5000字前後の作品が多いので、それを参考に切るようにしていたのですが、今回は切りたくなかったため、13000字前後になっております。
ティンタジェルの自宅に戻り、ひとまず、バーヴァンシーをベッドに寝かせる。
踵を返し、洗面所へ向かおうとしたら、足がふらついてしまった。
「ああ、クソ、見積もりが甘かったな……これだけ弱ってたなんて……」
自身の記憶の中ではこの程度の怪我では、膝を突くなどあり得ないほどに、頑丈だった覚えがあるのだが、あるいは、この世界への転移で身体が変質したのだろうか。
ふらつく身体を奮い立たせ、応急処置を施す。
流石に、ありとあらゆる怪我を一瞬で治せるようなシステムは持ち合わせてはいない。
だましだましで行かねばならない状態だった。
怪我の応急処置を済ませる。
腹の傷は縫合して塞いでおくしかないし、血も足りない。腹は見た目には誤魔化せるが、右目ばかりはどうにもならない。
靴作りに使っていたツールを使い、眼帯を作る。
眼帯をつけ、洗面所の鏡を見れば、そこには、当然ながら、自分自身。
だが、その姿を見て、思い出す事があった。
『それはお前の物だ。例えお前が相応しくないと思っていてもな。儂も、それ自身もそう思っておる。それはお前の気持ち一つで応えてくれよう』
『王としては、お前を祝福してやることは出来ん』
『だが、お前の父親としては、その道行に幸福を願おう』
『ほら、お父様は許してくれたでしょう?』
『私も寂しいけれど、ええ、貴方の決めた事ですもの』
『その娘の事、いつか紹介して頂戴ね?』
『では、また会いましょう。 野菜もちゃんと食べなさいね?』
異世界での自分の両親。
所々で抜けた記憶。だが、その優しさは忘れない。
マルチバースという、人智を超えたものとはいえ、彼らは全知全能の存在。どうあがいても渡ることは出来ないと理解しているはずだ。
二度と会える事は無いと、理解はしているはずなのに、再開の約束をしてくれた。その言葉に嘘は無く。再開する事を絶対に諦めないという意思を伝えてくれた。
今にも死にそうなほどに体は苦しいのに、笑顔になっている自分がいた。
その思い出だけで生きていける程に、愛してもらった。
親というものは偉大だ。
子供のためならば、あらゆる物を捧げるという愛と覚悟を持っている。
人にもよるだろう。あるいはいつか、その愛も消えていってしまうかもしれない。
だが、その愛を持つ親が、トールの出会ってきた者達には多かった。
自分は、言うなれば神を気取る人間に作られた兵器だ。親などと言うものに、価値を見出す事があるとは思っていなかった。
家族と言うものはかけがえのないものだ。例え血が繋がっていなくとも、例え離れていようとも。例え二度と会えなくとも。家族がいたと言う事実が、生きる事に意味と希望を与えてくれる。
だからそう、母親に愛されているのがわからないと言う彼女にも、そういう希望を持ってもらえる事を願う。
包帯を体に巻き、眼帯を整え、身支度を整え、洗面所から出る。
戻った直後には気が付かなかったが、デーブルの上に、見覚えのない箱が置いてあった。贈答用にラッピングされた箱。次元を超えてデリバリーしてくれる配送業者が届け物をしてくれたのか?
