世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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白い竜

「なあ……」

 

暫くの遊泳飛行を楽しんだ後、不意に透が口を開いた。

 

「オーロラの事なんだけどさ」

 

「うん……」

 

やはりこの話になるだろう。

 

「鏡の氏族を殺すように命令したのもアイツだろう?」

 

「……彼女は、この妖精國で最も美しく無ければいけない存在だ。彼女の行動原理はすべてがそこにある」

 

「それが、なんで鏡の氏族やら今回のロンディニウムの襲撃に繋が――」

 

ハっと、透は一つの事実に気付く。

 

「予言の子か……」

 

つまりはこう言う事だ。

エインセルが救世主が現れるという予言をもたらした。救世の予言が、オーロラへの注目度を下げた。

その時の彼女の対策が、自ら輝きを増し、注目を集める事では無く、注目を集めていた存在を消すという事だった。

 

「何でそっちの判断に至った? 自分を高める方法を選ばなかった理由は? 美しくなければいけない存在なんだったら、常に自分を高める努力も惜しまないように思うが」

 

「それはダメよ。自分を高めるという事は、今の自分が最上でない証明でもあるという事」

 

「成る程な……」

 

最初からそういう存在で。そういう手段しか選べない。

周りからしたらたまったものではない。だが、そう生み出された存在という意味では、一概に容易く悪とするにはあまりにも哀れだ。

突き詰めていけば、そういう生命体として妖精を作り出した神のような存在こそが悪だろう。

 

ロンディニウムも似たような理由だろう。兵士達は、『尊き方の温情を無視し続けた罰』だと言っていた。その尊き方はオーロラの事。

ソールズベリーへの軍入りを反乱軍が断り続けた結果という事だ。聞けば、リーダーはランスロットの弟分。オーロラの性質に気付いていたのかもしれない。

更にらオーロラを脅かす別の輝きの代表である予言の子はロンディニウムを率いている。

そこに、たまたま鏡の氏族長がいたのは別の思惑を感じるが、そこはまあ、後で良い。

 

「答えたくないならそれで良いんだけどさ、ランスロットは、オーロラに何を言われたんだ?」

 

オーロラについては納得しておこう。問題はそんな存在の為に心をすり減らす彼女だ。

 

大方オーロラがランスロットを掬い上げた理由は、美しい妖精であろうとする故の演出であるのだろうが、そんなオーロラの性質を置いておいても、どんな理由であろうとも。オーロラのランスロットを救った行為とその結果は奇跡と称しても良いだろう。素晴らしいことをしたと褒め称えられるべき事でもあるし、心酔する気持ちもわかる。

だが、ランスロットは、そんなオーロラを心酔し切ってはいない。

だからこそ、苦しんでいる。

 

 

「――っ私が、鏡の氏族を滅ぼした後、オーロラの為に皆殺しにした後、オーロラの元に帰ってきた時、他の妖精に話しているのを聞いてしまったの」

 

 

ランスロットの言葉に悲しみが広がっていく。

 

 

「体どころか心まで汚れたケダモノだって……! 所詮は自分の真似をしているだけだって! 思うだけでも汚らわしいって――!」

 

それは聞くにも痛々しい、彼女の存在を全否定する言葉だった。

 

「私は、どれだけオーロラの為に罪を重ねようとも、オーロラから愛されてなんていない! 愛される事もない、それを知ってしまった……! それでも構わないと、無償の愛を貫いたつもりだったけど、心の底から自分を誤魔化せるほど私は強くなかった……でも、やっぱり私にとってのオーロラは大切な存在で! だから、どうしようもなくて……それが辛くて……!」

 

「もういい……ごめんな。思い出させてごめん」

 

オーロラに悪意があったかはわからない。その場凌ぎの悪口だったのかもしれない。

井戸端会議で旦那の愚痴を言うような軽い気持ちだったのかもしれない。

 

――妖精國でもっとも美しい妖精

 

そう称されるランスロットに、何処かで憤りを覚えていたのかもしれない。

 

ふとした言葉が誰かを傷つける事はある。その大半は、後で解決できるものではあるが、

オーロラが心どころか存在そのものの支えである彼女には、言葉以上に酷く乗しかかっただろう。

 

「でも、オーロラの言う事は間違っていない。やっぱり私は醜いケダモノだから。貴方は受け入れてくれたけど、やっぱりそこは変わらないから」

 

オーロラの性質を理解しながら、報われないと分かっていながら、報われない事を悲しいと感じていながら、そう生きる事しか出来ない彼女に、自分を醜いと信じ切ってしまっている彼女に、心が痛む。胸が苦しくなる。こうして言葉で伝えても、変わらない事に、それがあまりにも悔しくて、涙が出そうになる。

 

どうにか苦しみから解放できないか。せめて、彼女は決して醜い存在ではないと伝える事は出来ないものか――

 

「ああ、そうか……」

 

「? トール?」

 

「なあ、少し付き合ってくれないか?」

 

 

そう言えばと、思い出したものがある。コレが彼女の為になるかは分からない。だが、今の自分に出来るだけの事はするべきだ。

 

向かう先は竜骸の沼。

 

ランスロット自身が眠るあの沼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

メリュジーヌが空から沼の地へ降り立ち、透が降りやすいように頭を下げる。それに従い、透もメリュジーヌの背中から降りた。

「ありがとう」と感謝の言葉を入れながら自然な動作で頭を撫でる。メリュジーヌも、それを自然と受け入れていた。

 

 

「一体、どうしたの?」

 

「約束のものを見せようと思ってさ」

 

 

言いながら透はゆっくりと、沼の周りを歩きながら、空中をポンと叩く。

 

すると、叩く先の空間が揺れ、文字や図形が現れた。空中ディスプレイとでも言うべきそれが、周辺へと広がっていく。

 

見れば、機械でできた飛行物体を十数台が現れ、透の周りを一度滞空した後、沼地全体を囲うように配置されていく。

 

 

「Binarily Augmented Retro- Framing《バイナリー・オーグメンテッド・レトロ・フレーミング》」

 

「何の名前なの?」

 

「システムの名前だよ。略してBARF(ゲロ)

 

「ひどい名前ね」

 

素直な感想に。クスリと笑う。

 

「略称はいまいちかもな。まあ、これは、恩人の会社が作ったシステムに改良を加えたものなんだけど」

 

説明しながら、腕をわしゃわしゃと動かし、空中に浮かぶさまざまなデータを手の中に集める。文字や図形の羅列が混ざり合い、光の玉になっていく。

 

「それを使って何をするの?」

 

その光の球を両手を合わせて握りつぶし――

 

「こうする――!」

 

その手を一気に広げた――

 

瞬間、光が広がり、世界が変貌した。目の前にあったはずの暗い沼は、突然に、美しい湖へと変わったのだ。

 

メリュジーヌは驚愕した。

 

魔術や魔法。そういった類の力を全く感じる事がない無いままに、目の前の景色が一変した。

まるで夢を魅せられているような感覚。

だが、風を感じる。湖から感じる冷たさも、臭いも。

 

魔術や魔法の類なら確実に感知するメリュジーヌにとって、それは初めての感覚で。

そういった類の力ならばそれを感じ取り、幻覚や夢であることを看破する事ができるのだが。

目の前の景色はまごうこと無き現実のように感じ入る。

 

 

 

Binarily Augmented Retro- Framing《バイナリー・オーグメンテッド・レトロ・フレーミング》

 

スターク社が開発した、メンタルセラピー用のシステム。

 

脳の海馬をジャックし、過去を読み取り解析。拡張し、ホログラムとして構成するシステム。

 

記憶と向き合う事ができるセラピー用のシステム。

 

透はそこに、無限城の仮想現実のシステムのロジックを取り入れた。

 

無限城は、現実と仮想現実が入り乱れる半仮想空間であり、その仮想現実を作り出すシステムは脳に直接作用するもの。

 

人間は脳に支配された存在である。

 

例え現実では目の前にリンゴが存在していなくとも、脳が直接リンゴがあると思い込めば、それは存在しているのと同じ。

 

その仮想現実のシステムは、命すら容易く奪う事の出来るほどのリアリティを持ち。それこそ仮想空間内で高い場所から墜落すれば、

本当に死んでしまうほどのものである。

 

そのリアリティさを活かし、透は、メリュジーヌとの約束に利用する。

 

 

 

 

その約束とは、竜骸から想像した、竜のスケッチを見せるというものである。

 

 

 

 

「これは……?」

 

メリュジーヌの疑問に、透は無言のまま導くように手の指先を、湖の方に向けた。

 

それに促されてしばらく見ていると、湖が波紋を起こす。

 

やがて波紋の中心点から、巨大な何かがせりあがって来た。

 

それは湖の水全てを押しのけるほどの巨大さで、その体表面に表面張力によって水を纏いながら、地表へと現れた。

 

やがて、はじかれた水が雨となり、メリュジーヌと透の体を濡らす。

 

その雨が止んだ頃、現れたのは、巨大な、白い美しい体の――

 

 

 

 

――まごうこと無き竜だった。

 

 

 

 

「——っ」

 

その姿にメリュジーヌは息を呑む。

 

これは、この姿は――

 

その姿に驚愕をしている間に竜は翼を広げ、空中へ浮遊する。

 

その竜はこちらへと首を向け、しばらくの対空状態を続けた後、やがて光に包まれた。

 

その光は、どんどんと小さくなっていき、やがて人の形となっていく。

 

それはメリュジーヌの良く知る姿。しかし、異なるのは、その翼。

 

竜になりきる直前のメリュジーヌの容姿。その竜化した部位の全てが白くなっていた。

 

その姿のメリュジーヌが、今の竜の姿を持ったメリュジーヌへと近づいていく。

 

二つの影が重なり、そのまま光に包まれ。

 

やがて、白い羽の少女の姿一つとなった。

 

 

「実は、ミラーにランスロットがこの竜の化身みたいな存在だったって事を聞いててさ。アルビオンって名前も含めて、ランスロットをイメージして、白い竜の姿を作ったんだ。最後の演出は、ランスロットの頭を直接読み込んで作られてるんだけど」

 

気恥ずかしそうに、ネタ晴らしをする透。

 

「まさか、本当の姿は黒かったなんてかけらも思ってなくて、ちょっと妄想入っちゃったけど、その、どうだっ――!」

 

透は最後まで、言葉を発する事ができなかった。

感想を聞こうとメリュジーヌの方を向こうとした途端、突然、元の妖精の姿のメリュジーヌに抱き着かれたのだ。

 

胸元に顔を埋めた彼女の表情は伺うことは出来ないが、震えているのがわかる。

 

「全然違う」

 

「え?」

 

「細かい箇所も違うし、大きさも違うし、角の形も違う」

 

「……それは悪かったよ」

 

「でも、でも……すごく綺麗」

 

「あぁ、それはそうだろ、お前をイメージしたんだから」

 

「そうなんだ……これが、トールにとっての『私』なんだね……」

 

メリュジーヌの声は震えている。

 

「ありがとう……ありがとうトール。素敵な私をありがとう」

 

しばらく、抱き着くメリュジーヌ。

BARFによる改変はまだ維持されており、その姿は、白いままだった。

 

透は不意に口を開いた。

 

「なあ、オーロラに生きる意味を見出すのも良いんだけどさ……」

 

「トール?」

 

突然何の話をしだすのだろうと、メリュジーヌは抱き着いたまま顔を上げ、透へと視線を向ける。

 

そのメリュジーヌの顔を見て、距離の近さに今更驚き、今の状況を理解し、体が熱くなるのを自覚する。

 

「いや、その……なんというか」

 

これから話す内容もあって、透は、凄まじく恥ずかしい気分になり、言いよどむ。

 

「その、そういうの、俺じゃダメか?」

 

「え……?」

 

ポカンとしたメリュジーヌの表情に、何かを察した透は、慌て始めた。

 

「あー! ちがっ い、いや、そのさ、愛を発信する相手ばかりじゃなくてさ、その、お前に愛を与えたいって人をもっと見てやらないかって話でさ! その、ホラお前の弟さんとか! あ、あとコーラルとか! あの妖精、結構お前のこと心配してたみたいだしさ! そういう奴らと――」

 

その姿は告白をした後に、断られる事を察して、実は嘘でしたーとか言ってごまかすような類のそれだ。

 

そんな、恰好悪い男の姿をひとしきり見せた後、一度咳払いをしてから、覚悟を決めたように、改めて言い直す。

 

 

「俺、ランスロットの支えになりたいんだ」

 

「あ……」

 

その言葉に、メリュジーヌの顔に熱が籠っていく。

 

「お前が悲しむのを見たくない。ランスロットが辛いと俺も辛くなる。でも逆に、ランスロットが嬉しそうだと俺も嬉しいんだ」

 

 

体の震えを感じながら、その言葉を聞き入れる。

 

メリュジーヌにじんわりと、透の言葉が体に染み渡っていく。

その心地よさに体が震えるほどだった。

 

「その、つまり何が言いたいかというと――」

 

「うん。私も――」

 

言い切る前に、メリュジーヌが答えた。それ以上、透からの言葉は必要ないとばかりに。

 

「私も貴方と同じ、貴方が嬉しくなると私も嬉しくなる。貴方が悲しいと、私も悲しい」

 

そう、応えた。

 

「そう、そうか! あぁ良かった……! うん、ちょっと想像と違う流れだけど」

 

言い切ることすら出来ないとは、何とも情けなく、格好悪いと、気恥ずかしい思いを振り払い、指を弾き、BARFを解除する。

 

 

湖は沼へと戻り、周りの風景も元に戻っていく。

しかし、唯一変わらないものがあった。

 

メリュジーヌの体だ。BARFを起動する前の竜の姿に戻るどころか、少女の姿を維持したまま、仮想現実と同じように、白い翼のままとなっていた。

 

その姿に透は酷く焦る。

 

「わ、悪い! すぐ戻すから――!」

 

慌てて離れようとする透を抑えるように、抱きしめる腕に力を入れる。

 

「いい、いいの、このままで良いの。これが良いの」

 

その目には涙が流れていた。

今までとは違う、悲しみの涙ではなく。喜びの涙。

 

 

「もう白い翼なんて持つ事が出来ないと思っていたけど、こんな奇跡が起こるなんて――」

 

抱きしめるのをやめ、一歩だけ下がりメリュジーヌはほんの少しだけ浮遊する。

 

「ありがとう。トール。本当にありがとう」

 

透と目線が合う位置まで浮かび上がり。

再び。その距離を縮めていった。

 

 




お読みいただき本当にありがとうございます。
本当は、メリュジーヌによって主人公は死亡し、ループが始まるというオチだったのですが、この作品の為に6章を読み直して、幸せなお話にしなければと方向転換しました。

書きたかったから書きました。
後悔はしていません。

次回は、女王との謁見やカルデアとの交渉話。再びのカルデアへのアンチ要素が入ってきます。



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