世界をかけた戦い。それは英霊という、歴史上の人物の皮を被らせた特殊な超人達による戦いである。
最新の兵器とは程遠い。原始的な武器を扱うその戦い。
だが剣戟や放たれる矢は音を超え、僅かに見えるその戦闘の迫力は、見る者を圧倒的に魅了する。
賢人グリム。
妖精國でそう名乗る彼の正体は聖杯戦争におけるキャスターのサーヴァントの衣を纏ったケルトの大英雄『クー・フーリン』。
彼の振るう槍は一振りで軍隊を殲滅し、その戦闘における体捌きは目にも止まらず、にも関わらず見る者を魅了する。
そんな英霊同士の闘いはまさしく一見の価値がある。
蔑むべき醜く惨たらしい殺し合いも芸術と言っても差し支え無いものとなるだろう。
だが、今。
この妖精國の玉座の前、大広間において行われる戦闘。
クー・フーリン、賢人グリムと、異世界から舞い降りた青年、トールの闘いはそれに比べればあまりにも退屈だった。
完全な認識不能。
ブレる姿すら認識できず、衝撃で破壊される壁や床。響く爆音がそれぞれの衝撃を物語るのみ。
観客には酷く退屈で見ごたえの無い、その戦闘。
見るに値しないその戦いは、しかしその戦闘力は規格外という言葉ですら生温い。
グリムと相対する青年、トール。
彼の製造元である異世界は、戦闘の心得を持つ者の大半が常識というものの外におり、雑兵でさえ音を超え、光すら超えかねない戦闘速度を有した怪物蠢く異常な世界。その世界での最強格である彼も当然ながら凄まじい力を有している。
さらなる異世界で別の星から来た神とされる力を得た彼にとってはこの異常な戦闘力も当然の事である。
余波で周りを傷つけないよう配慮し、加減している彼の本当の力はこの星で試すにはあまりにも大きい。
そしてグリム自身もまた、そんな青年に引けを取らない戦闘力を有していた。
賢人グリムは英霊クー・フーリンが偽名として名乗っているだけのサーヴァントでは無い。
彼の正体は、言うなれば全能神オーディン。
この世界にて伝わる北欧神話の最高神であり。
その神を英霊の器に有した擬似サーヴァント。
存在からして英霊を遥かに超えた存在であれば、その戦闘力の高さも道理。
だがこの惑星。この世界、人類史は、神と人との共存を認めない。神とされる彼らは、顕現するだけで世界を塗り替えてしまう。人類史の無い妖精國であれば問題ないようにも見受けられるが、仮に顕現すれば妖精國の外にも影響を与え人類史は滅び去る。それゆえに英霊の器に収まっていたオーディン。
本来であれば最低限、器であるクー・フーリンに知識とそれなりの力を与えるだけの予定であった神が、人類史が滅びる一歩手前に迫るほどに顕現しているのはいかなる事情か。
元の霊基を犠牲にしての顕現。神としての矜持すらも破ったとも言える例外的な行動。それは、トールという全てを覆す異常者が汎人類史の為に用意されたシナリオに介入したが故。
それだけでは無い。その異常者はオーディンの息子、雷神トールの名と特徴を有している。
彼は絶対にオーディンの息子トールでは無い。
雷神トールによって何かを与えられた擬似サーヴァント的な存在でも無い。
言うなれば偽物。偽りの存在。
敵が、それも異常者が、自身の息子の名を騙り力すらも奮っている。
自身の世界を滅ぼす存在が、自身の子供の名を騙るなど、いかな神と言えど、許せるものでは無い。
その矜持を手放す事も道理とも言える。
世界に気を使い、互いに加減しながらの戦闘。
オーディンのルーン魔術が、トールの電磁バリアが、戦闘の余波によって傷つかないよう、 自分達以外の全ての者達をそれぞれの力で守っている。
ソレ程の余裕を持っての戦闘。
しかしそれは間違いなく全力の戦いであった。
「わかっているのか!? この世界がどう言ったモンなのか!?」
叫ぶのはオーディン。
最初の顕現にて、あまりの怒りに一瞬彼自身の口調が現れたが、人類史に気を使った顕現に抑えた結果。
クー・フーリンの性質を持つオーディン本人と言うバランスと相なり、口調も混ざり合ったものとなる。
「妖精がどういう存在か、あの時に痛いほど体感したろうが!!」
賢人グリムに収まっていた頃。
会話はなくとも、目の前の青年を知覚はしていた。
トネリコに異常に心酔していた彼。
オーディンからみたその青年は、そこそこの力を持ちながらもトネリコに依存する、心を患った弱い人間でしかなかった。
感じる力に違和感はあれど、それ程のものでは無いとも思っていた。せいぜいが英霊程度。
いずれ青年が敵に回ろうとも容易く処理できると、結局。戴冠式のあの日で終わったのだとそう思っていた。
異世界の存在であるが故に、神の智慧を以ってしても青年の本性を見出すことが出来なかったのが、オーディン、延いては汎人類史にとっての痛手であった。
まさか自身の息子と同じでありながら、全く異質な力を持ってこうして戻ってくるとは――
ルーン魔術を放つ。
放たれる原初の炎が青年を襲う。
トールはハンマーの柄の縄を持ち、振り回して盾にし防ぐ。
「この世界の愚かさが、妖精の愚かさが身に染みているはずだろう!」
オーディンにとって目の前の男は重罪を犯した敵である。まさに神の裁きを受けるべき大罪人。
オーディンの訴えに、トールは表情すら崩さない。
それがどうしたと言わんばかりに無言でハンマーを投げ付けた。
「――ッ」
ミョルニル。
多くの巨人を打ち倒し、トール共々オーディンなどの神々や人間を守り続けてくれた戦鎚。
馴染みのあるはずのそれは全く別のもので、この星ではあり得ない力を有している。
異聞帯と言えども説明のつかない異質な兵器。
トールを騙る青年は、それをムジョルニア と呼んでいる。
本来であればああして振るうだけで星を破壊しかねない力はしかし、ぶつかった対象を昏倒させるのみに収まっている。
投げつけられたソレをオーディンは体捌きで躱す。
吹き飛びかねない風圧を魔術で抑え体制を立て直す。
投げつけた先、玉座を背にしたオーディンの後ろ、広がる空の遥か彼方まで飛んでいき、ムジョルニア はその姿を消した。
驚くべきはソレほどまでに遠くまで飛ばした腕力か。
武器をあえて手放す判断を下した愚かさが。
だが、オーディンは知っている。
ミョルニルがどう言うものかを知っている。
同一のモノであろうハンマーが必ず使用者の手元に戻るモノだと。
正直な見解で言えば、お互いに周りを全く気にせずに力を奮った時、恐らくトールの方が上だという自覚はあった。
それは北欧神話において、雷神トールの方が戦いにおいては強力な神であると語られる逸話が多いという理由だけではない。何せ目の前の男は雷神トールでは無い。
智慧の神としての眼を以てしても目の前の男は全く見えない。
その未来も、有する力も計り知れない。
だが、神としての智慧が、かつて星の外から来た存在に神を滅ぼされた経験が、目の前の存在が同一かそれ以上のナニカであると、そう警告を発している。
だが互いに力を奮えば壊れるのは相手ではなく世界そのもの。
ソレが故に互いに力を抑えざるを得ず。
そして、その抑えた力は拮抗している。
であればこの戦闘に決着をつけるのは奇策のみ。
トールのハンマーはその布石。
無手であっても容易くオーディンと戦える彼の選んだ策はその性質による奇襲。
単純な策。
だがそれ故に強い。
こと奇襲において1番有用な手は、わかっていても避けれない攻撃。
奇襲方法を看破されようがオーディンに成すすべはない。
それに対するオーディンは、彼の奇策を防げないと分かった上で、奇策を講じる。
魔術にありとあらゆる仕掛けを込める。
神の権能すらも込めた技。
力はトール。手数はオーディンの方が圧倒的。
その槍裁きを伴った魔術の奔流はトールと言えども全てを避ける事はできない。
彼は、ハンマーを手放した今。避けれない攻撃を自身の頑強さを基準に選定する事でやり過ごしていた。
オーディンとて全ての魔術にトールの意味不明なまでの頑丈な体を貫くほどの必殺の威力があるわけではない。
その奇策は、言うなれば
害するものではない。
オーディンの有する知識を与える力。
攻撃ではなく施し。
オーディンの与えるそれは、この世界の原罪。
目論見通り、光を伴って発動したそれに、害はなく、トール自身も必殺の魔術の為の下地でしかないと判断したことによって直撃する。
トールの脳裏に、知識が巡る。
聖剣の鋳造という楽園の妖精の使命。
その結末、トールが知るのはそこまでだった。
与えられた智慧はその発端である。
世界の終わりと世界の始まり。
神々が滅ぼされ、生き残った使命を放棄した妖精達。
それを咎めにきた巨大な獣が殺害される事から始まるブリテン。
罪深き妖精達。
それが走馬灯よりも早く知識としてトールの脳裏を駆け巡る。
オーディンの目論見は、過去グリムの中から見ていた彼の善性への訴え。
この原罪を知った時。果たしてこの世界を守りたいと思う者がどれだけいるのか。
目の前の男の迸る力は本物であり、纏う気は確かに神のそれ。
目の前の男に少しでも人々を、例え偽物だとしても、世界を導くべき神としての自覚があればあるいはとの希望。
だがこれは賭けでしかない。
現に、楽園の崇高な使命を裏切り、この世界を守ろうとする裏切り者であるモルガンという例がある。
オーディンの全てを見通す眼をもってしてもこの奇策の先に何が起こるかはわからない。
全知全能の神オーディンらしからぬ盤石とは言い難い戦術。
だがそれ以外に打つ手が無い程に追い詰められていた。
トールの、動きが止まる。
その幻覚は、本来であれば、戦いにおける隙を作るほどの効果は無い。その知識をインストールしている間に無防備になる事は無い。
その隙が敗北に繋がると知りながら、動きを止めるという愚行を本来ならばトールが犯すはずもない。
だが――
「……これ、は……っ!!」
苦しげに頭を抑えるトール。
あまりにも隙だらけ。
それは、オーディンの策に効果が見えたことに他ならない。
隙をついてトールを仕留めようとしなかったのはオーディンの警戒と慈悲故。
その苦しみは世界の原罪と愛する者を天秤にかけているが故か。
オーディンは、拘束の魔術を用意する。攻撃の類では防衛本能を刺激する可能性もある。
かと言ってこのまま放置するわけにはいかない。
天秤が傾く前にと、今出せる自身の全ての力を以て目の前の青年を捉えようと、集中する。
未だ苦しみを見せるトール。
とうとう、膝をついた。
それはまごう事なき奇跡であり、オーディンと言えど、頼るしか無かった分の悪い賭けに勝利したという事実に驚きと喜びを隠せない。
それがオーディンの判断。
ソレ以外に打つ手など無いのだから、警戒しようがしまいが、その先の行動に変化は無い。
ありとあらゆる権能を込めた拘束、いや、封印の力を行使しようと、力を込める。
まさにそれをトールにぶつけようとしたその時――
――生々しい、肉の潰れる音がした。
「……ガ、ハ……っ?」
気付けば、オーディンの胸に長方形の大穴が空いていた。
視線の先には、先ほどの苦悩はどこへ行ったのか、冷めた表情のトール。
その手には血塗れになったムジョルニア 。
それはあのハンマーが体を貫いたという事実に他ならない。
体に大穴を開けたオーディンの側へと近づいて行く。
血の滴るハンマーを持ったその姿は、神と呼ぶにはあまりにも悍ましい。
ハンマーは確かに警戒していた。たとえ避けることは出来ない場合でも、飛んでくるそれを知覚することはできると思っていたのに、それすら出来なかった。
本来ならば即死する程の大穴。立つことを維持できず仰向けに倒れる。
地べたから見えるその状況。そこで気付いたのはオーディンの立っていた位置の真後ろにある光の輪。
ムリアンが見せた空間を繋げる奇妙な技術。
この世界のルールを完全に無視した無法の力。
それはこの世界においてトールが持ち出した別世界の魔術。
敗北を実感した。
予感はしていたのだから当然だ。悔しさも絶望も無い。
オーディンの胸中にあったのは失望。
それは、敗北を喫した事にではない。
「ひどい話だ!! 6翅の妖精達……許せない!! やはり妖精は滅ぼさなければ!!」
自身の息子と同じ名を持つこの男に、このブリテンを恥じる善性が少しでも残っていると期待してしまっていた事に対するもの。
妖精の醜さと下劣さを理解できる程度にはまともな感性があると思いこんでいたことへの失望。
「――なんて、言って欲しかったのですか? オーディン様?」
聞いたことのない言葉遣い。
その悪意しかない表情は神として達観した感性を以てしても嫌悪感を感じるほど。
「言いたいことはわかりましたが……」
これまでで一番穏やかで丁寧でありながら。
「その代わりの正しい世界ってのが
その態度には侮蔑と嘲笑が透けて見えた。
「妖精は醜い? 妖精は罪深い? あの程度の事でよりにもよって
オーディンは、何万年も生きてきた中で初めての後悔を味わっている。
もっと、全力を注ぐべきだった。
「あれがダメなら汎人類史はなぜ許される? 永遠に殺し合いを続けるのはお前たちも同じなのに」
あるいは、異世界とはいえ神としての自覚が、愚かな行為を止めるかもしれないと、そう期待していた。
「他生物を好き勝手に追いやって、好き勝手に殺して。好き勝手に遺伝子を弄繰り回す。虫を見つけた途端不快だからと叩き潰す。花を見つければ頭を引きちぎって生首並べて装飾品に……! 妖精とどう違う? 下等生物だから許される? 妖精にとっての人間も同じ事だろう? まさか花なんかの下等生物は人間と違ってしゃべれないから。低地脳な奴らならどれだけ殺しても構わないということか? なあ?」
そう、ほんのひとかけらでも期待していた事が愚かだった。
「妖精をとやかく言うのは大いに結構だがな……」
モルガンでさえこの國の罪を自覚していたというのに、この男にはそれすら無い。
「汎人類史の人間も、正義の侵略者達も、何だったらアンタ自身も、妖精を責めれるほど綺麗なもんじゃないだろう? オーディン?」
「――っ」
胸に大穴を開けたまま、オーディンは髪を掴まれ持ち上げられる。
「あの程度の罪で世界ごと滅ぶべきなら、汎人類史なんて100回滅んでも足りやしない」
決着をつけた死に体の相手をなお痛ぶろうとする愚劣な行為。
「そもそも、ナマクラが無かった程度で負けた神とやらの無能ぶりは罪にならないのか? 神たちが外の星の奴に負けて死んだのなら、説教をしにいったあの毛むくじゃらはその戦いのとき何をしていた? なあ? まさか自分は逃げたのを棚に上げて妖精に説教なんて馬鹿なマネはしてないだろう? ああなるほど!!宇宙人と戦うのは
「きさまは……!」」
わかりきっていたがやはり確信した。
この男は神などではない。
まかりまちがっても、たとえ別世界だとしても、この男が雷神トールなどとあってはならない。
あの妖精を肯定するどころか。
「使命? 運命? お前ら神を自称する上位存在気取りが。自分のエゴを大袈裟な言葉で言い換えて押し付けてるだけだろ?」
髪ごと持ち上げ、その耳に口を寄せ、囁くように、いやらしく、
「
この
「……っ貴様は、邪悪だ!! 」
オーディンそのその言葉に、トールはこれまでにないほどの笑みを浮かべる。
口角は上がり切り、歯をむき出しにしたその表情は、オーディンが殺してきた敵の誰よりも恐ろしい。
かつての侵略者も、今の異星の神など問題にもならない。
「むしろこの場に、邪悪でない奴なんざいないだろ? 結局お前も公平性なんてかけらもない。贔屓してる誰かのためにどれだけの命が散ったって関係ないんだろう? 何せ
これ以上ないほどの
「看取るなんて言葉でごまかす気は無い。このまま無慈悲に、惨たらしく、この世界に存在したという痕跡すら残さず滅ぼしてやるよ」
笑みを絶やさない悪辣な男は、その体に紫電を走らせ、手の先、首を絞めているオーディンの体に纏わりつかせる。
紫電の勢いが増していく。
周囲の空気を焦がし、床を溶かしていく。
オーディンの体に紫電が走る。
それは、神でさえも殺す破壊の権化。
「妖精自身でさえ心の底では思っておる! 自らが滅ぶべき存在であると……!」
「自殺願望があるから殺してやるのが救いだとでも言うつもりか? そう言う殺した側の身勝手な
「貴様が相手どるのは摂理なのだ!」
「そりゃあ汎人類史様に都合の良い摂理もあったもんだ……ならそれごと壊さなきゃな?」
「お前は……お前は、間違っている!!」
「そういうお前も正しい側には立ってはいない」
「決して、お前は幸せになることは無い……! あの女もだ……! 例え汎人類史を滅ぼしても救われることは無い!永遠に苦しみ続けることになるぞ……!」
それは、ある種の最後の警告。神としての慈悲の乗った本気の言葉。
「まあ……」
その警告は。
「死んで、お前らのセイギの物語の添え物扱いで都合よく消化されるよりかはマシだろうさ……」
――――――――っ
あっさりと切り捨てられた。
――滅ぼさなければ
話は終わりだとばかりに、トールの紫電がオーディンの体に迸る。
――この、男は絶対に存在してはならない。
走る紫電は体中に纏わり付き。しかしその身体を焦がすことは無い。
むしろ、みるみるうちに身体の大穴が塞がっていき、修復されていく。
それはいかなる現象か。
その原因は間違いなくトール。
敵である存在の、自ら与えたダメージを治療する不可思議な行為。
あるいは、心変わりでもしたのかと思われたが、一つ。異常が起きていた。
オーディンの肉体から、奇妙な音を上げながら光の粒子が飛びちり、空気へと溶け込んでいく。
それはオーディンの存在そのもの。
トールの出身世界に、魂が入れ替われば肉体も入れ替わるという性質を持つ者がいる。
これはそのロジックを応用した事による、言うなればウイルス駆除プログラム。
傷が治るのは治療を施しているからではなく、オーディンの存在そのものをこの世界から弾き出しているににすぎない。
「さようなら。自称神様……2度と会わない事を願ってるよ」
神であった者がグリムの体から消えていく。その粒子は次々とはじけ飛び、この世界から追い出されていく。
やがて現れるのはオーディンのいない、賢人グリムの肉体そのもの。
粒子が完全に消え去り、首を掴まれたまま、オーディンであった者の表情が、どこか粗暴なものへと変わっていく。
首を持ち上げられたままトールを睨みつける青髪の男。
その口調やオーラに神の面影は無い。
オーディンであった男。
神の顕現の為にその霊基を犠牲にした男。
賢人グリム。
「――慈悲とでも言うつもりか?」
またの名をクー・フーリン。
「別に、殺しておしまいじゃあ俺が許さないってだけだ」
神の顕現の為に自らの霊基を犠牲にした男が、文字通り何のダメージも負わずに戻っていた。
果たしてそれは慈悲なのか。あるいは言葉通りに屈辱を味合わせたいという、底意地の悪さによるものか。
「目覚めた時にはお前の知る世界は無くなっているだろうがな、お前なら妖精國でもやっていけるさ。壊れるまでコキ使ってやるよ」
「テメ――」
「おやすみグリム」
走る紫電。グリムが何事が言い切る前に、その意識は閉じられた。
トールはグリムの意識が無くなったのを確認し、そのまま床に落とす。
「……」
辺りを見回す。
神の顕現により世界が歪み、それによって殆どの者が意識を失っている。
だがその神もこの世界から消え去った。
まさしく完全な勝利。
生殺与奪の権利はトールにあり、生かすも殺すも彼次第。
そんな中。
「何で…………」
辛うじて意識を保っている少女がいた。
トールと視線が合う。
意識があるのは、その身に宿る力故か。
だがその少女は、もはや戦意を喪失しており、とても戦う気概があるように見えなかった。
トールはゆっくりとその少女に近づいて行く。
「――っ」
ビクリと震える少女の身体。
恐怖とも絶望とも言えるネガティブな表情の少女は、男から目を離すことはできない。
トールは彼女に言葉もかけず、何らかの感情を表すこともせず。
この先何をされるのか、少女の脳裏に最悪の結末が次々と浮かぶ。
だがもう、逃げようと思う事すら出来なかった。
一歩、一歩、ゆっくり近づいていく。
永遠とも思えるその時間。
アルトリアはもう何もできない。
あのハンマーで叩き潰されるのだろうか。或いは雷で焼き焦がされるのだろうか。
最悪の想像を巡らしながら、全てを諦め、彼を見る。
その間ついにアルトリアの前に辿り着いたトールは。
その床に、ハンマーをゆっくりと置いた。
トールは、その場に膝をつき、地べたに膝と尻をついたアルトリアと目線を合わせる。
「――え?」
戸惑うアルトリア。
その目で見つめる青年の表情からは、これまでの大立ち回りを演じた恐ろしい戦神から一変し、優しげな青年の表情になっていた。
青年は、アルトリアの濡れた頬に触れようとして、しかし、血に塗れたその手を見て、触れるのを止めた。
「嫌だったんだろう?」
「……な」
突然突きつけられたその言葉に戸惑いを隠せない。
「楽園なんてものに身勝手な使命を与えられて、外から来た連中に使命を利用されて無理やり戦わされて」
「……なに、なん――」
言葉が上手く出てこない。
それに構わず、トールは言葉を続ける。
「たかだか剣を作るために、自分の世界を滅ぼすために命をかけるなんて、嫌に決まってる」
「――え?」
何故楽園の使命を――と思いあたれば当然だ。彼は先代の楽園の妖精、トネリコと最も近しい存在。ソレについての知識があるのは当然のこと。
「なん、で――なんでそんな事勝手に……」
図星だった。
反論のしようが無かった。
だが、敵でしか無いこの人に何故見透かされなければいけないのか。
「戦いの態度でわかる。結局の所戦いに積極的なアイツらと君は違う」
「そんなの……」
違うとも言えず。
何故そう思ったのかと。そう言いそうになったところで。
「覚悟は透けて見えるから……」
そう、アルトリアの考えを見透かしているかのように言葉を出した。
「俺は、君を殺そうとは思わない」
「え?」
何故、と問いただす前に。
彼の口から続きが語られる。
「そこのノクナレアも同じ。反乱軍達も。この世界の住人を殺す事はしない。この内乱は、まあ君と、そこの
グルグルと頭の中を思考が巡る。
「この世界の者の命を奪いはしない。この國を建て直すためには必要だ。俺は――」
言ってトールは目線だけを眠っている女王に移し、またアルトリアへと視線を戻した。
「――その為にここに来たんだ」
嘘では、無かった。
「だがそれは簡単な事じゃない。時間もかかるだろう。だがモルガン一人じゃ限界がある。だから君や、マヴの次代――ノクナレアみたいな存在が必要だ」
突然の譲歩。突然の慈悲。
そんな事を言われても簡単に頷く事はできはしない。
だってそうだろう。
だってそんなの、今更――
「まあ、すぐに納得できはしないだろう。だが納得できないのならそれ相応の対応をするだけだ。ゆっくり考えると良い。だが、ハッキリ言って君は本来なら処刑される立場だ。脅しじゃないとは言わない。そこのところを考えてくれ」
その言葉に湧き上がる
身勝手な事を彼に叫ぼうとしていたが、ソレを抑える。見逃されようとしている身だ。
敗北を喫した以上、何も言う権利はない。
今の負の感情はバレているのだろう。
だが彼はソレを気にした様子は無い。
「だがその上で言っておく。俺は、モルガンや、君に使命を与えた楽園を――」
トールの言葉が、途中で途切れた。
――滅ぼさなければ
そんな言葉が世界に響く。
――滅ぼさなければ
その声は、誰のものなのか。
突然に、大広間が大きく揺れた。
「――?」
その発生源、トールは、アルトリアの反対側。
大穴へと振り返る。
その間にも揺れは持続的に続き、地響きとなる。
――絶対に滅ぼさなければ
再び響く声。
大穴の底からその地響きは発生している。
地響きは尚も止まらず、その大きさを増していき、その地響きの重なりとともに、大穴に異常が起こる。
――この悪魔を、
。
神の意思がもう一柱の神を呼び起こす。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
-
MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
-
MCUの映画は全て視聴済み
-
MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない