世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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この章もだいぶ佳境です。
あと数話。

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ベリル・ガット②

右腕の爪を上体を反らす事で避けられる。

 

余波すら計算した神業といっても差し支えない回避だった。

 

突進を跳躍して避けられる。

 

着地を狙おうと上を向くが跳躍のエネルギーを活かしてしばし天井に張り付いたと思えば天井を蹴り、壁を蹴り、後方に逃げられる。

動きが英霊だとかそういうまっとうな存在のそれではない。

暗殺を主体とした誇りも何もない戦闘を生業とする者の動きだった。

 

それを追おうと振り向けば、その振り向く動作よりも早く正面に回り込まれ、背後からの一撃。城の廊下に飾ってある調度品を叩きつけられた。

 

ダメージは無い。ダメージは無いが仮に今の攻撃が壺の類では無く、宝具のような類の物であれば……

 

汎人類史の強靭な魔術師や裏世界の殺し屋たちはもちろんの事。

いくつか巡って来た異聞帯の怪物達や自身の知るサーヴァントと比べても、脅威としか言えないそれに舌を巻く。

 

モースの呪いによって本来のウッドワスのような身体能力に比べれば目も当てられない程に弱体化しているが、あちらも万全ではない。

 

 

「とんだ化け物じゃないか旦那! 山育ちだってこうはいかないぜ!!」

 

 

ベリル・ガットはその事実に正直な感想を口にする。

 

「お前、素人か? 戦う時は普通そんなに喋らない」

 

対する彼は思いのほか冷ややかだった。

 

 

「そういう旦那はプロだってかい?」

 

「普通は喋らないって――言っただ……ろっ!」

 

 

壺を投げつけられる。

意味など全くないがその速度と威力は、あるいはと思わせる程に力強い。

 

念の為に左腕で振り払う。

そこそこ大きい壺は、遠近法によって小さくなったトールを隠すには十分だった。

壺よって遮られた視界。

その一瞬を利用され、肉薄される。

 

あちらは触れられるだけでお終いだと言うのに、向こうから接近してくるその戦術。

大した度胸だと思いながらも何をする気かと思考する。

 

目に見えたのは橙色に光る剣だった。

 

その剣。

見るからに細かい装飾が施されているが、よく見れば。その剣は大部分が透けている。

 

細かい装飾はまるで魔法陣。

魔法陣がそのまま剣の形に変わっているような造形。

 

これまでのそこらの調度品と一緒にするわけにはいかない。

 

下から振り上げられ、顎から頭頂部にかけて切り裂こうとするソレを上体を反らして回避する。

 

そのまま上体反らしの勢いを殺さずに同時に後方へ跳躍。

バク宙の用量で跳び間合いを離す。

 

 

トールを見れば、これまでの自然体とは違う構えになっていた。

 

足を開き、少しばかり腰を落とし。

こちらに対して斜めに構える。

 

功夫映画なんかにありがちな構え。

 

 

変わったのは構えだけでは無い。

その手に橙色の魔法陣が出現している。

 

「結構良い感じの不意打ちだと思ったんだけどな……」

 

1人ゴチるトール。

 

「なんだよ旦那! お前さん魔術師だったのか!」

 

新たな情報にベリルは笑う。

 

「別に魔術師じゃないとも言ってないだろ?」

 

「違いない! 違いないが――」

 

ベリルはその魔術らしき何かを観察する。

確かに魔法陣と言う点から魔術だとは思ったものの。

一切の魔力を感じない。

 

隠匿するのが魔術師の常識ではあるが、にしても露骨な魔法陣を出すのだから魔力まで隠匿するのは意味がない。

 

 

「本当に魔術か?ソレ――」

 

 

魔術を使った時の魔力も、それ以外の魔術の匂いのようなものも一切感じない。

妖精の身体を得て、神秘にはかなり敏感になっているはずの感覚をして、あの魔術に違和感しか感じない。

 

 

トールはその魔法陣を剣に変化させる。

 

 

「なんだよ。納得がいかないんだったら魔法って言い方でも良いぞ」

 

「おいおい、魔術師がそう簡単に魔法なんて言っちゃまずいだろう?」

 

魔術と魔法は、同じようでいて全くもって異なるものだ。

魔術師たちの最終目標でありながらその殆どが絶対に届かないと自覚している遥か彼方の到達点。

神の力と言っても差し支えないモノ。

 

それが魔法。

 

「何言ってんだ?」

 

だと言うのに。

 

「魔術師が魔法使いかなんて帽子があるかないかじゃないのか?」

 

「ハ?」

 

「魔法使いってのは、とんがり帽子を被った魔術師の事だろ?」

 

事もなげに言ってのけた。

聞けばわかるものだが目の前の男は本気で言っている。

 

「ク――」

 

思わず声が漏れる。

 

「ククク、アッハハハハ!」

 

「笑うところじゃなかったぞ今の……」

 

本当に、つくづく面白い。

笑いすぎて腕が腐り落ちてしまった。

 

再び腕を生やす。

 

闘いは新たなステージへ突入する。

 

魔法剣によって迂闊な動きは出来なくなったが、あれには再生不能にする効果は無いらしい。

トールの方が体術から何から上手だが、切られた側から再生する上、やはり触れるだけで勝つというのは圧倒的優位に変わりない。

ベリルは未だ余裕ではある。

 

大立ち回りを演じながらベリルは思考する。

わざわざ呪いの受け入れ先にこの男を選んだ理由だ。

確かに合理的ではあった。

 

だが、結局そこらの有象無象の妖精どもに呪いを浴びせまくった方がマシだったのでは無いかとも思ったのだ。

 

だがその時は一切その可能性を視野に入れていなかった。

 

生きているかも分からないこの男に会うことを優先してしまった。

 

何故か?

 

たしかにこの男との会話は悪く無かった。

 

悪くなかったと思うこと自体、稀だと言うのに。

 

この男の目を見る。態度を思い出す。

 

 

――そこらの奴らみたいに俺を見て嫌悪するわけでもねぇ。

 

キリシュタリアのように、上位者目線で受け入れつつおおらかな心で接してくるわけでもねぇ。

 

良くできた正義の味方気取りの後輩でさえこっちを嫌悪した目で見てくるってのに。

 

確かにこいつは俺の事をクソ野郎だとは思ってる。

 

なんたって腹に大穴開けて、今も呪いを移して殺そうとしてるんだ。そりゃ当然だよな。

 

まあ、最初にぶん殴ってきたのはあいつだけどよ。

 

だが、それはこいつにとって不利益な行動をしたからであって、俺そのものの本質に嫌悪してるわけじゃない。

 

目を見りゃわかる。

 

殺人鬼の俺をそこらの人間や、なんだったら善意の塊みたいな後輩に対するものと変わらない目で見てきやがる。

 

そんな目は初めてだった。

 

吸い込まれそうな暗い目だ。

それこそブラックホールってヤツみたいな。

 

綺麗な目とは言えない。

だってそれは希望に満ちた眼じゃない。

 

見るもの全てが綺麗だって思ってる眼じゃない。

 

綺麗も汚いも何も無い。

 

フラットなんだ。

 

善人も悪人も人間も妖精も一緒くた。

 

こんな奴は初めてだ。

 

だからそう――

 

――あの目が特別なものを映し出す時はどう輝くのかと興味を抱いたのは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

攻防は続いていく。

 

橙色の魔法陣が剣に形を変え、縄に形を変え、そのまま魔法陣は盾になる。

 

厄介な能力だ。

 

だが、互いに調子が悪いとは言え再生する身体と、触れるだけで決着がつく圧倒的優位は、その戦闘を均衡に保つ。

 

千日手。

 

トールは体力の衰えによって苦しそうだが、ベリルはひたすらに退屈になって来ていた。

 

 

「なあ、トールの旦那」

 

「……喋らないって言わなかったか?」

 

 

攻防を繰り返しながら言葉を交わす。

 

 

「良いじゃないか、お互い決定打も無い。退屈になって来たんだ」

 

「……」

 

そんな中でも二人の攻防によどみは無い。

 

「口を動かす程度でしくじるタイプでもないだろう?」

 

「……つまらなかったらその口ごと切り落とすけどな」

 

「いいねぇ、そうでなくっちゃな!」

 

「……」

 

「いやな、こうしてお互い殺し合っちゃいるが、なんで旦那はそこまでブリテンを守ろうとしてるが気になってな?」

 

「何で? 故郷を守ろうとするのは当然だろ」

 

「にしてもだ。あんただったらわからなくはないはずだぜ?」

 

こちらの言葉を予測したのだろうか。

急に攻撃の頻度が上がってきた。

口に出すなと、言っている気がした。

 

「だってもうこの世界。どう足掻いても滅ぶだろ」

 

「――ッ」

 

これまでにない程の力強い剣閃だった。

右肩が切り落とされるがすぐに生えてくる。

 

「モルガンの統治は普通に考えたら褒められたもんじゃない。だが、アンタはソレを肯定してる。狂言回しのおかげで後輩達は気付いてないが、アンタは妖精って奴をわかってる。国なんて作れる奴らじゃないってわかってる。あの悪政でしか維持できない社会だってわかってるからモルガンの圧政を肯定してるんだろ?」

 

「――別に、女王様が美人ってのも理由の一つだよ」

 

「ハッ 違いないが、ごまかすにゃあ少し弱いぜ旦那!」

 

「いずれ滅ぶも何も別に。いつだって星って奴は1秒後に滅ぶ可能性を秘めてるもんだ。今この瞬間に星を吹っ飛ばす爆弾を間違えて落っことすおしゃべりアライグマがいないとも限らない」

 

「おいおい、急に饒舌になるなよ。図星だってのがごまかせてないぜ旦那?」

 

「……」

 

「それにアンタ。この世界の出身って訳じゃないんだろ? 汎人類史側の人間だ。チェンジリングで来ちまったようだが、常識ってやつを分かってないわけでもない。そんなアンタがなんでこんな終わった世界を必死こいて守ろうとするんだ?」

 

爪と剣が弾け合う。

その衝撃を利用してお互いに間合いを離す。

 

トールの動きが止まる。

ベリルは口を開いた瞬間から待ちの戦術だ。

トールが動かない限り、動くことはない。

しばしの沈黙。

 

「お前は?」

 

口を開いたのはトールだ。

 

「あ?」

 

「話しかけたのはお前からだろ? 何でお前はこうして俺と戦ってる?先にお前から話すのが礼儀じゃないか?」

 

「なるほど! 違いない!」

 

「短めにな……」

 

「ああ、努力するさ」

 

――そうだなぁ、俺がお前さんを殺す理由って言うと、やっぱり愛のためになるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を疑うほどの、不細工な生き物を見た。

 

 

 

 

人間社会に馴染めるはずもなかった。

 

何せ、生まれからして歪だったのだ。

元々歪な社会である魔術社会からも敬遠される程に歪。

そもそもとして魔女である母は人間ではない。

 

――ってまあそこのところは割愛だな。とりあえず俺はまともにゃ育つはずもなかったのさ。

 

 

殺しが趣味になっていた。

殺しが生きがいだった。

 

その行為が唯一退屈を紛らわす何かだった。

 

ほんの少しの生きている実感だった。

 

だが結局、そう言ったものが許されるはずの裏社会においても居場所は無くなっていた。

 

だがそれに絶望しているわけでもない。

居場所がなくなったら移れば良いだけ。

 

魔女に育てられた森、殺しを生業にして生きた裏社会。

 

3つ目が南極のカルデアだ。

 

 

――そこで出会ったのが、俺にとっての花嫁さ。

 

 

綺麗な瞳だった。

 

その美しさを形容するのであれば、星というのが最適だった。

 

美しいと思った。

 

愛らしいと思った。

 

愛おしいと思った。

 

この世の何よりも大切でたまらない。

 

まさに生きる希望だった。

 

生きる理由だった。

 

だって、一度死んで楽になれると思ったのに、彼女がいるからこそくそ面倒な生き返るなんていう選択肢を選んだのだから。

 

だから邪魔者を排除して、2人きりになって。

 

あいつの苦しむ顔を見たいんだ。

 

あいつの苦しむ声を聞きたいんだ。

 

悲鳴だけじゃ無い。あいつの体そのものから鳴り響く音を感じたいんだ。

 

 

「だが……ソレだったら、俺個人を狙う理由にはならないだろ?」

 

「いや、関係はあるのさ」

 

「なんで、あいつらを殺すつもりなのは俺だけじゃない。そんなの他の奴らだって同じだろう?」

 

「それがそうでも無いのさ」

 

知ってるか?

