『油断した……眠らされて捨てられるとは思わなかった……。あんなに綺麗で優しかったのに。いや、きっと俺がとんでもなく無礼な事をしたんだろうな……文化の違いってのはなかなか難しい』
『確かにやたら長い落下時間だったけど……あんなに高かったのか。にしても助かった。地面を帯電させて磁力を発生させるなんて便利な身体だ。だけど生体電気異常にしては協力すぎる。俺っていったい何者なんだ……?』
『地面がフカフカなのは助かったけど、流石にこんなんじゃ住めば都とは言えない――って――』
『何か動いて……?』
『嘘だろ……? このフカフカってただの地面じゃあ――あ……』
『………………』
『あ、あの……す、すいません。痺れました?』
***
大穴から黒い煙が噴き上がる。
否、それは煙などでは無い。
煙のように見えるそれは夥しい数のモース達。
一つの大きな黒い塊にしか見えない程の大群が、大穴から飛び出していく。
ソレはまさしくブリテンを、全妖精を呪い殺すに足る規模である。
「……いい加減、諦めたらどうだ」
それは、誰に対しての言葉なのか。
トールは、全く焦りを見せず、むしろ気怠そうに不満を口にする。
大量のモース。それをトールは気にした様子もない。
トールは大広間の淵、大穴の前へと移動する。
その間に、中の者達を守るように、電磁バリアを城全体へと張りつけた。
城に近づくモースを焼き焦がし、消滅させる程のその威力。
しかしそれは、大穴からの危機に対するものではなく、自分自身の力によって城が、大切な者達が傷付く事を防ぐ為。
トールは、ムジョルニア の柄にある縄を握り。
それを中心に振り回し始める。
先程までは遠心力を増し、ハンマーによる殴打の威力を上げるための物。
しかし今は、また別の用途で用いられる。
凄まじい高速回転が、風を生み出す。
風はその強さを増していく。
顔を覆うほどの風は立ち上がれなくなるほどの強さになり、そのまま、人間程度ならば吹き飛ばされるほどの物となる。
それは、先程の戦闘で見せたものなど児戯であるとばかりに強くなっていく。
巻き起こる風は、一つの巨大な竜巻へと形を変えた。
大穴の上空に現れる竜巻が、ブリテン全土へと広がろうとしていたモース達をその中心へと集めていく。
トールは、その中心に向けてハンマーを掲げる。
身体から迸る稲妻がハンマーに集約され、ハンマーの先端から向けたその先へと放たれる。
雷鳴が、轟いた。
一瞬だった。
まさに瞬き一つ。
一度竜巻の中心に放たれた稲妻。
それが、中心にて一度小さく凝縮されたかと思えば、一気に竜巻の中を駆け巡る。
竜巻によって生じた摩擦が稲妻を呼び、さらに力を強くしていく。
とどろく雷鳴。
竜巻によって集められたモース達は、あるいは空気との摩擦熱によって消滅し、稲妻にぶつかり消えていく。
まさに圧倒的。
まさに一瞬。
カルデアに次ぐ、ブリテンを襲う滅びの運命がまた一つ消し飛ばされる。
晴れる竜巻。
空に広がる美しい黄昏の空が戻ってくる。
しかしトールは、そのハンマーを収めない。
彼は警戒を緩めない。
地響きは鳴り止まない。
大穴の下。そこから響く雄叫びの様な何かを前に、ハンマーを置くわけもない。
大穴の下から何かが迫り上がって来る。
それは、言うなれば白い山だった。
白い毛むくじゃらの山。
その山には目があり、角がある。
山は大穴からどんどんと迫り上がっていき。
隠れていた身体を見せつけていく。
北欧神話にて語られるミョルニルの逸話に死者を蘇らせると言うものがある。
雷神トールは、戦車をひく山羊を食糧として喰らってはそのミョルニルを用い、蘇らせていたと言う。
トールの持つムジョルニア も、似て非なる能力があった。
トールに全てを使いこなす事は出来ないが、トールの呼びかけにムジョルニア が応えた時、轟いた雷にはその癒しの力が付与されていた。
それは、瀕死のトールと、呪いによって命を落としたムリアンを甦らせた。
だが、その恩恵を受けたのはその2人だけでは無い。
大穴に落ちた癒しの力を伴った稲妻。大穴中に無差別にとどろいたソレは、当然大穴の底にいる存在にも影響を及ぼした。
ケルヌンノス。
トールと、オーディンとの問答にあった妖精の原罪における被害者。
その怨念によって妖精國を呪い続けていたケルト神話に伝わる神そのもの。
ムジョルニア とトールの雷によって吹き返した命。
しかし最後の最後に本当の意味で目覚める程の影響はなく、本来であればそのまま起き上がる事もできなかった筈であった。
彼が覚醒したのは、オーディンの影響。
オーディンは、ケルヌンノスが癒えた事を察知し、この世界から退去させられる際、トールと言う悪魔を滅ぼさなければならないと言うその思いを託して消えていった。
神としての責任と義務を果たす為。
オーディンは、ケルヌンノスに全てを託したのだ。
大穴からのっそりと上半身が飛び出す。
角の下、赤い、奇妙な形をした虚な目が城の縁にいるトールをとらえた。
瞬間。
すさまじいほどの魔力が吹きあがった。
汚染された魔力。
それが、瘴気となってケルヌンノスを中心に広がっていく。
このまま妖精国に広がれば、妖精や人間すべてが発狂し、あるいは死亡してしまうほどの呪い。
最初に吹き上げたモースなど問題にもならない規模である。
ムジョルニアの竜巻では間に合わない。
あれはムジョルニアを振り回す動作が必要になってくる。
その間に呪いが広がって行ってしまう。
トールの電磁バリアによって守られている城内の者達は問題ないが外にいる者達はそうはいかない。
もはやトールに、ただの一人もこの世界の住人を死なせる気はない。
トールの判断は早かった。
ムジョルニアをケルヌンノスに向けて投げ飛ばした。
音の壁を容易く突き破る。
巨大とは言え獣に当たったとは思わないほどのすさまじい金属音が響き渡る。
圧倒的な体積の差にもかかわらず、ケルヌンノスは、その威力に体を傾かせ、大穴の淵へと後頭部を激突させる。
揺れるキャメロット。
その衝撃はケルヌンノスの巨大さと質量を改めて実感させるが、恐ろしいのは、数十センチのサイズでそれを倒してしまうムジョルニアの威力。
倒れる事によりケルヌンノスの動きが止まる。
トールは、その隙にムジョルニアを手放したその手で印を描く。その動作は異世界の魔術。ミスティックアーツによるもの。
世界を構成するソースコードを操り、事象を操るプログラムを起動する。
ワトゥームの風が吹く。
魔術による風。
ムジョルニアの竜巻とはいかないが、それでも、指向性のない魔力程度ならばかき集めるのに問題は無い。
風を巻き上がらせ、汚染された魔力を空へと誘導する。
上へ上へと指向を誘導された魔力はそのまま大穴の上空だけをドス黒く染め上げる。
トールは、手元にムジョルニアを戻し、再びそれを振り回し始めた。
数回転程の高速回転ののち、トールはその遠心力を利用するように、まっすぐに天へとムジョルニアを突き上げた。
トールの体が浮かび上がった。
それは跳躍ではなく飛行。
前に掲げたムジョルニアがトールの体を引くように飛び出していく。
空へと向かうトール。飛行先は上空の瘴気。トールはムジョルニアにひかれたまま体から稲妻を発し、その体からムジョルニアを通し、解き放つ。
稲妻が瘴気へと絡みつき、その瘴気を侵食していく。
やがて瘴気が消え去り、再び黄昏の空が戻るころには、トールの関心は、眼下のケルヌンノスへと移っていた。
空へと浮き、ケルヌンノスを見下ろすトール。
「おいオスカー。目覚めて早々たまったものをぶっ放すとはマナーがなってないぞ。さすがの俺でも人前ではしない」
軽口をたたくその態度はしかし、からかいよりも苛立ちが募っているように見える。
数百倍も巨大な怪物を相手取るプレッシャーは存在しない。
そんなトールの軽口に、体制を立て直したケルヌンノスは特に反応もない。ぐらつかされた事に対する怒りなども見受けられない。
トールを見上げるケルヌンノス。
その眼は虚ろで意識があるようには見えなかった。
やがて現れたのは赤黒い複数の球体。
その球体がケルヌンノスの前面に展開されていく。
狙いは上空のトール。
オーディンの意思によって、妖精や、モルガンよりも最大の害悪とされる存在。
このままこの星の王としてのさばらせ、他の惑星にこの星の代表だと思われるくらいならば滅びたほうがマシだとまで思わせた悪魔。
無数の球体が膨れ上がり、球体から赤黒い魔力の光線が発射された。
おびただしい数の光線がトールに襲い掛かる。
ひとつひとつが宝具の真名解放以上の協力な攻撃。
しかしそれを、トールはこともなげにムジョルニアを高速回転させた盾で防ぎぎる。
たった数度の攻防で。すでに力の差は歴然だった。
英霊の器に宿ったわけでも無い本物の神。ソレを以てしても。トールと言う存在を脅かす事は出来ない。
トールはムジョルニアをケルヌンノスへ向ける。ソレが指示器だ。ハンマーの向く先へ、飛翔しながら向かって行く。
飛翔に落下速度を乗せ、大上段から振りかぶる。
そのまま、ケルヌンノスの頭部にムジョルニアを叩きつけた。
衝撃が、ブリテン全土を揺るがした。
再び、巨大な白い獣の体躯を薙ぎ倒す。
ケルヌンノスは倒された先、大穴の縁を後頭部で削りながらめり込んでいく。
縁にもたれかかるように倒れるケルヌンノス。
トールが追撃を入れなかったのは、余裕の現れか。それとも、目の前の神の過去に思うところがあったからか。
様子を伺うトールを前にして、その巨大さに見合ったゆっくりとした動作で、起き上がる。
そんなケルヌンノスに、一つの変化が訪れていた。
虚だったその眼に光が灯ったのだ。
それは、まるでトールによる頭部への一撃で目覚めさせられたかのようで……
その眼を捉えたトールは空中で静止する。
それを覚醒と捉えたトールは、改めて構え直し、身体に稲妻を纏い始める。
「……」
脳裏にはオーディンに与えられた過去が浮かび上がった。
「このまま
本来ならば、問答無用で殺しにかかるところ。
それをわざわざ口にするのは、悪魔といえども思うところがあるからなのか。とは言え、絶対的に勝利を譲る気はないのは当然の事。
だがケルヌンノスは応えない。
怨念を叫ぶわけでも無い。
何らかの動作で意思を伝えるわけでもない。
ただただ、トールを見つめているだけ。
ケルヌンノスは光の球を出現させる。
それは、先程の汚染された赤黒い魔力ではなかった。
ムジョルニア によって身体を癒されたケルノンノス。
腐り切っていた肉は蘇生されている。
先程の汚染された魔力は、蘇生されても尚残っていた老廃物のようなものだった。
光球は光量を増していく。
それは攻撃の前動作。
「消滅がお望みか……」
ケルヌンノスの行動に問いの答えを見出したトールは、ムジョルニア を構え直す。
先手必勝がトールの本来のスタイル。
だが彼は、あえて後手に回る選択をとった。ケルヌンノスの攻撃を迎え入れてから反撃するという手段を選択。
ケルヌンノスの前面の光球が再び膨れ上がる。
それは先程と同じ魔力の光線。
トールの脳裏に選択肢が浮かぶ。ムジョルニア で弾く。電磁バリアを張る。いや、そもそも防御する必要すら無い。
このまま戦いにする理由もない。小綺麗に同情を見せたところで何の意味があるのか。
無意味な慈悲など不要と、この一撃を最後に目の前の神を殺そうと、決意を固めたところで、光球から光線が発射された。
その瞬間――
――光線が、ケルヌンノス自身の腕によって阻まれた。
「――は?」
長い腕だった。
そのまま垂れ下げれば立ったまま地面に着くのではないかと思うほどの。
その腕が、夥しい数の光線とトールの間に現れた。
発射した魔力による光線を、自ら留めたのだ。
意味がわからなかった。
トールは、目の前の
「なんなんだ……」
トールが呆然と呟く間に。ケルヌンノスの巨体が動く。
腐り切っていたはずの腕。
本来であればその腕は動かせず、腕のような形状の泥の塊が襲い掛かっていたはずであるが、ムジョルニア によって顕在であり、自身の光線を浴びても尚無傷。
ケルヌンノスは、ゆっくりとその腕を振り上げた。
とろくさい振り上げをトールは戸惑いによって許してしまう。
あれ程の巨体。その腕による叩き付けはその質量だけで甚大な被害をもたらす。
しかし、トールにとっては何ら問題はなく。
その腕をムジョルニアで弾くか、稲妻で消し飛ばしてしまおうか。選択肢を頭に巡らせながら構えたところで。
振り下ろされかけた右腕が。
今度はケルヌンノスの左腕に阻まれた。
「さっきから何なんだ……」
まるで二つの意志が混在しているようだ。
戦おうとする意志と、それを阻む意志。
ケルヌンノスの眼を見る。
獣の眼。
その目には何処か憐れみが込められているような気がして。
どうすれば良いかわからなかった。
「何なんだよ……」
オーディンへ告げた言葉に嘘は無い。
この世界で神とされる存在を憎んでいる。
妖精に殺された事に思うところはあれど、結局同じ穴のムジナであるとも思っているし、そもそもとしてモルガン虐殺に最も貢献したのはカルデアとオーディン。そして目の前の獣だという認識を覆す事はない。
どんな事象があろうと。綺麗な言葉だけ振りまいて、愛する者を国中を巻き込んで殺そうとした時点で、許すつもりはない。
言い訳など不要。いかな理由があろうと殺す事に全く戸惑いは無い。
邪魔をするならば、敵であるならば、排除するだけ。
だが――
「何なんだお前は!! 何がしたいんだ!!」
戦う意志から抗おうとするのであれば話は別だ。
戦いたく無いと言いながら、結局切り掛かってくるような連中であれば遠慮なく殺せる。生かす理由は無い。
だが目の前の獣は違う。
全く違う存在とは言え、通ずるものはある。意思を理解することはできる。
その目が、その行動が如実に語っている。
自らの、あるいは
「目の前にいるのは、お前らを殺した奴らを肯定する男だぞ! 妖精國を続けようとする男だ!! 憎いだろう! 殺したく無いのか!? 何がしたい!? 何万年も呪いを撒き散らしてたのに今更なんだ!? 勝てないからって命乞いでもでもしようってか!! イイヤツだったねとでも言って欲しいのか!?」
――違う。
何故かはわからない。だが違うと確信出来てしまう。
ケルヌンノスの意志がわかってしまう。
――戦いたく無い
そう、本気で思っている。
それは妖精國の存在そのものなど関係もなく。
義務や責務。摂理などとも関係なく。
トール自身と戦いたく無いと、そう語っている。
「――っ何で」
理解が出来ない。
今なお自身の腕を抑えようとするケルヌンノスを見ても、何が何だか理解ができない。
だが、こちらを排除しようとする意志は確かに存在している。いかに抑えていようとこのままケルヌンノスが残れば、トール自身は兎も角、モルガンや妖精國の住人が傷付くことは免れない。いつ爆発するかわからない爆弾を放っておく事はできない。
「俺は、遠慮はしないぞ!! 邪魔なお前を――」
ケルヌンノスを殺す。
自ら口に出す事で決意を固めようと口を開いたところで。
最早、定番のように。
「――くっ」
脳裏に浮かぶ謎の情景。
『も、う……流石に、ダメだな……パチパチも出ないから浮かべないし食糧もない……』
『はな、しをするのも……たのしか……った、けど……そろそろ、ダメ、みたいだ……』
『――ご、めん……キミのお腹の、上で……死ぬなんて迷惑だよね……できれば、どこか別の場所、に……行きたいん、だけど……』
『ああ、あったかいな……こういうの、ちょっとあこがれてたん……だ……』
『ああ……あり、が、とう』
大穴の底。
目の前の獣の腹の上、その腕に抱かれながら息を引き取る自分。
ミスティックアーツの師であるエンシェント・ワン曰く、夢は別の宇宙の自分をのぞき込む窓。
この情景がマルチバースの自分なのか。だが、この襲い掛かる想いはなんだろうか。
別の宇宙の自分ではない。
頭痛が体を蝕み、目の前の獣と同じような、言いようのない、
「お前と俺は別だろう! そっちじゃとっくに死んでるんだろうが! 今更こっちに関わってくるな!!」
頭を押さえながら叫ぶも、当然そんな声が届くはずもなかった。
本来であれば別の時間軸を生み出す事にも繋がるタイムストーンによる時間のリセット。
異聞世界である妖精國という特殊な状況下と相まって、新たな時間軸を生み出すことは無い。
いまだ記憶の混乱しているトールには知る由もないが、この情景は、この記憶は、マルチバースでは無く、この世界の自分自身。
あるいは、別のループによる自分自身以上の精神力で凌駕してしまえば、その者達からの記憶も振り切ることができるが、直接脳裏に刻まれたケルヌンノスとのほんの少しの交流と、オーディンによって与えられたケルヌンノスの死へのトールなりの思いが、彼を滅する事を躊躇させる。
神と神。
最も大規模になるはずだった戦いが、二柱の意思によって拒否される。
「この世界が消されても良いのか
トールは頭を抱えながらその意思に抗う。
そうだ。何があろうと、どんな理由があろうと、絶対に譲れないのはこの世界とモルガン達の命。
何をしても、どんな卑怯な手を使っても、自分の大切な存在以外の何を犠牲にしようと守るのだ。
やがて、ケルヌンノスに動きがあった。
抑えていた左腕の力が弱まり、トオルに叩きつけようとしていた右腕が解放される。
再び振り上げられる右腕は、戦う意志が勝った証。
この世界を正そうとするシナリオ。
オーディンの意思と共にのしかかるそれはケルヌンノスでは抗えない。
ケルヌンノスの瞳には何処か悲しみが宿っているように見えた。
右腕が、振り下ろされる。
加減の一切ないたたきつけ。
そのまま行けば、電磁バリアすら突破してキャメロットを砕きかねない位置。
攻撃を仕掛けてきたのだ。あちらは戦う気になったのだ。いかに戦う気力がなかろうと。
大切な存在が殺されてしまうというのであれば、トールが反撃しない理由は無い。
だが、その現状を確認して尚トールは、ケルヌンノスを殺すことができない。
「――くっ」
だが、何もできないわけではなかった。
ケルヌンノスの足元に、光の輪が出現する。
光の輪はゲートウェイ。
次元を繋げ、何処へでもいくことができる無法の技。
トールの右手には二穴の指輪、ゲートウェイを開くためのレリック。スリングリングがついている。
開いた穴の先、ケルヌンノスの足元には、別の世界が広がっている。
それは、見惚れるほどに美しい花園。
トールの苦しげな言葉と同時に、ケルヌンノスが重力に従い落下する。
巨大な体躯は大穴から消え去り、花園へとその体が移動した。
その後の結末を確認する事もなく、トールはゲートウェイを閉じた。
訪れた沈黙。
何とも言えない戦いの結末にトールは苦虫を噛み潰すような表情を隠せない。
今のは時間稼ぎにしかならない。
ケルヌンノスにその気があれば恐らく、ここに戻ってくることはできるはずだ。
「何なんだ……!」
こういう夢を見る事はあった。
それが、マルチバースの自分であれば正直なところ関係ない。別世界の自分に用などない。
だが、明らかに別世界の自分から行動を矯正されている。
気分の良いものでは無かった。
闇の魔術にドリームウォークと言うマルチバース先の自分を乗っ取ると言う技術も知識としては把握している。
別世界の自分は、あるいはその技術を習得しているのか。だがトール自身、そんな物に敗北する気は無い。
別世界の自分など所詮は他人。
乗っ取ろうと襲ってくるのなら殺す事に全く戸惑いはない。
だが先ほどのケルヌンノスに対するあの感情は、どこか違う。別の自分だと思う事が出来なかった。
「いや、これで良い。しばらくはこっちに来れないはずだ。その間にカルデアの連中を始末して、汎人類史を滅ぼせばそれで終わりだ。アイツは後で考えれば良い……」
自身の不可解な行動に言い訳をしながら、城へと戻る。
大広間へと着地する。
その場で意識があるのは、呆然としている予言の子のみ。
少女を無視して、倒れている別の少女の元へ。
妖精騎士ギャラハッド。
この世界を蹂躙しにやってきた汎人類史の尖兵。
妖精歴。共に旅した少女。
ムジョルニア を足元に置く。
意識を失う者を殺す。
それを卑怯だなどと下らない事を言うつもりはないし誰かに言われる筋合いも無い。
だが、ムジョルニアをそのような事に使う事は憚られた。
身体から紫電を走らせる。
一瞬で、痛みすら感じずに消滅させられる程の威力の稲妻をその手に宿す。
それをマシュに向ける。
ほんの少しの逡巡。
震える手をもう片方の手で押さえつける。
今更躊躇かとくだらない感傷で世界を見捨てるつもりかと心の中で叱咤を飛ばす。
「さようなら……」
酷く冷淡な声。
何の感慨もない、形式だけの別れの言葉。
「あ、ま――っ!」
遠くにいる少女の静止を無視し、その手に宿した世界の理すら破壊するその稲妻を解放しようとしたその時。
また――
再び……
邪魔者の気配。
「いい加減に――!」
しろと、背後へと振り返る。
まさにマシュに向けようとしたその破壊を、下手人に向けたところで。
「――ッ」
その手が止まった。
それはケルヌンノスとの交流以上の戸惑いだった。
何故ここに?
どうやって来た?
そもそも何故今更?
頭の中をぐるぐると思考が巡る。
目の前に、いや少し目線を下げたところにいるのは。
小さな妖精。
「ロット……ダメだよ」
その妖精から、聞いたことのない悲しげな声で自身の名前が紡がれる。
「何で……ここに」
巨大な糸車を引き連れたその妖精の名は。
「トトロット……」
妖精歴において、トネリコに次いでトールと苦楽を共にした。
「そんな事したらマシュがかわいそうだろ……ロット」
護りたい、大切な存在の1人。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
-
MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
-
MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない