世界を敵に回しても   作:ぷに丸4620

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投稿遅れ申し訳ございません。
書いては消しての繰り返し。
この章のクライマックスなのもあって改めてこの展開で良いのか?
という自問自答と戦っております。

評価、感想本当にありがとうございます。

お礼含めて個々に返信と行きたいところですが。
嬉しすぎて無駄な長文で無駄なネタバレをしがちでして。

控えさせていただきます。

ただ本当に励みになりますし、参考にさせていただいております。
今後もお手間でなければよろしくお願い致します。

ここまで読んでいただいた方は大丈夫かと思いますが、カルデアに対するアンチヘイト描写ございますので、そちらが苦手な方はブラウザバックを推奨させていただきます。



決戦⑤

 二転三転する事態。 

ある種その最も重要な位置にいる男、スプリガン。

その姿を見た殆どの者達に疑問が浮かぶ。 

一体なんの意味があって――

 

 

 

 

妖精騎士トリスタン(大荷物)を抱えているのか。

 

 

 

 

何故わざわざ彼女を大穴に落とそうと構える姿を見せつけるのか。

 

 

 

 

誰も。ノクナレアも、カルデアも、予言の子も、ムリアンも、ガウェインも、ランスロットも、四肢が腐り落ち、今にも死にそうなその姿に、不憫という思いはあれど、大して疑問に思う事は無い。

 

モルガン虐殺のついでにやられたのだろうと。当然の末路を迎えただけに過ぎないと、誰も気にも留めてない。

 

そして、スプリガンの行動に意味を見出せない者達はそれがどうしたと鼻で笑い、再び戦闘が再開する。

動き始めたのは雑兵達。

 

再び闘いの喧噪が巻き起ころうとしたところで。

 

 

 

「まて!! まってくれ!! 牙の氏族達よ!!」

 

 

 

パーシヴァルとのやり取り以降、声すらも出なかったウッドワスが大声を上げる。

時間も経ち、体も落ち着いたウッドワスだが、大声すら負担なのは変わらない。

それをおしてでも叫ぶ事の異常に、思わず言葉通りに止まる牙の氏族達。

 

そのウッドワスの動きに静止したものが牙の氏族達だけではなく、反乱軍側も同様だったのは不幸中の幸いとも言えた。

仮に止まったのが牙の氏族だけであれば、何翅かの牙の氏族達はやられていたはずだ。

 

 

「何故ですウッドワスさま!!?」

 

「どうしたウッドワス!?」

 

 

残り少ない力を振り絞ってまでの戦局を左右しかねない愚行に牙の氏族達が疑問の声を上げ、ガウェインがウッドワスに声をかける。

 

膝をつき、息は上がり、体の裂傷が痛々しい。

 

だが、スプリガンを睨み付けるその眼の怒りには、ガウェインでさえ怯むほど。

 

 

「ぐ、く……っ! スプリガン! キサマ!!」

 

 

ウッドワスの言葉に、誰もがスプリガンへと再び視線を向ける。

注目を浴びたスプリガンの下卑た笑いは最早狂気に染まっていた。

 

単純に見れば、スプリガンが四肢も腐り果てたトリスタンを人質にとっているという構図。

それがウッドワスにとって効果があるという事はどういう事か。

 

毎度毎度、お互いに憎まれ口を叩いていた。

毎度毎度、話すたびに、次の瞬間には殺し合いが始まっていてもおかしくない様子だった。

 

「この腐った妖精は、そこの女がこの國以上に愛していた唯一の存在よ!」

 

顎で倒れ伏すモルガンを指しながら叫ぶ。

そのモルガンは、青年に魔術をかけたことで力尽きたのか、手に灯っていた光も消えていた。

未だ感じる魔力や身体が呼吸の為に揺れている辺り命尽きてはいないようだが、もはや今の状況を認識する事は出来ないだろう。

その叫びに、ガウェインが確認するようにウッドワスへと再び向く。

 

「事実だ……彼奴めに人質に取られたからこそ、最後の最後に陛下は不覚をとった……」

 

その事実に驚愕の表情を浮かべるガウェイン。

 

 

 

 

「こいつは妖精達に弄ばれ!何度も殺されつづけ、魂がすり減り切っている! もう次代が生まれることは無い!」

 

 

 

 

スプリガンの叫びに疑問が浮かぶ一同。

 

「弄ばれていたとはどういうことだ……」

 

ガウェインの疑問に答えたのはムリアンだ。

 

「妖精騎士トリスタンは元は下級妖精……陛下がどこで彼女を拾ったのかはわかりませんが、元々は人間や妖精に消費される事が存在意義だった妖精なのでしょう」

 

「――成程。トリスタンの着名(ギフト)を与えたのはそう言う事か……」

 

 

ムリアンの予測の後、ランスロットが合点がいったように呟く。

ガウェインとて数百年の時を妖精國で過ごした身だ。

そういう妖精が存在するという知識は持ち合わせている。

 

導き出される答えはおおよそ察することはできた。

 

彼女のそういった性質がモルガンの心に刺さる何かがあったのだろう。

 

2000年もの間ブリテンを守護し続けてきたその愛を捧げようとするほどの何かが。

 

 

スプリガンの叫ぶ中、数多の時間軸をガウェインは思い起こす。

その記憶の中ではついぞトリスタンの存在に触れることは無かった。

だが突然の妖精騎士への着名。彼女の蛮行を家庭の事情として許すその態度。

これまでの妖精騎士トリスタンに対する女王の態度を思い出せば、確かにこれ以上ないほどに彼女に愛を注いでいたのだろうと、気づく。

 

「モルガンは愛を取り戻したと言ったなムリアン!? それは間違いよ! 元よりその女は愛でしかモノを考えぬ夢見がちな小娘! 凶刃を甘んじて受ける程に愛していた娘が死ねばどうなると思う!?」

 

「……」

 

ムリアンはスプリガンのその叫びに答えない。

苦々しい表情で睨みつけるのみだ。

 

「貴様は、愛を取り戻せば良き王となると言うが! より悪辣に愚かな女王として國を好き勝手に弄び始めた理由もまたこの娘に対する愛故!! 本当にモルガンは良き王になると思うか!?」

 

スプリガンらしかぬ乱暴な物言いはしかし彼の決死の行動の結果であると理解はできる。彼は本気だ。

ムリアンとてトリスタンの事はあずかり知らぬことだった。

スプリガンの企みはウッドワスとオーロラを利用したものだけだと思っていた。

 

「妖精騎士のお二方もウッドワス殿も動かないでもらおう!!」

 

故に、この大広間で横になっていたトリスタンに関しては意識の外だった。

 

「さあ、牙の氏族の妖精達よ! 鞍替えする最後の機会ですぞ! 例え貴殿らが勝利してもこの娘は死ぬ! 絶望した女王によってこれまで以上に窮屈な生活を強いられる可能性があるやもしれませんなぁ!」

 

 

 

本当に、そうなる可能性があるかはわからないが、否定できる材料もない。

件のモルガンは既に意識を失っている。

ムリアンもそれに反論する術を持ちはしない。

 

「ムリアンの言葉がどこまで信用できる!? 予言という確固たる未来があると言うのに! 予言によって愚かな女王が死に!妖精國が救われる事は確約済み! そのような状況でわざわざ女王につく理由がありますかな!? 」

 

先ほどのムリアンの言葉はそのままひっくり返されてしまった。

モルガン自身に忠誠を誓ったわけでは無い牙の氏族達に再び迷いが生じ始めるのを感じる。

 

「さあ! 今こそ成果を上げる機会ですぞ!!妖精騎士達と死にかけの老体を差し出せば、そこの救世主やノクナレア殿も無視は出来ませぬ!!此度の戦争の功労者として名を馳せる事もできましょう!!」

 

迷うのも当然と言えば当然である。

妖精の移ろいやすさを加味しても。

女王側につくうまみは全くない。

 

ウッドワスとガウェインを見るが、2人は当然女王側のままだが、この状況を打破する術を思い浮かべた様子は無い。

 

ランスロットも同様だ。

トリスタンなどお構いなしに動くと思ったが、彼女にしては珍しくどう動けば良いか迷っている様子が見える。

 

現状を打破するには最終的にはやはりトリスタンを見捨てる他ないのだろうが、確かにそうなった場合に目覚めたモルガンがどう思うかは予測が出来ない。

 

あるいは、()ならば娘を失った傷心を慰めることはできるかもしれないが。

 

 

「そこの男に希望を見出すのも結構だが、今なお寝こけているその男に何ができますかな!?」

 

 

確約は取れない。

 

ある種今は積みの状態。

スプリガンの行動はスプリガン自身にとっては悪手でしかない。

 

しかしこちらの陣営の完全勝利という結末を迎える事は難しくなった。

 

トリスタンを見捨てればモルガンと、そして彼女と懇意にしているトールも心に傷を負うだろう。

 

スプリガンの言う通り、絶望のあまりこの妖精國をどうにかしてしまう可能性も完全には否定できない。

 

かといって、妖精騎士2翅やウッドワスが命を差し出せば最早勝利はあり得ない。

 

ある意味、スプリガンの自己犠牲によって反乱軍は首の皮が一枚繋がった事となった。

 

 

「さあ! ノクナレア殿でも魔術師殿でも予言の子でも構いませぬ! この腐った妖精に気を取られていて動けない愚か者共の首を!! さあ!」

 

 

 

内心でムリアンは舌を打つ。

迂闊に動けばトリスタンは落とされる。

かといって落とされた後に救おうと動いたところで、反乱軍に邪魔をされればそれで終わりだ。

 

 

どうにかして隙をつけないかと考えたところで再びスプリガンの声が響いた。

 

 

「何をやっている! 誰でも良い! そいつらが妙な企みをする前に早く!!」

 

 

誰もスプリガンの促しに答えようとはしない。

 

次第にスプリガンの表情に焦りが見え始める。

 

 

見れば、反乱軍達がそれぞれが迷いを抱いているようだった。

 

 

ノクナレアは気丈な態度を崩さず状況を見ている。

 

スプリガンはああ言うが実際のところ、トリスタンが人質として効果があるかどうかは疑問なのだろう。

 

なにせモルガンと同じ。いやそれ以上に妖精國で彼女を好むものはいない。人質にしたところで本当に従うのか。

ウッドワスはあからさまな態度だが、妖精騎士の2翅に関してはわからない。

 

ムリアンも自分の命を差し出すくらいならばという思いは正直な所持っていた。

 

そんな事情を察してか、迂闊な動きはできないと警戒が見て取れる。

 

気になるのは、戸惑う態度を隠さないカルデアの面々だった。

 

そんな卑怯な真似はできないと、スプリガンを軽蔑の眼差しで見ているようにも感じられる。

 

 

 

ムリアンはそういえばと思い出す。

 

鐘を鳴らす権利を件の妖精騎士トリスタンと争い真名を晒した時、バーヴァンシーの名が触れ回った事で会場の雰囲気はバーヴァンシーを蔑むムードへと変化した。

 

彼らの表情は気分が悪いと。こんな事は望んでいないとでも言いたげなものだった。

 

こんな事の為に戦っているのではないと。

 

女王に宣戦布告し、彼女を殺そうと妖精國中を味方につけている最中だと言うのに、その娘に不幸が起きる事を嫌悪するという矛盾。

 

その態度に怒りを示したのが彼だった。

 

國を上げ、救世主と名乗り、戦争を起こし、女王を殺害しようとしている時点で正義の味方になどなりはしないと。

 

仮に手を直接下さなかったとしても救世主側が勝利すれば女王の処刑は免れないと言うのに。

 

自分たち自身が殺害しなければ手は汚したくはないと。自分たちは正義の味方で言続けたいというようにも見えたあの態度。

 

だからこそ彼はカルデアに対して怒りの感情を表し、あの時に表舞台へと飛び降りた。

 

彼らも覚悟は無いとは言わない。

 

だが、そんな思いから来るほんのわずかながらの戸惑いが、スプリガンの眼についたのだろう。

 

 

「なんだその顔はァ!!」

 

 

スプリガンの叫びが一際大きく轟いた。

 

 

 

 

狂気を孕んだ怒りの叫びが空気を震わせる。

たかだか人間の、なんてことのない怒号のはずなのにこの場の空気を支配していた。

 

 

「この後に及んでいまだに正義の救世主気取りかァ!!」

 

 

そのあまりの迫力に、異邦の魔術師や、特に予言の子がびくりと震えたように見えたのは気のせいだろうか。

 

 

「なんだその態度は!? まさか本当にただの善意だけでこの國を混乱に陥れてたとでも!?」

 

 

その言葉には侮蔑が込められていた。

どういう意図があれ、スプリガンは本気でこの國を変えようと動いていた。

 

ありとあらゆる苦労を背負い込み、様々な姦計を巡らせてここまで来た。

 

「貴様らが始めたのは戦争よ!! 戦争を起こした時点で正義など無いわ愚図どもめ!! 自分達が救世主などと言うそんなくだらぬ妄想など捨ててとっとと首を取れ!」

 

卑怯な手に拒否感をわずかながらでも示してしまった彼らに思うところがあったのだろう。

 

それは、奇しくも倒れ伏す彼と同じ意見だった。

 

コレまでにない程の怒りが周囲に伝播する。

 

人間如きに臆している事実に妖精達も戸惑いを隠せない。

 

もはやこの空間は彼が支配していると言っても過言ではなかった。

 

スプリガンは足元にあった兵士の剣を蹴り飛ばした。

 

静寂の中。金属が弾む音が響く。

 

その剣の行先は後方に守られるように控えていた異邦の魔術師と予言の子。

 

「貴様が始めた事だ救世主!! 責任を持って女王をとっとと殺せ!」

 

その言葉に二人は、頷くことも拒否する事もできない。

 

「貴様もだ魔術師!! 現代の日本男児とやらはそんなにも情けないのかなどと言わせるな!!」

 

 

彼らは動く事なく、その剣を、見つめている。

 

 

「とっととしろォ!! 今更汚れ仕事など出来ないなどとは言わせんぞ! この國は。この戦争は、貴様らの正義の味方ごっこの舞台ではない!!」

 

極端な勝手な理屈も。迫力をもって示されれば重くのしかかるものだ。

 

「おい、それ以上はやめときな! そいつらは本当に――」

 

「黙れ外様の役立たずが!!」

 

 

歴戦の英雄である村正も、グリムでさえ、その暴走と怒り具合にはわずかながらも圧倒されている。

 

この後突然どんな行動を起こすと言うのかがもはや予測できない。

 

 

スプリガンは今のうちに女王、あるいは妖精騎士達の首を刎ねろとそういうが、実際妖精騎士トリスタンが人質として機能しているかは甚だ疑問である。

 

妖精騎士達もムリアンも、屈服した気配を見せていない。

 

ここで下手に動いて痛い手を喰らうのは反乱軍側も同じだ。

 

だがその事実ももはや彼にとっては意味のない事だ。

狂気に染まったスプリガンの怒号は続く。

 

 

「貴様らが動いたからこそ、そこの女の恐ろしさと偉大さにも気付かん馬鹿者どもが騒ぎ始めたのだ!その女を殺したら後はまかせるだと!? ふざけるな!!

異邦者だからとて部外者ヅラなど絶対にさせんぞ!この國の最後の最後まで責任を持ってもらう!」

 

 

眼は血走りきり、妖精に擬態する為の小道具も所々外れている。

もはやスプリガンの企みはムリアンが現れた時点で終わっている。

そこに妖精騎士たちの追い打ちで敗北は確定。

ああしてスプリガンが動かなければ、反乱軍は確実に敗北していたのだ。

どの道。もはや彼の望みがかなうことは無かった。

 

その絶望が彼を突き動かし、その企みに戸惑いと侮蔑を見せた予言の子や異邦の魔術師への怒りの方が今となっては勝ってしまった。

 

「貴様がやれ! カルデアの!!」

 

「待ってくれ! それは――」

 

「黙れェ!! 黙れ黙れ黙れェェェ!!」

 

確かにスプリガンのその迫力は大したものな。

だが、理性を失った彼の行動に同意する者はいない。

 

「私がいなければ玉座にすらたどり着けなかった分際で! ふざけるなふざけるなふざけるなァ!!」

 

もはや彼の狂気ぶりを見つめるだけの舞台と化した大広間。

 

「渡さんぞ……誰にも渡さん……!!」

 

状況に関係のない支離滅裂な言葉を発し始めた。

 

そんな一人舞台を見つめる者たちの中で、一つ変化が起こった。

これまでになかった影がむくりと現れる。

 

音を発することなく立ち上がったそれはあまりにも異様な気配を発していた。

 

 

「私のたか――」

 

 

その存在に一人舞台に水を差され。

 

「ら……」

 

予想外なその動きに、スプリガンの怒号が止まる。

その影は、この大広間の全ての存在の視線を集めた。

 

 

 

 

「ロットさん……?」

 

 

 

 

 

その正体がムリアンの口から発せられる。

 

 

過去、妖精歴において、ロンディニウムの王となるはずだった青年。

 

彼の身体には幾重もの矢が突き刺さっており、その矢から漂うモース毒が目覚めた彼の身体を蝕もうと活性化し、黒い霧を発している。

 

立ち上がったはいいものの、首はうなだれ、呼吸のために上下するその動きはどこか不気味で、死体が動いているようにも見える。

 

だが、いつの間にか上着を足元のモルガンにかぶせているあたり、理性があるとも判断できるが――

 

「なんだ、貴様……」

 

スプリガンの身体が強張る。

一体何をしようと言うのかと、身構える。

迫力よりもおぞましさの勝るその青年。ロット、いやトールは項垂れたまま。幽鬼のようにスプリガンへ向けてその一歩を踏み出した。

 

 

 

「死に損ないが! 今更舞台に上がりおって!」

 

 

 

一歩。また踏み出す。

 

その様子にスプリガンは恐怖を覚え、トールに見えるようにトリスタンを突き出す。

 

 

「ちょうど良い! この娘とそこの女! どちらの命を取るか貴様が選べ!!」

 

 

また一歩

 

 

「おい、聞いているのか!?」

 

 

止まらない。

 

 

幾許か冷静さをほんの少し取り戻したスプリガン。

先程までの狂気を保つことができていれば、あるいはもう少し強気に出れたかもしれないが。

 

今はトールの異常性の方が優っていた。

 

 

「止まれと言っている!!」

 

 

トリスタンを手を離せばそのまま大穴へと落ちる位置へと一歩進む。

 

一歩踏み間違えればスプリガンも落ちてしまうその位置。

 

人質として最後の通告のための処置ではあるが、傍目にはトールに端まで追い詰められたようにも見える。

 

 

「ト、トール!! 何をしている!? 止まらねば陛下の娘が――!」

 

 

ウッドワスの静止の声。

スプリガンはその声を聞き、目の前の気味の悪い男が止まることを期待するが。

 

 

 

 

 

 

彼は変わらず一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「トール!?」

 

 

ウッドワスの戸惑いの声にスプリガンも内心で同意する。

何を考えているのかと注視したところで。

 

項垂れていた男の頭が少し上がる。

乱れた前髪の間から覗く眼と、視線が重なった。

 

 

 

「ひっ――」

 

 

スプリガンの喉から思わず悲鳴が上がる。

 

 

吸い込まれそうな何か。

光を失ったその瞳。

だがそこには確か確固たる意志が込められている。

 

 

 

カエセ――

 

 

 

大きくはないその声。

聞こえたのは近くにいたスプリガンくらいだろう。

 

 

だが、その重圧は部屋全体へと行き渡る。

 

 

殺気とも闘気とも違う、ヌメりとしたなめし革のような異様な感覚が全員の肌を撫でる。

 

誰もが息を呑み、一部の妖精は恐怖のあまり小さく声をあげた。

 

生存本能から思わず武器を構えてしまう強者達。

反乱軍側のサーヴァントならば兎も角、妖精騎士の2翅までも味方のはずのトールに警戒心を抱き、思わず武器を構えてしまった。

 

 

それ程の異常な気配。

 

 

背後にいる者達でさえこうなのだ。

 

青年から発せられる異常な気を直接受けているスプリガンが受ける気はどれ程の物か、果たして想像通りのものなのだろうか。それすらもわからない。

 

確実なのは、彼がそれに耐えられるはずも無いという事だけだ。

彼の表情は不憫なほどに強張り、脂汗をかいている。

体が震え、今にも崩れ落ちそうだった。

 

 

「と、止まれ……!」

 

 

全くの無視だった。

 

 

「止まってくれ……!」

 

 

命令は懇願へと変わった。

 

 

今の彼はただ歩を進めているだけ。

 

だがモース毒の瘴気を上げながらゆっくりと迫るその男に人質と言う概念を理解できているのかすら定かではない。

 

今の彼は、スプリガンの持つ娘を求める動く死体のよう。

動く目の前の男は。地獄から這い上がってきた生者の命を地獄へ引きずる悪鬼にも見える。

 

妖精よりも醜く、女王よりも恐ろしい。

それは、本能の奥底を超えた先の恐怖心を刺激する。

 

 

 

 

 

このままでは普通に死なせてもらう事すらできない。死した後の魂すら蹂躙されると、そう思わされる程の不気味さにスプリガンは遂に根を上げ。

 

 

「わ、わかった!!この娘をかえ――」

 

 

大穴の真上に位置していたトリスタンを戻そうと、体の向きを変えたところで。

 

 

「ぬ――あ――っ」

 

 

不意に巻き起こった不自然な風に体制を崩された。

 

 

 

 

 

 

慌てて、自身が落ちないための咄嗟の動作を入れたことによって。

 

 

トリスタンを掴んでいた手を離してしまう。

 

 

「なん……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音もなく、トリスタンは落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体制を崩し、這いつくばりながら、そんな間の抜けた声を出すスプリガンは、その事態を瞬時に理解し。

 

 

「ああ、あああっ!」

 

 

情けない声を上げる

 

 

「ち、ちがう! わざと落としたわけでは――っ!!」

 

 

最悪だと、目の前の男に殺されるどころでは済まないと恐怖に陥る。

 

焦り。言い訳を叫びながら。振り返る動作の途中で目の端で認識したのは。

 

先程の動作が嘘であるかのように、触れられるほどにすぐ側に迫る無表情のトールの姿だった。

 

 

 

(――ッ!!!!)

 

 

 

声も出ない。

声を出す時間すらない。

 

唯一回るのは思考だけ。

殺されると。殺されてしまうと。絶望に苛まれる。

 

瞬きすらも出来ない刹那の時間。

 

スプリガンが振り向き切るその前に。

 

 

 

トールは。

 

 

 

 

スプリガンの横を通り過ぎ。

 

 

 

 

 

妖精騎士トリスタンを追うように大穴へと躊躇いなく飛び込んで行った。

 

 

「――は?」

 

 

その不思議な出来事をスプリガンが理解した頃には。

 

 

 

「トール!!」

 

「――ッ!!」

 

 

 

スプリガンの存在は最早蚊帳の外だった。

 

 

 

 

 

舞台は再び動き出す。

 

叫び声はウッドワスのもの。

 

突然の事態に。瞬時に状況をどうにか認識したウッドワスは、死にかけの体に鞭を打ち、大広間の淵へ駆け込んで行く。

 

しかし、それよりも早く動いたのは賢人グリムだった。

 

「――!」

 

既に()()()()()()()()()()()()()が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その対象は、ウッドワスでは無く妖精騎士ランスロット。

 

 

 

 

 

 

 

誰もがトールの行動に驚き、行動が遅れる中。

その魔術は、今の出来事を予測していたかのように鮮やかに発動した。

 

 

その完全な不意打ちは、彼らを救おうと飛翔し始め、完全に無防備だったランスロットに直撃する。

 

 

 

「く――ぅっ」

 

 

ダメージはほぼ皆無。

だが飛翔を妨害されたストレスに呻く声がランスロットから上がる。

 

しかし、その硬直も一瞬の事だ。今度こそトールを追いかけようと魔力を込める。

 

 

しかし。

 

 

「行かせるな村正ァ!!」

 

 

グリムの鬼気迫る叫びに何かを感じ、理由を理解した村正は、極めて冷静にランスロットへ斬りかかる。

 

 

「――邪魔をっ!!」

 

 

するなと叫びながらも、村正の妨害は、一瞬で弾くことは出来ない。

うにかしてトールを救助しようと抵抗を図るが、やはり難しい。

 

グリム達の動きに当てられたのだろう。

 

いつの間にか、雑兵含めての闘いが再開していた。

 

その間にもウッドワスが崖へと向かう。

死にかけの体に鞭を打ち、たどり着いたウッドワスが大広間の淵から下を覗いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

大穴から、トリスタンが飛び上がって来た。

 

 

 

 

 

「――っ」

 

 

 

それを極めて冷静に掴み取る。

 

対処できたのは、目論見通りの出来事だからだった。トールが何をしようとしたのかを理解する事ができるからだ。

 

彼がどういう行動に出るかは、ライネック時の朧げな記憶だけではなく、最早最初にモースの矢の毒を受けたあの流れからして明白だった。

 

 

 

しかし、目論見以上ではなかった。

 

 

 

 

期待したのはトリスタンのみではなく。

彼女を抱えたトールの姿。

 

 

 

トリスタンを抱えながら大穴を覗く。

牙の氏族だからこそ捉えられるその眼で捉えた落下する人影。

ウッドワスの目に映るトールの表情は穏やかで。

 

決して、自分でどうにかできるから安心しろと言う表情ではない。

 

 

あれは、満足しきって全てを受け入れた表情だった。

 

 

そんな、表情の彼の口が僅かながらも動いたのを確認したウッドワス。

 

その言葉を察知したウッドワス。

 

 

「――馬鹿者っ! 何がっ! 貴様が犠牲になっては何の意味も――!!」

 

 

叫ぶうちに、ウッドワスですらトールを眼で捉えることは叶わなくなった。

 

 

トールの行動に敬意と同時に怒りの感情が湧き上がる。

 

 

 

それはある種自分に対しての怒りでもあった。

 

 

「なんという……!」

 

 

言葉そのものに意味はない。

ウッドワスに襲い掛かるのは後悔の念。

 

様々なネガティブな思考に苛まれる中、しかしそんな暇は許さないとばかりにまた新たな事態が巻き起こる。

 

 

 

ウッドワスの脇を、風が通った。

 

それは翅の生えた小柄な影。

 

 

 

 

「ムリアン!」

 

 

 

 

その正体の名を叫ぶ。

 

ムリアンは先ほどのトールのように、大穴の底へと飛翔した。

 

それは彼の落下速度よりも尚早い。

 

 

ウッドワスは期待の声を上げそうになるが。

 

 

「ダメだムリアン! キミの飛翔速度じゃ彼に追いつくころには、キミが大穴からの呪いに侵されるぞ!!――くっ!」

 

村正の刀とグリムの魔術を受けながらランスロットが叫ぶ。

 

その情報は、ウッドワスの期待を打ち破るには十分だった。

 

その言葉が彼女に届いたのかは定かではない。

 

だが、だからこそランスロットは慌てて向かおうとしたのだと理解する。

 

「トール!! ムリアン!!」

 

ウッドワスの悲痛な叫びが大穴へと吸い込まれる。

 

その声が当人たちに届くことは無く。

 

1翅の妖精と一人の人間が舞台の奈落へと飛び降りた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ソレは、持ち主の意識故に本来の機能を失っていた。

 

 

 

ソレは、なんて事のない出来事によって隅に追いやられるまでは邪魔ですらあった。

 

 

ソレは、なんて事のない出来事によって隅に追いやられて以降、持ち主すらも意識の外にあった。

 

 

ソレはとある出来事によって、入れ物ごと地中深くに埋まってしまっていた。

 

 

 

ソレは、持ち主にとって大事なものではあるが、使えないのだから不要なものであった。

 

 

ソレは、持ち主の心の在りようを見透かす力を持つ故に持ち主にとっては、自身の情けなさを体現させるものだった。

 

 

使用できない以上、不要になり、役に立つ事はないだろうと思われていた。

 

 

それでも、持ち主にとってはなによりも大事なものであるが故に、廃棄される事もなかった。

 

 

 

だが、ソレが使えない理由は持ち主の心にあるが故に、いつ目覚めてもおかしくはない状態であった。

 

 

大事に大事に、特殊な入れ物に入っていたソレが、脈動を開始する。

 

 

ソレは、収められていたゲージをを力づくで破壊し、更地となった地中から飛び出し、そして空へと消えていく。

 

 

運命を破壊する為。

 

 

 

あるいは

 

 

 

 

運命を定める為。

 

 

 

 

確固たる意志を以て、ソレは往く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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