 

どいつもこいつもあいつらを前にすると妙な手加減をしちまうんだ。

 

今回で言えばバーゲストなんかがそうだよな。

後輩が少し気合い入れて名乗っただけで。

いい返事だ。

とか言って敵対関係なのに褒め出すんだぜ? 

 

風でそのやりとりを聞いた時はとんだ間抜けがいたもんだと笑っちまったよ。

 

そうそう俺の仕事仲間。

キリシュタリアって奴はとんでもない奴だった。

あいつのいた異聞帯もとんでもない世界だった。

ゼウスなんていうマジもんの神がいたんだからな。

 

だがそいつらも結局負けた。

 

実力が無いわけじゃない。

運じゃアイツは倒せないなんて誰かに言ったが。ん?誰だったっけか?

まあ忘れたってことは大したやつじゃないんだろう。

 

それは間違いって訳じゃないが。

運ありきの実力だって事を言いたいんだよ。

 

運も実力の内って言うだろ?

 

アイツらの最大の力は運なのさ。

運なんて言っちゃあ安っぽいから運命力とでも言わせてもらうか。抑止力でも良いが少し意味合いが変わってくるしな。

 

まるで運命のようにあいつらを生かそうと世界そのものが動き出す。

アイツらは世界を自分たちにとって都合よく改変する力がある。

運を実力とするならとんでもない力だよな。

 

モルガンだってその運命の奴隷みたいなもんだ。

 

現にソレらしい理由は付け足してるが結局生け捕りを命じてる。

それだけでもう敗北宣言みたいなもんだろう。

 

あいつらは存在するだけで不利益になるような奴らを蹂躙するのさ。

 

俺はずっとアイツらのブリテンの旅路を覗いてた。

どうしても誰かが死ぬって展開になっても、死んじまうのは必ず不必要な奴らだ。

 

アイツらの旅で犠牲になったのは元から死んでる魔力人形。つまりサーヴァント1匹。

 

残り全員この妖精國側の住人さ。

 

カルデアから犠牲者は誰一人出てきちゃいない。

 

死ぬのは決まって大して役に立たない奴らで、それも妖精國側の住人。

 

元々滅ぼす予定だった現地の知り合いが死んだって言うそこそこの苦痛を受けてアイツらはそれで終わりさ。

 

運命ってやつがアイツらを生かす。

正直後輩達の純粋な実力じゃモルガンの指先一つにも足りてない。

 

だがな。

 

その運命力の前じゃモルガンの圧倒的な力も役には立たない。

 

妖精國はモルガン以外の全てがアイツらについた。

 

おっと全てじゃないか、ムリアンはそっち側だったな。

まあ役には立たないと思うが。

 

訳わからないよな?

世界を滅ぼすのはアイツらの方だってのに。

 

妖精が間抜けだって事を差し引いても都合が良すぎる。

 

このままいけばモルガンは死ぬ。

下手すりゃカルデアと戦う事もなく殺される。

 

そういう風になるように俺も一役買ってるわけだしな。

 

といっても、奇跡でも起こらない限り実際にそうはならない。

 

はずなんだが、俺でさえ信じられないくらいうまいこと行っちまってるんでね。

 

だからこそ俺も安心して愛する花嫁が生き残ってくれる事を信じることが出来るのさ。

 

そういう運命なのさ。

 

 

――だがアンタは違う

 

 

アンタはどこか歪だ。

ウッドワスの霊基を取り込んだからか。

本能で感じるんだ。

 

アンタはアイツらの運命とやらとは別の流れにいる。

 

そのまま別の道を辿ってくれりゃあ良いんだが、その濁流があいつらを飲み込もうってんなら話は別さ。

 

おれがアイツを壊す前にアンタに壊されるわけにはいかない。

それだけは許せねぇ。

 

「他の誰にも傷つけさせない。俺はあいつを守ってやらないといけないんだ。その一番の障害があんたなのさ」

 

「……」

 

「なんだ? 少し引かせちまったか?」

 

 

 

 

 

 

長い語りの中。

互いの殺陣は続いていたが。

ベリルの告白の終わりと共に、一度距離が離れた。

ソレを嫌悪と受け取ったのか。

トールの行動にむしろ誇り高い事だと言わんばかりの態度のベリル。

 

大きすぎる愛というものは得てして他人には理解できないものだ。

そんな嫌悪という態度がベリルの愛の大きさを証明していると、そう思ったのだが。

 

「いや、立派な愛だと思うよ」

 

彼の口から出たのは、むしろ賛辞の声だった。

 

「なんだよ、褒めてくれるとは嬉しいぜ旦那」

 

思わぬ賛辞に、少しばかり動揺したが嬉しいのは確かだった。

 

「ああ、アンタが『ゲテモノ好きのマニアックおじさん』ってだけで、愛そのものは立派だよ。蔑む気も、馬鹿にする気も起きないな。立派な告白だった。感動したよ」

 

だがその後の言葉にベリルも思わず止まってしまう。

この際感動なんてしたように見えない舐めた態度も、その頓珍漢な愛称もどうでも良い。

だが……

 

「おい、おいおいおいおい……それはよう……」

 

「なんだよ。褒めてやったんだからもう少し喜べよ『ゲテモノ好きのマニアックおじさん』」

 

例えば、お前のような殺人鬼が愛を語るなど片腹痛いとでも言うような類なら気にならなかった。

 

お前なんかフラれるに決まっている。なんてのも許すことはできただろう。

 

だが――

 

彼女をゲテモノと評するのは、我慢がならなかった。

 

「Gaaaaaaaa――!」

 

怪物の雄たけび。怒りのままにトールに突っ込んでいく。

だが怒りのままに突っ込んでは当然隙だらけになる。

大ぶりな攻撃は容易くかわされ、両腕を切断され、さらに胴体を袈裟に斬られた。

 

「guaaaaaa――!」

 

悲鳴が上がる。

トールの動きが今までと全く違う。

これまでよりも更に強い殺意を感じ取る。

 

命の危機を感じてベリルが後退できたのは獣の本能。言っては何だが奇跡だった。

 

痛みにゆだりそうになった頭が戻っていく。

 

挑発に乗ってしまうとは。

まったく馬鹿な事をしたと頭を冷やす。

呼吸は深く。思考は冷静に。

 

「Huuuu――ああ、やっぱりモースの呪いが回ってるな。安い挑発に乗っちまった……やられたぜ旦那」

 

「お前何をした?」

 

「ハァ?」

 

小さくも確実に聞こえる声にベリルは訝しむ。

 

「何をしたって聞いてんだよクソ野郎……」

 

「何だよ、挑発してきた割にはそっちの方がカンカンじゃないか。何を聞きたいのかが分からないぜ?」

 

「モルガンが死ぬってのはどう言うことだ? お前何をやったんだ?」

 

「へぇ、そこのところがそんなに引っかかるかねぇ?」

 

「吐け」

 

「吐くも何も、アイツが死ぬのは運命だって話したろう?」

 

 

ベリルはトールのどこまでも無機質な目に光が灯るのを見た。

 

 

「やらせるか……」

 

 

彼の眼に明確な光が宿る。

 

 

「へぇ……」

 

 

どうやら今の会話に何らかのスイッチが入ったらしい。

 

 

「やらせるかって何をだ? 旦那? 質問はしっかりしないとこっちも答えられないぜ?」

 

「モルガンは絶対に殺させない」

 

 

その言葉はこれまでにないほどに熱がこもっていて。

その眼は怒りに満ちていて。

 

その態度は國を守る女王に対する感情というよりは……

 

――なるほどなぁ

 

 

「あんた、モルガンに惚れた口だったのか! あの女王サマに!?」

 

無言で切りかかってくる。

 

「クハッ! そういう事か!?そりゃアイツが死ぬのは運命だなんて言われたらキレるよなぁ!?」

 

これまでとは比べ物にならないほどの突進力。

その行動そのものが正解だった。

 

「妻がモテるのは旦那冥利につきるってもんだ! 悪いなぁ! アンタの愛しの女をとっちまって!!」

 

「……黙ってろ!」

 

「だが黙ってちゃあ俺の企みを話せないぜ旦那?」

 

「それなら脳味噌を抉り出して、直接聞いてやるよ」

 

「クク、イイねぇ!楽しくなってきた!」

 

成る程、とベリルは納得する。

つまりこれは互いの愛の為の戦いだ。

 

どちらの愛が強いか。

その戦い。

もちろんベリルに負ける気は無い。

 

――焦るだろうなぁ

 

何せ互いの愛する相手の安否の差が違う。

 

こちらの彼女は安泰だ。

彼女は運命に愛されている。

何がどうあっても運命が彼女を生かしてくれるという確信がある。

自分自身が生き残りさえすれば後はこちらの問題だ。

 

目の前の敵を殺せればそれでおしまい。彼女自身が害される事は無い。

その後の仕事は面倒だが、いくらでも選択肢はある。

 

だが、あちらは世界の全てが敵であり、運命さえも敵であり、ベリルを負かしたところで意味はない。

その先に待つ絶望はこちらの比では無い。

 

――ほら、そうやって焦ってヤろうとするから、そうして隙が出来るんだぜ?

 

迫る魔法陣の剣を避けその隙に爪を叩き込む。

先ほどの意趣返しだ。

とは言え、獣のような怒りという分けでもない。

ある程度は理性はあるようだ。すんでのところで、魔法陣が出現し防御されるが、魔法陣は霧散し、その衝撃を逃せずに吹き飛んでいく。

 

横滑りし、倒れ伏すトール。

ベリルにとっては初めての友好打。

右手を見れば、その爪にはわずかながらも血がついていた。

 

ニヤリと笑う。

 

初めての有効打。

それは同時に決着をつける致命傷でもある。

 

 

「ハア、ハア、ハア!」

 

「思ったよりお早い限界だったな?」

 

膝を付き、俯くトール。

諦めないとばかりにこちらを睨みつけるわけでもない。

呼吸は乱れており、その跪く姿は見るからに弱々しい。

 

「いやまったく。これからだって時に興ざめも良い所だぜ旦那?」

 

ゆっくりとベリルはトールに近づいていく。

 

愛を証明する闘いだと思えば、あっさりと膝を着く。

これまで積み重なった疲労と言うのはあるかもしれないが、あまりにもあっけなさすぎて。

先ほどの高揚感とは裏腹に、失望が大きかった。

 

「運命なんて認めるか……」

 

「……ハァ」

 

露骨に溜息をつくベリル。

 

「絶対に殺させない……」

 

ベリルにとって今のトールは最早興味の対象外。

化けの皮が剥がれれば思ったよりも普通の人間。

 

「残念だよ旦那。ついさっきまでは面白いと思ってたんだけどな……」

 

「絶対に守るんだ……!」

 

疲労がそうさせるのか。

それとも実はモースの呪いが回っていて頭がおかしくなっているのか。

 

「運命、運命がそうさせるんなら……」

 

ぶつぶつと譫言のように喚くのみ。

 

「今のあんたは退屈だ」

 

跪くトールの上半身を削り取ってやろうと、近づけば。

 

「じゃあな。トールの旦那」

 

「――その運命ごと滅ぼしてやる」

 

そんな戯言と共に、トールは俯いた顔を上げた。

 

その眼を見る。

ずっと興味があった。

こいつが大切なものだったり特別なものを見る時、どんな風になるのかと興味があった。

 

その暗い目が絶望に染まる時。

その暗い目が希望に染まる時。

 

どんな風になるのかと。

 

今が彼にとってどちらなのかは分からない。

 

だが今、そんな彼の目は光り輝いていた。

 

星のような輝きでも無い。

炎のように燃えているわけでも無い。

 

眼の中に見えるのは稲妻だ。

青い稲妻。

 

だがソレは異常だ。

眼の中の星だの、炎だの何だのと言うのは、眼の輝きがそう見えると言うだけの比喩の話である。

 

 

今目の前の男のように実際に紫電が走っているなどと言うのはおかしな話だ。

 

目を見てからその思考まで、コンマ1秒とかからず。

そう疑問を持った瞬間に、その男の目そのものが文字通り光輝き、全身から。

 

 

 

おぞましい程の稲妻が戦慄いた。

 

 

稲妻が迫る。

ソレは酷くゆっくりと迫っている。

 

別に稲妻が遅いわけでは無い。

遅く見えるほどに感覚が鋭敏になっているだけ。

 

何せ感覚は鋭敏なれど自分の身体は動かないのだ。

 

 

何故?

と疑問を挟むまでも無い。

稲妻から迸る圧倒的な滅びの予感。

走馬灯と一緒だ。生存本能が感覚だけを鋭利にしている。

 

死ぬどころでは無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()滅びの気配を感じ取る。

 

ギリシャ異聞帯のゼウスですらこう言ったものは感じ取らなかったと言うのに。

目の前のちっぽけな男が出すにはあまりにも異常。

 

迫り来る滅びに逃げることも叶わない。

出来るのはゆっくりと迫るソレを見ながら鋭敏になった思考を巡らすだけだ。

 

 

――そういえば

 

ふと思い出す。

この男の存在を感知した最初の最初。

予言の子が現れたとガウェインが告げた時のキャメロットでの会議。

 

ウッドワスは、王子に出会ったと言っていた。

 

確かアフォガードとか言うコーヒーの名前みたいな国だった。

 

汎人類史にはそんな国は無いと、マヌケなウッドワスの事だから騙されてるのだと思ったわけだが。

トールのウッドワスへの友情は本物だ。

そんなくだらない嘘を貫き通すとも思わない。

 

 

目の前の雷。

トールという名前。

 

ソレとするにはまだまだ要素は足りないが。

 

もし仮にウッドワスの言う事が本当だとすれば。

仮に聞き間違いか言い間違いだとすれば。

 

もしかしたらだが。

 

――()()()()()なんじゃねえのかあのアホめ――

 

 

稲妻が、体に纏わりついた。

 

悲鳴すら上がらなかった。

喉は既に焼けていた。

 

熱い。

体が焼ける。

血液が沸騰する。

 

分子という分子が悲鳴を上げる。

 

これは違う。これは知っている死では無い。

 

これは死では無い。

 

消滅だ。存在の消滅。

 

この世界にいたと言う記録すら抹消されてしまうような破壊の力。

 

それは初めての恐怖だったのかもしれない。

 

無様に転げ回るしか無い。

そんな力を受けても尚意識があるのが不思議でならない。

 

あえて苦しむように加減しているとすれば最悪だ。

 

やはり神というのは人でなしだと自らを棚に上げて頭の中で抗議する。

 

やがて散々に苦しめられた後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベリルはその意識を手放す事はなかった。

 

 

「――なんだって?」

 

 

間抜けな声が出る。

 

 

痛みはある。

シュウシュウと煙を上げているのだ。

体は確かに焼かれている。

 

 

体は動かない。

 

精魂尽き果てたと言ったところだ。

 

だが、結論から言えば雷を受ける前よりも()()()()()()()()()()

 

 

驚いた事に

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「あー……しんど……」

 

聞こえたのは、先程の一触即発な空気が嘘であるかのような、間抜けなこえだった。

 

「お前……」

 

「あ?なんだよ。ゲテモノ好きのマニアックおじさん」

 

「……ク」

 

首すらも動かせないが、横にいる。

腰を下ろしているようだ。

あまりの邪気のない声に怒る気にもなれなかった。

 

「まさかアンタ、北欧神話の雷の神様だったとはなぁ……」

 

先程の確信を言葉にする。

どう言った返答が返ってくるか見ものだったが。

 

「ああ、ホクロの神話ね。まあそうは言うが神様の定義にもよるだろ」

 

少なくとも否定ではない。

酷くあっさりとした返答だった。

 

「大昔に地球で起きた氷の巨人と父上の戦争を、どっかの誰かが、物語にしただけだ」

 

その事実にベリルは驚きを隠せなかった。

 

「本当にアンタ、アスガルドの雷神トールなのかよ。人間の身体に乗り移ってるって感じじゃないよな?」

 

「ああ、俺は俺自身がオーディンに育てられた事もある」

 

「クク、ハハハハ……」

 

ベリルの口から漏れる笑いも覇気はない。

 

「そりゃあモノホンの神様なら運命だのも通じない筈だ……」

 

「だから神様じゃないって……」

 

言いながら、トールは立ち上がる。

 

「じゃあ、もう俺の邪魔するなよ」

 

語る事などもう無いとばかりに、あっさりと去ろうとする男にベリルは慌てて待ったをかける。

 

聞きたい事は山程ある。

 

「何で生かした」

 

それが最初の疑問だった。

加減して倒すどころか、モースの呪いすら消し去ったのだ。

この痺れがいつ去るかは分からないが。

ソレ以外は戦う前よりもずっと楽になっている。

 

「言ったろ? お前の愛は立派だって。悪人だろうが何だろうが俺は正義よりも愛を語る奴の方が好きなんだ」

 

返ってきたのはそんな間抜けの極みのような答えだった。もう笑う気にもなれなかった。

 

「動けるようになったら。またアンタをつけ狙うとは思わないのか? 例えば部屋の向こうにいるムリアンを人質に取ったりするかもしれないぜ?」

 

そんな挑発をしてみるが、言っておきながらそんな気にはなれていない。何故かと言う疑問もすぐに解消された。

 

「無理だね。アンタはもう細胞レベルで俺に敗北してる。身体が言う事を聞かないさ」

 

まさにその事実を痛感する答えだった。

 

「ある程度お前の脳から直接読んだから話す事ももう無いんだ。確かに奇跡でもなければ起きない企みだよな」

 

既にトールはベリルを視界にすら納めていない。

 

だがベリルには、伝えないといけない事がある。

待ってくれと、似合わない懇願を口に出す。

 

「なあ神様。アンタに祈れば、アイツは、俺の愛するアイツは、マシュだけは傷つけないでくれって願ったらその通りにしてくれるのか?」

 

トールは、その願いに考えることも無い。

 

「あいつは裏切り者だ。トネリコの思いを、モルガンの思いを、自分の都合の良いように解釈して妖精國を救う為にモルガンを殺そうとしてここに来たって言うのなら尚更だ。あいつはカルデアの中で1番生かす理由の無い奴だよ」

 

その声には慈悲も何も無い。

間違いなく怒りを持っての答えだった。

 

「――あ? なあ、何だソレ、おい、頼むよ。アイツだけはやめてくれ」

 

「さあな、結局のところ()()()()()()()()()

 

 

言い捨てて、雷の神は立ち去っていった。

 

 

神に慈悲など無いのかと、これまでの行いを、過去を思う。

 

「ハ、そりゃ神様も俺なんかには慈悲は与えてくれねえよな……」

 

 

ベリルの身体は動かない。

出来るのは、自身に宿る愛をただ一人思うだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モルガン! モルガアアアアアアアアン!!」

 

ソレはもはやケダモノだった。

銀髪の美女を押し倒し、その鋭利な爪を押し付ける。

 

対する美女も嬲り殺される寸前だと言うのに、冷ややかな視線を保ったままだ。

 

頭から血を流しながらも、無表情にそのケダモノを見つめている。

 

 

 

「何が妖精國だ!何がオレたちの為の國だ! 貴様さえ、貴様さえいなければー!」

 

 

理由は明白だ。

押し倒させているのは彼女なりの慈悲に過ぎない。

もはや本来であれば生きる力すら無いケダモノは今この瞬間。慈悲として美女に殺されるのである。

 

 

 

 

――その筈だった。

 

 

 

 

 

 

怯える妖精達。

誰一人近寄ろうとしない。

 

 

そんな中

 

 

「止めろ――!」

 

 

覆い被さるケダモノに飛びかかる影が一つ。

 

 

それは人間だった。

 

 

人間はケダモノを突き飛ばし、勢い余って二人一緒に転がっていく。

 

「離セ! 離せぇェェェェェェェえ!!!」

 

しがみつく人間をケダモノは投げ飛ばすが、しかし人間は空中で体制を変え、華麗に着地する。

 

投げ出されたと言うのに、人間はケダモノに怒りを示す事はない。

 

あるのは敬い。

 

「落ち着け」

 

「俺が王ダ! 俺が! 魔女を殺して王になるのだ!」

 

「ああ、気が動転してるんだな?わかるよ」

 

「邪魔だァァァァ!」

 

爪で振り払おうとするその腕を避け、羽交い締めにするがまたも振り払われる。

 

「ああ、でも本当に良かった」

 

「Guaaaaaaa――!」

 

「生きていて嬉しいよウッドワス」

 

 

ケダモノ――ウッドワスと対峙するのは、額に汗を流しながらも笑顔を絶やさない。トールその人だった。

 

 

 

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