世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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マンチェスター④

「ああああっ!!」

 

裂帛の気合いと言うよりは、まさに悲鳴だった。

バーゲストは剣を上段に振りかぶり、その勢いのまま叩きつける。

 

真正面からの堂々とした一閃。普段のバーゲストであればするはずの無い、単純な攻撃。

しかしその一撃は、並の妖精であればその余波だけでも吹き飛ぶような威力を誇っている。

 

その一閃を。男は横向きに交わしながら、その風圧を意に返さず。振り下ろされてる最中の剣の腹に拳を当てた

 

無防備な横合いからの軽い衝撃は、しかし、バーゲストの振り下ろしの威力を利用する形でその刀身を大きく弾く。

 

剣を手放すまではいかないものの、その衝撃に腕を持っていかれ、大きく体を開く状態になってしまう。

 

その無防備な胴体に男は右拳でボディフックを叩き込み、その鎧に衝撃を与える。

 

その威力はバーゲストの巨体を数メートル程吹き飛ばすが、鎧故に、彼女は無傷だった。

 

そう、彼女は全くの無傷。だが、その表情に余裕は見らない。

 

「なぜだ……何故こんな事を……」

 

その顔はまさしく絶望に染まっており、それだけを見るのならば、勝敗は決まっていた。

 

「答えろぉ!!」

 

 

獣のような慟哭。その声には悲しみが篭っていた。

 

 

 

 

 

その戦いを声が聞こえる程度の場所から見守る一団があった。

 

汎人類史からの来訪者。自身の世界を取り戻す為、5つの間違った歴史の世界。異聞帯を滅ぼして来た侵略者達。

この妖精國からしても倒すべき敵であるはずその者達は、とある事情により、その國の救世主を引き連れて、妖精國を救うべく渡り歩いている。

 

視線の先には、味方に引き入れようと画策していた女騎士が男に剣を向け、叫びを上げていた。

 

 

「あの男が下手人かねぇ」

 

 

その中の1人、赤髪を携えた武者風の若い男性が、その見た目に似合わない。年季の入ったような所作で、呟く。

 

先ほど見えたバーゲストと青年との殺陣。普段のバーゲストらしくない攻撃だ。彼女との戦いは困難を極めると考えていた自分達でさえ、容易に打ち取れると思える程に、単純な動きだ。とはいえ、その威力は並ではない。

余波でさえ、十分な威力を持ち下手なサーヴァントはもちろん妖精でさえ、タダでは済まない。

 

それを、ああも素手で容易に捌けるだろうか。

 

「状況からしたらそうだろうね。人間に見えるけど、今の動きを見たかい?」

 

応えたのは一団の中では最も年若く見える少女。10代にさえ届いてなさそうなその見た目に反して、やはり、その態度には、歳を感じさせない何かがあった。

 

「うん、なんというか、まるでサーヴァントみたいだった」

 

応えたのは20代程の青年。

こちらは年齢通りの雰囲気を感じ。人の良さそうな顔をしていた。

 

「魔力の類を一切感じない。身体能力を強化してるわけでも、特別な礼装を持っているわけでもなさそうだ。超強力な魔力隠しのような道具があるのなら別だけど……」

 

「他の異聞帯みたいに、汎人類史の英霊の生前の状態だったり、この國の英霊になりえるような人って事かな?」

 

「可能性はあるね。何にしても、動揺しているとはいえ、それでも特別な装備も魔術も使わないで彼女と戦えるっていうのはかなり異常だ」

 

会話を交えながら戦闘を見守る。確かに彼はどう見ても普通の人間だ。デニムのパンツに、ピザの絵が書いてある白いTシャツ。紺のジャケットを羽織っている。

 

汎人類史においては、よく見る華美に無頓着なただの若者だが、それがむしろ妖精國においては異常に見える。

 

どう見繕ってもあの格好に特別な礼装や武器が隠されているとは思えない。

 

そんなどこにでもいそうな青年たる彼はバーゲストの剣を素手で容易くいなし、その右拳による一撃は鎧こそ傷つけなかったものの、巨体であるバーゲストを吹き飛ばした。

 

「村正はどう見る?」

 

「さて、儂も本業は刀鍛冶。素手で大立ち回りをする奴なんざ、専門外だが――」

 

この中で、ああいった戦い方における知識は彼が1番マシだろうと判断したダヴィンチの問いかけ。

 

「あの坊主がそもそも強いってのは間違いないが、駆け引きの旨さが圧倒的だな。バーゲストも万全ってわけじゃあねえが、旨さがちげえ」

 

今一度、繰り広げられる攻防を見ながら、村正は感心したように答えた。

 

「そもそもアイツ、やる気がねえのか分からねえが、本気を出してねえみてえだからな」

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

続く戦闘。

 

 

それを遠目で見ながら。

藤丸立香は、正直なところ、どう動いたものか、考えあぐねていた。

本来であれば、バーゲストの怒りの原因は明白だ。自身の領地の妖精や人間が皆殺しにそれた。そしてその惨劇を生み出したのはあの青年で、まさしく悪魔のような所業だ。

倫理的にも、信条的にも、彼女を味方に引き入れようという元々の目標的にも、バーゲストに味方したいところだった。

 

だが、彼らの戦場に向かう途中。その惨状を見た村正による、一つの分析が、その選択を容易には選ばせなかった。

 

『妖精をヤったのはアイツだろうが、人間をヤったのは多分、ここの妖精達だ。この死体達は昨日今日のもんじゃねぇ。大分前から痛めつけていた後がある』

 

それは、俄には信じ難い事実だった。今まで出会った妖精は皆純粋で、気の良い生き物達だった。

とんでもない目にあった事もあったが、それでも人間と同じで一部の者だけだと思っていた。

街一つの妖精全員がこのような蛮行を行うのは考えにくい。

しかし度々聞く戦いの歴史、時折思考の端で感じる違和感。その度にどこか確信を得る前に、その場を去ったり、話が変わったり。確証は持てなかったが、こんな事が起こったとしても、不思議では無い何かを感じていた。

 

人間を弄んでいた妖精達。その妖精達の死体。そして、加害者であろう男性。

 

想像できることは色々あるが、確証が持てない。

 

となると、カルデアとして、妖精國を救う預言の子一同としてとして、どちらにつけば良いのか。

 

これは当人達の問題であり、少なくとも今は介入するべきでは無いと言うのは村正の弁で、納得はしていた。

 

「アルトリア?ハベトロット?」

 

藤丸は、会話に混ざらなかった2人を伺う。金髪の少女「預言の子」アルトリアと、小さき妖精ハベトロットだ。

 

2人共、あの男の姿を見て以来、様子がおかしい。

 

アルトリアは、街の様子にアテられたのかもわからないが、顔色が悪い。

 

ハベトロットは何処か奥歯に物が挟まったような、何かを思い出しているような。複雑な表情だ。

 

彼に、心当たりでもあるのだろうか……

 

ひとつ聞いてみようと思った矢先に、向こうの方で動きがあった。

 

衝撃すらもこちらへ届く轟音。

 

バーゲストが再び、切り掛かっていた。

 

それと同時に、会話が聞こえて来る。

 

『何故だ、何故街の皆を殺した!!』

 

バーゲストが叫びと共に斬りかかる。

 

『別に、気に入らないから以外に理由なんてねーよ』

 

彼は横凪の一閃を、間合いから一歩引く事で避け、後ろに下がったその反動を利用し、間合を詰める。剣にとっては近過ぎる間合い。再び鎧に、今度は掌底を叩き込んだ。

 

内部へと響く衝撃に、バーゲストはたたらを踏む。その様子を一瞥し、彼は続ける。

 

『毎日毎日モース退治。ただでさえ退屈だって死にそうだってのに、この街の妖精は感謝もしない、敬いもしない』

 

『弱肉強食?強い者が弱い者を保護する?そんなクソみたいな綺麗事がそもそも気に入らない。その教育のおかげで、俺がモースを退治するのは当然だなんて思ってやがる。モースに強い俺がモースに弱い妖精を守るのは当然だってな。その癖、人間として見下すような目で見るしな』

 

『俺はな、バーゲスト。お前みたいに、無償で何かを守って当然。みたいなお綺麗な考えが死ぬほど嫌いだし、それを強要されんのも腹が立つんだ』

 

『今までは飯を食う為に我慢してたけどな。

戦争が起こってお前がいなくなって、飯の種が消えたなら、ここにいる必要もねぇ』

 

『ま、人間も、妖精も殺してやったのは、最後のストレス発散ってやつだ。なかなかスッキリしたよ』

 

聞くだけなら酷い話だ。善意のカケラもない。

微塵も止まらぬ物言いに、バーゲストが震えているのが見える。顔は俯き、表情は見えないが、ダメージを受けていないにも関わらず。剣を杖にしなければ立てない程。憔悴しているようだ。

 

 

 

「嘘……」

 

その様子を見ていたアルトリアが初めて声を出した。

 

「アルトリア?」

 

立香が案じ顔でアルトリアを見る。

 

「言ってる事、殆ど嘘だ」

 

「ま、そういうこったろうな」

 

アルトリアに続いたのは村正だ。

 

「人間をヤったのは間違いなく妖精達だ。少なくともあの坊主の仕業じゃねぇ。前に小耳に挟んだろ。バーゲストの街は争いがねえってな」

 

そういう風に街を作ったんだろう。人間にとっても、妖精にとっても安全な街を。

そして騎士たる彼女ならば、そう言った街のあり方を、きっと誇りにしているだろう。

 

「そん中で、実はこっそり街の妖精が裏で人間を嬲り殺しでたなんて知っちまったらバーゲストはどうなるだろうな」

 

「そうか、彼は妖精の蛮行を発見してしまったのか」

 

続くダヴィンチの言葉にハッと気づいた様子の立香が再び会話を続けていく。

 

「だから妖精達に襲われて……?」

 

「そういうこった。奴さん、バーゲストを傷つける気は一切ねえみてえだからな。まあ、わざわざ自分を悪役に据えたのは上手いとは言えねえが。さっきのさっきまで複数の妖精と切った張ったをやり合ってたんだ。咄嗟に思いつかなかったのかもな」

 

「そんな……」

 

それでは、余りにも悲しすぎるではないか。彼女の為を思ってとはいえ、自分自身を恨ませるなど。

 

「さて、本当の理由は分からねえがな。正当防衛ってやつとは言え、妖精達を殺したのは事実だ。その責任を感じてって可能性もあるし。もっと別の理由かもしれねえ」

 

「そうなると、ますますあの戦いに介入はしにくい。彼は擬悪的な行動をする程までに彼女に真実が知られるのを嫌がってる。彼らの戦いを止めたところで、私達が横槍をいれた所でどちらにとっても利益にはならない」

 

「そういうこった。俺達が邪魔して良い領分じゃねぇ」

 

「それは……そうだけど」

 

本当に何もできないのだろうか。何か、彼らに自分達がしてあげられる事はないのだろうか。

 

例え終わってしまう世界だったとしても、今目の前にある悲劇を放っておくのは嫌だった。

 

「待って!何か様子がおかしい。この魔力——」

 

思考の闇に嵌っていた時、ダヴィンチの言葉に、意識を戻す。

 

そこには、バーゲストがいたその場所には――

 

あの時の、ノリッジの時と同じ。

 

形は違う物の――

 

厄災と呼ばれる極大の呪いの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが絶望に染まっていた。

 

『ま、人間も、妖精も殺してやったのは、最後のストレス発散ってやつだ。なかなかスッキリしたよ』

 

頭がおかしくなりそうだった。

 

 

この世界が間違った歴史であるという事実。妖精を守らぬと宣言した女王への不信。カルデアから持ち出された甘い誘惑。

今この時、普段よりも情緒の不安定だったバーゲストにまさしくとどめを刺すような、事態だった。

 

街の妖精が全ての人間が皆殺しにされた。最も信頼していた男に。友だと思っていた男に。

 

頭が痛い。

 

頭の中で何かが引きちぎれそうだ。

 

そうだ、トオルは、アドニスはどうしたのだろうか。

 

やはりトオルに殺されてしまったのだろうか。

 

愛しき恋人アドニス。

 

私の話を楽しそうに聞いてくれた。

 

花を見せた時の彼の笑顔に心がとろけそうだった。

 

彼といると、自分が獣ではないと感じることが出来た。

 

愛する者を■■してしまう自分を、否定してくれる存在で――

 

私が◾️◾️る必要のない存在で――

 

 

 

 

 

 

アドニス、アドニス。愛しき恋人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふと、頭の中で、ぶつりと、何かがちぎれた音がした。

 

瞬間、あらゆる情景が頭の中をかけめぐる。

 

アドニスとの逢瀬が、煌びやかな思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 

ふと、そのそう思い出の羅列の最後に、見逃せない情景が浮かび上がった。

 

目の前で、ベッドの中で、こちらを敬う様な視線を向ける彼。

 

自分はその愛おしさに、心躍るようだった事を覚えている。

 

 

 

 

そして私は愛おしさのあまり――

 

 

 

 

「ああ、」

 

 

 

――思い、出した。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああ――!」

 

 

――私は、アドニスを

 

 

最愛のアドニスを――

 

 

 

 

 

 

 

既に捕食してしまっていたのだ――

 

 

 

 

絶望と共に、思考をかけ巡らす。

 

 

(わかっていた)

 

 

マンチェスターの今の様子。

 

 

(わかっていたのだ)

 

 

弄ばれた人間の死体。

 

 

軍人として戦いを幾度も経験し、妖精の所業を目の当たりにして来た。

だから死体の様子で、どういった事が起こっていたかはわかるのだ。

 

少なくとも、マンチェスターの人間達を誰が殺したかはわかるのだ。

 

そして、今までの交流に嘘がなければ、何故目の前の男が妖精達を殺したかはわかるのだ。

 

 

――なんて醜い

 

 

「おい、バーゲスト?」

 

先ほどまで死闘を演じていた目の前の男が、訝し気に心配そうに声をかけてくる。とても、先程のような理由でこのような所業を行うようだとは思えない行動。

 

 

あぁ、ほら、やっぱりだ。

 

彼はやっぱり私の為に嘘をついていたのだ。

 

それに気づかず、いや、気づいても、尚自分をごまかす卑しい妖精である自分。

 

恋人を食べてしまった卑しい獣である自分。

 

きっとそんな自身の本性を見抜いていたのだろうか。従う振りをして、裏で人間を弄んでいた妖精達。

 

――滅ぼさねば

 

一つの意思が、呪詛のように頭を浸食していく。

 

――醜い生き物を滅ぼさねば

 

 

それはもはや抗いようがなかった。

 

 

――妖精國を滅ぼさねば。

 

 

トオルへの謝罪も、アドニスへの謝罪すらも、その意思の前に、すべてが染まっていった。

 




トオル
バーゲストに真実を知って欲しくなかったが、下手を打つ。もっと上手いやり方があったんじゃないかと思いつつ。ヘイト先を調整して、せめてアドニスのことは隠し通そうとしたが、結果的に意味はなかった。

バーゲスト
色んな事があってぐるぐるしてる時に、信頼していた男によって街が滅び、情緒不安定。記憶の中のアドニスに縋っていたら、あまりのアドニスへの愛に記憶を取り戻す。軍人だし監察能力はあるかなぁと。結果、真実も取り戻す。


藤丸立香達

今の所は解説役

MARVEL作品をどれくらい触れていますか

  • MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
  • MCUの映画は全て視聴済み
  • MCUの映画を1本以上観た事がある
  • 一度も触れた事がない

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