ドックタグ、というものがロドスにある。ロドスにおいてオペレータの個人識別用に使用されるものだ。オペレータが死去した際、片方は遺体と一緒に埋葬、もう片方は近しい誰かに渡す決まりになっている。
もちろん、これは死亡後の話であるが、エリートオペレータの中には近しい人間に自分の半分を預けるなどの理由から、ドックタグを手放そうとする者も一定数存在する。
しかし、ロドスでは識別が出来なくなることに対する危惧からドックタグを他者に渡すことを硬く禁じている。
余談にはなるが、上半身と下半身がさようならした時に識別しやすいというメリットも存在する。
「ドクター、私はそう言ったはずだろう」
ケルシーと呼ばれる白髪の女医が鋭い口調で咎める。普段静かな口調で話すため、その声色に宿る呆れは隠しきれるものではない。端的に言えば、彼女は感情を乱している。
「ドクター、あれはアクセサリーではない。ましてや記念品でもない。アレは識別するための符号に過ぎないが、それでも必要になることは往々にしてある。なぜなら、彼らは我々と共に歩み、苦しみ、同じときを分かち合う友であるからだ」
確かに目の前に居るはずのケルシーを、どこか遠くの存在のようにドクターは見ている。
あるいは、自分と理解を共有していない者に対する目線とすら言えるかもしれない。
「……ケルシー、私は同意しかねるよ」
静かに、そう告げるとケルシーから諦観の視線が強くなる。
「私たちと共に歩んでいてくれるのなら、それこそ彼らの好きにさせるべきだ。古い習慣が悪いことだとは言わない。だが、それに囚われず、変革させることも時には必要になる」
医療部代表、実権はともかく影響力が大きい存在にも関わらず、ケルシーに対して物怖じすることなく言う。それがCEOという後ろ盾があるからなのか、はたまた別の理由があるのか。それは分からないが。
「こんな言い方をしたくはないが、私たちは彼らの力なくして勝利を得ることは出来なかった。それは今までそうだったし、これからだって変わらないだろう。だからこそ、変革するべきは今だと私は思うよ」
言葉は落ち着いている。普段のドクターとなんら変わらない。そのはずなのに拭いきれない違和感がケルシーの中で渦巻いている。それは、ドクターが目を覚ましてからずっと抱き続けている嫌悪感、その一端であることをケルシーは気付かないフリをしている。
意図して深呼吸して思考をリセット。熱くなっては自分ではないと言い聞かせて言葉を吐く。
「古いからこそ、変えるべきでないことは多くある。例えば宗教の定義。混乱の火種になるものは可能な限り避ける必要がある。もちろん、その限りではないのは我々が証明しようとしている。だが、認識票についてはその必要はない」
「目の前で起きている事実から目を逸らして、かな?」
「……見解の相違だな。ドクター、君はもう少し賢かったはずだが」
会話は終わりとでも言うように、踵を返す。
「人は変わる。それは私だってそうだ」
ケルシー、あなたが見ているのは私ではないのだと、言外にドクターは言った。自分はあくまで自分で、目が覚める前の
さて、なぜこんな話をすることになったのか、それは数週間前に遡る。
その日、ドクターはスケジューリングファイルを眺めていた。ロドスは大規模な組織だ。外向きはただの製薬会社でしかないが、その実態は感染者を救うという大望を持った組織である。
大望にはそれに伴う行動が必要があり、それがなければ世に蔓延るペテン師となんら変わらない。行動あっての実績であるのは間違いない。そのため、ロドス内では共有のスケジューリングファイルが存在する。
どの作戦がいつあるのか、それには誰が出動するのか。それら全てが管理されたファイルを見て、思う。
「無理を……させすぎているんだよな……」
作戦によっては一部のオペレータに対する仕事の割合が大きくなってしまうことが少なくない。困難であると思われる作戦に対してはそれ相応の実力を備えたオペレータの力が必要となるし、有能であっても作戦に適していなければ採用することは出来ない。
その中でも特筆して採用率が高いのは──。
「アーミヤか……」
ロドスのCEO、アーミヤ。彼女は自身のスキルはもちろん指揮のサポートも出来るため、採用率が高い傾向がこれまでも指摘されていた。ケルシーにも無理はさせないようにとありがたい言葉を頂戴していたが、作戦立案をしている場にやってきては自分を連れて行ってと頼まれては断りきれずに今まで先延ばしにしていた。
そうは言っても彼女も生き物だ。一部の者は≪≪魔王≫≫と呼称し、特別な運命を抱えている彼女だって無理をすれば倒れるし、心も疲弊していく。そろそろ休みが必要だろう。
そう思った彼は自分の影に一言告げて執務室から出る。普段通りなら彼女もCEOの仕事をしている頃だろう。
廊下ですれ違う姿の中には様々なものがある。種族として特徴的な徴がある者、感染者である証を持っている者。他の場所では排他されてきた彼らだが、ロドスという安息の地を手に入れたことによってか、皆笑顔でなくとも暗い表情は見ない。これがCEOの人徳なのだろうな、と思うと同時にまだ20にもなっていない者に背負わせるのは重すぎるのではないかとも感じるのは、この世界に生きる者として無責任すぎる感想だろうか。
目的の部屋の前について、扉を三回ノックする。
「ちょっと待っててください!」
トタタ、とかわいらしい足音が聞こえて扉が開かれる。手入れの行き届いた茶髪に整った眉目、平均より低いだろう背丈は、見る者に少女という印象を与えるだろうが、彼女こそロドスのCEO、アーミヤだ。
「あっ、おはようございますドクター! どうかしましたか?」
不思議そうに首をかしげる彼女。傍から見れば親子のようにも見えるが、彼女の瞳に宿る感情はどのようなものだろうか。人の機微に疎いドクターには読み取ることが出来なかったが、見る者が見れば、少なくとも父親に対する目ではなかったことに気が付くだろう。
「少し話があるんだけど……いいかな?」
「はい! 今飲み物を準備しますね!」
スキップをしそうなほど上機嫌な姿を見ると、ドクターは笑みを深める。彼女が上機嫌な理由は一つ、自分の部屋にドクターが来てくれた。ただそれだけなのだ。
普段ドクターは作戦以外で執務室を出ない。それは大量の書類の山に忙殺されているのはもちろん、年齢が低い子供たちが遊びに来るからである。記憶を失う前ならばどうだったか分からないが、今の彼は子供たちに向き合っている。……おもちゃにされているともいうが。
閑話休題。
ともかく、自覚のあるなしに関わらずドクターは多忙の身だ。戦場を鳥瞰し、オペレータと向き合い、ロドスのことを考えて行動している。アーミヤは聡い少女だ。彼女がワガママを言えばきっとドクターは聞いてくれるが、確実に負荷がかかってしまう。自分が年以上にしっかりしていないといけないと自覚している彼女にとって、ワガママを言ってドクターに迷惑をかけてしまうのは好ましいこととはとても言えない。
そんな少女の抱いたささやかな願いの一つが、ドクターを部屋に招くというものだった。
傍から見れば願いとも言えない|些末事≪さまつごと≫。だが、彼女にとっては夢の一つだった。
「ドクター、なにを飲みますか?」
「コーヒーをお願いしようかな」
「はいっ!」
コーヒーメーカーの前に立って鼻歌交じりにコーヒーを煎れる彼女は普段見ないほど上機嫌だった。そんな彼女を横目に室内を見渡す。
几帳面な性格故だろうか。ドクターの執務室とは比べ物にならないほどに片付いている。机の上は書類の山などもちろん出来上がっていないし、床に散乱しているものは一つもない。加えて、年頃の少女としてはいささか地味ではあるが、ウサギのぬいぐるみが部屋の隅にちょこんと置かれている。随分くたびれているように見えるそれは、遠目にもしっかり手入れをしていることが見て取れた。
湧き上がってくるのは愛おしさか、はたまた別の感情か。
よく分からない感情で胸を満たしていると、控えめな笑顔を彼に向けてコーヒーを持ってくるアーミヤの姿が視界に入った。
「ドクター、どうぞ」
「ありがとう」
ミルクはおろか、砂糖すら入っていないだろうブラックコーヒー。一口、口に含んで風味を楽しむ。
「ん、これは……私の執務室に置いてあるものと同じものだね」
「はい。ドクターと一緒のものを飲みたくて……一緒のものを買っちゃいました」
えへへ、とほんのり笑う彼女の頬はほんのり赤みがかっていて照れていることが分かった。しかしあえて指摘せず、また一口、コーヒーを口に含む。
「ああ、落ち着くね……アーミヤ、君は本当にコーヒーを煎れるのが上手だよね」
「ありがとうございます」
「道具もあるし、普段から自分でコーヒーを煎れて飲んでるのかな」
「ええと……眠くなってしまったときに……」
恥ずかしそうに瞳を伏せるアーミヤに対してやはり年相応な面もあるんだな、とほっこりする。
だが、今アーミヤが発した言葉が全て本当、ということではない。彼女は決してブラックコーヒーなど飲まないし、砂糖をたくさん入れてミルクを入れるのが彼女の飲み方だが、この煎れ方はブラック前提の煎れ方である。
コーヒーを煎れるための道具にしたってそうだ。アーミヤはドクターほど頻繁にコーヒーを飲むわけではない。それでもこだわって道具を置いているのはドクターが来る日を夢見た乙女心ゆえの行動だ。それを言葉の上ではひた隠しにしているが、耳が真っ赤になるほど照れている。そのことに、ドクターは気が付かない。
「ところでドクター、今日はどうしたんですか?」
「……ああ、そうだった」
目的を忘れてコーヒーを楽しんでいたことを反省する。アーミヤの煎れるコーヒーが彼にとって一番のお気に入りであることに、謙虚な彼女は気付かない。
「アーミヤ、君はCEOの仕事もあるのに、いつも付いてきてくれるよね」
「はい」
「最近、少し頑張りすぎじゃないかな」
アーミヤの目が見開かれる。本人は自覚していないだろうが、CEOという役職の重責は決して軽いものではない。
「私、元気がないように見えていますか……?」
「そういうわけじゃないよ」
至って健康的だろうその顔色は、年頃の女の子ゆえか、ほんのり化粧しているように見える。
「えっと……じゃあ、私は必要ない、ということでしょうか?」
「……いやいや。それはありえないよ」
彼女が居なければ成立しなかった作戦は多くあるし、拙い指揮も彼女のおかげでどうにか形を保てているのも事実だろう。
「アーミヤ、君には助けてもらってるし、感謝もしているんだ」
彼女が居なければ犠牲が出た作戦だって多い。それだけドクターにとってアーミヤが必要な存在であるのは間違いない。
持ってきたタブレットをアーミヤの眼前に持っていく。そこには前回休みを取ったと思われる日付が記されている。
「他のみんなのために頑張りたい気持ちは分かるよ。でもね、それが休みを取らないでいい理由にはならないんだよ」
逆算して約10日。それがアーミヤが働き続けている日数だ。
「ちゃんと休みなさい」
我が娘に言って聞かせるように、慈しみを込めて言う。叱られたと感じたのか、彼女の特徴的な耳が垂れてしまう。そのことに少しの罪悪感を感じながら、休みはしっかり取らないといけないという当たり前のことを出来ていない彼女のために、心を鬼にしなければならない。
だが、アーミヤは賢く、思いやりのある子だ。それで説得出来るほど子供ではない。
「でも、ドクターだってちゃんと休むべきだと思います。ドクター、前に休んだのはいったいいつですか?」
「ちゃんと3日ほど前に休んだよ。君に休みを取れと言われたからね」
「休みって……ずっと書斎に籠っていらっしゃったじゃないですか……」
「まあ研究者ってそういうものだし……」
休みと称してやっているのは研究ばかり。論文を読み漁り、知見を広げ、鉱石病に対する理解を深める。その内容を自分なりに纏めて他の者と意見を交換する。その繰り返し。普段ドクターの執務室に書類の山が出来上がってしまうのは、そういった事情からだ。
「私は皆さんのおかげで休めていますから」
仕事とプライベートの境界線がないことに、アーミヤは心配している。ドクターのように面倒を見てくれる人も居ることもあり、なんだかんだでアーミヤはちゃんと休めてはいるのだ。
「ですから、ドクターが休みを取るべきです!」
「いいや。アーミヤが休むべきだよ」
お互いがお互いを大切に思っているがために話が平行線を辿る。
「……分かった。じゃあこうしよう。幸いにも私の仕事は終わっているから今日一日、君を手伝う。余った時間を休みに回す。それでいいだろう?」
「で、でも……それじゃあドクターの時間が……」
「どうしても納得出来ないのなら、今日一日を君にあげるよ。それでいいだろう?」
「今日一日を……」
耳を小刻みに振るわせているあたり、この選択肢で間違いはなかったらしいことを確認してそっと胸を撫でおろす。
「さ、始めようか。どこから行く? 案内してくれ」
「はいっ! こっちです!」
鼻歌でも歌いそうな彼女の背は、普段感じるよりもずっと小さく思える。
アーミヤの仕事を手伝うと言ってから数時間後。日は既に沈み、夜の帳が降りる。騒がしかったロドス艦内も今は多少の物音を残すのみとなり、皆休息時間に入っているのだろう。周囲に倣うように、仕事を済ませた二人はドクターの自室でコーヒーを飲んでいた。
ふと窓を開けて外を覗き見れば、空は星々によって埋め尽くされ、隙間すらない。まるで光らないものは目に入らないとでも言われているかのように思えて、そっと目を逸らす。そうしなければ、闇夜に呑まれてしまいそうだった。
「遅い時間までありがとうございます、ドクター」
「お疲れ様。私から言い出したことだから、気にしなくていいよ」
軽く伸びをしたアーミヤは、いつもよりご機嫌に見える。こんな笑顔を見れるのなら、手伝った甲斐があったというものだとドクターは満足げに息を吐く。普段作戦に出ているとき、感染症と戦っているときには感じられない柔らかな空気が開け放たれた窓から流れてくる気がした。
普段は訪れない穏やかな時間。なにかに追われるように生きている二人にとって、一人ならば耐え難いこの時間も、柔らかな空気が包み込んでくれる。ケルシーが見れば呆れられてしまうこの時間は、二人に確かな充足感を与えている。
「それにしても、色々な場所に行くんだね」
「はい。全て分かるわけではありませんが、見れるものは見ておくべきだと思いますから」
今日訪れたのは医療部、司令部、その他様々な部門だ。要望に対する受け答えが主な話にはなったが、医療部では患者たちに温かな言葉をかけているのが印象的だった。
それは、彼女が多くを背負っているということを証左を示している。これまでアーミヤをどこか子供のように思っていたが、どう扱えばいいのか分からなくなった。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
思っていた以上に難しい顔をしていたのか、心配そうに見上げてくるアーミヤにかぶりを振る。これではどちらが大人か分からなくなる。
「そういえば、まだ今日は数時間残っているけれど、なにかしてほしいことはないかな?」
「してほしいこと……ですか……」
「ああ、私に出来ることならなんでもしよう」
その言葉を聞いた瞬間、花が咲き乱れるかのように表情を明るくして、それから恥ずかしそうに上目遣いで彼を見る。ずっとやってほしかったことなのだろうな、と思って待っていると、アーミヤが口を開く。
「では……頭を撫でていただけますか……?」
「ん」
普段付けている手袋をコートのポケットにしまう。寝る時ですら身につけている手袋を外すことに違和感が拭えないが、出来る限り優しく頭を撫で始める。
人の頭を撫でることは、彼の記憶の中ではそうないことだった。いや、もしかしたら以前の自分ですらこうして頭を撫でることはなかったのかもしれない。
「えへへ……」
それでも、満足げに目を細める彼女を見ていると、たまには労う形で頭を撫でてみるのも悪くはないな、と思ってしまうのは相手がアーミヤだからかもしれない。
「……君は、もう少し欲を張った方がいいと思うんだけどな」
彼女の頑張りを見れば、少しくらいやってほしいことを言ったところでワガママにすらならないだろうに、彼女は頑なに他の者に要求しない。それどころか要求されっぱなしだ。こう考えているドクターでさえ、彼女に要求しているというのに。
「欲……ですか……」
「そう、欲。頭撫でるのも君にとっては嬉しいことかもしれないけれど、これ以上がないわけじゃないだろう。言うだけならタダだよ」
手を止めず、諭すように言うドクターは、アーミヤの瞳に映っているのどう映っているだろうか。
そうは言っても彼女はワガママを言えない子だ。いつも人のことを気にかけているというのは、いいところでもあり、悪いところでもある。自分の望んだことを相手に押し付けられないというのは、今後壁になるかもしれない。
安心出来るように頭を撫でる手は止めず、なにが来ても大丈夫と言えるように心の準備をする。
「じゃあ……ワガママ言ってもいいですか……?」
覚悟がを決めてまっすぐ見つめるアーミヤに頷くと、深呼吸をひとつ。首の後ろに手をかけて外すような動作をする。
服の内から取り出したのはチェーンネックレスに付けられた二枚組のアクセサリー。
「ドックタグ?」
ロドスに所属する者に常備が義務付けられているドックタグ。ロドスに所属していることを証明し、もし作戦行動中に亡くなった場合、遺体の判別にも使うものだが……なぜこのタイミングで出したのか、アーミヤの意図が分からない。
「ブレイズさんから聞いたんですけど、2枚あるうちの一枚を相手に渡すおまじないがあるそうです」
「へぇ……どんなおまじないなんだい?」
そんなものがあるとは初耳だ。ロドス内ではドックタグは必ず二枚持つようになっているため、意図的に情報が流れていない可能性はあるが、それにしてもブレイズが知っているとは意外だった。
なにより気になるのはその内容だ。ドクターはそういったものに関心があまりないため、当然初耳である。
「自分の半身を、相手に預けるという意味があるそうです」
「……なるほど」
そもそもドックタグとは、上半身と下半身が外的要因によって引き離された時、識別するために使われるものである。そういった意味では相手に半身を預けるというおまじないは確かに、理に適っている。
「受け取って……いただけませんか?」
彼女らしく控えめに差し出されたドックタグが、鈍い光を放つ。その光は経年劣化によるものだとドクターは気付くことが出来るが、同時に今回のために作った複製品ではないことも裏付ける。つまり、普段身に着けているソレを、ドクターに渡そうとしているのだ。
「アーミヤ、それは」
ロドス内でドックタグの譲渡は禁止事項の一つである。その上、彼女はCEO、言ってしまえばロドスの顔。
そんな彼女が自分から規則を破るようなマネをしようとしていることに、少なからずドクターは困惑していた。
そんな彼の様子を見て、アーミヤは少しだけ顔を引き締める。自分は本気なのだと伝えるために。
「ドクターに、持っていてほしいんです」
ドクターは、悩んでいた。組織を回す歯車として彼女の願いを拒むか、彼女を大切に想う者として、願いを肯定するべきか。
彼女の憧れにも似た願いは理解出来る。自分の半身を預ける。言葉にするのは簡単でも、その相手を見つけるのはとても難しいものだ。
自分を選んでくれた嬉しさはある。
受け取ってやりたい気持ちも。
それでも、と思う自分が居る。
理屈ばかり並べていることに呆れたが、それが今の自分なのだから仕方がないと割り切る。
「ごめんねアーミヤ、それは受け取れない」
「そう……ですよね……」
受け取ることは出来ない。その言葉を聞いた瞬間、アーミヤの耳が垂れる。
組織の上に立つ者が決まりを破るということは、決まり自体を否定するに等しい行為だ。安易に行えばば、組織全体で決まりは守る必要がないという空気が生まれてしまう。
今回の場合は比較的破ってもいいものだとしても、これが大きなものに影響するとしたら、安易に許可など出来ない。
「──だから、さ」
そっとアーミヤの手に触れる。包み込むかのように触れた手のひらは、思っていたよりずっと温かい。
「これは、もらうんじゃなくて預かっておくことにしよう」
手のひらからするりと抜き取り、自分の手で包み込む。
東の方に、こんな言い伝えがある。自分の半身とも言えるものを相手に渡すことは、帰る場所になってほしいから。
彼は、自分が帰る場所になることを選んだ。
「──はいっ!」
その日見た彼女の太陽より輝く笑顔を、ドクターは生涯忘れることはないだろう。
後日、ロドス内がドックタグの話で持ちきりになって苦労したのはまた別の話。