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「美味いな」
心から出た感想だった。
ヨーロッパ風とでも言えば良いのか、それなりに様々な世界を旅したトオルとしても感心する様な調度品に囲まれ、住む人間の数からしたら過剰ではないかと思われるテーブルのサイズと椅子の数。
そのテーブルの席の一つに、比較的大きめの、とびきり美味しそうな、ハンバーグが頓挫していた。
ソースはデミグラス。備え付けの人参のグラッセ等も味は完璧。
トオルにとってはこの味付けは、米でいきたいところだが、成程、パンも悪くない。
久々の手料理に舌鼓を打っていると、奥から大柄の女性が現れた。
目の前のご馳走を作ったこの館の主。妖精騎士ガウェイン。
この國を取り纏めるら女王直属の騎士らしい。その名前に覚えがあるが、自分の知る物語の人物とは性別すら違っている。
初対面の時は無骨な鎧姿だったが、今は黒いドレス姿。
体のラインがきっちりと出るその服装は彼女の鍛え上げられた肉体と、女性的なラインをこれでもかと主張する。
正直なところ、目のやり場にこまっていた。
「どうかしら? 今回の出来は。――と、言うまでも無さそうですわね」
料理の感想は既に伝わっているらしい。
呆れた様な、少し嬉しそうな、そんな曖昧な表情を浮かべながらテーブルを挟んだ向かい側に座るガウェイン。
「ほら、口の周りが汚いですわよ」
そう言ってテーブルから乗り出しながら口を拭いてくれる彼女。
その行動に気恥ずかしさを覚え、色々と勘違いしそうになるが、これが彼女の性分だという事は、暫くの生活で把握していた。
体勢的に目の前の立派な物をどうしても視界に収めてしまうが、今は食欲を満たしている最中である事が幸いだった。
被りを振りながら、部屋力で食欲に舵を切る。今度は口の周りに気をつけながら、丁寧に、しかし食欲を抑える事無く、口に運ぶ。
頬をつき、嬉しそうに見つめる彼女に、誤解を抱きそうになるが、勘違いしてはならない。
――彼女には愛する人が既にいるのだから。
マンチェスターで世話になってから1ヶ月ほど。彼女のそう言った事情を教えてもらうくらいには、仲は深めていた。
***
マンチェスターでの生活はなかなか良好だ。
彼女の言う通り、この街の妖精達はしっかりと教育されているのか、気紛れに襲いかかる様な事はしてこない。
一度酒場で襲われた事もあったが、相当に酔っていたらしい。
割と洒落にならない威力の攻撃が飛んできたが、トールにとってはそれこそじゃれているようにしか感じなかった。
その際、店主に相当に平謝りされたのもあり、まあ、酔った勢いでやらかすというのは妖精に限らず往々にしてあるので、気にならなかった。
このマンチェスターに世話になる上で、出された条件は周辺に発生するモースの討伐。
1日に数回、周辺を見回り、モースを見つけ次第、打ち倒す。
立場上、ガウェインはいつもマンチェスターに入れるわけでは無いのでその代わり。と言うわけだ。
妖精達にとって天敵のそれは、自分には一切害のない存在だった。
体質の問題なのか、妖精國でも珍しい存在である自分は、重宝されていると感じている。
何せモースは文字通り妖精にとって天敵なのだ。襲いかかられればひとたまりも無い。例え対応するのが牙の氏族だとしても万が一はある。
万が一という意味では、トオル自身にもその危険性はゼロではないのだが、教育は施されているものの、やはり生来の人間を見下すという性質が拭えない妖精にとっては、その万が一を人間が背負うのは行幸と言えた。
妖精達も、感謝の意を示す。と言うよりは、ガウェインによる教育や、居なくなったら困るから。と言う名目だろう。
友好的ではあったし、偶に獲物を見るような目で見られはしたものの、トオル自身は一切気にしていなかった。
今日も何事もなく、あったと言えばモースを一体倒したくらいか。この程度で住まわせてもらってるという負い目もなくは無いが、まあ、一応命はかかった作業なわけだし――とトオルは考える。
数日もすればガウェインが帰ってくるだろう。
それが。ここ最近の生活での楽しみだった。
***
彼女の性格は、自分にとっては好ましいものだった。
忠義に熱く。妖精騎士を拝命した事を誇りに思っており。
まさしく、物語にあるような、良い意味での騎士らしさを体現し。
礼節は欠かさない。
生活態度もキッチリしており。騎士然としていると言うよりは上流階級の令嬢のような嗜みを備えている。
鎧を脱ぐと口調も変わり、それこそ典型的なお嬢様口調に様変わり。こちらが彼女の本来の姿なのだろうが、鎧の有無で性格を変えるその徹底ぶりからも彼女の真面目さを感じられた。
だらしない所のある自分には少し厳しいきらいがあるが文字通り叩き起こされても起きなかった時は口の中に剣を突っ込まれたものだ。
たまの休日くらい昼まで寝てても良いのでは無いかと口答えした時はクドクドと説教を食らった事は記憶に新しい。
そんな彼女は異世界、汎人類史の物語を好んでいるらしく。自分が持ち合わせている本を見せた時は大層喜んでいた。
そんな物語について語り合うのが日常で。彼女の、普段は見せない様なキラキラとした瞳を見るとらどんどん喋りたくなってきて。
そんな話をしているうちに、自身の異世界での出来事を『物語』として語っていくようになっていた。
***
彼の第一印象は最悪だった。
遠目から見ても奇妙な動きをしながらモースとじゃれあうという奇行を犯していた男。
そのままこちらへモースをけしかけてきた時は本気で首を刎ねてやろうと思ったものだ。
魔力もなく、体が特別に大きいわけでもない。鍛え上げられた肉体であるようには見受けられるがそれだけだ。
だがその男はこちらに襲いかかってきたモースを認識する間も無く、凄まじい速度で倒してみせた。その体捌きは、時間軸すらもズレているのではないかと見まごう程の速度で目で追うのすら困難だ。感心するほどの戦闘技術。自身とは違う強さ。ある意味では尊敬の念を抱くほどだった。
人の剣を勝手に奪ったのは如何なものかと思ったが。
鍛錬や経験に裏打ちされ、計算された戦闘技術。自身の知る猛者達に勝るとも劣らない。類稀なる強者だった。
彼は素直な人柄だ。言う事は素直に聞くし、納得できない事があれば臆することなく意見する。
その意見も的を得たものが大半で、自身の知見が広がっていく感覚もあった。
偶に出る子供の様な理屈で突っかかってくる時もあるし、少しだらしない所はあるが、それも可愛げの一種だろうと、思えるぐらいには好ましいと感じていた。
「その浮いてる島にはそれぞれ文化があって――」
特に彼に語ってもらう物語のお話が、楽しかった。
空の上に島があり、様々な種族があり、そんな島々を空飛ぶ船で旅をするワクワクするような話
空よりも更に上、宇宙や銀河を股にかけ、おちゃらけた集団がひょんなことから銀河を救う大役をこなしていくちょっとおかしな話
楽しいお話から悲しいお話まで、彼の知る物語は千差万別で、コロコロと表情を変えながら、まるでその登場人物達と共にいたかの様に語ってくれる。
彼の感情の籠った喋り方が、その表情が、その物語に多大なリアリティを生み出していく。
彼のそのお話は時には胸を熱くさせ、切なさに目尻に涙を浮かべてしまうこともあった。
同時に感心し、考えさせられたのは物語への視点だ。
妖精騎士である自分が拝命したガウェインというこの名前。汎人類史におけるアーサー王物語と言う本にて語られる英雄譚。
かの円卓の騎士達は自分の憧れだ。正しく生まれた存在で、正しく民を守る騎士として君臨する。
自分の様な●●とは違う本物の騎士。自分は彼らの様になりたいと思っているし、今もそうあろうと精進している。
彼も似たような本を持っていたらしい。
是非とも聞いてみたいと感想を求めたところ、帰ってきたのは自分が期待していることは違う答えで。
「なんて言うかさ、俺はこの話があんまり好きじゃなくて」
申し訳なさそうに。悲しそうに語り始めた。
「いや、ちょっとね。悪役のこの人があんまりにもあんまりで」
彼の言うこの人とは、魔女モルガン。この妖精國に君臨する女王と同じ名を持つ女性。
「そりゃ、まさしくやってる事は悪女! みたいな感じだけどさ」
アーサー王の敵としてブリテン崩壊の一端を担った悪役中の悪役。
「自分の親に捨てられて、最終的には後からポッと出てきた騎士王とやらに、自分自身でもある土地や居場所も奪われて、魔女だなんだと罵られてさ。俺だったら、そんなの耐えられない」
汎人類史の人間達程とは言わないが、妖精の中では物語と言うものに対して造詣が深いと自負する身としても、倒される悪に寄り添うその視点は不思議だった。
栄ある騎士について語り合う様な事はできなさそうだと少し残念に思いながらも、興味が湧いたので問いただす。
「耐えられないって……ちなみに、あなたが同じ立場だったらどうしますの?」
他意はない。その立場に耐えられないのであれば、彼はどうするのだろうかと。気になっただけ。
「俺だったら、ウーサーとマーリンをボッコボコにして、小物だの何だの馬鹿にしてる騎士達は全員裸にひん剥いたりとか?城壁に並べりゃ、素敵な装飾になるぞきっと」
なんともまあ、悪趣味な事を言うものだが、これは時折飛び出す彼なりのジョークだという事は理解していた。ただ――
「でももし、出来るんだったら、その世界を、世界を作った奴を殺しに行くだろうな――」
最後の言葉には、本当に世界を滅ぼしてしまうのではないかと、誤解してしまいそうになる様な。そんな狂気を孕んでいる様な気がした。
「ま、ようは悪役にも同情できる理由がある奴もいるってこと。そういう眼で見ると、あら不思議。ウーサーとマーリンがすごいクソったれに見えてくる。俺にとっては騎士の栄光と悲しき物語と言うよりはウーサーとマーリンによって崩壊する哀れなブリテンの物語って感じなんだけど――」
放心しているガウェインを見て何かを誤解したのだろうか。気まずそうに、目を逸らし、ポリポリと後頭部を掻き上げる。
「あー、悪かったよ。人の好きな物語にケチつけて」
怒っていると勘違いしたのだろうか。やらかしたと思った時、この男はだいたい後頭部をポリポリポリポリ。あいも変わらずわかりやすい。
「いえ、その、物語の人物だったら――なんて、しかも悪役側なんて、そんな楽しみ方なんてしたこなかったものですから、ちょっと驚いただけです」
軽く誤解を解きながら、そう、気になった事があったので質問を投げかける。これは、大いに他意がある質問だ。
「では、物語の悪役が、そう言った複雑な事情もなく、他者を食らい続けるよう作られた。そんな怪物だったら、やはりそれは悪なのでしょうか。あなただったらどうしますか?」
***
ちょっとズカズカ言いすぎただろうか。
モルガンの視点に寄りすぎた。個人的な感情を間伐入れずに語ってしまった自分に気恥ずかしさと、彼女への申し訳なさを覚えながら、様子を見る。
問いただしてみたところ、どうやら杞憂だったらしい。
いや、きっと多少は思うところはあったのだろうが、彼女の懐の深さに救われたのだろう。
彼女に内心で感謝を捧げていると、一つ、質問が飛び出した。
――自分が、他者を喰らう怪物だったら、理由もなく、ただそれを実行する役割となった怪物だったら。今の自分の価値観を抱いたままそうなったら。罪の意識などは感じるのかと。
そんな問いだった。
「別に、気にせず食べるよ。俺は」
そんなもの決まっていた。
「そうしないと生きられないんだろ?そんなもの食べて当然じゃないか。今俺が食ってるハンバーグと変わらない。まあ、この材料になった動物からすれば悪だろうが、少なくとも今この行動を俺自身は悪だと思ってない。だから俺は悪くない。どうしても悪者を決めたいのなら、悪いのはそう設定してそいつを作った創造主だ」
そう作られたのだからそういう行いをするのは当然だ。本人は至って悪くない。
「では、その食べる相手が愛するものであった場合は? 食べたくないのに食べてしまったりした後、絶望のあまり死にたくなってしまったりそういったことはありませんの?」
「そりゃまた……やけに穿った質問だなぁ」
なんとも意地悪な質問をするものだと、実はさっきの事を根に持ってて、その意趣返しだろうかと思いつつ。彼女を見返すと、その表情は真剣だった。
そんなわかりやすい表情をされたら、色々と勘ぐってしまう。
とりあえず、こちらも正直に応えるべきだろう。
「まあ、その時になってみないとわからないけど。どのくらい愛してたかにもよるだろうけど。やっぱり、責任を待って自殺するとかそういうのはしないと思う」
とある鬼の話だ。ある宗教の教祖であったそいつは、信者の皆と幸せになるのが努めだと言っていた。
人を食う鬼であるそいつにとって、死に恐怖する人間を救う方法は食べる事なのだと、食べる事で、その人間と共に永遠に生きていく事だと。それが救いなのだと。
そんな話を織り交ぜながら、説明していく。
まあ、食われる側がそれを望んでいなかったし有無を言わさずだったし、本気でそう思っているような感じでもなかったので、その鬼は紛う事なき悪ではあったが、捕食する側としての理論としては一理あった。
「さっきと同じだよ。食う必要がないのなら話は別だが、食うしかないのなら、本能みたいなものならそれは本人のせいじゃない。そういう本能を設定しといて、それを罪とする思考回路と倫理観を与えた奴がそれこそ悪趣味。俺だったら、やっぱりそいつらを許せない」
そうだ。そんなの本人にはどうしようもない。そんなコテコテの悲劇のスイッチを仕込むなんて、その世界の中の人間を娯楽程度にしか思っていない、糞ったれの考えそうな話だ。
ふと気づくと、ガウェインが口に手を当てながらクスクスと笑っていた。彼女らしい、上品な笑い方だった。
「あなた本当に……物語の登場人物が飛び出してきたみたい」
「……それってバカにしてないか?」
「いえ、事あるごとに世界が悪いと、創造主が悪いと……、まるで自分が物語の存在である事を知っている登場人物みたい。そういうお話もありましたでしょう?ほら、第4の壁を破るというーー」
世の中が悪いなんていう責任転換。そう言われるとまるで子供のわがままのようだ。クスクス笑う理由もきっとそこにあるのだろう。
自覚はあるが、面白くない。こうなったらと表情を作り手を腰に当てる。不機嫌のポーズだ。
そのポーズに気づいたのか、彼女は笑うのを止めた。ただその表情は未だ穏やかな笑顔のまま。
ひとしきり、そうやって楽しい会話を続けた後。
「その……ひとつあなたに話しておかないといけない事があります」
その表情を引き締めたと思えば、
突然、そんな事を言い出した。
・トオル
故郷の性質上、世界創造のロジックを知っている為、どうしようもないはずの世界そのものを軽い気持ちで批判する。それは世界を作り出したのが自分とそう変わらない存在である事を知っているからである。
・空の上に島:天井がある
・アーサー王物語(GOA風):モルガンびいきのまま読んでしまった為、いくら名前が同じだけの別人だとわかっていてもウーサーやマーリンが超嫌い。
アーサー王に対しては複雑な気持ち。
円卓の騎士も嫌い。特にモルガンを小物扱いした癖に不倫だのなんだのやってるランスロットとかもう……
という分けだけでは無く、とある理由によって、物語の登場人物への感情以上の物を持っている。
・とある鬼:弐番 滑稽だね馬鹿みたい。ふふっ貴方、何のために生まれてきたの?
・第4の壁:俺ちゃん。本人に会ったことはあるが、他の登場人物と動揺頭がおかしいとしかその時は思わなかった。世界を離れたからこそ、そういった事では無いかと感づくことができた。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
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MCUの映画を1本以上観た事がある
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一度も触れた事がない