「おー、すっごい賑やかだなぁ! 流石夏休み!」
待ってましたと言わんばかりの勢いで、銀ちゃんは店内をキョロキョロと見て回っている。
興味のあるものに一目散な姿は、見ていて何だか子犬のようで微笑ましい。
ここはショッピングモール、イネスの中にあるゲームセンター。
夏休みを迎えている学校の生徒も来ているのだろう、友達連れの子供たちの姿が結構見て取れた。
ゲームの音もさることながら、たくさんの客の声も相まってかなり賑やかである。
「……勢いで連れてこられちまったよ」
皆が楽しそうに遊んでいる中、俺は肩を落として落ち込んでいた。
唐突に手を引かれて歩き出されたことで反応に遅れたのは否めないが、それでも初対面の少女に手を引かれる形でここまで連れてこられてしまうとは。
ここに来る途中、俺達を見る周りの目が、どこか微笑ましげだったことが少し恥ずかしかった。
きっと周りからは、夏休みではしゃぐ兄妹のように見えていたのかもしれない。
今更ながら、事案に思われて警察呼ばれなくてほんとよかった。
「お兄さん! ぼさっとしてないで、こっちこっち!」
いつの間にか戻ってきていた銀ちゃんが、また俺の手を取って歩き出す。
「……そうだな。折角のゲームセンターだし、楽しまなきゃ損だよな」
「そうそう、そうこなくっちゃ!」
ニカッと、元気はつらつとした笑み見せる銀ちゃん。
そんな顔を見てると、俺までなんだか元気になっていくように感じる。
折角銀ちゃんが気分転換で誘ってくれたんだ、俺も今を目一杯楽しむことにしよう。
―ガンシューティングゲーム―
「まずはこれ!」
そう言って銀ちゃんが指差したのは、ゾンビを撃ちまくるタイプのガンシューティングゲーム。
俺がゲームセンターに来る時にも、よくやっている奴だ。
しかし女の子がゲームセンターに来てまずやるゲームが、ガンシューティングゲームと言うのはまた珍しい。
いや、女の子と来たことないからよくわからんけど。
「ガンシューかぁ、これでいいのか? そっちの方がいいんじゃね?」
少し離れた所にある、同じガンシューティングゲームを見る。
そちらは的がいくつも出てきて、その的に向けて撃ち点数を競うというものだ。
西部劇に出てくるような服装に、キャラクターもデフォルメされた可愛い感じのやつで、こちらのゾンビ物よりも子供受けはよさそうである。
「そっちは友達と来た時にいつもやってますし。あたしとしてはこっちもやってみたかったんだけど、みーんな怖いからいやだーって」
「小学生くらいだったらそんなもんだろ。むしろ嬉々としてゾンビ撃つ小学生とか、見てて少し怖いぞ」
「うーん、そういうもんですかねぇ。ゲームは楽しむためにやるもんですし、いいんじゃないですか?」
「……まぁ、俺も小学生の時から普通にやってたけど」
「うわぁ、自分は棚上げとか。なんかズルくないです?」
「大人は総じてズルいものです。いい勉強になったな」
ジト目で見てくるのを華麗にスルーして、俺は百円を二枚取出して入れる。
「あ、あたしも出しますから!」
「いいのいいの、ここは俺が出しとくから」
「いやいや、そういうわけにも……」
「……はぁ、あのね? ゲームセンターに遊びに来て、小学生にお金を出させるわけにいかんのよ、大人として」
下手すれば小学生に金をせびっているようにも見られるかもしれないし、そうなれば今度こそ警察を呼ばれかねない。
それを無しにしても年下の少女に金を出させるというのは、俺としても少し抵抗があったりするのだ。
これが仮に同年代なら、たとえ女性相手でも遠慮なく割り勘にするのだけど。
「ま、今日は俺の気分転換に付き合ってもらってるわけだしな。そんなこと気にするよりも、一緒にめいいっぱい楽しんでくれる方が、俺としても嬉しいから」
「といっても、あたしが勝手にゲームセンターに連れてきたんだけど……まぁ、でも、お兄さんがそう言うなら」
「うむ、それでよし。なぁに、これでもバイトとかしてそこそこ金はあるんだ。銀ちゃんは気にしない気にしない」
そう軽く言って、ホルスターに収まっている拳銃を手に取る。
毎度思うことだけど、相変わらず繋がっているケーブルが少し邪魔くさい。
少し拳銃を動かすと、すぐに腕とか体とかに当たって気が散ってしまう。
盗難防止とか理由があるのかもしれないけど、いつかワイヤレスになってほしいものだ。
「うんしょっと……うーん、ちょっとやり難いなぁ」
始まるまでの短い時間のうちに拳銃の感覚を確かめていると、隣で銀ちゃんが拳銃を少し高めに持って構えているのが見えた。
「銀ちゃんには画面の位置がちょいと高いか?」
「そうみたいですね、あっちのは丁度良かったのに……」
「そりゃ、あっちはどうみても子供向けだし」
「こっちは大人向けってことですか……あれ? でも、お兄さんは小学生のころからやってたんでしょ?」
「その時はもう、今の銀ちゃんより頭一つ分は背が高かったしな」
思い返せば小、中、高と、学年で整列するときは後ろの方だったし、比較的体は大きい方だったのかもしれない。
「もぅ、あたしも早く大きくなりたいなぁ!」
俺とは違い、銀ちゃんは小学生の女子としては平均か、それより少し小さいくらいだろうか。
そのため筐体の大きさと合わず、満足にゲームができなくて若干悔しそうにしている。
「ちょっと待ってな、今踏み台貰ってくるから。少しの間、一人で頑張っててくれ」
「あ、どもっす、お兄さん! こっちはあたしに任せといてください!」
「うむ、銀ちゃんの健闘を祈る!」
元気にビシッと敬礼する銀ちゃんは、映画かなんかで見たのか中々様になっていた。
そんな銀ちゃんに俺も真似して敬礼を送る。
やる気十分のようだし、きっと俺が戻ってくるまで耐え抜いてくれるだろう。
とかなんとか思いながら踏み台を貰って戻って来ると、俺の方は普通に負けていた。
離れてからそこまで時間は経っていなかったはずだが、やはりやり難い状態でもう一人分をカバーするのは難しかったようだ。
申し訳なさそうに謝ってくる銀ちゃんを気にするなと言って励まし、俺はもう百円入れて戦線に復帰する。
今までの遅れを取り戻すように、怒涛の勢いでこのステージをクリアしてやった。
このゲームは何度かプレイしているから、どのタイミングで敵が出現してくるのかも大体把握していて狙いもつけやすい。
ヘッドショットとか急所狙いが決まればサクサク進む、このサクサク進む感じが中々気持ちいい。
自分が苦戦していたのにサクサク進められて、銀ちゃんは少し複雑そうだったけど。
―太鼓ゲーム―
「それそれ! せりゃ!」
「へぇ、結構うまいのな」
比較的楽譜が簡単なものではあるが、それでも難易度五段階のうち上から二つ目のそこそこ難しいバージョン。
それを銀ちゃんはまったくミスもなく、あっさりとノルマクリアをしてのけた。
「へっへーん。まぁ、こんなもんですって。このゲーム、友達と何度かやったことありますからね。それにあたしって、結構運動神経良いですから!」
そう言って得意げに胸を張る。
プレイ中、打ち込みにも妙に力が入っていたし、もしかしたらさっきのガンシューティングゲームであまり活躍できなかったことを気にしていたのかもしれない。
というかバチ二つ持ちが妙に様になっていたような……。
「ふむ、小学生に後れを取るのも癪だな。よし、今度は俺の番だ!」
「お兄さんも挑戦っすね。どうせだし、今度は一緒にやりましょうよ!」
手に持ったバチをこちらに傾けて笑いかけてくる銀ちゃん。
意図しているのかしていないのか、その姿がどことなく挑発的に見える。
小学生相手にどうかと思うが、少しだけ俺の対抗心が煽られた。
「オーケーオーケー、俺の実力をとくと見よってやつだ」
「それは楽しみだ。あ、次の曲、あたしが決めていいです?」
「あぁ、別にいいぞ」
選曲は銀ちゃんに任せる。
見ている間、俺は気合を入れるように両手を揉み解す。
その時に聞こえてくる指関節のポキッという音が小気味よく、度々やってしまうのだ。
本当はあまり良くないらしいが、これをするのとしないのとでは手の柔軟性が違って感じる。
多分、気のせいなのだろうけど。
「んーと、それじゃぁ……よし、これで!」
銀ちゃんが選んだのは某ゲームのオープニング曲で、俺も何度かプレイしたことのあるものだった。
難易度はさっきと同じ上から二つ目。
しかしプレイしたことのある俺は知っている、この曲の実質的な難しさで言えばさっきのよりもずっと高いことを。
さっきの曲で言えば一番難しい難易度と同等か、それ以上。
所謂、難易度詐欺と言われる曲の一つである。
カウントダウンが始まる。
隣を見ると銀ちゃんは鼻歌を歌いながら、バチ同士を軽く叩きあわせてリズムを取っている。
見た感じからはわからないが、さっきと同じ難易度ということで俺を油断させようと思ってこの曲を選んだのだとしたら、中々に良い性格をしている。
自然と口の端が上がっていくのが自覚できた。
バチを二つ持って太鼓の前に立つ。
足を少し広げて膝を軟らかくし叩きやすい体勢をとり、一度深呼吸をしてゆっくりと構える。
銀ちゃんもすでに構えを取っている。
一瞬、チラッとこちらを見てくる。
それはまるで「何時でもこい」と言っているかのようだ。
そしてカウントがゼロになる。
曲が始まり、音符が流れてきた。
初手からハイペースな曲調で、沢山の青と赤の音符が入り混じって流れてくる。
それを俺は動揺することなく、手に持ったバチでリズミカルに太鼓を叩く。
「っ!」
隣で銀ちゃんが息を飲むのが聞こえた。
だが、こんなもので驚かれては困る。
曲は中盤、ペースがだんだんと速くなり、更に音符が複雑になってくる。
しかし俺は両方のバチを止めることなく、淀みなく動かし続ける。
「ここをノーミス!?」
横目で見ていたのか銀ちゃんが驚きの声を洩らす。
プレイ中によくそんな余裕があるものだと、俺も音符の隙をついて隣を一瞬だけチラ見する。
「(チッ、よく言うよ。そっちもノーミスじゃないか!)」
銀ちゃんと俺のコンボ数は同数だった。
「お兄さん、かなり手馴れてるね!」
「ゲームセンターに来たら、必ず太鼓は叩いてるからな! それに、これでも小さい頃は、町内会の盆踊りで太鼓叩いてたんだぜ俺は!」
思い出すのは小さい頃に近所で開かれた楽しい盆踊り……の前に行われた練習の日々。
教えるのは長年太鼓を叩き続けてきた古株の爺さん。
その人は気難しく昔気質な性格だが、女の子には甘いところがあった。
反面、男の子には頑固一徹指導をすることで有名であり、クラスの男子は盆踊りが開かれる時期になると、自分が太鼓役をまかせられないようにと神樹様に祈りを奉げていた。
俺も例にもれず、夜な夜な神樹様に祈っていたものだ。
その祈りは結局届かなかったけれど。
「めっちゃきつかった、マジきつかった! 絶対小学生に教えるレベルじゃねぇだろ! ふっざけんなクソジジィィィィイ!!!」
間違えるたびに飛ばされる怒鳴り声、気付けば夜も更け、手にはいくつもマメができていた。
あのきつい練習の日々、そしてあの憎たらしい爺さんの顔を思いだし、太鼓を叩く手に力が籠る。
ここで連打ゾーンに入り、互角だった銀ちゃんのポイントを追い抜いた。
「な、なんかよくわからないけど、すっごい気迫が伝わってくる……でも、あたしだって負けてられるか!」
「はっはぁ! 今の俺は誰にも負ける気がしないぜ! おりゃああああ!!!」
「見せてやる! これがあたしの魂の打ち込みだ! そぉりゃあああああ!!!」
俺達は互いに絶対負けるかという強い意思をバチに込め、一心不乱に太鼓を叩き続けた。
その後、俺と銀ちゃんは勝ったり負けたりの白熱した互角の勝負を繰り広げる。
十戦中五勝五敗。
完全に引き分けに終わったが、俺達はお互いの健闘を称え合い握手を交わす。
今ここに、歳の差を越えた友情が生まれたことを確信した。
ちなみに、一度難しい曲の最高難易度でやってみたら、二人とも散々な結果だったのはご愛嬌である。
どれだけ練習したら、あれをクリアできるようになるだろうか。
俺達には程々の曲が一番らしい。
―クレーンゲーム―
「……あ、このキーホルダーまだあるんだ」
あれからいくつかのゲームをまわり、結構楽しんだ俺達。
結構長い時間ゲームセンターにいたし、そろそろ帰ろうかと考えていたら、クレーンゲームの所で筐体に手をついて中を見る銀ちゃん。
その視線の先には可愛くデフォルメされた狸のキーホルダーがあった。
「それ、欲しいのか?」
「んー、そうなんだけどさ。これが中々取れないんだよなぁ」
物欲しそうにしている表情の中に、悔しそうな雰囲気が垣間見える。
今までに何度か挑戦したことがあるのだろう。
結果は今そのキーホルダーがそこに在ることから、言われるまでもなくわかることだ。
「ふーん。確かに、少し小さいし結構難しそうだな」
キーホルダーをよく見てみると、5㎝くらいの大きさだろうか。
鞄とかに付けるようにかチェーンもついてはいるが、それもキーホルダーの大きさに見合ったサイズでアームに引っかけて取るのも難しいだろう。
「……よし、いっちょやってみるか」
「え? お兄さん、これ取れるの?」
俺が百円玉を入れたのを見て、銀ちゃんが少し驚いたように言ってくる。
「さて、やってみないことには何とも言えないけど。でも絶対取れない物なんて流石に置かないだろうし、何とかなるんじゃないか?」
「……なんだろ、結構余裕ある感じに聞こえるけど。お兄さんって、もしかしてクレーンゲーム得意なの?」
「ははは、どうだろうな~」
と、曖昧にぼかしてみたものの、正直なところクレーンゲームなんてはじめてである。
初めてのゲームで得意も不得意もわかるわけでもなし、まさしくさっき言った通り“やってみないことにはなんとも言えない”である。
