世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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決戦の傍ら

 

ムリアンは没頭していた。

 

彼との再会で忘れかけていたあの感情。

 

あの決意。

 

無意味な寄り道だった。

 

むしろ。こんな思いをするのであれば最初から無かった方が良かった。

 

これまでの遅れを取り戻すために、元来の仕事に没頭する。

 

それは既に完成しているのにも関わらず作業は続いていた。

 

意味のない調整。場所の調整。角度の調整。質感の確認。ありとあらゆる微調整。

 

それを延々と繰り返していた。

 

その時が来るまで延々と。

 

そうでもしないと、心が壊れそうだった。

 

すでに手筈は整えている。

 

後は、時を待つだけ。

 

 

「ムリアン様? 牙の氏族の皆様がいらっしゃいましたが」

 

 

これといった前触れもなく、あっさりとその時は訪れた――

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

オークニー。

 

かつて雨の氏族が暮らしていた地。

 

滅ぼされた雨の氏族による悲しみがこの地に降り注ぎ、その全てを白に染め上げる。

 

 

 

そこに男女が二人。

 

 

「ようやくですね。ようやく、ブリテンに平和は訪れる。後は戴冠式を迎えるだけ」

 

 

最初に口を開いたのは少女の方だ。

 

少女の名はトネリコ。このブリテンの救世主を名乗り、妖精同士の調停を行ってきた。

 

達成感をその胸に、控えめでありながらこの場の凍えるような寒さを吹き飛ばすような暖かな笑顔を隣の青年に向ける。

 

青年の名はロット。救世主一同の一人。

 

ロットは何も口には出さず、笑顔で返す。

 

もともと口数の少ない彼だ。トネリコも気にすることなく言葉を続ける。

 

 

()()()()、本当にありがとうございました。あなたの助けのおかげで思ったよりもずっと、簡単に妖精達が従う姿勢を見せてくれています」

 

()()()()こそ、本当に頑張ったと思う。そもそも君がいたからこその結果だ。君がいたから俺はここにいるし、トトロット達も付いてきたんだ」

 

 

互いに、本当の名で呼び合う。

 

戴冠式もいよいよ間近に差し迫った中。

 

かつての故郷を見ておきたいと、モルガンはトールに懇願した。

 

そんなモルガンは特に何をするでもなくオークニーを見回す。

先ほどの喜びの表情とは一転、その表情は憂いを帯びていた。

 

 

「雨の氏族の妖精達は、楽園からの呼びかけに答えて私を育ててくれました」

 

 

モルガンから紡がれるその話はトールにとっては既知の事実だ。

 

 

「私が、この妖精國を救う存在だと信じて――」

 

 

あることがきっかけで、互いの過去を共有した時、その記憶を彼女の視点で味わった。

 

 

「でも、今私がやろうとしている事は、本来であれば、楽園の使命に背くもの」

 

 

だが、その時の彼女の感情は、思いは彼女だけのもの。

その思いを、トールは本当の意味で理解する事は出来ない。

 

 

「雨の氏族は、私の義母は、今の私を知ったらきっと、匿った事を後悔しているのでしょうね……」

 

 

どこか自嘲気味なモルガン。

トールは、彼女がどういった答えを求めているかはわからない。

 

だから、トールはトール自身の考えを口にするだけだ。

 

 

「俺は、そうは思わない」

 

「トール君……」

 

「雨の氏族の妖精達は、楽園の言う指名が滅ぼす事だって知ってて君を育てたのかな……?」

 

「……わかりません。わからないよ……」

 

一瞬の迷いを見せた後、モルガンはそう答える。

その表情は苦し気で、彼女の奥底にある後悔の心持を表しているようだった。

 

 

「まあ、多分だけど違うと思うんだ」

 

「どうして……?」

 

「だって、そうだったら君を匿ったりしない」

 

 

それは、ある意味当然の答えではあった。

至極当たり前の理屈。

それにモルガンは内心で納得しつつ、言葉を促せば。

 

 

「妖精達が君に嫌悪するのは仕方がない事だと思う」

 

 

その後に続くトールの言葉に少し驚いた。

 

 

「楽園がどれだけ偉いか知らないけど、急にしゃしゃり出て来てお前達は間違っているから滅ぶべきだ。それを正す為にやって来た。なんて言われたらそれは腹が立つさ」

 

 

トールも、モルガンを嫌悪する妖精達に手を焼かされていた。

どのような時でも、モルガンへの嫌悪故に理屈にならない動きをする妖精によってさまざまな問題が起きている。

その結果、モルガンを、トール自身を、あるいは暴走した妖精そのものを守るために、トールは何度も危険な目に遭っている。

 

 

「妖精だからじゃない。どんな生物だって自身を脅かすような存在、嫌悪するに決まってる。それが普通だ」

 

 

トールは、そんな妖精達に怒りを示すわけでも無く。嫌悪感を示すわけでも無く。

しょうがない事だと言ってみせた。

 

 

「誰しもが嫌悪するなんてわかってた筈だ。そんな場所にたった一人君を使わせた。それも中途半端な使命や知識だけ与えてだ」

 

 

そんなトールに、モルガンは不思議だと思う事はなかった。そうだ。彼はそういう人だ。

 

 

「使命に対し従順になるよう洗脳するわけでもない。教育するわけでもない。曖昧な使命だけ与えて、巡礼なんていう名目で妖精の死体で作った鐘を鳴らさせて、最期は命を差し出させる」

 

 

妖精に対しても、人間に対しても、抗いようのない世界そのものに対しても。

平等に評価し、好意を示し、嫌悪する。

 

 

「そんな悪趣味な方法。楽園も妖精を馬鹿に出来るほどマシな存在じゃない」

 

 

そう言う人だった。

 

良く言えば平等。悪く言えばそれぞれの立場に対する配慮に欠けるとも言えるだろう。

 

 

「楽園なんて、そんなご大層な名前。似合わない。俺からしたら妖精やもう一人の君を追い出した人間達と変わらない。いや、高潔ぶってるぶん、より醜悪だ」

 

 

何せ、その楽園で生み出された存在の前で悪態を吐くのだから。

 

「……」

 

「ごめん、君の生まれ故郷でもあるんだった。その、俺はそういう意味で言ったんじゃなくて……」

 

「いえ、構いません……」

 

 

モルガンは一言申した後、困り顔のトールに笑顔を向ける。

その慌てた顔は本当に可愛らしいと思いながら。

 

 

「教えてください、あなたなりの考えを」

 

トールがここまで饒舌なのは珍しい事だ。

モルガンは苦笑しながらも言葉を促す。

 

「あ、ああ、そうだった。そうだね……」

 

 

一つ、咳払いをして、トールは続ける。

 

 

「雨の氏族は、俺と同じ思いを抱いたんじゃ無いのかな」

 

 

それはあくまでトールなりの解釈。

 

 

「救いが滅びという自覚があったかは分からない。嫌悪感を抱いていたかはわからない。でも、例えどちらだったとしても、楽園のエゴに振り回されて、使いっ走りにされて、身一つで放り投げ出された君を、優しい雨の氏族達は害することが出来なかった」

 

 

トールは既にモルガンの狂信者のようなものだ。

 

 

「それでも、きっと彼らは救われる事を願ってた。でも、それは必ずしも滅びじゃない。滅びが救いなんて、あまりにも馬鹿らしいし」

 

 

その考えの全てがモルガンに寄り添い、モルガンにとって都合の良いものに変換していく。

それを、モルガンはいけない事だと思いつつも、喜んでいた。

もう一人のモルガンも、今のモルガンも、誰一人肯定してくれる者はいなかった。

そんなモルガン達にとって彼のその思想はこれ以上の無い程の救いとなっていた。

 

 

「君なりのやり方でブリテンを救う事を決めた君を、偉そうな楽園の定めた滅びこそが救いだなん言うくだらない使命に立ち向かう君を見て、その事で後悔することは無いと思う」

 

それは、そうであって欲しいというトールの願望でしかない。

 

それでも、それはトールにとっての紛れも無い真実である。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ございます……」

 

礼を言うモルガンは俯いていて、その表情を伺い知ることはできない。

この話を、モルガンがどう解釈したかはトールにはわからない。

 

例え真実であろうとなかろうと、これからする事に変更は無い。

 

だから、雨の氏族に関する話題はこれで終わり。

 

モルガンも、それ以上、雨の氏族について語ることは無かった。

 

しばしの沈黙が流れる。

 

モルガンは遠くを見つめるような視線で、再びオークニーを見回す。

きっと思い出に浸っているのだろう。

 

 

憂いを帯びながらもどこか穏やかで、ほんの少しの微笑みが、その感情を物語る。

 

 

彼女にとって、敵ばかりの妖精國だが、こうして、笑顔で思い出せるような思い出があることは、トールにとっては喜ばしかった。

 

 

「さ、行きましょうか! ここも寒いですし、風邪をひいてしまいます!」

 

 

暫しの時間が流れた後、さっぱりと、何かに吹っ切れたような態度のモルガン。

 

 

踵を返し、立ち去ろうとする彼女。

 

 

それを見て、トールは、意を決したように、その手を動かす。

モルガンの左手を掴み、強引にこちらを向かせる。

 

トールにしては珍しい、強引な行動に、モルガンは驚いたのか、目を瞬かせる。

触れられらた左手からみるみるうちに彼女の白い肌が赤く染まっていく。

 

 

「その前に、話があるんだ……」

 

 

皆と離れて、一度オークニーに立ち寄りたい。

その提案に乗ったのは、何もモルガンが望んでいたからではない。

 

トールにとっても、この状況は渡りに船だった。

 

ウーサーとライネックとのやり取りを思い出す。

あの時殴られた頬は、もう腫れは引いたが、その感触は未だに残っている。

 

トールには、伝えるべきことがある。

 

決意を胸に、モルガンを真正面から見つめる。

 

 

「な、ななななななんでしょうか……」

 

 

対するモルガンの様子がおかしい。

 

何かあったのかと、トールは、モルガンの体をスキャンする。

 

「ヒャッ――」

 

体調が悪いわけではないらしい。

電気のくすぐったい感触に、ほんの少し驚いたような声を上げた以外に異常はない。

 

「い、いきなり人の体を電気で見るのはダメって言ったでしょう!!」

 

「ごめん。様子がおかしかったから」

 

トールはモルガンの剣幕に狼狽しながらも、謝罪を済ます。

 

「顔は真っ赤だし、口籠もりすぎだったし、何か体にあったのかと思って……」

 

「そ、それは、その、私と言うよりマヴのせいというかなんというか……」

 

 

 

声が小さくて後半は聞き取れなかったが、体に異常が無いのなら、止める理由は無い。

今このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「モルガン!」

 

「は、はい!」

 

 

改めて、会話を始める為に名前を呼ぶ。対する彼女は顔を朱く染めたまま、それに応えた。

 

「君は戴冠式を迎えれブリテンに平和は訪れると言ったけれど、実際の所はそうじゃない……大事なのはそれからだと思う」

 

 

――周りくどいぞ!

ライネックの叫び声が聞こえそうだった。

 

 

「王様が決まっただけで平和になるなら、俺の元いた世界も、俺の上位存在の世界も、汎人類史も、戦争だらけの歴史になんかなりはしない」

 

 

――君は何を言ってるんだ。

額に手を当てたウーサーの困り顔が思い浮かぶ。

 

 

「い、いや、その、本題はそうじゃない。いや、コレも大事なんだけど、そうじゃなくて……」

 

さっさとしろという2人の幻覚が見えてくる。

そうだ、本題はここだ。

確かに、これからの事は大事だ。戴冠式で全て解決するのなら、ここまで苦労などしなかった。

だが、今はそう言った話じゃ無い。

 

「……」

 

モルガンはそのまま、顔を真っ赤にしたまま、俯いているだけだ。

そう、こういう時、どうすれば良いのか。

色々聞いてきた。

 

一歩彼女に近づく。

 

もう少しで抱きしめられる距離。

 

甘い香りが漂ってくる。

 

彼女の香りだ。

 

ムリアンもそうだが、女の子は皆いい香りがするから不思議だ。妖精だからなのだろうか。

 

勢いで、彼女の手を両手で握る。

 

「――ッ」

 

驚く彼女の表情に気遣っている場合じゃない。

 

言え、言うんだ、言ってしまえ!

 

 

 

「俺は、ブリテンの王様になる……」

 

 

 

言った。言ってしまった。

 

 

「今後の妖精國をまとめ上げるには、人間ってだけじゃダメだ。それだけじゃ、国というものは機能しない。妖精も、人間も、考え方はいつだって変わる。事情が変われば、時代が変われば、気持ちが変われば、いつかは反旗を翻す。その時に、抑えるための力が必要だ」

 

再びの周りくどい説明に、またもや2人の説教が響き渡る気がした。

 

「俺なら抑えられる。俺達だったらきっと抑えられる」

 

 

だが、伝えたいことはそれだけじゃ無い。

 

 

「モルガン――」

 

 

伝えたいのはその先だ。

 

 

 

「ブリテンの王妃になって欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚醒して味わった最初の感覚は腹部の痛み。

 

「ウッ……グ……」

 

腹部の痛みに呻き声が出る。

 

霞む目を開いてみれば、全くもって見覚えのない部屋だった。

 

体を見ればデカデカと包帯が巻かれている。

 

自分は、どうやらベットに眠らされていたらしい。天蓋付きのやたら豪華なベッドだ。

 

視線を巡らせれば、ヨーロッパ調の豪華な調度品が飾られている。

 

絵に描いたような、絢爛豪華な一室。

 

起き抜けで混乱していた記憶を思い起こす。

 

「そうだ、シンビオート擬きに殺されかけて……」

 

せめて一矢報いてやろうと、ジェリコミサイルをその場で起爆させたのだ。

 

腹の傷も致命傷。爆発にも巻き込まれ、確実に死んでいたはず。

 

顔を触れれば焼け爛れたような後もない。

腹の傷はともかく、あの爆発でのダメージは一切無さそうだった。

 

なぜ無事なのかが自分でも理解できない。

 

どういう事かと、包帯を解いて傷口を見ればナノマシンによって塞がれた後がある。

 

エクストリミスやチョウ博士の再生クレイドル等の技術を応用したナノテクによる治療。

 

タイタン星でサノスに腹を刺されたトニーが傷を塞ぐために処置したのとほぼ同じ技術。

 

自身で照射した覚えはないし。

そもそもナノマシンを照射できるモノを持っては――

 

無いはずと、考えたところで思い出す。ナノマシンと言えば、アイアンマンをトニーから譲り受けたはずだ。

 

彼のスーツはもはや量産もお手の物。

 

一つ渡したところで何の不備もないという事で譲り受けた。

 

なんだったら一時期はバナー博士も含めて、一緒にいろんな技術を共同開発していたのだ。

データはあるし、しかるべきラボがあれば、自分にだって作ることはできる。

だが、何故か手元に無い。

攻防一体のあのスーツを意の一番に用意しないなど愚の骨頂と言ったところだが。

 

今それが、どこにあるのかも思い出せない。

壊れてしまった気もするし、そもそも実は貰っていなかった気もする。

 

何があったが分からない。

 

この感覚が何なのかは分からない。

 

だが、えも言えぬ喪失感だけがある。

 

記憶を辿れば、様々な研究作業の際、トニー・スタークと、ブルース・バナー。

 

後もう一人。大事な誰かが一緒にいた気がするのだ。

 

いや、研究だけではない。

いつだったかをきっかけに、ずっと共にいた存在がいたような――

 

ふと、何かを思いついたように、トールは、自身の右手を見る。そして肩を見る。

 

「なんだろう――」

 

一筋――どころでは無い。ポタポタと涙が出ていた。

 

何故かはわからない。

 

だが、その喪失感は、どうにもならない程に大きかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

暫くして落ち着いたところで頭を巡らす。

 

今は、状況の確認が必要だ。

 

ベットから出ようと、脚を床に置き、立ち上がろうとしたところで――

 

「――ッ」

 

そのまま崩れ落ちた。

 

「クソッ」

 

傷は塞がれているようだが、未だに力は戻っていないらしい。

 

床を這い、部屋の窓まで移動し、突起に腕をかけながら窓まで体を起こし外を見る。

 

見れば、そこには街並みがあった。

 

ソールズベリーでも無い、グロスターでも無い。

だが、その規模は、その清廉さは、その2つよりも更に際立っている。

 

「ここ、ひょっとしてキャメロットか?」

 

眼下に見えるのが城下町であるならば、選択肢はそれしか無い。

 

街をよく見れば、そこかしこで戦闘が起こっている。

 

鎧を着た人間と妖精が戦っている。

 

綺麗に陣営が分かれており、片方。城を背に立っている兵士達は、明らかに数が少ない。

 

 

「まさか――」

 

街が王都で、戦っているとするならば……

 

「モルガン!!」

 

既に戦争は最終局面という事だ。

しかも、女王軍は明らかな劣勢。

 

わからない。何故ここにいるかはわからないが。

城にいるという事は、受け入れたのはモルガンに違い無い。

 

戦局的には圧倒的だったはずだ。

だがここまで攻め込まれているのはあまりにもまずい。

 

守らなければ、彼女を、彼女達を守らなければならない。

 

命があるのならば行動しなければならない。

 

急いで部屋を出ようと脚を踏み出そうとするが、やはり力は入らなかった。

 

どうにかしてドアまで這いつくばり、開けようとするが開かない。

 

内鍵は空けている。

 

引戸とかでもないはずだ。

 

何故開かない?

 

ドアを叩くが、反応はない。

 

「誰か、開けてくれ! 誰かいないのか!?」

 

反応は無い。

 

「クソッ、クソッ、クソ……ッ!!」

 

意味もないとわかっていながらも悪態をつくしかない。

 

情けない。

 

あまりにも情けない。

 

彼女の為に異世界で戦ってきた。

彼女に会う為、生き残る為に力を得て、強力な兵器を得て、異世界を移動する術を探し出してここに戻ってきたのに。

 

自分があまりにも情けない。

 

この異世界に来て早々堕落していた。

 

この妖精國でのほほんと暮らしていこうと何も行動せず偶然に任せてここまできた。

 

たかが記憶喪失程度でこの体たらく。

 

自分のやってきた事が無駄になるのは良い。

 

だが彼女を失う事だけは許容できない。

 

 

「絶対に、絶対に……守るんだ……」

 

 

決意を胸に、ドアをひたすらにたたく。

 

特殊な武器でしか傷つかないドラゴンを、素手で七日間かけて同じ箇所を攻撃し続けて、倒した男を知っている。

 

目の前にあるのはたかが扉だ。

 

やってやれない事は無いはずだ。

 

だが、このドアと戦い続けている間に戦争は進む。

 

このままでは開けた頃には全てが終わってしまう。

 

あまりのくやしさにまた涙がこぼれる。

 

意味の無い憤りを扉にぶつけたところで、弱った体では、びくともしない。

 

子供がだだをこねて叩くのと変わらない。

 

「開け、開けよ!」

 

意味もなく叩き続ける。普通であれば心が折れそうになるであろう回数を重ねても、彼は止めはしない。

 

その思いは、信念は、あるいは執念と言っても差し支えないほどのもので。

 

あまりのみっともなさにある意味では醜悪ともいえる様相だった。

 

叩く。叩き続ける。

 

やがて、数を数えるのすら億劫になるほどの回数を重ねたところで。

 

 

 

突然に、その扉が音を上げた。

 

 

 

何かを砕く音が響く。

 

ドアをこじ開けようとしているかのような。

ドアについている何かを砕いているような。

 

その音が止んだ。

 

 

トールにもはや警戒心は無い。

警戒したところでどうにもならない。

事態を見守ることしかトールにはできない。

 

ドアがゆっくりと開かれていく。

 

 

「こんなに蝋で固めるなんて、相変らず乱暴なんですから……」

 

 

ドアの隙間からこぼれる声は、聞き覚えのあるもので。

 

ドアから漏れる光に一度目が眩む。

 

そのシルエットには見覚えがあった。

 

「ああ、本当にいました」

 

それは可憐な少女だった。

 

「本当は光の環で来たかったんですが彼女、本当に天才なんですね。もう対策ができてるなんて。まだまだ私も練習不足なのでしょうが。空間を歪ませられてできませんでした」

 

その少女には翅が生えていた。

 

「そんなに這いつくばって。ぐちゃぐちゃな顔で。王子様なんですから、そんなみっともない真似はいけません」

 

翅の生えた少女は、トールにも知っている人物で。

 

「ムリアン?」

 

「ええ、あなたのムリアンですよ? ロットさん?」

 

グロスターの領主。ムリアン。

 

いつもの意地の悪そうな笑みを浮かべながら、()()()()()()()を後ろに連れて、這いつくばるトールの目の前に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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