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妖精騎士との出会い
―――とんでもない失態を犯してしまった。
目の前には、2メートル近い身長の女騎士。
手には装飾の施された剣を持っており、その刀身には禍々しいオーラを纏っている。
その体躯に見合った銀の鎧と、頭から伸びる長い金髪は、その迫力を更に際立たせており、上流階級じみたその佇まいには気軽に話しかけられる者は少ないだろう。
その双眸は、お世辞にも友好的な雰囲気は見受けられない。
その女騎士は目の前の男に剣の切先を突きつけていた。
時は数十分前に遡る
男は今、最高の気分だった。苦労の果てにたどり着いた故郷である妖精國。
自分の故郷は、もっと薄暗くて、そもそも自然など一切なかった場所だった様な気もするが、気のせいだろう。
空気は美味い。美しい夕焼け空は、暖かい郷愁を感じさせ、自然あふれる情景は、心に癒しを与えてくれる。
故郷にもかかわらず知り合いの記憶もなく、アテも無いが、全く気にならなかった。
これからずっと、自分が住まうこの場所は、常に空気の残量に気を使う宇宙要塞や、あの汚い場所に比べたらまさしく天国。
身につけたイヤホンから流れる音楽に合わせてステップを踏み、歌を口ずさむ。
気分は『フットルース』だ。
男の名はトール。
この妖精國を故郷に置き、異世界から帰ってきた男。異世界からの転移による記憶障害によって、諸々の事を忘れているが、それ故に、故郷は帰ってきた嬉しさが勝っていた。
今の彼は、フットルースの登場人物。
目を瞑りながら自己陶酔し、想像するシーンに合わせてターンを一つ、ステップを2つ。
この国の現生成物だろう。黒いモヤのかかった生物が襲いかかってくるが、何の気無しに容易く回避していぬ。
身体から何かを切り離して投げつけてくるそれを上半身を逸らして回避する。
形を変えて襲いかかるのを、ターンしながらやり過ごす。
まるで、全ての攻撃を予測しているかの様にいなすのは、本人の凄まじい戦闘経験によるものもあるが、そもそもとして、動きそのものの次元が違う。
実力差は歴然であり。
トールにとっては障害とすら認識していない。
最終的に、ダンスの過程で放たれた蹴りが、あまりの威力に、直接当たりすらせずにその余波だけで後方へと吹き飛んでいく。
距離にして30メートル。放物線を描いたそれは、今の珍事を見かけ、怪しく思い近づいて来た騎士の剣によって地面に降りる事なく切断されたのだが、それに彼は気づかない。
「おい、貴様」
曲はサビに入り今まさにここ一番の見どころ。という所で後ろから声がかかった。
イヤホン越しにでもよく通るその声は、女性のもの。
全く、人の盛り上がりを邪魔するのは誰だと、振り向いた瞬間、目の前に剣が突きつけられていた。
「うおぁっ!」
驚いた。非常に驚いた。
思わず両手を上げ、その剣の放つ禍々しいオーラに腰を抜かして倒れ込む。
「貴様、怪しい動きをするに飽き足らず。妖精騎士である私にモースを放り投げるなど、その場で首を跳ねられても文句は言えんぞ」
その言葉にどんでもない事をやらかしたと判断した男は、思わず言い訳を口にする。
「いやぁ、怪しい動きって、アレは、踊ってただけで、放り投げたってのは、それはそうだけど、まさかヒトがいるとは思わなくて……」
「黙れ!」
「わかった! わかりました!」
言い訳作戦は失敗だ
手を挙げたまま、降伏のポーズをとっていると、体にぐるぐると鎖が巻き付いて拘束される。
「少し手荒くないか? こういうのって、もうちょっと手心を加えるもんだと思うんだけど……」
「黙っていろ」
「……俺このままどうなるんだ?」
そもそもとして、モースという存在を正確に認知していないトールにとって罪の意識は軽い。
せいぜい何らかの罰則を喰らう程度かと思っていたのだが……
「当然、ひっ捕らえて牢屋行きか、牧場行き。あるいは処刑だろうな」
