は元の世界から別の世界に渡って、さらにそこからここに来た。この世界は3つ目といつ事だな?」
見た目にそぐわぬ威圧的な重苦しい声だが、こちらに対して高圧的でも、謙るわけでも無い。対等な相手に対する礼儀を感じる。
故にこちらも失礼な態度を取る気にはならなかった。
「ええ、信じられないかもしれませんが」
フューリーは資料に目を通しながら対話を続ける。
「君の出身世界は私達の世界とかなり似ているな。無限城。製造過程は九龍城砦に似てはいるが……やはり違いは多い。マルチバースという存在は科学的に否定する事は出来ない。君が別の世界から来たという事を否定する事も当然できないが――」
フューリーは次々とページを捲る。
「驚きなのは一つ前の世界だ。モルガンという女王が妖精のいる世界を統治している。と、この名前も一応は知っている。イギリスに伝わる民間伝承の登場人物の名前だ。彼女は、その物語では、国を支配する事はできていない。文献は数多くあるが、その殆どは、悪役として國を追い出されている」
その言葉にトールは苦い表情を作り出す。
「君にとっては、その物語は良いものでは無いらしいな。私達の世界では、あくまで民間伝承ではあるが、そのブリテンではこの物語はどういう扱いか聞いても良いか?」
「……その妖精國では、異世界として認識しています。ここでは無くもっと近い
「成る程、そう言う視点でアーサー王物語を読んだ事は無かったが、やはり当事者の見解はまた違うな。
しかしまだ他にも異世界があるという事か。情報を受け取った。という事だが、魔法の伝書鳩でも飛ばしたのか?」
「いえ、俺も詳細はわかりませんが、自身を過去へと転送した。との事です。ただし肉体を送ることが不可能だったので、記憶だけを送ったのだとか、その過程で情報を送ったブリテンのモルガンは死んでしまったとのことですが」
「……それはまた、ヘビィな話だな。まさに命をかけた情報という事だ。どのような情報か聞いても問題ないなら説明してほしいところだが?」
「妖精國ブリテンは間違った歴史を辿っている世界で。いずれ消えゆく存在だと。そして、このまま何もしなければ、俺の知るモルガンは妖精に処刑され、ブリテンの住民は全滅すると。そして、仮にその滅びを回避したとしても、正しい世界の住人がいずれ俺達のブリテンを滅ぼしに来ると……どちらかの世界しか生き残る事は出来ない故に、正しい歴史の先兵が来るだろうと言う事です」
「それはまた嫌な話だ。何を基準に歴史の成否を宣うのかは知らないが、マルチバース同士の抗争という事か……」
「ええ、そして、現に彼らは妖精國に来て、クーデターに乗じて妖精國を維持しているモルガンを殺そうと画策していた……國に伝わる予言に乗じて、救世主を連れて、ブリテンを救うと嘯いて……」
「内乱に乗じて國を滅ぼすというのは常套手段だからな。私であってもその手段を取るだろう。……いや、気を悪くしないで貰いたい」
「いえ、すいません。貴方に対して怒っている訳ではありませんので」
思わず感情が出てしまったが、
関係を悪化させるわけにはいかないと反省する。
対するフューリーは、言葉の割には慌てた様子も無い。
色んな意味で彼の方が上手だと言うことをトールは実感した。
フューリーは底が知れない。
トールには、相手の戦力を図る能力に長けている。それは、トールの数多ある戦闘経験が故のものでもあるが、あのセカイの住人はそう言った点が鋭いと言うこともある。
個人的な見立てでは、戦闘面においてはフューリーどころか、この建物の全員と戦っても負ける気はしない。
あの青いキューブのみ。得体が知れないどころか空恐ろしい雰囲気を纏っているが、彼らも使いこなせてはいない様子。
