コレは記憶だ。誰かの記憶。
黄昏の空、自然あふれる大地。自身の知る妖精國の姿。
これの原因は俺自身。
雷帝になった。なってしまった。
あの少女が弄ばれた事実に、あの悪鬼たちを思い出し、怒りの感情が芽生えてしまった。
セカイの生命体を滅ぼし尽くした雷帝を顕現させてしまった。
彼女を、モルガンを傷つけてしまった。
だがモルガンは、そんな俺を倒すわけでもなく、恐れて逃げるわけでもなく。止めようと、懸命に立ち向かってくれた。
その姿には、その行動には、感謝の念に堪えない。
だからこそ雷帝を必死に止めた。可能な限り全力で。
そして止めることが出来た。彼女のその懸命な姿に力が湧いたおかげだ。
そして、あの少女のおかげで自分は止まることが出来た。生命の消えるその瞬間まで、礼を尽くす事に尽くした、少女のおかげで。
だから最後の最後、あの暴発。あれだけは絶対に回避しなければいけなかった。雷そのものの暴発は防げない。だから雷そのものの性質を変化させた。
無限城を駆け巡る、仮想現実を作り出す電磁波へと変換させた。
脳に直接作用し、幻覚を見せる無限城の電磁波に。だからこの幻覚は、それが原因なのだろう。
幻覚そのものの指向性までは考えることはできなかった。可能な限り無害にと、無我夢中で思っていたからだ。
そう、今垣間見ているこの記憶という名の幻覚は、きっとモルガンのものだ。
俺自身である雷を通して、彼女の脳と繋がったと言う事だろうか。
勝手に見てしまうことは憚られたが、目を瞑ったところで意味はない。言わばこの光景は、既に脳に流れて来てしまった情報を整理しているプロセスを辿っているに過ぎない。
目の前で起こる光景は、まるで物語のよう。
彼女の思いが、まるで語り部の様に言葉となって、頭の中に響いていく。
『オークニーで目を開けた時、わたしは、もう1人の私からの知識を受け継ぎました』
汎人類史という、
その世界で、予言などという曖昧な理由で、国の為に努力を重ねて来た女性が親に捨てられ、自分そのものである国を追い出され、爪弾きにされ、アイデンティティを奪われた。
後の物語で魔女などと揶揄され、
その情報がお話となって流れて来る。
そして、その記憶を受け継いだのが俺の知るモルガン。
異聞帯という間違った歴史だとかいう世界での同一存在である彼女。
その記憶を引き継いだモルガンは、もう1人のモルガンの、ブリテンへの愛を受け継ぎ、楽園の妖精という、ブリテンを滅ぼす使命を放棄し、この妖精國を救う為の行動を開始した。
真っ先に思い浮かんだのは怒りだ。
マーリン。王を謀り、モルガンを捨てさせた男。予測した未来を辿らせる為、予言を遂行する為に、謀をめぐらす、とんだ予言者。
ウーサー。予言などという下らないもののために、王として育てていた自分の娘を捨てた最低な父親。
異聞帯、汎人類史、人理、間違った歴史。正しい歴史。
世界の正しさを、人理という下らない自分勝手な価値観で正誤を勝手に決めつけるこの世界。
並行世界としてすら共存できないその世界を、その
間違った歴史だからと自らの世界を滅びに向かわせる楽園とか言うふざけた存在。
わざわざ、自分で世界を滅ぼすために、人間としての感情を持ったモルガンを使わせるその悪趣味極まりない使命。
何が楽園だ。何が人理だ。同じだ。これは、世界の作り方を間違えたからと、一度リセットという名目で、自分を使ったブレイントラストの残党と何も変わらない。
そんな怒りの中、彼女を見た。滅びの使命を授かりながらも、例えもう1人の自分からもたらされたものだとしても、愛する國を滅ぼすという使命に反し、傷つこうとも、蔑まれようとも、懸命に行動するその姿を。それはともに旅したあの姿と違いは無い。
運命に従い、使命に従い、世界を滅ぼした自分とは違う。
彼女はまさしく救世主だ。人理や楽園という悪趣味な存在によってもたらされる滅びの運命を回避しようとする妖精國の救世主。
それが例え彼女自身のための行動だったとしても。そこに違いは無い。
運命に抗い、愛する國を守ろうとするその姿。
それを見て湧き上がるこの感情は何なのだろうか。
気付けば、目から涙が出ていた。
絶望的な世界の中、こうありたいと思っていた。
自分勝手なのはわかってる。
罪滅ぼしの為に彼女を利用するようなモノだということも分かっている。
だが、報われてほしいと願うのはいけない事なのだろうか。
自分に出来ることであればなんでもしたいと思うのは間違っているのだろうか。
できるのであれば、もし、許されるのであれば、側にいて、彼女を支えたい。
彼女の夢の為ならば、人理も、楽園も、世界を敵に回しても構わない。
それが、この妖精國で俺を拾ってくれた、彼女に出来る最大の事だ――
***
コレは、私の記憶じゃない。
灰色の建物、草木はほぼ存在せず、周りは人間の死体だらけ。ここが、無限城という事は理解する。頭に直接情報が流れてくる感覚。
城と言うにはあまりにも不適切だ。自分の知る、
これが、彼の記憶だと言う確信ががあった。あの雷が原因であることも理解している。
だが、今、この夢から覚める方法が思いつかない。だから、失礼ではあるかもしれないが、彼の記憶をこのまま覗く事にした。
体内に文字通りの宇宙が存在していたり、時間軸そのものを操っているような、不可思議な動きを見せる怪物達が人間達を虐殺していく。
どうしようもない程の強大な怪物。
かくいう人間も異常である。身体能力が自身の知る人間とは格が違う。怪物ほどではないものの、その不可思議な技の応酬により人間同士が殺し合い、呆気なく死んでいく。その強さも、その凶悪さも、ある意味では妖精如きでは足元にも及ばない。
この場所は、もうどうしようもなく終わっている。そう思ってしまう程に、凄惨な光景だった。
戦いも過ぎ去り、死体のみが残ったその場に、ポツンと1人、少年が現れた。
夥しい死体が存在するその中を、なんの迷いもなく歩みを進める少年。一目見て気付いた。
この少年はトールだ。自分の知るトールよりも、数年分幼い姿。
目には光が失われ、なんの感情も見られない。無理もない。こんなセカイでは、万が一生き残れたとしても、心が死んでしまうのも致し方ない。
彼が歩いていると、そんな彼の様な子供が、1人また1人と集まってくる。
やがて十数人の集団と化した少年たちは、1人の青年の元に集まり出した。
少年を視界に収めながら、笑顔で迎える青年に、少年たちの目に若干の光が灯る。
これが、きっと、彼の言うあの人なのだろう。
あの人が子供達を笑顔で世話をしている。その姿は、このセカイでは異端であるが、だからこそより輝いて見えた。
そう考えたところで、場面は切り替わる。
やはり死体だらけだった。ただ最初と違うのは、その死体が、今しがた生きている姿を見かけたばかりの、少年、そして、あの笑顔を振り撒いていた青年だった。
そう、死んでしまったのだ。
当然と言えば当然と言えた。こんなセカイで、あんな子供達を抱えながら生き残ることなど不可能だ。
むしろ、これまで生きて来れたことが奇跡のようなものだ。
そんな死体の山の中から、少年が這いずり出てきた。
トールだ。成長した姿で出会えているのだから結果はわかっているが。それでも安堵してしまう。
彼は、全員分のお墓を作り、手を合わせる。
目を瞑り彼らとの思い出がトールの中で駆け巡るのを感じ取る。
この幻覚は、彼の感情や、思いまで伝わってしまう。
だからそう、今この時この瞬間、何の感情も抱いていなかった彼に、感情が芽生えたのをふつふつと感じ取る。
彼らへの感謝と愛。
そして感謝の言葉をかけることが出来なかった後悔。
彼の決意の思いが溢れてくる。人間とは後悔から学ぶものである。彼の言うあの人――あの青年の与えたモノを他の誰かに少しでも分け与えようと、彼の様な人間になろうと、彼は決意する。
感情の宿るその目に一抹の希望をモルガンは抱く。
未来の彼を知る身としては、その希望も儚いものだと知りながら。
だから、この展開は予想通りではあった。予想通りではあったが、まさかここまで展開が早いとは思っていなかった。
一歩目だ。あの青年の生き方を模倣し、与えられた優しさを少しでも分け隔てようと決意し、歩み出そうとしたその一歩目。
何のきっかけも、何の予兆もなく、彼の悲しみと怒りの感情が増幅していく。何を対象に憎悪しているのかすらわからない。その二つの感情だけが、まるで誰かに弄られたかのように、増していくのだ。
それをきっかけに、少年の体がパチパチと音を立てながら発光していく。
それは、先程現実世界で見た雷であった。
熱量は感じない、あくまでこれは記憶だ。
だというのに、あまりの雷の迫力に思わず、身構えてしまう程だった。
やがて、雷が視界いっぱいに広がったと思えば、モルガンの知るあの存在。『雷帝』が、そこにいた。
