オックスフォードやウッドワスの役に立ちたいからと、色々頑張っていた子です。
間の悪い事に、衝動を抑えきれないウッドワスに殺されてしまった子です。
トールとウッドワスが出会ったことによって間の悪いマノイ君から間の良いマノイ君に変わりました。
恐らく相当に良い人だったと思うので生き残らせたかったのです。
ウッドワスが戦死して尚、円卓軍と小競り合いを続けていたオックスフォードの住人達。
彼らは予言の子による鐘の音と共に、あっさりと降伏した。
その後は、ムリアンの懇願もあってグロスターで雇い入れられると言う手筈が整っていた。
彼らは手枷を外されグロスターの領主であるムリアンに迎えられていた。
「不自由お疲れ様でした。皆さんの手枷は外させていただきました」
ムリアンは懇切丁寧に兵士達へと声をかける。
「ここまでお怪我などされていませんか? 痛いところがあれば遠慮なくお知らせください」
身分の低い者からすればこちらを敬う態度を見せるその対応は理想そのもの。
人によっては威厳の足りなさに舐めて掛かるような返礼をする者もいるのだろうが、大半の者は感謝し、礼節で持って返すのだろう。
「ハッ――」
嘲笑が漏れる。
牙の氏族の一人、ベイガン。
残念ながら、彼は前者だった。
牙の氏族
彼らは、言うなれば妖精における頂点捕食者だ。
妖精内で最も力が強く妖精内で敵はいない。
唯一の天敵であるモースも、むしろ唯一対抗できる存在として牙の妖精を頂点たり得る存在に格上げしている要員となっている。
他氏族の危機を救うことはあっても逆は無い。
自分達が他氏族を救うメリットなどほぼ存在しない故に、弱者に対しての敬いと言う物を持ち合わせる必要も無い。
ウッドワスはそんな中の数少ない例外の一翅だった。
ウッドワスは氏族が犯した罪を重く受け止めていた。
その思想のきっかけは、先代のライネックの時に敬う必要のない弱者だと思っていた救世主トネリコに敗北した事かもしれないし。
ウッドワス自身が弱者である風の氏族のオーロラに氏族を超えた愛を抱いた事かもしれない。
あるいは単純に突然変異のようなものかもしれない。
惜しむらくは、彼のように価値観が変革するようなきっかけが他の牙の氏族にはなかった事だ。
氏族の長の指示である以上、その礼節にならう者が多数だが、心の奥底ではストレスを感じている者は多い。
ウッドワスは娯楽の禁止と菜食主義による教育でしか、礼節と言うものを学ばせる事は無かった。
礼節を重んじるその意味を、その理由を、その価値を、全員に芯から理解させる事は終ぞできなかった。
狼やライオンが虫や植物等に憐れみを持つことが無いように。
動物や植物などを好き勝手に弄り回す事に殆どの人間が罪の意識を持つ事が無いように。
妖精が醜悪な存在だからという分けでは無い。
それはごく自然な事であり。ある種抗いようのない摂理である。
仮にそれを醜悪とするのであれば、動物を、植物を、虫を、自然を、好き勝手に蹂躙し、都合の良いように遺伝子を組み換え、その生命を弄ぶ汎人類史の人間達こそ正に醜悪の頂点に位置するであろう。
ウッドワス亡き今。牙の氏族の代表となったベイガン。
牙の氏族としての誇りと仲間への気遣いは、その実力も相まって飛び抜けている。
だが、彼は大変に不器用であり、ウッドワスの提唱する菜食主義等にも懐疑的だった。
牙の氏族として考えれば、ウッドワスの尊ぶ礼節などストレスを与えるだけで何の意味もないからだ。
故にこれから犯す予定の愚行も。
言うなれば牙の氏族の皆を思い、その立場を確立する為のもの。
彼はムリアンに対して無礼を働き、内心ではなんと失礼な事をと焦る比較的温厚な牙の氏族含め、ベイガンによって牙の氏族の結末は決定される。
「牙の氏族が人間の作った枷で傷つくもの――あびっ!?」
その筈だった。
「? どうされました?」
ベイガンの突然の奇声に、ムリアンが心配げな表情を作る。
「い、いや、何でもない、静電気と言うヤツだ」
ベイガンは、慌てて誤魔化した後、後ろを振り向く。
背後には牙の氏族達が続いているが、その中には人間の兵士もいる。
牙の氏族達の一部は、軽く咳払いをしたり、ベイガンに対して責めるような視線を向けている。
その中の一人、トールと懇意にしていたマノイがベイガンに対して首を横に振る。
