「じゃあ、そいつらお前のこと、むしゃむしゃ食う為に世話しようとしてたってワケ?」
「ぶくぶく太らせて俺の肝臓でも取ろうとしてたのかもな」
「で、で? 結局どうしたの? なっさけなく命乞いでもした?」
「とりあえず見張りっぽい奴に料理の乗った皿投げつけて、その後椅子をぶん投げて、怯んでる隙に窓割って逃げた」
――大爆笑。
なんの因果か、一時的にトールの主人となった少女――正確には妖精だが――スピネルの買い物に付き合い。というか荷物持ちに充てがわれ、今は休憩のためグロスターのカフェに立ち寄り、雑談に入っていた。
会話していてわかったことだが、彼女、妖精嫌いらしい。妖精の悪口になるとギアが2速ほど上がっていく。
それと、こっちが損をする話が好きだ。さっきもらった割引券の店が閉店していたのに憤慨してビリビリに破っていたのを脇で見て大爆笑。妖精の悪口付きなら2割増し。
彼女のお気に入りは牙の氏族のマネである。口を引っ張って。ダミ声にするのがコツだ。
妖精である彼女が妖精嫌いとは……色々と業を感じるが、人間嫌いの人間もいるし。珍しくはない。
そういう意味では、妖精に色々思うところのある自分にとっては話が合う。
「アハハハッ、あの街の妖精ども、コソコソそんな事してたのかよ! イイコト聞いたぜ。お堅いガウェイン様がそれを知ったら、どう思うだろうなぁ……」
「あんまり広めないでくれ。もしこの事が知れ回ったら俺がチクったってバレるからな。八つ当たりされたくないし」
「イ、ヤ、だ☆
「なんで。頼むよ。300モルポンドあげるから」
「すっくな! そんなんで、頷く訳ねーだろーが!」
彼女、スピネルは良くいる残虐な上級貴族そのまま。みたいな性格をしているが、キレて突然襲い掛かる。なんて事はして来ない。
口に反して意外と穏やかなタイプなのか、たまたま機嫌が良いのか。
襲われたところで、負ける気は毛頭無いので、臆さず喋っているが、案外懐は広いらしい。多少の無礼もそこまで気にしていない様子。
と、また再びの視線を感じた。
買い物中もそうだが、何というか怯えというか、蔑みというか、ネガティブな視線をそこかしこで感じるのだ。
眼を飛ばして周りを睨み返す、視線が消えた。
「? お前、さっきから何やってるワケ?」
その様子を訝しんだスピネルが声をかける。
「妖精達がジロジロ見てくるからさ」
「ああ、そういう事、そんなの――」
「俺の抑えられていたカッコよさが、スピネルの選んだ服のせいで、輝きを放ち始めたってところか。嫉妬の視線は辛いものだな」
「――ハァ?」
信じられないようなスピネルの視線を感じる。
なんだよ。そんな目で見るなよ。俺のジョーク。
結構皆笑うんだぞ。
過去にウォンという男にそう言った時。「いくら払ってるんだ?」と痛烈な皮肉で返されたが。後で聞いたらストレンジも言われたらしい。ウォンめ。
人のジョークセンスを否定する憎き男の事を思い出してるうちに、信じられないという表情のスピネルが一気に破顔した。
「プッ。プププッ。アハハハハッ! お前、イカれてんな!」
――笑った!
どうだ。見たかウォン! と思いを馳せていると、笑いすぎて苦しそうになっている。この子。やっぱりめちゃくちゃ良い子じゃ無いか。いっつも俺のジョークに笑ってくれる。やっぱり妖精って最高だな!