フューリーもトールが暴れ始めれば、無事では済まない事は理解している筈だ。
だが、そうとは思えないほどに彼の態度に未知なるものへの畏れは無い。
異世界からの来訪者に理解があるのか。はたまた別の切り札みたいなのを持っているのか。
どちらにせよ、暴れる気も無い自分にとっては、変に恐れられ思い切った行動に移されるよりはやりやすい。
恐怖のあまり、その原因を一刻も早く排除しようとするのは、弱者であるならば当然のことだ。
だが彼、ニック・フューリーは決してそのような愚行は起こさないと確信できる。
思い上がるでもなく、こちらを侮るでもない。
勘か。経験によるものかはわからないが彼のこの自身ありげな態度は、いずれにせよ信頼に値する。
「一つ確認がしたい。君の世界と私達の世界。その正しい歴史とやらのようにそれぞれ争いになる可能性はあるのか?」
当然の質問だ。だからこそトールはその問いを予想していた。
「いえ、ありません」
「即答だな。何故わかる?」
「感覚的なものです。俺は世界の成り立ちというか、ルールみたいなものが
俺の生まれたセカイと、妖精國ブリテンがそうであるように……」
フューリーは返答する事も無く、トールをじっと見つめ続ける。それは、何かを見極めている様だった。
モルガンの妖精眼以上に何処か見透かされている気がするが、対するトールも、嘘では無い事を示す為に目を逸らす事はしない。
しばらく見つめあった後、フューリーは破顔する。
と言っても笑顔というわけでは無いが。
「ひとまず君の言い分を信じよう。そして衣食住の面倒も見よう、君の最大の望みを叶える事は今の所はできないが、実際に世界を渡ったんだ。生きてさえいればチャンスはあるだろう。その代わり色々と協力はしてもらうが」
言いながらフューリーは立ち上がり、その部屋を出ようと一歩踏み込む。
「ありがとうございます。でも、その、」
「どうした? まだ気になることがあるのか?」
「いや、結構あっさり信じてくれて、受け入れてくれたなあと思って……」
「成る程、逆に気味が悪いと?」
「いや、そういう訳では、無いんですけど……」
「まあ、言ってしまえば直感だ。難しい事だが、それが人間らしさだ。私は、それを常に考えながら選択している」
フューリーは、どこか意地の悪い表情を浮かべながら再び席に着く。
「というのは建前で、当然、後ろ盾がある」
すると、彼は端末を操作し始めた。
机上にモニターが浮かび上がり、とある映像を映し出した。
それは、この世界に近い歴史を持つであろう、自分のセカイや
緑色の怪物が戦車をおもちゃのように粉々にしていく。
赤いボディアーマーを纏った男が、超高速で空を飛び回り、人型兵器を撃ち落としていく。
他にも古い白黒の映像ではあるが、星のマークがついた盾を持った男が戦っている姿もある。見る限り、普通の人間ではありえない身体能力を有している。
「これは……」
「君以外にも、特殊な存在が多数いる。極め付けは宇宙から降りてきたハンマーを持った神様だが」
次の映像に映し出されたのは、赤いマントの金髪の男だ。
ハンマーを振り回せば、竜巻が起き、空を飛び、稲妻を放つ。
雷の能力だからかわからないか。何処か、仲間を見つけた様な感覚があった。他人とは思えないその感覚。
「名前はソー。雷を操る男だ。もしかしたら君とは無関係では無いかもしれないが」
「それは、どういう――」
「Thor。国によっては北欧神話の雷の神はトールと発音する事もある。君は日本人だが、名前はトールで雷使い。共通点はあると思わないか?」
言われてみればそうだろう。
あるいは、
「彼はこの星ではなく、宇宙の、それも銀河を隔てた遠くの星からやって来た存在だ、地球に伝わる北欧神話は、過去に彼らと出会った地球人が、彼らをモデルにしたものという事が判明した」
