世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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急変

 

――先日、鐘の音が響いた。

 

 

 

それは、妖精國の崩壊を呼ぶ巡礼の旅の始まりであり、カルデアと予言の子による女王モルガンへの宣戦布告。

トールは、その音にえも言えぬ不快感を感じ取る。

 

それもそのはず、この巡礼の鐘は、真実、最終的には世界を正すという名目の元、この世界を滅ぼす終わりの鐘に他ならない。

ブリテンの滅びを阻止する為に来たトールにとって許容できるはずもない。

 

世界を作り出した上位存在が、”失敗”だからと、"生まれるべきでは無かった"と、切り捨てるという行為を、トールは絶対に許さない。

ましてや、その消滅を、上位存在本人ではなく、”使命”などという聞こえの良い名目で、下位存在に従わせ、実行させる。

その行為に、嫌悪感どころではない、憎しみすら抱いている。

その価値観は記憶を失おうと変わりはしない。

 

楽園も人理も、それを実行させようと推し進める何者かも、トールにとって全て憎き敵であり、滅ぼす対象。

 

だが、今はその記憶を失ったまま。

 

その鐘の音は、トールにとってあくまで嫌悪させるだけの不快な音に過ぎない。

今のトールに予言の子も、異邦の魔術師も関係は無い。

 

そのはずだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

時たま立ち寄るグロスターの妖精達にも大きな変化は見られない。と言っても、流行と言う形で、色々変わるグロスターの変化を気にしたところでしょうがないのだが。

 

トール周りで起きた大きな変化と言えばウッドワスだ。

 

たびたび立ち寄り、彼のレストランで色々と、初日程ではないが、酒と食事をウッドワスと共に楽しんでいた。

アスガルド流マナーを取り入れたレストランももうすぐ開店となる予定だったが、鐘が鳴って以来、色々と忙しくなったらしく会えなくなってしまった。

 

オックスフォードの住人に聞けば、異邦の魔術師と、予言の子が本格的にモルガンへと反旗を翻したのだとか。

 

残念だなと思いつつ、オックスフォードのレストランでの食事を済ませる。

 

あの宴会以来、人間、妖精問わず、オックスフォードの住民との関係はかなり良好だ。

それは、ウッドワスの計らいもあるが、2度目に訪れた際に牙の氏族の主力メンバーと手合わせをしたと言うのも大きいだろう。強さを示した事で、一目置かれる存在になっていた。

当然ながら、無償というわけにはいかないが、お気持ちの割引をしてくれる店もある。

 

レストランの店員に、美味しかったよと礼を告げ、オックスフォードの外へ出る。

 

二つの輪が繋がった指輪を付け、手を回せば、目の前に、光の輪が出現する。

その輪の中は、輪の外と全く違う景色を映し出しており、トールがそれをくぐった瞬間、トールは輪の中の景色の場所に佇んでいた。

 

トールが異世界で学んだ。ミスティックアーツと呼ばれる。”魔術”

多元宇宙から力を引き出し、その力を操る。トールが作り出したのは術者の望む行先へと次元を繫げるゲートウェイである。

そう簡単には再現できないはずの次元間移動も、ミスティックアーツを用いる魔術師達にとっては、初歩中の初歩。

これが出来て、初めて魔術を習い始めることが出来るという程度の技術。

 

それを使った事で、トールは、数日はかかるはずの位置にある、自身の住むティンタジェルへと一瞬で移動した。

 

ボロボロな廃村の一角。

一つだけ飛び切り綺麗な建物。

その扉の前に付いた時、一人住まいの家の中に気配を感じ取った。

 

そんな気配にもトールは驚かない。誰がいるかなど簡単に予想はできる。

警戒する事も無くトールはそのドアを開けた。

 

「どこに行ってたんだよお前」

 

不機嫌さを隠そうともしない、妖精騎士トリスタンがそこにいた。

その姿を確認し、トールは顔を綻ばせる。

 

「なんだ? 別に家の物は勝手に触って良いって言ったじゃないか」

 

そもそもダメだって言ってもいつも触るじゃないかと続けながら、トールは靴を脱ぎ、上着をかけ、帰宅時のルーティンをこなしていく。

 

「何というか、色々詰まっちゃったのよ。デザインとか、このがじぇっと? とかの動かし方とか」

 

「なるほどね……」

 

トールは腕をまくりながら、ツールの前で、靴のホログラフィック映像を、覗く。

そこには、そこの厚いヒールの形が浮かび上がっていた。

 

「良くできてるじゃないか」

 

「ホント!?」

 

素直な感想を呟けば、素直に喜ぶトリスタン。

彼女は、嗜虐的な正確だが時々こうやって素直な反応を見せる時がある。

 

「そう、そうよね……結構悪くないとは思うの。むしろ良いデザインだと思うのよ……」

 

いじらしい照れを見せながら、自身を奮い立たせるように、呟くトリスタン。

 

「でも、やっぱり、どこか納得いかないのよね……」

 

「まあ、こだわりはじめるとそうなるよな……」

 

初めての靴作り。

 

いかに高度な製造用の道具があろうと、アイデアそのものはトリスタン自身から生み出すしかない。

 

そして、こだわり始めるといつまでも納得のいくものは中々出来上がらないものだ。

妥協のない作品。言うのは簡単だが、腕が上がれば上がる程、理想も上がっていく。

本当の意味での100%の出来の何かというのは、中々に難しい。出来そのものよりも、自身を納得させる何かが必要だ。

だが、これもまた良い経験だろう。

 

 

異世界の、魔術の師匠とのやり取りを思い出す。

 

『あなたの雷の力は与えられたものですが、既にオリジナルの物とは全く違う用途で用いられている。その雷の使い方はどのようにして、得たのですか?』

 

『……毎日、休むことなく実践と研究を重ねました』

 

『魔術も同じです。あなたはその経験によって、世界の摂理をプログラムとして”理解”しきっています。ドクター・ストレンジよりも魔術の習得は早いでしょう。その先、貴方と彼がどうなっていくかは貴方達次第ですが』

 

雷の力も、自分の正体も、未来も、説明せずとも理解しているような、不思議な女性だった。

 

今は亡き至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)エンシェント・ワン。

 

つくづく自分は、様々な”師匠(せんせい)”に恵まれたなと思いつつ。

 

過去の自分のように真剣に学ぼうとするトリスタンを視界の端に収めつつ。

 

トールは、デザインされたいくつかの靴のホログラフィック画像を回しながら除くと、一つの違和感に気づいた。

 

「なあ、これって。自分用のじゃないのか?」

 

良く見ると彼女の足とサイズが合わない。

 

最初のガジェットの説明の時にの操作の説明で、彼女の足のサイズをスキャンさせたから、そのサイズは覚えている。

 

トリスタンを見れば、何故わかった?とでも言いたげな、驚いた表情をしていた。

 

「……その」

 

その後、トリスタンは頭を下げたので表情が伺えない。

 

「お母さまのよ……」

 

その言葉を聞いて、トールは、思わず、思考停止してしまった。

 

「なんだよお前! その顔は!!」

 

顔を真っ赤にしながら、こちらに詰め寄るトリスタンに、トールは心に暖かいものを感じてしまう。

 

いや、彼女の母親への愛は分かっていた事だが、まさかあれだけ気に入っていた自作の靴の最初の最初。

れを自分の為ではなく母親の為に作ろうとするとは……

 

思わず自身の膝を素足でけり続ける事も構わずに彼女の頭をガシガシと乱暴に撫でてしまう。

 

「ちょっと……っ」

 

そのトールの行為にトリスタンは一度呆けた後、再起動して、トールの膝をふたたび蹴る。

 

「髪が乱れるだろうが、このバカ!!」

 

「ハハ、ごめん、ごめんって」

 

トリスタンのじゃれつきにある程度相手をした後。一歩トリスタンから距離を取り、会話を切るように、パンっと両手を叩く。

 

「よしっ! 協力するよトリスタン! デザインに詰まったなら、他の奴を見るのも大事だ。ほらこれなんかエアジョーダンって言うんだけど――」

 

「——あ? なんだよ突然やる気出し始めやがって。暑苦しい……見るけど」

 

オックスフォードでも、グロスターでも、ソールズベリーでも、彼女の残虐さは有名である。

 

だが、トールの知る彼女はこんなにも母親思いで、好奇心がいっぱいで可愛らしい少し生意気な少女だ。

 

彼女の悪評も、行動にも、そんな彼女を娘に据える女王にも、きっと理由があるはずだ。

 

