ウッドワスの隣、並び立つように浮かぶ彼女に、ウッドワスは戸惑いの声を上げる。
「ム、ムリアン……な、何故?」
「ごきげんようウッドワスさん。オックスフォードの住民達をグロスターに引き入れさせていただいたのですが、お返ししようと思いまして」
どこか怒っているような気恥ずかしそうな、そんな感情が見え隠れしている。
「な、何故だ……私は……我々は」
「別に貴方の為ではありません。ブリテンの為、グロスターの為、ひいては私自身の為、行動したにすぎません」
その先の言葉を察したのか。ムリアンは自らの言葉でその先の言葉を塞き止めた。
「し、しかし……!」
それでも納得いかなさそうなウッドワスに、呆れたように溜息を付くムリアン。
「……貴方が菜食主義を始めた理由を伺いました」
「――ッ」
驚愕するウッドワスに、どこか気まずそうなムリアン。
「それに、私も、貴方を攻める権利などありはしません……」
彼女は息を呑んでいるウッドワスを他所に、後ろを振り向き、這いつくばるモルガンと、倒れ伏す男を見やる。
切なげな眼を向けながら、目線を戻しこの状況を改める為、陣営を作る反乱軍を視界に収める。
「だが、だが……! まだワレワレは――! グッ!」
「その話は後にしましょう。今は彼らを守るために……私達の陣営は貴方が要なのですから、休んでいて下さい。喋るのもお辛いでしょう?」
これまでの遺恨を後回しにし、今は未来の為に戦うべきと、ウッドワスを諭すよう優しげに声をかける。
「さあ、オックスフォードの皆さん、オーロラは大噓つきである事を自ら明かしました。ですがあなた方は真実を知っています。ロンディニウムの王ロットと、救世主トネリコを貶め滅亡を導いたのは、平和になるはずだった妖精國を乱したのは、当時の風の氏族達。妖精歴時代、彼女の蛮行によって我々の運命は決められてしまった。救世主トネリコに絶望を与え、非情な圧政を敷かざるを得ない選択肢を選ばせてしまった……」
背後の倒れ伏す二名に一度眼をやり、視線を戻す。
「ですが彼が舞い戻ってきました。ロンディニウムの王ロットがブリテンの為に戻って来たのです。女王の絶望を癒し、この妖精國を新たに導くために。
2000年もの間、ブリテンを守り続けた女王の力と彼の異世界での旅で得た智慧があれば、妖精國はさらなる発展を遂げるでしょう。ですが彼もまた、見たことも無いような明確な意思を持ったモースのようなものに襲われ、力を奪われ、こうして倒れ伏しています」
こちらを警戒し、睨みつける反乱軍に指先を向ける。
「敵は予言を利用し、モースを利用し、自分達の世界にとって邪魔なブリテンを混乱に陥れ、妖精國を救うと言いながら都合よく滅亡に導こうとする侵略者達カルデア」
その指先はまず藤丸立香を指指した。
「予言を利用し、王にのし上がろうとするノクナレア」
次にノクナレアを指す。
「そして救世と言う名の混乱をブリテンにもたらした予言の子アルトリア」
最期にアルトリアを指し示す。
三者三様の反応を見せる一同。
気丈な振る舞いをそれぞれ見せる中、アルトリアだけが俯いたのに気付いたのは、指し示したムリアンだ。
「…………彼らの愚行により、あわやブリテンは滅亡の一途を辿るところでした。この戦力差の中、彼らを守ってくれたウッドワスさんの為にも、今こそブリテンの守護者として立ち上がる時です」
そもそもこうして前線に立つような事はないムリアン。
ロンディニウムの敗北を誘引したムリアンには牙の氏族の信頼を得る事は容易ではない。
だがマノイによって過去を写す装置でトールの事を互いに慕っているという事実が判明し。
互いにトールを慕っている共通点が判明した。
下地は十分。
いわゆる所の処世術。
グロスターを支配し続けたその力はムリアンにとって最大の武器。
