――たまに、考える。
もし自分に召喚される前の
私がカルデアに召喚され暫くしてから、マテリアルにアクセスする機会がいくつかあった。
――深海電脳楽土SE.RA.PH。
そう名のついた記録には、いつか彼女が電子の海に潜った時のことが細かに記載されている。
私の知らない私が彼女と協力し、魔女キアラを倒すまでのお話。
最初は、特に気にもならなかった。
話に登場する私は、ここにいる自分とは違う。あくまで同じデータから生成された過程の違うプログラム。言うなればクローンのようなもの。今の私には関係のない、過去。
しかし私にとってはそうであっても、彼女にとっては違う。
リツカの中では今の私も過去の私も直線上の――私なのだ。
彼女も今の私が当時のメルトリリスとは異なることを理解している。理解した上で、私を呼んだ。だから、今の私が過去の私について気負う必要はない。
――けれど。
どうしても、思うのだ。もし私が彼女の知る
「……」
自室。姿見鏡の前で自身の姿を眺めながら、ふとそう思いふけっていた。
しなやかに伸びる四肢。眩しく光るような肌。そして重厚で直線的なヒール。
私が思い描く完成された姿。
完全流体でありながら、それでも拘った少女の形。
こうやって自身を鏡に映す度に思う。
完璧だ、と。
「……」
しかし、その完全な思考にノイズが走ることがある。彼女のせいだ。
藤丸リツカ。
私のマスタァ。不躾にも私の名を軽々しく呼ぶ。そして、それを許した――私の大切な人。
彼女は私とは違う。不十分で、完璧ではない。だから決して彼女は私の思考に届かない。この完成された、姿にも。
「……」
ヒールに手を当てる。
もしこの足がか弱き少女のままであったなら、彼女はどう思っただろうか。
ぺたりと足を地につけた。ヒールをやめて、生の足で。
「……馬鹿ね」
彼女はそんなこと、気にしないのに。
「ねえメルト、クッキー焼いたから一緒に食べよ――
その時、リツカが大皿を抱えながら部屋に入ってきた。
「-ッ⁉⁉⁉」
慌てて振り返り、足をヒールに戻して彼女の脇腹すれすれで扉に刺す。
「乙女の部屋に入る時はノックをしろと言わなかったかしら?」
「ご、ごめん」
さすがの彼女も驚いたようで、恐る恐る扉に手を掛けて閉めた。私はヒールを引き抜く。
「で、何の用?」
私が問いかけると、リツカは皿を机の上に置いて言った。
「マシュとクッキー焼いたから、一緒にどうかな、って」
「クッキーを? キリエライトと?」
「う、うん。食堂を通ったらみんなで色々やってたから、私も混ざって、」
「そう。……座って。お茶を淹れるわ」
リツカにベッドへ座るのを促して、私は棚を漁り始めた。間の悪い女ね。いやなところを見られたわ。
「ねえ、メルト。さっきのって――」
「見なかったことにして」
「……うん」
母親に叱られた子供のようにしょんぼりとした声色を聞いて、私も少し落ち込んだ。
溜息をつく。
「……リツカ、私って変かしら?」
ああ、もう最悪。今日はなんて日なの。私が自分に対して疑問を抱く? あり得ない。そんなことはない。これはバグだわ。致命的なエラー。存在してはいけない欠陥。
「変って、何が?」
「そうね、まさしく今かしら。おかしいと思うこと。それこそがおかしい。ここに来てからずっと異常なのよ。まるで何かに溶かされているようで――不愉快だわ」
「そう、かな。私はおかしいと思わないけれど」
「……」
「メルト、おいで」
彼女は自分の膝の上に促すかのように両手を伸ばした。
私はそれに吸い込まれるかのように彼女の上に乗る。
彼女はそっと私を抱きしめた。
「メルトが何を考えているのかわからないけれど、私はここにいるよ」
私の手に、彼女の手が重なる。触角のないこの手は彼女の手の温もりを知らない。知ることもない。けれど確かに私は彼女の肌の温度を、暖かさを、わかっているのだ。知る必要がないくらいに。
ああ、そうだった――
私にはもう全てあるのだった。とうに私はその領域を越えていた。
彼女と話し合う必要はなく、触れ合う必要もなく、愛してもらう必要さえない。
例えこの身体が偽物だったとしても、例えこの心が偽りだったとしても。
関係ない。
私は焦がれている――こんなにも、こんなにも。