ありえない妄想を頭の中で思い浮かべ、箱を開けてみれば、その中には――
「ああ、本当に……」
ベットに寝ているバーヴァンシーを見ながらほくそ笑む。
箱の中には靴があった。それも男性用。見るだけで、自分用にサイズを調整して作られたと分かるほどに、精巧な出来だ。
母親の為に靴を作っているかと思っていただけに、その驚きも一入だ。
思い上がりでなければ、トールのための靴なのだろう。クッションもよく効いている。バッシュに近い形状だ。
バーヴァンシーらしい、赤色を基調としたデザイン。
エアジョーダンを過去に紹介したが、その影響を受けたのか、足裏をみれば、女性のシルエットのロゴ。
てっきりバーヴァンシー自身のものかと思ったが、明らかに違う。
「ひょっとして、これお母さんか?」
バーヴァンシーが思い描く女性など1人しかいない。
本当に、悪虐で、我が強そうに見える割には、こう言うところで他人優先の性質が垣間見える。
それを切なくも嬉しく思う。
トールは、靴を試しに履く。予想通りピッタリだ。
部屋内では靴を脱ぐようにしているが、新品だし構わないだろう。
外に出るまで、この靴に馴染む為に、履いておこうとそのままにしておく。
寝ているバーヴァンシーの頭を撫でる。
絶対に救うと、決意を改める。
身体をスキャンしてみるが、至って普通。違和感は無い。
ベリルの言う魂が腐る云々の原因も、症状も、感知すら出来ない。
試しにアストラルディメンションへとバーヴァンシの魂を引き剥がしたが、腐っている様子もない。
魂に関するノウハウが、根本的に違うのだろう。
トールではどうする事もできない。
ベリルが言うにはこの原因は魔術だと言う。
バーヴァンシー曰く。この妖精國で魔術を使えるのは、ベリルを除いて、彼女自身と予言の子。それとあともう1人――
トールは、引き出しからスリングリングを取り出した。
***
思い出した記憶があった。
元より予測されていた異世界転移による記憶障害とは違う。別の技術で消されていた記憶だ。思い出し方でそれが分かるほどに、記憶障害を持っている事実に内心苦笑いしか出来ないが。
彼女を見た瞬間に、思い出した。
同じ見た目だ。違うのは、より服装が豪華になっている事と、黒いヴェールを纏っている事。
女王モルガン。
彼女は、数ヶ月前、ヴィヴィアンと名乗り、この家に来ていた。
突如現れた異邦人を警戒して、現れたと。
記憶を消したのも、自分に余計な気を使わせない為、というのは本人の弁。
その彼女は、今、同様にトールの家に立ち、バーヴァンシーを診てくれている。
「その、どうだ?」
「……問題はありません。自ら魂を差し出した分、他人にかけられる呪いよりは強力ですが、下手に魂に負荷をかけるような真似をしなければ、問題なく完治します」
感情の見えない、美しくも冷徹な声。
だが、玉座に着く王としての厳しい口調は成りを潜め、丁寧な、為政者の女性としての口調であった。
妖精國の誰もが驚くであろうその態度も、トールにとっては預かり知らぬ事。
大して思うところもなく、バーヴァンシーが助かる事に安堵のため息をつく。
「……その、ありがとう。いや、ありがとうと言うか。すまない。俺じゃあ何も出来なかったから。君の大事な娘だったのに、守れなかった」
今は1人の、バーヴァンシーの友人として、母親である彼女に礼を告げ、そして、謝罪の言葉を投げかける。
出会い頭の一言以降、本当に女王だと判明した事で、一度敬語に戻したが、自然体で構わないと言う事で、落ち着いた。
「礼を言うのはこちらの方です。貴方がいなければ、娘である妖精騎士トリスタンの手足は腐り果て、身動きすら取れなくなっていたでしょう」
形式通りの礼の言葉。
その言葉に感情は見えない。
あまりにも感情を押し殺しすぎて、為政者としての外面すらも、見えてこない。
トリスタンとしているのは、本名を隠している事に何か意味があるのかと思ったからだ。
既に上級妖精には知れ渡っているが、ここで、わざわざ気づいていると挑発する理由もない。
「改めまして、異世界から来たお客様。この妖精國の女王として、改めて礼を申し上げます。報酬は何を望みますか?」