「神話の存在が実は宇宙人だったという事ですか」
「そういう事だ。君の世界、宇宙の観測はどうなっている?」
「俺のセカイも妖精國ブリテンも宇宙人との正式な交流はまだ……いえ、正確に言えば、宇宙から来た存在がいるのですが、色々複雑な事情があって。交流があるとは言えません」
「我々の世界は度々、そういった存在が極秘裏に報告されている。その殆どは大きな被害は観測していなかったが、最近とうとう別の星からお客がきて、そいつの招いた遺恨による戦いで街一つが壊滅した。我々には他の惑星に行く技術もなければ、観測することすらでままならない。宇宙の脅威に対して無力だ。知らない方が幸せだったかもしれないが、我々は知ってしまった。そんな中、君が来た。今度は異世界だ。さすがに、招待状も無しにこれだけ来られたら、流石にこちらも文句のひとつも言いたくなる」
困った様に肩をすくめる。
本人を前にして、この態度。
ブラックジョークというやつか。
そんなフューリーにトールは苦笑いで返す。
フューリーは、こちらに気を遣って口を噤むという事はしない。
個人的には裏で愚痴愚痴言われてるよりかは余程マシだし、その態度にも嫌らしさが無い。
むしろはっきり言ってくれた方がありがたかった。
こういった態度は彼個人の気質か、あるいはお国柄かはわからないが好感が持てると、トールは考えていた。
「だが、君と話せたことは不幸中の幸いというやつだ。いくつあるかはわかるが少なくとも異世界の一つが明確な敵にはならない事がわかった。だが、宇宙からの脅威が一つではないように、君の世界とはまた別の世界が攻めてくるかもしれない。君は先程、世界の取り合いはないとは言ったが今後、君の世界と敵対する正しい歴史の世界が我々の世界を間違った歴史扱いして攻めてくる可能性も全くのゼロではないだろう?」
「それは――」
確かにそうだ。それは否定できない事実だし。最悪を考えれば、妖精國ブリテンとこの世界が戦争になる可能性も全くのゼロでは無い。
あるいはバビロンシティでさえも同様だ、あの神の如き人間達が、いずれ世界が繋がった時に、何をしてくるかは分からない。
「だからこそ、君の力を是非借りたい」
言いながら、フューリーは一つのファイルをテーブルに出す。
「君が元の世界に帰る邪魔はしない。協力もしよう。だがその分、君にもこの世界を守るための働きをしてもらいたい。情報的にも、技術的にも、万が一の場合でも、君の愛しの女王様が支配する國とも友好関係を結ぶのが理想だが、内乱中で、世界を巡って戦争中なのだろう? 贅沢は言わない。君に期待している事は――コレだ」
そのファイルには大きな文字で『The Avengers Initiative』という表記があった。
***
――数年後
《宇宙船『ミラノ号』内》
「何!? じゃあ映画も見たこと無いってのか!?」
「まあ、任務でそれどころじゃなかったし……」
「じゃあ、デビット・ハッセルホフは!? ケヴィン・ベーコンは知ってる!? ほら『フットルース』とか、名作ランキングとかに乗ってたりしないのか!? 日本人だけどしばらく、アメリカに住んでたんだろ!?」
「いや知らない」
「Ah……」
黒髪の青年の言葉を聞いた瞬間、この世の終わりのような顔をして、頭を抱える茶髪の青年。
「僕はグルート」
「ああ、俺はトール」
そんな青年を他所に、黒髪の青年は、肩に乗る小さな生物と話し始めた。
どう見ても植物、小さい木にしか見えないそれは、良く見れば人の形をしており、目と口もあった。
トールもそこに違和感を挟む事も無く、受け入れる。
お互いの名前を紹介し合う2人(?)
「僕はグルート」
「俺はトール」
「僕はグルート」
「俺はトール」
まるでリピート再生のようにおなじやり取りを続ける二人。
「なあ、お前それ、わかってて会話してんのか?」
頭を抱えていた茶髪の青年が、訝しげに尋ねると。
「いや、自己紹介されたから返さないとって思って」
そんな回答に、呆れ果て、再び頭に手を当てる。
「最初に言ったろ……そいつは、『僕』と『は』と『グルート』としか発音できない。それもその順番で。自己紹介を延々続けてるわけじゃないんだって」
「いや、でももしかしたら本当に自己紹介してるかもしれないと思って……」
「僕はグルート」
「俺はトール」
そんなトールとグルートをアホの様なものを見る目で見つめる茶髪の青年。
名前はピーター・クィル。別名スター・ロード
過去、宇宙人に攫われた地球人であり、宇宙盗賊ラベジャーズの元乗組員。
「グルートは置いておこう。兎に角、お前の人生、箔が無さすぎだ。コイツを貸してやるから、まずは音楽からだ。人生に彩りが生まれるぞぉ」
「そいつまで、滅んだ惑星で急に1人で踊り始める様なマヌケにするつもりか?」
そんな3人のやり取りに、暴言で参入した存在が1匹。
服を着たアライグマにしか見えない生物が言葉を発していた。
いかにもペットじみていてかわいらしい風体だが、よく見れば、ほかのアライグマと見比べても、眼付も悪いし、態度も悪い。
一切の媚びの無いその態度はむしろ、威圧感すら感じられるほどだ。
そんな、アライグマに誰一人疑問も持たず。
それが自然であるかのように、クィルは言葉を返す。
「おいおい、どこのどいつだ? そんなマヌケは」
「俺の隣の席に座ってるやつだよマヌケ」
アライグマ――ロケットは、遠慮なく、クィルへと暴言を吐いた。
ロケットの隣に座り、操縦桿を握っているクィルが何か言い返そうとしたところで、乱入者がまた1人。
「クィル。トールにそんなものを勧めるのはやめろ……」
人間とは思えない黒い肌に赤い紋様。
筋骨隆々の男性。
名前はドラックス。
彼は、袋から何かを取り出して、ボリボリと何かを口にしていた。
「お前、まさかそれ、ナット喰ってんのか!?」
ドラックスがスナック感覚で食べていたのは、金属のナットだった。
信じられないと、クィルは絶句する。
そんなクィルの言葉を無視し、ドラックスは続ける。
「宇宙には2種類の生き物がいる。踊る奴と踊らない奴だ。トールは小柄だがその肉体は素晴らしい。鍛え上げているイイ男だ。踊るような、痛々しい男に無理やりなる必要は無い」
そんな事を呟きながら未だボリボリとナットを食いつつドラックスは自信満々に語り出した。
「俺の妻オヴェットも、踊らない側の人間だった。戦争集会で誰もが踊る中、筋肉一つ動かさないオヴェットを見て、俺の体の一部が熱くなり、段々とぼうちょ」
「もう、お前のその話は前に聞いたって!」
会話の先の展開を予想したクィルによって。ドラックスの話は遮られる事となった。
「ああ、だが美しい話だぞ? 何度でも聞くべきだ」
「こっちはもう腹いっぱいだよ!」
「? なぜ、話を聞いて腹がいっぱいになる? 話というのは食い物では無い」
「だからそれは例え話だって!!」
「わかったクィル。地球に帰ったら、そのフットルース? も見てみるし、ウガチャカとかも買ってみるよ。俺の住んでる近所にレトロミュージックの店もあったはずだから」
ドラックスの天然具合に、疲労を見せるクィルにトールは気を使ったのか。会話の流れを変える為、そう声をかけた。
せっかく勧めてもらったものだ。
ひとつ嗜んでみるのも良いだろうとトールは考えていた。
「ああ、是非見てくれ。最高の物語さ。堅苦しい街に救世主が現れ、ダンスを伝え、そして街は救われる」
「お前これから見るって奴にオチ話してどうすんだ?」
「別に良いだろ。オチを知ってたって楽しめる。それが『フットルース』だ」
「楽しみにしてるよ」
「踊る阿呆がまた一人生まれるわけだ」
「ロケット、流石に俺もそこまでやったりはしないよ」
「どうだかn」
「アンタ達!」
そんなガヤガヤとした中、怒号が一つ。
怒号を飛ばしたのは彼らと同様、人間ではありえない。緑色の肌の女性――ガモーラ。