ムリアンは、ロンディニウムでの敗北を誘引したその事実を白状した。
過去の牙の氏族による蛮行と、自身の復讐の気持ちを適度に織り交ぜながら。
その理由を説明した上で上手いこと、オベロンとオーロラにその罪の比重が傾くように牙の士族達を懐柔。
その後は簡単だ。
ブームを起こせば良い。
妖精の心は移ろいやすい。
それをブームという形で表現したムリアンこそ妖精と言う存在を良く理解している存在の一翅であろう。
オーロラの風によるその独白に全妖精がモルガンに対し殺意を向ける予定だったが。
牙の氏族は既にムリアンによってオーロラは大嘘つきの悪党であるというブームが出来上がっている。
オーロラとスプリガンによる企みは少なくとも牙の氏族達には通用しない。
ムリアンは、既に気付いている。
自身の復讐心を利用し、妖精を利用し、カルデア、ひいては予言の子に勝利をもたらそうと企む存在に気付いている。
カルデアは確かに善人達なのだろう。
だが、いかな善人であろうと、救世主を気取りながら、敵ではないと発言しながら国を混乱に導く内乱を起こし、その挙句この世界の滅びを放置しようとしているのは紛れもない悪道。
世界と世界の問題だと彼らは言うが、結局のところこのブリテンを混乱に陥れているのは彼らの行動によるものだ。
それは滅ぼしに来てる事と同意であり。その事実をひた隠しにする時点で罪深い。
ムリアンも利用しようとしていたのでお互い様ではあるが、それはそれ。
今となってはただの敵である。
アルトリアを見る。
彼女の覚悟の程など表情でわかるものだ。
予言を利用され。良いように使われる彼女こそ不憫なのだろうが。
やはりあの陣営の代表の1人。
彼女だけ特別に放置というわけにはいかない。
これは戦争だ。敵の事情を理解してやれなどと言うつもりはない。そのような事をすれば、命を取られるのはこちらである。
それもかけているのは命どころか世界である。
前向上は上々だ。
残すは戦闘を始めるための最後の言葉。
一息ついた後。
「女王モルガンとロット王を救い、ブリテンを守りましょう!」
似合わぬ言葉を声高に上げる。
敵を殲滅せよ。
と攻撃的な文言にしなかったのは、アルトリアへの遠慮故か。
だが、自らを守護職と豪語する牙の氏族達にとって、士気を上げるにはその言葉で十分だった。
Guooooooooo――――ッ!!
牙の氏族達の咆哮が、一斉に轟く。
***
思わぬ形での牙の氏族の登場に、混乱する戦場。
圧倒的に反乱軍側に傾いていた天秤が一気にその形を戻していく。
「ムリアンの奴……!」
独りごちたのはグリムだ。
「ムリアンが敵になるなんて……」
パーシヴァルや王の氏族。そして村正が攻めに転じる中後方に下がったグリム。
「グリム! 結局ロット王とは何者なんだ!? トネリコの恋人と言う事は今のモルガンも彼を思っているというのは確かだと思うけど!?」
ムリアンの口上通りならばこの戦の最大の要だ。悪の女王が彼によって改心するかのようなストーリー。
彼がいることで女王は良き王になるだろうと、ムリアンは言ったのだ。ソレを大義として救世主であるはずのカルデアと予言の子を悪と断じて牙の氏族を動かしている。
予言にもなければ、現れたのもつい最近。
そして現れたと思えばオベロンによって殺されたのだ。
ノーマークにも程があった。
妖精歴の頃の記憶を先代から引き継いでいるなら知っているだろうとグリムに尋ねる。
マシュからは、これ以上ない程の善人で、人間なのに非常に強く、自身の命よりも他者を優先するような気質を持つという事は聞いている。
グロスターの時のような汚い言葉を吐くタイプではないとも。
だがその程度の情報だ。
ダ・ヴィンチが確認したいのは、オーディンの智慧を共有するグリムの意見。
「……少なくとも人間だ。智慧の神さんも特別何かを言う事は無かった。身体が強いのは確かだが、感じられる力に根拠が無かったんでな。雷を操る力は持ってたが、あいつ自身常に加減して戦ってたし正直測りかねる。能力も生体電気の異常によるもんだって結論は出てた……」
援護の魔術をぶつけながら言葉を続ける。
「あとは、まあ、トネリコも相当だったが、あいつに対してムリアンも熱を上げていたのは確かだ」
「成る程……彼はトールとも呼ばれていたようだけど……すまないが、雷という事で言えば君の中にいる神霊の関係者を思い浮かべてしまうんだけど」
「…………いや、それはねぇ。汎人類史は当然としてだが、この異聞帯の方って線もありえねぇ。本当に同じテクスチャの神霊だとしたらどうあっても同郷は気づいちまうもんだ……」
「……神が……そう、それならまだ安心だけど」
「ロットさんを襲ったのは、モースのような何かだという事も言っていました。それは一体」
「さあな、大方オーロラの意趣返しってところだろ。出鱈目こいてやがんのさ」
「――ッ」
グリムの、どこか含みを持たせる解答に、追求する暇は無い。
牙の妖精がこちらに襲ってきた為、それぞれで対処に入る。
モースはともかくとして、ロットに関しては、グリム自身、どこか引っかかるものがあるのは確かだ。
何せ既に異常は一つ起きている。
ムリアンの行使する光の輪だ。
モルガンの水鏡は魔術である。その仕組みも、成り立ちも解析は可能だ。妖精の持つ神秘であっても同様。
だがあの光の輪は全く理屈が通らない。
全くもって解析ができない。
正直なところロットよりもそちらの方が問題と言える。
内心の嫌な予感を取り払いながら魔術を行使する。
今は戦う道しかない。
あの派手な光景に目を奪われたが、所詮は雑兵が増えた程度。
こちらの勝利は揺るがないと、グリムは内心で思っていた。
何せもう、一つ、王手にかかっているのだから。
***
「下がってくれ!我々が望んでいるのは、女王の討伐のみ!」
「だ、黙れ! その女王をお守りするのが我々の使命だ!」
ウッドワスに肩を貸していた人間マノイがパーシヴァルの前に立つ。
互いに、槍を持ち、構えているが傍目から見てもその実力差は圧倒的だ。
牙の氏族の登壇によって戦況は変わったものの、王の氏族に加え妖精騎士に匹敵するほどの戦力を複数持つ反乱軍の前に、暇を持て余せる兵士はいない。
未だ立ち上がる事もできないウッドワスから離れ、彼を守るようにマノイが立つ。
――よせ!
声にならない声を上げたのはウッドワス。
だが立ち上がる事さえもできはしない。
ムリアンも、上級妖精としての神秘の行使を用いて王の氏族の妖精達を相手どっている。
代わりはできない。
「よさないかマノイ君! 君は逃げるんだ!」
内心で彼を侮りつつも、彼をいつも気にかけていた牙の氏族の中でも温厚な妖精が、王の氏族と戦いながら声をかけるが助けには入れない。
「貴様ごときがパーシヴァルと戦えるものか! 下がれマノイ!!」
同様に、王の氏族を数体同時に相手しているベイガンも声をかける以外の選択肢は無い。
マノイ自身が戦うか逃げるしかない。
救いなのは、パーシヴァルに戦う意志など無いという事だ。
彼は妖精と人間の共存を掲げている。
人間の。それも圧倒的な実力差の相手を無為に殺害するという事は憚られた。
もとより、虐殺など好むはずもない性分。
戦わなくて済むのであればそういう選択を取るのが彼である。
「頼む、下がってくれ!」
「お、お前こそ! 陛下とウッドワス様に手を出さないのなら見逃してやる!」
「――ッ、それは……!」
「ヤアァァァァァァァァ!!」
「クッ――」
しかしパーシヴァルの思いなど知ったことでは無い。
気合と共にパーシヴァルに槍を振るう。
マノイはその穏やかな性質ながら、意外な事に一般的な人間の中ではかなり強い部類に入る。
その槍裁きはロンディニウムの兵士などでは太刀打ちできないであろう。
その力には、とてつも無いほどの血の滲む努力の跡が窺えた。
マノイは、人間達の中でも際立って善意に満ちており、オックスフォードの住人でさえ陰口を叩きバカにするウッドワスを心の底から尊敬し、役に立ちたいと考え、常に研鑽を重ねていた。
圧倒的な実力のパーシヴァルでさえ、油断は出来ないほどの槍捌きを誇っている。
パーシヴァルは迷う。
マノイから感じる善性は、ロンディニウムの住人や、それこそ藤丸立香に近いものだ。
そんな彼を救うのが、パーシヴァルの反乱軍の目的なのである。
故に、言葉で説得に入ることを決めた。
「我々は、女王に苦しめられた人間や妖精全てを救うのが目的なのです! マノイ殿!貴方に向ける槍は無い!!」
言葉と共に鍔迫り合いとなった槍を押し込む。
パーシヴァルの力が勝り、マノイにたたらを踏ませる。
しかしマノイは臆する事なく、再びパーシヴァルに仕掛けていく。
「クッ、お願いします! 我々が打ち倒したいのは悪の女王だけなのです!」
「黙れ! 何が妖精國に救いをだ!」
マノイが槍を打ち付ける。
「ウッドワス様に見出されて、陛下の御城を断って! 全てを裏切ったお前がブリテンを語るな!!」
再びの一撃。それはパーシヴァルに反撃の手を撃たせない威力だった。
「ウッドワス様達が各地を巡ってモース退治に勤しむときに、お前は何をやっていた!?」
何度も何度も。
「お前が好きな人間達だけを囲ってロンディニウムに引きこもっている時に、どれだけの人間と妖精が、このブリテンの為に散ったと思ってる!? ウッドワス様が、陛下が、この2000年の間に、どれだけの偉業を成したと思っている!?」
言葉の重みを乗せた槍がパーシヴァルを打ち付ける。
「勝手に妖精と人間の心を代弁するな! 予言の子が現れるまで何にもしてこなかった癖に! 予言の子の威光にあやかるだけの裏切り者が救世主を気取るな!」
その様子に、戸惑いを見せるパーシヴァル。
「これだけ國を混乱させて、陛下を殺して、ウッドワス様を殺して! それでどうして妖精國は救われる!?」
「……それは……ッ」
「お前達なんか救世主でも何でもない! 戦を起こした時点でお前達は皆悪だ! 女王を責める権利なんてありはしないんだ!!」
この戦いの最中、大広間に響くその声に、反乱軍の一部の動きが鈍くなる。
それをノクナレアが鼓舞し、持ち直す。
その様子をスプリガンは忌々しげに眺めていた。
予言の子が、カルデアが、そしてブリテンの住民が、あの思想を持たない短慮な者達だからこそここまで来れたと言うのに……
当に逃げる気は失せている。
今はこの戦況を確認した上で今後の動きを見ることが必要だと残っていたが。
スプリガンは考える。
未だ有利な状況ではあるが、何らかの対策は必要だと考える。
最早今、誰も気にしていない汚物を視界の端に置きながら、頭を巡らせる。
スプリガン自身が言葉にした事がある。
街で暮らす者には自分たちの家しか見えない。と。
モルガンがどれ程大きな対策を取ってきたのか。それをわからない俗物だらけだからこそ、此度の戦争は予言の子に有利となった。
それが、多くのブリテンの住民や、此度の反乱を起こした者達の視野であるならば。
マノイは全体を俯瞰で見る事ができる広い視野の持ち主だ。
いかに悪名が轟こうと、いかな悪行を為そうと、それに流されず、悪行の理由を深く考え。その上でこのブリテンを護ってきたのは誰なのかを察する事のできる稀な人間だった。
その彼が、英雄と称するのがウッドワス。
その敬愛が彼の力の源だ。
マノイが倒れればウッドワスを守る者はいない。
そのような土壇場で、限界を突破しないはずも無く。
「私は負けない! 陛下と共にこの國を護り続けたウッドワス様の為に! お前を倒すんだ!!」
パーシヴァルよりもマノイの方がより思慮深く、予言に頼る事なく、より現実的に、より真剣にブリテンを思っているのは紛れもない事実だ。
その上で彼はウッドワス個人を敬愛し、守ろうとしている。
パーシヴァルの掲げる思想は、聞こえの良いだけの曖昧なものなのは事実。
大義よりも個人への感情の方が時には力を発揮する。
予言に頼り、女王を殺せば全て解決するという浅はかな大義などに敗北する道理は無い。
パーシヴァルの戦う真の理由が、本当に妖精と人間の共存であるのならばだが――
「――!パーシヴァルを援護しないと!」
その様子を遠巻きに見つけた藤丸立香が、焦るように影を向かわせようとする。
動きにキレが無い。
「待ちな」
それを止めたのは賢人グリム。
「パーシヴァルなら平気だ。お前さんはアルトリア達を守る事に集中しろ」
アルトリアを見る。
ムリアンが現れてから顔色が優れない。
ソレは戦闘そのものの疲労というよりも、別の理由があるように見える。
言いながら、アルトリアを狙う牙の妖精を魔術で吹き飛ばす。
パーシヴァルなら平気だろう。
(そんな舌戦で臆するようなタマじゃねぇよな?)
マノイの啖呵は大したものだ。
そして正しいものの見方であることに異論は無い。
だが遅いと言えばもう遅い。
――愛する者の為に戦うのは何も彼だけでは無い。
――ガィンッ!
「――!」
「――すまない」
けたたましい金属音。
それはマノイの槍が弾かれた音だ。
「……あ」
マノイが、惚けたように声を出す中、流れるように槍の腹で吹き飛ばす。
「うぐっ……!」
ゴロゴロと転がるマノイ。
その様子を一瞥し、しかし見守る事もなく、ウッドワスを乗り越え、背後の女王のまで行こうと駆けていく。
そのウッドワスもとうに限界を越している。限界を越した戦いは既にウッドワスは終えている。
出来るのは肉壁となるのみ。だが、それは既にパーシヴァルの障害にはなり得ない。
隣のムリアンも王の氏族の対処で動けない。戦いに慣れぬ彼女に気を回す余裕はない。
力を振り絞り、パーシヴァルの動線を妨害しようと身体を張るウッドワス。
だが、その前に、先程吹き飛ばしたマノイがまた現れた。
「――っ!」
「いかせないぞ……っ!!」
予想外ではあったが、しかしパーシヴァルは止まらない。
彼を本当に動かすのはマノイの言うような浅はかな大義では無い。それ以上の尊き愛。
ある意味大義を信じて戦う者に対しての不義理でしかないその思想。
だが、ソレこそが真の力を発揮するためのものである。
今更罪の一つや二つ。覚悟は当に決めている。
ここに来るまでにどれだけの命を消費してきたのか。このような事は今更だ。
今度は遠慮はしない。先程の攻撃が加減ギリギリ。
それで倒れないようであれば選択肢は一つである。
槍を放つ。
それはマノイの命を確実に消す一撃。
心の中で謝罪の言葉を浮かべながら。
罪を償う事を心の中で誓いながら。
放たれた必殺の槍はしかし。
巨大な腕に阻まれた。
「――っ」
「ウッドワス様!?」
その腕の持ち主はとうに限界を迎えたはずのウッドワスだった。
***
――戦いは真に力のある妖精一翅で行うもの。
それが、亜鈴であり、牙の氏族長であるウッドワスの一つの信念だった。
それが今はどうだろうか。
自身はあまりにも無力。
それどころか足手纏い以下の状態だ。
モルガンを傷つけ、トールと彼女自身に愛を示されたにも関わらず、スプリガンの企みとは言え、自身の愚かな行動がきっかけで彼等が傷付いてしまった。
そして、せめてその罪を償おうと戦い続けても、たった1人では、女王の首を切断される所だった。
肉体面もそうだが、心の絶望はもはや計り知れない。
そこに現れた牙の氏族の仲間達。
自身の敗走と共に殲滅させられたと思い込んでいた牙の氏族達。
それを届けたのは、他でも無い。あの翅の氏族の唯一の生き残りだった。
――すまない
声は枯れ果て言葉は出ない。
そして今、自身の命と、女王陛下の命を握っているのはなんて事のない1人の人間だ。
対峙する男のように特別に育てられたわけでもなければ、特別な武器を手にしているわけでもない。
オックスフォードではなんて事のない衛士。言うなれば雑兵である。
それが、命をかけ、人間とは言え圧倒的な力を持った敵と対峙している。
そしてその男は一度吹き飛ばされても尚、武器を手放しても尚、自分を守る為に立ち塞がるのだ。
牙の氏族ですらここまで根気の強いものはいない。
そんな人間が、自分を守ろうと、ブリテンを守ろうと、女王陛下を守ろうと命をかけているのだ。
――ありがとう
枯れた筈の涙が一筋流れる。
――ありがとう
それは、これまでのような悲しみと絶望の涙では無かった。
***
「ウッドワス様……!?」
「サガレ!!」
しゃがれた声で叫ぶウッドワスは、空いた腕でマノイを戦場外へ吹き飛ばす。
信じられないと言った表情で、吹き飛ばされるマノイは床を引きずられた。
「な、何故です!? ウッドワス様!!」
意識はある。声は出る。
だが立ち上がる事が出来ない。
遠くから、叫ぶしか出来ない。
「ギザマのよゔなごわっばにマモラレル命などではないワ!!」
責めるような言葉だがしかし。
その本当の意味を、分からぬものはここにはいなかった。
「ワ。ワダシは、モーズのオウをたおしダ勇者ダ!! ココでダオレルゾンザイではナイ!!」
ウッドワスは戦いの構えを取る。
ウッドワスにもう大義はない。ブリテンのために戦うのではない。
今の彼は、女王の為、かつての王の為、そして何より命をかけて自分を守ろうとした人間の為に立ち上がる愚者でしか無い。
「ざぁ、ゴイ!! パーシヴァル……!!」
声はしゃがれ、聞き取りにくく、あまりにも醜い。
体には至る所に裂傷があり。
漏れ出た血は既に乾きドス黒い。
もはや動くだけで命を消費しているその姿。
近付くだけでもおぞましい。
今なお口から血を吐き出しながら叫ぶその姿はしかし。
ここにいる何よりも、美しく映っていた。
「ウッドワス様……」
吹き飛ばされたマノイが、涙を流す。
マノイ自身、もう戦える程の力はない。
誰もがその姿に息を飲んだ。
あれ程の状態だというのに勝てるというイメージを、持つ事が出来なかった。
それを見たベイガンが動いた。
自分勝手で力を鼓舞してばかりの妖精。
空気も読まず。粗暴で短気。
内心ではウッドワスに反発していた妖精だ。
そのベイガンが咆哮を上げる。
言葉は発さず。
自分たちの氏族長があのような姿を見せていると言うのにこの状況において劣勢なお前たちは何なのだと、
責めるような咆哮を上げる。
牙の氏族達がそれに応えるように咆哮を上げ、その体躯を盛り上げる。
一瞬だけ反乱軍の動きが止まり、獣の尊き咆哮に耳を奪われる。
「成る程、ブリテンを守る守護職と誇るだけのことはあると言う事ですね……」
尊敬の眼差しを持ってムリアンが呟く。
だがその呟きにはどこか自嘲があった。
愚行を働こうとした自分への嘲笑だった。
だが今はそんな場合ではない。
モルガンを見る。彼女は未だ体を引きずっている。少しずつではあるが前進している。まだ命はあるだろう。
対するトールは、ムリアンが感じる限り、かすかな生命の気配は途切れてはいない。
どうにか治療を施せば、助かるはずと希望を捨てず。
ウッドワスの蛮勇を目の端に捉えながら戦況を見回す。
今のウッドワスの姿に、それに鼓舞された牙の氏族達に、微かな希望を見出した。
わずかながら有利に見えなくもないが、しかし劣勢を覆せるとは思えない。
(後1手。後1手何かがあれば――)
為政者としての勘ゆえか、ウッドワスの輝きを目にしても油断できないのが今の状況。
変化を待たずにはいられない。
***
「……父上」
パーシヴァルは、ウッドワスに敬意を抱かずにはいられなかった。
過去の浅はかな自分を恨んだ。
粗暴な性格だと。
自身の浅慮さを差し置いて、尊敬できないなどと偉そうに見ていた。
それがどうだ。
目の前の漢は、目の前の妖精は、あるいは最強と言われている姉よりも強大で、他者を敬う心を持っていた。
これまで出会った誰よりも偉大で、尊敬できる存在だ。
だが、いや、だからこそ。
パーシヴァルは決意する。
目の前の妖精は、あるいは冷静に対処すれば、無傷で倒しうる事はできるのかもしれない。
時を待てば、そのまま自滅するのかもしれない。
だが、目の前の偉大な漢がそうなるとはとても思えなかった。
槍を強く握る。
もう、後は無い。
恐らくは今回が最後。
だが目の前のウッドワスに対してであれば惜しくは無い。
(さらば姉上……)
意識を集中させる。
ウッドワスも何かを察したのか、防御の構えを取るのが見えた。
元より覚悟の上だ。
大義を掲げながらも個人的思想で動く自分のために多くの命を消費した。
ここで自身の命を気遣う愚行を犯す気はない。
自身の命を消費する、『選定の槍』に魔力を通す。
槍から膨れ上がる神々しくも禍々しい光。
あとは対象に向かって使用するだけ。
パーシヴァルがソレをウッドワスに向けたところで――
――ダメだ!!
聞き馴染みのある爆音が響いた――
ある者は、ついに来たかと身構えた。
ある者は、なぜ今更と考えた。
ある者は、そもそも何故ここに来たのかと考えた。
その爆音は妖精國にして唯一のモノ。
風を切り裂き、魔力を燃やす。
唯一空を行く妖精國最強の騎士。
妖精騎士ランスロットが、その戦場に降り立った。
彼女は玉座の後ろ、城の外から飛んできたと思えば、瞬く間にパーシヴァルの槍を弾き飛ばし、ウッドワスを背に彼らを守るように立ち塞がった。
「我が名は妖精騎士ランスロット。僕は――」
ランスロットはバイザーを外し、首だけを後ろに回す。
這いつくばる女王を、その先、玉座までの道を逸れた場所に倒れ伏す人間を一度見た後、最後にパーシヴァルを視界に収め、口を開く。
「僕は、大切なものを守るためにここに来た」
アロンダイドの鞘を諸共に向けながら、宣言する。
「ソレを壊そうと言うのなら、この妖精國最強の騎士が、全力で以って相手をしよう――」
ここに来てまた戦況が一変する。
感想本当にありがとうございます。
評価もありがとうございます。
投稿するたびに評価が乱高下するので、毎回この展開で大丈夫かな?と思いながら投稿しております。
感想ですが、嬉しすぎていらん長文でいらんネタバレしそうになるので、ストーリーが佳境ということもありますので、迂闊なネタバレする前に個々の返信は控えさせていただきます。
ただ本当にありがたいです。
本当にありがとうございます。
今後もご意見、ご感想よろしくお願い致します。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
-
MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
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MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない