ベリル・ガット。
有名な男だ。
女王モルガンの夫で、ニュー・ダーリントンの領主。
モルガンの悪評の理由の一端はこの男にもある。
妖精の女王が下等な人間。
それも最悪の部類の人間を夫にしていると言う事で、モルガンの立場をますます悪くしている存在。
理解が出来ない女王モルガンの行動の中の一つ。
ただ、トリスタンは彼を気に入っているようだ。
そこの所、やはり女王も実はこの男にベタ惚れで――という事はあるのかもしれない。
握手を交わし、魔法が解け、お互いの顔が見れるようになったところで、自然に会話と洒落込んでいた。
「にしても、ウチのプリンセスと仲良くお喋りとは、旦那、そっちの意味でもやり手みたいだな!!」
ベリルの、調子の良い、陽気でフレンドリーな態度に、しかしトールは好意的な意図を感じなかった。
彼の経歴からして、当然と言えるが、これがナチュラルな態度ではあるのだろう。演技というものは感じない。
逆に言えば悪意も感じない、あくまでフラット。脅威と認識されているわけでもなさそうだ。
「キミこそ、人間なのに、女王の夫じゃないか。やり手もやり手だ」
「おいおい、よしてくれよ、俺は本当に偶然も偶然さ。むしろあれよあれよとこうなっちまって、面食らってるぐらいなんだぜ?」
互いに上っ面だけの会話を続ける。
トールも、ベリルも言う程、お互いを純粋に好意的に思っていないのは、当然だろう。
妖精國で人間がそれなりに上手くやっていくには、それこそ腹に一物抱えるようなタイプでないと不可能だ。
そんな奴を、純粋に信用するなど無理な話だ。
「にしても、ベリル・ガットって言うと、あの国立殺戮劇場の――?」
「おお、そうだ。アレを作ったのは俺だよ。なんだ。興味でもおありかい? 好評、悪評、どっちの意味でも歓迎するぜ?」
国立殺戮劇場。妖精も人間も嫌悪し、ブリテンで最も最悪な施設と言われる。誰一人生き残る事のない闘技場。
「ああ、ほら、名前の語呂も良かったし。中々のイベントだったよ。悪くはなかった」
「へぇ、なんだい、参加したことあったのか! 生き残ってここにいるってことは、腕っぷしも相当だな! 俺の記憶にはないんだが――」
「ああ、丁度――」
言いながらトリスタンに目くばせする。
「トリスタンだけが仕切ってた時にな。色々トラブルがあってさ。俺はその場に残ったんだけど、その時の縁もあって、今話してたんだ」
トールは、彼の態度から、トリスタンは、自分の事をベリルに話してはいないのだろうと、勘付いていた。
おしゃべりな彼女ならば、早々に話していると思っていただけに意外だった。
まあ、わざわざ普段から仲良くしている事を伝えるまでもないだろう。
意味があるかはわからないが、気は使っておく事にする。
「ほぉ、ってえと、劇場がボロボロになっちまったあの日か! ウチのプリンセスが特別扱いしたって言う……! いやぁ、それは申し訳なかったな旦那。メンテナンスを怠った俺の責任だ!」
「まあ、それはそれで楽しめたから、大丈夫……」
「いや、そう思ってくれるとありがたい。なんだ。とんだ優男かと思ったが、見た目よりもイイシュミしてるな!」
トリスタンの嗜虐性は有名だ。そして、彼もそういうタイプ。
トール自身、ああいった施設に関しては思う所が無いわけでは無いが、人間の残虐性など、飽きるほどに理解している。
人間は戦いが大好きだ。それも他人が戦うところを見下ろすのが。
趣味趣向に口を出す気は無い。一嫌悪感を露わにして喧嘩を売る程、正義感に溢れているわけでもないし、綺麗な人生を歩んできたわけでも無い。
話を合わせる事に戸惑いは無いし、拒否感も無い。むしろ、はっきりしてる分
とは言え、ろくでもない男であるという認識に間違いはないが。
「しかしあのムリアンに気に入られるとは、その酒、飲んでみたいもんだ」
「酒なら今日の舞踏会で出てると思うよ。飲んでみた?」
「それは楽しみと言いたいところだが残念だ! これから俺とレディ・スピネルはちょっとしたイベントがあって、酔うわけにはいかないんだ」
なあ?とベリルが目くばせしたのは、借りてきた猫のように大人しい、トリスタン。
「え? ええ、ええ! そうねベリル! とびっきりのイベントだもの! フラついたままじゃ台無しよ!」
その態度に違和感を感じるトールだが、ベリルといえば気にしていないのか。トールの方へ目も逸らさずに、その細い目で見つめていた。
「それなら、今度、国立殺戮劇場でイベントをやるときは呼んでくれ。酒を用意するよ。安くしておく」
「おいおい、そこはオゴリって言ってくれよ旦那!」
「ここじゃ、守銭奴でないとやっていけないからな。いつ捨てられるかわからないし、稼げるときに稼がないとな」
「ハハッ、そりゃそうだよな! 商魂たくましいとはこのことだ! スプリガンともタメはれるぜアンタ!」
互いの、身があるようで無い会話は続く。
お互い、本性をさらけ出せるほどの会話にまでは至らない。
相変わらずの上っ面だけの会話劇を繰り広げていくと、会場の、妖精達の流れが変わっていく。
どこかに移動するようだ。
「おっと!」
ベリルは何かに気づいたように声を上げる。
「そろそろイベントの時間だ! 行こうぜプリンセス!」
「そうね、あぁ、そう、そうなの。ああ、楽しみでしょうがない! なんだかテンション上がってきたぜ!」
どこか言葉遣いがぎこちないトリスタン。
イベント。ムリアンが用意しているものだろうが。
トール自身は聞いていない。
「というわけだ、トールの旦那! 俺達は時間なんで、名残惜しいがお話はオシマイってやつだ」
「あぁ、俺もムリアンに呼ばれている時間だから、戻ることにするよ」
互いに別れの言葉を告げ一度離れる。
正直、良いとも悪いとも言えない。
好き嫌いに発展する程絡んでもいない。
間違いなく悪党の類ではあるが、アレはアレであの男のアジになってはいる。
とは言え、もはや女王の行動が理解できないトールにとって、アレが夫と言うのは、危機感しか抱けない。
ムリアン含め妖精達が反旗を翻すのも納得と言うものだ。
本当に、あの男にベタ惚れで、國すら捨てて好き勝手したくなった。と言うのであれば、納得もするが。
どの道、ブリテンの今後に関わる事だ。
身辺調査は必要だろう。ムリアンと話し合って、一度戻ったら奴に監視をつける必要があるだろう。
そう考えながら、ムリアンの自室へと戻る。
***
「それで、どうでしたか? 舞踏会は」
「まあ、色々わかる事はあったし、そこそこ妖精達とも話せたよ」
「でしょうね……」
「……見てたのか?」
「えぇ、当然でしょう。会話までは聞こえませんでしたが。随分と楽しそうでしたね。しかしトリスタンは聞いていましたがまさかランスロットまで……あなた、何か妖精騎士用の魅了の魔術とか使ってます?」
「は? いや、トリスタンは前から知り合いだし。ランスロットは、偶然だろう。覚えはないけど、お互い顔が見えてたんだ。珍しくて話しかけてきたんだろうさ」
「本当ですかね……」
訝しげにトールを見るのはグロスターの領主ムリアン。
ウッドワスの復讐のため、ムリアンを殺そうとしたトールだが、実行直前に牙の氏族によって彼女の氏族が全滅した事実を受け、ウッドワスの心からの後悔を思い出し、その手を止めてしまい、返り討ちにあった。
そのムリアンによる返り討ちも、彼女の記憶の奥にある、同じ顔をした人間を連想したことによって、思いとどまり、結果、互いを傷つけること無く、その件については決着がついていた。
今ではその事が嘘であるかのように和やかな雰囲気に満ちている。
「それで、この妖精國の今の