いつかは彼女のこんな純粋さが、妖精國に広まると良いなと、果ての無い夢を思い描く。

 

 

「なあ、って事は女王様をスキャンしたんだよな?」

 

「えぇ、こっそりだけど……」

 

「その映像ってあるの?」

 

「あ?見せるわけねーだろ? お母さまが汚れる」

 

「なんだよ、酷い言い草だな……さてっと」

 

「言っておくけど、足のサイズのでえたしか残してないからな」

 

「……あ、そうですか」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「近々、私は戦に出る。反乱軍の殲滅だ」

 

オックスフォードにて、久々に一緒に食事をしていたウッドワスがそんな事を言い出した。

 

「しばらくは、このオックスフォードも店を閉める。しばらくはここに来ても持て成す事はできん」

 

「……そうなのか」

 

どうやら、本当に戦争状態らしい。

 

予言の子に異世界から来た魔術師。

 

魔術師という点から、自身の所属していたミスティックアーツ使いかとも思ったが話を聞く限りでは全く違うようである。

この妖精國に隣接するマルチバースからやってきた異邦の魔術師。

 

予言に寄れば、今の女王モルガンは偽りの王であり、真の王は予言の子であると解釈されているらしい。

その予言の子が、現在反乱軍を率い、着々と準備をしている。

 

「何、所詮は烏合の衆。モース討伐よりも、容易い仕事だ」

 

「……大丈夫か? その反乱軍のリーダーって一応ウッドワスが世話してた人間なんだろ?」

 

「ふん、2000年もの間、ブリテンを護り続けた女王陛下に反抗するなど――もはや同情する余地は無い」

 

「まあ、そうかもな……」

 

 

その通りだ。

 

トールは妖精の良い所も知っているが、その残虐性も知っている。

そして、様々な世界や星を旅してきたトールから見て、女王の統治はひとつの正解ではあるというのがトールの見解だ。

とは言うものの、わざわざ「妖精は救わない」などと公言するその態度はいかがなものかと思うのだが。

様々な星を巡って得たその価値観。妖精等問題にもならないような残虐な宇宙人を知っているし、それを支配する存在も知っている。圧政は国を安定させる上では最も手っ取り早い方法だ。人間のような脆弱な存在ならばまだしも、道具も持たずに互いを殺せるような存在ならば尚、圧力が必要である。

 

アスガルドの父オーディンも、今は理想的な王として語られているが、その前は9つの世界を侵略した戦人。

娘であるヘラを処刑人に据え、見るも無残な侵略行為を繰り返していた。

 

妖精の残虐性を知ってか知らずか、妖精と人間の共存という青臭い理想論を掲げるだけ掲げ、謡っているのは女王の殺害。

この國を運営していく上での具体的なプランを掲げる事も無く、真の王の具体的なものも示さず、予言という曖昧なくだらないものに乗っかって、反抗の狼煙を上げたのだ。

 

『悪しき女王を殺して、國は平和になりました。めでたしめでたし』

 

そんなくだらない事がまかり通るのは物語の中だけだ。

大切なのはその後だ。

 

今の現状で言えば、女王が死んだ後、待っているのは、次代の王を決める氏族間での争い。

今もなお、女王の圧政の中でさえ、睨み合いをする氏族間の隔絶を取り払う事など不可能と言っていい。

一時的に誰かが王に付こうとも結局の所、今の女王並の恐怖でなければ抑えきれないのは明白だ。

 

政治的な争いで済むとは思えない。暗殺、虐殺、その他考え得る限りの策謀がこの妖精國に巻き起こるだろう。

 

そしてモースや厄災等の問題も残っている。

 

それをわかっているのか、いないのか。

掲げる理想は立派なものだが、本当に予言頼みで、女王さえ殺せば、妖精國は救われるだろうという浅はかな考えで突き進むと言うのであれば同この國にとっての害悪としてしか思えないのが正直な所だ。

 

例え女王を殺したとしても、少なくとも人間が奴隷として扱われているような現状を回避できるとは思えない。

反乱軍は勝っても負けても、その理想を成し遂げる事は不可能と言っても良い。

それをわかっているのか。

まあ、この國においての人間の製造方法を鑑みれば、人間は皆若いだろうし、青臭い考えで突っ走るのも致し方ないとも言える。

 

