世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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マンチェスター②

そろそろだとは思っていた。

 

そろそろ自分の秘密を話さねばと思っていた。

 

自身の秘密。本当の名前。

 

「黒犬公」バーゲスト

 

他者を喰らい、その異能を吸収する。

 

愛したものを食べてしまう衝動を持つ怪物。

 

 

バーゲストの目の前には、自身の作った料理を美味しそうに食べる青年、トオル。

 

 

料理に夢中なのだろう。口元の汚れに気づかないまま、ガツガツと食べるその姿に嬉しさを感じる。いつもそうだ。彼はいつも自分の料理を美味しそうに食べてくれる。

 

 

今の自分の腹の中には、ファウル・ウェーザーという大妖精で満たされているが、その衝動がどう向けられるかは予測できない。

 

今の自分には『アドニス』という愛する人間がいるが、それとはまた違った意味で、彼に惹かれている事は確かだ。

留守にする事が多いとはいえ、住居を友にする身。

故に、アドニスに対して抑える事が出来ているものの、いや、抑える事ができているが故にこの衝動がいつ彼に向くかも限らない。

 

だから、危険がある以上、彼には説明しなければならない。

 

妖精騎士として、何よりあの物語の騎士達のように、誠実であろうとするならば、説明するのは当然だ。

 

ただ、この事を話したら、拒絶されるのではないかと。ここからいなくなってしまうのではないかと、それが、その事が、彼を捕食してしまう以上に恐ろしかった。

 

配下である妖精達とも違う。使えている女王とも違う。同僚である妖精騎士達とも違う。

 

対等で、友人のような関係の同居人。外の世界からのお客様。

 

彼との絆が壊れるのが怖かった。

 

だから、いつもの物語に対する語らいの中、そのきっかけが訪れたときも随分と回りくどい事をしてしまった。

 

彼を、アーサー王の物語での解釈の話を聞き、悪役に理解を示そうとするその姿勢に、つい、例えとして、自分の話をしてしまったのだ。

 

どういう答えが返ってくるかと期待と不安でいっぱいだった。

 

『そんなものーーそういう風に作った世界だの創造者だのが悪いだろ』

 

答えは、それこそ、彼らしいような世界への完全なる責任転換だった。

 

彼はいつもそうだ。世界や自分を生み出した存在を、まるで身近な物であるかのように語りだす。

 

そして物語の話をするといつも言うのだ。悪いのはそいつじゃない。そう設定した世界が悪い。

 

それは、一見酷い理屈のように見えるが、

 

愛する者を捕食してしまい、あまりの絶望に自決しそうになった自分にとっては、一種の救いであるかのように感じられた。

 

だから――そう、このタイミングだと思った。

 

彼ならきっと受け入れてくれると、そういう確信があった。

 

自身を奮い立たせ、いざ話を切り出す。

 

「その……ひとつあなたに話しておかないといけない事があります」

 

こちらの気迫を感じたのだろうか。

 

ここ最近なかった珍しく真面目な表情に一瞬面食らったが、話を続ける。

 

「ガウェインというのは、女王陛下から妖精騎士としていただいた名前ーー」

 

「『バーゲスト』他者を喰らい、その糧とする怪物、それが本当の私なのです」

 

 

 

***

 

 

 

 

ついに、ついに明かした。自身の正体を、怪物である事を。

 

果たして受け入れてくれるだろうか。拒絶されるだろうか。

 

恐る恐る、彼の反応を伺ってみると。

 

「いや、まあ、ごめん。なんとなく気付いてたけど」

 

そんな、台無しな事を言い始めた。

 

「んなっ……」

 

狼狽してるうちに彼は続ける。

 

「いやだって、その事って街の妖精達は知ってるんだろ?口外しないよう言ってるわけでもなさそうだったし。普通に会話を聞いてたら何となく気づけるし……」

 

そう言われればそうだった。「黒犬公」と異名がつく程に自身の衝動は有名だ。口止めでもしてない限り、どこかでその話が漏れるのは明白だ。

 

なんだそれは、さっきの決心はなんだったんだ。

 

「それに、さっきの例え話。露骨すぎる。明らか自分の事じゃないか。そういう時は『これは友達の話なんだけどぉ』って言うのが鉄板だよ」

 

やめて欲しい。もう、恥ずかしいからやめて欲しい。

 

「兎も角!」

 

「無理やり話を切ったな」

 

黙りなさい!

 

「その、知っていてあなたはここに住んでいらしたの?あなたを食べてしまうかもしれないんですのよ?」

 

そうだ。そこが重要だ。この身たるは、妖精や人間に限らず食べてしまう卑しい獣。

 

そんな危険な存在と何故寝食を共に出来るのか。

 

「なんだ、俺のこと食べたいと思ってるのか?」

 

「いえ、そんな事は……ありませんが、多分」

 

「たぶ……」

 

それは、どうだろうか。今は食べたいとは思わないが。今後どうなっていくかは保障できない。できる自信が無い。

 

 

「まあいいや。それなら、1個俺の秘密を話さないとな。というかこの間まで忘れてたんだけど……」

 

そう言われて、バーゲストは慌てふためく。流れが急だ。そんな急に秘密を明かそうと言われても、心の準備が出来てない。

 

「そんな大したことないじゃない。いつも俺が話してる物語あるだろ? 実は、あれ全部本当のことなんだ」

 

それは結構とんでもなく大した事ではなかろうか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

彼女、バーゲストが明かしてくれた秘密。

 

自身が妖精を、人を喰らう怪物だという秘密。

 

彼女の言う愛する者を喰ってしまって自害したくなる云々の話は、体験談なのだろうか。だとしたら、本当にクソったれだ。

 

何も考えず、喰らうだけの怪物だったらまだ救いがあったのに。創造主は、この世界の神様は、彼女にその本能を、宿命を、罪とする思考回路を与えた。

 

怒りがふつふつと湧き上がってくる。彼女がその真実を話してくれた時、この激情を隠すのに必死だった。

 

気にしてないと、恐れてなど決していないと、どうすれば伝わってくれるだろうか。

 

バーゲストの不安そうな表情が見える。

 

どうにかして、彼女を安心させてやりたい。

 

その一心で、自分の言葉を、知識を、経験を捻り出す。

 

 

「俺は、この世界とも違う。バーゲストが言ってる汎人類史をとやらとも違う。もっと外の世界から来たんだ」

 

「ちょっと、待ってください!! じゃあ、なんですの? その、怒ると緑色で筋骨隆々な男性になるっていう人間とか、空の世界にいる角が生えていて男性全員が筋骨隆々な種族とか、他にも他にも筋骨隆々な男性が本当にたくさんいるって事ですの!?」

 

「興味が偏りすぎだろ……」

 

興奮した様子に少し安心した。ある程度、不安は解消されたようだ。

 

 

「俺は色んな世界を旅してきた。色んな奴と会ってきた。変な奴もいたし、嫌な奴もいたし、立派で、尊敬できる奴も沢山いた」

 

 

本当に色んな世界と色んな人と人じゃない奴と出会った。そんな人達と比べても、バーゲストは凄く真面目で、義理堅くて。

 

「そんな人達と比べても、君は、バーゲストは、凄く立派で、良い奴で……それで、えーと」

 

ダメだ。言葉が出てこない。

 

「それで……なんですの?」

 

「兎に角!」

 

「無理やり話を切りましたわね」

 

気を取り直して、続ける。

 

「君はその、立派な騎士で、尊敬できる人だ。俺は君を信頼してる」

 

「だから、君なら耐えられるって信じてる。現に2か月たっても俺を喰ってないのがこの証拠だ。だから、君を信じてる。気にしてないよ」

 

彼女に伝わるだろうか、彼女の力になれるだろうか。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

こんな拙い言葉でも、笑顔で感謝をしてくれる彼女に、幸せな結末が訪れる事を願いたい。

 

誰かを捕食すると言う業に負ける事なく、このまま、穏やかな日々を送って欲しい。

 

その為に自分は何でもしようと心に決めていた。

 

「まあ襲われたところでぼこぼこにし返せる自信もあるし」

 

「——台無しなんですけれど」

 

 

 

 