そんな会話もそこそこに終わり、喫茶店を出て、買い物は再び続く。
服やアクセサリー類。化粧品など。まさしく若い女性の買い物といった感じで、それは続いていく。
特に彼女、靴の類には並々ならぬ拘りがある様子。
他の店に比べて滞在時間が倍以上あった辺り相当思い入れがあるのだろう。
そんなこんなで、買い物も終わり、彼女の表情は満足そうだった。
よし、楽しく話せたな。
⁑
レディ・スピネル、またの名を妖精騎士トリスタン。真の名はバーヴァン・シー。
彼女にとって妖精は忌むべき対象である。人間もそうだ。
キンキンうるさいし、いるだけでムカつくし、吐き気もしてくる。
口を開けばやれ、女王の娘でなければだの.やれ下級妖精だの悪口ばかり。いるだけで気分が悪い。存在するだけで最悪だ。妖精なんて大嫌いだ。
だが、彼女はわかっている。なんで嫌われてるかわかっている。なんで馬鹿にされてるかわかってる。でもそんなのはしょうがないのだ。
それしか知らないから、そうすればお母様に褒めてもらえるから。
そういう生き方しか知らないから。
何を言われようが関係ない。自分は女王の娘である。好きなようにいじって、ムカついたらこわして。
そのためにニュー・ダリントンを与えてもらった。
いつもの通り。やりたい事をして、ムカつく妖精がいたら殺してしまえ。そう思っている。
だが、そう。今日はそう、不思議な出会いがあった。
とあるブティックのショウウインドウ。その中をジっと見つめている、変なヤツに会ったのだ。
格好もチグハグだけど、存在もなんだがおかしい。周りの妖精がクスクス馬鹿にしたように笑っているのを見た。
まあ、自分にとってはどうでも良い。気に入らないならどかすだけ。
とりあえず、そいつが見ているドレスを覗く。
思い浮かぶのはお母様。この國を支配する女王モルガン。
今のお母様のお姿も素敵だけれど、このドレスを着たらまた違う美しさを見せてくれそう。
隣を見る。その目は、とても真剣で、このドレスに何を思っているのか。
それ程に欲しいのか。着たいのだろうか。目の前のヒトがそのドレスを着てる姿を想像して。お母様を想像した後だったから、余計にとってもおかしくて、思わず笑ってしまった。こんな笑いは本当に久々だ。妖精達の悲鳴を聞いた時の気持ちとはまた別のキモチ。だから、そう。思わずだが、声をかけてしまったのだ。
「何? そのドレスがお気に入り? プッ。お前が着たって気色悪いだけだっつーの。いや、むしろ笑えてくるかも」
いつもの自分、いつもの言葉。話しかけると、殆どの妖精が嫌そうな顔をして、そそくさと去っていく。
だけど、このヒトは違った。
「ま。まあ、この服装は、俺の故郷に伝わる特別な召し物だ。常人には理解出来ない着こなしだっていうのは、理解してるさ。わかってくれる奴がわかってくれれば……」
下級妖精である事に蔑む事も無い。自分を恐れて平伏するわけでもない。
言葉の内容に対して、反応が変わっていく事が新鮮だった。
何故か普通に会話が出来る。目の前の存在は、何故かわからないけど、イラつかない。嫌な気がしない。
聞いてみれば、人間らしい。
名前はトールらしい。
私も知らないアホガルドという田舎町から来たらしい。
妖精にいじめられたことがあるようで、そんなに妖精が好きではないらしい。
以上。
別に、本当に気まぐれだ。ただの気まぐれ。買い物の荷物持ちだとか、退屈しのぎ。
そういう理由で、彼を誘った。
側から見たら無理矢理連れて行くように見えているだろうが、そういう方法しか知らないのだからしょうがない。
そうして、珍しい人間を連れたグロスターでの退屈しのぎが始まった。
⁑
楽しい。凄く楽しい。
妖精の悲鳴以外で、こんなに楽しいのは、ベリルの汎人類史の話を聞いた時くらい。
口の横を引っ張って。涎をワザと垂らして。
「『褒美欲しさに下等な人間が我が牙の氏族の戦いを邪魔するとは何事だ』ってさホント偉そうで嫌になったよ」
変な声で喋るのだ。
傲慢な牙の氏族のモノマネ。と言っていた。間抜け面で、凄く笑える。
それに今日は妖精達の蔑む視線もあまりない。
それだけで気分が良い物だ。
田舎から出て。いくつかの街を巡ったらしい。マンチェスターにも立ち寄ったようだ。
聞いてみれば。あのバーゲストの街の住人に殺されかけたのだとか。
ああ、やっぱり妖精なんてそんなものだ。あの正義ぶったお堅い妖精騎士ガウェイン様にこの話をしてやろうか。さぞ面白い事になるだろう。
ふと、立ち寄ったカフェで、目の前のトールが周りをジロジロ見ている事に気付いた。
「? お前、さっきから何やってるワケ?」
そう聞くと。どうやら妖精の視線が気になるようだ。
ああ、そう。いつもの視線だ。ムカつく視線。自分を馬鹿にして、蔑んで。イラつく視線。
近くにいるこいつも同様に視線を感じて、見られていると思っているのだろう。気にするなと言おうとしたところで。
「俺の抑えられていたカッコよさが、スピネルの選んだ服のせいで、輝きを放ち始めたってところだろう。嫉妬の視線は辛いものだよな」
彼が、そう言いながら鋭い視線を周りに巡らす。嫌な視線が消えて行く。
成る程今日、気分が良かった理由の一つがコレだ。どうやら、この男が、その視線を弾いていたらしい。
いや、今はそれよりも。こいつ、今なんて言った?自分がカッコいいから? なんて馬鹿なんだろう。妖精達のあの視線をそんなふうに考えるなんてイカれてる。
こんなヤツ初めてだ。
⁑
合わせ鏡を使って自室に帰った。
荷物の整理もそこそこに、ベットへと寝転がる。
さっきの出来事を思い出す。
わからない。色々とわからない。
退屈しのぎになった。話は面白かった。嫌な感じはしなかった。
一番印象的だったのは最後の最後。
お別れの時。
「この服、どうすれば良い? 洗って返せば良いのか?」
買い与えたスーツを摘みながら彼が聞いてくる。そんなもの別に最初からいらなかった。捨てるぐらいのつもりだった。
「別に、そのまま持って帰ればァ? 私が着ることなんてありえねーし。私からしたらゴミみたいなもんだし、お前が着たものなんて返されたって鬱陶しいだけだしィ?」
そう言った途端、彼の動きが止まった。
ゴミを押し付けられて怒ったのだろうか。
そう思った瞬間、彼の顔が目の前まで近付いていた。そして手を掴まれていた。
「ヒぁ――っ」
掌から感じる彼の体温に、思わず声を出してしまった。
「マジでくれんのか!?」
手を両手で握られる。
「いや、、ありがとう! スピネル、アンタ、いいヤツだな」
ブンブンと両手で握られた手を振り、嬉しそうに、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。信じられない事まで言い出した。
「ありがとう。妖精國に来て初めてのプレゼントだ。大事にするよ」
ありがとう。だなんてそんな事、初めて言われた。頭が回らない。どう返せば良いか分からない。握られた手も、どうすれば良いか分からない。
「――は、離して」
とりあえず今は、この意味不明な感覚から逃れたかった。
「ああ、悪い。やりすぎたな。ごめん。はしゃいじゃって」
そう言って彼が離れて行く。
「――あっ」
なんでだろう。それが、凄く――わからない。なんだコレ。
「と、とりあえず。私はもう帰るから、あ、貴方も、とっとと帰りなさい」
「そ、そうか、荷物は?」
「いい。良いから。私は帰るわ。さようなら」
「あ、ああ。
最後の最後、戸惑う彼を残して合わせ鏡で荷物ごと自室へと戻った。
わからない。礼を言われるなんて。だって、ゴミを捨てたようなものなのに。
わからない。ああやって触れられるなんて、今までにない。今まで、人間も、妖精も、
わからない。私をイイヤツだなんて。殺してばっかりの私に。だって今日なんて、無理矢理連れ回したようなものなのに。
わからない。わからない。わからない。
でも、またなって。そう、また会おうって意味だ。
嫌われ者の私に、また会おうなんて、再会の約束なん
て、そんなの――
「またね」
声なんて届くはずも無いのに。
もういないのに。
なんだか言いたくなって。つい口に出してしまった。
⁑
青い光に飲み込まれたと思ったら消え去ってしまった。
しまった。別のことを言えば良かった。
最後の最後。やらかしてしまった。
この妖精國で初めて受けた、親切。というかプレゼントだったからあまりに嬉しくて、あれ程に毒舌を吐かれていたのに、良い子じゃ無いかと。
受け入れられていると勘違いして、嬉しくて、ついやってしまった。
握手をしてしまった。手に触れてしまった。
引かれた。
それこそハグにしなくて良かった。多分殴られてたかも。妖精という別種族と言うことだけでなく、異性である事も気にしなければならなかった。
「ハア、2度と会ってくれないかもなぁ……」
落ち込みながら、踵を返す。とりあえず街を出よう。その後は自分も転移して、帰ろう。
まあ、だが、永遠に一人ぼっちで暮らして行く覚悟もしていたが、まだまだ希望はあるかもしれない。
とりあえず今度はソールズベリーにでも行ってみようか。
ウォン(ドクターストレンジより):トールの兄弟子兼仕事仲間。カマータージを守る魔術師の一人マスタークラス。ジョークに関しては辛口。
アホガルド(マイティ・ソー3より):アスガルドの事
トール:モースから妖精を救ったと思えば邪魔をするなと煙たがられ、マンチェスターでは殺されかけ、人間というだけで馬鹿にされ、もう一つの故郷を捨ててまで帰って来たのにこんな扱いだったので、色々と辟易していたら、毒舌だけど優しいっぽい少女に服をもらった。テンション上がった。全力で感謝を示した。引かれた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
。
感想ありがとうございます。
評価もありがとうございます。
お気に入り登録もありがとうございます。
感謝の言葉がこれ以外出て来ないのですが、本当に感謝しております。
自分的にはようやくというかいよいよというか。バーヴァン・シー&〇〇〇〇達編です。
本編6章を読み直し、さらに、各章用にそのキャラについてのお話だけ読み直すのですが、本当何度読んでも辛いです。マジで心が折れそうになります。
感想、評価。本当に励みになります。
お手間でなければよろしくお願い致します。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画を1本以上観た事がある
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一度も触れた事がない