この間、身分を隠して、邂逅した時よりも、他人行儀なその態度。
まさしく、なんて事の無い、旅行者とその國の代表と言った佇まい。
トールはそれを寂しく思うが、何も言う事は出来ない。
何せ自分が妖精國にいたのは、女王歴よりも前、妖精歴と言われる時代だ。
この國においては余所者も同然。
「いや、良い、それは、良いんだ。友達を助けただけなんだから」
女王が、形式通りの対応をするのなら、トールも何も言えはしない。
「……思い浮かばないのなら、構いません。必要とあれば言いなさい。キャメロットへの入城を許可しましょう。門番に伝えれば、通すようにしておきます。あるいは、先んじて伝えていただければ、あの、ゲートウェイなる転移でも構いません。あまりひけらかすように使われては困りますが」
それは、あまりにも破格の待遇だ。
とは言え、一国の女王の娘を救ったという事実からしてみれば、当然の対応とも言えなくも無いが。
相も変わらず、テンプレート通りというか。普通の一国の王。という態度。
抑揚も、感情も感じられない言葉ばかりが並んでいて、それこそ冷酷な女王であるという実感すらも湧いてこない。
「では、これ以上、何も無いのであれば、私は戻らせていただきます……」
だからそう、こんなにも、あっさりと帰ろうとする彼女を止めるのは当然と言えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「まだ何か? 報酬は思い浮かばないのでしょう? それならこれ以上話す事などありませんが?」
違う。女王を呼んだのは、確かにバーヴァン・シーを診てもらうのが目的だったが、当然ながらそれだけではない。
「彼女を、トリスタンを運んでいかないのか? その、大事な娘だろ?」
「……ええ、娘ならば、我が城にて預かります。私の魔術であれば、そこから直接彼女の部屋まで転移も可能です」
何か問題があるのかという態度の女王にトールは言葉を遠慮しない。
「そりゃそっちの方が合理的なんだけど、彼女、その、魂云々もそうだけど、色々と辛い眼に合ったんだ」
「ええ、ですから、その下手人であるベリル・ガットは指名手配。トリスタンは我が城にて休ませ――」
「そうじゃなくて!」
違う。彼女に必要なのは、そうじゃない。
「ほら、なんというか、そりゃ魔術で転送するのも便利で良いんだけど、こういうのって、直接運ぶのが良いと言うか」
「その、寝てる間でも、頭なんか撫でてもらうとこう掌から体温が伝わって、心がやすらぐというかリフレッシュに良いと言うか。」
「……貴方は、何が言いたいのですか?」
「……」
どうやら、遠巻きに伝えても、仕方がないらしい。
元々そう言うのは苦手な性分だ。
ならば、直接ぶつけるしかないだろう。
「もっと……バーヴァン・シーと話してやってくれないか?」
何故、その名を知っているのかと、聞かれることは無かった。
わかっていたことなのだろう。
「昔馴染みなんだ。思い出したのは予言の子にギフトとやらを剥がされて、その名前を知った時だけど……」
感情の見えない、疑問の声に素直に答える。
「バーヴァン・シーはいつも言ってた。娘なのにあんまり会話が出来ないって。直接は言わないけど寂しそうにしてた。女王として忙しいのは分かる。特に今がそのピークだってのも分かるよ」
口を挟んでくる様子は無い。
「バーヴァン・シーはに自信が無いんだ。あんたに愛されてるって自信が無い」
静かにこちらを見据えるだけ。
「バーヴァン・シーを娘として迎えたのは、妖精達に酷い事をされて来たのを知ってるから。助けたかったから。違うか?」
女王は答えない。
「下級妖精を後継して、好き勝手に暴れさせて。國中の妖精を敵に回して、予言の子や侵略者に正義ヅラさせる事になるのを。予測できないほどアンタは馬鹿じゃない」
女王の表情は変わらない。
「憎からず思ってるんだよな? 大切だと思っているんだよな? だから、妖精達の不振を買うようなわがままも許してるし、合わせ鏡とか言う特別な道具も渡してる。違うか?」
