第三の舞台の幕開け
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──前略
私は目を覚ましたら自分は馬になっていた。えっ、何言ってるんだお前って? まあ、気持ちは分かる。だが、事実だ。昨日まで一般的な人間の男性だった俺はいつの間にか馬になっていたのだ。
マジでどうしてこうなったのか。これがトラックに轢かれただの通り魔に襲われたとかなら、いわゆる異世界転生のような話だと無理やり理解は出来る。だが、自分が人間でいたときの最後の記憶は普通に帰宅してご飯食べて風呂に入ってベッドで寝たというありふれた日常そのものだ。……どうしてこうなった?
とにかく考えていても仕方はない。一先ずは現状の確認だ。今居るのは厩舎の一室だろうか。体の色は俗にいう鹿毛というやつだろう。外の様子は……木々が紅葉している。秋ごろといったところか。
「おーい、サードステージ。どうした、キョロキョロして?」
一人の男性が声をかけてきた。格好からして厩舎の作業員だろうか。……というか今サードステージと聞こえたぞ。もしかして自分、いやこの馬の名前か? 馬の名前でサードステージってことはまさかこの世界は………
「どうした? 急にキョトンとして。もしかして、またトウカイテイオーの話が聞きたいのか? ならば何度だって語らねばなるまい、お前の父にして偉大なる奇跡の名馬の話を!」
俺の父、トウカイテイオー、サードステージ。うん、間違いない。俺はあのスーパーホース、サードステージに憑依?してしまったようだ………。
《Time:夜》
馬というのは1日の睡眠時間が三時間程度だと昔聞いたことがあるが、その知恵を我が身をもって知るとは誰が予測出来ようか。ただ、この時間を利用して物思いに耽ることが出来るのだから悪くはない。
さて、改めて状況を整理しよう。まず、あのときは混乱してて気づかなかったが、頭の中を整理していると自分が見聞きしたことのない記憶が存在していることに気づいた。記憶の状況から判断して、自分が憑依するまでにこの馬が見聞きした記憶と見ていいだろう。昼間のうちのあの爺さんの話と引き出した記憶を重ねると大体の状況が掴めてきた。まとめるとこうだ。
・今は2014年の10月頃。もうすぐ追い運動*1というのを始めるらしい。
・この馬の父親であるトウカイテイオーは去年の夏に死亡した。これは史実通りだ。自分はトウカイテイオーのラストクロップになる。
・あのトウカイテイオーの話をしてた爺さんは作業員ではなくオーナー。いわゆるオーナーブリーダーで、トウカイテイオーの活躍に感動して毎年トウカイテイオーの仔馬を生産しているとのこと。
・オーナーが管理している馬で自分と同世代のトウカイテイオーの直仔は居ない。上の世代のトウカイテイオーの直仔も期待薄で自分は大いに期待されている。サードステージという名前もトウカイテイオーの父であるシンボリルドルフから続く系譜に連なることを願って名付けたとのこと。
つまりはオーナーにとって、自分ないしはこの馬は憧れであるトウカイテイオーの最後の希望というわけだ。……なんか、とんでもなく過分な期待を背負わされている気がするんですが。
次にこのサードステージという名前についてだ。普通なら何の変哲もない名前だ。だが、父トウカイテイオーのラストクロップという要素も関わってくると話は変わってくる。
それはウイニングポストシリーズというゲームに登場する架空の名馬だ。母親はシリーズによって異なるが、父トウカイテイオーはシリーズで統一されている。製作スタッフの希望が込められたこの馬の能力値は高く、無敗の三冠馬どころか古馬王道路線グランドスラムも出来るほどだ。もっとも、それはゲームの中の話で、この憑依した馬がそれだけの力を持っているのかは分からない。もっと言えば同名なだけの駄馬の可能性だってあり得るのだ。
そもそも、この世界がウイニングポストの世界なのかサードステージという馬が誕生しただけのifの現実世界なのかどうかさえ分からない。人間であれば大阪杯がいつ頃G1になったのかだとかヴィクトリアマイルの創設はいつ頃だとか調べる*2ことも出来るのだが、馬の我が身ではどうにもならない。
まあ、この辺に関しては悩んでも仕方がない。幸いなことに自分には人間としての頭脳がある。もちろん天才というわけでないが、少なくとも5歳児並みだという馬の頭脳よりは秀でていると自信をもって言える。それを競争能力に活かせば最悪地方競馬で食い繋ぐくらいは出来るはずだ。というかそうでもしなければ用途変更という名の殺処分が待っている。それだけは避けねばならない。
さて、時間も余ってるし仮想敵の想定でもしよう。牡馬クラシック路線から古馬王道路線に行くと仮定すると………そういえばこの時期は割りと群雄割拠していた頃か。2014年生まれだとレイデオロとかキセキが居て、1つ上がサトノダイヤモンドとかの世代で1つ下がアーモンドアイだったか……? ゲームでかじった程度の知識じゃあよく分からん。
ただ、チャンスは充分にある世代と言って良いだろう。ゲーム通りに2016年に産まれてた*3らクロノジェネシスやアーモンドアイと渡り合うことになってたし、逆に上の世代ならキタサンブラックと真っ向勝負する事態になっていただろう。この世代なら、キタサンブラックとやりあうのは3歳の有馬だけで、アーモンドアイもJCで一回対峙するだけだ。対峙することには変わりないが、勝ち星を全て持っていかれるような事態にならないだけヨシとしよう。
とはいえ、この馬体が中央競馬で通用するのかは未知数だ。ぶっちゃけクラシックディスタンスに拘る必要はない。ダートでもスプリンターでも活躍できればいいのだ。虹お守り*4なんて贅沢は言わない。銅お守り*5くらいの能力はあってくれ……!!
《時は流れて………》
「よーし、おつかれさん! よく頑張ったな! 一旦休もうか!」
あれから約1年半が経った。牧草を食ったり四つ足で走ったりと人間では体験できないような日々を送ったりしましたが、私は元気です。
さて、月日が経つのは早いもので、今の自分はトレセンに入厩して絶賛調教の日々を送っている。坂路をダッシュしたり、ウッドチップのコースで持久走したり、プールで泳いだりと体を鍛えている。人間の頃は正直運動は苦手だったが、ここでサボったら用途変更が待ちかねているのだから四の五の言ってられない。ただひたすらに鍛練に挑まねばならない。
過酷な日々ではあるが、嬉しい情報もある。少しでも役立つ情報を求めて聞き耳を立てているのだが、どうやら自分の能力は同世代の馬たちと比べても上位に当たるらしい。世代の中心候補との噂も有るほどだ。少なくとも地方競馬でも泣かず飛ばずという最悪なケースは阻止できそうだ。後は故障で走れなくなるケースが無いことはないが、これに関してはもうどうしようもない。ただ、こっちに関しては好走さえすればあのオーナーのことだ、トウカイテイオーの直系種牡馬としての生き方も望めるだろう。……えっ?予後不良? それこそ考えるだけ無駄だ。そんなことを考えるならトレーニングに専念するか情報収集に勤しむ方が生産的だ。
とにもかくにも、あと数ヵ月もすれば新馬戦の時期が始まる。地方で食い繋げばいい、とは言ったが負ける気で勝負を受けるつもりなどない。自分だって勝ち星を上げたいのは同じだ。自分を信じてくれるオーナーや世話をしてくれる牧場の人たちのためにも1つでも多く勝つ!そして、サードステージがスーパーホースであることを証明してやろうじゃないか!
「で、松下さん。サードステージの調子はどうですかい?」
「ええ、順調そのものです。現状を見ても中央でやっていくのに不足はないかと。」
「そうですか……。もしかしたらあの仔は、本当にトウカイテイオーが遺した最後の希望なのかもしれませんなあ。」
トレセンの一室でサードステージの調教を務める松下調教師とサードステージの馬主であるオーナーが今後のデビューに向けて議論を行っていた。
「では、オーナー。改めてまして確認です。サードステージの脚質から見てクラシック路線で問題ないかと思われます。また、サードステージは仕上がりも早く、最遅の想定でも皐月賞に充分間に合います。長距離にも適正があるのでクラシックのどれか1冠を取れる可能性は充分に有るかと。」
「おお、そこまでおっしゃいますか。松下さんほどのベテランのお墨付きとあれば安泰ですなあ。」
「ええ、私どもでも主力馬の一頭として期待しております。」
吉報が続き、朗らかな調子で2人の会話は続く。
「では松下さん。サードステージの新馬戦は現状ですといつ頃になりそうですか?」
「そうですね。8月の頭辺りで良いかと思います。能力は高いので新馬・未勝利問わず得意と思われる中距離の試合を走らせようかと考えています。そこで勝ったらそのまま札幌2歳ステークスを試すことを検討しています。少々ハイペースですがサードステージは身体的に仕上がりも良いのに加え非常に賢いので、調教ではなくレースに早めから出して勝負勘を鍛えさせた方が良いかと考えています。」
「ええ、本当にあの仔は頭が良いんですよ! 私の話に目線を合わせて聞いてくれますし、馴致のときも大人しく指示に従ってくれて本当に手のかからない良い仔なんですよ。」
「我々でも利発さは本当に話題になりますね。人間の脳みそでも移植してるんじゃないかとか筆を咥えさせたら筆談出来るんじゃないかとは言われますよ。」
はははっ、と2人からは笑い声があがる。本当に人間が憑依しているとは2人には、いや誰も夢にも思っていないだろうが。
「……で、デビューが秋頃にずれ込んだ場合ですが、新馬戦が順調なら東スポ杯2歳からホープフルSというローテーションで行こうかと思います。夏始動でも、問題がなければレース勘を養う意味でもこのローテーションで行きます。」
「なるほど。で、その辺の結果によって弥生賞か皐月賞直行かを決めるというわけですね?」
「はい。とはいえ、ローテーション的にもホープフルでボロ負けしない限りは直行でも充分かと思います。一先ずは故障などが無ければこちらで進めさせていただこうかと思いますがご質問などはありませんか?」
「はい、よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。では、出走方針が決まりましたので主戦騎手の依頼の話に移りたいのですが、オーナーからのご希望などはございますか?」
「ええ、私としては"リュージ"さんに依頼しようかと考えています。」
「"リュージ"騎手ですか。あの方でしたら先客がない限りは受けていただけるかと思います。ちなみになんですが、何故依頼しようとしたのか理由をお聞きしてもいいですか?」
「はい。あの人の代表馬は競馬を理解しているほどに賢い馬だったと聞いています。サードステージもかなり賢いので相性は良いんじゃないでしょうか? 後はやはり験担ぎというのもありますね。あの覇王のような走りをぜひサードステージにもしてほしいですね。」
「ああ、"世紀末覇王"のことですね。我々としても是非あれだけの走りを期待したいですね。」
こうして2人の議論は進んでいく。伝説の幕開けは間もなくまで迫っているのだった。
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・松下調教師
ウイニングポストシリーズより名前を拝借。
・リュージ(騎手)
実名は伏せるが、ウイニングポストシリーズでも実名で登場する騎手。
人気薄の馬を上位入着させることに長ける名騎手。
若き日にとある競走馬から有り余るほどの栄光と呪いを受けたらしい。
※実在する人物及び団体とは一切関係ありません。
(2021/9/3)
2歳条件戦のスケジュールについてのご指摘があったので修正