その手にはとある端末が握られていた。
「う、うむ、気遣い感謝する。な、なんとうつくしいテイエンだろうかココハ! こ、このようなバショにワレワレをかくまってくださるとはカンシャのネンにたえないな! そうだろう!?」
「「「「そのとーりです。ありがとうございますムリアンさま!」」」」
「ぜひとも、このうつくしいタテモノをみてまわりたいのだがいいだろうかムリアンどの?」
「――はぁ?」
これまで、針の穴を通すような奇跡続きで、予言の子の快進撃が続いてきた。
それは、とある暗躍者だけでは成り立たない。
それこそ、物語を誘導する神たる存在による介入がなければ成し遂げられない奇跡であった。
『ウッドワスが何でお前等に礼節を叩きこんできたか、礼節を失ったお前等の末路を、身をもって教えてやるよ――』
だが、その奇跡もきっかけ一つで瓦解するものだ。
『トールさんの手がかりはムリアンの屋敷にある可能性が高いです。もしかしたら捕まってるかもしれません。グロスター行きの提案が出たらわざと降伏して、まずは彼女のご機嫌を取りながら、別働隊で屋敷をこっそり見て回りましょう……』
『ああ、我々だけでは、この先生き残れん。あ、あんな……あんな化け物がこの空の彼方にいるかもしれないなど……あの男から学ばなければ』
『とりあえずベイガンさんはこれを首筋に着けてください「サカール」という地の特別制だそうです』
『フン、あの男も見る目があるな。この俺の実力を熟知しているという事か。私の真の力が解放されてしまえば確かに危険であろうしな』
『ええ、(空気を読めない)ベイガンさんは特別ですので――』
これはその一つ。
***
「ムリアン……なんでここに?」
「すぐに説明しますから。まずは起き上がりましょうか。――お願いします」
ムリアンはそう言って、2翅の牙の氏族にトールをベッドに運ぶよう指示を出す。
這いつくばって動けないトールを牙の氏族が両側から肩を貸す。
「ああ、ありがとう」
牙の妖精に礼を告げるトール。
生きていて良かったと、そう声をかける妖精に再び礼を告げる。
その後、ムリアンは牙の妖精に誰も入れるなと部屋の外で控えるよう指示を出す。
これで部屋にはトール。もといロットとムリアンの二人だけとなった。
トールはベッドに横になり、その脇にムリアンは腰掛け、上半身だけ捻ってトールに向く。
「さて、ロットさんは今の状況をどのくらい把握していますか?」
「何にも。何で俺が生きてるのかもわからないし、ここがどこなのかも正直……色々教えてくれないか?」
「そうですね……どこから説明しましょうか――」
***
はた目から見れば圧倒的な戦力差だった。
『何を企んでいたかは知りませんが、ここは私の領域ですよ? こそこそ隠れたところで何の意味もありません』
牙の氏族達の奇行から一転。
どんな企みがあったかは結局わからなかったが。
複数の部屋を一応見せたところで、怪しい動きを見せる牙の氏族を妖精領域の権能を活かしつつ彼らを捕らえ、ムリアンによる復讐は滞りなく進んでいた。
『翅虫の分際で我ら牙の氏族を見下ろすとは!!』
『その翅虫の指先一つで潰されてしまう状況を察知する知性は備わっていないのですか?』
既に事態はクライマックス。
後は、彼女がその手で彼らを弄ぶだけ。
牙の氏族達は恐怖のあまり逃げ出せないゲーム盤の上で惨めに慌てふためくのだろう。
そう思っていた。
『フン!妖精國のなんの役にもたたん引き込もりが!その程度の大きさになったところで!』
『あら勇ましい。ではお望みどおりに潰してあげましょう』
思ったよりも勇ましい。臆することなくこちらに啖呵を切るとは、牙の氏族の3番手は伊達では無いという事か。
ならば、その勇ましさに免じて最初にこの指で撫でつけてやろう。
そう思った時だった。
『やってみせるが良い! その程度! あの男は、異世界の人間共は!! それ以上にでかい空の彼方の怪物達とやり合っていたのだ! 我らが出来ぬ道理など無いわ! あの男に死ぬほど思い知らされたのだからな!!』
『あの男——?』
その単語が耳に引っかかる。
つい、その動きを止めてしまう。
『予言の子と結託し、ブリテンを裏切り、貴様は我らと、オックスフォードの隣人であったトールを貶めた!』