冷徹なれど、美しい碧の眼に、感情が灯るのを感じ取る。
「本当に、バーヴァン・シーを愛してるなら、もっと普通に、アイツの母親として接してやる事は出来ないのか? 一言声を掛けるだけでも良いんだ。愛してるって伝えてやるだけで良いんだ。それだけでもできないのか?」
自分でも勝手なことを言ってるのはわかっている。
「なんで、バーヴァンシーに悪党ぶらせる? 復讐心が巡り巡って変わっちまったって感じじゃない。あんたが変えたんだろ? ギフトってやつのせいなのかわからないが。そんな事をさせたら、いつか絶対復讐を受ける。まともな死に方なんざできやしない。その前触れが、今の状態だ」
子育てすら経験のない身分で偉そうだと言うのもわかってる。
「ベリル・ガットなんて言う、あからさまな悪党を夫にして、娘を預けて。お陰でいいように使われて、魂を腐らせられて。ウッドワスまで殺されて」
だが、言わずにはいられない。
言うしかない。
「――アンタは、一体何がしたいんだ?」
瞬間、体が、ナニかに踏み潰される感覚に襲われた。
「…………ッ!」
痛みはない、動けないだけ。
だが、これ以上迂闊な事をすればそのまま空間ごと踏み潰される迫力があった。
「言わせておけば……余所者の分際で好き勝手に……」
「グ……っ! な、なんだ? さっきまではヴィヴィアンっぽくて優しい感じだったのに。図星つかれて女王モルガンの顔になったのか?」
「軽口もそこまでにしておけ、余所者め――」
ヴィヴィアンとしての口調が、本当の彼女なのだろうか。
厳格な女王らしいその態度に、今は違和感しか感じない。
「アンタが本当に國中が束になってかかっても押しのけられるくらい強いなら分かるさ、國中の奴らが何処にいても、どんな暗躍をしていても気付けるような目や耳を持ってるんなら問題ない……」
いつも陰ながら見つめていて、いざという時に助けてやれる。
それならば、好き勝手させるのも納得だ。
「だけど違うだろ!? そんなに万能じゃ無いんだろ!? 現にバーヴァン・シーはこうなった! 俺の友達は――ウッドワスは援軍を潰されたせいで、ロンディニウムで侵略者達に負けて、クソ野郎に利用されたバーヴァンシーに殺された!」
さまざまな理由を考えた。
何故なのかと考えた。
「なんで、わざわざバーヴァンシーに悪辣な事をさせる!? なんでベリルなんかに面倒見させる!? 愛してるなら、なんでバーヴァンシーに伝えてやらない!?」
だが、その答えは見つからない。
「カルデアの奴らはどんどん妖精を引き込んでる!! あんたが、わざわざ妖精を救わないなんて宣言したせいで! バーヴァンシーに好き勝手させてるせいで! 妖精國の全部があんたの敵になる! 自分の世界を滅ぼそうとしてる奴らに組しようって言う
だが、バーヴァン・シーがこれ以上ない程に、彼女を愛しているのは分かるのだ。
「このままじゃ、バーヴァンシーは殺されるぞ! アンタが生き残ったとしてもそんな杜撰な管理じゃいつかどっかで殺される!! アンタが死んだらそれこそ殺される! あんたの事が大好きなのに、あんたに愛されてたって自覚も無いまま殺される!!」
後出しならばどうとでも言える。
好き勝手言われる事に怒りを感じているだろう。その憤りがこの超重力。だがその程度、物の数では無い。この程度、バーヴァンシーの苦しみに比べればなんてことは無い。
「バーヴァンシーは昔馴染みで、今では友達だ! アンタがこのまま、馬鹿なことをさせるんだったら――」
「黙れ!」
これまで感情の見えなかった女王の爆発。
トールにとっては、期待していた以上の反応。
不可視の圧力は更に増す。
床は砕け、骨が砕けそうになる。
だが、この程度で屈する程軟でもない。
膝を付き、そのまま首を垂れる所を、気力で抗う。
せめてその眼は絶対に逸らさないと、心に決める。
さあ、好き勝手言い切ってやったぞ。
悔しかったら言い返して来い。
そんな期待を込めて、睨みつける。
「何故?何故だと? お前こそ、何故わからない!? バーヴァン・シーとしての記憶があるのならば、その性質は理解していよう!!」
「せい、しつ……?」
「他者の為にその身を捧げる性質を、お前は覚えていないのか!?」
その話は、覚えていなかった。
「何度生まれ変わっても、騙されて、利用されて、都合良く使われて、壊れたら捨てられる!」
妖精達に遊ばれているとき、バーヴァンシーは怒らないのか、嫌がらないのか。当時疑問に思った事は覚えてる。
「妖精も、人間も! 誰も彼もが彼女を壊す!」
そして、その理由を誰かが説明してくれた事も覚えている。
「私が、何もしていないと思ったか!? 何も伝えてないと思ったか!?」
それを説明してくれたのは一体誰だったのか――
「騙されたのなら怒れと、乱暴にされたのなら逃げろと、何度も何度も伝えて来た!」
その言葉には、それまでの彼女の苦悩がありありと伝わって来た。
「何度伝えても、生き方を変えることは無い!何度見つけても、自分から自らの身体を差し出し、利用され、酷使されて、ボロ雑巾のように捨てられる!」
彼女の努力と苦悩をこれ以上無い程に感じ取る。
「それなら、もっと目立たないようには出来なかったのか!? どこかで、静かに暮らしてもらうことは出来なかったのか?」
「妖精どもの眼を盗んで、隠居しろと言うのか? 妖精どもから逃げ、妖精どもに気を使い、自身より贅沢な暮らしをする妖精どもに怯えて暮らし続ける事がバーヴァン・シーにとっての幸せだと?」
「それは――」
「苦しめられ続けた生涯、そのような妥協を重ねた幸福程度で、満足しろと、お前はそう言うのか!?」
言い返す事は出来ない。
トールの提案が間違いだとは思ってはいない。
だが所詮は結果だけを見た後の、後出しジャンケンだ。この結末を知るからこその、妥協した安い提案でしかない。
モルガンのその思いに反論出来るほどに、トールはバーヴァンシーの為に何かをしてきたわけでは無い。
幸福の尺度は人それぞれ。
外野が偉そうに何を言った所で、それは卑怯な理論でしかない。
バーヴァンシーの為に足掻き続けた彼女が、そんな妥協した幸福に意味は無いと思っているのなら、それは最も正しい理屈である。
「だからトリスタンの
あれだけ良い娘だったバーヴァン・シーがあんな性格になっていたのはそういう事だったのだ。
「だが、反転しただけでは足りない。性質を変えただけでは、意味がない」
そう、吐き出す彼女の表情には後悔の念があった。
「だからベリル・ガットに預けたのだ! あ奴の性質は把握していた。あの男の悪辣さが、バーヴァン・シーの生き方の指針となるように! 悪意が向く可能性ももちろん考えた! だから、あの男の趣味の範疇には入らないと、
ベリルの
「あの男の危険性など最初からわかっている……! だがその時はそれしか方法が無かった。それ以外の選択肢など無かった!」
だが、それも妥協でしかない。
「何度伝えても、バーヴァン・シーも所詮は妖精なのだ! ニュー・ダーリントンに謹慎を命じても、私の命令を無視して勝手に遊び歩く! その後に叱られる事すら想像できずに、その場の思い付きで行動する!」
選択肢があまりにも少なすぎた。
そして、バーヴァン・シー自身の性格や性質も、あまりにも厄介すぎた。
「どうすれば良かった!? 私が付きっ切りで悪逆な生き方でも教えてやれば良かったか!? そんな事をしてみろ!私がバーヴァンシーを憎からず思っていると知られれば、私を気に入らない妖精どもに殺されるか、私を殺そうとするための人質として利用される! ああ、そうとも! 妖精どもは悪辣で間抜けだがその力は本物だ! 私自身はともかく、その周りまでは守り切れぬ! だから、ああいった態度を取ったのだ! 案の定妖精どもは、私が老成で頭がおかしくなったのだと思っている! これ以外の選択肢はない!」
結局の所、女王モルガンはバーヴァン・シーを愛していた。
ありとあらゆる、不思議な行動も、その全てに意味はあった。
「お前が後から何を言おうと、今更だ! 私はその時の最善を選び取った! これまで何もしてこなかったお前に、今更責められる謂れは無い!!」
その場でできる最善の選択肢を彼女はどうにか選び取っていた。
その苦しみ、想像することしか出来ないが、これ以上無い程の愛を知ることが出来た。
「何故、妖精國から出て行った!? 何故、あの時、あの場にお前はいなかった!?」
モルガンの迫力に、トールは何も言えない。
バーヴァン・シーがこんなにも苦しんでいる時に、自分は異世界で悠長にヒーローを気取っていた。
それがトールにとって最大の後悔。
「今更、何をしようというのだ――」
確かにモルガンは、その時にできる最善の道を選び取ったのだと、実感できた。
だがバーヴァンシーの魂は腐りかけると言う結果となった。
これから先、妖精國全てが敵になる。
唯一心酔していたウッドワスもいない。
表向きの戦略で見れば、どうしようもない程に女王は孤独だ。
力づくでは対抗できるかもしれないが、姦計を巡らされればその限りではない。
だが、それはこのまま何もしなければの話だ。
女王モルガンはまだ健在。
バーヴァン・シーの魂が腐る呪いとやらも、女王自身に消してもらった。
だからまだ。出来る事はある。
「だったら、俺を使え!! 全力で協力する! カルデアからも、妖精からも、俺が守る!侵略者共を引っ掻き回してやる!」
選択肢は2つあった。
それはモルガン次第の選択肢だった。
1つは、本当に最悪の場合だがバーヴァン・シーを、モルガンが愛しておらず、何かに利用する為に彼女を娘にしているのだとしたら、このまま、バーヴァン・シーを奪い取り、世界を滅ぼしていくカルデアを暗殺して、ティンタジェルでの隠居をと考えていた。
あのビジョンで見た通りなら、自分にはセーフティのような物がかかっているらしいが、既にその対策は考えている。
そしてもう一つが、今から選びとる選択肢。
バーヴァン・シーを彼女に預け、王になり損ねた愚かな復讐の王ロットとして、妖精國のありとあらゆる悪感情を自身に注目させ、その上でカルデアや予言の子を討ち取るか、あるいは自分ごとでもモルガンに滅ぼさせる。
混乱だけでも与えられれば上場だ。
「アンタの言う通りだ。俺は肝心な時にいなかった。友達――バーヴァン・シーも、ムリアンも、1番苦しんでいる時に、何もしてやれなかった……妖精國が変わろうと言う時に、俺は悠長に異世界で暮らしてた」
その後悔はどう足掻いても拭えない。
「だから、頼むから、何かをさせてくれ、この妖精國の為に、何か、役に立つ事をしたいんだ……! カルデアの言うクソみたいな救世じゃない。正しい世界とやらの上から目線の価値観で蹂躙なんざさせない……!この世界を、残すための行動をさせてくれ……!」
だからこそ、今から、少しでも、彼女達が幸福になるように、全力を尽くすと心に決めた。
それは後悔から来るマイナスな感情だが、未来という希望の為の思いでもあった。
その思いは、その懇願は――
「そのような事、許可できると思うか?」
あっさりと打ち砕かれた。
正直な所、まさか断られるとは思っていなかった。
「なん、でだ……!? なんで!? 別に構やしないだろ! 生意気言ったからか!? さっきの発言が気に入らないんだったら謝るよ! 罰を与えてくれても良い! それこそ俺を使い潰せば良いだろう!! 生意気な余所者が、勝手な正義感で爆弾になるって言ってるんだぞ!? プラスにならなくても、マイナスには絶対にならない!」
この提案が、断られるとは全く思っていなかっただけに、戸惑いは隠せなかった。
超重力の圧力は、いつの間にか解けていた。
立ち上がり、彼女に詰め寄ろうとしたところで、その細腕に、あっさりと阻まれた。
トンと、胸の辺りを小突かれる。
瞬間、これまでに帯びた傷口から、止めどない痛みが溢れてくる。
足がふらつき、尻餅をつく。
理解できない現象だった。
「な、ん――?」
「笑わせるな。自分の身体の事を分かっていない愚か者など、役に立つどころか、足手纏いにしかならぬ。お前の言葉を借りるなら。マイナスにしかならん……」
女王の表情には侮蔑の念が込められているように見えた。
立ち上がれない、腹の痛みが、凄まじい。
貫かれた右目の痛みが頭全体に広がっている。
先ほどまでは、ここまでのはずではなかったのに何故――
「とっとと去るが良い、余所者め。お前は家族がいるだろう。お前を英雄と称える世界があるだろう。お前を王として迎える世界があるだろう」
異世界の事は、ヴィヴィアンとして邂逅したときに説明済みだ。
「この世界に、お前の居場所など――ありはしない」
***
モルガンはわかっている。
彼の思惑など気づいている。
挑発して、自分を激高させて、バーヴァン・シーへの思いを確かめたいという事などわかっている。
後出しで、結果だけを見て、他人の間違いを偉そうに指摘する事の愚かさを、彼自身もわかっている。
だが、我慢ならなかった。
挑発だとわかっていても、これまでの行いを、よりにもよって、彼に否定されるなど、我慢ならない。
だから誘いに乗った。
全てを吐き出した。
思いは全て言葉に乗せた。
「何故、妖精國から出ていった!?」
あなたがいれば、もっと上手くできたかもしれないのに。
「何故、あの時、あの場にお前はいなかった!?」
バーヴァン・シーを拾った時にいてくれれば、貴方にあの娘を守ってもらう事が出来たのに。
「何故――お前は今更帰って来た――」
國中が私を殺そうとしている時に、どうして来てしまったの――
片目を失って、腹に大穴を開けて、ボロボロの体を引きずって。
それの全ての原因は自分にある。私の味方をしようとするからそうなった。
モルガンはそう考えてしまう。
このようなボロボロの体を引きずってなお、自分を傷つけてでも。この國を救おうと言う彼を、どうして受け入れることが出来ようか。
間違った世界。死ぬはずの世界。
ブリテンを愛するが故のエゴによって滅びを引き延ばそうとする行為に、どうして彼を付き合わせることが出来ようか。
「この世界に、お前の居場所などありはしない」
――もういいのです。この世界にはあなたが犠牲になるほどの価値はない。
だからどうか、貴方は貴方に祝福を与える世界へと帰ってください。
「――なんだよ、それ……」
それは、モルガンにとっても予想の範疇ではあった。
一度は、反論されるだろうとは思っていた。
だが――
「今更。アベンジャーズに、アスガルドに、戻れるわけがないだろう!!」
その事実は予想外の事だった。
「自由に行き来なんかできやしない! 片道切符でここに帰って来たんだ!
トールは尻もちをついたま。
「全部の記憶があるわけじゃない。それでも、この妖精國が大事な場所だってことは覚えてる。大切な人たちがいたってのは覚えてる」
迫力も何もない。
「最近ようやく思い出してきたんだ。ムリアン、バーヴァンシー、きっとまだいる。俺の心がそう言ってる」
だが、その思いは、その覚悟は
「ここは俺の故郷で、俺の大切な人たちがいる大切な世界だ!」
否が応でも伝わってくる。
「俺は絶対にアンタに協力してやるぞモルガン!」
その事実は、叫ぶトールの覚悟は、モルガンのヴェールに隠れた冷たい表情を歪ませるのには十分だった。
「協力するのを、許可しないんだったら、今すぐあんたを押し倒してでも頷かせてやる!!」
わけのわからない脅し文句。いまだ立ち上がる事はできないトールに、そのような力は見られない。
「俺は諦めないからな!この世界も! まだきっといる、大切な人たちのこと……も……」
トールの言葉が止まる。
まるで、何かを思い出したかのようなその所作。
その様子を捕えながらも、モルガンは戸惑っていた。
今にも死にそうな体を引きずる彼を巻き込みたくない。
だが、きっと、この國のために、自分の愛するブリテンのために、全てを捨ててここに来た彼に、喜びを感じてしまっている。共に戦いたいと、この手で守りたいと、そして、守って欲しいと思ってしまってもいる。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
だからだろうか。モルガンの魔術に綻びが生じた。
集中は切れ、分身の魔術の維持が出来なくなった。
何かの言葉を残すこともなく、モルガンの分身体はその場から消え去った。
***
気づけば、いつもの大広間。
今の今まで、ティンタジェルにいたという感覚が強い。
あまりにも分身体に意識を割きすぎた。
女王しかいないその玉座。
その上でモルガンは、頭の中を整理する。
今は、時間が欲しかった。
どうすべきか、彼を異世界に帰す事しか考えていなかった。
彼を受け入れるべきか。ティンタジェルで隠居でもしていろとでも言うべきか。
だが、それでは大厄災が来た時に対処ができない。彼はもう、映像で見せられたような強大な力をもっているようには感じない。
あるいは、彼を捕えて、キャメロットのどこかへ幽閉という名目で閉じ込めておくか。
考える。色んな方法を考える。
早く決めなければならない。
だってそう、妖精國への愛を語る彼の変化を感じ取ってしまった。
ムリアンと言った。バーヴァン・シーと口に出した。妖精國への愛を語っていく中で、彼の言葉が一瞬止まった。
その時の、彼の頭をめぐる記憶の数々を、モルガンは感じ取った。
きっと、あれは、また何かを思い出したのだ。
そして何を思い出したかをわかってしまった。
だから、こその焦り、あのままでは懐柔されると、自覚していた。
――ああ、まだ何も思いつかないというのに。
来てしまう。彼ならば、簡単にこの玉座に辿り着く――
彼の記憶から垣間見た、次元を繋ぐその魔術。
モルガンが苦労して得た水鏡と同じ魔術を、異世界の彼らは初歩の初歩として、学ぶのだ。
目の前の空間に光の輪が現れる。
光の輪の中に、先ほどまでいたティンタジェルの屋内の風景と、つい先ほどまで話していた彼の姿があった。
彼の、信じられないような表情とから色々な感情を感じ取る。
――ああ、やっぱり。
モルガンは動けない。ヴェールに隠されたその顔は、喜びと悲しみ、戸惑いに染まっていた。
ゆっくりと、トールは玉座へと近づいていく。
このまま受け入れてしまえば、彼は、激しい戦果へと巻き込まれていく。
だから断るしかない。近寄るなと、拒むしかない。
そう、口を開こうとしたところで。
右側から。
もう一つ次元をつなぐ扉が開いていた。少し歩けば手の届く距離の次元をわざわざ繋げるその暴挙。
腕を引かれ、突然の不意打ちに抵抗はできず。玉座から無理やり立たされて、そのまま空間を超えて、玉座の正面にいる彼の胸に抱きすくめられる。
受け止めるだけの、優しい抱擁だった。
「は、離せ……!」
「嫌だ……」
言いながらも、モルガンに抵抗する力はなかった。
「何が嫌だ! 貴様、誰に何をしているのかわかっているのか……!?」
「押し倒してでも頷かせるって……言った……」
「——ッ!」
脅しと共に、優しかった抱擁は、力強いものへと変化していく。
二度と離さないと、そう、言っているかのようだった。
「……今まで、思い出せなくてごめん」
「あ……」
前触れも無く発されたのは謝罪の言葉。
だがその言葉こそが答えだった。
モルガンの事を思い出してくれたという、証拠だった。
「キミが大変な時に、手伝ってやれなくてごめん」
その言葉が胸の奥に染み渡る。
「今更だけど、もう遅いけど、それでも――」
抵抗する力は無い。
「俺の友達を助けたい。君の愛したブリテンを助けたい」
涙が溢れて来る。
「なにより、君を助けたい」
ティンタジェルでの、あの強気な態度は何処へやら、彼の声は、弱々しい。
「ダメかな?」
だが、その心は、その言葉には、
「今からでも、ダメかな?」
抗えぬ何かがあった。
問題はある。
これからどうしていくべきかは思い浮かばない。
今の所、未来は、明るくはない。
だが、今は、今だけは。
再開の喜びと、その暖かさに浸っていたかった。
感想、ご意見。お気に入り登録。いつもありがとうございます。
成る程!と色々参考にもなりますし、本当に嬉しいです。
これからもよろしくお願い致します。
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MCUの映画を1本以上観た事がある
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一度も触れた事がない