作ったはいいものの自我を持っていてコントロールが効かせられなかったそれを廃棄するために研究者達はそれに足る理由を付けようと上にいる人間の孫娘に似せた人間を一から創りだし、キメラモンに殺させることとする。
キメラモンと、少女。これは二体の合成獣の物語。
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白い、ただ白く四角く冷たく広い部屋にそのデジモンはいた。天使と悪魔と飛竜と骨竜と鍬形と兜虫と銀狼と機竜と恐竜と角竜の十体が組み合わされられたそのデジモンは合成獣であるその実態からキメラモンと名付けられていた。
十体のデジモンから作られたキメラモンには十一の人格があった。傲慢な天使と残忍な悪魔と高慢な飛竜と他を認めぬ骨竜と短気な鍬形と頑固な兜虫と冷たい銀狼と過信する機竜と無謀な恐竜と臆病な角竜と、それらから生まれ出た自分勝手な合成獣の十一の人格。
何もない部屋にいる合成獣が生まれた経緯は単純で、デジモンによる生体兵器の需要に応えるためにと九体のデジモンを捕らえて合成したのだ。
目論見としては十体の自我が崩壊し、そこに従順な性格をインストールすることで思いのままに動かそうということだったのだが十体の自我は一体の自我を作り、それを主人格とすることで崩壊を逃れた。
ただ、それを言葉にすることはできず、研究者達にとっては自我がないものと思われている。インストールを拒否する行動は刺激したから攻撃したのだと錯覚し、制御するために次に考えたのはテイマーを使うことだった。
数多のテイマーが送られ、キメラモンはそれを拒否した。自由を奪われて誰かに使役される。そんなことを受けいられるわけがなかった。現状の理不尽さに対する呪いを送られてくる数多のテイマーにぶつけた。
そんなことをしても自由になるわけでもないのに、研究者達にはキメラモンを葬る術もあるのに愚かなことを続け、ついに研究者達は廃棄処分を検討するようになった。
だが廃棄処分するにも理由がいる。莫大な金がかかっているプロジェクトを無に期す行為であるからその必要を上にアピールしなければいけなかった。
研究者達は考えた。トップにいる人間は典型的な人尊電卑で、孫の少女を溺愛していた。それで研究者達は考えた、デジモンを作る応用でトップの孫と同じぐらいの体格、同じぐらいの髪色、同じような顔の少女を作り、テイマーとして放り込むことにした。
キメラモンが殺せば、トップは孫のことを思い出しプロジェクトの中止を命じるだろうと研究者達は考えた。
送り込まれた少女を見たキメラモンは、なんだこれはと思った。
「こんにちは」
少女の笑顔は今までのテイマーの手なづけようとするためのそれとは違うように見えた。もちろん実際に違うのだ。年不相応に幼く作られた彼女はキメラモンが始めて見る生き物で怖いと認識していない。比べる対象がないから無邪気に挨拶し、嬉しいから笑っている。純粋な気持ちからくる笑顔、尊ばれるようなそれだった。
キメラモンの中で九つの人格が怒りをぶつける気になれないと訴える。キメラモンも明らかに殺させるために連れこられたように見える少女を殺そうとは思えなかった。むしろ殺した方が思い通りになる、それが嫌だった。
「こんにちは!」
聞こえてないの?と指を咥えて首を傾げる少女をキメラモンは哀れむ、自分がどれだけ危ない状況にいるのかもわかってないのかと。
「こーんーにーちーはーっ!!」
少女が白い部屋いっぱいに響き渡るぐらいに大きな声をキメラモンの足よりも細く小さな体で言う。
「グガァッ!」
うるさい、そう言いたくてもキメラモンには言えないからそんな音になってしまう。やったー返事してくれたと喜ぶ少女にキメラモンは辟易する。
「ともだちになろーねー!」
そう言う少女にキメラモンはさらに面倒だと思う。こんな体格差があって力の差があって種族まで違うお友達があったものかと思いながらとりあえず声を出す。何度も叫ばれると面倒だ。
なんと開始の疎通を図りたい、そう思うキメラモンの視界に少女と一緒に部屋の中に入れられた物の山が目に入る。余計に残虐なように見せるためかおもちゃの類や絵本が置いてある中にスケッチブックとクレヨンを見つけた。
骨竜の腕も鍬形の腕もそれを使うには不適格だったが悪魔の腕は細かいこともできる器用な指を持っていた。
スケッチブックを掴み、ひらがなでおおきなこえではなすなと書く。天使の記憶に人間が使う文字であるひらがなのことがあったからそれで書いた。
「うん!」
少女は笑顔で頷く。
キメラモンが壊し切ったためにこの部屋にカメラはなく、そのやりとりに研究者達は気づけなかった。
なまえはなんだ?キメラモンがスケッチブックに書く。この少女をテイマーとする気はなかったが暇を持て余すだけの生活だから少女が言うように『おともだち』にぐらいなってやろうとそう思ったのだ。
だが少女は首を傾げ、人間と答える。
キメラモンは言う、それは名前じゃないと。キメラモンも九体のデジモンだった頃にはそれぞれに名前があった。今でこそ誰も呼ばない名前だが確かに存在する。
「じゃあないよ、あなたのなまえは?キメラモンっていうのはなまえじゃないんだよね?」
キメラモンは考える。自分の名前はなんだ、と。自分は九体のどれでもないからそれらの名前は自分の名前じゃない。
おれもなまえがない、迷った挙句にキメラモンはそう答える。
「おそろいだね!」
少女は笑う。名前は自分が誰かを表す記号、自身が自身である証明、それがないということは自身の存在が受け入れられないも同じ、それを少女は嘆かずお揃いだという。
「おそろいはともだちのあかしなんだよ!」
無邪気に笑う少女はそう言って手持ち無沙汰に垂れ下がっていた骨竜の腕に抱きつく。小さな存在の暖かさがキメラモンのうちにじんわりと染み入る。
だからってなんだということではあるのでキメラモンはほんの少し骨竜の腕を動かして少女を地面にごろりと転がした。
半日後、銀狼の足に顔をうずめて寝る少女を見た研究者達は予想外の成果にその顔をほころばせた。
一ヶ月もすると、キメラモンと少女の生活は大体のパターンが決まるようになった。
朝、少女が起きると一人の女性研究者によって置かれた朝食を食べる。
キメラモンに絵本を読んでと無茶な注文をつけ、できないとキメラモンが書くと練習しよっと少女が言う。そして特にやることもないからとキメラモンもそれに乗る。
昼前になるまでには飽きて、少女がキメラモンに絵本を読み始める。読まれる本は幾つかあるが毎日決まって読むのはロイヤルナイツという騎士が色々なデジモンや人間を平等に助ける少年向けのお話。
「だからね!ロイヤルナイツはみんなたすけてくれるんだよ!すごいよねキメラモン!」
そうだなとキメラモンは適当にあしらう。ならなぜここに来ないと思いつつも実際にそういう組織であるのはキメラモンも知っていることで、彼らがここを知ればきっと自分達を助けるだろうとも思っていた。
ただあくまで知ればなのだ。いかにロイヤルナイツが最強と言っていいデジモン達だといえど知らなければどうしようもなくて、キメラモンと少女はまさにそれに当たる。
そもそも少女は今の扱いが不正で違法なものだとわからないからただロイヤルナイツすごいとだけしか思っていない。
そんな感じでロイヤルナイツを少女が熱く語って昼になり、女性研究員が持ってきた昼食を食べると少女はキメラモンの足元で昼寝する。
一、二時間眠ると少女は起きて今度はおもちゃで遊び出す。はこのような部屋の中に自分がいるのに箱の形の家のおもちゃを使った人形遊びをしたりクレヨンを使ってお絵かきをしたりして、キメラモンにいちいち感想を求める。それをキメラモンは素っ気ないながらも一言二言はそれに返す。
今日は何を描いているのかとキメラモンが覗き込むと奇妙な昆虫みたいななかなかにおかしな色の取り合わせの何かがいた。
これはなんだ?キメラモンが聴くと少女はキメラモンだよと自信満々に答える。実は描かれるのは何十回にもなるのだがその度にグロテスクでサイケデリックな抽象画がキメラモンの前に出されていた。
それを見ながらキメラモンはなんとなく自分も描いてみようかとクレヨンをつまみ直す。白銀に光る髪、翡翠色の瞳、少し丸い顔、小さく浮き出るえくぼ。キメラモンの操るクレヨンは自然と少女の笑顔を描いた。
まぁしかしそれも少女だとわかるぐらいのものでうまいかどうかと言われればそれなりにうまいのかもしれないという微妙なところ。
「わたしだー!」
ただそれを少女は弾けたように喜ぶ。これ以上の喜びはないと言わんばかりに全身で喜びを表現している。
そして一通りはしゃぎ、夕食を持ってきた女性研究員にまで見せて自慢し、よかったねと声をかけられればうん、と勢い良く返事をしてジーナもキメラモンに描いてもらうといいよとまで勧める。ジーナとは胸の身分証に書いてあった名前。ファミリーネームかファーストネームかも定かじゃないそれはおそらく本名ではないだろう、こういう施設だと珍しくない。何かしらのあだ名かもしれない。
夕食を食べると少女は毛布にくるまりながらまた絵本を読み出す。今日は夜の町とソーサリモンという絵本、デジタルワールドで二番目に大きな大陸の南東の方ではみんな知っている話だ。
内容は賢い一人のソーサリモンがデジモンがいなくなるという噂のある町を訪れ、一人の寂しがる人間の少女に出会い、話しているうちに夜の町に迷い込んでしまう。そこにはいなくなったデジモン達がいて悲嘆にくれている。だが何もしない、ソーサリモンはその町が少女の寂しさからできていることに気づき、ただ悲嘆にくれて自分のことだけ考えるデジモン達に自分達でできることを考えよう、みんなでやればできるさと励まして回り、少女も含めてみんなが出ようと一つになった時、少女の寂しさは無くなってもとの町に戻ってくる。
自分から行動することの大切さ、寂しい人に手を差し伸べる優しさを学ばせようとする絵本だが少女が手を差し伸べるようなさびしい相手がこの空間にいるのかと言うとそれは物議を醸すだろうがとにかくそういう絵本だった。
「キメラモン!」
なんだ、早く寝ろとキメラモンが書くと少女はすごいこと気づいちゃったかもしれないとキメラモンの指をぶんぶん振りだす。
「このへやはよるのまちなんだよ!」
何を言っているんだこいつは、キメラモンは思う。後に入ってきたのは少女だからもしここが夜の町だとするならば少女がソーサリモンでキメラモンが寂しい少女ということになる。そもそも役者が足りない上に十の人格を持っていて寂しいということがあるわけがないだろうと。それは違うとキメラモンは書く。
「でもわたしたちはここからでられないよ?」
それはそうだ、だけどここは夜の町じゃない、誰かの寂しさからできた場所じゃない。下卑た需要と悪意が生んだ白い牢獄で外へと出ることはできない。キメラモンはそれを少女に伝えない、伝えたってわからないと思ったし、残酷なことを伝える理由が無かった。
とにかく寝ろ、また明日聞いてやるからとキメラモンは寝かしつける。時計も無いこの部屋でも感覚的に普段よりも大分遅くなっていることがキメラモンにはわかっていた。いつもならば本を読んでいる最中に寝始めてしまうのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
半年経つと、キメラモンはふと思った。今日はジーナが来ない。
朝食を運びに来て、少女とまるで親子のように楽しそうに話し、戻り、キメラモンが喋る練習をさせられ、そして昼食時になっているのに来ない。
少女もその異変に気付いた頃、扉が開いて男が入ってきた。ジーナよりも数段偉そうな男は少女に昼食を渡し、残さず食べるんだよと言った。
「ジーナは?」
少女が聞くと男は少し疲れていて休んでいるんだよと答える。
「でもあさはいたよ?」
朝は少し無理をしていたんだよ、君に心配を掛けたくないからってね。だから代わりにおじさんの言うことを聞いてくれるかな、男は優しい声で言う。
「食べちゃダメ!!」
扉の奥から聞こえてきたジーナの声に少女のパンに伸ばした手が止まる。
「それを食べたらあなたがあなたじゃなくなっちゃうの!!」
ジーナの言葉に男は懐から拳銃を取り出す。
「ジーナ、情がわいたのかもしれないが・・・これでこの人形はもう使えなくなった。廃棄しなければいけない」
男が引き金を引くのとキメラモンが少女を持ち上げるのとはほぼ同時だった。
――バンッ
銃声が響いた後でジーナが部屋に入ってきて、キメラモンの手の内にいる少女を見て笑った。
「私達が殺すのは嫌がるのに化け物に潰されるのは許容するとはなかなか興味をそそられる・・・が、君が今後も計画の邪魔をするだろうことを考えると君も殺さなければいけないな」
――バンッ
キメラモンの伸ばした掌は確かにジーナを掴んだが少女よりも大きかった分引き上げるのは遅れ、頭に当たる筈だった銃弾がキメラモンの指をすり抜けて脇腹に当たった。キメラモンの掌の中でジーナの血がだらだらと流れる。
「ジーナ?」
少女の問いかけにジーナは答えない。キメラモンはそこで気づく、ジーナがgene、つまり遺伝子から来たあだ名であること、そして少女も自分と同じく創られた存在であるということ。そして全員が関係しているのに遺伝子を名に付けられるジーナはあの男には及ばないもののかなり深く関係している研究員であるということ。でも不思議とキメラモンにジーナに対する怒りは無かった、少女との日々の間で氷のように凝り固まっていた怒りや憎しみは溶かされて残りはしているものの誰にでも牙を剥くようなことはなかった。
ジーナが少女を作り、ジーナが少女に愛情を注ぐのならば、それはデジモンには存在しない母親という存在に他ならない。
今、少女は苦しむジーナを見て涙をボロボロ流している。涙を流す時は人間もデジモンも変わらない、感情が言葉だけで表せないほどに高まってしまった時、今の状況で少女が喜ぶわけがない、怒りもしていない、楽しんでもいない、悲しんでいるのだ。ジーナを心配しているのだ。今、少女は傷つけられたのだ。
何故自分に対する理不尽よりも怒れるのかキメラモンを構成する十の意識全て明確な答えを出すことはできない、だが少女がそれだけかけがえのない存在となっていたことはわかる。それがどんな存在かどう表現される存在かはわからない。
「だめ!キメラモン!」
キメラモンは少女の叫びを無視し口内に怒りの権化たる燃え盛る火炎を大きく膨らませて白い壁にぶつけた。
――ジュゥゥウウウゥゥゥ・・・
赤熱し、部分的に溶ける壁にキメラモンは二人を掴んでいない骨竜の腕と鍬形の腕を突きだす、熱に表面が焼かれるがそれは本当に表面的なもので二本の腕は壁を容易く突き破り、穴はすぐにキメラモンが通れるだけの大きさへと変わる。
少女がこの場所を夜の町と言った事があった。あの時は違うと言ったが今はそうかもしれないとキメラモンは思う。出ようと思えば良かったのだ、ただ自由が無いと腐るのではなく、あがいてあがいてあがけばよかった。キメラモンはなぜ今になるまで気づけなかったのかと咆哮する。
壁の向こうは外だった。キメラモンを収容するための白い部屋はキメラモンが飛び回れるほどに天井も高く幅も広かったがその横に付けられた研究施設はその半分以下の低で、キメラモンはそこから空へと飛びだした。どこへ向かうかは決まっている。
ただ、キメラモンの巨体は天使と飛竜の二対の翼をもってしても長時間の飛行はできないため空へと上りはしたものの周囲の地形を把握する程度のことしかできず、他にも研究施設がいくつもいくつも併合された場所であり、周りが高い山に囲まれているため自身の能力では容易には越えられないだろう地形であることがわかっただけだった。
ジーナの出血はかなりひどいものがあり、すぐにでも治療を受けねばならないものであることはキメラモンの目にも明白だった。
天使が囁く、ここから自身の力で逃げることは難しいと。
悪魔が囁く、しかしこのままではジーナが死ぬと。
飛竜が囁く、少女はジーナが死ねば悲しむだろうと。
骨竜が囁く、誰に助けを頼むこともできないのに諦める訳にいかないと。
鍬形が囁く、ならばどうする?壊すしか己らには能が無いのにと。
兜虫が囁く、すべて壊してしまえばいいのだと。
銀狼が囁く、それには時間が致命的に足りないと。
機竜が囁く、でも他に何ができるのだと。
恐竜が囁く、全て壊して逃げる他に少女を守る術があるのかと。
角竜が囁く、何もできないんじゃないかと。
キメラモンは逡巡する。どうにか二人を生かすことができる手はないのかと。
その時、少女が言う。
「なんでだれもたすけてくれないの?」
少女の目から涙がこぼれる。
「ちがいっぱいながれるとしんじゃうってわたしでもしってるのに、なんでたすけてくれないの?」
黒い手を少女の涙が滴る。
「ロイヤルナイツはみんなたすけてくれるんじゃないの?」
少女の涙が黒い手を伝って地面へ落ちる。
「ジーナのこともたすけてくれるんじゃないの!?」
少女の叫びが空へと響きわたる。
キメラモンの脳裏に一つの考えが浮かび、九の意識がそれを支持する。
ぐぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・
キメラモンは火球を空へと放ち、咆哮する。自分はここにいるのだと天に表明するかのように。
空で炸裂した火の珠が全ての研究施設へと火の粉の雨となって降り注ぎいたるところに引火する。それはここに助けを求める者がいるという狼煙、知れば助けてくれるはずのロイヤルナイツへと助けて欲しいとキメラモンが訴えるただ一つだけの方法。
こんな時に何もできない自分を呪いながらキメラモンは火球を吐き続け咆哮し続ける。
十分、十五分、手の中のジーナが周りの空気と反対に温度を失っていくのを感じながらキメラモンはほとんど何もできぬ自分にできる唯一の行動をとり続ける。
だが、そこにある施設は全てがキメラモンのコントロールのためにあるわけではなく。他にも不特定多数の人間やデジモンの殺傷を目的とした研究開発が行われていた。キメラモンに対抗できるほどの完成度には至っていないものがほとんどではあるものの、逆に言えばキメラモンに対抗できるものもあるということで。
機械ベースのキメラモンという言い方がしっくりくるだろう。生体パーツを集めるのではなく、あらゆるデジモンの機械パーツを模した機械パーツを集めてより集めた存在。機械でできた竜。整備に手間がかかり、一度の行動でかかる費用が膨大であることを除けばキメラモンに勝る、はずだった兵器であるが、一つ一つの行動を人工知能に操作させるにはあまりに高い精度の人工知能が必要で、制御するプログラムを入れたデジコアを搭載してはいるもののそれを効果的に動かせる人工知能の開発には間に合っておらず、それに干渉する人による操作が必要だった。
未完成で破壊されればただ莫大な被害だけが生まれるものだが、このまま放置していても被害は莫大、少しでも被害を抑えるために仕えるならば使おうとその男は言う。少女に薬を飲ませ損ね、ジーナを殺し損ねたその男は機械竜、ムゲンドラモンを起動していた。
――ビッ
キメラモンの背中の四枚の翼の三枚が半分以上焼失する。キメラモンは撃たれたであろう方向を見て二門の砲を背負ったムゲンドラモンを目にする。生気の無い命が感じられない見た目。
砲に集まる光はさっきキメラモンの翼を貫いた操縦者の悪意、ただそれよりもキメラモンが口内に火球を作り出す方が早い。火球を押し返すように放たれる光線、それは火球の侵攻を徐々に遅くし、削り、貫いてキメラモンへと向かう。ただ、それだけの威力があることは喰らったキメラモンにわからない訳が無く、火球を放った後すでにそこから回り込むように動いていたキメラモンは勢いのままに角をムゲンドラモンの胴へと突き立てる。
ムゲンドラモンは近接戦闘にも対応している。二本の腕には鋭い爪があり、その硬さは当然ながら生身であるキメラモンの爪を容易く超えるが、目で見て操作しなければいけないムゲンドラモンよりもキメラモンの方が早く動かせる。二本の腕が少女とジーナで埋まっていてもまだ二本の腕は空いているからそれが動き出す前に掴む。
ただ、そうしたことでキメラモンにムゲンドラモンを攻撃する手段はもうない。至近距離で火球を放てば負担になるのはキメラモンよりも少女とジーナだから、キメラモンは角を引き抜き、同じところに何度も突き刺して二枚の板が中央で合わさっている形の胸部装甲を捲っていく。大概のデジモンのデジコアの位置は体の中心であると相場が決まっているから首や顔に攻撃を仕掛けようとは思わなかった。
早く片付けてまた再開しなくてはいけない、焦燥感に駆られてキメラモンは捲れた胸部装甲に噛みついて引っぺがし、内部の配線の隙間から見えたデジコアに角を突き立てた。
瞬間キメラモンのデジコアへと流れ込むムゲンドラモンのデータ。デジコアからデジコアにデータが流れ込む、ましてやその場にある肉体すらもキメラモンの体に吸収されるという異常事態、それをその場で笑って見ていたのは先の男だけだった。
天使の声が消える。
悪魔の声が消える。
飛竜の声が消える。
骨竜の声が消える。
鍬形の声が消える。
兜虫の声が消える。
銀狼の声が消える。
機竜の声が消える。
恐竜の声が消える。
角竜の声が消える。
キメラモンという十体のデータから創りだされた個だけを残して残りの人格がムゲンドラモンという膨大なデータに流されて見えなくなる、暴走する。キメラモンの意思が少女とジーナのことだけを考えていなければその手はあっさりと二人を肉塊へと変えていただろう。堪えさせたのは十の人格の最後の意地か十体のデータの集まりである分キメラモンの人格が他よりも強かったからか、とにかくその時キメラモンの体の自由は聞いてはいなかった。
そして変化は外見にも出る。十体のデジモン達を切り貼りしたようだった体はまるでそれぞれの個性を塗り潰そうとでもしたかのように黒く染まり、わずかばかりの聖なる力を持っていた天使と飛竜の羽はただでさえボロボロであったのに炭化したように自壊して地面に落ちる。その代りに背中から生えてきたのは二門の砲、そしてムゲンドラモンのシルエットに似ている黄色いエネルギー。
黄色いエネルギーはキメラモンに暴れることを強要する、それをキメラモンは飛びそうな意識で突っぱねるものの次第に抵抗する力は消え、背中の砲はすでに意志に関係なく空へと向けて何度も何度も放たれていた。
それからどれだけ経っただろうか、キメラモンには悠久の時のように思えるほど長く、少女の涙が枯れ始め、ジーナの顔からほとんど生気が失われるぐらいには時間が経った。
ふとキメラモンの上に落ちた影、その主を眼球だけで見上げてみれば少女が読んでいた絵本の挿絵にあったものと寸分違わぬ紫翼の騎士の姿。それを確認してキメラモンはゆっくりと、さび付いたような動きで少女とジーノを頭上に掲げ、掌を空に向けて指を開く。
「ご、いづら、を、だずげで、やっで、ぐ、れ。おで、は、ごろ、してぐ、れ」
少女とずっと練習していた喋る事、できたというのに少女は笑ってくれてはいないだろうしキメラモンは自身の手のせいで少女の表情を伺うこともできない。なぜかキメラモンの目には涙がこぼれる、死にたくないからか少女と離れたくないからか、キメラモンにはわからない。
「いやだ!キメラモンもいっしょにいくの!!」
紫翼の飛竜騎士デュナスモンに抱え上げられながら少女はか細い手で抵抗し、叫ぶ。
「キメラモンはともだちだからっ!!」
キメラモンはずっと考えていたことがあった。十一の意識みんなで暇があれば考えていたこと、少女の名前。結局決まったのはつい最近、おそろいが友達の証という少女に伝える気は無かった。
「おま、え、の、なま、えは」
キメラモンは動かしづらい口を精一杯使って、肺から空気を絞り出してその名前を言う。
「も、う、おで、と、おそろ、い、じゃ、ない」
その時キメラモンは笑えていたのだろうか、キメラモン自身にはわからない、鏡も何もないのだから見ることなんてできない。今まで少女が見せてくれた笑みをほんの少しでも返せたらそれでいい。そう思って末期に笑ったのだ。
意識が闇に沈むその寸前、キメラモンが見たのはピンク色の優美な鎧に身を包んだ騎士とその黄金の帯。美しくないとかなんとか言いながら振るわれるパイルバンカー。
ジーナという偽名を好んで使っていた研究者とその娘は今ロイヤルナイツの監視下でロイヤルナイツ側が依頼する研究を行うことを条件に一緒に住むことを赦されている。
娘には十一体の友達のデジモンがいた。それも一つの体の中にいた。
ロイヤルナイツが一体ロードナイトモンは犠牲など出さない方が美しいに決まっているとその一体から十体の友達と一体の張りぼてを取り出し、皆、時々会いに来るもののそれぞれの本来いるべき場所に帰った。
残った一体は今は娘の元にいない。元々存在していない筈のデジモンだから何もおかしなことではない。
人格データを移すためのデジタマをジーナが作ることに成功したのはつい最近。そのデジタマを娘は肌身離さず持ち歩いている、ずっと名前を考えながら。