『トール、ですって……?』
『裏切り者め! ブリテンの為、牙の氏族の為、そして貴様に貶められたトールの為! 何をしてでも貴様を喰らってやるわ翅虫めが!』
『——ッ 貴方が、お前達がッ! よりにもよってあの人を語るなんて――っ』
牙の氏族達はトールを好ましいと思っていた。
その強さもさる事ながら、牙の氏族を尊重する態度。
アスガルドと言う国の、刺激的な作法。
ストレスを発散する方法等、さまざまな事を教えてくれた。
ウッドワスも機嫌が良くなり、トールと何を相談したのかは知らないが、僅かながらの娯楽も認められるようになった。
トールによってオックスフォードは少しずつ良い生活へと変化していった。
そしてウッドワスの死後。
これが最後だと、彼からさまざまなことを教わった。
それは、これまでの優しい彼から一転した非常に暴力的なものだった。
その教育は、牙の氏族達に一つの価値観を与え、彼はウッドワスの敵討ちを宣言して消えていった。
オックスフォードに彼の噂が伝わったのはその暫く後だ。
妖精舞踏会にて、ロットを名乗る人間が女王の娘であるバーヴァン・シーについた事。そのしばらく後、予言の子によって討伐された事。
ロンディニウムでの敗北は、オーロラやムリアンの暗躍による可能性が高いという推測をトールは一部の住民にのみ告げていた。
彼らは決して女王を心酔しているわけでは無い。
ウッドワスの妄信ぶりにも正直辟易していた。
だが、牙の氏族を罠に嵌め、裏から敗北が誘導されていたとなれば話は別だ。
牙の氏族としての誇りを、存在意義を傷つけられた。
到底看過できる物では無い。
そこで牙の氏族達は、ロンディニウム側からグロスター入りを提案された時に、一つの企みを思いついたのだ。彼らはトールによって計略を練る事を覚えていた。
トールが予言の子によって殺されたと聞いていたが牙の氏族達はそれを全く信じなかった。あれ程強烈な男が死ぬはずがないと思っていた。
故に情報収集の為、グロスターに取り入り、トールの痕跡を探しつつ、牙の氏族を罠に嵌めた裏切り者を討伐し、ついでにグロスターを奪えれば儲けものとも考えていたのだ。
それが今の状況。
確かに計略という知恵を付けた牙の氏族達だが、まさしく付け焼き刃。
ムリアンに及ぶはずも無い。
そもそも妖精領域の圧倒的な権能の前に計略など意味はなかったのだ。
彼らは捕らわれ、このままでは虫のように潰される運命。
あるいは、ブリテンを裏切り暗躍した事を攻めていれば、牙の氏族達のブリテンを守ろうと言う気概が真摯な思いとして伝わっていれば。
礼節というものをもっと上手く示せれば、少しはムリアンのブリテンを思う良心や罪の意識ようなものが働いたのかもしれない。
だが、彼の名前を出したのがむしろまずかった。
確かに、俯瞰で見ればムリアンは裏から援軍を潰し、ブリテンを裏切った上にトールを没した可能性のあるオックスフォード。ひいてはブリテンにとっての大罪人。裏切り者だ。
だが前者はともかく後者は全くの逆。
むしろ彼を失った喪失感に苛まれていたのだ。
そんな中、復讐対象である牙の氏族達が彼の無念の為に自分と戦うと宣言するなど、竜の逆鱗に触れるようなものだ。
もう止まる事はない。
ムリアンはもう語る事はないと、まずは小うるさい3番手を潰そうと手を出した。
ここで再び牙の氏族の滅びという結末へと舵が切られる。いかに強がったところでベイガンではムリアンの指さえも受け止めきれない。
『来るが良い翅虫めぇぇべべべべびびびビビビビ!!』
――かに思えた。
『——ハ?』
勇ましく、その指を受け止めようとベイガンが腰を落とし、力を入れていたところで、急に奇声を上げながらプルプル震え始め、そのまま倒れた。
『はあ? え? 一体何が?』
潰そうとしていた虫が勝手にピクピク震え始め、倒れたのだ。倒れてなおピクピクと痙攣するベイガン。
その異常にムリアンも触れるのを躊躇してしまう。
それが結果的に、ムリアンを止め、ベイガンの命を救うきっかけとなった。
『おやめ下さいムリアン様!』
外からドアが大きく開かれたのは、その時だった。
ムリアンが目線をよこせば、入ってきたのは人間だ。
妖精領域での権能によって空間を弄り、別の部屋に閉じ込めていた人間達。
その1人。