 

 

その願いも、その決意も、叶えられる事は無い。そもそもその願いはとっくの昔に終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

もう一つある彼女の事情。アドニス。彼女曰く、体が弱く小さい為、強いものを捕食しようとする自信の本能に限りなく遠い、人間の恋人。

 

体に障る可能性があるからと、今の今まで案内される事は無かったが、近々、大きな戦争が起こるらしい。その間暫く離れる事が多いという事もあるので世話をして欲しい。という事だった。

 

開かずの間だったその扉をバーゲストは開け放つ。

嫌な予感がした。思えば、話を聞いた時から違和感はあった。今までも数日ほど家を空けることが多かったバーゲスト。

その間、彼の世話はどうしていたのだろう。ただでさえ体が弱いらしいアドニスを放っておいたのだろうか。そういう疑問を抱えたまま。室内を除く。

 

 

 

 

――そこには、誰もいなかった。

 

 

 

部屋の中心にある天蓋付きベッド。アドニスが眠っているだろうそこに人間の姿は無く、代わりに、夥しい量の血の跡があるだけだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。

 

 

 

 

 

 

マンチェスター周辺。

 

トオルがバーゲストに仕事として与えられたモース退治。

何時もより数の多いそいつらを、感情のまま殴り、蹴り、たたきつける。

貫かれる拳は触れずともその衝撃破と摩擦による熱風で対象を破砕し、振るわれる蹴りはそのあまりの鋭さに剣で切断したような後を残す。

上から叩きつけられた掌底の後は、クレーターを作り、爆弾でも爆発したようだった。

 

 

 

 

 

 

――何が信用しているだ、何が尊敬してるだ。

 

 

何にも知らないくせに、彼女の本能を、彼女のどうしようもない(さが)を、自分は軽く見ていたのだ。

 

彼女は、自身が愛した人間、アドニスを食べてしまった事を完全に忘れていた。

それどころか、彼女はまるで洗脳されているかのように、未だにアドニスがいると思い込み、部屋に入るたびに、一人芝居をしていた。

彼女がアドニスの部屋から出ていく瞬間のあの表情。

眼からは光を失っており、生気を感じられなかったが、その笑顔は見た事も無い程幸せそうで。

しかし笑顔はまるで仮面が張り付いているようだった。

 

その姿はあまりにも痛ましくて、以前別の恋人を捕食してしまった時、自決をしかけた事があったらしいのだが、ある意味そちらの方がマシだったのではと思うほどに、救いのない事態だった。

 

今の事態が正しいとは思わない。

眼を覚まさせてやらなければと思う。

だが仮に、何らかの方法で今の彼女を目覚めたとしても、アドニスを食べてしまったという事実に彼女が耐えられるとは思えない。

 

 

 

 

自分は今、あまりにも無力だ。

 

 

 

 

 

モースの討伐が終わった。

彼にしては珍しく。息を乱していた。

自身の無力感への苛立ちが必要以上に無駄な力を使わせ、体力を消費させていた。

 

戦闘が終わっても尚、気が晴れない。戦闘への警戒が拭えない。

普段より殺意や死の気配というものに敏感で、マンチェスターに帰った時もその感覚のままだった。

 

だからだろう、マンチェスターの中から感じる『死』の気配に気づいたのは。

 

 

――ダメだ

 

ふと、近くにあった納屋へと近づいていく。

 

――今はそんな場合じゃない

 

近づけば近づくほど、今まで気づかなかったのがおかしいと思うほどに血の匂いと肉が腐った臭いが漂ってくる。

 

――放っておけ

 

納屋を開けた。

 

 

 

 

 

 

中には、散々に弄ばれた。夥しい量の人間の死体があった。

 

自身の知る妖精國には珍しく、自身の本当の故郷においては日常的な風景だった。

 

だからだろうか、トオルの頭はひどく冷静で、背後からこっそりと近づき、その爪を突き刺そうとしていた妖精に気が付いた。

 

背後から振るわれるそれを、体制を変えるだけで、見ることもなく回避し、振り向きざまにその右手で牙の氏族の首を絞めつける。

 

「ぐぅっがァ!!」

 

足が空中に上がり、苦悶の声を上げる牙の氏族の妖精。その声を合図に、周辺から他の妖精達がワラワラと集まってきた。

 

 

「見られた!見られた!」

 

「まずいぞまずいぞ!」

 

「バーゲストの新しいおもちゃに見つかった!!」

 

 

「――おい」

 

 

地獄の底から響いてきたような声がトオルの喉から発せられ、右手の妖精を地面に叩きつける。

 

その爆音に、騒がしかったその空間に静寂が訪れた。

 

 

「これはなんだ?」

 

 

彼の殺意の籠った問いに、妖精達は彼の怒りを感じていないのか、人間という存在故に見下しているからなのか、これまた楽しそうに騒ぎ始めた。

 

 

 

「なにって領主サマのマネゴトさ!」

 

「マネゴト?」

 

「そう!お屋敷の奥で見たからね!いつも隠れて見てたからね!」

 

その言葉に一抹の不安を覚える。

 

そうか、こいつらはつまり――

 

「楽しい楽しいオママゴト。素敵な素敵なモノガタリ」

 

「毎日とっても楽しそう!ボクらもマネをしただけさ!」

 

 

バーゲストがアドニスを――

 

 

「あんなに優しくしてたのに!あんなに大切にしてたのに!」

 

「バーゲストは食べちゃった! 屋敷の奥で食べちゃった!」

 

「すっごくすっごく面白かった!だからボクたちもやったのさ」

 

 

喰ったところを見てしまったのか――

 

 

「ところでところでどうしよう!」

 

「見つかっちゃった見つかっちゃった!」

 

「バーゲストに告げ口されたら大変だ!」

 

「そうだ!口を封じてしまおう!」

 

 

まったく本当に最悪だ。

 

 

「口を取る!?」

 

「いや、殺してしまおう!!」

 

「バーゲストのおもちゃを横取りだ!」

 

「そうだ!おもちゃは全部皆殺しにして。こいつの仕業って事にしてしまおう」

 

「そうすれば、新しいおもちゃがきっと来る!!」

 

襲い来る妖精達を一瞥し、反撃に移る。

 

なんの事はない。妖精を邪悪だとも思わない。怒りなども湧いてこない。

 

この程度の殺戮。歴史を辿れば、人間の方がえげつない事をよっぽどしてる。

 

無限城の人間など尚更だ。

 

きわめて冷静に、今後の展開を思考する。

 

加減して気絶させて、反省させる?

 

――無理だ。妖精達は、体の構造からして人間と違う。それこそ致命傷を与えねば大人しくはならない。そもそも殺さずに仕留められる程弱くはない。

 

ありったけの殺気で恐怖を与える?

 

――これも無理だ。根本的に人間を見下しており、そもそも恐怖という感情が本当にあるのかすら疑わしい彼らに、人間である自身の威圧など、意味がない。

 

妖精達は興奮しきっている。自分が無抵抗でなぶり殺されるか、襲いくる妖精達を殺すことでしか、この場は収まらない。

 

遠くにいる興奮した妖精が人間達を殺し始めた。今のトオルでは彼らの面倒を見る事もできない。

 

 

――なんて、無力。

 

 

自分が来なければ、バーゲストは幸せな夢を見たままでいられたのかもしれない。

 

妖精達の蛮行に気づくことなく、表面上はおだやかな日々を送れたのかもしれない。

 

大人しく妖精に殺される事で事態は好転するとも思えないし、そもそも自決をする勇気も持ち合わせてはいない。

 

だからこそ、今できる最善の道を模索する。

 

悪魔のごとき妖精達の集団の中心に、無限城の『悪魔(ディアブロ)』が降臨した。

 

この場に正義など存在しない。

 

悪魔同士の殺し合いが始まった。

 




・トオル
良い事言ったつもりだが軽く考えすぎていた愚か者。



・バーゲスト
トオルに対しての感情は、今は、愛にはなりえない。何せ、最愛の『アドニス』がいるのだから。経緯はどうあれ、命をかけて彼女への愛をささげた『アドニス』には、トールはもちろん、藤丸立香でも勝てはしない。

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