そう考えると何をしても報われない彼らに同情の余地はあるが。今の自分はウッドワスやオックスフォード。トリスタンやその母親である女王の命の方が大事である。

願うのは、ウッドワス達の無事のみだ。

 

気になるのが予言の子、及び、汎人類史の魔術師達。

汎人類史、トリスタンやウッドワスに聞いたところ、自身のいた異世界と同じような文化があるとの事。

人類により発展した歴史。妖精のいない世界。となると、歴史も似通っているのではないのだろうか。

同じ暦かは知らないが、文化というものは戦争と共に上がっていくものだ。となると戦争の歴史も学んできているはず。

 

この反乱におけるその後の事など、考えつくようなものだろうが。果たしてどういうつもりなのか。

 

予言の成就とやらを信じ切って行動しているのであれば、トールにとってはそれこそ愚行。

予言などに全く信頼を置いてないトールからすれば彼らが呼ぶのは妖精國の救いでは無く、ただの混乱だ。

 

 

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疑問を持たざるを得ない。

 

國の内乱に乗じて女王を殺すのが目的で、後は妖精國が滅びようがどうでも良い。むしろ滅んだ方が良い。

などという考えを持っているのなら話は別だが。万が一そうであるとすれば、許せないどころでは無いが――

 

――ドクン

 

「いや、ありえるのか?」

 

つい口に出てしまった。

 

「どうした?」

 

――ヤメロ

 

訝し気な表情のウッドワス。

 

「いや、何でもない」

 

ーーヤメロ

 

頭が熱を持ってきた。

 

「なあ、ウッドワス」

 

――ヤメロ

 

視界が霞みはじめる。

 

「なんだ? 改まって」

 

――ヤメロ

 

頭痛が酷い。

 

「いや、その反乱軍との戦い。良かったら俺も参加させてくれ——」

 

――ヤメロ!!

 

――ブツリと、頭の中の何かがちぎれたような感覚があった。

 

「——おい、貴様、鼻から血が垂れているぞ……」

 

「——あ?」

 

気が付けば、酷い頭痛の余韻と、鼻から滴り落ちる血液。

その血が白いテーブルクロスを汚していた。

 

「わ、悪い! 弁償するよ! 何モルポンドだ!?」

 

慌てて自身の血を拭うトール。

 

「いや、構わん。しかし怪我も無いのに血を垂らすとは……やはりお前も人間ではあるという事だな。余りの強さに忘れていたが」

 

「いや、俺もこんな事初めてだけど……」

 

何が原因かはわからないが、先ほどの頭痛の余韻は消え去った。

トールの様子に、一度安心したような挙動を見せるウッドワスは、感謝の言葉を向けながら、会話を再開する。

 

「ふむ、先ほど、言いかけていた貴様の提案、反乱軍討伐への参加だが、実を言うと、陛下から貴様を軍に入れるのを禁止されてしまってな」

 

「……そうなのか?」

 

「自身の國の問題は自身で解決しろとの事だ」

 

「でも反乱軍にも異世界の魔術師がいるんだろ? フェアじゃないよ」

 

「よせ、既に陛下がお決めになった事だ。例え貴様でも疑念を口にすることは許さんぞ?」

 

「なら、こっそり――」

 

「よせと言っている。万が一発覚すれば、貴様だけでなく私の立場も危うくなる」

 

そこまで言われれば、断念せざるを得ない。

 

だがまあ、彼がそういうならば、無理やりついていく必要も無いだろう。

何せトールにとってもウッドワスの強さは折り紙付きだ。

 

「気遣い感謝する。安心するが良い。私は油断はしない、ありとあらゆる対策を考えている。陛下にも援軍を送っていただくよう約束を取り付けた。私に敗北は無い。なぜなら――」

 

「『モースの王を倒した勇者ウッドワス』だから――だろ?」

 

トールはニヤリと笑いながらウッドワスの台詞を奪う。

 

それにウッドワスもにやりと笑い、無言で拳をトールに向ける。

トールもその拳に拳を合わせる、トールがウッドワスに教えた手遊びだ。

友情の証。

 

トールもウッドワスも、この行為を気に入っていた。

 

「じゃあ、今度はこの間みたいな良い酒持ってくるよ。強さは普通のヤツ。オックスフォードでまた飲もう」

 

「ほう、それは楽しみにしておこう」

 

その会話を最後に、戦の話は終わった。

 

「……そう、お前に感謝せねばならない事があった。あの香水だ。貴様がくれた香水をその、つけていったのだが、オーロラが良い香りだと褒めてくれたのだ」

 

「なんだよ!良かったじゃないか!」

 

なんてことの無い、日常の話へと移っていく。

 

世代を超え、記憶の障害を越え、再び結んだ二人の友情。

 

再開の約束。

 

 

だがその約束は二度と叶うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

家に戻ったトールは、机上にホログラムマップを開く。

それはブリテンの大地を上から俯瞰で映していた。

 

「ロンディニウムの位置はここか。ウッドワスの軍は……」

 

酔いが回り、口が軽くなったウッドワスとの会話で得た、戦の情報を元にマッピングしていく。

トールもその戦いに多少の口添えはした分、まあそのくらいは許容だろう。

 

ああは言ったものの、心配は拭えない。何せ唯一と言っても良いこの國での友人だ。

心配しすぎるという事は無い。

 

ウッドワスにも反乱軍にもばれずに援護できる位置を探していく。

本当の本当にいざという時は、ゲートウェイを開いて、ウッドワス達を無理やり退避させ、ロンディニウムをその空間ごと消滅させる方法も考えていた。

トールにとって、優先すべきはウッドワスやオックスフォードの住人達。

 

今のトールにとって反乱軍も予言の子も、予言という曖昧なものを元にこの國に混乱をもたらしているだけの、ふざけた連中でしかない。

本気で妖精國を救おうと考えているならばあまりにも愚行すぎて、嫌悪感さえも抱くほどだ。仮に想像したような、思惑が彼らにあるとすれば、それこそ、害悪でしかない。

 

そんな者達に万が一、ウッドワスが殺されようものなら、許さないではすませられない。

そんな万が一を起こさない為の用意をトールはしていた。

 

マップを見ながら、ウッドワスにもバレないように援護する為の様々な対策を考え、兵器や戦略等を用意していたところで、それは来た。

 

――ヤメロ

 

再びの頭痛

 

眼が霞む。

 

身体が思うように動かなくなっていく。

 

水が床に滴る音に、眼下を見れば、夥しい血液が広がっている。

 

それを自覚した瞬間に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トールは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

血を流し、床に倒れこむ彼を見ながら、その存在は、歯がゆい思いしかできなかった。

 

すぐにでも彼の記憶を直接蘇らせてあげたい。

 

だが単純な記憶喪失ではないため、そんな事をすれば、彼の脳は壊れてしまう。

 

今すぐに倒れる彼をせめて柔らかいベッドの上に寝かせてやりたい。

 

元より声と情報のみで彼を補助する事しかできない身。この家の中の機械類を操ればベッドに運ぶことは出来るし、魔術を使って運ぶ事もできる。

だが異世界の存在である自分は、トールが記憶を取り戻す事で”認識”しなければ、この世界に存在する事すらままならない。

 

存在はしているが、存在していない。それが今の自分。

 

元よりAIとしてしか思われていない身分だがそれでも彼の為に出来る事がある事が喜びだったのに。

今はそれすら出来はしない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

彼をこんな目に合わせているのも相まって、その憎しみは倍増していく。

人理が憎い。カルデアが憎い。

 

そしてあれだけ求められているのに、出会えたというのに、触れ合えるというのに、それを自ら跳ねのけた女王が腹立たしい。

 

自分であれば絶対に手放さなかったというのに。

 

静かな怒りを貯めながら、その存在はトールを想う。

 

例えきっかけは間違いであろうと、彼は自分を慮ってくれた。

 

自分の為に怒り、自分の為に戦ってくれた。

 

彼が、道半ばで去る事になってしまい、深い謝罪と涙を流してくれた彼を責めることなど出来はしない。むしろそうしてくれたからこそ、全てを捨て、彼の役に立ちたいと肉体を捨てた。

自分には、返しきれない恩がある。

 

認識されなかろうと、見つめる事しか出来なかろうと、その存在はトールを想い続けるのだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にやって良かったのかしら……」

 

自室にある靴を眺めながら思う。

 

ベリルに教わった魔術で、ウッドワスの生き胆みたいなものを抜き出した。

 

ざまあみろと思った。

 

使えないくせに偉そうにして、無様に負けて、とうとうお母さまに見捨てられた、愚かな負け犬。

 

いつもいつも獣と香水の混ざった匂いが臭くて、嫌な思いをしていた。最近はその匂いがとんとしなくなったが。

 

足手まといにしかならないロートル。

 

お母さまの足元を汚す、老人。

 

でも、ウッドワスはあのトールと仲が良い。らしい。

 

トールからウッドワスの話が出る事は無かったが。

時折家にいなかったとき、帰って来た時にさせていたのは料理の匂い。

 

あれはオックスフォードへ行ってきたものだろう。

 

結局、軍入りの話が無かった辺り、お母さまもウッドワスの判断に信頼を置けなかったという事だろうというのは、ベリルの話だ。

 

それでも、こうして親切にしてくれているトールが懇意にしているウッドワスにトドメを刺してしまった手前、正直もう、トールの家にも行き辛い。

 

「あと少しで完成すると思ったんだけどな……」

 

トールに会えない寂しさと、そして、彼の家で作っているお母さまへのプレゼントを想いながら、トリスタンは床に就く。

 

体の内部からくる不快感を遠くに感じながら。後悔の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……くぅっ」

 

 

起き上がれば、床に乾いた血が広がっていた。

 

 

 

「これ、俺の血か……」

 

 

床に広がり、乾ききっている血を見ながらつぶやく。

 

凝固具合を見るに、大分気絶していたらしい。

 

原因はなんだろうか。

 

考えようとしたところで()()()()()()()と思考を変え、部屋の片付けを開始する。

 

「ハァ、あー、床で寝たから体がダルいな……」

 

呟いたところで、一つの事を思い出す。

そう、倒れる直前何をしていたのか。

 

「——ウッドワス!!」

 

自分はどれだけ眠っていたのか。

デジタルカレンダーを見れば、既に数日が経っている。

普通に考えれば、ウッドワスが負ける事はないが、嫌な予感が拭えない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

転移した瞬間、目の前にはオックスフォードの住民。

 

その表情は、優れておらず。

 

嫌な予感はますます、加速していく。

 

 

「ト、トール様!!」

 

「反乱軍との戦いはどうなった!」

 

突然現れたトールに驚く住人に構うことなく、詰め寄る。

しどろもどろだった兵士だが、その質問に、表情がみるみるうちに、悲しみに染まっていった。

 

「敗北……しました」

 

「——ハ?」

 

それは、信じられない回答だった。

 

「なんで――? だって、ウッドワスは相当に強いぞ? 人間であれに勝てる奴なんていないし援軍だって呼んでたんだろ?」

 

兵士の肩を掴み、さらに詰め寄る。

 

「援軍は来なかったのです!! そのまま、ウッドワス様は予言の子やパーシヴァルと戦い敗北しました! 我々の力では、その戦闘に介入する事すら出来ず……! 牙の氏族達も、モース毒が塗られた武器に手こずってしまい……!」

 

「そん、な……」

 

「うぅ……っウッドワス様のお役に立ちたかったのに……! 私は何も……!」

 

泣きながら語る。人間の兵士の肩を離す。

 

「ごめん、マノイ。強く掴みすぎた……」

 

謝罪を入れた後、トールは、兵士、マノイの肩を整え、踵を返す。

 

「——どこへ行かれるのですか?」

 

マノイは、トールのその後ろ姿に言いようの無い不安を抱え、声をかける。

 

「ああ、ちょっと、行くところがあって……」

 

「ま、待ってください!! まさか円卓軍の所ですか!?」

 

「……さぁな」

 

「え、そ、その……」

 

肯定とも否定とも取れない態度に、戸惑うマノイ。止めるべきかどうかすらわからない。

 

マノイにとってトールは憧れの存在だった。

人間なのに牙の氏族の誰よりも強く、それなのに優しさに満ちていて。

彼が来た日のウッドワスは大層に機嫌が良くて、いつも彼の事を褒め称えていて。時たま、彼は、戦闘のイロハを人間妖精問わず、指導する事もあり、メキメキと実力が上がっていく実感に誰もが高揚感を抱いていた。

 

プライドの高い牙の氏族の兵士達も、この戦争でトールがいてくれればとぼやく者もおり、

 

ウッドワスによる、女王の命令だという話によって、皆がようやく納得したほどだ。

 

彼がこれから何をするかはわからない。

だが、自分以上に暗い雰囲気のトールを見て放っておかずにはいられなかった。

 

「トール様!」

 

尚も歩みを進めるトールに、マノイは、これだけは伝えねばと、大声を出す。

 

「ウッドワス様はトール様を大層気にかけておりました! だから、トール様に何かあれば、ウッドワス様も喜びません!」

 

「……ありがとう。マノイ」

 

トールはマノイに笑顔を向け、感謝の言葉を伝え、そのままオックスフォードから去って行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

オックスフォードからしばらく進み、誰もいない事を確認して、トールは次元を繫げるゲートウェイを開く。

その先はロンディニウム。

 

「悪いな、マノイ」

 

別に、円卓軍に復讐しようと思っているわけでは無い。

 

戦争だから、ウッドワスは殺された事はしょうがない事だ――円卓軍は悪くない。

 

 

 

 

 

 

――等と綺麗事を言う程に大人でもないが、ウッドワスを破った連中に無策で挑む程、短絡的でもない。

 

ただ、トールの持つ、過去の映像を映すホログラム装置で、ウッドワスの闘いを見届けようと思っただけ。

 

まあ、もし、その過程で円卓軍の誰かに話しかけられたら、有無を言わさず、そいつの上半身を消し飛ばすぐらいの力を込めて殴ってやろうとは思っているが。

 

 

 

ゲートをくぐり、戦場跡地へと移動する。

 

ホログラムを起動し、戦場を巡る。

そして、見つけた。その映像には、まごうこと無きウッドワスが映っていた。

 

『報告、ご苦労人間の兵士にしてはいい面構えだ』

 

兵士との戦況に関する会話が続く。

プライドが高く、粗暴だが、その戦場を分析する眼は確かだった。

 

地べたに腰を下ろし、そのやり取りを見る。

 

「しかし、予言の子の特徴しか聞いてないのは、愚策だったなウッドワス」

 

まるで、ウッドワスがその場にいて、2人で戦の感想会でも開いてるかのように声を出すトール。

 

その眼はどこか虚ろだった。

 

そのままウッドワスの闘いを見届ける。

 

援軍がいない事に驚愕するウッドワス。

慌てる兵士達。

 

「全く、もっと体だけじゃなくて、心も鍛えるべきだったな、牙の氏族の兵士たちも」

 

青年が来た事に驚くウッドワスに、援軍とは何のことだととぼけた態度をとるパーシヴァルという青年。

 

「援軍は本当に来なかったらしいな……何かトラブル? それとも援軍を送ってもらえなかった?」

 

『我々が倒すべきは女王のみ。妖精の血を流す事が目的ではありません』

 

「その女王を倒して、お前らの望む未来が手に入ると本気で思ってるのか? そもそもウッドワスがそんな事で止まると思ってもいない癖に、殺しに正当性を持たせて、自分は綺麗でいたいってか?」

 

その態度に嫌悪感を露わにするトール。

もはや、その思考は憎しみしか持たず。

穿った思考しか出来なかった。

 

しばらく見ているととうとうウッドワスがその服を脱ぐ。

とうとう、自身が戦闘に立つという事だ。

氏族そのものの罪を背負い、菜食主義にまで転換した彼が、とうとう戦う。

ただそれだけでも、トールにとっては腹立たしい事だった。

 

戦闘相手は、服装にまとまりのないコスプレ集団。こいつらが予言の子で、異邦の魔術師達なのだろう。

 

その戦闘を真剣に見続ける。ウッドワスの最期を見届けようと、眼を逸らすことなく。

 

 

『さらば、わが父。この罪の報いは、楽園にて、必ず』

 

――何が報いだ。口に出せる程度の覚悟で、浅はかな理想論で國を混乱に陥れて、育ての父親を殺した罪が償えると思うな……

 

「ただ殺すだけで済ますと思うなよ……」

 

今のトールは、生まれたセカイはもちろんの事、異世界やアスガルドでの生活含めても、これまでにない程に、闇深い思想に染まっていた。

 

パーシヴァルの一撃が、ウッドワスへとぶつかろうとしたその時、

 

「あ、あの――!」

 

後ろから声をかけられた。

 

振り向けば、少女がいた。

 

それは、今しがた映像で見た。ウッドワスを殺した者達の一人。

 

金髪の少女。

 

「今の、先日の闘いですよね。それを映していたそれは一体」

 

その少女が、訝し気な表情でトールを見つめていた。

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