その余裕も容易く斬って捨てられた。
そして場面は冒頭へと遡る。
現在、トールは鎖で繋がれている状態のまま、尋問を受けていた。
「貴様、どこの地域の人間だ? 服装も見慣れないものを着ているが」
「戸籍上はアメリカだけど」
「アメリカ? 聞いたことが無いが……」
「ああ、妖精國の外にある国だからな」
「貴様、漂流者か……」
そんな騎士の言葉にトールは、どうにか説得できないかと話しを持ちかける。
「なあ、聞いての通り、俺は今の妖精國のルールを知らないんだ。情状酌量の余地とかはないのか? 俺、あの黒いのがそんなに危険な生物だって知らなかったんだよ」
「モースは我々妖精にとっての天敵だ、触れるだけでも死に至る場合もある。私の様な牙の氏族であれば多少は問題ないがな。貴様のせいで妖精が死亡したとして、『知らなかったから許してくれ』と言って許されると思うか?」
「う……」
頼みの綱は引きちぎれた。言い分はもっともだった。あの生物がそれ程の物だとはカケラも思わず。そもそも人(妖精)が近くにいるとは全く思っていなかったが、自分の迂闊な行動が、誰かの命を奪ったのかもしれないというのであれば、それは、弁明のしようがなかった。
知らなかったからと言って、他者の命を奪う行為をした事が許されるはずもない。
そういう事情であれば、それがこの國のルールであるのならば、受け入れるしかない。
(あぁ。故郷に帰って早速牢獄行き、あるいは処刑されることになるのか……)
まさか、一時のテンションに身を任せたせいでこんな事になろうとは。
「ほう、覚悟は決まったようだな。潔い事だ」
大人しくヘコんでいると、そう言われた。
それはそうだろう。自分のせいで誰かが、彼女が死んでたかもしれないと言われたら、それは、もう、受け入れざるを得ない。繰り返すが、知らなかったでは済まされない。彼女が許さない限り、その罪がなくなる事はない。
どうしたものか。もう諦めるしかないのか。
罪の意識はあろうとも、そこまで自己犠牲に走れないのも正直な所だ。
俺にはこの妖精國でやるべき事が――
そんな事を考えた瞬間、思考にノイズが走った。
まるで意識に穴が空いたかのように、記憶に数秒の穴が空く。
その事にすら気づかないまま。事態は進む。
意識を取り戻した瞬間、こちらを注視する彼女の背後に、音も無く、先程よりも一回り大きい黒いモヤの生物、モースが現れたのだ。
「後ろ!!」
「何ーーっ?」
そこからは一瞬だった。
彼女がモースの気配に気づき、背後へ振り向くその刹那——
無事な下半身を駆使して跳躍し、彼女の頭上を超え、モースの真上へ。その場で縦に回転し、その勢いを乗せた踵落とし。その威力は最早爆発と違いはない。
爆音とともに、凄まじい衝撃はが上がり、その風が騎士の髪を巻き上げる。
その衝撃にモースは弾け、跡形もなく消失した。
その一連の流れを、理解し、驚愕に染まる彼女に、男は一つ問い質した。
「今ので、許してくれる。みたいな流れにならないかな?」
***
「モースは、我々妖精にとっての天敵だと言ったな。それだけではない、人間である貴様も触れれば無事にすみはしない」
先ほど剣を突き付けてきた女騎士。名前はガウェインと言うらしい。
妖精騎士を名乗る彼女はどうやらこの國を支配する女王の直属の騎士だという話だ。
偉い人だった。
あのまま切り捨てられるかと思ったが、彼女の後ろから急激に生えてきたモースを打倒した所。
その礼と言う名目で見逃してもらえたのだ。恩赦というには大げさすぎるが。
ある意味ではラッキーだった。
自分が旅の途中である事、住まいを探している事を簡易的に説明したところ、丁度彼女が統治している街。マンチェスターへと案内してくれるとの事だ。
なんて義理堅い良い人なのだろうか。
道中でも度々モースが遅いかかってくるため、お互いに協力しながら、排除していく。
なんて事はない。叩けば消える程度の存在だ。
モースを蹴散らしていきながら、ガウェインの方を見ると、解せないと言う表情だった。
「そう、人間にとってもただではすまないのだが……」
表情は変わらないまま、彼女は言葉を続ける。
「貴様のモースへの耐性は生まれつきのものか?技の冴えもそうだが、その力、最早人間とは思えんな」
「モースに関してはよくわからない。力の強さに関しては鍛えてはいるし。特別かと言われると。難しいな。妖精國の人間は知らないけど、俺の世界ではこの程度に強い人間なんかうじゃうじゃいるし」
「ほう、それほどまでに強力な人間がいるのか。汎人類史という異世界は」
「やっぱり汎人類史ってのとは違うきがするんだけど……」
関心するガウェインを横に歩みを進める。思い起こすのは様々な世界での旅路だ。どれもこれも凄まじい力の持ち主で、どいつもこいつも心が強くて。戦闘というものとはまた別の強さを持つ人達だった。
朧げな記憶に浸りながら、自身の思い出を振り返る。そのどれもが霞がかっているが、暖かい気持ちになっていく。
「まあいい、住むところを探しているのだろう? 妖精國は人間1人には住みづらい國だが、私の街ならばマシだろう」
「へぇ、住みづらいってのは、また何で?」
「人間には力がない。我ら妖精に比べて寿命も短いし体も弱い。基本的に妖精の庇護の元でしか生きられない」
さらに説明が加えられる。
妖精の中には悪気も無しに、他人の体を傷つける者もいるらしい、力の差がある以上、その態度に優劣の差が出るのは、妖精に限らず当然の事だが、興味があるからと言って、腕を取ったり、頭を取ったり、その手の槍玉に挙げられがちなのは、やはり見下されている人間なのだそうだ。
「成る程ね、そういう事か」
「……そこまで臆さないのだな」
「別に。人間だって人間同士でしょっちゅう殺し合うし。悪気も無く花を摘んだり虫を殺したりってのは良くやることだから。
人間にとっての花や動物が妖精にとっての人間って考えれば別に不思議でも何でもない。まあ、やられる気は無いから問題ない」
「そうか……それならば結構な事だが――」
1人ごちるガウェインを余所に、あの日々を思い出す。本人にとっては故郷という認識から外れてしまっているが、あの無限城での死に満ちた日々は、思い出せずとも未だ強烈に心に焼き付いている。
「――で、ガウェインさんの街が住みやすいってのはどういう理由なんでしたっけ?」
「っあぁ、そうだな。マンチェスターには私が一つのルールを敷いている。それが弱肉強食だ」
弱肉強食。
弱い者が強い者の餌食となる事。強い者が弱い者を思うままに滅ぼし、繁栄する事。
通常、文明社会としては悪とされる風潮だが、程度の差はあれ、社会においては絶対的に逃れられない業。
自然界の掟そのもの。
それはどこの世界でも存在する摂理。
その言葉だけで捉えるならば、なかなか恐ろしい街だと思ったのだが、自身の知る弱肉強食とは別の意味を持っているらしい。
彼女の街は、強いものが弱い者を痛ぶるのでは無く、強いものが弱い者を守る事を良しとする風潮。
妖精が人間を好き勝手ににするのではなく、隣人として扱う町。そう言ったルールを敷いたという。
そう、自身の街を説明する彼女は、どこか誇らしげで。
過去に出会ってきた大切な出会い。誇り高いヒト達、彼らを思い出し、
それを見たトオルの表情も、穏やかな笑顔となっていく。
「どうした? なにか嬉しい事でもあったのか?」
「いや、ガウェインの町は良い所なんだなって思って……」
ガウェインは、一度キョトンとした顔をしてしまった。
意外というか、そんな風に褒められるとは思ってもいなかったのだ。
自分の町を褒められる事は自分自身が褒められることよりも嬉しいものだ。
その喜びを隠さぬまま。、飛び切りの笑顔で応える。
その笑顔は――
「ええ、あなたにとって、良き街であれば私も嬉しいですわ」
誰もが見惚れる程に美しかった。
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