「今、バカみたいな隕石群の中で、次元を飛び超えるモンスターから全速力で逃げてる最中にそんなバカな話する必要がある!?」
彼らは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』
惑星ザンダーの監獄で出会った事をきっかけにひょんな事から銀河を守るヒーローチームとなった宇宙一のおまぬけ集団。
「僕はグルート」
「俺はトール」
フューリーに迎えられ、彼に協力しながら、様々な活動をしていたトールは今、トラブルに巻き込まれた事で、次元を超えて宇宙に投げ出され、偶然出会った彼らと共に行動していた。
これもまた。トールにとって、得難い経験の一つ。
宇宙一のアホ共もまた、トールに多大な影響を及ぼしていく。
***
?年後
《妖精國ブリテン:女王歴2017年》
1人の青年が、妖精國の丘の上に立っていた。
「ようやく、辿り着いた…」
長年求めていた光景。青年はこの地に、妖精國に帰ってきたのだ。
思い起こすのは、ここに至るまでの道程。
さまざまな世界を渡り歩いた。
地球だけではなく、星を渡り、銀河を超えた事もあった。
思い起こせば数えきれない世界を渡り、その全てに戦いがあった。
何百年か、何千年か、その期間はもはや思い出せないが、最終的に、片道切符ではあったものの、自身の望む通りの世界へと渡る技術を手に入れ、この妖精國にたどり着いたのだ。
――本当に長かった。
今までの苦労を思い出し。
溢れそうになる涙を指で拭った。
経験した別れと出会いは、どれも輝かしい。
拭った涙を払い、一つ、やるべき事を思い出す。
ようやく最初の目的を達成したのだ。今は泣いている場合ではない。
青年は意識を集中させ、とあるプログラムを起動する。右手を左手首に翳すと、その左手首を包む光の腕輪が現れた。翠色に発光しており、様々な線と円の組み合わせで作られた装飾が施されている。その模様は、魔法陣のようにも見えた。
かざした右手を右回転、腕輪もその動きに合わせて回転する。感触を確かめる様に、右と左にそれぞれ回転させると、やがて、翳していた右手を握る。それと同時に腕輪は消失した。
どんなものだったかは思い出せないが、重要な行動である事は確かではあった。
「~~っ」
青年。ソウマトオルは、大きく息を吸いながら伸びをする。
この美味しい空気に、気分は最高だった。
「さて、とりあえず何ヶ月かは最低限の生活ができる装備はあるし、ぼちぼち住むところを探しながら、旅でもするか」
一つ、本人には自覚がない問題があった。
彼は世界を渡る前、記憶障害が起きる可能性を示唆されており、それでも唯一の方法だという事で、賭けに出た。
記憶を失う事は無いと、失ったとしても取り戻す事は出来ると、自身を奮い立たせた。
結果として妖精國にたどり着くという目的は達成したのだが、警告通り、記憶障害が起こった。
自分の名前は覚えている。様々な世界を渡り歩いたのは覚えている。この妖精國が大切な場所だという事を覚えている。
様々な世界で、素敵な出会いがあったのを覚えている。
だが、最大の目的である、この妖精國に関する記憶は、綺麗さっぱり抜け落ちていた。
そんな事は露知らず。
彼は、リュックサックのサイドポケットから、音楽プレイヤーを取り出した。
端末を操作し、プレイリストを選択する。プレイリストの名は『スター・ロード版!最強ミックス!!』
イヤホンを耳に刺し、再生ボタンを押す。
最初の曲は「Born To Be Wild」
妖精國には似つかわしくないが、男の旅の始まりには、抜群の曲だった。
リズムに乗りながら、彼は非常に爽やな笑顔で歩き出す。
希望に満ちた旅の始まり。
だが、過去、この世界に訪れる前の彼にとっては絶望しかない旅の始まりだった。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
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MCUの映画を1本以上観た事がある
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一度も触れた事がない