だが、その規模も、迫力も、幼いままというのもあるが、変貌を遂げた彼の姿も全てが違う。黒かった髪は金に発行し、その眼は雷によって発光している。
雷鳴に惹かれてきたのだろう、不死身の怪物達が、どこからとも無く現れ、彼に襲いかかる。彼らの不死性は千差万別だ。そもそもとして攻撃を素通りする個体。体がバラバラになろうと再生する個体。どんな攻撃も弾いてしまう個体。そんな怪物達が、全て等しく一瞬で崩壊した。
その内の一体が雷帝の腹を貫くが、身体そのものが
雷の熱量に焼け焦げて灰になる。というプロセスでは無い。
あれはもっと根本的な破壊だ。
まるで、砂に描いた絵を払い飛ばして消してしまう様な。
ありとあらゆるモノを
そんなチカラ――
彼が、その力で、無限城中の生命体を根絶やしにするのに時間はかからなかった。城内の全ての生命体を文字通り消滅し尽くし、やがて、何の感慨も無く、彼は無限城の外へと足を踏み出した。
本当にどうしようもない。世界中が、無限城と同じような状態になっていた。
雷帝は、その全ての生命を滅ぼしていく。まずは日本という島国。それもすぐに終了した。
どう言う理屈か、雷を帯電させながら彼は空を行き、無限城のある島国を超え、新たな大地へと侵攻していく。あとはずっと変わらない。人間を、怪物を見つけては雷で滅ぼし過ぎ去っていく。
彼の体に自由権は無い。操られるままに、滅ぼしていくだけ。
彼の叫びが、悲しみが、これ以上ない程に伝わって来る。やがて感情が擦り切れ、無くなっていく過程を
飛ばし飛ばしで見せつけられる。
どれ程の月日が経ったのかはわからないが、少年は、青年へと成長していた。
やがて、比喩でも何でも無く、文字通り、世界中の生命体が、彼によって消失した。
本物の静寂。
無限城の最上階。その屋上から大地を無機質に見下ろすトール。背後には陰陽のマークが入った扉があった。
風の音すらしないのは、何故なのだろうか。
本物の孤独、永遠の孤独。見ているこちらが苦しくなっていく程だった。
「トールく――」
意味はないと分かっていても、思わず彼に手を伸ばす。
その手が彼をすり抜けたところで、トールの体が再び発光した。
それが、最後の情景である。
最後の最後に頭の中に入って来る情報が流れて来た。
ブレイントラスト、GetBackers、
何という非常な現実。このセカイは他でもない人間によって作られていたのだ。
まさしく神の如き所業。だがそれを実行したのは神ではない。
本物の
気付けば現実世界に戻っていた。
***
見れば、トールが膝をついたまま俯いていた。表情は見えないが、地面を見れば涙を流しているのが見て取れる。胸に抱いていた
次こそは、救ってみせると決意を抱き、目の前に跪く彼の姿に胸が詰まる。
「モルガン……」
先に声を出したのはトールの方だった。
「ごめん、本当にごめん……っ君を、傷つけた……」
その声は、今までに聞いたことがないほど弱々しく、震えていた。
「いえ、良いんです。あれはしょうがない事なんです。あなたのせいでは無いんです」
言いながら、雷が掠り、火傷したら頬を魔術で治す。
「ほら、この通り、なんともありません。全然ヘッチャラなんです。なんにも問題ありません」
彼の頬に手を添える。頬から溢れる涙を指で拭う。
これ以上、彼に涙を流してほしくは無い。
「だから、どうか、自分を責めないで――」
神の如き人間の、操り人形となり、自らのセカイを滅ぼし、本当の孤独になってしまった彼。
そんな彼に、どうか救いをと考えるのは間違っているのだろうか。
「ありがとう」
彼の口から漏れたのは感謝の言葉。
「ありがとう、モルガン」
顔を上げ私を見るその目からまた、いまだに涙が溢れていた。
「俺を拾ってくれて」
拭っても拭っても、涙は止まらない。
「俺の世話をしてくれて」
心の底から、そう思っていることを感じ取る。
「君を傷つけた俺を許してくれて、ありがとう」
その感謝の言葉に、胸がいっぱいになる。
あんな事がありながらも、あの青年の優しさを、別の誰かに振りまこうと、懸命に努力しようとする彼に、
胸が張り裂けそうになる。
どう声をかけてやれば良いかわからない。
彼に何をしてあげれば良いのか。
「頼みがあるんだ」
「……なんでしょう」
意外な言葉だった、彼の経緯と、これまでの旅路を思えば、彼に何かしたいことがあるようには思えない。
だからこそ、精一杯答えようと思った。
「どうか、俺を一緒に連れていって欲しい。君の夢の、手伝いをさせて欲しい」
それは、意外な頼みだった。
夢――
そう言われてハッとする。
「貴方も、私の記憶を見たんですね……」
「……ああ」
その頷きに偽りは無い。
それを知って尚どうして、このヒトは私に尽くそうと言うのか。
「それならばわかるでしょう。私は、決して、妖精達の為にこうしているわけではありません。」
そうだ。私は本当の使命に逆らって、人理を裏切って、自分の為だけに、誰にも望まれていないのに、こうしてブリテンを治めようとしているだけなのだ。
「私は、あくまでブリテンの為に妖精を守っているだけです。貴方の尊敬する彼のように、ヒトを、妖精を愛しているからではありません」
トール君は、私と彼を重ねて見ていた。
妖精達を治めようと努力するその姿を、彼のような慈愛によるモノだと、そう思っていたのだろう。だから彼が私を手伝う理由なんて――
「わかってる……」
それは意外な答えだった。
「……それなら、どうして」
「理由なんて関係ないんだ」
「……」
「どんな理由があろうと、君は、妖精達の助けになってる。自分の滅びの使命に抗って、妖精達に蔑まれようとも、この妖精國を救おうと、たった1人で頑張って――」
その言葉に嘘はない。
「君は、間違いなく、この國の救世主なんだ――」
そんな風に自分の事を言われるのは初めてで、
「そんな君を、心の底から尊敬してる」
段々と、胸の奥に温かいモノが溜まっていく。
「人理のこともわかってる。本当は許されないことだって言うことも理解してる」
彼の真っ直ぐな思いが、言葉以上に、妖精眼で伝わってしまう。
「それでも、君の助けになりたいんだ」
――例え、世界を敵に回しても
口から出なかったその言葉まで、伝わってしまった。
「こんな俺だけど、世界を滅ぼしてしまった俺だけど……!」
巻き込むわけにはいかない。自分のエゴに彼を突き合わせるわけにはいかない。
「雷帝は、絶対に押さえて見せる……!今後、絶対に妖精國を滅ぼす為に雷帝にはならない――!」
そう思いながらも、彼の言葉に傾きかける。
「だから頼む! どうか、俺を使ってくれ……!」
何度も何度も厄災を祓って。
何度も何度も氏族間の争いを調停して。
何度も何度も魔女と罵られて。
何度も何度も心が折れていた。
だから、そんな言葉を投げかけられてしまうと、そんな風な頼み込まれてしまうと、その事が、心の底からの本心であると知ってしまうと、否が応でも嬉しくなってしまう。そんな言葉に縋ってしまいそうになる。
涙ながらに助けさせてくれと、本心で懇願する彼を、どうして、断る事ができようか。
「わかりました。貴方の申し出を受けさせていただきます」
だが、それだけではいけない、与えられるばかりでは自分が許せない。
だから――
「一緒にブリテンを守りましょう。私と、そして貴方の居場所を一緒に作りましょう」
「俺の、居場所……?」
「ええ、故郷を失ってしまった貴方の、新しい帰る場所」
そう、上位存在によって、自分のセカイを無理やり滅ぼさせられてしまった。
帰る場所のない、孤独なヒト。
「この妖精國が貴方の新しい故郷になるんです。受け取ってばかりでは、私も嫌ですから、貴方自身の為にも、一緒に頑張りましょう」
それが、私の為に戦おうとする彼への、最大の恩返しだと信じて。
「ああ、ありがとう……」
そんな彼の心からのお礼が、新たな旅の合図だった。
そうして、
これにて一旦過去編は区切りとなります。
お付き合いいただきありがとうございました。
書く予定の無かった過去編なので、書きながら設定を修正、追加していったことにより、若干、各章と矛盾が生じだしたので、大筋は変わりませんが、各話に若干の修正をこっそり加えております。
もし、何かお気づきの点ございましたら、ご指摘等々お願い致します。
次回から『ウッドワス』の続きを投降していこうと思っております。
評価、感想、お気に入り登録、等々、よろしくお願い致します。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画を1本以上観た事がある
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一度も触れた事がない