世界的な病の大流行から逃れるため、ある三人の科学者が作り出した『電脳世界』に多くの人類は移住した。

支配者無き新しい世界で、移住者たちはどのような生活を送っているのか。

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『第一回XR創作大賞』の応募作品です。

初のSF作品ですが、良ければ読んでくださると嬉しいです。


電脳世界への進出と、繰り返し

「『我々人類は対策できない病に侵され、緩やかに滅びの道を辿っている。これを許容していいのか? 政府と医療機関が解決策を出すまで、死に怯えながら明日を迎えるべきなのか?』」

「? 何だっけ、それ」

「『始まりの三人』の演説だよ。覚えてないのか?」

「私、興味ないことは忘れちゃうから。ナチの尻尾って言われてる人のなら、覚えてる」

「アニメじゃないかよ、しかも随分古いのだな。

 

 

 『答えは、ノーだ。私達はその結末を乗り越えるため、新たな世界に乗り換える技術を開発した。

 この放送を見ている全世界の皆様。疑わしいと思う気持ちは、重々理解しているつもりだ。

 だがもし求めるなら、この施術を我々は無償で施し、共に新天地へ向かおう!』

 

 

 ……三人の技術者が始めた偉業。かくして楽園は開かれ、移住した民は飢えにも病にも苦しまぬ、永遠の繁栄と安寧を手に入れた。

 ……なんて、全て上手くいけば良かったんだがね」

「何か言った?」

「いや、ただの独り言」

 急速な変異を繰り返すことで、人類を侵していった病が地球の至る所に蔓延し、数十年が経過した。世界の人口は最盛期から四割ほど減ったと言われていたが、詳しい数はよく覚えていない。

 政策や医療が具体的な対策を整えられず、デモ行進が日常茶飯事となった。そんなクソッタレな世界で、先程の演説とともに『始まりの三人』と呼ばれる三人の技術者が発表した二つの技術。

 

 

 既存のネットとは独立した電脳世界。

 電脳世界に対応するため、人類が肉体を捨てて電脳体となる施術。

 

 

「また難しい顔してる。技術屋(チェッカー)、考えるのはあなたの仕事だけど……悩むくらいなら、楽しいことをした方がいいと思わない?」

「うお、仕事中にくっつくなっての。というか待ってるの飽きてきただろ、お前」

「うん」

 うんじゃねえよ、正直か。

 作業の手を止め、面倒臭いと思いながら振り返る。俺の首に腕を回し、蠱惑的ながら透明な笑みを浮かべている彼女の真意を伺うことは出来ない。まあ、探る気もないが。

「……今年でちょうど五十年、か」

 自分の言葉に作業の手を続けたまま、再度思考は回想に浸っていく。

 全世界で流されたこの演説に、最初は大半の人間が疑い、専門家は鼻で笑い、相手にしなかった。

 当然といえば当然だ。医療体制の充実化が最優先され、技術発展が停滞していた当時では、VR技術すら数十年前と大差ないレベルなのだから。

(だけど、移住を望むものはいた)

 理由は好奇心、新しい世界での利権獲得など様々だ。中には一方通行であることを知らず発狂した輩も少なからずいたらしいが、自業自得過ぎて笑うしかないね。

 そして、最も多かったのは病で死を待つしかなかった者達でありーー俺も、その一人だった。

 そうして電脳世界へと移り、早数十年。電脳体となったことで病に怯えることは無くなり、移住した時と変わらない俺はーー平穏とは程遠い生活を送っていた。

 ……というのもこの世界、地上のように統治者と呼べる存在がいないのだ。喧嘩なんて日常茶飯事、勝手に支配者を名乗り後発の移住者を保護の名目で囲い込んで『国』を作ったり、好き勝手に徒党を組んで暴れてるのが普通だ。地上のギャングの街の方がまだ治安はいいんじゃないかね、この世界。

「ふう、これで終わりっと」

 修復箇所への処理が終わり、周囲に展開していた『Cコード』ーーPCでいうアプリに近いプログラムーーのディスプレイを閉じると、

「ご苦労様。でも、こんなあっさりと終わったんだから、報酬の『リソース』は少なめでいいよな?」

「……はあ」

 俺の後ろで作業を見ていた依頼主が、それまで犬のように従順な姿勢から一変、舐め腐った顔になったのを見て、思わず溜息が出てしまう。

「お、なんだ? 文句があるの?」

「あるに決まってるでしょう。あんたから見たらサックリ終わったように見えても、ミスの一つも許されない作業なんですから、技術費として寧ろ安いほ」

 当然な権利の主張は、首筋に添えられた冷ややかな感触で強制的に中断された。

「まあまあ、穏便に行こうじゃないか。あんたは予定よりちょいと少ないが、リソースの報酬を得られる。俺は支払う量が減る。これがWin-Winってやつでしょ?」

「意味はキチンとを調べた方がいいぞ、頭が悪いと思われたくないならな。

 ……まあ、自分の拠点を雑な自作『バグ』で侵食された輩に、知性を期待しない方がいいかね?」

 『Dコード』はCコードの派生形で、電脳世界の諸々を『破壊』することに特化したプログラム。その性質から、『バグ』とも呼ばれている。

 大方ろくでもないことに使おうとして試運転させたところ、制御系が甘くて暴発したとか、そんなところだろう。

「なるほど、収支がマイナスになるのがお望みのようだね? そっちの彼女と一緒に、痛い目じゃ済まないくらいの傷をプレゼントしよう」

 俺の正論が逆鱗だったのか、額に青筋を浮かべ、宝石のように透き通った翡翠の瞳を剣呑に細める。

 添えられるだけだった瞳と同じ翡翠の無駄に大きな剣が、首にゆっくりと沈み込むーー

「づっ!?」

 直前、二発の銃声が響き。一発は幅広の刀身に喰らいつき、剣の形をしたバグを消し去り、もう一発はカルシウムが足りてないイケメンの、もう片方の手を貫いた。

 武器を使うなら、痛覚遮断のCコードくらい起動させておくのが常識だろうに。

「……もうちょい、早く助けてくれてもいいんじゃない?」

「あら、ごめんなさい技術屋。楽しそうにお喋りしていたものだから、混ぜてもらうタイミングが難しかったのよ」

「遠慮するなんてお前らしくないな、ルナウ。おてんば娘から淑女へジョブチェンジでもするつもりか?」

「私は今でも、可憐なレディよ?」

 レディはサブマシンガンを二丁持ちなんてしないだろうよ。という真っ当な指摘はせず、銃を持った手で可憐に笑う彼女へ肩を竦めるに留める。

「が、る、ルナウ……? てめえが例の女か!?」

「ご使命だぜ、レディ? いつも通り、お前のファンみたいだ」

「あら。残念だけど、抽選漏れした人はお相手できないの」

 ルナウは右手のサブマシンガンを持ち上げ、躊躇なくトリガーを引く。銃口から吐き出される銀色の弾丸は、一発一発が男の使っていたバグより強力なものだ。

「うが、あ、あ……いってえ、死ぬ、死んじまう……」

「全身撃ち抜かれたくらいで電脳体は消えねえさ。リソースだってまだ半分は残ってる」

 バグに侵された証、撃たれた部分が黒く変色し、紫色の電光を放ちながら悶えているイケメンに、俺は訂正をしておく。

 しかし本人は必死なんだろうが、額や口をぶち抜かれても動いてる姿は、ギャグ漫画みたいで思わず笑っちまうな。

「なあお客さん。金を出し渋った結果、余計に損しちまったのは分かっただろ? そんでもって、そのイカしたアクセントはほっときゃもっと広まる。

 さて、そうなるとあんたが取るべき選択は?」

「ぐう、う、ぎ……!?

 わ、悪かっ、た……約束通り、リソースの一割は払う。だから、助けて、く」

「いやいや、残念ながら追加の仕事に迷惑料も込み込みだ。最初の依頼料じゃ足りんよ。

 ……そうだなあ、三割でどうだ?」

「さ、三!? ま、待って、くれ、そんなに取られた、ら、ホントに、死んじま」

 転がり回るのもやめて、男は真摯な目で懇願してくる。

 リソースーー電脳体を構成するエネルギーが半分に減った後、残りの半分以上を要求されたのだから、無理もないだろう。

 地上の肉体なら、手足の何本を吹き飛ばされた後、追加で内臓を何個か寄越せと言われているようなものか。当然ゼロになれば、電脳体の消滅ーーつまりは死を迎える。

 だが残念、喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだし、電脳世界(ここ)にあんたを助ける法は存在しないんだ。

「うーん、交渉決裂か。それじゃあしょうがないなーールナウ」

「はあい」

「ーーヒッ」

 蜂蜜のように甘ったるい声音で、サブマシンガンをイケメンの額に突きつける。魅力的でサディスティックだ、銃口は向けられてないのに身震いしちまうね。

「捨て置くのも勿体ないしな。バグの侵蝕を終わらせてから、リソースを回収するとしよう」

「どれくらい、回収できるかしら?」

「修復作業の効率にもよるが、二割くらいかね。請求額は減っちまうが、当初よりは多めにゲットできるだろうよ」

「まあ素敵、さすがは技術屋、素晴らしい腕ね。これなら平等に一割ずつだわ、何が造れるかしら」

「折半前提かよ、強欲な女は嫌われるぞ?」

「謙虚な男は好かれるものよ?」

「それは損してるって言うんじゃないかねえ。

 まあ、分け前の話は後にしてーー」

「い、ひっ、待て、待ってくれ!? 分かった、払う、言われた額を払うから! だから助けてくれ!」

 トリガーに指を掛けたところで本気と悟ったのだろう。電脳体なのに顔を青くして土下座もしてくる依頼主に、俺は渾身の営業スマイルを浮かべておくことにした。

「毎度あり」

 何故か震えていたが、まあ些細なことだ。

 

 

「ふふっ」

「……ご機嫌だな、お嬢さん。ついでに離れてくれると、俺も気にならなくてハッピーなんだが」

「い・や♪」

「……」

 親切な依頼主から大目の代金を貰い、近場の拠点に戻ってから新しいCコードの構築をしていた俺は、現在妨害行動が生き甲斐なパートナーに溜息を吐く。言ったところで行動を改めるタイプじゃないのは、そこそこ長い付き合いから重々承知だ。

(まあ、それ以外は何も知らんが)

 電脳世界では地上での経歴を問うのは暗黙のタブーとなっているが、目の前の少女のことは本気で分からないし、調べても何も出てこない。数年前にふらっと現れて、『面白そうだから』って理由で勝手についてきてるんだしな。

「なあルナウ。ここ最近お前さんのファンに会う頻度が増してるんだが、何かやらかしたのか?」

「私の美しさにやられて、凶行に及んだのじゃないかしら? 怖いものね」

 試しに問いかけてみても、こんな返事ばかりだ。まあ未だ治安が整っていない電脳世界で、襲われる頻度が一人の時よりさらに増えたとはいえ、こいつのバグが強いから問題ないといえば、ないのだが。

「そういえば、技術屋。いい加減『電脳人(ライナー)』にならないの?」

「前も言ったろ。俺はこの姿が気に入ってるんだ。大体『反映者』から電脳人にはなれても、逆が不可能なのは知ってるだろ」

「それなら、いい加減名前くらい教えてくれてもいいでしょうに」

「生憎、地上に忘れちまってね。取りに行くのを面倒臭がったら、保管期限を過ぎちまった」

 『反映者』は、電脳体の姿が地上そのままであるもの。『電脳体』はその逆、電脳体を好き勝手に弄ったもの達で、大抵はイケメン美女揃いだ。

 目の前で銀髪のツーテールを揺らし、ガラス玉のように透き通った空色の瞳で見つめてくる少女は、その中でも頭一つ飛びぬけた完成度と美しさだがーー電脳人は性別も変えられるので、惚れこむのはある意味賭けだ。おまけに厄ネタ持ちだろうしな、ただでさえフリーの立場はトラブルが多いのに、最近は入れ食い状態だよ。

「地上もここも、人が生活する以上問題は似たり寄ったりの繰り返し。

 ……ま、ベッドの上で寝転がるだけよりはマシだわな」

 ソファーから立ち上がり、明るい深海という矛盾した例えをされた、機械的故に調和のとれた、外の景色を眺める。

 最低な治安、トラブルだらけの依頼に厄ネタ(推定)の同居人ーー数十年たった今も問題と面倒事は山積みだがーー今の生活は嫌いじゃない。



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