だが、ムリアンのその質問によって、トールの表情は一変する。
「……ああ」
ムリアンがトールを舞踏会に参加させたのは、現状の妖精國の民意を把握させるため。
ウッドワスが殺された本当の意味を理解してもらおうと思ったからだ。
ウッドワスはロンディニウムにおいての戦いで戦死した。
実際にウッドワスを殺したのは、予言の子一同だが、その敗因は、ムリアン含め、女王による援軍を潰した者たちの暗躍によるところも小さくはない。
いうなれば、彼は妖精國の時代の流れに殺された。
それがムリアンの意見である。
ムリアンは妖精歴から生きている長寿の妖精である。厳密には、女王歴となった今、生きていた。とでも言うのが正確かもしれないが。
その妖精歴時代の、本来ならば記憶を失っているはずのムリアンの記憶野にありえないはずの記憶がここ最近現れた。
それが、ロットとよばれる青年との邂逅。
覚えてるのは彼との触れ合いと、そしてウッドワスの先代によるロットの殺害の瞬間。
懇意にしていた青年と、顔から魂の色から何から何までそっくりなトールを、色んな意味で贔屓してしまっている事は間違いないが、トールの次元を繋げる力や空間の過去を映し出す力など、様々な用途に使えそうな技術を持っていると言うのも理由の一つ。
「ならばわかったでしょう? 今、時代は救世主であると言う予言の子へと向いています」
「あぁ、それは……理解したよ。」
妖精國の
女王に心酔しているウッドワス贔屓のままでは、今後の展開に支障が出ると、ムリアンは思っているからだ。
妖精國を支配する為、そして……ある目的の為。
今、彼の復讐に飲み込まれ、予言の子達に倒れられては困るのだ。
更に言えば、彼が暴走して予言の子に手を出し撃退されるのも困る。
更に言えば、彼が迂闊な行動をして、直接的ではないにしろ関わったオーロラなどを暗殺でもして、それがバレたら、ソールズベリーの妖精達に殺される可能性もあれば、氏族長を殺したという事で、むしろ女王にトールが殺される可能性もある。
少なくとも今は、彼の、ウッドワスへの思いは封印してもらわなければならない。
(復讐を止めろだなんて……どの口が言うのでしょうね――)
自嘲しながら、彼の理解を願う
兎にも角にも。予言の子への理解はしてもらわねば困るのだ。
彼にとっては予言という物への信頼度はかなり低いが、その予言通りに事が運んでいるのも事実、その予言を頼りにこの妖精國が変わろうとしているのだ。
妖精國が変わるには、予言の子が必要だ。
だからこそ、理解してもらわねば困るのだが――
「だけど、俺は予言の子は支持できない。今すぐにでも殺すべきだとしか思えない」
どうやら、目論見は外れたらしい。
だが不思議とその結果に、ムリアンは納得していた。
「――やはり、ウッドワスを殺したことが許せませんか?」
復讐は愚かな事だ。だが、愚かだとわかっていても、許せない事はある。
諦められるような復讐なら、そもそもその復讐は、大した恨みでは無かったという事だ。
だから彼の気持ちを理解できないとは言えない。
「まあそれもあるけど――」
言ってトールは懐から、機械の端末を取り出した。
相変わらず。何故この妖精國で機械の類が使えるのか。ムリアンにとっても理解が出来ないが、使えるのであれば利用するだけと、気にしない事にした。
『我々は、我々の歴史と未来を取り戻す為に異聞帯を攻略してきた――』
その端末からなるのは、どこか聞き覚えのある声。
『このブリテンは攻略対象ではないけれど、最終的には『切除』しなければならない異聞帯だ』
トールが盗聴器で聞いたものと同じ内容。
「あいつらは、別に、本気でこの妖精國を救おうだなんて思っちゃいない。妖精國が滅ぶことが前提の救世主ごっこをしてるにすぎない。そんな奴らに、ノア気取りの詐欺師達に、この國を引っ掻き回されるのは我慢ならない……」
それを聞いたムリアンに、不思議と驚きは無かった。
汎人類史と異聞帯の事は、ある程度コヤンスカヤから聞いていた。
今聞いた情報程細かくは聞いていなかったが、共存できるという事は、彼女の口から告げられる事はなかった。
ムリアンから妖精眼からは失われ、魂の色しか判断できない。
それでも、他の妖精より聡いのは確かだ。
だからあえてこの世界が滅びゆく運命である事を告げなかったのは、コヤンスカヤなりの気づかいではあるとも思っていた。
「……そうですか」
「……驚かないんだな」
「ええ、レディ・フォックスから異聞帯などの話を聞いた時に何となく……それに、元よりこの内乱が終わったあと、彼らを倒す予定でしたから……」
そう、懇意にしているコヤンスカヤにとってカルデアは敵なのだ。今は利用させてもらってるが、所詮は他所者。友人の敵であるのならば、戦うのには充分な理由がある。
むしろ、その話を聞いて、より決意は固まったと言うものだ。
「やっぱりムリアンは頭が良い。流石だよ……」
トールは疲れたように笑顔を見せる。
その言葉に、”あの頃”をほんの少しばかり連想しながら、会話を続ける。
「どの道、彼らが妖精國を救う気が無かろうと、私の方針に変更はありません」
そうだ。確かに予言の子達も許せないが、どの道どちらの陣営も滅びを望むのであれば、御しやすい予言の子に生き残ってもらった方がこちらも得と言うものだ。
どう見積もっても、全妖精が協力しなければ、倒せないのがモルガン女王。
だが、予言の子の集団であれば話は別だ。まだ、倒せる余地はいくらでもある。
モルガンさえ倒せれば、妖精國の支配などに興味は無いとまるで
祝いと称してこのグロスターに呼ぶのも良いし。
彼の持つ、この映像を各氏族に流すのも手だ。
最早友人の為という個人的な理由だけではない。侵略者を撃退する大義も得た。カルデアを滅ぼす事に戸惑いは無くなった。
今は調子に乗せるだけ乗せて泳がせてやろう。
「そもそも俺は、やっぱり女王を倒すことに同意はできない……大厄災だって。そのあと100年単位で起こる厄災だって。モルガンが死ねばそれこそ対抗できなくなる。アイツらが、大厄災に完璧に対応してくれるなら話は別だが、どう聞いても対応する気はないぞ。モルガンを殺したらとっとと武器奪って帰る気満々だ」
本来であれば、予言の子が今後ブリテンを支える王足りえる存在だったのかもしれない。
だが、トールが盗聴していた時、あのノアの方舟宣言の時、彼女はそこにいた。この國を滅ぼす事を許容していると言う事だ。
彼女がブリテンの王になるという希望は無い。
力の強い妖精。という意味で言えば北のノクナレアと言う線もあったが、トールは何故か、彼女には無理だ。という確信があった。
それは、ノクナレアが王になった場合、他氏族が納得しないだろうという考えもあった。
力は強くても、女王程の圧は無い。一時的には、王になったとしても。それに不満を持つ者はいるだろう。ノクナレアも他氏族に気を遣うようなタイプではないからだ。
内乱が始まり、それこそ取り返しのつかない事になる。という考察からもあったが。
もっと、まるで実際に体験したかのような、確信があった。
「ですが、結果で言えば、それこそ女王も同じ事です。 彼女は大厄災に対処する気はありません。どの道妖精は滅亡します。ここ最近の、夫であるベリル・ガットや妖精騎士トリスタンによる蛮行も感化できない。女王の方がマシだなどという意見を持つ妖精はいません。彼らがどれ程の妖精を連れて行けるかはわかりませんが、女王のキャメロットさえ無事ならば良いという言葉通りであれば、それよりも少ないとも思えません。人数が全てとは言いませんが、女王に比べれば、妖精を救うという言葉そのものに間違いは無い。いくらウッドワスの友人と言っても、全てを見捨てようとする女王に心酔する理由がわからない」
それがムリアンにとっての一番の疑問だ。
彼は予言の子達を許せないと言った。妖精達を騙しているのが腹立たしいと。
だがムリアンからすれば、彼らがその事を内密にする理由もわからなくは無いのだ。むしろ当然だとすら思っている。
彼らも、自分達の世界が大事に決まっている。その上で、あの人数で世界を滅ぼしに来たと、大出を振って言うバカはいない。
トールの、これまでの話を聞いた印象で言えば、価値観にそう違いは無い。
カルデアが許せず、國を好き勝手する女王が許せる理由がわからない。
「あなたは、何故、女王を支持するのです?」
それが最もムリアンにとっての疑問だった。
「……女王は2000年この國を守り続けて来たんだ。厄災からもだし、氏族同士の調停もそうだ。女王がいなければ、どっちの意味でもとっくのとうに滅んでた」
「……やけに言い切りますね」
「ムリアンは……そう思わないか?」
そう見つめる彼の眼には確信がある。ムリアンも同じ意見だという確信が。
そんな眼で見つめられたら、否定しにくい。
そうだその通りだ。
気まぐれで、楽しいからという理由で、翅の氏族は滅ぼされた。
ムリアンは、自身が妖精という存在でありながら、妖精という存在に、愛想を尽かしている。
『性根の歪んだ妖精同士、いつまでもいがみ合ってればいい――』
会議の度に言っていた言葉だ。
女王という共通の敵——恐怖の対象がいてもそうなのだ。
彼女がいなければ、厄災どころか、いつまでも妖精達は殺し合いを止めずに、いずれ滅んでいたに違いない。
「厄災なんかを全部女王まかせにする事自体、お門違いだ。俺達は、女王のおかげで生きて来れてる。現状で言えば、ブリテンを続けていくという意味では今が、夫やトリスタンが出て来るまでは、一番理想の状態だ」
確かに、ムリアンもそう思っていた時はあった。
そしてそれが崩れ去ったのがベリルガットの台頭と、妖精騎士トリスタンの出現。
「俺は、異世界でいろんな国を見て来た。いろんな王も……」
だが、例えそれが事実だったとしても。
「そんな人達と比べても、この國をここまで発展出来たのは今の女王だけだ。そしてこれからも妖精國を纏められるのはモルガン女王だけ。」
女王がいなければ、妖精國は滅んでいたというのが事実だったとしても。
「ベリルやトリスタンが暴れているのはわかる。でも、2000年の功績からしたら、そんなの、大した問題じゃない」
ベリルとトリスタンの蛮行ですら、マイナスにもならないと、宣言してみせる。
「妖精を救わない。だなんて、わざわざ必要のない事を言うのは、彼女の誠意だと思ってる。だから、世界を滅ぼす事を内緒するカルデアの方が、俺にとっては外道に見える」
そして、あの圧政を、最も正しい統治方法だと豪語する。
「女王がもう、妖精達を見捨てる事に決めたのが理由だって言うんなら、受け入れるさ」
これほどまでにあの女王を支持する。
「それは、偉大な女王の期待に、俺達が応えることができなかったって事だから――」
自嘲気味に話すトール。その眼も、その態度からしても、彼のいう事は冗談でもなんでもない。彼は、本当に、カルデアを許せないと言っておきながら、女王による滅びを受け入れている。
ムリアンからして理解できない。彼の、女王への心酔はある意味ウッドワス以上ではないか。
それはもはや、狂気と言っても差し支えがない程だ。
その狂気は、言い換えればまるで――
「って言っても、俺も大厄災にみすみす滅ぼされる気は無いし。女王が対応しないなら、自分で抗うだけだよ」
(なんで、どうしてこのヒトは――だって、女王には会ったことも無いんでしょう?)
ムリアンに、もうトールの声は届いていなかった。
ムリアンは思考の渦に埋没していく。
かつての記憶、失われていたはずの記憶。なぜかここ最近、取り戻した記憶。
全てではない、全てではないが、その記憶の中に現れるのは、トールと同じ顔をしたあの人。
あの人との逢瀬を覚えている。あの人へ焦がれていたのを覚えている。
かつて、女王こそが真の救世主かもしれないと、思っていたあの時以上に、あの人が王になると知った時の幸福感を覚えている。
「まあ、俺がどう思おうと、護衛は引き受けたんだ。約束だから、ムリアンに――」
覚えているのはそれだけ。だが考えてみれば、当然ながら、登場人物が足りない。
足りないのだ。
彼が王になるのであれば、王妃は一体誰なのだ?
「ムリアン?」
いなかった? いや、そんなはずはない。
だって、あの時の自分は、あの人の王妃になれないと既に諦めていたのだから。
いないのなら、あの人の王妃になろうと、努力しようと、そう決意していたはずだ。
だが違う、違うのだ。自分は、もう王妃がいるからという焦燥感に苛まれていたのだから。
その違和感を、記憶の中で突き詰めていくと、ぼんやりと、その王妃の存在が浮かび上がってくる。
誰なのかはわからない。でも、もし王妃が、”彼女”なのであれば、もし彼が、”あの人”なのであれば、彼が女王の狂信者となった理由も――
「ムリアン!」
「……あ」
気付けば、ムリアンの顔の前で、手を振っているトールがいた。
「大丈夫か?」
思考の渦から抜け出す。ムリアンは一つ咳払いをしながら。今後の方針について、説明する。
そうだ。どちらにせよ妖精國に変革は必要だ。
予言の子にはこれからも突き進んでもらう必要がある。
「兎に角、貴方には申し訳ありませんが、私は、妖精を見捨てようとする女王を感化できない。女王には退去してもらわねばなりません――」
だから、これから起こる、”イベント”も必要な事。
結果は、既に見えている。彼女と懇意にしている彼には悪いが、今は女王を倒すと言うブームであることが大事なのだ。
だから――
「ああ、わかってるよ。約束だから……協力するよ」
お願いだから――
「わかっているなら、構いません……」
あの人と同じ顔で、そんな悲しそうな顔をしないで――
***
「これから、今後の妖精國の行く末を決める。イベントが始まります」
――私は何故、こんな事をわざわざ彼に説明しているのでしょう。
正直な所説明する必要も無い。彼には参加させないという事が今の所のベストだろう。
だって、そのイベントは、彼が懇意にしている妖精。彼が狂信している女王の娘が、敗北する事が前提のイベント。
本来ならば彼には内密にしておくべきだ。
一度ティンタジェルの家にでも帰っておけとでも言うべきだ。
だが、それは出来なかった。
会場の警護という名目で、彼を現場に就かせる。
女王派の彼の知らぬまま、女王が破滅へと向かう流れへと妖精國を誘導していく。
それは、きっと彼にとっては何よりも許せない事で。納得できない事だ。
何故、翅の氏族が皆殺しにされなければならなかったのか。復讐と同時に、納得が欲しいムリアンからの無意識の気づかいであり、誠意であり、慈悲でもあった。
妖精騎士トリスタンが敗北した時、その真名を晒されたとき、観客の上級妖精達がそれに反応を示した時、彼は一体、どう動くのか。
衝動的に動く彼ならば、動かずにはいられないだろう。それは、あの人だったとしても同様だ。
だから今起こっている事は、ムリアンにとって、得にはならないが、ある意味では予想通りの展開だった。
鐘は響いた。決着はついた。
それは予想通りの結果。
予言の子によって、妖精騎士の
その正体は、人間の血を吸う鬼。下級妖精バーヴァン・シー。
彼女と、そして女王であるモルガンに対する侮蔑と嘲笑の声が響く。
そこに、異常が訪れた。
今は、闘技場として扱われている舞踏上。闘いを邪魔させない為に敷いた結界。
それが、ものの見事に砕け散った。
砕いたのは、どう見繕っても件の青年だろう。
彼は、護衛場所である2階席の最奥から、そのまま跳躍し、降ってきた。
意味があるのかわからない、奇妙な三点着地。会場中の戸惑いを他所に、彼は、ヘラヘラと笑うベリル・ガットへ近づいたと思えば――
その顔面を殴り飛ばした。
響く爆音。ベリルはそのまま吹き飛び、壁に叩きつけられたかと思えば、その衝撃は留まることを知らず、円形の壁に沿うように、壁を破壊しながら突き進んでいく。
壁を貫通しなかったのは、ムリアンの強化によるもの。逆に言えば、それを破壊する程の力。
壁を破壊しつくしながら逃げきれない衝撃に引きずられるベリル・ガット。その破壊が会場を一回りしたところで引きずり回されたベリルはようやく静止した。
ベリル・ガットはかろうじて生きているが、むしろ何故生きているのかは不思議ではあった。
会場が沈黙する。
突然の乱入者。
人間が出せるとは思えないそのパワー。
予言の子達含め、誰一人声を出す事が出来ない。
彼は、そんな会場など気にも留めていないとばかりに、跪くバー・ヴァンシーに近寄り、上着をかけたかと思えば、彼女を抱きしめ、背中を叩く。
その姿はまるで、親が子供をあやしているように見えた。
やがて、がやがやと上級妖精達の声が上がって来る。
人間如きが突然なんだと。
汚らしい吸血鬼の餌なのかと、バーヴァン・シーが身体を売った相手なのかと、汚い言葉が上がっていく。
彼はその様子を一瞥したと思ったら。
その両手を上に掲げた。
「よくもまあ! 間抜け面が雁首そろえてグチグチと!!」
彼とは思えない、あの人とも思えない汚い言葉。
「そこにいる! 救世主のフリをしたクズどもや!!」
彼は、予言の子を指差し、
「お前等みたいなクズ共が!」
両手を上に掲げ、観客席の妖精達を指し示す。
「この妖精國に住む権利が何故あると思う!?」
その言葉を理解した上級妖精達が怒号を上げる。
「俺が王だったら、女王みたいに生かしてはおかない!! お前等みたいな、生きているだけで害になるような連中はな! この惑星の恥でしかない!! 甘ったれのモルガン女王に感謝するんだな!クズども!!」
今にも観客席を飛び出しそうな妖精達。
人間風情が何様のつもりだと、上級妖精の一人が叫ぶ。
その問いに、彼はニヤリと笑い、手を高らかに掲げ――
「俺はロット!! かつてブリテンの王になりそこね――!」
――ああ、やっぱり
「今は、
ムリアンは、妖精が彼に襲い掛からないよう、再び結界を張り付けた。
「今のは、無効試合だ!! どう見ても、ベリル・ガットは本気じゃなかった!」
その提案は、ムリアンにとっては、許容できないもの。
鐘は鳴った。決着はついている。戦った所で意味は無い。
これはムリアンの望む展開ではない。
鐘は鳴り、予言は成就された。
この後、気前よく予言の子を迎え、友好関係を築き、牙の氏族を手に入れる算段だった。いわばこれは、ムリアンの思惑に水を差す行為。
許せるものではない。
だが――
彼の口から紡がれるその名は、その憤りを吹き飛ばすもので。
ムリアンの、妖精歴の記憶が鮮明に蘇っていく。
喜びのあまり舞い上がりそうだった。
「さあ、楽しい楽しい
とはいえ、命令を無視して、話の腰を折ったのは事実。
「ちなみに、別にお前等全員が、相手してくれても良いんだぞ?」
それは、あまりにも言いすぎだ。
『いいえ、既に鐘は鳴り、決着はついています。余計な戦闘は許容できません』
「おい、この流れでそれはないだろう――っ」
怒号飛び交う舞踏上から、彼らを転送する。
いちいちくだらない戦闘を挟んで、再開が伸びるのも我慢ならない。
「2000年も放っておいたんです。これくらいの意地悪は許されるでしょう?」
そんな意地の悪い顔をしたムリアンの眼からは、涙が溢れていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、トール視点からになると思います。
感想、評価等々ありがとうございます。
本当に励みになります。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
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MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
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MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない