高知県出身の主人公は静岡で一人暮らしを始め、やっと安寧を得た。そして遂に幼い頃、高知の土地で経験した巨大な怪異と亡くなった友人への追悼を兼ねて書き記す体験談。

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白白雲

今でこそ俺は気候が温暖で過ごしやすい静岡の街で一人暮らしをしているが、元々は高知県の山奥にある集落に住んでいた。そこで俺は友人を一人失う恐ろしい怪異に出会い、それ以来ずっと苦しい思いをして過ごしてきた。たぶん成人して早々静岡で一人暮らしを始めたのも、早くその土地から離れたかったというのもあると思う。でもそろそろあの時効だろう。人生23回目の夏に俺は、人生8回目で経験した怪異と友人の死について追悼の意味を込めて語りたいと思う。

 

 *

 

高知県というのはオカルトフリークたちからすれば格好の観光スポットだと思う。絵金祭りがおこなわれる地域に未だ深く根を張る部落差別や、陰陽道や密教や修験道が混ざった土着信仰であるいざなぎ流など、一つ一つの人間の深い闇が隠された怪異がいまだ多く残っている。俺が生まれた部落にも特殊な思想が根付いていた。それはこんな感じのものだ。

梅雨明けの雷は天神様が、地上の偵察を終えたことを伝えるためのものである。しかし梅雨が明け、夏の日が照らしつけると天神様の監視の目がないことを良いことに荒い神が、時折この高知の土地を訪れることがある。それは"白白雲"と呼ばれ、勾玉のような形をした雲である。雲一つ無い快晴の夏に、曇ってもいないのに薄暗い日がある。それは白白雲が出てくる予兆のため、決して家の外には出ていけないと言われている。

しかし当時8歳だった俺はまだまだ遊びたい年頃で、こっそり家から抜け出すと他の家の友人を呼び山へ遊びに出かけた。ちょうどその日の前日、俺は初めて叔父から白白雲の話を聞き、夏の外に出てはいけない日の理由を初めて知ったのである。そしてその話が俺の好奇心に火をつけた。それは友人たちも同じで、皆で白白雲を見てみようというものだった。

俺含め5人で山を登っていると最年長の達也が空を見たやげて言った。

「薄い雲が広がってきたな」

「ありゃ?これは一雨来るか」

「いいや雨雲じゃないなあれは。何しろ雨の臭いがしないし、それにこんなスケスケの雲初めて見たぞ」

達也と山田の視線と会話に釣られて、俺も空を見上げるとほんとうにスケスケの雲が空全体を覆っていた。まるで曇っている日の雲みたいに。でも雲りの日みたいに分厚い黒い雲ではないから、日光が雲を貫通して俺たちを照らしていた。

「なんか気味悪いな。取り敢えず頂上まで登らなきゃならん。ペース上げるぞ」

そう言うと俺は発言通り山を登るペースを上げる。無論舗装された道ではないため登るのは困難ではあるが、小さい頃から山で遊んでいるのもあってそこまで苦痛には感じなかった。

 

 

山の頂上についた俺たちは5人横一列に並び空を見上げていた。俺たちの目線の先には雲。それも勾玉の形をした雲が、内側から湧き上がり形を変えては元に戻しながら迫ってきていた。そして同時に俺たちの耳にはブーンという羽音の様な音が雲の方から聞こえてくることに気づいた。これはヤバいと子供ながらに思った俺たちは一斉に山を下った。だが達也だけは一人山の頂上に残った。そのことに気づいたのは4人で必死に山を下って、部落の総力を上げて俺たちを探していた親たちに保護されてからだった。俺は達也が山の頂上にいることを部落の大人たちに訴えると、一人の老人が言った。

「もう間に合わん」

「それってどういう」

ドカンッッゴロゴロゴロ...

すぐ近くで雷が落ちたような音がした。いや落ちたのだ。目に見えない雷が山の頂上に。ちょうどその時、あの白白雲が山の頂上を通過し終えるところだった。状況を察した大人たちは、俺たちを家に軟禁してから山の山頂へ向かった。ちなみに大人たちが山へ登っていく前に俺は叔父に思いっきりぶん殴られた。いつも豪快に笑って許してくれる叔父から本気で殴られたことで俺はやっと、自分が犯したとんでもない事実を理解し始めた。

 

 *

 

「達也だがな...丸焦げになって死んでおった」

「そ、そんな...どうして達也が死ななきゃ」

「ガキは黙って話を聞け!」

俺の叔父の言葉にく口を挟んだ山田を怒鳴りつける。無論怒鳴りつけたのは俺の叔父だったし、ガキなんて言われたのは生まれて初めてだった。なによりあの温厚な叔父がここまで豹変すること自体が信じられなかったし、それは友人たちも同じで唖然としていた。

「いいかお前たちが招いた災厄だからな、お前たちでけじめをつけねきゃらならん」

それから叔父は白白雲の正体を語り始めた。

白白雲というのは言わば神の成り損ないが集まったもので、梅雨明けに天神様が雷を落とすように白白雲もまた見えない雷を落とすらしい。その雷というのは山にいる物の怪を起こすためのもので、天神様の偵察が終わったから人を襲えるぞという合図らしい。そのため昔からこの部落の人間は白白雲が雷を落とせない様に注意していたらしい。なんでも白白雲は生贄がいないと雷を落とせないらしくそれは白白雲を祭っていた際、俺たちが登った山の頂上で捧げられていたという。

「雷というのは一種の神意だ。だから人間から神だと認められない限り、雷を落とすことが出来ない」

だか俺たちが山の頂上に居たため、白白雲は自身を神として捧げられた生贄だと思い達也を喰らったのだろうと言った。そんな馬鹿な話があるかと言いたかったが、いつの間にか叔父の後ろに座っていた大人たちの目線を受け何も言えなかった。

 

 *

 

それから次の梅雨が訪れるまで部落内で約30人が失踪し、17件もの墓が荒らされた。そのたび口にはしないものの大人たちは俺たちを睨みつけ、物の怪が出たぞと叫んでいた。そして梅雨が本格的に始まると俺たち4人、つまり達也が死んだあの日山に登った俺たちは神事用の黒地に金の刺繍が施された袴を身に着けていた。

そして雨の中、6時間に渡る祭儀を行った。それは部落の中央広場で幣としめ縄で囲った結果を造り、巨大な篝火を囲んで祈祷を唱え、唱え終えては時計回りに互いの立ち位置を移動しまた祈祷を唱えるというのを繰り返していた。無論、篝火が消えぬよう数人の大人たちが薪を足しては風を送っていた。

これは天神に対する雨乞いの儀式で、梅雨の時期を延ばすことで本来白白雲が出現する時期にも天神様に居座っていただくといったものだった。白白雲は天神様には叶わぬため、一目見るだけで姿を霧散させ数年は出てこなくなると口伝で伝わっている。

 

 *

 

祭儀は無事に終えたものの俺たちは袴から私服に着替える余裕もなく、神社の本堂に突っ伏して眠ってしまった。そして夢を見た。それは達也が死んだあの日の夢で、あろうことか達也視点の夢だった。何故分かったかと言えば、山の頂上から下っていく俺たち4人が見えたからだ。この時、達也は必死に助けを呼ぼうとしていたが足が竦み、恐怖のあまり声が出なかった。達也だけが気づいていた。白白雲と呼ばれる勾玉の形をした雲の中から湧き出てきた雲たちは皆、笑う翁や鳥の頭、押しつぶされたのっぺりとした顔を形作っていたのだ。あれが神に成り損ねたものたち。そして彼らは神に成れなかった故に、次は人間に戻ることを望んでいる。だから達也の魂を喰らい、その肉体を奪おうとしている。俺は直感的にそれを理解した。逃げないと死ぬとわかっていても足が動かない。そして白白雲の神の成り損ないたちの数多の手が、雷となって達也の肉体に触れた。

 

 *

 

話は以上だ。俺はその夢を見てから一度も夢を見てたことがない。なんとなくだが見たらダメな気がするんだ。もしもう一度夢を見たなら白白雲に取り込まれた達也が俺を見つけてしまうような気がしてならない。あるオカルト板で睡眠の夢は魂が一時的に肉体から解離しているから見えるもので、夢とは魂の見ているアストラル世界であると説明しているやつがいた。そいつは更にアストラル界には形而上学的な存在が跋扈しているため、自分を探している悪霊などに見つかってしまう恐れがあると言う。そんな混沌無形な話を聞いたせいか、ますます俺は夢を見るのが怖い。だから俺は今日も工事現場で肉体労働をし深い眠りにつくようにしている。



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