二度と、着る事は無いと思っていた。
この
当時はそんなつもりはなかったが、結果的には自身もヒーローの一人として、世間に認知されるようになったあの闘い。
そのスーツは一人の男のアイデアで用意された一品だ。
正直な所、そのデザインは好みでは無かったが、その男の
あれ以来、マスクも破れ、外した為、顔も認知され、顔を隠す必要性も感じなくなったため、着たのはあの時の一回のみ。再びコレを着る事になるとは夢にも思わなかった。
この緊張感はあの時以来かもしれない。
ジッパーを閉め、装備が完了。
ドアの先は戦場。これは名誉を掛けた戦いだ。
自分に名誉など相応しくないと思っていた時もあった。ヒーローと名乗る等おこがましいとも思っていた事もある。だが、そう思ってくれている人達がいるのもまた事実。
故にその思いを無視することもまた自分にはできない。
鏡に映る自分の姿を見ながら、心の準備をする為、一度深呼吸をする。
息を吐き切った事で意識を落ち着かせる。
そして、意を決してドアを開けた。
***
「うっわダッサ!!」
汚い言葉の割には酷く楽しそうだった。
赤い髪に、全身真っ赤なドレスに包んだ美少女。
妖精騎士トリスタン。妖精國ブリテンの女王、モルガンの娘であり、数多の妖精をその力や権力を用いて虐殺してきた危険な存在でもある。
そんな彼女は、その気性に似合いの嗜虐的な笑顔を浮かべていた。
「アッハハハハ!ほんとダッサ! 何それ? そんな恰好で人前に出てたって言うの!? く、くふっ……! ダメ! やっぱり我慢できない! アハハハハハ!」
その対象は目の前にいる青年だった。
全身下から上まで、体のラインに沿うようなピチピチのスーツに包まれており、彼の鍛え上げられた肉体を余す事なく映し出している。
色は全身が真っ赤に染まっており、胸の辺りに稲妻のマーク。
頭は顔を隠すようにマスクがあるが、口元や目元が出ている辺り、隠しきれていないと言うのも事実。
外観の美醜の価値観は人によると言えるが、妖精騎士トリスタンにとっては先の言葉以上の感想は出なかった。
そして、その言葉に、強く反論出来るほど、青年はこの格好にセンスを感じているわけではなかった……
「そこまで笑う事ないのに……」
愚痴りながらスーツを脱ごうとする青年の名はトール。
妖精國ブリテンの端、廃村となった潮騒のティンタジェルに居を構える。異世界から来た存在である。
「まって!待てって! 脱がなくていいじゃない! その格好すっごく素敵よ、面白くって! 記憶に残しておきたいから今日はその格好でいなさい!」
「嘘だろ……」
紆余曲折あり、縁が出来たトールとトリスタン。
きっかけは色々あるが、結果としてトリスタンに懐かれたトールは、こうして、気まぐれに遊びに来るトリスタンをもてなしていた。
トリスタンは自身の管理するニューダーリントンにて謹慎を命じられているらしく、噂がたつため大っぴらに歩けない。暇つぶしとストレス発散の為、割と頻繁にトール以外存在しないこの町の住居に度々来ているのだ。
トリスタンは異世界――彼女曰く汎人類史と言うらしいが多分違うという事を説明しておいたが――に興味深々で、それこそトールが持ち出した、映画やら本やら、食べ物やらを嗜んでは、退屈を凌いでいる。
文字の類も最初は読み取れなかったが、銀河規模の翻訳機を雑誌そのものに適用させ、彼女にも読めるように変換させている。
トールは翻訳機を体に埋め込んでいるが、流石にトリスタンの身体をいじるのは憚られた。
前からわかっていた事ではあるが、やはりトリスタンは特にファッションの類。やはり靴がお気に入り。
度々トールの家に来ては、ソファに寝そべり、菓子を摘みながらファッション雑誌を嗜んだり。映画を見たり。
ファッション映画と言えばで、トールが思い浮かんだのが『プラダを着た悪魔』だが、映画の内容にはピンと来なかったらしいが、見目麗しいさまざまな服の数々には大層感銘を受けてくれていた。
映画本編よりも、そのパッケージの、ヒールが悪魔の持つ三叉の槍になっている靴に1番の関心を示していたのは何とも言えないが。
兎にも角にも、寛いでくれてはいるようだ。
その寛ぎ具合。他人の家とは思えない程である。
その様は普通の少女のようで、気まぐれに妖精を虐殺するという事実を全く想像出来なかった。
そんな中、トールがこのピチピチスーツをお披露目する事になったのは、トリスタンがそんなファッション雑誌を読んでいた時である。
***
「ねぇ……」
ソファに寝転がりながら菓子を摘み、雑誌を読む彼女。
トールは、そんな彼女に紅茶を出そうと、ティーカップを用意しているところだった。
「これってアンタでしょう?」
厭らしい、ニヤニヤとした表情で雑誌を見せるトリスタン。その広告ページの端に、とあるスーツを来た青年の写真が写っていた。
そう、確か、NYでの宇宙人の侵略以来、ヒーローと持て囃され、地球を守る象徴として、人々を安心させる為の広報活動という名目でフューリーに命じられて受けた仕事だ。ちょっとしたインタビュー記事。
大きな写真にはスーツを着たトールが写っており、横の写真にはトールの素顔が載っている。
顔を隠すためのスーツのはずだったのに、全く意味を成していなかった。
そう、それは、あの時の、一応は顔を隠すと言う名目で着た、全身真っ赤な、恥ずかしいあの――
「い、いや……人違いじゃないか? た、他人の空似ってやつだろ。うん。間違いない」
判断は早かった。
トリスタンの嗜虐的な表情。間違いなくこちらを揶揄うつもりだ。
あの程度のサイズの写真なら誤魔化せる。
これはシラをきっておくべきだ。
「お前、嘘下手すぎだろ」
「……」
トリスタンは言いながら立ち上がり、勝手知ったるなんとやらで、リビングの箪笥をおもむろに開け、ゴソゴソと漁り始めた。
――そういえば、服や靴に興味津々と言う事で、初日から人ん家の箪笥や靴箱を漁りまくってた事を思い出す。
同時に何があそこに入っているかも。
「これ、何だろうなぁ」
ニヤニヤとしながら両手に広げるのは、間違いなく、あの時着ていたスーツだった。
***
トリスタンの"命令"によって“フラッシュ"と言われていた時代のスーツを着させられ、1日過ごすことになった。
自身の姿を久々に鏡越しに観察する。
この衣装で戦った時が、ヒーローとしての初めての戦いであり、『Avengers』のメンバーとして世界に認知されるようになった出来事でもあった。
あの
それに対抗する為、集まったのがアベンジャーズ。
正確に言えば、元々、アベンジャーズ計画は頓挫していたのだが、ある出来事をきっかけに、バラバラだったそれぞれの強者は、チームとなった。
それまでは、SHIELDのエージェントとして、各地を回り、フューリーの命令という名目で、妖精國に戻るための手段を探していた裏方役だったトールも例外では無い。
あの戦いを思い出す。
そしてその後のあの世界での出来事も。
トリスタンには笑われてしまったし、お世辞にも良いセンスとは言えないが、わざわざ妖精國に持ち込むほどには、思い入れがあるスーツ。
鏡越しにそんな姿を見て、色々と思い出に耽りたくなった。
トールは、3Dホログラムが浮かび上がるテーブルについて、何となく、過去の資料を閲覧し始める。
***
デザインを揶揄うのも飽きたのか、時折見ては、クスクス笑う程度に大人しくなったトリスタンはソファーに寝そべりながらファッション誌に目を落とす。
トリスタンとしてはもうちょっと恥ずかしがって欲しかったのだが。思ったよりも反応は薄い事を残念に思いながらテーブルに付いて何やら、空中に浮いている半透明の何かを弄る彼を見る。
最初は恥ずかしがっていたくせに、今の彼は、何処か誇らしげで、だけど、何処か哀愁を漂わせていて。
元の世界に何か思いを馳せているのだろうかとトリスタンは考えた。
「ねえ……」
「ん〜?」
「あなた、前の世界じゃ、セイギのミカタでヒーローだったんでしょう? それにどこかの国の王子様……」
雑誌にあった記事を読む限り、侵略して来た怪物達を追い返したヒーローであり、ウッドワスの報告通りであれば、とある国の王子様。それがトリスタンの掴んだトールの情報。
本当はもっと複雑なのだが、トリスタンには知るよしもない。
「あっちの世界じゃ、チヤホヤされてたんでしょう?」
「ん? まあ、そうかな……」
トールの表情が懐かしい物を思い出す様な表情に変わっていく。
「その、お前のいた国はどんなところだったのよ。アフォガードってところは……」
それは純粋な疑問だった。
「アスガルドな。まあ、ホント、凄い国だったよ。黄金の宮殿に色んな魔法。豪華な鎧の兵士達。ちょっと血の気は多かったけど、皆良い人達で……」
訂正を挟みつつ始まったトールの話は、まるで物語のようだった。
宇宙の全てを見つめることができる門番。ヘイムダル
ありとあらゆる世界へ移動することができる虹の橋ビフレスト。
万物を凍らせる氷の巨人。
世界を覆い尽くす程に巨大な炎の巨人。
宇宙を破壊できるほどの兵器を作る
懐かしそうに語るトールに、トリスタンはそこはかとない羨ましさを感じつつ、質問を進めていく。
「お前の、お母様はどんな人だったの?」
そこがある意味1番気になるところだった。同じ王の子供という立場。どういった交流をしていたのか。
「母上……そうだな、アスガルドの王妃で、魔女って呼ばれて恐れられてもいたけど優しくて――」
「魔女……」
トリスタンは思わぬ共通点に眼を丸くする。
魔女、目の前のこの男の母親も魔女と呼ばれていたのか。
「キチンとした人だった……死にかけた俺を拾ってくれたのは父上で、俺は父上の血を分けてもらったおかげで生き長らえて、強い体ももらって……王の息子と言う立場ももらって……闘い方なんかは父上が教えてくれたけど、世話をしてくれたのは、母上だった」
「拾われた……」
妖精は自然発生する存在であり、親子関係というものは、人間のそれと異なるが、拾われたと言う意味では、また一つ共通点があった。
「まあ色々あったんだ……トリスタンも?」
「……まあ、そうね。私もお母様に拾われて妖精騎士のギフトをもらったの」
そう説明するトリスタン。だがどこか歯切れが悪い。
それは、拾われる以前の記憶が殆ど無いからか、トール程語る事が出来るほど交流がない故の劣等感からか。
それはトリスタン自身にもわからない。
だから、自身の事を語ることは憚られた。
「私の事よりもお前だよ。それで?」
「……そうだな、母上は、俺にちょっとした魔術を見せてくれた。花をカエルに変えたり、水から花火を出したり」
「花火……?」
この汎人類史を含めたこの世界において、花をカエルに変える魔術などというのは、ちょっとしたでは済まない技術ではあるが、妖精にとってはその限りでは無い。ため、トリスタンにとって、興味が湧いたのは花火の方だった。
「俺は、アスガルドの魔術の才能はそこまで無かったんだが、母上は根気強く教えてくれて、これだけは出来るようになった……見る?」
優しい笑顔で伺うトールに、トリスタンは無言で頷く。
ソファに寝そべるトリスタンにむけて、右手を向けて掌を開く。すると掌の上から水面のような魔力が広がり、そこから花火が上がる。
「綺麗……」
打ち上がる時のヒュルルルという音から、花が開く時の爆発音まで再現されており、それがそのまま手のひらサイズになっていて、可愛らしさも兼ね備えている。
トリスタンは、その被虐的な性質も忘れ、素直に見惚れていた。
「母上は、信用されたいと思えるような人だった……」
花火を仕舞い込んだ後。そう語るトールの表情は、嬉しさよりも寂しさの方が勝っていて、トリスタンもそれに気づかない程鈍くは無い。
拾われて、王族になって、魔術を教わってと、共通点が多いとトリスタンは感じていた。
違うのは、その関係性。トリスタンは母であるモルガンを愛している。心の底から愛している。
だが、そんな母とは、ここ最近は特にだが、まともな会話すらできていない。
そして、魔術を教わり、妖精を虐殺する事で褒められながらも、明確な愛というものを実感できていないトリスタン。
だが聞く限りトールは違うようだ。
彼の語るトールに対する母の態度は、ある意味では、トリスタンの求めているそれだった。
嫌われ者のトリスタン。
妖精國のどこにも自分の居場所は無く。
自分を保てる理由は、女王の娘であると言うことだけ。
そんな女王からの愛も、ベリル・ガットによって、説明されることでようやく実感できる程。
対してトールは、誰もが彼をヒーローと称し、アスガルドという国では、母と父から愛を受け。皆から愛されている。
そんな立場を捨てて、この世界にいて、こんな誰も近寄らないような田舎で1人住んでいる。
それが理解できなかった。
「そんなに大切にされてたのに、なんで、ここに来たの?」
彼が、事故でも、妖精に拐われたわけでもなく、自分の意思でこの妖精國に来た事は既に聞いている。そして、もう元の世界に戻れない事も。
ただ、理由までは聞いていなかったのだ。
そんなトリスタンの質問を受け、テーブルの上の何かを弄る手を止め、トールは考える仕草を見せる。
その表情には哀愁が漂っていて、
「わからない」
「ハァ? 何だそれ……」
その答えも、不思議なものだった。
「いや、大切な何かがここにあったってのは覚えてる。その為にここに戻ってきたのも覚えてる。でも肝心なその何かが思い出せないんだ……」
「マジか。なんで、そんな肝心な事忘れてんだよ……迂闊すぎだろお前、ここに来る時に異世界に脳味噌でも忘れてきたんじゃねーの?」
いつもよりずっと暗いトールの態度。トリスタンとしては、
いつも通り、困ったような表情をしながら、そのジョークに笑って元気に言い返してくるトールを予想していたのだが、彼の反応は今までと違っていた。
「……そうだな。記憶を失う可能性があるって事はわかってて。それでも俺なら大丈夫だ………なんて思い上がってた……具体的な内容は思い出せなくても、思い出すための努力は欠かさずに突き進んでいける。みたいなこと考えてた――と思うんだけどな」
端末の上にあった、立体画像。
さまざまな人物が浮かび上がるそれを愛おしそうに眺めていて。
「今じゃ、やる気も出なくてな……」
おちゃらけた口調。だがその表情は
「本当に、俺は何でここにいるんだろうな……」
深い悲しみに満ちていて、泣いている様に見えた。
トール自信なぜこんなにも自信が怠惰な感情になっているのかが理解できない。
まるで、
「まあ、脳味噌をどこかにやったってのも、本当かもな?」
トリスタンのジョークに、被せて返すが、やはり覇気はない。
自分が自分では無い感覚。だからこそ、そう言ったことに関して落ち込みを見せていた。
「ふーん……」
トリスタンはそんな良い返答も浮かばず、トールから目を逸らし、再び雑誌に目線を落とす。そこで会話は終わる。
トールはそのまま、ひたすらにアルバム画像を閲覧し、トリスタンは雑誌を捲る。
ペラペラと紙の擦れる音だけが響く室内。
雑誌の内容に集中できない。
視線に入れなくともわかる程の落ち込み具合に、トリスタンは自身でも理解できない感情を抱く。
(何かわからないけどイライラする)
妖精などに対するイライラとはまた違う。
落ち込んでいる彼を見ると、その感情がさらに大きくなる。
イライラの原因であるはずなのに排除する気にはなれない。
それに戸惑いつつ、トリスタンは雑誌を閉じて、寝転んでいたソファから降りる。
テーブルをいじりながら椅子に座るトールを蹴り飛ばしてやろうかと、
ガツンと、足に鈍い痛みが響いた。
「いっっっっ!!!」
トリスタンの叫びにトールが振り向く。
見れば、ソファの側、アタッシュケースが明らかに邪魔になる位置に置いてあった。
「だ、大丈夫か!?」
「ンなわけねーだろ! 変なところにこんな邪魔な置くんじゃねーよ!! 第一なんで、靴を脱がなきゃならないのよ!!」
涙目になりながら、トリスタンは、最初の頃、一度強く拒否した、靴を脱ぐというルールへの不満を再びぶつけながら、そのアタッシュケースに足裏を乗せて、勢いよく押しのけた。蹴り飛ばさずに、押し込む形にする辺り、相当に痛かったようだ。
ケースはそのまま壁にぶつかり、跳ね返る事もなくそのまま部屋の隅に追いやられた。
「……は?」
それを見て固まるトール。
「あ?何だよお前。悪いのはここに置いたお前だろ?」
ありえない物を見たようなトールの表情に不機嫌さを隠そうともせず睨むトリスタン。
「い、いや、どかしたことに文句はないと言うか……え、今……どかしたんだよな……? 妖精の超能力使ったとかじゃ無いよな?」
「何わけわかんない事言ってるんだよ」
ぶつぶつ何事か呟くトール。先程の暗い雰囲気も消えていた。自覚なくトリスタンは、深い呼吸を一つ。
それはまるで安心した時の一息のようだった。
足の痛みも無くなり、未だぶつぶつ呟くトールに
構わず、トリスタンは彼の膝を軽く蹴る。
「雑誌も飽きた。他に何か面白い事無いの?」
「え? あ、ああ……そうだな」
トールは、部屋を見渡した後、一部にあった巨大な黒い、トールの肩ぐらいまではある巨大な箱に着目した。
「それなら――」
その箱へと近づき、端末を操作した途端、その箱に幾重もの切り込みが入る。その切り込みを起点に、蓋がウジャウジャと分割していきながら、箱が開いていく。
中から現れたのは、銀に光り輝く何に使うかすら定かでは無い、さまざまな形状の機械の手。その手が囲むのは銀の柱だ。その頂上には台座が取り付けられていた。その真上には、半透明に光るホログラフィック映像。幾重もの線が折り重なり、真円玉を形作っていた。
「ガジェットツールだ。素材さえあれば大半の物は作れる優れもの」
「これが何だっていうのよ……」
訝しげにその装置を覗く。
妖精であるトリスタンにとって、機械という物は存在そのものが忌むべきもの。
トールは、一度箱から離れ、テーブルへとトリスタンを促し、端末を弄る。
すると、先程のツールの中心にあったホログラフィックと同じような、線で束ねた円球がテーブルの上に出現する。
トールはそれを手でそっと包む。実際に掴んでいるわけでは無いが、指や掌を駆使してこねくり回すと、それに合わせるように形が変わっていく。
不可思議な動きにトリスタンが、半ば呆れたような態度でいると、そんなこともお構いなしに、トールは、自慢げな表情で、動き続ける。
暫しの奇妙な動きを終え、トールの動きが止まったかと思えば、円球だったホログラフィック体は――
靴の形へと変わっていった。
「――っ」
トリスタンはその光景に息を呑む。
ここまで来れば、彼が何をさせてくれるか等明白だ。その意図を察して、トリスタンは湧き上がる高揚感を抑えることが出来なかった。
「まあ、見るだけってのも飽きただろうし、今度は、実際にデザインして、作ってみるってのはどうだ?」
予想通りのトールの提案に、トリスタンはこれまでに無い程、喜びを表に出した。
「作る! 作るわ! 何だよお前! 最初からこういうのやらせろよな!?」
飛びつくトリスタンに、トールは笑顔を向けながら、これまでとこれからを考える。
正直なところ、記憶も無く、やる気すら謎に奪われ、妖精國において、やるべき事も思い浮かば無い今。
あの世界を離れ、アスガルドを離れ、ここに来た事に後悔を抱いていた。
だが、はしゃぎながらホログラフィック体を弄るトリスタンを見ながら、こんな生活も悪くないと思い始めていた。
さて、明日はウッドワスのレストランにでも行こうか。
ウッドワスとトリスタンの仲が致命的に悪いのは知っているが、女王を愛する者同士、いつかは仲をとり持てたらいいなと思いつつ、女王に会ってみたいとも期待しつつ、この妖精國での生活に充実感を持ち始めて
いた。
だがそのやる気の無さ故にトールは気付かない。
今この國が、汎人類史の介入を起点に、未曾有の混乱に陥っている事を。
ウッドワスとトリスタンの余裕の態度ゆえに気付かない。
この國は着々と、滅びに近づいている事を。
そして、トールは気付かない。
この倦怠感は、やる気を出す事で、カルデアの全滅が確定してしまう事を恐れた自分自身による思考誘導だと。
妖精國を護りながらも、憎むべき人理の使者であるカルデアに危害を加え無いというあまりにも無謀な目標を掲げた自分自身によるものだと気付かない。
そして、その目標を掲げた時間軸のトールは、ウッドワスの事も、トリスタンの事も、
そんな事を知る由もなく、明日も、こんな穏やかな生活が続いていくのだと、トールは思っていた。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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