「えーと、まずは……うん、このくらい横に移動してっと」
銀ちゃんが横でアームの動きをじっと見ている。
さっきまでとは違い無言で真剣そのものといった感じである。
これだけ期待されてたら、やっぱり取ってあげたいと思うものだ。
「奥は……このくらいか?」
奥に流れていくアームが丁度キーホルダーの真上くらいの位置にくる。
俺が操作するのはここまで、ここから先は機械任せである。
アームの爪が開き、目標目掛けて降りていく。
「んー、結構いい感じのところ行ったんじゃないかな」
「……」
銀ちゃんは相変わらず無言で、こちらに一言も返してこないのが気になる。
しかもただ無言なのではなく、ジッとアームの行方を見つめるだけで微動だにしない。
「……お?」
開かれた爪がキーホルダーを囲むような位置で止まり、ゆっくりと爪が閉じていく。
爪が完全に閉じると、その中には目的のキーホルダーがしっかりと収まっていた。
アームがユラユラと揺れながらゆっくりと上がっていく。
「よっしゃ、一発ゲット!」
「……まだ」
「え?」
まさか一発で取れるとは思わなかった俺は、グッとガッツポーズする。
しかし銀ちゃんのまだ安心できないというような、緊張感の籠った静かな声にどういうことかと首を傾げる。
「銀ちゃん、まだってどういう……って、あぁ!?」
銀ちゃんにどういう意味か聞こうとしたところで、俺はその意味が自分でも理解できてしまった。
アームが上まで昇ってきた瞬間、止まったと同時にほんの僅かにアームに振動が起こる。
その僅かな振動により、元々乗ってるだけの状態だったキーホルダーが微妙にズレてしまった。
横向きに動き出した時、再び起きた僅かな振動から更に位置が微妙にずれて、今まで保たれていたバランスがゆっくりと崩れていく。
そしてもう少しでゴールにたどり着きそうだったその目前で、とうとうキーホルダーは爪の隙間からするりと抜け落ちてしまった。
爪に何もない状態のアームが景品の排出口に向かっていくのを、俺はただ茫然と見つめることしかできなかった。
「う、うっそだろおい」
「……ふぅ。いやぁ、クレーンゲームやってると、なんでかすっごい緊張しちゃうんだよな~!」
目の前で起きたことが信じられずにいる俺と正反対に、銀ちゃんは一息ついてそう言う。
「でも、結構いい感じに上げれてたと思うよ。次やったら、もしかしたら取れるかもね!」
「そ、そうかな?」
「そうそう、こういうのは一回や二回で諦めちゃいけないんだよ。何度も挑戦して、やっとコツをつかんでいくものなんだから」
それは銀ちゃんの体験談なのか、その言葉には妙に説得力を感じた。
「そ、それじゃあ、もう一回やってみようかな」
「うんうん、頑張りたまえ若人よ」
「若人って、銀ちゃん何歳だよ」
「ぴちぴちの十一歳でっす!」
ぴちぴち過ぎるなと苦笑いを浮かべつつ、俺は財布から再び百円玉を取出して投入する。
今の俺にはさっきまでの余裕も油断もなく、プレイ中の銀ちゃんと同様に真剣そのもの。
キッと動き出すアームを睨み付ける。
ここからが本当の勝負の始まりだ。
「お兄さん! そろそろ止めなって!」
「離してくれ銀ちゃん! もう一回、もう一回やればいける気がするんだ!」
「確かにあたしも『何度も挑戦して』、って言ったよ。でも、限度があるでしょ!? もう何度目だよ、流石に使いすぎだって!」
あれからどれくらい時間が経っただろうか、クレーンゲームに集中していた俺には知る由もないことだが、大分時間が過ぎたことは確かだろう。
しかし、俺達はいまだにクレーンゲームの前に立っていた。
ちなみに今の構図としては、俺が再び百円玉を投入しようとしている腕を、銀ちゃんがしがみつくような形で必死に止めているところである。
「まだそんなに使ってないから! まだ俺の財布の百円玉は尽きていない!」
「そりゃ尽きてないよね! さっき両替してきたもんね! お兄さん、自分が何回両替に行ったのか覚えてないの!?」
「え? 二回くらい?」
「いや、二回でも十分多いからね? でも、お兄さんもう五回は行ってるんだよ!?」
そんなに行っただろうか、そう疑問に思いながら財布の中身を確認する。
「……あっれぇ? おかしいなぁ、なんかお札があんまり残ってないんだけど?」
最初に確認した時は、万札が一枚と千円札が何枚か入っていたはずなのに。
今では千円札が何枚かくらいしか残っていない。
他にもゲームをやっていたとはいえ、これは無くなり過ぎじゃないだろうか?
「まったく。お兄さん、どんだけムキになってるんだよ。あたしクレーンゲームで、五千円以上使う人なんて初めて見たよ」
「い、いる所には一万円以上使う人だっているし?」
「いるわけないでしょ!?」
以前ネットの動画でそういう人を見たことがあるから、いるのは間違いないのだが。
しかし目を尖らせムキーッとなっている今の銀ちゃんには、そんなこと言っても何の意味もないことだ。
「……と、とりあえず、最後にもう一回」
「お兄さん!」
「ほ、本当にこれで最後にするから! 本当に! 約束するから!」
ジーッと見つめてくる銀ちゃんに、両手を合わせて頼み込む。
いや、そもそも俺の金なのに、なぜこんなに説得しなければいけないのだろうか。
そう疑問に思いながらも、俺も銀ちゃんを見つめ返す。
「……はぁ。もう、本当にこれで最後だよ? ちゃんと約束できる?」
「あ、あぁ! もちろんだとも!」
銀ちゃんは仕方なさそうに溜息をついて言ってくる。
それはまるで小さな子供に言い聞かせる母親のようで、なんだか年上としてのプライドが少し傷ついてしまう。
とにかく最後の一回に向けて、俺は気持ちを落ち着かせるために一度大きく深呼吸をする。
そして改めて百円玉を投入して、ボタンを押す。
「……」
「……」
俺と銀ちゃんは無言になり、ただアームの行方を目で追う。
横に流れるアームを見つめて適当なところで止める。
そして奥へ向かうボタンを押してこれまた適当なところで止める。
止めた所はキーホルダーの少し上、それは丁度キーホルダーのチェーンがついている部分の真上に当たるところだ。
最後の最後、この一回の作戦は爪をチェーンに引っ掛けるというもの。
最初は難しいと言ってはいたけれど、これまでの敗北の回数だけコツは大体つかんだ。
爪が開きゆっくりと降りていく。
爪が落ちるだろうと予想される位置も、うまい具合にチェーンがあるところだ。
「……」
心の中でも俺は無心を保つ。
ここまで来たらもう後は運に任せるしかないのだが、少しの油断から運に見放されてしまうのではないかと思って必死に心を押し殺す。
俺は、そして銀ちゃんは、ただただ事の次第を見守るのみ。
そしてついに、爪が完全に下まで届いた。
「っ!」
爪は、チェーンの輪の中にぴったりと落ちていた。
ゆっくりと爪が閉じていく。
完全に爪が閉じた時、その爪にはチェーンが引っかかっていた。
「あ、あぁ……」
「お兄さん!」
うまい具合に引っかかったのか、それは天辺まで届いた時に起きるわずかな振動でも、移動中の揺れでも落ちる気配はなかった。
そしてアームは景品の排出口まで移動を終え、ゆっくりと爪が開かれていく。
―――ガチャン
引っかかったチェーンは爪が開かれるのと同時にするりと抜け落ち、そのまま排出口に落ちていった。
「……」
俺は言葉もなく、落ちた景品を取り出す。
それを見つめていると、次第に体が震えてくる。
「こ、これ……これっ!」
それはようやくとることができた喜びによるもの……。
「これじゃねぇだろぉぉぉぉ!!!」
……ではなかった。
出てきた声は賑やかなゲームセンター内でも一際大きく響き渡っていた。
そう、俺が手にした景品は目的の狸のぬいぐるみではなく、そのすぐ近くにあったペンダントだった。
「あーっ、もう! なんここで別の景品がくるかなぁ!? ここはさぁ、目当てのもの取れるノリだっただろ!? 中々取れなくて、最後の泣きの一回でようやっとゲットできるノリだっただろ!?」
「いや、ノリってなにさ。そんなので取れるなら苦労しないでしょ? ノリで取れるなら、あたしだってもっとたくさん取れてるよ」
確かに、ノリのいい銀ちゃんの言う事には説得力があるように思える。
「それにさ、確かに目当てのものとは違ったけど、ちゃんと取れたんだからいいじゃん!」
「……まぁ、それはそうなんだけどさぁ」
銀ちゃんが言うように、確かに取れただけマシだとは思う。
それでもこれだけ金をかけて、最終的に取れたのが目当てのものではなかったということに、どことなく釈然としないものを感じた。
「はぁ、ほんとならもう少しやってみたいところだけど」
「 お に い さ ん ?」
「わかってるって、約束は守るから」
銀ちゃんが凄味のある笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
表情としては笑顔なのに目が笑っていないという、中々器用なことができるものだ。
こんなの漫画とかでしか見たことない。
まぁ、それはさておき。
「それじゃ……はい、銀ちゃん」
「……ほへ?」
ペンダントを近付いてきた銀ちゃんの首に掛ける。
当の銀ちゃんは間の抜けたような声を上げて、意味が分からなそうにしていた。
「え? お、お兄さん?」
「あげるよ。今日一緒に遊んでくれたお礼ってやつだ」
本当は銀ちゃんが欲しがっていた狸のキーホルダーをプレゼントしたかったのだけど、取れなかったのは本当に残念だ。
……今度また、別の機会に挑戦してみるとしよう。
「い、いいの? せっかくあんなにお金かけて取ったのに、あたしにくれちゃって?」
「あぁ、もちろん。元々、銀ちゃんにプレゼントするために始めたわけだしな。それに、俺にはそんなお洒落ペンダントは似合わないよ」
銀ちゃんの首に掛かっているペンダントは五センチくらいで本の形をしている。
カバーが緑色で、表紙には銀色の花の装飾。
男の俺が身に付けるには、少しばかり可愛らしい感じがする。
「……そっか。うん、それならありがたく貰っておくよ」
「あぁ、そうしてくれ」
ちゃんと受け取ってもらえたようで何よりだ。
さっきも言った通り、元々、銀ちゃんにプレゼントするためにクレーンゲームを始めたのだ。
俺としてはここで受け取ってもらえないことの方が残念に思ってしまう。
銀ちゃんはプレゼントしたペンダントを手に取り、嬉しそうに眺めている。
「わぁ、よく見るとほんとにお洒落な感じのペンダントだね。色合いも結構あたし好みだし、気にいったかも。ありがと、兄ちゃん! あたし、大切にするから!」
「どういたしまして……って、兄ちゃん?」
少し前から気安い話口調になったとは思っていたけど、呼び方は相変わらず“お兄さん”呼びだった。
なのに、それが今になって急に変わったことで少し驚いてしまった。
「え? ……あっ ……あ、あはは、つい言っちゃった」
一瞬キョトンとなった銀ちゃんは、自分が言ったことに気付いたらしく少し気まずげに笑う。
「えっと、実はさ、あたしって弟はいるんだけど兄ちゃんとか姉ちゃんはいなくて少し憧れてたんだ。それで一緒に遊んでて、「もしあたしに兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなぁ」って思ってさ」
それで油断してかどうかは知らないが、つい想像していた呼称を口走ってしまったということか。
こちらを気にしてかチラチラと遠慮がちに視線を送ってくる。
そんな銀ちゃんを見て俺は少しだけ吹き出し、銀ちゃんの頭を少し乱暴に撫で回す。
「兄ちゃんか、いいなそれ! 実をいうと、俺は一人っ子でな。今日一緒に遊んでて「もし俺にも妹がいたら、銀ちゃんみたいな感じかもな」っていうのは、俺も思ってたんだ」
「……あたしと同じだ」
元気で笑顔が絶えず、初対面でも気さくに話しかけてきて、子犬のようにあちこち動き回る銀ちゃん。
それは俺が昔、小さい頃に思い描いていた「もし弟や妹がいたら」と言う想像にまんま当てはまっていた。
きっと俺が何の抵抗もせずに手を引かれてここまで来たのには、そういうことも関係しているのだろうと今では思える。
「だから、銀ちゃんがそう呼びたいんなら、遠慮しないで呼んでいいぞ? むしろ、どんと来いってやつだ。俺もなんか本当に妹ができたみたいで、ちょっと嬉しいしな!」
「……へへ、そっかぁ!」
銀ちゃんは頭の撫でられたところに手を置き、少し照れたような表情を浮かべる。
その仕草がまた可愛らしく、心になにやら温かいものが生まれてくるように感じていた。
きっと兄が妹を想う気持ちとはこんな感じなのだろうなと、俺は銀ちゃんを見つめながら密かにそう思った。
「……っと、もうこんな時間か」
ふと店内にある掛け時計を見ると、十四時くらいにここに来たのに、いつの間にかすでに十七時を越えていた。
それだけ銀ちゃんと遊ぶのが楽しかったということなのか、楽しい時間が過ぎるのはあっという間である。
……クレーンゲームに思いのほか時間がかかってしまったという可能性も、無きにしも非ずだけど。
「え~? まだあたしは大丈夫だよ?」
「いやいや。銀ちゃんはまだ子供なんだから、遅い時間まで遊ぶのは危ないって」
言外にもっと遊びたいと見える銀ちゃんに、俺は首を横に振る。
大学生の俺ならともかく、流石に小学生の女の子が遅くまで外で遊んでいると家族も心配するだろう。
そう伝えると、少しふてくされたように唇を尖らせる。
「ははっ、別に今日しか遊べないわけじゃないんだから。また今度遊べばいいだろ?」
そんな銀ちゃんを見てるとやはりまだ子供なのだなと笑い、さっきとは違い優しめに頭を撫でてやる。
「……むぅ……じゃぁ、これ」
「ん?」
ポケットからスマホを取り出し、こちらに向けてくる。
「連絡先。お互い知らないとまた遊べないでしょ?」
「あー、それもそうだな。じゃあ俺も。赤外線でいいか?」
「うん」
俺も倣ってスマホを取り出し操作する。
「(というか、今時の小学生ってスマホ持ってるんだなぁ)」
慣れた手つきでスマホを操作する銀ちゃんを見て、少し複雑な感情が生まれてくる。
俺がスマホを初めて手にしたのは高校生くらいの時だったというのに、まったく最近の子供は贅沢なものである。
そんな考えをおくびにも出さず、つつがなく連絡先の交換は終了した。
「よし、完了! じゃぁ、今度メールとかするから。それじゃ……あっ!」
これで今日は終了の流れか、そう思ったら銀ちゃんは何か見つけたようで小走りで駆けていく。
「兄ちゃん兄ちゃん! 最後にこれやろう!」
「……プリシー?」
そういい銀ちゃんが指さすのは、何処のゲームセンターでもある普通のプリントシール、プリシーの筐体。
「そ! テレビで見たんだけど、義兄弟の契り? なんかそんな感じで、義理の兄弟になった記念に……えっと、盃? でお酒飲んでお祝いをするんでしょ? 流石にあたしはまだお酒は飲めないから、義兄妹になった記念ってことで一緒にプリシー撮ろう!」
「義兄妹になった記念って……えっと、銀ちゃんって、任侠もの好きなの?」
「うーん、お父さんが好きで一緒に見てただけだから、正直内容とかはよくわからないんだけどね。でも、なんかかっこいいよね! 義理と人情!」
「……あー、まぁ、そうだな。とりあえず、あんまり影響されないようにな?」
流石に無いとは思うけど、小学生に極道の世界に興味持たれるのもあれなので一応注意はしておいた。
「えーと、何々……へぇ、背景変えられたり落書きしたり、色々できるんだ~」
「銀ちゃんは普段、プリシー撮ったりしないのか?」
「いやぁ、実はあたしも初めてなんだなぁ、これが。友達と来る時も、プリシーより他のゲームに目がいっちゃって。今度、須美たちとも一緒に撮ろっと」
筐体に入り説明画面で何が出来るかを見て感心している銀ちゃん。
女の子はプリシーとかよくやるものだと思っていたけど、どうやら違うようだ。
確かに今日一緒にやったゲームを思い出しても、シューティングとか格闘ものとか結構男の子が好きそうなゲームが多かったように思う。
俺に合わせてそういうゲームを選んだのか、元々そう言うゲームが好きなのか。
「んむぅ、どれがいいかなぁ……ねぇ、兄ちゃんはどれがいいと思う?」
「そうだなぁ、俺も初めてでよくわからないし。とりあえず最初なんだから、ちょっと縁取りを変える程度でいいんじゃないか?」
慣れないうちにあれこれ弄ると、よくわからない物ができてしまうものだ。
だったら最初はシンプルなくらいで丁度いいだろう。
「んーと、それじゃ……よし、これでいいかな」
俺の意見を聞き、慣れない手つきで画面を操作していく。
暫くすると気に入った物があったらしく、その設定が画面に表示される。
「花柄か、結構可愛い感じの選んだな」
「へへっ、実はこういうの結構好きなんだ。兄ちゃん、ポーズはどうする?」
「ポーズ? いいよ、別に普通で」
「それじゃぁ、つまらないって! どうせ撮るなら面白く撮ろうよ!」
「つってもなぁ」
『撮影しまーす!』
「……え? に、兄ちゃん! もう秒読み始まってる!」
どうするか考えていると、銀ちゃんが少し慌てて画面を指差す。
見ると、そこには残り時間が表示されていた。
カウントは、丁度今ゼロになったところ。
『はい、チーズ!』
「「……あ」」
―――カシャッ
画面が切り替わる。
そこに映っていたのは間抜けそうに口を半開きにして、呆然としている俺達の姿。
『あと二回撮影できます!』
「……銀ちゃん」
「……ごめん。間違ってボタン押しちゃってたっぽい」
そう言い苦笑いを浮かべて謝ってくる。
二人とも初めてなのだし、こう言う事もあるだろう。
「とりあえず撮り直しだな。で、ポーズだけど……やっぱり普通に撮ろうぜ? ピースする感じの奴で」
「えー」
不満気な表情を浮かべられた。
そんなに面白い感じに撮りたいのだろうか。
「まぁまぁ、あと二回あるんだし試しってことで」
「……むぅ」
銀ちゃんをなだめ、今度は俺が撮影のボタンを押す。
『撮影しまーす!』
「ほら、始まるぞ?」
「……」
『はい、チーズ!』
シャッター音が鳴る瞬間、銀ちゃんがズイッと前に出た。
その時、俺の体が押されて、少しだけ横にずれる。
―――カシャッ
さっきと同じように画面が移り変わる。
そこには体が枠の外に出て見切れている俺と、してやったりなドヤ顔を浮かべた銀ちゃん。
「……銀ちゃん?」
「あ、ごめーん! ちょっと躓いてさ、失敗失敗!」
「……へぇ。躓いて、ねぇ」
「ここ狭いし、動きにくいからかな? まぁ、次は気を付けるよ!」
そう言う銀ちゃんの顔は、申し訳なさそうな表情など微塵も浮かべてなかった。
撮影された写真で銀ちゃんの顔を見た時からだったが、今はっきりと確信に至った。
銀ちゃんは何が何でも、面白い感じに撮影したいらしい。
「……そうだな、今度はちゃんと撮ろうな……そう、ちゃんとな」
「もちろん!」
自然と笑みがこぼれる。
それを見て、銀ちゃんも同じく笑みを浮かべてくる。
俺達の浮かべている笑みは、きっと同じ類のものだろう。
改めてカメラに向かい並ぶと、意図せず俺達は同時にボタンを押した。
『撮影しまーす!』
チラッと視線を向けると、銀ちゃんも横目でこちらを伺うように見ていた。
俺達の視線が交差する。
『はい、チーズ!』
それを聞いた瞬間、俺達が動き出したのは同時だった。
「ふんぬ!」
「おりゃ!」
―――カシャッ
画面が切り替わる。
さっきとは違い、今度は俺も銀ちゃんもちゃんと画面の中に納まっていた。
ただ違うのは、お互いがお互いの顔を押しのけるような形で撮られていることくらい。
「……ちっ、ドローか」
「……だね」
三回の撮影が終わり、取出し口から撮影された写真が出てくる。
そこにはさっきまで撮られた三種類の写真が二枚ずつ、計六枚並んであった。
「最後に撮った奴だけじゃなくて、三回分全部出てくるのか」
「そうみたい」
「……で、どうする? もう一回やるか?」
そう銀ちゃんに尋ねる。
今日一緒に遊んで分かったが、負けず嫌いなのは俺も銀ちゃんも同じだ。
引き分けになるにしても、せめてあと二、三回勝負してからでないと、お互い気が済まないだろう。
プリシー撮るのに、なぜ勝負という単語が出てくるのか我ながら疑問ではあるが。
「んー……いや、いいや。あたし、これがいい!」
「……え、そうか?」
「うん!」
そう言う銀ちゃんは遠慮や嘘などではなく、本当に満足したらしい満面の笑みを浮かべていた。
あと何回するか考えていた俺としては少し拍子抜けではあるが、銀ちゃんがそれでいいというのなら良しとしておこう。
……決して今更振り返って、プリシー程度でムキになるのが恥ずかしかったからではないことだけは釈明しておく。
銀ちゃんは取り出した写真を綺麗に半分に千切り、半分を俺に渡してくる。
受け取って見てみると、三枚とも最初に考えていた“普通の写真”とは大分かけ離れていた。
一枚目は呆然と口を半開きにした二人のアホ面。
二枚目は銀ちゃんのドヤ顔に、見切れてる俺。
そして最後の三枚目は、お互いが自分が中心に来るのだと負けじと顔を押しのけあい、二人とも変な顔になっている。
……だけど。
「……まぁ、いっか」
最後の写真を見て、銀ちゃんが「これがいい」と言った理由に納得し、思わず苦笑いになる。
その写真ではムキになり顔を押しのけあっているせいで変顔になっているけど、それでも俺達は楽しそうに笑って写っていた。
そう、まるで本当の兄妹のように仲良さそうに。
俺達の記念の写真として、これは確かに悪くないと思えた。
銀ちゃんの口調、色々見て思いますけどちょくちょく変わっててどう書くのか毎度悩みどころでした。
そういうところも可愛いんですけどね、銀ちゃんは。