『我々は、決して貴方の敵ではありません。トール殿の無事を確かめたいだけなのです!』
その人間の手に握られている物に見覚えがあった。
人間の名はマノイ。その手に持っていたのは、謎の端末ともう一つ。トールが持っていた“過去を映し出す"端末だった。
***
「――まあ、色々ありまして、グロスターで牙の氏族を迎える事になったのです」
「それって――」
その色々を細かく説明する事なく、トールから目線を逸らしながら一言で済ます。
その表情はどこか、いじけているようにも見える。
トールはムリアンのその表情を見て、当然ながら思い浮かぶ事があった。
一言思わず声が漏れ出てしまったが、その先を口にする事はできなかった。
「……そうなんだ」
絞り出した簡素な答え。
ムリアンもトールが何を思ったのかを察したのだろうが、彼女もあえて何かを言う事は無い。
ムリアンの複雑な表情はなにを考えているかはわからない。
あるいは、彼女もまだ全てを飲み込めていないのかもしれない。
それでも、トールは一言伝えたかった。
「本当に、君は凄いよ」
余計な一言かもしれない。
だが、自ら復讐を止める事が出来た者として、尊敬すべき相手として、賞賛の声を届けたかった。
その言葉に、ムリアンは俯くだけ。
トールの言葉に応えはしない。
それでも、その場に流れる空気は悪いものでは無かった。
***
「でも、どうやってここに? そもそも俺はどうしてここにいるんだ? 俺を運んだのはやっぱり――?」
空気を変えるようにトールが質問をする。
当然の疑問だ。そこが最も重要な点である。
「ええ、貴方をここに運んだのは女王陛下です。更地になったティンタジェルで地面に埋もれていた貴方を魔術で引き上げる姿を見ました」
言ってムリアンは過去を見る端末を懐から出した。
ムリアンはマノイからその端末を借り受け、トールのいるティンタジェルで使用した。その時にモース擬きとの一連の流れを見てここに行き着いたのだとか。
モルガンが何故、ティンタジェルに赴いたのか。恐らくはバーヴァン・シーが状況を伝えたからだろうが。
モルガンはトールを回収し、出来る限りの治療を施した後この部屋に閉じ込めたのだろうか。
「全く、陛下は何を考えているんでしょう。部屋の出入り口を蝋で固めるなんて――」
ぷんすかと怒りを示すムリアンに、一抹の可愛らしさを感じていたのだが。
「なら、ムリアンはモルガンに頼んでここに来たのか?」
そんな彼女の表情が固まった。
「それは――」
気まずそうに目を逸らす。
『――奴ををよこせだと?笑わせるな。私が今更お前を信用できると思うか?』
「……いいえ、陛下は私がここに来る事を許可していません。今は予言の子と彼女の最終決戦。その隙を突いてここに来ただけです」
ムリアンはモルガンとのやり取りを思い出しながら答える。
「最終決戦!?」
予測はしていた。
だが本当の本当にそんな土壇場まで状況が進んでいる事を確認さ実感してしまうと、やはり慌ててしまうものだ。
こうしてはいられないと、ベッドから飛び出ようとするが当然ながら止められる。
「いけません! まともに立ち上がる事も出来ないのに!」
「でも――」
「お願いですから……陛下なら、トネリコさんなら大丈夫です。
彼女に勝てる妖精はもういません。人間もそうです。本当の力を解放した彼女には誰も勝てない」
ムリアンの言葉に、トールは一瞬動きが止まる。
彼女がトネリコであることに気付いていたのか。
諸々の情報が入れば、当然行き当たる事実ではあるが。
「それに牙の氏族の皆さんをここに連れてきました。キャメロット内に来た王の氏族や、予言の子を相手取るように指示を出しています。勢力は完全に彼女1人というわけではありませんから」
それはムリアンからの懇願だった。
「だから貴方は、私と一緒にグロスターで安静にしていましょう? これ以上貴方が傷つく必要は無いはずです」
彼女の気遣いが、思いが、トールに染み渡る。
彼女がどれ程に自分を思ってくれているかがこれ以上ない程にその表情から読み取れる。
ここに来たのは、彼女の気遣いなのだろう。モルガンが運んだトールがどういう扱いを受けているのかを確認するためにここに来てくれた。
そして安全圏であるグロスターに運ぶために来てくれた。
戦場の真っ只中、もし道中で反乱軍がここを通ればそのまま殺されてしまう可能性もあっただろう。
外を蝋で固めてたと言うのはきっとモルガンによる気遣いだろうが。それでも確実では無い。
だからここを脱して、落ち着くまで安全圏に逃げておく。
それが合理的だし、普通だろう。
モルガンならば負けないという彼女の確信も裏付けがある。信頼に足る情報だ。
「本当にありがとう。ムリアン」
だが、
「でも、俺は行かなくちゃならない」
トールは頷く事は出来なかった。
「理由は分からない。でも、このままじゃダメだって確信があるんだ。このままじゃモルガンは殺される」
「――ッ」
トールには確信があった。
確かに状況は幾ばくか、予想よりも悪くない。
だがこの程度では足りない。
モルガンを殺し、カルデアを正義の味方にすげようとする。神の描くシナリオを、覆すほどのパワーを感じない。
その言葉を受け、ムリアンの顔が歪む。
「それはいけない事なんですか?」
「ムリアン?」
「だって、どう考えても彼女の自業自得じゃ無いですか。確かに彼女には多大な恩が私達にはあります。でも誰もその事実を知らない。今の彼女しか知らない。今の彼女は殺されてもしょうがない程に妖精達を苦しめてきた。殺されても仕方がないヒトなんです。そういう選択をしたのは彼女です」
「……」
「そんなヒトの為に貴方が駆けつける事無いじゃないですか。そんなボロボロの体で」
俯くムリアンの表情は読み取れない。
だがその声は泣いてるようにも聞こえる。
静かだった声色は段々と大きくなっていく。
「私はあの人が嫌いです……」
その言葉は、心の底から響いてくるような声色だった。
「あの人のせいで貴方が傷つくんです! ずっと、ずっと昔から!」
分かっている。ムリアンも理解している。
根本的に言えば自分達妖精が悪いのだと理解している。
だが、それでも彼女のやり方に納得はいかなかった。
トネリコ時代は兎も角、今は特にだ。
ベリルを夫にしてから、妖精騎士トリスタンが現れてから。彼女は明らかに悪い意味で変わってしまった。
いつもトールに守られていた彼女が気に入らなかった。
そして、この女王歴で好き勝手にした結果。追い詰められ、今なお彼に護られようとしている。
だがその理由もわかっている。
別に彼女だって進んでトールに護られているわけでは無い事ぐらい理解している。
彼が傷つくのはいつだって、彼自身の選択だ。
その理由はきっと――
「……ダメなんですか?」
「……」
「私では――」
言ってはいけない事だと思っていた。
だがムリアンも口に出さずにはいられない。
だが、出せる言葉もまたそこまでだった。
ムリアンもまた、彼を傷つけた者の1人。
これ以上、口に出す勇気も今は持てない。
しばしの沈黙。
その沈黙に口火を切ったのはトールだった。
俯き、震えているムリアンに触れようとして、しかしそんな権利は無いとその手を引く。
代わりに口を開く。
「行かせてほしい。コレはモルガンの為だけじゃ無い。妖精國の為なんだ」
「……それは」
「モルガンが死んでしまったら誰もこの妖精國を抑えられない。ティンタジェルのアレを見たなら分かるだろ? 予言の子はモース擬きと結託してる。そもそもアイツらは妖精國の未来なんか上っ面だけで何にも考えちゃいない。アイツらの示す妖精國の在り方に未来なんてない」
「……でも、それを言えば陛下も同じでしょう。彼女は大厄災を対処する気はありません」
「だから説得するんだ」
「説得?」
「モルガンがどうして妖精を嫌っているかは分かるだろ?」
「それは……」
ロンディニウムの一件依頼、彼女は妖精を信用しなかった。だからこそ2000年妖精國を維持できたとも言えるし、予言と言うドンデン返しさえなければ、彼女の選択は最善だった。
誰しもが納得する幸福な世界などありえない。
さまざまな国や星を見て回ったが、どんなに理想的な為政者がいても。
あるいは為政者のいない誰しもが平等な権利を持っている。はずの国も。
かならずどこかに不幸な者は存在する。
確かに彼女の統治は完璧とは言えない。
だが、今の妖精という特性を鑑みれば、トールにとってはベストと言えるものだった。
少なくとも、予言に従い彼女を殺して、予言の子かマヴの子供に国を任せるよりもマシである。
楽園。人理、あるいはそれ以上のナニカか。
いわゆる上位存在達が都合よくシナリオを書き換えなければ、あるいは永遠に続ける事も出来たかもしれない統治だった。
「少なくともモルガンは妖精國の事をこれ以上無いくらい愛してる。この国の誰よりもだ……」
「だからと言ってそれがどうだと言うんです? 結局彼女は妖精國さえ存続できればそれで良いと――」
「『國とはヒトだ』」
それは、全能神と言われる義理の父から教わった言葉。別の世界では、移民をポジティブに捉えるための言葉だった。
國として逃れられない在り方。
「それが分かってるから、モルガンは妖精を許容してる。國として逃れられない機能。俺はそこをつく」
「でもそれだけなら結局今の妖精である必要はないでしょう?この妖精國の仕組みを私は知りました。大厄災に対処しないのはどうせ蘇らせるからです。わざわざ今の妖精を生かす必要は無い」
「そこで必要なのがムリアン達だよ」
滅ぼしても蘇らせれば良い。
それで國としての体裁は保てる。
だが――
「モルガンに今の妖精を滅ぼすには惜しいと思わせれば良いんだ」
真実、トールには知る椰子もないがトールが説得すればモルガンはあっさり乗るだろう。
だがそれとは別にトールには自信があった。
オックスフォードの住民を見た。
ムリアンと出会った。ランスロットと話した。
妖精歴のあの頃の記憶を辿る。
そして、モルガンの思いを知った。
彼女はやっぱり、優しいあの頃のままだと言う事を知った。
あの一件以来、モルガンはずっと孤独だったのだろう。愛する者さえも信用できない程に心は凍りついた。
だが全ての妖精が悪じゃない。
ムリアンは復讐を我慢できた。
オックスフォードの牙の氏族も、まだまだ暴れん坊だが、いつかは変わってくれるという確信がある。
ランスロットも弟を思うその心は本物だ。
そして、どこか記憶にはないどこかで接してきた妖精達。彼らを思えば妖精に生きる価値は無いなどと口に出来るはずもない。
必要なのは倫理観だ。それを教える為に教育が必要だと。それは単純な教えだけでは成し遂げることは出来ないが。暴力的にでも、論理的にでも、アプローチをする事はできる。
モルガンの2000年は、孤独が故にそこまで手を回すことが出来なかった。
この妖精國を良くしていこうと言うのであれば、それこそ数十年、あるいは数百年規模の話だ。ちょっとした教育程度で明日いきなり妖精全てが良心的になるとはそれこそありえない。
モルガンは、妖精だから気に入らないだけで全てをひっくり返す愚か者と言うが。
人間も同じ事だ。力が無い故にそれが現れにくいだけ。
『手のひらを返す』
そんな日本語もあるが、そんな言葉がある時点で、人間の心の移りようが見えるものだ。
変わりゆく間に、それを気に入らないと反抗するものもいるだろう。
だが、今はトールがいる。ムリアンがいる。
たったそれだけで圧倒的に違う。
そもそもその反抗も、本来ならばモルガン1人で叩き潰せる。
予言というどんでん返しと、それを利用して浅はかなカルデアがいたからここまでクーデターは盛り上がったのだ。
「曲がりなりにも俺は王になろうとしたんだ。ブリテンは俺の國でもあるんだ」
「ロットさん……」
「それを、外から来た余所者が、妖精國を救うと言って本気で来てるんだ。人理じゃなくて、ブリテンの在り方を背負って侵略しに来てるんだ」
トールはムリアンの両肩に手を乗せる。
「モルガンが死んで。ブリテンは平和になったとアイツらは喜ぶ。だけどその後は放置だ。國の中枢を混乱に陥れて、武器まで奪って、結局は滅びから救おうとはしない。侵略行為を救済だの看取るだなんて綺麗な言葉で誤魔化そうとしてる。
モルガンを説得すれば対処できるかもしれない大厄災が、下手をすればアイツらのせいで起こるもしれない。そんなの奴等に好き勝手されて滅びていくなんて……」
その目は、かつて王になろうとしていた為政者としての力強さと。
「俺は絶対に許さない……!」
怒りと狂気に満ちていた。
「これからだ。妖精國はこれからなんだよムリアン! まだまだ変われるんだ……! それを、予言だのカルデアだのに邪魔されるわけにはいかないんだ……!」
「……」
止めるのは無理だ――
そう、ムリアンは思わざるをえなかった。
「お願いだムリアン。行かせてくれ」
行ってほしくない。傷ついて欲しくない。
そんな身体で彼女の元に向かったところで何ができるのだろうか。足手まといになるだけではないか?普通に考えればそうだろう。
だが、これほどまでのブリテンへの、いや、彼女への愛を間接的に示されては止められない。
言葉では取まらない。
だから――
「わかりました」
その言葉を聞いた時の、彼の笑顔にムリアンは心が痛い。
「ああ、ありがとうムリアン」
そう言って早速ベッドから降りようとするトールをムリアンは静止する。
「何をしようとしてるんですか!?」
「何って、アイツのところに行くんだよ」
「這いつくばって!? 無茶を言わないでください!!」
本当に、彼は人に頼ると言う事をもう少し覚えるべきだ。まさか1人で行こうとするなんて……
「もう、私達も付いていきますから。外に見張らせている牙の氏族の方々を呼びますので待っていてください」
「でも――」
危険な真似はさせられないと、そうトールが言う前にムリアンは
「いいですから!」
と強く静止した。
「本当は私が貴方を運んであげたいんですけれど、この通り私自身は非力ですので」
自嘲気味な笑顔をトールに向けた後。
ムリアンは扉へと向かう。
ムリアンは、内心ではモルガンがいるであろう大広間へトールを運ぶつもりは無かった。
無理矢理にでも外へ出しグロスターへ運ぶ腹積もりだ。
それが最善だと考えていた。
トールがモルガンの元に行ったところで彼女が敗北するのならば彼は死ぬだけだ。
仮にモルガンが勝利するとしても、巻き込み被害で死んでしまう可能性もある。
このキャメロットではムリアンも役に立たない。
這いつくばるしか出来ない彼を彼女の元へ連れて行くことなど出来はしない。
例え彼に恨まれても良い。
それがムリアンなりの愛であり、誠意だった。
だがそれでも、彼を騙している事には変わりない。
だからそう――
――きっとこれは罰なのでしょうね
扉を貫通した銀色の刃が、自身の腹を貫くのをスロースピードで幻視しながら、どこか他人事のように考えた。
背後から彼の叫び声が聞こえる。
腹部が熱い。
口から赤い液体が出てくるのを察知する。
剣が引いていく。開いた穴からも液体が飛び出す。
浮いていられない。力が入らない。
横に傾く視界の先。
目の前の扉がゆっくりと開く。
そこに見えたのは牙の氏族の兵士の死体と。
「いやぁ、こんなに大事に閉じ込めてもらうなんてな。相当なVIP待遇だ……」
黒い体躯。
「俺は死体を見るまで安心できない性分でな」
それは獣だ。獣の妖精。
どこかで見覚えのあるような。
死んだはずの、妖精。
「いやぁ、感謝するぜティンカーベル。アンタのおかげ見つける事が出来たからなぁ……」
「そん……な、」
その獣は、横たわるムリアンに感謝の言葉を投げかけながらも、その視線は道端の虫を見るのと変わらなかった。
「だが今回の演目はピーターパンじゃ無い。残念だったな?」
「ベリル――ッ!!」
「ようガストン。色々やらかしちまってな。本当ならもっと丁寧に扱いたいんだがこっちもしんどいんで、今回は前みたいな遊びは無しだ」
黒い獣、ベリル・ガットが凄まじい程のモース毒をその身体に宿しながら、その名を叫ぶトールへと近づいて行く。
腹部への傷:川に落ちる事と同義。
惑星サカール(マイティソー・バトルロイヤルより):全宇宙からワームホールを通じてゴミが落ちてくるゴミ溜めの惑星。グランドマスターが支配している。ゴミには生物も含まれており、そこから奴隷戦士を輩出して行われるバトルロワイヤル住民の娯楽となっている。
奴隷には基本電気ショック装置が取り付けられるが、それは、雷の神ですら抗えない程に超強力。
ガストン:美女と野獣のヴィラン。野獣がベリルだとして、美女とは果たして……
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
-
MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
-
MCUの映画は全て視聴済み
-
MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない